使徒に憑かれた三号機の中のアスカを助けに言ったら僕がヴンダーの艦長になった件について   作:モーター戦車

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第一部・Eine Tragödie 第一話「式波、来日」Bパート

6月6日 午前12時

 

 乾いた赤土の台地の上、黒い金属でできた杭上の墓標の群れが、少年──碇シンジの視界の中、どこまでも広がっている。

 

 赤い大地の上には、草一本生えていない。空には鳥の気配もなく、ただ雲と、いつもどおりに照りつける、6月の太陽があるのみだ。

 

 両腕で、同居人から押し付けられた、供花である大きな白百合の花束を抱えながら、碇シンジは無表情のまま、脳裏で過去を振り返る。彼がここを最後に訪れたのは三年前だったが、その頃と、墓地の景色は、何ら変わっていないように思えた。

 

 赤土と、その上に連なる鉄杭のみで構成された景色は、美術の教科書に出てくる抽象美術かなにかのように彼には思わえてならない。

 

 この杭の数だけ死者が眠っているのだということを、少年は頭では理解していたが、やはりどうにも実感を保つことができずにいる。

 

 少年は視線をめぐらせた。やはり、どの墓が誰の墓なのか、少年には全く区別がつかなかった。

 

 少年は内心で呟く。

 

 

──長野の、『先生』の家族のお墓は、もっとわかりやすかったのに。

 

 

『先生』の家族の墓は白い石造りで、『先生』の名字が漢字で記してあったし、墓碑の前には供花を活けるための花立てもあった。

 

 墓の後ろには、色々な草──ススキや、名も知らぬ沢山の雑草──が生えていた。鬱蒼としていて、不気味ではあったが、それでも命の気配が在った。

 

 まるで地球ではないかのような、異星の荒野を想起させるこの墓所には、少年が脳裏に描いた、長野の墓所にあるようなものは何一つなかった。赤い大地と杭の墓所はどこまでも無機的で、むしろ命の存在を拒んでいる印象をすら、眺めるものに覚えさせる。

 

 また、墓へ死者を弔った人々の思いも、この赤い景色からは、汲み取ることができなかった。

 

 供物もなく、献花もない。長野の墓所にあった、草いきれの臭いもない。弔うというよりも、死者を捨て、振り返らないための場所にさえ、少年には思われた。

 

 今日この時、彼の他に、赤い墓所には全くと言っていいほど、人の気配が存在しないことも、少年のその直観を肯定しているかのようだ。

 

 墓には特徴がなさすぎて、どれが誰の墓なのかもわからない。実際彼は、今日詣でるはずだった母の墓さえ、どの杭がそれを示すのか、見当もつかなくなっている。

 

 なぜ父さんは、いつも迷わず母さんの墓を見つけられたのだろう──父さんは。

 

 

 父さん。

 

 

 今日顔を合わせるはずの人物のことを思い出したその時、碇シンジの胃に、重い不快感が現れる。

 

 3年前のあの日のように、いっそこのまま逃げ出したくなった。

 

 しかし、逃げる術がない。

 

 お節介な同居人が散々父に会うよう言ってきた挙げ句、多忙な身の上なのに、わざわざ有給を取って自動車でここまで送ってくれたのだ。

 

 父に合わないまま、まして墓にも詣でないまま戻ったならば、その人物──葛城ミサトは、きっと彼のことを叱るだろう。

 

 どのみち、彼女に送ってもらわなければ、帰ることさえできないのだ。

 

 厭だ、という気持ちを押し殺し、諦めて、少年は目で母の墓所を探した。

 

 赤い土と鉄杭の墓標が織りなす殺風景の中に、やはり少年は母の墓を見出すことはできない。

 

 いいや、待っていればそのうち父さんが来るんだ、父さんを待って父さんを探したほうが──そう思った矢先、ふと、視界に違和感を感じた。

 

 

 土の垢と墓の黒以外の、色がある。

 

 

 シンジは目を凝らした。

 

 隣の赤い丘に無数に立つ墓の一つの前に、白い紙に包まれた花束が置かれている。

 

 引き寄せられるように、シンジの脚は、その墓を目指して歩み始めた。

 

 知らない誰かが、知らない誰かのために捧げた献花なのかもしれない、とも思う。

 

 しかし、彼が少年時代、何度か訪れたこの墓所で、他の誰かが詣でるのを見たこともなければ、供物の類が墓の前にあったこともなかった。

 

 胸に奇妙な予感がはしる。それは不快感だった。

 

 まさか。

 

 当て所もなく途方に暮れ、佇んでいた赤い丘のゆるい坂を下り、また登る。道の一つもない墓所だったが、土は固まっていて、あるきやすくはあった。

 

 そうして、たどり着く。

 

 捧げられていたそれは確かに花束だった。

 

 白い紙に、色とりどりの花が包まれている。赤、紫、白、ピンク、オレンジ、黄色。丸い花びらが幾重にも重なり、丸くふわりと開くその有り様は、少年に、学校行事で使う紙の造花を思わせた。

 

 花の種類は一種類ではなかった。縦にいくつも大きな白い花をつけた茎が、何本か学校の造花じみた花の中に混ざっている。

 

 そして、その花束の下には。

 

 

『IKARI YUI』

 

 

 鉄杭の立つ黒い鉄版には、確かに彼の母の墓碑銘が記されていた。

 

 やっぱりか。

 

 少年は思う。

 

 一週間前、父から携帯電話に届いたメールの内容は、あくまで今日が母の命日であることを告げるだけのものだった。後は昼12時という時刻しか、書かれてはいなかった。

 

 来いとも、来るなとも、メールには書かれていなかった。

 

 少年の脳裏を、先程とはまた別の景色がよぎる。

 

 

──駅のホーム。

  涙に歪んだ景色の中、遠ざかってゆく父の、黒い背中。

  電車の発車音。

  泣きじゃくる自分の声。 

 

 

 そうだ、父さんが僕に会いたいわけがないんだ。

 

 必要なのはエヴァのパイロットとしての碇シンジで、僕のことなんて必要ないんだ。

 墓参りの時一緒だったのも、僕と一緒に居た『先生』の手前、そうしていただけなんだ。今日ここには『先生』は居ないから、気を使う必要なんて無い。

 

 だから一人で花を供えて、一人でさっさと帰ってしまった。

 

 僕のことなんて、僕を捨てたあの日から、ずっとどうでもいいままなんだ。

 

 この街に僕を呼んだのも、仕方がないから呼んだだけなんだ。

 

 僕がエヴァを動かせるから──少年の頭に血がのぼる。

 

 思い出せない母のことも、彼を捨てた父のことも、どうでもよくなりかけていた。

 

 もういい。もう二度と、こんなところ来るもんか──一度強く瞼を閉じ、乱れた心のまま踵を返し──そして、少年は見た。

 

 ちょうどシンジが登ってきたのと同じ場所を歩いて登ってくる、黒いNERVの制服に身を包む、黄色く色づいたサングラスをかけた、あごひげの濃い長身の男の姿を。

 

 

──父さん。

 

 

 少年はひどく驚いた。

 

 怒りとも憎しみともつかない、闇雲に乱れていた心が、その瞬間嘘のように消え去った。なんでここにいるんだ、という馬鹿げた問いかけすら、危うく口から漏れ出そうになる。父さんは僕に会う気なんてなかったんじゃないのか、と。

 

 しかし、父は母の墓に献花をしたことなど、思い出してみれば、ただの一度もありはしなかった。

 

 誰が? 父さんの知っている人だろうか。

 

 それにしてもなんで父さんは。

 

 無論、彼の父は、そんな少年の狼狽にも気づきもしなければ、少年の心を忖度するつもりもないようだった。

 

 

 視線が合う。

 

 

 男──碇ゲンドウは、狼狽に固まったまま動けずにいる碇シンジの前まで、特に急ぐ気配もなく歩み寄ると、常日頃顔に称えている感情の亡い顔のままで、見下ろしながら声をかけた。

 

 

「──3年ぶりだな、シンジ。二人でここに来るのは」

 

 

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 EVANGELION ∧ i :2.22 YOU CAN (NOT) MUTATE.

 

 

 Eine Tragödie

 

 Episode:1 Will you love me?

 

 Bpart

 

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 その父の言葉に、碇シンジは、咄嗟に返事を返す事ができなかった。

 

 気まずい沈黙が漂う。

 

 少年は父親に背を向け、母の墓の前に跪くと、先に手向けてあった供花の手前に、自分が持ってきた白百合の花束を静かに置いた。

 

 無数の色に満ちた花束と、白一色の花束を、少年は見比べる。

 

 そして、彩りに満ちた花束を見つめたまま、碇シンジは我知らず口を開いていた。

 

「──知らない花だ」

 

「ラナンキュラス」

 

 少年の声に、碇ゲンドウの低い声が答えた。

 

「ハナキンポウゲとも言う。コチョウランも混ざっているな。

 どちらもユイが好んだ花だ」

 

「──母さんが?」

 

 内心の驚きを隠しながら、少年は聞いた。まさか父から返答があるとは思ってもいなかったのだ。

 

「ああ」

 

 ゲンドウが答える。その言葉に、やはり感情は亡い。

 

「ユイはこの世界の様々なものを愛した。この花も、ユイが愛したものの一つに過ぎんよ」

 

「母さん」

 

 碇シンジは呟く。少年の脳裏によぎるものは、何もなかった。顔も、声も、何も浮かんでこなかった。何も思い出せなかった。

 

「僕は、三年前に逃げ出して──そのあとはずっと来てない。

 ここに母さんが眠ってるって、ピンとこないんだ。

 ──なんでかわからないけれど、全然顔も覚えてない。

 だから、何が好きだったかも思い出せない。

 花が好きだったって言われても、僕にはピンとこないよ」

 

 少年の言葉を聞くと、ゲンドウは一歩前に踏み出した。

 シンジは見上げる。彼の父親の視線は、手向けられた二つの花束に向けられていた。

 

「人は思い出を忘れることで生きていける。特に喪失の痛みはそうだ。

 何もかも忘れないまま覚えているというのは、むしろ苦痛しかもたらさない。

 だが、決して失ってはならない、喪っては立ち行かないものもある。

 例えそれが、どれほどの痛みであっても、その痛みこそが己を支えてくれる。

 そういう痛みも、確かにあるのだ」

 

 彼の父親は、そこで一度言葉を切った。

 常夏の熱気を帯びた、しかし乾いている風が、父子の間を吹き抜けていった。

 

「いずれにせよ。

 ユイは、私にとって、かけがえのないものを教えてくれた。

 ここに来るのは、その確認をするためだ」

 

 父の言葉の意味が、少年にはわからなかった。

 ただ、漠然と、父も仕事以外のことを語ることがあるのか、と思っている。

 

「写真とか、一枚くらい、残ってないの?」

 

 シンジは、なんとはなしに聞いた。

 

「何一つ残してはいない。

 無論この墓の下にも遺体はない──ただの飾りだ」

 

 その言葉から、やはりシンジは感情を嗅ぎ取ることができなかった。

 

 やはり思っている通りの人なのかな、と思いつつ、少年は呟く。

 

「『先生』の言ってた通りだ。母さんのもの、全部捨てちゃったんだね」

 

「すべてではない」

 

 だが、ゲンドウはシンジの言葉を否定した。

 

「在ったという事実をなくすことはできない。

 いなかったことにはならない。

 たとえ己が、思い出すことがなくなろうとも、世界はけして忘れない。

 存在した以上、想いも、その想いが行わしめたことも、この世界には結果として、因果として残る。その花束もそうだ。

 消せぬ過去から訪れた、因果の結実だよ」

 

 少年の父親は、言い終えるとそのまま沈黙し、ただ花束を見つめていた。

 

 その眼差しの意味を、少年には読み取ることはできなかった。何か父に聞くべきことがあるのではないか、ふとそんな考えが碇シンジの脳裏をよぎったが、しかし、問うべき何かは、心の中から沸き起こっては来なかった。

 

 この街に来るまで、無味無臭に等しい、ただ流されるだけの人生を送ってきた、まだ幼さの残る碇シンジという名の少年には、彼の知らない父の人生の側面を想像し、その想像から問いを形作って父に投げかけることなど、到底できはしなかった。

 

 故に、沈黙を断ち切ったのは、父親の側だった。

 

「何れにせよ、すべては私の心の中だ──今は、それでいい」

 

 告げると、彼の父は、墓と花束から視線をそむけ、踵を返した。

 

「時間だ。先に帰るぞ」

 

 遠くからジェットエンジンの音が響いてくる。音の方向を振り返ると、ネルフのマークが描かれた、名も知らぬ飛行機(少年はその垂直離着陸機の名を知らなかった)が彼等の方へ近づいてくるのが見えた。

 

 父の迎えだろう、と少年は思う。彼は、再び花束と墓碑に視線を戻した。

 

「父さん」

 

 母さんの墓と、誰かの花束を見て、何を思ったかは、彼にはわからない。

 

 父さんが何を望んで何を考えているのかも、わからない。

 

 けれど。

 

「今日は嬉しかった──久しぶりに父さんと話せて」

 

 聞こえなくても構わないと思いながら、少年は思いを口にする。なぜかは分からない。しかし、少年にとって、ごく僅かに過ぎないにせよ、言葉を交わせたことが、どういうわけか、嬉しかった。

 

 歩む父の、足音が止まる。

 

「そうか」

 

 言葉は、それだけだった。再び彼の父は歩みだし、今度は歩を止めない。迎えの飛行機が降りやすい場所まで、歩いてゆくのだろう。

 

 墓と、見知らぬ誰かの手向けた花束。花束は少年にとってはただの色鮮やかな花束に過ぎないが、しかし、父の言葉から、それ以上のなにか大切な意味があることを、少年は察することができた。

 

 持ってきた供花を手向けてからずっとひざまずいたままだった少年はようやく立ち上がると、同居人──葛城ミサトとその愛車が待つ方向へと踵を返す。

 

 もしもまた話すことができたのなら、その時はこのことを聞こうか、と彼は思っている。巧く話せる自信はなかったが、それでも、何かを話すことができるだろう。

 

 少なくともその時、碇シンジにとって、そのことは喜ぶに値する、なにごとかにほかならなかった。

 

────────────────────────────────

 

 そろそろ戻る頃ね。

 

 葛城ミサトは愛車であるアルビーヌ・ルノーA310の車外へ出る。クーラーの効いた車内から外に出ると、常夏の熱気を帯びた大気は、ひときわ暑く感じられて仕方がない。

 

 無論車内で待っていても構わなかったのだが、どうにもそれでは落ち着かなかった。

 

 かたや幼く繊細、かたや何を考えているかわからない中年男という違いはあれど、いずれも人間としてどうも不器用であるのは疑いない。

 

 碇シンジという少年は、へそを曲げるとありえないほど強情になり、感情を荒れ狂わせるところがある。悪い少年ではないのは疑いないが、その生い立ちが、彼に何らかの屈折と鬱屈をもたらしたのは、疑いなかった。

 

 だから、葛城ミサトは戻ってくる碇シンジの帰りを外で待っていようと思ったのだ。車内で他人顔で待っているよりも、まだ外で出迎えたほうが、彼が父親と何らかの形で拗れた時、少年の感情のわだかまりをほぐしやすいかと考えている。

 

 だが、戻ってきた少年の顔を見て、ミサトは己の心配が杞憂に終わったと気づいた。軽く笑みを形作り、少年に向ける。

 

 碇シンジの表情や所作からは、ここへ来るまでにあった緊張の気配が、明らかに抜けていた。

 

「どう?シンジ君」

 

 彼女はなるべく気さくに見えるように表情を作りながら、少年に語りかける。

 

「あれこれ心配してたけど、会っちゃえば、どうってことなかったでしょ?」

 

「……」

 

 少年はその言葉に答えない。視線を合わせてこない。ただ、ミサトの言葉を聞いて思ったことがあるのか、はにかんだような笑みを、片頬にだけ浮かべていた。

 

 面倒くさい年頃ね、と半ば呆れつつ、ミサトは助手席の方まで歩くと、ドアを開けてやった。少年は物も言わず、そのまま助手席に乗り込んだ。

 

 助手席側のドアが締まる音を聞きながら、ミサトは運転席側のドアを開け、体を滑り込ませた。エンジンはかけたままにしていたので、クーラーは効いたままになっている。セカンドインパクト後、常夏の熱帯と化した日本で、車内クーラーをつけないのは自殺行為に等しい。

 

 車外とは別世界のような涼しさを肌で楽しみながら、ミサトは助手席のシンジに視線を投げた。

 

「家でウジウジしてないで、来て良かったじゃない」

 

「ミサトさんが無理矢理連れてきただけでしょう。父さんのメールが来るまで、今日が墓参りの日だってこと、思い出したことなんてなかったのに」

 

 少年はミサトから顔を背けるようにして、窓の方を向きながら、彼女の言葉に答えた。面倒くさい子ね、と内心苦笑する。

 

「そりゃあ、シンジ君の中に『行きたい』って気持ちがあったからよ。

 忘れていないからこそ、思い出さないことっていうのもあるの。

 少しは自分に、素直になりなさい」

 

「素直になったって、嫌な思いをするだけです」

 

 少年は少し不機嫌になったのか、少し低い声で言葉を返してきた。

 

 しかし、どれだけ否定したとしても、あの顔を見れば、ミサトには一目瞭然だったのだ。どう向き合っていいかわからない父親と話して、少しでも気持ちが通じた、というとき、子供というものは喜ぶ。

 

 軽蔑していたのか憎んでいたのか、好いていたのかも未だに断定できずにいる彼女の父親のことをミサトは思い出している。

 

 なぜ南極であんなことになってしまったのか、何を父が望んでいたのか、彼女にはついにわからずじまいだった。もっと話すことができれば、と今の彼女は思うことができる。

 

 しかし、まだ幼かった彼女に、それを要求するのは無理だろう、と大人になった彼女は思う。

 

 幼い自分にとっての父親とは、普段禄に帰ってこず、帰ってきたら自分の仕事の話をするばかりで、母親のことも自分のことも見てくれない、夢見がちでどこか浮足立った存在だった。

 

 心底では、嫌いでなかったのは間違いない。しかし、純粋に好きであったわけでもない。未だに巧く整理がつけられずにいる。

 

 余計なお世話と思いながらも、彼女が父親との墓参りに行くよう説得したのは、だからこそだった。言いたいことがいくらでもあるのに、言えずに終わるというのは、ひどい後悔と傷になるからだ。

 

 ただ、ここに連れてくるまでの日々で、少年が何度も迷いもすれば、来いとも来るなとも言わない父親や、行けと薦めるミサトに何度もへそを曲げもした。

 

 余計なお世話かもしれないわね、と内心自分を諌めもしたのもたしかだ。

 

 だが、あのはにかんだ笑みを見た時、やはり説得してよかった、と彼女には思えた。

 

「きっとお父さんも、シンジ君を認めてくれてるわ。みんなの期待に答えて、私たちを救ったのよ。もっと自信を持ちなさい?」

 

 ハンドルを握りながら、答えを期待せずに、そう語りかける。

 

 といっても、返事はないかしらね。そんな簡単に、自分の感情を言葉にできる年頃じゃないもの。

 

 そう内心で思った直後、不意に、車内に特撮作品のそれを模したコール音が響いた。

 

 今日は有給を取るって連絡済みのはずだけれど。

 

 彼女は右手を自分のジャケットの左襟につけたスイッチに運び、通話装置をONにした。

 

「はい、葛城」

 

 その言葉に答えるように。

 

 突然、彼女の視界すべてを、真っ白な閃光が覆った。

 

 葛城ミサトは反射的に目を閉ざす。

 

 数秒の間をおいて、耳を聾する、という言葉ですら生ぬるいほどの、いかなる雷鳴もおよばない、おそるべき轟音が鳴り響いた。

 

──N2爆雷!?

 

 音と閃光で即座に彼女には見当がついた。

 

 目を開く。

 

 シフトレバー前の通信用モニタには、ユーロネルフ主軸の邀撃作戦計画が発令中であることを示す『TASK-02』の文字が白く浮かんでいる。

 

 フロントガラスから外界に視線を投げると、赤い海と山の連なりの間に、巨大な赤い茸雲が立ち上っているのが見えた。

 

 表情をこわばらせる。葛城ミサトは気さくな女性の仮面を脱ぎ捨て、迅速に訓練された指揮官としての顔に戻った。

 

 本部ではネルフ本部手動のTASK-03発令オプションに備え、引き続き零号機および初号機の起動準備が進められていることだろう。ならば、今彼女が為すべきは一つ。

 

 エヴァンゲリオン初号機パイロットである碇シンジを、本部に送り届けることだけだ。

 それにしても。

 

 もはやシンジの方向を見ず、進路を睨んでアクセルを踏み込みながら彼女は思う。

 

 ──ユーロネルフが提示した、TASK-02の作戦オプションに、N2爆雷の使用はなかったはず。日本国内でN2爆雷を使用できるのは、日本政府とその命令系統にある戦略自衛隊、そして同盟国であるアメリカ合衆国所属の在日米軍だけのはず。

 

 そして、第4の使徒との戦訓で、ATフィールドを無効化しないままN2爆雷を使用したところで、使徒に大した損害を与えられないのは自明。

 

 それなのに使うっていうのは──税金の無駄遣いにも程がある。一体誰の、どういう思惑?

 

 疑念を胸に抱いたまま、葛城ミサトはアルビーヌ・ルノーA310を弾丸のように走らせた。

 

 

 

 

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