小人族でも、女でも英雄になりたい 作:ロリっ子英雄譚
長い上に過去一の難産。
屋根の上を駆けて逃げ回るルージュと抱えられたエレシュキガル。ダイタロス通りを越えさえすれば、【ガネーシャ・ファミリア】まで一直線なのに。
「(くそ、振り切れない……!)」
常に先回りされる。
獣を追い詰める狩人の如く、行先を誘導されている。ルージュは『
「ルージュ……?」
息切れが酷い。
エレシュキガルがルージュの額に触れる。身体が熱く、汗が滝のように溢れ、顔色も悪い。
「凄い汗……!?まさかこれって!」
「多分毒、取り立ての【耐異常】じゃ防げなかった」
突き刺さった二本のナイフを抜き、ポーチに入っている包帯と回復薬で応急処置。魔法を使えば居場所がバレる。聖域もスキルも魔力を撒き散らす為、どちらを使っても居場所が捕捉される。
「直ぐに魔法を––––」
「伏せて!!」
エレシュキガルを抱えて後方に跳ぶ。
次の瞬間、ダイタロス通りの一角が爆発しその衝撃から身を守るようにエレシュキガルに来る衝撃波を背中で受け止める。上手く躱して受身を取る事が出来たが、背中に少しだけ鈍痛が走る。
投げ込んだ場所に視線を向けると、大量に投げ込まれた爆弾が目の前に存在した。エレシュキガルを抱え、全筋力を最大にルージュは逃げ出した。
「火炎石の爆弾……!?」
「詠唱されてる途中にこんなの投げられたら流石に危険過ぎるんですけど!?」
「でも…!」
「最悪やばかったら『聖域』で毒を軽く解毒する!」
ルージュはスキルを使えば『聖域』を展開可能な為、完治できずとも毒の進行を緩和出来る。だが、敵側にどれだけの強さがあるのか分からない以上、消費を抑えたいのも事実。
「(トワとの同化は消耗が激しいし一気にケリをつけたいけど……仕方ない)」
毒が巡り身体が痺れ始めた。
エレシュキガルを抱える右腕の感覚が少し鈍い。流石にこのままだと逃げ切るのに支障が出る。多少の消費を割り切ってルージュはスキルを解放し、魔法の詠唱を始めた。
「『集え小さな星々の願い』」
ルージュはスキルを使い『聖域』を身体に収束し、効果を増幅させながら毒の進行を止める。微力ながら回復効果を持つ『聖域』は歌によって効果を変えられる。トワと同化したルージュは歌わずとも『聖域』を思うがままに展開し、効果を変えることが出来る。そして魔法【スター・エクステッド】はスキルを収束できる。範囲に広がる聖域を自身の体に収束し、効果を高める。
「……ん?」
いつも使う感覚が変わっている。
前まで微力程度の治癒促進とかだった筈だが、普通の回復魔法のように上がっている。いくら効果を高めたとはいえ、此処まで回復するのか?と疑問に思うが、毒の巡りを抑えるどころか、完全に解毒まで持っていけた事にとりあえず安堵する。
「解毒が普通に終わった」
「回復魔法も使ってないのに!?」
「効果増幅もあるけど…これって」
ルージュには心当たりがあった。
それは『アンタレス』の戦い。アルテミスの『
「(毒はなんとか……後はこのまま追手を潰すか、逃げるか)」
二択は取れるが、エレ様を危険に合わせるリスクを考えるなら逃走した方がいい。しかし、火炎石を改造した投擲爆弾は街に被害を及ぼしかねない。逃げて被害が大きくなるなら迎撃した方がいいのもまた事実。どちらもリスクがある。
エレシュキガルに視線を向ける。
リスクは承知、このままではマズイのも事実である事を悟ったエレシュキガルはルージュの視線に頷いた。
「……?」
屋根から降りてダイタロス通りの噴水近くの広い所へ出る。エレシュキガルを後方へ下がらせ、『
静か過ぎる。
追ってきた暗殺集団の視線が殆どない。否、
まるで仲間割れでもしたかのように、命が消えていく感覚。二十四階層の時と同じような、そんな感覚にルージュはより一層警戒を強めた。
「……えっ?」
ドサリ、と屋根の上から何かが落ちた。
血を流し、命が潰えていく暗殺者の姿と、その背後に槍を突き刺し、乱雑に貫いた骸を捨てる三人の人間がそこにはいた。槍と大剣と杖、
「見つけたぜ。アレだろ?」
「ああ、標的に間違いない」
「殺さないように、です」
ゾワリ、と殺気が此方を向いた
「ッ!!」
「ほお……お前」
槍の一撃を受け止めると後ろから
「『駆け上がれ蒼き流星––––【ソニックレイド】!」
脚を加速させ、動きを翻弄する。
ルージュのステイタスは恐らく二人より優っている。体感的に全員がLv.3であるのは察することが出来たが、全アビリティオールS以上、敏捷に至ってはSSSのルージュの脚に追いつけない。
「『兎よ兎、豪雪を踏み締め嵐を越えよ』」
「なっ!?」
ルージュは脚を止めて詠唱する
詠唱を潰すという定石から行動パターンから動きを遮られる。ルージュが未だ味わった事のない経験。
「(クソッ、詠唱を潰せない!
ルージュは一対一ならば対人戦の経験はある。
だが、人との戦闘で多対一に関しては数が全く無い。というより、そんな機会がまず無かった。いつか来る可能性は覚悟していたが、今やっている事はステイタスに物を言わせた単調な動き。幸い、速さで翻弄出来ているが、一対一の土俵に持ってこれない。
「『凍てつく大地を疾く走れ、吹雪纏いて駆け抜けよ』」
此方も魔法で対抗する事は出来る。
だけど、いくら広いとはいえ街中。精霊魔法は威力が過剰で手加減して潰せる程相手も弱くない。強すぎても街を破壊しかねない。
「【リアスノー・ラビット】」
「っっ!?」
斬った兎が爆発し、
襲いかかる兎が脚に触れると今度は左脚が氷塊を纏って動きを阻害する。
「凍結属性の追尾魔法か!」
てっきり召喚魔法かと思ったが、全く違った。
触れた存在を凍結させる追尾型魔法。しかも兎、紛らわしい上に地味に厄介だ。
「チッ!」
兎は六体、二体消えた今残りの四体が此方に迫ってくる。迎撃しても爆発し、一定範囲は凍りついてしまう。後方に下がろうとした瞬間、槍が下から脚払いが飛び、思わず跳躍してしまった。兎から逃げるルージュの動きを予測され、先回りされて攻撃してくる連携にルージュはいつも以上に判断が鈍り、視野が狭まる。
「しまっ……!」
「遅いわ」
致命的な隙を晒し、
「ぐっ……!」
「終わり、です」
そして追ってきた兎がルージュに一斉に飛び込む。爆発する兎達は氷柱を生み出し、氷塊となってルージュを閉じ込めた。
「ルージュ!?」
「あの餓鬼、もうLv.3か。流石に恐怖を覚えたぜ」
「とはいえ、経験が足りなかったよう…です」
氷塊の中で動けないルージュを見てエレシュキガルは絶句する。そして三人は傅くように膝を突き、エレシュキガルに挨拶する。
「エレシュキガル様、お迎えに上がりました」
「っ、お前達は」
「ネルガル様が貴女をお待ちしております」
逆らうならばとルージュに視線を向ける。
此処で同行を拒否すれば、ルージュを殺さなくてはならないと視線が告げていた。
ピシリ、と氷塊から音が聞こえた。
ルージュは凍らされた筈なのに、氷柱から罅が入り、まるで氷の中で熱が溢れ出すかのように膨大な魔力が内側から圧迫しているようだ。その光景に思わず目を見開く三人。
「––––っざっけんな!!」
バキリ、と氷の柱が砕けた。
青みがかった翡翠色の羽が浮かび、ルージュから膨大な魔力が溢れ出し、凍らされた部位が完全に動いている。まるで凍り付く事に耐性でもあったかのような……
「なっ、氷が!?」
「『駆け上がれ蒼き流星』」
Lv.4の階位昇華 +【魔導】ありの加速魔法
その加速だけならLv.5に届くその脚で、
「なっ」
「遅い!」
加速したまま
「うおっ!?」
「お返し、だ!!」
腹部に力一杯の拳を叩き込む。
一対一に強引に持っていったのと、階位昇華におけるステイタスの差に
ルージュは息を切らしながら『
「(あっぶな……【祝福】が無かったらマジでヤバかったかも)」
凍結属性の魔法は凍り付いていたが、芯まで凍るに至らない。これが精霊の【祝福】。かなり強力なモノだ。耐冷、耐熱だけは既に護符がある事が証明されている。
決して舐めていたわけではないが、どれほどの敵がいるか分からない中で『
「……エレ様、さっきの言葉」
「……ネルガル」
その名は太陽神でありながら、冥界に一年幽閉された神の名。
「––––––そう、余だ」
「っ!?」
振り返ると、屋根の上には赤黒い髪の色をした厳格そうでありながらその風貌はまるで王のような雰囲気を纏う神がそこに立っていた。
「ネルガル……貴方がまさか下界に居るとはね」
「余を誰と心得る。太陽神にして冥府の神、そして何より貴様が下界に居るのなら余も当然居るに決まっておろう」
神に傲慢な存在はいる。
人間と神の価値観は違う。神だと傲慢になる存在はいるが、傲岸不遜という言葉がこの神には似合う。
「暗殺集団を仕掛けたのは貴方?」
「そこな黒装束は知らん。セクメトの阿呆の仕業であろう。そこの三人は余の戦士だが、どうやら貴様の見定めた星には勝てなかったようだ」
「暗殺集団に乗じて私達を狙った理由は?」
「知れた事、貴様を手に入れる。余の妻として迎えに来るのが夫の務めだろう」
「きっっしょ」
「全否定してるけど!?大丈夫かこの神……」
ルージュでさえ見た事ないくらいエレシュキガルの顔が歪んだ。相当嫌悪しているというより、まるで虫を見る眼で見ている。エレシュキガルにとって、ネルガルは夫ではないし夫と言い張るあの神を殴りたくて仕方ないようだ。
「その為には先ずは貴様の星には退いてもらおう。そこな蒼星、我が妻を渡せ」
「断る。蒼星って……」
条件反射でルージュは断った。
ネルガルはその答えを予測していたのか、眷属に命じた。
「ならば是非もない。略奪せよ
「––––拙は色恋沙汰には手を出すつもりは無いのだが」
ネルガルの後ろから声が聞こえた。
そして屋根から一人の女剣士が顔を出す。
「––––手合わせ願おう【
「っ」
目の前に降り立つ存在にルージュは眼を見開いた。
「エレ様下がって。この人ヤバい……!」
「ルージュ…?」
編笠に刀を携え、両目を瞑りながらルージュの前に立つ存在は剣士という枠組みに入らない程の
対怪物に特化した冒険者とは方向性が全く違う対人戦に特化した人間。武器から怨嗟が聞こえてくるような血の気配。レベルだけならルージュより遥か上。
そしてその後方、男が横抱きする存在にルージュは瞠目した。
「っ、おい!あの人、【ロキ・ファミリア】の」
「ああ、【
「殺されたくなかったらエレ様と交換する提案でも」
「いやそんな事する程、余は下劣ではない」
いやこの惨状撒き散らしておいて何言ってんだ、と心の中で叫ぶ。ただ、エレシュキガルがもしも連れていかれた場合、【ロキ・ファミリア】に助けを求める事が出来なくなる可能性が浮かび上がった。当然【ロキ・ファミリア】は報復に動くだろうが、恐らく【ネルガル・ファミリア】は都市外の派閥だ。行方を晦ませるくらい造作もないのだろう。現に【ガネーシャ・ファミリア】の見張りを素通りしている。
時間稼ぎに徹するか、倒す気持ちで挑むか。
「(いや駄目だ。時間稼ぎは無理だ…粘れる自信がない)」
初めての感覚だった。
初めて、
身体が戦闘を拒否している。恐怖や武者震いという訳ではない。いつも相対する敵には勝てると思えるだけの僅かな余裕があった。
初めて、勝てないとルージュは悟った。
勝機を見出せない事に怖いと身体が硬直する。
「(っ、弱気なままでどうする!)」
接近戦に於いて死のイメージが脳裏を過ぎる。
対人戦闘で決して勝てないと悟ったルージュは『
先に動いたのはルージュだった。
「『駆け上がれ蒼き流星––––【ソニックレイド】!!」
周囲を巻き込んだ変速移動。
街の被害は今は考えない。不幸中の幸いと言うべきか、死人が出て騒ぎになって、住民達は家に篭るか避難している。この広い場所なら被害は最小限に収まる筈だ。
「『––––閃光よ、駆け抜けよ、闇を切り裂け、代行者たる
並行詠唱。
変速移動の中、魔力を制御し遠距離攻撃を狙う。接近戦を捨て、遠距離からの攻撃に集中する。
間合いに入れば終わる。
あの女剣士を中心に濃密な死の気配を感じる。その範囲に踏み込んだ瞬間、ルージュは敗北を悟った。
「『––––無窮の空、色なき黄昏、零を以て我が斬り拓く』」
女剣士も詠唱を唱えた。
発展アビリティに【魔導】がない為、
威力だけならルージュに分がある。
最大魔力で街に被害が出ないように女剣士の頭上から魔法を放った。
「【ライト・バースト】!!!」
光の波動が女剣士に降り注ぐように落ちてくる。
遠距離の精霊魔法、脅威である筈なのに避けようともせずに女剣士は光の波動を前に……
「【一閃】」
指をなぞった。
次の瞬間、
「えっ……?」
鮮血が溢れ、何が起きたかも分からずに落ちていくルージュ。気が付けば
「ルージュ!!」
最後に聞こえたエレシュキガルの声に歯を食い縛り、残された力で剣を振るったのがルージュの最後の記憶だった。力が入らずに身体の浮遊感と共にルージュの意識は暗転した。
★★★★★
「––––驚きました。まさか、あの間合いを反応されるとは」
「いや、偶然だろ」
「……偶然、というには」
振るった剣が居合の一閃を逸らした。
偶然なのだろうが間合いを見極め、自分の最小限のダメージにするように剣を斬られる位置に置くように。無論、傷は深く立ち上がれるような身体ではない。血を流し過ぎている。
「ルージュ…ルージュ!!」
「無駄だ。間違いなく立ち上がれる損傷ではない筈だ」
ルージュは小人族、その分だけ血が流れれば人間より早く失血死する。体内に巡る血の量を考えると、出血量は不味い。
「来るがいい、エレシュキガル」
「ふざけ––––」
「それともその星、余が直々に砕いても構わんぞ?」
「っ……」
エレシュキガルは唇を噛み締め、ネルガルを睨み付ける。
「ほらよ、コレさえあれば死にはしねえよ」
コトリ、とルージュの近くに置かれる
「(お願い…ルージュ…!!)」
それだけで安堵の涙を流す。
だが、もうこの状況ではエレシュキガルに打つ手などない。ルージュが殺されない為に、エレシュキガルはネルガルに従うしかない。
「……ルージュ」
ルージュをそっと地面に置き、ネルガルの元へと歩いていく。唇を噛み締め、自分の判断に従い、ネルガルの元へ近づく。
「……っ」
エレシュキガルは瞠目した。
それは最後の意地にも思えて、意識の無い筈なのに、弱々しくもルージュの手はエレシュキガルの脚を握っていた。
涙を堪え、その手を払う。
引き止めても、ルージュが殺されるだけだから。
そしてエレシュキガルはネルガルの側へと立ち止まった。
「行くぞ」
「……ええ」
エレシュキガルはネルガルと共に消えていく。
気を失った眷属を連れ、街から離れていく。時間にして二十分の間に起きた出来事。
エレシュキガルとラウルの誘拐と暗殺集団のルージュの殺害実行を聞き付けた【ガネーシャ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】はその場に駆けつけた時には死体と、一つの血溜まりを残して何一つ手がかりのない光景だった。
★★★★★
雨が降り始めた。
身体が重く、喉に血が溜まり声も出せない。魔力はまだ少し、残っているのに詠唱が出来ない。あの時の斬撃にトワまで傷付いたせいでスキルも使えず、『聖域』を展開できない。
壁に手をつき、エレ様を探す為に立ち上がったのに脚に鉛がついたかのように動かせない。力めば胴体から血が噴き出す。
「(クソ……力が…入らない……)」
やがて力を失ったかのように倒れていく。
負けた。負けて、護られて生きている。エレ様に護られて、アテも無い場所を探し続けて、惨めに倒れていく。
「(護られた……エレ様を犠牲に……)」
私は護られた。
英雄になりたいと言った私の道を信じて見守ってくれる神に私は護られた。弱くて、負けて、そして護らなきゃいけない主神に護られて、生き恥晒して生き延びている事に。
「(ち……く…しょ…う)」
どうしようもなく、悔しかった。
倒れて立ち上がれない。身体が動かない。
声にならない叫びが裏路地に響き、私はみっともなく泣き続けた。弱くて負けて、奪われた自分が許せなくて、声を上げる力もない中、雨が涙と共に溢れ落ちた。
護りたい人に護られて生き延びる。
死にたくないと思っているのに生きていることが恥ずかしい。
その葛藤が何よりも辛いんだ……