【完】これは圧倒的美貌で凱旋門賞馬になる俺の話   作:SunGenuin(佐藤)

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感想&ブクマ&評価&誤字脱字報告、サンクスサンクス~~!!!!

1万文字超えてて笑っちゃう。
文字数配分できないのがバレてしまったな。
今後は5000前後でやりたい(できるとは言ってない)

レースシーン、クソ難しすぎぃ!
サンジェニュインと言う架空馬がログインしたことで、パドックでの様子、返し馬での様子、ゲート入りでの様子などが史実と異なる馬たちがいます。
あらかじめご了承ください。

それにしても前話(ウマ娘回)との温度がひどくて書いてる作者が風邪引く。

※作中に登場する「柴畑喜臣騎手」のモデルは名前からどなたか連想できると思うのですが、史実(現実?)ではそこまで口数の多い方ではないとのこと。性格と口調、口数に関しては創作ということで見逃してくださいお願いします。※


13.夢想 ─ 第65回皐月賞

乗り替わりなんて嫌だ。

俺がそう駄々を捏ねたところで通じはしない。

でも「仕方がない」と割り切るには、俺は長い時間、芝木真白という騎手と共に過ごしてきたのだ。

 

「サンジェ、柴畑さんは乗りこなしが上手い人だから、中段につけても上手く誘導して貰える。無茶なんかさせない。柴畑さんを信じて、まっすぐ走るんだぞ」

 

俺に騎乗した最後の日、芝木くんはそう俺に言い聞かせるように言った。

でもそれは、芝木くん自身が自分に言い聞かせているようでもあった。

 

離れ際、つい袖を食んで引き留めた。

芝木くんは一瞬だけ瞳を潤ませて、もう行かないとと繰り返す。

でもなかなか離せない、離したくない。

食んだまま芝木くんを見つめて、どうしても行ってしまうのかと目で訴えて。

一緒に過ごす内に俺の感情を汲み取るのが上手くなったから、何で引き留められているのかわかっているんだろう?

 

俺の目も潤んでいるんだろうな。

泣きそうなんだよ。

泣いて背に乗ってくれるなら泣きわめいたけど、きっとそうじゃないと解っているから泣かなかった。

 

「お前は本当に賢い馬だ、サンジェ」

 

そう思うなら解ってくれよ、芝木くんじゃないと俺、よくわかんないよ。

だいたい、芝木君くんが言ったんじゃないか。

俺はGⅠも勝てる馬だって、世界初の白毛のGⅠ馬になれるって。

芝木くんが言ったんじゃないか……。

 

「サンジェニュイン」

 

目黒さんが俺の背を撫でる。

聞き分けてくれと、手のひらが言う。

 

ああ、もう時間だ、別れの時間だ。

あと少しで、新しい騎手が来るから。

 

「乗せてくれてありがとう、サンジェニュイン」

 

芝木くんがそう言って俺の顔を撫でるから、俺は食んでいた袖をそっと離した。

濡れた袖を見て芝木くんが笑う。

そしてハの字になりかけた眉を引き締めて、俺に笑顔を見せた。

 

「俺の夢はずっと、ずっとお前だよ」

 

栗東トレーニングセンターにも春が来た。

桜並木から風が鋭く吹いて、桜の花びらが舞う。

舞って、舞って、舞い散って。

俺は実感した。

 

春は別れの季節だ。

吹き荒れる花の嵐が、積み上げた夢を連れ去るから。

 

 

 

 

 

 

 

 

芝木くんが離れて1時間。

テキが見慣れない男を伴って帰ってきた。

穏やかな顔立ちをしていて、年下のイサノちゃんにも深々と頭を下げるので、物腰も柔らかそうである。

俺の新しい鞍上は優しいおっちゃんのようだ。

いや、まだ40手前だから、お兄さんと言った方が良いのだろうか。

 

柴畑(しばたけ)喜臣(のぶおみ)です。よろしくお願いします」

「こちらこそ。柴畑騎手、サンジェニュインをよろしくお願いします」

 

芝木くんの次の騎手として、サイレンスレーシングが依頼した柴畑さんは関東のリーディングジョッキー ── かなり上手い騎手らしい。

とにかく馬を損なわない競馬をする、と評判なのだとイサノちゃんも、別れ際の芝木くんも言っていた。

馬を損なわない、それすなわち故障をさせない柴畑さんは、調教師や馬主からの信頼が厚いようだ。

 

「しかし、サンジェニュイン、レースでも見ましたが、目の前にすると圧倒されるほど白いですね」

「夏場は少し眩しいくらいですよ」

 

談笑の合間に柴畑さんを見る。

174センチもあった芝木くんと比べると、数センチは確実に低いだろう身長。

体重だって芝木くんより軽いだろうな。

腕前は、そりゃデビュー3年目と十数年やっている騎手を比べる方が酷だろう。

 

まったく正反対の騎手が選ばれた理由なんて、わかりきっている。

 

決して壊さない競馬、安心安全の実績、厚い信頼、それら全部が、俺のために選んだ騎手であることくらい、わかってるんだよ。

でもそこではない『感情』の部分が、俺を意固地にしていた。

 

「今日は軽い運動からお願いしようと思います。まず慣れるのを第一に。普段の調教では見習い騎手が乗って走っていますが、追い切りを含め、サンジェニュインは全レースを芝木くんと出走したので、他の騎手に不慣れです」

「わかりました」

 

目黒さんが俺の手綱を引く。

今まで芝木くんが乗っていた鞍に別の騎手が乗るのだと、改めて思うと身体が上手く動かない。

まるで身体が感情に縛られているみたいだ。

 

「サンジェニュイン……」

 

ごめん、目黒さん。

それから柴畑さん。

決して乗せたくないわけじゃない。

乗せないわけにもいかない。

わかっているんだけど、今はどうしても身体が言うことを聞かないんだ。

 

俺が申し訳なくて首を下げると、その横を目黒さんが撫でた。

 

「ゆっくりでいいですよ。知らないヤツが背中に乗るんだ、嫌がるのは当然です。マシロには特別賢い馬だって聞いてます。皐月まではあと3週間ほどですが、その間に少しでも認められるように頑張りますよ」

 

宥めるように俺を撫で続ける目黒さんに、柴畑さんはそう言って笑った。

笑うと目尻に皺ができて、それが柴畑さんをより温和に見せた。

……この人が、威張り散らすような騎手だったらよかったのに。

そうしたら泣いて暴れて、芝木くんじゃなきゃ走らないからなって駄々を捏ねたかもしれない。

けど柴畑さんはどこまでも落ち着いていて、ただまっすぐと、俺の目を見ていた。

 

「芝木くんとは親しいんですか?下の名前で呼んでいるようですが」

「ああ。マシロの親父さんが医者なんですよ。今はもう畳まれているんですけどね、美浦に近いところで開業してて、騎手になりたての頃はよく世話になったんです。マシロがほんの豆粒だったときから知ってますね」

「芝木くんが関東出身なのは聞いてましたが、そういった繋がりだったとは」

 

芝木くんは暇さえあれば俺に顔を見せて、よく家族の話をしてくれた。

3兄弟の末っ子で、上2人の兄とは年が離れていること。

どちらも自立していて、片方がお父さんの病院を継いで今は東京に居城を構えていること。

家の一部が病院になっていたから、患者が一番の遊び相手だったこと。

その中でも特に、馬に乗っていた格好良いお兄さんに憧れて(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)騎手を目指したこと。

 

芝木くん、この柴畑さんが、芝木くんの憧れたお兄さんなのか?

 

俺が見ていることに気づいて、垂れ目を丸くした柴畑さんがまた笑った。

少しだけ、俺の身体から力が抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから柴畑さんは頻繁に俺の下に顔を出すようになった。

普段は美浦── 関東の方がツテが多いから、そちらで乗ることが多いのに、ほぼ毎週、時間があれば3日連続で俺に乗ったりする。

急な乗り換えだったとはいえ、乗る頻度の高さを心配したテキが柴畑さんに声を掛けると、柴畑さんは「馬のやる気と本気を引き出すのが仕事なので」と笑った。

調教や併せ馬で俺に乗っている(あん)ちゃんたちに普段の様子を聞いて回ったり、目黒さんやイサノちゃんに俺の癖を細かに聞いたりしている。

賢い馬イコール拘りが強い、というのが一部の間では実しやかに囁かれているそうで、柴畑さんは俺の癖を把握するのに余念がない。

その癖関連で最近知ったが、俺は走るときに馬体全体が前のめりになりがちらしい。

もしトップスピードで走ったときに躓きでもしたら首から地面に埋まるだろう。

そうならないよう、レース中では芝木くんがきっちりと綱を持って、前のめりになりすぎないように制御していたようだ。

弥生賞で倒れたときに、首から突っ込まずにいられたのも、馬体に外傷がなかったのも、芝木くんがギリギリまで俺の綱を持っていたからだと柴畑さんは考えている。

俺もそうだと思う。

起きたとき、身体のどこも痛くなかった。

獣医さんも「減速していたとはいえ走っている状態で倒れたのに外傷がないのは奇跡」って言われた。

自分は右足を怪我したのに、芝木くんはそれでも極限まで俺の綱を手放さなかったこと。

それが何よりも、芝木くんの俺への深い愛情を感じさせてくれた。

 

柴畑さんは頻繁に会いに来たり乗ったりするだけじゃなくて、俺に良く話しかける人だった。

他の馬に対してもそうなのかはわからないけど、乗ってるときや、普通に手綱引いて横並びの時も、世間話だったり他の馬の話だったりをしてくれた。

今日の調教が終わって馬房で飼い葉を食べている間も、俺に今週のレースで騎乗する馬について延々と話しかけてくる。

相手は馬なのに、真面目にレース内容の相談までしてくるから疑問に思ったイサノちゃんが聞くと、柴畑さんは「これがマシロとの約束なんだ」と教えてくれた。

 

「約束、ですか?」

「うん。元々ね、クラブの方も乗り換えの騎手は俺で、って最初から決めてた訳じゃないんだよ」

 

えっ、そうなのか?

俺は飼い葉を口からポロリと落として柴畑さんとイサノちゃんの話に集中した。

 

「弥生賞はね、俺もあの場にいたんだよ。ブレーヴハートに乗ってたんだ」

 

ブレーヴハート。

確か弥生では先段にいた馬だったはずだ。

芝木くんと一心同体、覚悟決めてイッキに突っ込んでいったときに躱した馬。

そうか、あの馬の鞍上は柴畑さんだったのか。

 

「普通逃げ馬が出遅れるとね、やる気なくしてダレるか、暴走してフラフラになるか。ともかく、好走するケースは稀なんだよ。だけど弥生賞のサンジェニュインは、前へ前へとは行きたがっていたものの、ふらつくことなくまっすぐと走り続けていた。躱されたときに思ったのは、あっこいつ無茶しやがって、じゃなくて……こいつ、上手くなったなあ、だったよ」

 

本当にふらつきなんて感じなかった。

俺の綱は芝木くんがしっかり握っていたし、鞭はただ、前へ前へと後押ししてくれた。

 

「マシロは、そりゃ新人賞も取ったり光るものは持ってたんだが、とにかく馬の自由にさせて自分からは勝負をなかなか仕掛けない、仕掛けどころがズレる悪癖があったんだけどな。弥生はまさに、ここだという仕掛けどころをピタリとハメてきたと思ってる。たぶん、あの場面で仕掛けなかったらディープインパクトとの競り合いすらできなかったんじゃないかな」

 

俺もそう思う。

あのタイミングじゃなければ、後ろから追い込んでくるディープインパクトに追いつくどころか、かなり差をつけられていた可能性がある。

それに、下手したらディープインパクトとの競り合い以前に、掲示板入りさえできない可能性もあった。

そんな中で覚悟を決めて鞭を打ってくれた芝木くんは、やっぱりすごいんだ。

 

「……無事だったのは結果論だ、と言われればそれまでだけど、俺からしてみれば、あの瞬間の1頭と1人、まさに『人馬一体』だと思ったよ」

 

その柴畑さんの言葉が、俺の胸にじんわりと響いた。

 

なあ、芝木くん、どうして今この場に居ないんだ?

俺のせいで、俺の位置取りが悪くてごめんなって謝っていた芝木くん。

出遅れたのは俺が隣に気を取られていたからだ。

体力を消耗したのは、コース取りを考えていた芝木くんを無視して俺が前へ行こうとしたからだ。

それでも俺の望みに沿うよう、必死に鞭を打って前へ前へ、よれないように首を支えてくれたのは芝木くんだ。

 

他の誰でもなく、あの瞬間、もっとも俺の声を聞いてくれたのは芝木くんなんだよ。

 

「サイレンスレーシングから依頼を受けて、すぐに「はいわかりました」とは応えられなかった。この馬はマシロのお手馬だし、実は同時期にビッグプラネットで皐月に出てくれないかっていう別の打診があって、俺はそれと迷っていたんだ」

「ビッグプラネットというと、同じ栗東の」

「ああ。それでどうしようか迷っていたときに、マシロから電話が来たんだ」

 

『柴畑さん、もし、もし迷っている理由が俺を気にしてのことなら、迷わずサンジェニュインに乗ってください』

『いやしかし、サンジェニュインはお前のお手馬だろ?当日レースが被ってるわけでもあるまいし……』

『サンジェは!……サンジェニュインはGⅠを、クラシックを取れる馬なんです。あいつはそれだけ強い馬だ。でも、でも俺が鞍上では力になれない。弥生の時みたいに、あいつをターフに沈めてしまうかもしれない』

 

「弥生でのことがよっぽど記憶に残っていたんだろうな。直後の取り乱しの酷さから、これはしばらく引きずるだろうなとは思ってはいたんだが、想像以上に追い詰められていたんだろう。レース後にちゃんとケアしてやるべきだったと、今になって思うよ」

 

『……勝手なことをしたのは解っていますが、サイレンスレーシングに乗り替わりに柴畑さんを推薦したのは俺です』

『なんだって?』

『お願いです。サンジェニュインに乗ってください。あの馬はもっと上へ行くんです。高いところへ行くんです。その場所まで、あいつを導いてやってください』

 

「あんまりにも真剣だったから、人の知らないところで勝手に推薦するな、とも怒れなくてな。ビッグプラネットが皐月を回避してNHKマイルのほうに出るって決まったことも重なって、俺はサンジェニュインの鞍上を引き受けることにした」

 

俺は涙が出そうになって、それでも必死に耐えた。

いま泣いたら、あの時泣かずに笑った芝木くんに笑われる気がした。

 

「そんときね、あいつ自分勝手に俺を推しておいて、じゃあ俺が乗り替わりますってなった途端、約束してくださいなんて言い出してな」

 

柴畑さんがおどけたように肩をすくめた。

 

『柴畑さんが思う何十倍も、サンジェニュインに話しかけてください』

 

「あいつは賢い馬なんです、言葉全部が通じなくても、こっちの気持ちは確実に伝わってる。何度でも、例え理解できないことだろうと、なんでも何度でも話しかけてください、ってね」

「それは……芝木さんらしいですね……」

「やっぱりあいつもサンジェニュインに頻繁に話しかけてたの?」

「それはもう、世間話から何まで、ずっとしゃべり続けてましたよ」

 

言葉のキャッチボールなんてなかった。

けど、確かに俺と芝木くんは、話をしていた。

 

とてつもなくくだらないことから、ド真面目なことまで、なんだって。

 

「俺自身は、そこまで口数が多い方じゃないから、どんなこと話せば良いんだと思って思いつくもの全部口に出してるだけなんだけどね、サンジェニュインは聞き上手だからついついレースの話までしてしまう」

「口数多くないって……実際にお会いするまでは無口な方だとは聞いてましたが、なんというか……良い意味で裏切られたといいますか」

「えっ、そう……?口数はあんまり……人前だと」

「たぶんですけど、柴畑さんが思っている以上に口数、多いと思います」

 

それはそう。

思わずフフッと笑ってしまった。

柴畑さんは口数が多い。

俺の前と、それから芝木くんの話をしているときは。

 

「自分の息子じゃないんだけど……似たようなものだと思ってる、からかな」

 

少し照れ臭そうにしながら、柴畑さんが話を続ける。

 

「約束通りにね、会うたび会うたび話しかけ続けたら、マシロが言う通り耳が完全にこっちを向いてるし、日を追うごとに俺に慣れてきてるなあ、ってわかるんだよ。話してる内容が伝わってなくたっていい。ただ、俺とサンジェニュインの1人と1頭が向き合うっていうのが大事なんだなって改めて思った。……この年になって、15歳も年下の騎手に気づかされるとは」

 

俺もまだまだだな、と言いながらも、柴畑さんは嬉しそうだった。

小さな子供が大きくなった姿を見る、親のような顔をしていた。

それも一転して、挑発的な表情に変わる。

 

「でも俺だって、懇願されたからとか、先に打診されてた馬が回避したから、っていう理由がすべてじゃないよ。俺自身が勝ちたいと思ったからだ。クラシックはまだ取れてない。諦めたわけでもない。数奇なめぐりあわせではあるけど、勝てるかもしれない馬に乗れる、チャンスが来たとも思ってる」

 

柴畑さんが俺をじっと見つめる。

 

「俺はお前と皐月賞、勝つつもりでいるぞ、サンジェニュイン」

 

まるで、俺に宣戦布告するみたいな、強い声だ。

その声に、言葉に、俺は芝木くんがいないこの2週間を振り返った。

 

テキたちが心配するほど俺に乗ってくれた柴畑さん。

絶えず俺に話しかけてくれる柴畑さん。

俺のブラッシングをしてくれる柴畑さん。

俺にリンゴをくれる柴畑さん。

俺は強い馬だと撫でてくれる柴畑さん。

 

全部、芝木くんから柴畑さんへ繋いだナニカ。

 

俺の顔の横に添えられた手に、そっと頭を乗せた。

自分から柴畑さんに触れるのは初めてだった。

手のひらから狭まった視線の先で、柴畑さんがまた目を丸くしている。

そのままじっと見つめていると、目尻に皺が寄って、眉が下がっていく。

どこまでも穏やかな笑顔を見て俺は……俺も、嬉しいなと思えるようになった。

 

一番に背中に乗せたいのは、やっぱり芝木くんだ。

けど今は、今は柴畑さんを背に乗せて、風のように駆け抜けたいとも思う。

 

馬房の扉をかじる。

イサノちゃんが「外に出たいの?」と困ったような顔をするから、出してくれと再びかじると、静かに扉が開いた。

 

「どうした、サンジェニュイン」

 

柴畑さんの周りをゆっくりと回る。

この人に俺からアクションを返すのも、もしかしたら初めてかもしれない。

2週間も一緒にいたのに、意固地なやつって思われてるだろうな。

 

「サンジェニュイン?」

 

身体を軽く寄せる。

柴畑さん、と視線で呼ぶ。

 

春は別れの季節だ。

でも、きっと出会いの季節でもあったんだろう。

 

今日も桜並木から揺れる花弁が地面を彩る。

ようやく盛りを迎えた桜から舞う、眩いほどの花嵐。

それは連れ去った夢を抱くように、背中を押す風になった。

 

2005年4月17日 皐月賞。

俺は、2人の騎手を乗せて走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

お守りのように馬券を握りしめ、視線を前に向けた。

今日は3歳クラシックレースの一冠目、皐月賞が開催される日だ。

北海道から千葉・中山競馬場まですっとんだのは、(ひとえ)に出資馬の晴れの舞台を応援するためだった。

 

「さあ返し馬── 6番のサンジェニュインがちょっと他馬に絡まれている、のでしょうか?」

「あれは14番のディープインパクト、と、5番のヴァーミリアンですね。少し後ろで近づきたそうにしているのはアドマイヤジャパン、鞍上の縦山騎手が押さえています」

「なぜかピタリとサンジェニュインの横に付けているディープインパクトとヴァーミリアン。3頭の鞍上が離そうとするのです、が……ヴァーミリアンが離れたがらないのか馬体を揺らしています」

「あ、ディープインパクトが離されていきますね。かなり嫌がっているようです」

 

白毛の馬を挟む鹿毛と黒鹿毛はターフによく映えた。

それぞれの鞍上がディープインパクトが(たけ)(はじめ)騎手、サンジェニュインが柴畑(しばたけ)喜臣(のぶおみ)騎手、ヴァーミリアンがマルコ・デルーカ騎手と、日本競馬界でも名の知られた騎手たちだからか、実況者も他の関係者たちもその光景に注目していた。

厩務員も間に入って馬たちを引き離そうとする。

挟まれているサンジェニュインは実に堂々とした、どこか大人びた落ち着きを持っていた。

両隣が暴れている分と、それから馬主贔屓も相まって、どの馬よりも格好良く見えた。

 

つい馬主贔屓と言ってしまったが、俺はしがない一口馬主である。

親父が個人馬主だった縁を辿って、贔屓にしていた社来系のサイレンスレーシングで細々と馬に出資していた。

馬には詳しくなかったから、クラブから薦められる馬に金を出して、ほどほどに勝てればいいなという程度。

特に競馬に強い興味があるわけではなく、株などと同じ、投資のような感覚だった。

 

そんな俺が、自分自身で選んで出資した馬が、サンジェニュインだった。

 

「各馬がいよいよゲートイン。一生に一度の皐月、泣いても笑ってもこれっきりのレースが始まろうとしています。ゲート前ちょっと騒がしいか、アドマイヤフジが一度くるりと回りますが鞍上の福沢、上手く誘導しました」

「マイネルレコルトもスーッと入っていくのですが、3枠5番のヴァーミリアン、しきりに隣のサンジェニュインを気にしてなかなかゲートに入りません。大丈夫でしょうか」

 

黒鹿毛の馬体が何度も振り返る様に、見ていた観客の反応は半々。

おそらく馬券を握っているだろう男たちがその落ち着きのなさに天を仰いでいたり、方や子供連れが「かわいいね」と囁きあったり。

反応はそれぞれだが、異口同音に「今年のクラシックはいつもと違う」と口にしていた。

 

「──なんとか収まりましたがゲート内から首だけ振り返っていますね。そうしてる間に何故かパドックで馬っ気を出していた7番ペールギュントも興奮が治まってきたか、大人しく誘導を受けています。……奇数最後は17番スキップジャックがするりとゲートに収まったので偶数組も動き出しました」

「トップガンジョーは竹騎手がディープインパクトを選んだため大牧騎手に乗り替わりましたが、こちらは暴れる様子もなく落ち着いています。コンゴウリキシオーに続くように6番サンジェニュインも収まると、隣のヴァーミリアンもようやく前を向きました」

「サンジェニュインが入ってくるのを待っていたのでしょうかね」

 

ゲートの向こう側に白い馬体が見えて、俺は思わず笑みをこぼした。

 

サンジェニュインには一目惚れだった。

出資のカタログを渡されて、今回もオススメの馬に出しますよと、その一言を言うほんの1秒前。

めくったページにサンジェニュインがいた。

 

白い馬体が珍しかったわけじゃない。

確かに白毛は珍しいようだけど、馬の毛並みに強い興味のなかった俺にとっては、そこは重要ではなかった。

俺が、絶対にこの馬に出資しようと思ったのは、その馬と目が合ったと思ったからだ。

写真越しに何を、と思われるのは解っていた。

実際にサイレンスレーシングのスタッフには怪訝な顔をされた。

けど、本当に目が合ったのだ。

写真の向こう側から、視線を逸らすなと言わんばかりに丸く、力強い目をしていた。

 

サンジェニュインの募集価格は2000万円。

1口50万で40口の募集。

この皐月賞にはサンジェニュイン以外にもサイレンスレーシングの馬が出走しているが、その中では最安値だろう。

隣ゲートのヴァーミリアンで2400万、7番のペールギュントとローゼンクロイツは共に6000万。

1口単価も60万と150万で、ヴァーミリアンとでさえ10万も違う。

サンデーサイレンスの初年度産駒で皐月賞馬・ジェニュインと全く同じ血統を持ちながら、その募集価格が他馬と比べても低い価格だったのには訳がある。

母馬が未出走馬であること、7月生まれであること、母馬の育児放棄による人工育成だったこと。

回収率を考えると、と暗に考え直せと言うスタッフに、それでもこの馬に出したいと押し通した。

この馬が良かった。

この馬が走るところ見たかった。

理由はそれだけで十分に思えた。

 

「14番ディープインパクト、返し馬ではやや気を揉みましたが、さすがは絶対の支持率、1番人気の貫禄ここにありか落ち着いた脚運びです」

 

この鹿毛とは今回が3戦目だな、と馬券を握り直す。

1戦目は新馬戦、2戦目は弥生賞。

何れもハナ差で惜敗した苦い相手だ。

思い出すのは新馬戦で涙を流す横顔と、弥生賞で芝に伏せる姿。

特に弥生賞には胸が締め付けられる思いだった。

無事の知らせを受けるまでの数時間、生きた心地がしなかったと親父にこぼしたら、それが馬主心ってやつだと返された。

一口だろうと、個人馬主だろうと、お前が選んだ馬が命がけで走ってるのが競馬だぞと、親父は言葉を重ねた。

 

「弥生ではゲート抜けしたアドマイヤジャパン、今回は特に苦もなくスムーズに収まります。18番のダンスインザモアもこれを待ってましたと誘導を受け、今、無事に全頭ゲートイン完了です」

 

負けても良いとは言わない。思わない。

けど、無事に帰ってきてくれとは、思い続けている。

 

「── ゲートが開き各馬スタート、っとディープインパクト、ディープインパクト出遅れです!何かに躓いたのでしょうか14番ディープインパクト、出遅れましたが鞍上の竹騎手は落ち着いているように見えます」

「この馬は後方からの競馬を得意としています。上手く盛り返して追い込めるか、注目です」

 

ディープインパクトが出遅れたその瞬間、辺りから悲鳴が響いた。

嘘だろ、と頭を抱えているのは馬券を握る男たちだろうか。

サンジェニュインの勝利を願ってやまない俺としては、最大の壁であったディープインパクトの出遅れはむしろありがたい。

だが解説が言うように、ディープインパクトという馬は後方からの競馬を得意としている。

とにかく追い込みの末脚が良い。

油断をしていると、後ろからあっさりと差されてしまうだろう。

俺はサンジェニュインと、それから今日その鞍上に乗っている騎手に、逃げ切れよと念を送った。

 

「1コーナーカーブを抜けて、先頭を見てみましょう。ハナを切るのはこの馬、サンジェニュイン。騎手が変わろうと逃げのスタイルは崩さない。ここから2馬身開いてコンゴウリキシオー、内にエイシンヴァイデン、ダイワキングコン、アドマイヤジャパンがじわっと上がって隣はパリブレストが追走します。それに続くのはダンスインザモア、ヴァーミリアンが躱そうかという位置にいますね」

「さらに内側にはスキップジャック、トップガンジョーがいるので、それを避けて外から回りたいというデルーカ騎手の作戦があるのかもしれません」

「その4頭を伺うように3番マイネルレコルト、シックスセンスとペールギュントが並んでその後ろ1馬身開いてストラスアイラ、ローゼンクロイツ、ディープインパクトは後方から2番目、シンガリはタガノデンジャラスが2馬身差を必死に追います」

 

ひときわ目立つ白い馬体だけを追う。

先頭をひたすら走り続けるサンジェニュインは、まるで白い弾丸のようだった。

 

「もう一度先頭から振り返ってみましょう。6番サンジェニュインが変わらず1番手、おおっと2コーナーカーブが上手く曲がれずちょっと外に出ます、体勢がブレたことで柴畑騎手ちょっと落ちそうになりましたがなんとか持ち直していますね。外に回ってしまうも後方との差を徐々に広げていく。2000メートルは得意な距離だサンジェニュイン、ただ前走よりペースは遅いでしょうか」

「コーナー曲がるときに勢いをつけすぎたのでしょうか、落馬しなくてよかったです。今回のレースでは終盤での競り合いを想定し、脚をためながらの逃げを打っているのかもしれません。鞍上の柴畑騎手は先行からの好位追走を得意とし、ハナを取って逃げる競馬を苦手としていましたがそちらの影響の方が気になりますね」

 

第2コーナーを曲がる時に一度馬体が揺れ、すわ落馬かと思った寸で目をつむってしまったが、鞍上の柴畑騎手は上手くやれたようで、外に出たことで結果スタミナを消費してしまっているが落馬事故よりはいいだろう。

このように、実際に走るのは馬だが、その馬をいかにスタミナロスを抑えて走らせるか、コーナー曲がるときのさじ加減の操縦など、騎手の腕に掛かっている。

成績を考慮して騎手を替えるとは事前に言われていた。

それが関東でも名の知れた名手ということで、期待に胸を膨らませた一口馬主も多いだろう。

かく言う俺もその一人だ。

前走まで乗ってきた芝木騎手が悪いとは思わない。

ただ、弥生でのあの取り乱しを思い出すと、しばらく引き離すというのは、正解な気もするのだ。

 

「サンジェニュイン独走か。しかしコンゴウリキシオー、コンゴウリキシオーが必死にその背を追います。少し間を開けてエイシンヴァイデンとダイワキングコンはまだ脚を十分に残した走りか。アドマイヤジャパンが先団を追って1馬身半の位置にパリブレストがいます。ダンスインザモア、ヴァーミリアンは競り合っているがややヴァーミリアンが優勢でしょうかこれはどうでしょう」

「ヴァーミリアンにはまだ体力がありそうです。ダンスインザモアが脚をためられているか、心配ですね」

「外からスキップジャック、スキップジャックが上がろうとしますがマイネルレコルトやや苦しいか。シックスセンスが淡々と先段を目指します。その影に隠れるようにトップガンジョー、アドマイヤフジ、1馬身開いてローゼンクロイツ、ストラスアイラとディープインパクイトが並び掛けている、タガノデンジャラスは変わらず苦しい競馬、巻き返すことができるでしょうか」

「つばき賞で見せた鋭い末脚に期待したいです」

 

幼い頃、何故親父が馬に熱中しているのか解らなかった。

けど今なら解る。

走る馬の一瞬の輝きに勝る熱は、今この場にはなかった。

力強く芝を蹴って進むその姿を見て、黙っていられる人間などいない、そんな場所。

 

「さあ4コーナーここを曲がって後は直線、中山の直線は短い、短い……あっ後方から、後方から鹿毛の馬体、竹騎手がいくぞと鞭を振って追い上げてくるのはディープインパクト!ディープインパクトです!」

 

やっぱり来たな、と歯を食いしばる。

出遅れて後方の競馬にもかかわらず、脚色は全く衰えた様子もない。

鞍上に必死感もない。

ただ、追い上げるぞという強い感情が走りに現れていた。

 

「まだ先頭はサンジェニュインだ!サンジェニュインが進む進むハナをゆくがそれをディープインパクト狙いを定めて、いまコンゴウリキシオーも抜いてさあ最後の直線中山の直線!柴畑が最後の鞭だ竹も振って行け行けと前に押して2頭の競り合い!」

 

思わず前のめりになった。

食いしばっていた口を開いて、行け!逃げろ!走れ!頑張れ!と、止めどなく言葉があふれていく。

世界中に言って回りたかった。

今、中山競馬場で、俺の好きな馬が、ただ1位を目指して走っている。

 

「鬼の末脚ディープインパクト!逃げる逃げるサンジェニュイン!」

 

ゴールまで残り200メートル。

ヒートアップする声援は、逆に無音にさえ思えた。

 

「意地の追い込みディープが並ぶがサンも粘る!粘る粘るがどっちが勝つかディープかサンかディープかサンか!?2頭そろってゴールイン!!……3馬身半離れて3着争いを制したのはシックスセンスとなりました」

「1着入線に関して、写真による審議が行われます。お手持ちの馬券はお捨てにならず、そのままお持ちください」

 

どっと力が抜けて、椅子に深く座り混む。

それはどうやら俺だけじゃなかったようで、辺りを見渡すと大体の人が疲れたような顔をしていた。

目の前のレースに集中力を振り切っていたからだろうか、じんじんと頭痛がして思わずこめかみを押した。

写真判定の結果はまだつかない。

ちらほらとどちらが勝っただろうと囁く声が聞こえるが、そのどれもが自信なさげに揺れているのは、それほどの接戦だったからだ。

俺は握りすぎてぐしゃぐしゃになった馬券を見つめた。

サンジェニュインの名前をなぞって、願わくばと空を仰いだ。

願わくば、サンジェニュインが1着でありますように。

 

 

 

それから長い長い審議の末、掲示板に『確定』の文字が点った。

 

 

 

 

2005年4月17日 第65回皐月賞 掲示板

中山
11R
  確定  

6
同着

14
同着

10
3

16
1

17
1 1/2




たぶん修正します(ガバガバ)

レースシーン難しすぎてあかんのや……!!

今回ベースにした情報

第65回皐月賞(G1)
https://db.netkeiba.com/race/200506030811/

あとちょいちょい実況者さんの台詞や2005年ブランドCMを意識した台詞が入ってます。

ちなみに史実でG1初の1位同着馬が出たレースは2010年5月23日の東京競馬場で開かれた第71回優駿牝馬(オークス)でのアパパネさん、サンテミリオンさんの同着1着です。
これについても今度紹介をしたい。

出走馬の紹介はまた改めて。

完全素人ニキの愛馬名アンケート

  • サニードリームデイ
  • サンシカカタン
  • タイヨウノムスコ
  • タイヨウハノボル
  • ブライトサニーデイ
  • ラブディアホワイト
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