あれから10年経ちました。 続・使徒に憑かれた三号機の中のアスカを助けに言ったら僕がヴンダーの艦長になった件について   作:モーター戦車

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第2話『北の地にて』Interlude:挫けない唄 中編 その3

 浮遊感。それが彼女が感じた最初の感覚である。

 そのアヤナミレイは、LCLの中で目を覚ました。

 

 彼女に取り、これが生まれてはじめての覚醒であったが、それは彼女にさしたる感慨を与えなかった。覚えているのは強い倦怠感ばかりだ。

 

 薄暗い赤色の非常照明が照らす暗いエントリープラグの中、生まれて初めて見えるものは、人造人間エヴァンゲリオンとつながる、ただそれだけのために作られた、彼女の人生の始まりにして終わりの場となる操縦席。

 

 そして操縦席とエントリープラグとを形作る、数々の鋼の部品である。

 

 黒いプラグスーツに包まれた自分自身の、赤子とも成人とも言い難い体を、彼女は朦朧とした意識のまま見つめた。

 

 そうして、あらかじめ自身の造り手によって記憶野に刻み込まれた記憶を探り、自らの存在意義を確認する。

 

 徐々に、彼女の意識が覚醒し始め、14才の少女相当の意識と認識が稼働し始めた。

 

 仕組まれた記憶が、これから為すべき事を彼女へ認識させる。

 

 本来、順調にシナリオが進行していれば、彼女は覚醒することもなく、予定通りにサード・インパクトが発動し、この肉体は生を終えているはずだった。

 

 しかし彼女は目覚めており、こうして意識を持って活動している。

 

 それは、目覚める必要が生じたから。

 

 命令を、実行する必要が生じたから。

 

 そう、彼女は理解した。強い諦観が胸をよぎる。これから先に待ち受けるのは、ごく短く、かつ無意味で無価値な、幕引きのための後始末をするだけの人生なのだから。

 

 彼女が確たる認識を得るのを待っていたかのように、操縦席正面のモニタが起動する。

 

 黒い画面の表面にノイズが走った。

 

 赤い文字が映し出される。

 

『ONLINE SEELE 01 SOUND ONLY』。

 

 同時に、厳しく、しかし老いさばらえた老人の声が、エントリープラグ内に響き渡った。

 

『目覚めたか。45番目のアヤナミレイ』

 

 自身の主の声であると、彼女の自我と記憶が同時に認識する。彼女は頷いた。

 

「問題ありません。いつでも命令を遂行できます」

 

『約束の時が来た。大地の浄化たるサードインパクトの発動は疑いなく行われるであろう。

 しかし、その完遂を望まぬ者たちの抵抗の規模が、シナリオの想定する閾値を越えて強い。

 想定を越えた数の原罪ある人類が、罪の浄化からの逃避を企てている。

 サードインパクトの後に発動されるフォースインパクト、魂の浄化による補完。

その布石たる駒としての域を越え、群体としてのエゴを維持する規模の勢力を保つようならば、人類補完計画の遂行に影響を齎しかねん』

 

 老人の声に、アヤナミレイと呼ばれた彼女は頷いた。

 

「了解。命令に従い、目標を殲滅します」

 

 その言葉に応じるように、彼女と全く同じ顔をした存在の顔がモニタに映し出される。

 

 しかし、彼女は強い違和感を覚えた。

 

 記憶に植え付けられたイメージとしての『アヤナミレイ』と、様々な部分で強く印象が異なっている。

 

 例えばそれは、頭の後ろで乱雑に結いつけられた長い白髪。

 

 例えばそれは、わざとらしく斜に被った赤いベレー帽。

 

 何より写真の中の表情に、強い違和感を彼女は覚えた。

 

 そのアヤナミレイであるはずの存在は、傷を負ったのか、頬や首のところどころに絆創膏を貼り付けていた。

 

 そのくせ、今が本当に楽しくてならないと、そう言わんばかりに瞳を輝かせ、両の口角を上に吊り上げている。

 

 笑顔。

 

(笑っている。何故)

 

 ()()()

 

 ()()()()()()()

 

 単語としてその言葉を知っていても、その感覚を体験したことのない彼女は、目標とすべき存在の笑顔と紐付けられた『楽しい』という言葉に、奇妙な戸惑いを覚えていた。

 

 脳裏をよぎったその感覚をかき消すように、プラグ内のLCLを、老人の威圧的な声が強く揺らした。

 

『それはアヤナミシリーズ初期ロットの一人。33番目のアヤナミレイ。

 魂の因子があまりにもヒトに近づきすぎた存在。

 イレギュラーの産物だ。

 アヤナミレイとしての運用が不可能な不適格品であるために、状況調整の駒として用いたが……想定以上の変異を遂げている。

 我々の計画を阻害しかねぬ、危険因子と成り果てた。

 搭乗するナンバーレス・エヴァンゲリオンとともに、必ず殲滅せよ』

 

 その言葉とともに、通信が途絶え、再びエントリープラグ内は、赤い薄闇に包まれる。

 

 シートに座したまま、彼女は僅かに俯いた。

 

 彼女と機体とのシンクロは未だ確立していないため、彼女と、彼女の搭乗するエヴァを包む世界の情報は入ってこない。

 

 それでも彼女はアヤナミレイであるがゆえに、彼方で数多の人々が殺し合っている気配に気づいていた。

 

 多くの生命が地上の様々な場所で、痛みと恐怖、息苦しさに苦しみながらATフィールドを崩壊させ、崩壊してゆく魂の気配を感じていた。

 

 文字通りに魂消るその音ではない断末魔、絶望と恐怖の叫びの数があまりにも多い。

 

 それは暴風の唸りさながらに、無数が一つの大渦と化したかのようで、一人ひとりの悲鳴を識別・認識するのが困難なほどだ。

 

 死を恐れる人の本能。生命の本能。

 

 ヒトという種族は泣きながら生まれ、そして泣きながら死ぬのだ。

 

 脳裏に仕込まれた言葉がよぎった。

 

 不完全で不安定な群体、それを構成する一つ一つの生命は、総体としての群体から顧みられることもなく、苦しみながら死んでいく。

 

 旧き生命が宿痾として病む、その定めを終わらせる。

 

 その存在をすべてマテリアルとし、新たな時代を永劫として生きる補完の儀式、その完遂により、生と死という生命に定められた苦痛を終わらせる。

 

 此処の旧生命は、永遠を生きる母たちを形成する、一つの細胞となる。

 

 さながら永遠に生まれることがない胎児のように、現世の苦痛を味わうことなく、母たちの中で永遠を過ごすことになるだろう。

 

 そう。全てが上手く行っていれば、私は覚醒することなく、現実を生きることなく、まどろみの只中で新生命のマテリアルの一つとなることが出来たはずなのに。

 

 頭をよぎるこの感情が、不快であると彼女は気づく。

 

 その不快の原因は、きっとあの輝くいのち。

 

 彼女は、その末期の叫びの嵐の只中で、溌剌と躍動しながら輝く、一つの魂の気配、今を生きるいのちの、声ならぬ声をも感じ取っていた。

 

 そのいのちは、彼女の持つ魂によく似たかたちをしている。

 

 けれど本来あるべきアヤナミシリーズの有り様とは真逆に、それは感情を踊らせていた。

 それはとても原始的で野蛮な感情。

 

 戦いの興奮に躍動し、痛みすら喜びと変えて勇躍する。

 

 とても熱くあたたかい、真っ赤に燃える激しい炎のようないのち。

 

 老いて冷え、死にゆく定めであったにもかかわらず、別の恒星を貪欲に啜りくらい、絶望の夜空を否定して輝きはじめた中性子星のようなありかた。

 

 根本はアヤナミレイであるにも関わらず、そのたましいのうねりはあまりにも野卑な喜びに満ちている。

 

 あの老人が語ったように、それは、あまりにも人間に近すぎた。

 

 彼女はきっと、今も笑っているのだろう。

 

 そうなのね。コレが、欠陥品。

 

 彼女は私ではない。アヤナミレイではありえない。

 

「終わる世界。もう用済みの貴女。

 用済みの人類。そして用済みになる私。

 辛いのに、苦しいのに、それでも生き足掻くのね、貴女は。

 ──わからない。

 なぜそうまでして安らぎを拒絶して生きようとするの?

 生きたところで、苦しみしか残っていないのに」

 

 彼女はモニタに映し出されたままの笑顔に問う。

 

 無論、ただの写真が答えるわけもない。

 

 それでも、彼女は心で問い続ける。

 

 問う。問い続ける。

 

 いずれ出会い、そして殺し合う定めにある、もうひとりの自分自身の虚像へ、心で問いを投げ続ける。

 

 ヒトとしての喜びを抱いて輝く、彼女の心の芯が45番目のアヤナミレイには見えている。

 

 だからこそ、疑問は深まるばかりで、止まろうとしなかった。

 

 どれほどいのちが輝こうと、その表層の輝きを見透かせば、そこにはリリスを基とした、根幹たる魂の核、ATフィールドの原型《アーキタイプ》を見通せる。

 

 それは、やはり冷たく青い色。

 

 他人と異なるその冷たさ、彼女の魂の起点たる場所は未だにアヤナミレイで、そこには彼女が輝きの内側に秘めた痛くて辛く、悲しい思い出がたくさん詰まっているというのに。

 

 何故ヒトを装うの?

 

 何故ヒトのふりをするの?

 

 生きるのが辛かったのに。

 

 痛かったのに。悲しかったのに。

 

 何故。

 

 何故。

 

 何故。

 

 何故。

 

 無論、そのいのちは、アヤナミレイとしては欠損した個体故に、彼女に答えを返しはしなかった。

 

 リリスより分かたれた分霊たる存在でありながらあまりにもヒトに近いが故に、そのいのちは、とりわけ強くその権能を与えられた彼女の魂の発する問いにさえ気づくことはなかった。

 

 きっと、直接言葉で語りかけなければ、永遠に彼女の問いかけに気づくことはないだろう。

 

 ともかくも、あのいのちは44Aの第一波、その全てを情け容赦なく破砕してしまった。

 

 その胎にいるアヤナミレイたちもろともに。

 

 第二波、量産型エヴァによる空陸同時攻撃をも凌ぐようなら、おそらくその中途で介入し、戦うことになるのかもしれない。

 

 語りかけ、問うならば、きっとその時なのかもしれない。

 

 ()()

 

 ふと、彼女は自分自身の思考を奇妙に思った。

 

 ただ命令を果たすだけ。

 

 生きるのは不快だから、その不快を終わらせるため、目標のいのちの鼓動を止めるだけ。

 

 それが私の役割。命令。

 

 それなのに。

 

 必要もないのに、何故、そんな事を考えたの、私。

 

 最後の問いは、自分への問いとなった。

 

 問おうと考えてしまう自分への疑問であり、問いである。だから、答えられるのは自分だけだ。

 

 自分でもわからない問いを、自分自身に問うのは意味がない。それでも脳裏に疑問は浮かぶ。自分の魂が求めているかのように。

 

「あのアヤナミレイに、私の心が引かれている? 何故」

 

 用済みの、もうすぐ終わりになるこの世界で、何故。

 

 通信が絶え、音も絶えた。

 

 LCLが音もなく循環し、彼女の髪を揺らし、頬を、耳を撫ぜる。

 

 エヴァンゲリオンという巨人に埋め込まれた、人造の金属の子宮たるエントリープラグ、その操縦席でいつしか膝を抱え、畳まれた己の下肢に顔をうずめながら、彼女は、なおも問い続けた。

 

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 EPISODE:2 No one is righteous,not even one.

 

 Interlude:Indomitable song

 

 Fourth part

 

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『13( тринадцать )!

 12(двенадцать)!

 11(одинадцать)!』

 

 国際VHF無線波を通じ、少女のカウントダウンが無慈悲に続く。

 

 流石に拙いと思ったヴォルチコフ曹長は、カウントダウン完了と同時に掃討行動を開始する気満々の気配で、変あらば即座に駆け出さんとばかりに身構える濃緑の鉄巨人の姿をにらみつつ、直通回線でパイロットに呼びかけた。

 

「ツィガーニ! 落ち着け馬鹿、止まれ!

 慈悲がねえにも程があるそのカウントを中止しろ!」

 

『9(девять)。

 何故だヴォルチョク。

 降伏する気がないのなら、叩き潰さんと撤退の後に再編され、然る後に全力で反撃を受けるだろうに。

 それを思えばこの勧告は、我らが母国の大地よりも寛大であり雄大、偉大とすら私は思うのだが』

 

「降伏の判断を下せる連中は、お前が今しがた良くわからん力上で持って、真っ平らに踏み潰しちまっただろうが!

 ましてあの無茶苦茶な砲撃だ、大抵の連中は砲弾神経症起こしててもおかしくねえ。

 すぐに判断できるわけねえ状態で、制限時間15秒は短すぎだ、お前、少し落ち着け!」

 

『8( восемь)。

 すまん忘れていた。

 そう言えば、連中の司令部と思しきところが丁度いい着地点だったもので、ATフィールドを展開して概ね潰してしまったのだったか。

 とはいえ敵増援の可能性もある。妥協の余地がまるでないな』

 

「わからず屋のトンカチ頭かよ!?」

 

 少女──エヴァンゲリオン・ツィガーニパイロット、サージャ・アヤナミ少尉の、今にも獲物に襲いかかりたくて仕方がない、興奮した猫の鳴き声にも似た響きがある言葉に、思わず頭を抱え込みそうになりながら、ヴォルチコフ曹長は考えた。

 

 実際、唐突に侵攻を仕掛けてきたのは向こうであり、当初は劣勢であった戦いの只中で、相応に戦友を殺されてもいる。

 

 正直なところを言えば、カウント終了まで待ち、彼女が残存兵に対して行うであろう屠殺行為に唯々諾々と参加するほうが楽なのだろう。

 

 しかし、これだけ何もかも叩き潰したあとで、虱潰しの残兵殲滅を仕掛けるのは、慈悲がないのに程がある、という考えも浮かぶ。

 

 向こうにも(未だに信じがたいが)ロシア政府その他の発表を信じ、本音を言えば戦いなど放棄して助かりたい、という連中も多いことだろう。

 

 先程の馬鹿げた大火力砲弾のシャワーを浴びればなおさらのことだ。

 

 そういう連中の助かりたい意思を無視して履帯で踏みにじるというのは、流石に寝覚めが悪い。

 

 一度キンギセップの野戦司令部に判断を仰ぐよう説得する手もあったが、この娘っ子が、軍隊が機能するにあたって必要とする、かったるい手続きを嫌う、どちらかと言えば独断専行を好む手合なのは間違いない。

 

 現場判断で人類の脅威なので使徒認定しましたで何もかも済ませて、何もかもぶっ飛ばしてしまうのが目に浮かぶ。

 

 しょうがねえ、俺が自分で考えて、手を打つしかねえのかよ!

 

 ヴォルチコフは内心で、神や悪魔や運命や魔女の婆さんや、ついでに暴走もいいところのエヴァンゲリオン・ツィガーニとそのパイロットを罵りながら、T-90Mの車長席に備え付けられた無線機を操作した。

 

 波帯は150MHz帯、国際VHF波帯だ。チャンネルは……あの女、全部のチャンネルを使ってやがる!

 

 構わず彼は無線をONにした。使用するチャンネルは、彼女同様、同波帯の全チャンネル。

 

 発信した電波がエヴァンゲリオン・ツィガーニの発する電波と輻輳を起こし、音声が途切れるかもしれないが、この際構わない。

 

 カウントの邪魔にはなるだろう。

 

『あー、ユーロ連合軍で降伏勧告の通信波とカウントダウンを聞いてる連中に告ぐ!

 こちらロシア軍第4親衛戦車師団第237親衛戦車連隊所属、ヴォルチコフ曹長!

 この女は本気だ、降伏したいなら白旗を掲げて出てこい、白旗がねえならせめて武器を捨てて、両手を上げてトーチカなり塹壕なりから出てくるんだ!

 さもなきゃ、さっきみたいに馬鹿げた砲弾の雨を貴様らめがけて降らせかねんぞ!』

 

 実際のところ、例のガトリングガンの化け物を、ツィガーニはもう手放しているのだが、ユーロ軍の連中の大半は気づいていないだろう。

 

 何しろ夜間戦闘なのだ。暗視装備や戦術ネットワーク機能を喪失してしまえば、夜闇に視界を阻まれ、敵戦力の状態を探るすべが失われてしまう。

 

 まして相手は未知数の改造エヴァとなれば、先程のガトリングガンより物騒な攻撃手段を持っていたとしてもおかしくないのだ。ヴォルチコフ自身がそう思うのだから、ユーロ軍の兵士は余計にそう思うことだろう。彼は言葉を続けた。

 

「口が悪くてすまんが、これは善意だ! ともかく殺し合いはもうゴメンだ、もうやりたくねえって連中は降伏しろ!

 あの女、本当に何やらかすかわかったもんじゃねえぞ! さっき見ただろ! 以上だ、通信終わり!』

 

 言うだけ言って、無線を切る。相手が返答可能かどうかはわからんが、あとは祈るほかない。

 

 

『7(семь)。

 そう言えば降伏方法について伝えるのを忘れていたな。助かったぞ』

 

「助かったぞじゃねえよ!?

 つか迎え入れ方も考えてねえだろ、その調子じゃ!]

 

『6(шесть)。

 ノヴゴロドの奴──つまり後方の野戦司令部がなんとかするだろう。問題ないな!』

 

「やっぱり考えなしかよ、ド畜生!」

 

 何が悲しくて、戦場のど真ん中で学校のガキのような会話をしなければならんのだと思いながら、ヴォルチコフは操縦手に身を隠していた廃屋からT-90Mを進発させ、ナルヴァ方面へ前進させるよう命じた。

 

 命令を聞いた操縦手が、無精無精の気配で指示に従う。

 

 V-92S2Fディーゼルエンジンは、ソ連時代から蓄積されたロシア重工業界の冶金技術の高さを示すように、安定したエンジン音を響かせ始めた。

 

 この音なら当分は大丈夫だろうとヴォルチコフは判断する。

 

 もっとも、戦闘開始からずっと最大出力で酷使され続けた状態だ。

 

 さらに廃屋の壁への衝突と、それが齎した衝撃で、音に聞こえずとも、その構造に相応にダメージを負ってはいるだろう。

 

 戦闘が終わったら、一通りの確認と、メンテナンスが必要だろう。

 

 戦車という代物は、その図体と装甲や主砲由来の重量故に、あちこちに無理がかかっており、戦場で最も故障しやすい車種でもあるのだ。(もっとも、各国主力戦車の中ではT-90Mは軽量な部類ではあるのだが)

 

 廃屋を出たT-90Mは、時速50キロの速力で、ツィガーニが降らせた滅茶苦茶な砲撃で、月面とも沼沢地ともつかぬ有様と成り果てた、荒野の只中を疾走していく。

 

 操縦手の腕がよくて良かったとヴォルチコフは心から思う。

 

 何しろ、大地のそこら中に、隕石クレーターのような巨大な弾着痕が発生しているのだ。

 

 いうまでもなくツィガーニが雨あられと無慈悲に降らせた440ミリ砲弾のせいである。

 

 そこは、様々な事情から、T-90Mの幅広の履帯でも踏破困難であり、なおかつ危険極まりない、恐ろしく柔らかな泥濘と成り果てているのだ。

 

 大質量砲弾が引き起こした巨大爆発によって、土壌が瞬間的に加熱乾燥されると同時に、衝撃波によって細かく粉砕されながら空中に巻き上げられ、もろともに巻き上げられた水や、かつての人体、戦闘機械だった鉄屑と混ざり合いながら、重力に引かれて落ち、砲弾クレーターの曲面に沿って流れ落ちた結果、形成された底なし沼。

 

 中央部の泥濘は、ソ連崩壊以後のロシアにちゃっかりと根付き、国民にすっかり親しまれる対象となった、あのマクドナルドのシェークほどに柔らかいだろう。

 

 つまり、固形物が乗れる状態とは言えない。まして重量50トン近いT-90Mなど、簡単に飲み込んでしまうだろう。

 

 そういう代物が、エヴァンゲリオン・ツィガーニが放った砲弾のみならず、ユーロ連合軍とロシア軍が放った砲弾の数だけ、地上のあちこちに大小さまざまな形で存在しているのだから、そこを行軍する者にとって、大地は悪夢の権化とでもいうべき状態となっているのだ。

 

 このような、辺獄もかくやという場所を、赤外線モニタリングや車外カメラを駆使し、そこらじゅうに発生した沼沢地に沈むことなく、的確にナルヴァ方面へ車体を突進させているのだから、本当に大した腕の操縦手だとヴォルチコフは思う。

 

 問題は現状の前線の状況だが──ヴォルチコフは車長用の車外監視システムを起動し、彼は前方の映像を車長用モニタに投影した。

 

 熱線映像装置、微光暗視装置、いずれの暗視装置にも、小さな人型の者がいくつも、両手をあげながら彼らの側──ロシア軍陣地の方向へ近づいてくるのが見える。

 

 ヴォルチコフ曹長は思わず安堵のため息を漏らした。前方に佇む巨人、エヴァンゲリオン・ツィガーニに再び音声通信回線をつなぐ。

 

「ヴォルチコフよりツィガーニ、無駄弾を撃たずに済んで良かったな」

 

『ヴォルチョクか。せっかくだ、電熱化学砲の試射も済ませておきたかったが、降伏するというのでは仕方あるまい。

 第三新東京市の状況次第だが、ことが最悪の形で進展した場合、彼らも貴重な残存人類、我らの朋輩となるだろう。

 ……しかしまあ、無防備かつ無秩序に、戦場のあちこちから這い出してくるものだ。

 降伏に当たって、隊伍の一つも組めばよかろうに。奴ら、もう少し統制がとれんのか』

 

「どっかの誰かが1.3トンの巨弾をばらまいて、その爆発で何もかも滅茶苦茶にしちまったからな。

 衝撃だけで塹壕に居ても脳みそやられて発狂しかねんし、身を守るものがなかったら即死間違いなしの一撃なんだぞありゃあ。それを束で撃たれたら、悪魔だってビビって腹見せて降伏する。

 どいつもこいつも降伏開始してるのに、その旨の通信すらないレベルで統制がとれんのも、佐官クラスが軒並み全滅したせいかもしれんだろ」

 

『そういうものか』

 

 どこか拍子抜けしたような気配の返答が返ってくる。彼女としては、もう少し苛烈な戦場を想定していたところ、思いのほかに戦いが一方的なものになってしまったので、それが意外であったのかもしれない。

 

 自分があの砲撃のなかに生身でいたらどう思うか、少しは想像してほしいもんだが。呆れながらヴォルチコフは嘆息する。

 

 ともかく、一度戦闘に一区切りついた以上、この物騒なお嬢さんとの会話もぼつぼつ仕舞いだろう。ヴォルチコフが所属していた大隊も、この車輌が所属していた大隊も、いずれも壊滅してしまっている。

 

 恐らく再編がかかり、移動命令が下ることだろう。軍隊は組織として行動して初めてその戦力の真価を発揮できるものであり、壊滅状態で指揮官もいないまま、てんでバラバラに行動しても、各個に撃破されるのが落ちだ。

 

 いや、エヴァンゲリオンだけは別か。

 

 あの恐るべきツィガーニを思い出しながら彼は苦笑する。

 

 汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。

 

 なるほど、たしかに決戦兵器だ。局地戦とは言え、単機で戦局全部ひっくり返しやがったからな。

 

 さて、こういう状況だ。司令部も音声命令じゃ指示が追いつかねえだろうが、戦術イントラネットシステムあたりにはぼちぼち新しいデータがアップデート……。

 

 脳裏でつぶやきながら、彼は戦術イントラネットの戦況表示を見ようとし──ふと、地面が僅かに揺れたような気がした。

 

「地震?」

 

 ヴォルチコフは首をかしげる。

 

 確かに、揺れているのだ。車体の計器類の数値変動が、明確にそれを物語っていた。

 

 この地域でも、地震が起こることはたしかにある。

 

 しかし、地震と言うには奇妙な揺れ方をしていた。

 

 僅かな振動が、ずっと長く続いている。

 

 ふと、ヴォルチコフの脳裏に、怒り狂った巨人が地面を蹴って地団駄を踏んでいる幻想がよぎった。連想したのだ。

 

 は、何を馬鹿な、と内心の理性が呟く。

 

 だが、その馬鹿な存在を、俺はさっき見たばかりで、なんならそれのパイロットとも、回線越しに話を続けている。

 

「おい、まさか──ツィガーニ!」

 

『無論気づいている、こちらは背が高いからな!

 北西方向だ!

 空のエヴァもどきの次は、陸のエヴァもどきと来たか!

 フィンランド湾の赤い海の只中を這いずってご登場とは恐れ入る、随分張り込んでくれたものだ!

 ヴォルチョク、そちらに映像を回す! 状況判断しろ!』

 

 ツィガーニの両眼が捉えた映像情報が車長席のモニタに映し出され──ヴォルチコフは絶句した。

 

 その数、100か、200か。

 

 巨大すぎ、多すぎるがゆえに、とっさに数を数えられない。

 

 例えて言うならば、巨大な蜘蛛に似ていた。

 

 皆、一様に這いずっていた。

 

 胴体こそ、先程まで上空を舞っていた、あのシベリア蚊じみた白い飛行型エヴァンゲリオンのそれに酷似している。

 

 機体色が白なのも同じだ。

 

 だが、一方が一方を背負うように、ケーブルのようなもので乱雑に絡め合わせられ繋がれた二つの胴体、その上方の側には両手足と頭がない。

 

 下の胴体には手が4つ、足が4つ、さながら蜘蛛のごとくに生えていた。

 

 そして下部胴体の両肩からは、騎士兜を思わせる形状をした、これも白い頭部が、左右に一つずつ生えている。

 

 そしてその頭部は顎部が可動式となっており、上顎から、直線の、短剣を思わせる長い牙が二本、下顎のはるか下側まで伸びていた。そのために、頭部の有様は、絶滅した古代の剣歯虎を何処か思わせる。

 

 それら巨大なる悍しい異形の群れが、四対の手脚と一対の首を蠢かせながら、時速100キロを超える速度で突進してくる有様は、かつてテレビで見た、津波の映像を彼に想起させた。

 

『……いかん!』

 

 不意にツィガーニのパイロットが、呻いた。

 

 直後、猛烈に映像が揺れ始める。カ迫りくる白い波濤目掛け、エヴァンゲリオン・ツィガーニが突進を開始したのだ。

 

「待て! ツィガーニ!」

 

 咄嗟にヴォルチコフはツィガーニのパイロットを制止した。

 

「一人で突進するなっつってんだ! 味方との連携を──」

 

『ユーロ軍の兵が投降中なのだぞ!』

 

 先程までの余裕が消失した焦りの声音で、ツィガーニのパイロットが叫ぶ。

 

「敵の心配をしている場合か!」

 

『投降せぬなら使徒、投降したならば人と告げた!

 人ならば守る、それがネルフだ!』

 

「落ち着け!

 ツィガーニ、お前が撃破されたらこっちはもうエヴァがねえんだろ、そうなったら手詰まりなんだ!

 野戦司令部の指示を待て、この画像、司令部にも回してんだろ!」

 

『司令部の指示待ちができる状況か!』

 

 言葉の応酬をしている間に、ツィガーニから送られてくる映像に、不意に変化が生じた。

 

 白い巨人の波濤から、3機程が、さながら波から分かれた飛沫のように飛び出した。

 

 獲物を見つけた肉食動物のさながらに、八本の手足を四足獣のように巧みに組み合わせ、更に速度を上げている。

 

 そしてその進路は、エヴァンゲリオン・ツィガーニの方向ではなく、ツィガーニからみてやや右方向へと逸れていっていた。

 

 ツィガーニ以外の、なにか別の獲物を見つけたかのように。 

 

 察したのだろう。ツィガーニのパイロットが自機の進路を飛び出した三機の方向へ向け、さらに疾走速度を加速させる。

 

 突進する白いエヴァ、恐らくは陸戦用と思われる三機の姿がみるみる迫り──そして、それ故に、その三機が目指すものも、カメラに映った。

 

 視界の効かない夜間とはいえ、微光増幅モードとエヴァに搭載された戦術コンピュータにより補正がかけられたことにより、それが人の群れであることが、ヴォルチコフからも見て取れた。

 

 フレックターン迷彩服を着込んだ兵士の群れだ。

 

 先程押し寄せてきた、ドイツ連邦共和国陸軍の残存兵の群れだろう。数は、二、三十人ほどか。

 

 発砲音。

 

 ツィガーニが、カメラ──視線をそれら残存兵に向けたまま、視界の隅を疾走する白い陸戦用エヴァ三機目掛け、何かを撃ったのだ。おそらく先程言っていた電熱化学砲だろう。

 

 だが、砲撃と同時に陸戦用エヴァの間近に六角形の赤い輝きが走る。ATフィールドだ。その守りゆえに、陸戦用エヴァは突進を止めない。

 

 そして、三機は再び一斉に跳躍し、ドイツ連邦共和国軍の兵士たちを取り囲むように着地する。

 

 次の瞬間、それらのエヴァは胴体ごと突っ込むように、一斉に長い牙を生やした二つの頭、その顎を歩兵たちの集団へと叩き込むように押し込んだ。

 

 あれでは、生き残るまい。そう呆然と思いながら、ヴォルチコフは我知らずつぶやいた。

 

()()()()()()()()()()()()……!」

 

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 その景色を見た瞬間、サージャ・アヤナミの理性は音もなく爆ぜ飛んだ。

 

 半ば泥土と化した大地の代わりに己のATフィールドを足場とし、疾走の勢いのままに、踏み込んだ。

 

 愛機たるツィガーニの右足に自機の重量を載せ、瞬間的に力を込めて蹴り込み、バネ仕掛けのような素早さで、低く、鋭く跳躍する。

 

 数千トンを遥かに凌駕する巨体が、弾丸の如くに、捕食を終えたのか向き直ろうとする白い陸戦用エヴァ、その横腹目掛け突進した。

 

 同時に上半身を左へ捻りつつ、電熱化学砲を格納しながら右の拳を繰り出す。

 

 跳躍と拳撃の動きは連動し、着地のブレーキがかかる寸前に右の拳はエヴァンゲリオン・ツィガーニの現在の全重量を載せた最大威力で以て、その陸戦用エヴァの右横腹に炸裂する──はずであった。

 

 しかし、またしても赤く輝く力場が形成され、1.7テラジュール、TNT爆薬300キロに匹敵する運動エネルギーを一点に収束させた、未曾有といえる超絶の拳撃ですら、その障壁を抜くことは叶わない。

 

 ATフィールド。人の科学では貫くこと叶わぬとされる、絶対障壁。エヴァンゲリオンを無敵たらしめる心の壁。

 

 獲物の方からきたと言わんばかりに、ATフィールドの主たる陸戦用エヴァは右側の首をツィガーニの側に向けようとした。

 

 だが頭を向け切るより速く、ツィガーニの右腕、その上側マウントから多節鎖状連結ブレードGD7が、電磁射出機構により射出される。

 

 サージャ・アヤナミを介してツィガーニが発生させた収束ATフィールドを纏った赤い長剣は、瞬時に陸戦用エヴァのATフィールドを侵食突破した。

 

 同時に刃は速やかに分割され、ATフィールド変形機構により鎖鞭刃と変じ、その切っ先が陸戦用エヴァの横腹へ伸び──突き刺さる。

 

 人ならざる、苦悶じみた咆哮を陸戦型エヴァの双頭が発した。

 

 だが、その瞬間には突き刺さった鎖鞭刃の先端がATフィールドにより拗じられ、深く肉に食い込んでいた。

 

 ツィガーニは鎖鞭を形成する各セグメントをつないだ、3条の超強度炭素ワイヤーを、長剣への携帯変形要領で急速に引き込んだ。

 

 着地直前であったツィガーニの巨大な体は、食い込んだ刃部とそこから突き出したATフィールドの棘の方向へ急激に引き込まれた。

 

 ツィガーニは刃が食い込んだ陸戦エヴァの右真横に左足から着地。そのまま右足を思い切り振り上げ、無数の手足の間を縫うようにして、陸戦型エヴァの鳩尾を思い切り蹴り上げた。

 エヴァの重量と筋力に加え、JAヘヴィアーマーの質量と可動機構のパワーを加えた恐るべき蹴撃は、ATフィールドを中和しながらその土手腹に突き刺さる。エヴァ二体分にもなる陸戦エヴァの巨体が、垂直方向へと浮かんだ。

 

 そのままツィガーニは右腕を全力で右方向へ振るう。

 

 鎖鞭刃の先端が食い込んだままの陸戦型エヴァは、その挙動によって今度は右方向に振り回され、跳躍し飛びかかろうとしていた別の陸戦型エヴァの左胴体へと、鎖砲丸の如くに叩きつけられた。

 

 ツィガーニへ飛びかかろうとしていた陸戦用エヴァは為すすべもなく吹き飛ばされ、代わりにその場へ攻撃用砲丸代わりに使われた陸戦用エヴァが落下する。

 

 ATフィールドを張る余力もないのか、半ば泥濘化した地面に半分埋もれた状態となった陸戦用エヴァから、ツィガーニは鎖鞭刃を引き抜いた。

 

 同時に、展開状態を維持していた左腕下部の25口径短砲身125 mm電熱化学砲を連続で発砲する。

 

 放たれた徹甲榴弾ニ発は、サージャが展開した攻性圧縮ATフィールドによって穿たれた陸戦型エヴァのATフィールドを容赦なく突破、マッハ6を超える速度で陸戦型エヴァの背中に立て続けに着弾する。

 

 表面に施された白色装甲を容赦なく貫いた徹甲榴弾は、肋骨の隙間を抜けて体内に潜り込み、内部で炸裂。

 

 相応の爆発エネルギーと、大量の金属破片をエヴァの体内に撒き散らした。後背部側のエヴァの内臓が容赦なく蹂躙され、陸戦型エヴァが苦悶のためか、全身を引きつらせ、痙攣する。

 

 その景色をみて、漸くサージャが言葉を発した。つい先程まで無表情であったその顔(かんばせ)に、再び笑みが戻っている。

 

 しかしその眼光は、右片頬だけを吊り上げた、憎悪すべき獲物を睨む肉食獣を思わせるような異様な輝きを帯びていた。

 

「ヒトを模したヒトのための決戦兵器があろうことか獣のごとくにヒトを喰らい、攻撃を受ければ巨体に似合わず人並みに苦悶する。

 なるほど、ヒトの次世代たるインフィニティ、その雛形としてのエヴァというカジンスキーの与太話、まんざら嘘でもないらしい」

 

 そのまま彼女はごく自然にツィガーニの機体を振り向かせ、その勢いを利して後背目掛け、右後ろ回し蹴りを放っていた。

 

 飛びかかろうとしていた残りの一機がATフィールドを中和突破したツィガーニの右踵を左頭部にまともに喰らい、虚空を吹き飛び、大地に落下した。

 

「しかし手の内を何度も見せたというのに、こうも学びがないでは獣と変わらん。

 これで次世代知性体のプロトモデルとはな。生まれてすぐ脳を捨てるホヤの類にでも退行したいのか?」

 

 呆れ返りつつ蔑みながら、迫りくる大量の陸戦用エヴァ、その白い波濤をサージャはツィガーニの眼を通して観た。

 

 サージャ・アヤナミは考える。

 

 本来であればツィガーニは飛行型の白いエヴァもどきによって撃破済みという算段だったのだろう。

 

 となれば奴らの役目は後始末。

 

 本来であれば無人の野を行くが如くにルーガ川を突破、サンクトペテルブルクとロシア支部を蹂躙、という算段だったのだろうな、とサージャは読んだ。

 

 それが証拠に、ともかくエヴァンゲリオン・ツィガーニばかりを狙ってきた飛行型は一切合切ロシア軍やユーロ連合軍に目もくれなかったというのに、あれらは行きずりの土産とばかりに投降しようとしていたユーロ連合軍、その一角たるドイツ連邦軍の兵士に惹かれ、食らいついた。

 

 捕虜は守らねばならない。彼らは投降を決めた。ならば彼らは守るべきヒトだ。

 

 そして迫りくるエヴァの陸戦型こそは、むしろヒトの脅威であり、速やかに迎撃・制圧する必要がある。

 

 しかしあの陸戦型は獰猛であり、飛行型より明らかに節操がない。どうする?

 

 彼女は状況判断した。

 

 ツィガーニの胸にあるコアに働きかけ、己の心を限界まで広げるようにイメージし、それにより、ツィガーニが展開するATフィールドを、限界まで拡大したのだ。

 

 いつかロシア支部を訪れ、試験を眺めたリョージャ・カジンスキーに言わせれば、サージャとツィガーニが発揮しうるATフィールド出力は、アヤナミシリーズ初期ロット正規品たるネルフ本部のアヤナミレイと、零号機の組み合わせで発揮しうる出力に比べ、七~八割程度しかないとのことだった。

 

 サージャが欠陥品であるからなのか、ツィガーニが粗製のナンバーレス・エヴァであるからなのか、或いは彼女がロシアで暮らした日々と訓練が影響したからなのかはわからない。

 

 ともかく、エヴァの性能とATフィールドの出力・性質は、登場者の精神の有り様に著しく影響を受けるらしい。

 

 だが、低出力ではあるものの、ATフィールドの自在さには、彼女は相当の自信があり、そして彼女はその自在さを利用した。

 

 さながら己の心の内を、世界へ向けて叫ぶがごとくに、自機のATフィールドを炸裂した霧のように爆発的に拡大させ、世界へ浸透させたのだ。 

 

 拡大だけを目的としたがゆえに、それは防壁や圧力としての役目を果たさず、ただ吹き抜ける風のように空間へと広がっただけであったが──果たして、効果は覿面だった。

 

 突進する白い波濤を形成する多くのエヴァが、ツィガーニの方角へ進路を変える。

 

 やはりヒト由来ATフィールドを嗅ぎつけたな。

 

 サージャは笑みを深めた。

 

 本部がリリスを寄せ餌として使徒を第3新東京市へ誘い込み邀撃をかけていたように、あれらはヒトのATフィールドの匂いを嗅ぎつける。そのように躾けられた掃除屋だからだ。

 

 そして彼女はアヤナミシリーズとしてはヒトとしての因子が濃すぎる欠陥品であり、そうであるがゆえにそのATフィールドには多分にヒトとしての因子がふくまれるのではないか、と彼女は瞬時に仮説を立てた。

 

 そして、エヴァとはパイロットのATフィールドを増幅する心の器である。

 

 ヒト食いの獣にヒトの臭いを嗅がせてやれば、食らいつく。理の当然。しかし、単純にすぎる。本当に獣だな。或いはヒトのケダモノとしての側面を強化したとかいうやつか?

 

 あのシベリア蚊もどきどもは各個撃破出来たが、この数にまとめて来られるとなると面倒だ。果たしてどこまでやれたものか。

 

 まあ、やるだけのことだな。サージャは内心で呟く。

 

 どのみちアレはヒトの敵だ。ろくな知恵すらない、ヒトでもエヴァでもない使徒もどきだ。人類の敵であり、ロシアのネルフに属する彼女が殲滅すべきものだ。

 

 故に数で劣ろうと、彼女の心に怯みはなかった。

 

 白い巨大な贋造の蜘蛛、使徒もどきの波濤が、彼女のエヴァたるツィガーニ目掛け、包み込むように迫ってくる。各個撃破から砲撃訓練、今度は乱戦と来た。

 

 全く忙しいものだ。だが、それほど恐ろしくもないのは、連中に知恵の欠片も感じないからか。いつぞやの銃撃戦訓練でアルファ部隊と実弾訓練をしたときのほうがまだ恐ろしかったかもしれない。

 

 なるほど、死人が普通に出るような馬鹿げた訓練にも意味があるものだ、とサージャは妙に静かな心で感心する。

 

 波濤は眼前。陸戦型、その一機一機の目視も、もはや暗視機構なしで個々に識別可能なほど。

 

 会敵まで、残り数秒。彼女は笑みを深めた。

 

 両腕上部、近接戦闘用多節鎖状連結ブレードGD7『セプノーイ・メッチ(Цепной меч GD7)』同時展開。

 

 セグメント連結状態となった二本の長剣が、鎧の小手に当たる部分のスリットから高速で伸び、展開される。

 

 狩りの支度は整った。

 

「Давай(来い)!!」

 

 己の実力を理解せぬタイリクオオカミの群れを睨むシベリア羆の如く、彼女はケダモノのように笑いながら、LCLの只中で思い切り咆哮した。

 

続く

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