ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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オチ担当スズカさん


アフターストーリー:役立たずの神龍

「マスターマスター」

 

 よっぽど寂しかったのか、ブルボンは仕事の合間合間に話しかけてきた。

 無口でストイックなサイボーグといった感じな印象を持たれるこのウマ娘は、見かけによらず多弁でフレンドリーである。

 

 その話に、特に中身があるわけではない。日々のちょっとした話とか、クラスであったこととか、あまりの長距離無双の果てに国外追放――――別にそんなことはない――――を喰らってイギリスあたりを荒らしているライスシャワーとの通話とかそのあたりで、深刻な悩みもない。

 

 いや、なかった。

 家庭的に貧しく走る道を選択できないウマ娘たちの支援の為の基金――――奨学金を細分化して一口数千円にして、その出資に応じた回数ライブチケットを配布するもの――――の草案をまとめ終えた瞬間、割と中身のある問いが降ってきた。

 

「マスター。それは奨学金、ですか?」

 

「そうだ。あとはダート人気回復……いや、回復というほど人気があった例はないが、そういう施策も盛り込んでいる。お前のおかげでトゥインクルシリーズは盛り上がっているからな」

 

 一口募集するのは、それなりに人品骨柄のちゃんとした相手に向けてである。

 一般大衆に向けて募集を開始するのは、この制度が固着し一般化した後でも遅くはないと、彼は思っていた。

 

「私の夢が他の方々の夢の架け橋となっていくのですね」

 

「嬉しいか」

 

「はい。感無量です」

 

 感無量ボン。

 嬉しそうな担当の横顔を見て、東条隼瀬はなんとなく気づいたところを述べた。

 

「で。前置きはよかろう。何かあるのか?」

 

「……はい」

 

 ちょっと佇まいを正して、ブルボンは話をはじめた。

 

「私の同期はもう随分少なくなりました。バクシンオーさん、ライス、タンホイザさん、ボーガンさん。重賞戦線に絡めているのはこの4人くらいなもので、他の方々はいよいよ衰えが激しくなってきています」

 

「うん」

 

 それで?と。

 尖っていた、端的に言えば人の心が無い頃の彼ならばそう言っていただろうが、彼はこの栗毛のわんことのアニマルセラピーによってだいぶ丸くなっていた。

 

 その結果極めて雑に扱われる先頭民族もいるのだが、互いに幸せなのでまあ問題はない。たぶん。

 とにかく、彼は言いづらそうにしているブルボンの言葉を辛抱強く待った。

 

「私の友達も、引退するらしいのです。夏に」

 

 ポツポツとブルボンは話しだした。

 寒門の出のその娘は苦戦しながら未勝利戦を勝ち、クラシック期間をOPクラスに勝ち上がることに費やしていたらしい。

 

 つまり2戦目でGⅠを手にし、クラシックを制しシニアで覇を唱えたブルボンとは正反対のキャリアを、その子は送ってきたのだ。

 

(実力のある子じゃないか)

 

 東条隼瀬には常識に欠けるところがある。だが職掌内の常識は完璧に把握していた。

 

 そもそも殆どのウマ娘は、中央トレセンに入れない。

 えっそこから?と思うかもしれないが、これは事実なのだ。実のところ地方トレセンに入るのも一苦労で、そこから勝つのも難しい。

 

 そして中央で勝つのは、その何倍も難しいのだ。重賞を勝つのは、ではない。1勝すらもである。

 

 未勝利戦を、というあたりメイクデビューで負けたか、あるいははちゃめちゃにデビューが遅れたのかのどっちか。

 しかしそこで勝ち、OPクラスまで上がってくる。この時点で弱小チームならエースを張れるし、学園に入り走ることを求められる上澄みのウマ娘の上澄み、中央の中でも更に上澄みなのだ。

 

 まあその上澄みの上澄みの上澄みの上澄みの上澄みたる三冠ウマ娘を、彼は3人担当しているわけだが。

 

(そしてたぶんいい子だ)

 

 仰ぎ見るぶんには、いい。ミホノブルボンは寒門の星だ。

 だが星というのは距離を取るから明るい程度で済むのである。近ければ近いほど、その明るさは目障りにもなる。

 

 スタート地点は同じだった。

 しかし今は天と地ほどの差があると言っていい。少なくとも実績という観点から見れば。

 

 つまり、僻まずにはいられないだろうに僻まなかった。そのあたりに、その友人の人の良さと限界が見えた。

 

(性格的に、恬淡としているのだろうか)

 

 そんな予測をしている最中も、ブルボンの話は続く。

 その娘はシニアに入ってごくまれに重賞で入着したりOP戦を勝ったり負けたり。GⅠに出走できるかできないかという話までいったこともあったが、流れたとのこと。

 

「私は正直な話、勝利に一喜一憂することはありませんでした。三冠のみが私の目指す場所であり、夢であり、他に興味はなかったからです」

 

(残酷な話だ)

 

 ブルボンには頑健さくらいしか才能がない。都合のいい単位になるくらいにない。

 ものすごく頑張れる粘り強さはあるが、それは才能ではなく気質の問題である。

 

 つまりスタートラインは近かったと言える。

 だが意識や目的が違うと、ここまで変わってくる。

 

 これはブルボンの実家にテレビがなかった、というのも原因だろう。理由はブルボンが家電という家電をぶっ壊すからなわけだが、それだけに彼女は三冠以外のレースに興味や知識を持たないままにトレセンに来た。

 その無知さが、彼女に余計な油断や達成感を生まなかった――――というのは評価し過ぎだろうか。

 

「ですがそうではない、と知りました。つまり勝つのは、とても大変なことなのです」

 

 それは奇しくも、今のライトファンと同じ目線だった。

 三冠はよくある。メイクデビューは勝てるものだし、重賞は通過点。GⅠは何個勝てるかを競うもの。

 

 しかし三冠は頻発しないし、メイクデビューは勝てないし、重賞は挑戦することすら難しい。

 GⅠを複数勝つなど、それこそ天文学的確率なのである。

 

「お前は自分が三冠になることを疑ったことはなかったものな」

 

「いえ。疑わしくなったことはありました。しかし、マスターがいてくれましたので」

 

 ずぶとい。いや、ライスシャワーもそうだが、自然と勝つ前提で物事を組み立てられるのはある種の才能なのだろう。

 

 そう思っていただけに、この回答は意外だった。

 

「そうか。ならトレーナーとしての甲斐性があったということかな」

 

「はい。そんな甲斐性のあるマスターに相談があります」

 

 あれ、嵌められた?

 そんなことを思いつつ、まあなんだろうと耳を澄ます。

 

 東条隼瀬にとって、ミホノブルボンは単なる担当ウマ娘ではない。恩人でもあり、ルドルフやスズカと同じくらい人生を左右した存在である。

 その相談は無条件で聞くし、可能な限り叶えてやりたい。

 

「私の友達が重賞を勝つ方法はないでしょうか」

 

 だがこの願いは、予想していたとはいえ難しかった。

 

「その願いは私の力を超えている……」

 

「……? なぜですか?」

 

 マスターならできる。

 子供っぽい信頼があっただけに、ブルボンは戸惑った。重賞を勝つのは難しいという自覚があっても、である。

 

「できないわけではないが、その娘にはトレーナーも居るだろう。引退レースとなればそのトレーナーにもそれなりの考えがあるのではないかな」

 

「それは……その通りです」

 

「生徒同士が助言を与え合うのは謂わばよくあることで、管理すべき対象にはない。だが他のトレーナーが頼まれてもいないのに口を挟むのはよくない」

 

「はい……」

 

 しょんぼりしている。

 とてもしょんぼりしている。その原因はたぶん思惑がうまくいかなかったからではなく、自分がちょっとまずいことをさせようとしていることに気づいたからだった。

 

「まあその話は終わりにして。少し講義をしてあげよう」

 

 ピコンと、畳まれていた耳が起きる。

 聴く姿勢を示した担当に向けて、参謀は参謀らしく講釈を垂れた。

 

「逃げ先行という戦法についてだ。これは乾坤一擲、何かを変えたいときに用いられたりする。これはペースをコントロールしやすく、まぎれが起きにくいからだ。例えば他の後方脚質だと前が詰まったり、バカ逃げの結果直線までに大きなリードを取られ、どうにも差しきれないと言ったことが起こりうる」

 

「なるほど」

 

「どうしても、運を味方にしても勝ちたいという引退間際のウマ娘はこういう思考に陥りがちだ。そしてそれはよくあることだから、よく知られている。わかるかな」

 

「……はい」

 

「ここにとあるウマ娘の成績がある。通過順位を見ればわかるが、差しから先行へ、先行から前目の先行へ。そして逃げに転向して負けている。この場合次にたどり着くのは、なにかな」

 

 ブルボンの頭に、最近特にニコニコしているウマ娘の――――自分とは違う逃げの使い手が浮かんで、消えた。

 

「このぶんだと、逃げに慣れているだろう。しかしスピードの持続力の差で先頭は取れていない」

 

 大逃げをしろ、ということかな。

 そう思いはしたものの、ブルボンはどうも確信を持つには至らなかった。

 

 大逃げとは、やるだけなら誰でもできる。しかし完遂し切るには通常の四脚質よりも上の能力が要る。

 

 悩みはじめたブルボンに語りかけるように、東条隼瀬は続けた。

 

「引退レースとなれば、誰だって主役になりたい。しかしもっと目立ちたいレースがある。それが何か、わかるか?」

 

「…………」

 

 少し、考え込む。

 浮かぶのは、お父さんと一緒に見に行ったレース、日本ダービー。

 

 あのとき先頭で走るウマ娘は、誰よりも目立っていた。その後沈んでいたが。

 

「……日本ダービーでしょうか」

 

「そうだ。見たことはあるな?」

 

「はい」

 

 見たことがあることを、彼は知っている。何故ならブルボンが実家に帰ったとき、日本ダービーのレースの半券を見せられたことがあったから。

 そしてその年代さえも。その年代に起こっていた事象さえも。

 

「前を走っている子が居ただろう。それについてお父さんに聴いてみなさい。そして……そうだな。ルドルフとの宝塚記念のレースを見ろ。勉強の一環だ」

 

「わかりました、マスター」

 

「ここからはまた違う話になるが、作戦と言うのは過去を見てから立てる。

未来に勝つ為に、過去を活用する。なぜなら未来とは各々違った物を描くが、過去は見方を変えられても内実と外面は変えようがないからだ。過去とは共通認識であり、共通認識はそれを知る者の考えの礎になる。わかるかな」

 

 なんとなく、わかった。

 だがここでありがとうございますと言えないこともわかっている。

 

「マスター」

 

「なんだ」

 

「私の将来の為の講義、感謝いたします」

 

「それがわかっているならば、いい」

 

 聴いて、成績を見て、状況を把握して瞬時に作戦を立案する。

 そしてその立案した作戦を解体してピースを散りばめ、解かせる。

 

(マスターはなぜそんなにも、簡単に奇策を思いつけるのでしょうか)

 

 この心情を把握していたら、彼はこう応えただろう。

 

 凡そ戦いは、正を以って合し、奇を以って勝つ。故に善く奇を出だす者は、窮まりなきこと天地のごとく、竭きざること江河のごとし。

 

 この本意とはやや色彩を異ならせるが、こうして正と奇を組み合わせれば正が奇に見え奇が正に見える。その認識の差を付けば案外それらしく見えるし、勝てるのだと。

 

(ん?)

 

 やりすぎたかな。そんなふうに悩む男は、かすかに震えたスマートフォンに触れて電源を入れた。

 

 【明日、一緒に行きませんか?】

 そんな連絡を寄越してきたのは、先頭民族。

 

「現地にいる、と」

 

 思いやりも素っ気もない連絡を返すと、【うそでしょ】がきた。

 いつものことである。


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