【完】これは圧倒的美貌で凱旋門賞馬になる俺の話 作:SunGenuin(佐藤)
今日のリアル競馬、牡馬が牡馬に乗っかるという……とんでもねえことが起きちまったな!
現実が空想を超えるな……!
外野の俺は思わず笑ってしまったのですが、これ関係者からすりゃたまったもんじゃねえっすよ!!
怪我をしてしまった騎手の方の回復と、やらかしちまった馬たちの今後が健やかであることを願いつつ本編わよ。
作中の日本ダービーが近いのでしっとりさせました(しっとりしてるとは言ってない)
5千文字前後とちょっとあっさり目にしました。
次回が長いので(巨大ネタバレ)
『カネヒキリくん見て見て、カネヒキリくん色のメンコ!どうだ?格好いいだろう?』
栗東に帰厩した3日後、どこから聞いたのか、カネヒキリくんが遊びにきた。
せっかくなので買ってもらったメンコを目黒さんに付けてもらう。
元々は無地の栗色のメンコだったのだが、イサノちゃんが太陽のマークを刺繍してくれた、俺の、俺だけのメンコだ。
よく見えるよう、馬房から出て陽の光が十分に当たる場所に陣取る。
頭をちょいっと下げて、伺うようにカネヒキリくんを見つめると── カネヒキリくんは立ったまま気絶していた。
『ちょっ、カネヒキリくん!?エッちょっと、エッ!?カネヒキリくーん!?!?』
それからしばらく、カネヒキリくんは目を合わせてくれなかった。
……似合ってないのかな。ちょっとしょんぼり。
5月に入ってすでに6日が経った。
7日にはヴァーミリアンが京都新聞杯に出走するのだが、追い切りの相手は俺ではなくディープインパクトが務めるため、今日は別の馬と併せ馬をしていた。
『いやあ、併せ馬してくれて助かったっス~~!』
『こちらこそ、大レースを制した馬と走れていい経験になった!』
『なははは、同じくらい大きいレースを勝った馬に言われると、なんか照れるっスね』
顔に白色の綱──
今年の牝馬クラシック路線、桜花賞の勝ち馬である。
レース自体は皐月賞より前に終わっていたのだが、顔を合わせたのは今日が初めてだった。
元気な明るい女の子で、シーザリオちゃんとはまた違った存在感がある。
口調は体育会系の下っ端みたいな感じだが、脚運びは軽やかではあるものの実に力強く、並の馬なら躱された一瞬のうちに大差をつけられてしまいそうなくらい。
桜花賞では粘り強い競馬で、猛追するシーザリオちゃんを振り切っての優勝だったらしい。
シーザリオちゃんとも併せ馬をしたのでわかるが、彼女の末脚はかなり伸びる。
追い込みは相当なスピードで行われただろうに、それから逃げ切るラインクラフトちゃんの脚、精神力共に並じゃあないのは明らかだ。
『次のレースはシーザリオちゃんとは別なんだっけ?』
『そっスね。人間がなんかごちゃごちゃ言ってたんスけど、ま、出るレースは選べないっスからね』
結構さっぱりした性格でもあるようだ。
彼女の次走はNHKマイルカップ。GⅠのレースだ。
NHKマイルCは、確か目黒さんの話では牝馬クラシック路線のレースではなかったはず。
次は確か優駿牝馬、オークスだったかな。
シーザリオちゃんはそのオークスに出走する予定だと、前に本馬から聞いていた。
彼女は桜花賞で負けた相手── つまりラインクラフトちゃんなのだが ── と戦うのを楽しみにしていた。
好敵手を得るとさらに強くなれるから、とニコニコ笑って。
サンジェニュインさんもいるでしょう、好敵手!と言われて咄嗟に脳裏によぎったのは鹿毛の馬体だったが、いやアレは敵だから!好敵手ではないから!!
……だが、ラインクラフトちゃんが言う通り、出走するレースを俺たち馬が選ぶことはできない。
仕方ないと割り切るしかないのだろうが、少し口惜しい気もする。
『もし出走するレースを自分で選べたら、シーザリオちゃんと同じレースに出たいと思う?』
そう聞いたのはただの興味だった。
『うーん、そうっスねえ。人間の話ってマジでごちゃごちゃしてて意味わからないんスけど、要するに、そのレースでは自分は勝てない、って思われたから回避することになったんだと思うんスよね。だとしたら── 出ないっスね』
それは言外に「負けたくない」という意味を含んでいるように聞こえた。
というか、完全に「負けたくない」という気持ちが十分に籠っていたと思う。
けどそれ以上の何かが、その奥底にあるような気がした。
『やっぱり勝ちたい気持ちって大事だよな』
訳知り顔で頷いた俺の横に並ぶと、ラインクラフトちゃんは悩まし気に首を振った。
『まあ大事っスけど、自分はふつーに、要らない傷を作りたくないんスよね』
『要らない傷?』
『そっス』
お互いの鞍上が下りて、今度は厩務員に手綱を引かれながらコースをゆっくりと回る。
彼女はどう言うべきなのか悩んでいるような仕草を見せた。
『自分で言うのもなんスけど、自分、血統がいいんスよね。あ、これはサンジェニュインくんもそうか』
『まあ、悪くはない血統だと思う、たぶん』
馬の血統にはそんなに詳しくないけど、生産牧場にいた時に面倒を見てくれたタカハルやタクミは、俺の血統は好走する血だとかなんとか、言っていた。
勝ち負けと血統になんの関係があるのだろうか、と俺が首を傾げていると、ラインクラフトちゃんが話を続けた。
『自分の実家、社来なんスけど── これもサンジェニュインくんと一緒か。……ま、社来の、それも結構昔から繋げてきた、いわゆる名牝の血筋ってやつなんスよ。ママ、あー、お母さんは未勝利だったんスけど、いつかこの血でテッペンを取りたいって故郷の人間たちが自分らの血を繋いでくれたんス』
ラインクラフトちゃんの横顔は凪いでいた。
『お母さんのお母さん、のそれまたお母さんのお母さんがファンシミンっていう名前で、なので自分らはファンシミン系って言うんスけどね、その血を、牝馬の自分が繋ぐには、レースでいい結果を出して、優秀な牡馬と子供を作る必要があるんスよ。結果が出なくても自分のお母さんみたいに血を繋ぐことはできるけど、どうせならもっといい牡馬と作ったほうがいいじゃないっスか』
子供を作る。
それは競走馬としては当たり前のことで、ほんのすこし、俺の頭から抜けていたことだった。
『自分、走るのは好きなんでレースは嫌いじゃないんスけど、勝たなきゃって思うんスよ。自分の勝利は自分だけの物じゃないんで』
【自分の勝利は自分の物だけじゃない】
『……レースでいい結果だして、次世代を繋ぐのが、ラインクラフトちゃんの夢ってことか』
『いや、違うっスけど』
『違うんだ!?』
俺はずっこけそうになって、手綱を引いていた目黒さんが心配そうに俺の身体をさすった。
大丈夫だぞ目黒さん!なんも痛くない、ちょっとびっくりしただけだから。
俺は体勢を持ち直すと、ラインクラフトちゃんの横顔を覗いた。
『夢っていうか、うーん、レースに自分の夢とかないじゃないっスか』
ラインクラフトちゃんは淀みない調子で話を続けた。
『夢を見るのは人間っスよ。自分は、その人間の夢と、その人間が繋いだ血をしょって走ってるんス。ママたちがそうしてきたように。……うん、やっぱり夢じゃないっスね。ま、目標ってとこっスか。しいて言うなら、自分の子供が活躍してくれるのが夢っス!』
明るく、軽口を叩くように言い切った彼女が俺に視線を向ける。
『サンジェニュインくんもそうっしょ?』
その言葉に、俺は何も返せなかった。
ラインクラフトちゃんがNHKマイルCを2着馬に1馬身と3/4差をつけて勝った知らせが届いたのは、それから2日後の5月8日。
風の冷たい夜だった。
ダービーまで残り14日に迫った日の朝。
俺は馬運車の前にいた。
行先は北海道のノータンファーム。
乗るのはもちろん俺、ではなくヴァーミリアンだ。
『まだそのだっせぇメンコつけてんのか』
『真っ赤なクロスのメンコつけてるお前に言われたくないわ』
ムスッとした様子のヴァーミリアンは、1週間くらい前の5月7日、京都新聞杯で12着に沈み、日本ダービーを断念することになった。
秋のレースに焦点を合わせるため、長期休養に入ることにしたようだ。
しばらくはノータンファームで放牧され、気分をリフレッシュしたのち再度調教を行う予定だと目黒さんは言っていた。
不機嫌そうなのは最近のレース結果が芳しくないから── ではなく、俺がメンコをつけているからだ。
研究所から帰厩して以来ずっとつけている栗色のメンコは、ヴァーミリアンには不評である。
初めて見せたのはカネヒキリくんと会った翌日だったのだが、見た瞬間から「ダサい!」「似合わない」「邪魔」と捲し立てられ、挙句はぎ取られそうになった。
メンコの部分とはいえ、固い人参をシャリシャリかみ砕く口で食まれたので、ドキドキがハンパじゃなかった。
そんなに似合ってないのかよ、と思ったが、しかしほかの牡馬への効果が高いので外す気はない。
俺の栗色のメンコがださいなら、ヴァーミリアンがつけてる黒地に赤のXがデザインされたメンコはださくないんか?
『いつ帰ってくるんだ?』
『わかんねえ。人間どもの声色もそんなに良くねえし、俺様はしばらく実家かもしれねえな。……あーあ、絶対おふくろがうるさいぜ』
憂鬱そうな声でヴァーミリアンがため息をついた。
ヴァーミリアンの母馬は賑やかな馬なのだろうか?
『おふくろも、1勝クラスだけど競走馬だったんだよ。兄貴も砂でいい成績残してて、芝はお前が取ってこいって送り出された。ここ最近勝ててねえって言ったら怒るぜ。親父の血を見せろ!とか言って』
ヴァーミリアンの父親は芝で活躍した馬だったらしい。
海外のレースでもいい成績を残したんだとか。
母馬が俺の父でもあるサンデーサイレンス産駒の良血なのも相まって、ヴァーミリアンは生まれた時から期待されていたようだ。
その寂しそうな横顔を見ていると、脳内にあの日のラインクラフトちゃんの言葉が蘇った。
── 夢を見るのは人間っスよ。自分は、その人間の夢と、その人間が繋いだ血をしょって走ってるんス
ヴァーミリアンも同じなんだろうか。
そこに自分の夢はなくただ、ただ、願いもせずに繋がれた血を繋ぐためだけに、走っているのだろうか。
喉までせりあがったものは、けど言葉にならず、音にもならず、小さな嘶きとなった。
それがずいぶん弱気に聞こえたのか、ヴァーミリアンが明るい声で口を開いた。
『まあ意地でも戻ってきてやるけどな!その時はダサいメンコ脱いどけよなァ!あとメンコじゃプリケツは隠せてねえぞ天使ちゃんがッ!!……あばよ!!』
『プリケツっていうんじゃねえええええ!!!!……ッあばよ!!元気でなあ!!』
少ししんみりとした空気が台無しだ。
いや、わかってて台無しにしたんだろう。
普段から性癖ヤクザみたいな振る舞いの牡馬だけど、実は繊細で、空気を読むのが上手いやつだから。
黒鹿毛の馬体が馬運車に収まると、車がゆっくりと動き出す。
いまだ肌寒いだろう北の大地へと、俺の友達を乗せて。
ダービーが近づくにつれ、物思いにふける時間は増えていった。
頭の中に常に、ラインクラフトちゃんの言葉が響いている。
その時々によって言葉はまちまちで、けどいつだって最後の言葉は一緒だった。
── サンジェニュインくんもそうっしょ?
疑いのない声だった。
まっすぐとした目で、違わないと信じていた。
それに言葉を返せなかった俺は、じゃあ何を背負っているんだろうか。
自分の夢を?
……そもそも、馬になりたくて成っているわけじゃないのに。
けど、それでも走りたいと思ったのは、自分の意志に他ならない。
タカハルやタクミに育てられ、テキや目黒さんとの調教の日々を経て、いつか、あんたたちの育てた馬は最高の馬だよと、そう思ってもらいたくなった。
そこに背負うものはなかった。
漠然と、そうありたいだけだったから。
それが少しずつ、変わっていったのはいつからだろう。
新馬戦で負けたとき?
カネヒキリくんともう一緒に走れないと知ったとき?
弥生賞で倒れたときか、鞍上が芝木くんから柴畑さんに変わったときか?
それとも、皐月賞でディープインパクトと同着になったとき?
漠然とした気持ちに埋まった、何かの種が芽吹きそうな気がする。
でもまだ、いつかその芽から咲く花の名前が、今の俺にはわからない。
そもそも、その花さえ自分の「夢」なのかがわからない。
夢を見るのは人間だと言い切り、血を繋ぐために走っているラインクラフトちゃん。
海外レースで活躍した父と、良血の母という重い期待を背負うヴァーミリアン。
シーザリオちゃんだって、ダービー馬の父を持ち、ずっとずっと期待されていると言っていた。
怪我で引退を余儀なくされ、幻の三冠馬とまで呼ばれた馬を父に持つカネヒキリくんは、ダート路線に変更する時はどんな気持ちだったんだろう。
そんな、考えればキリのないことをずっと、ずっと考え続けている。
俺はどうして、レースで勝ちたいのか。
なんのために勝ちたいのか。
どうして最高の馬と呼ばれたいのか。
どこに種を蒔いたかさえわからなくなった思考の畑に水を撒いたのは、カネヒキリくんの言葉だった。
『
温度のない声だった。
『背負うものもない』
すべてを断じる声だった。
『走っているのは
畑からにょき、と芽が出る。
『【勝ちたい】理由なんて── 負けたくない、それだけだ』
そうして知った花の名前は、俺の目を覚ますには十分すぎた。
負けたくない。
負けたくない。
負けたくない。
誰が相手でも、負けたくない。
生産牧場の、馬主の、厩舎の、騎手の、俺の馬券を買うすべての人間の夢を背負う以前の、たったひとつのシンプルな理由。
その理由こそが、最後に俺の背中を押すと、知ってしまった。
「── 初夏の足音が近づいてまいりました。第72回東京優駿。芝2400メートルの左回り。晴天に恵まれ、馬場も良の発表です」
2005年5月29日 東京競馬場。
史上初、2頭の皐月賞馬が揃ったそのレースに押し掛けた観客たちはみな、声を揃えてこう言う。
“ゴール後に響き渡ったあの歓声を、生涯忘れることはないだろう”
そしてその馬に後年、心を込めたキャッチフレーズが寄り添う。
“── 諦めない、だから愛した”
出したくてたまらなかったラインクラフトちゃんさんが登場です。
ラインクラフトちゃんさんは、その血筋を見ると社〇グループさんの「血を繋ぐ」の強い意志が見れるのでこの描写に……
まだまだ出番はあるよ!!!!
次回、日本ダービー!!そのあとに掲示板回!!
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