【完】これは圧倒的美貌で凱旋門賞馬になる俺の話   作:SunGenuin(佐藤)

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感想&ブクマ&評価&誤字脱字報告、サンクスサンクス~~!!!!

有識者ニキネキたちから日曜日のオッス馬たちはオッスオッス!してなかった、あれはそういう喧嘩みたいなもの、という知識を得てまたひとつ賢くなりました。
なおさらこの話の主人公が大変な状況に置かれているのがわかってしまったわね……

主人公のことはさておき。

本日で初投稿から1か月経ちました。
ちなみに初投稿日の16年前が作中、東京優駿日本ダービーの開催日です。
つまり本日6月29日から16年1か月前にサンジェニュインが出走しました(美貌馬時空)
リアルタイムです(リアルタイムではない)

史実では出走したシャドウゲイトさんに代わって主人公が必死に走るので最後まで読んでくださいお願いします主人公がなんでもするから……!!


17.今だけは ─ 第72回東京優駿

【特集:第72回東京優駿直前】

 

《勝った後も、馬は泣いていた── もう1頭の皐月賞馬・サンジェニュイン号》

 

史上初、2頭の皐月賞馬が誕生してからまだ1か月あまり。

片や無敗の、片や白毛初の。

伝説は思わぬところからやってくるというが、今年の皐月賞ほど、予想外のレースはなかっただろう。

今回は白毛として初のGⅠ勝ち馬であり、皐月賞馬となったサンジェニュイン号について少し語っていきたいと思う。

 

サンジェニュイン号の血統については、右記の図を見ていただければあとは文字にして語ることはない。

名種牡馬・サンデーサイレンス号の初駒であり、皐月賞馬となったジェニュイン号とまったく同じ血統のこの馬は、調教を苦にせず真面目に取り組む、おとなしい性格だと言う。

初産の母馬による育児放棄から人間に育てられたため、非常に人懐こいサンジェニュイン号は騎乗馴致もコース調教もスムーズに熟し、万全の状態でデビュー戦に挑んだ。

そこで最大のライバルとなるディープインパクト号にハナ差8センチと惜敗するが、続く未勝利戦では小倉2000メートルを大逃げでレコード勝ち。

トップスピードで逃げているにも関わらず、最後まで失速せずに走り切る抜群のスタミナがあり、差し競り合いにも果敢に挑む勝負根性が持ち味だ。

ディープインパクト号とはデビュー戦から3戦し2敗引き分けの状態だが、負けた2戦は「ハナ差数センチ」の大接戦であり、2頭の実力差はさほどないと見える。

 

調教時の大人しさとは裏腹に、非常に負けず嫌いな一面もあり、また、勝ち負けを理解しているとも言われている。

その理由として真っ先に挙げられるのが、レース後に流す大粒の涙だ。

快勝した未勝利戦、あすなろ賞では涙を見せなかったサンジェニュイン号が、新馬戦や皐月賞で涙を流す姿は、読者諸君の記憶にも新しいのではないだろうか。

厩務員の胸に顔を寄せる姿が競馬場の大スクリーンに映ると、思わず貰い泣きしてしまった、という若い競馬ファンも多い。

私はすっかり年老いてしまったが、サンジェニュイン号の負けて悔しがる、とでもいうのか、あの大泣きを見ていると、馬はただ漠然と走らされているわけではないのだな、と心を擽られる。

 

ゴール後も走り続ける足腰の強さや土壇場の勝負根性、血統的にも(きた)る東京優駿の2400メートルにまったく不安なし。

ライバルのディープインパクト号と共に3歳世代頂点を争う馬であることに相違ないだろう。

 

心配事があるとすれば、この馬は他の馬の関心を引きやすいのか、パドックや返し馬等で絡まれやすい傾向にある。非常に我慢強い馬なので、それがストレスになっていなければ良いと思う。

 

東京優駿ではぜひ、喜びの涙が見たいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サンジェ、お前は強い馬だ」

 

東京競馬場についたその日の夜、テキはそう言って俺の(たてがみ)に触れた。

 

「どんな調教にも文句を言わなかったな。嫌がりもせず、ただ毎日頑張って熟してくれた」

 

研究所から戻ってからの日々がひとつ、またひとつと頭の中に浮かんでは流れていく。

 

「完璧な馬など存在しない。お前も完璧ではない」

 

シミひとつない白い首に手を添えて、まっすぐと俺の目を見つめたテキの顔は、穏やかだった。

 

「けど、お前は最高だ」

 

── 最高のお前がした努力は、お前自身を裏切らない。

どんな形であっても実になるのだと、言葉が通じるかも定かではない馬に、毎日のように言い聞かせて。

そしてこうも言った。

 

「努力を裏切るのは、諦めだ」

 

だから諦めるな。

苦しさの中にある、お前だけの光を見つけ出せ。

 

「お前は諦めない馬だ、サンジェ。それは、それこそが、名馬の条件だと、俺に信じさせてくれ」

 

その力強い声を、瞳を、手の熱さを。

俺はきっと、忘れないだろう。

 

 

 

 

 

初めての東京競馬場。

レース本番2日前に入厩した出張馬房には何頭か見慣れた馬がいて、全頭が俺を見ると急に元気になったりしたが、まあメンコの効果かうまだっち!はしていない。

すげえなメンコ!もう一生外さんとこ!あっごめん嘘、蒸れるから夜は外すわ!

飼い葉食ったり水飲んだりしてのんびり過ごし、迎えた5月29日、日本ダービー当日。

 

『うおおおおん!!!!かわいこちゃんごめんなああああ!!!!』

『うわ声でっか!!もう良いって、わざとじゃないのは解ってってから!!』

 

どでかい声で叫びながら俺に駆け寄ってきた黒鹿毛の馬体。

そう、弥生賞で隣ゲートに入っていた、俺の美貌に興奮して立ち上がってしまった、あのニシノドコマデモだ。

 

『かわいこちゃんも出遅れちゃったし……レース後倒れちゃったしぃ……!アッ身体は大丈夫!?』

『俺の顔が良すぎたのが悪いんだよ……ごめんなこんな美貌が隣のゲートで。あと身体は平気!全然元気だから気にすんなよ』

 

この顔に興奮しないとかオカシイまである。

……いやオカシイわな、ごめん、もうだんだんと自分の美貌を疑わなくなってきたわ。

でも俺の美貌が圧倒的なのは事実なのですまんな。

 

『でも……でも……』

『意外と気にしぃなんだな……うーん』

 

ニシノドコマデモはゲート立ち上がりの影響で弥生賞では7着に沈んだが、皐月賞の後に行われたダービートライアルレース── 日本ダービーの優先出走権が得られるレースのこと ── の一つ、テレビ東京杯青葉賞では6番人気にも関わらず、後ろからの競馬で怒涛の追い込みをキメて2着に滑り込んだと目黒さんに聞いた。

同レースは日本ダービーが開かれるこの東京競馬場開催で、しかも距離も同じ2400メートルだ。

1着馬であり、今回の日本ダービーにも出走しているダンツキッチョウとはタイム差なし、クビ差での2着という好成績。

日本ダービーに出走する馬は全頭が油断できない敵だが、2400メートルを走ったことのない俺にとって、ニシノドコマデモは強敵の1頭と言える。

なのでこんなことを頼むべきではないのだが、どうせなら全力の相手と競り合いたいからな!

 

『今回のレースではよそ見せず、俺のケツ追わず、全力で走ってくれよ』

 

これで手打ちな、と笑いかけると、ニシノドコマデモもうなず── かなかった。

むしろ悩まし気な表情を浮かべていた。

 

『エッそれは……全力で走るのはもちろんだけど、かわいこちゃんのケツを追わないのは……譲れない』

『うん、ちょっと俺から離れてくんない!?!?』

 

もういろいろ台無しである。

こいつメンコ効いてないのか????

ケツを見るなケツを。

 

「サンジェニュイン、そろそろ行こうか」

 

あっ目黒さんナイスタイミングぅ!!

あばよ、ニシノドコマデモ!返し馬とゲート前で会おう!

 

目黒さんに手綱を引かれて出張馬房から装鞍所内の馬房へ移動する。

装鞍所は字面の通り、鞍を装着するところだ。

ここで前検量が終わった柴畑さんを待つ。

騎手はレース当日、出走前と後にそれぞれ1回、検量をする。

出走前に行う検量を、前検量と呼ぶのだ。

騎手には決められた重量── 負担重量というのだが、それで騎乗することが義務付けられているそうで、これに違反すると、たとえ俺が1着を取ったとしても失格になってしまうのだとか。

ちなみに負担重量には(うま)の年齢だったり、あと性別も関係しているらしい。

あ、柴畑さん!

 

「柴畑さん、お疲れ様です。持ちます」

「ありがとうございます。……サンジェニュイン、調子は大丈夫か?」

 

無問題!超元気!

柴畑さんと目黒さんの二人掛かりで鞍を着けてもらう。

この瞬間って本当にテンションあがるよなあ!

戦い前の高揚感ってやつか?

 

「よし。── それでは目黒さん、よろしくお願いします」

「はい、任されました。行こうか、サンジェニュイン」

 

おうよ!

威勢よく嘶いて脚を進める。

これからパドックをぐるりと回って、観客の皆さんに調子の良さをアピールだ!

今回も別周だからって買うのを躊躇わないで!俺の馬券を買って!

俺をセンターで勝たせてくれ!……これは別のやつだな。

ん?あれ、今の俺って何番人気だっけ?1番?1番かな?

 

「サンジェニュインは2番人気か」

 

2番ン!?!?

俺、皐月賞勝ったじゃん!!……同着だったけど。

1番人気はどこのどいつだ!?

 

「1番は……ディープインパクトか」

 

ああ……まあ、そうだわな。

あいつも皐月賞馬だし、デビューしてから無敗だもんな。

俺と同じ社来グループ出身だけどあっちはなんかグループぐるみで推されてない?

社来の星!みたいな感じで……同じ社来なのに……。

 

……べ、別に悔しくないから。

この嘶きは悔しい嘶きじゃないから!!

 

ヒィン……!!

 

「……サンジェニュイン、1番人気が必ず勝つわけじゃないぞ」

 

わ、わかってるって!

たださあ、やっぱりさあ、1番人気って良くない?

1番人気って、それだけ多くの人に「この馬は勝つぞ!」って思われてる証っていうかさ。

もちろん1番人気に推されたからって好走確実ってわけじゃないけど……それまでのレースを評価してもらえてるって気がしちゃうんだよな。

 

「1番と2番でオッズの差はそれほどない。僅差だよ」

 

ええ……ほんと?

 

「本当。……馬券の1番人気じゃなくったって、俺にとってはサンジェニュインが1番だよ」

 

目黒ざん゛……!

俺も目黒さんがナンバーワン厩務員だよ!

 

「それでも不安なら── 昔、大舞台を勝った騎手の名言を、お守り代わりに教えてあげよう」

 

そう言って、パドックを回り切る前に、目黒さんが優しい声で囁いた。

 

「【1番人気なんていらない、1着だけが欲しい】」

 

声は深く、深く響く。

 

「……お前はきっと、そういう馬だよ」

 

俺の鬣を撫でた手は、言葉以上に優しかった。

 

「止まーれー!」

 

おっと、騎乗合図だ。

目黒さんとはここでお別れである。

 

「柴畑さんと、それと何よりも自分自身を信じて、楽しく走れよ、サンジェニュイン」

 

ぎゅう、と目黒さんが俺を抱きしめる。

手早く離れると、俺に騎乗する柴畑さんの片足をひょい、と軽く支えた。

柴畑さんが軽い騎手とは言え、目黒さん力ありすぎでは?こわ……。

いや、まずはごく自然と俺と目黒さんで会話が成立することに恐怖を覚えるべきだわ。

目黒さんマジで俺の言葉を理解してない?してるよね?

ちょっ、目を逸らさないで目黒さん!!

 

「よし、ありがとうございます目黒さん」

「いえ。今度はこちらから言うべきですね。……よろしくお願いします、柴畑騎手」

「はい!任されました!」

 

俺の鞍上で柴畑さんが力強く頷いたのがわかる。

俺も目黒さんに力強く嘶いて見せた。

 

「……今日も勝ちに行こうな、サンジェニュイン」

 

おう!よろしく頼むぞ、柴畑さん!

手綱が軽く揺すられ、いざ行かん返し馬!

日本ダービーの俺は、皐月賞とは一味違う馬なんだって、ここにいる全頭に叩きつけてやる!

このメンコを見ろ、ガン見しろ!でも近寄んな!!

 

『あああああ!!!!どうしてえええええ!!!!』

 

「さあ返し馬、ですが……」

「5番のディープインパクト、もう完全に8番のサンジェニュインにくっついてますね」

「鞍上もこれにはそろって苦笑い。皐月賞でもサンジェニュインから離れようとしないなど、まあかなり仲がね、いいんでしょうかね」

「ですかねえ……サンジェニュインはちょっと、いやかなり嫌そうに見えます」

 

ディープインパクトが俺から離れない。

な、なにを言っているかわからないと思うが、やられている俺が一番わかっていない。

うまだっちしてないよな?下半身も衝撃!なことになってないんだよな?

チラ見するとディープインパクトのインパクト!な部分は大人しかった。

鼻息も荒いわけじゃないし、パッと見は興奮状態にはないように見えるが、俺がちょっと身じろぎするだけでピタッと張り付いてくるんだわ。

前世コバンザメか?

 

「なんか、前に会った時より距離が近くないか……?」

「……本当に、すみません」

 

ディープインパクトの鞍上が死にそうな声してんぞ。

お前普段から迷惑かけてんのか?やめてやれよ騎手の人たちは減量だなんだ大変なんだぞ。

この際こうやって俺にくっつくのはもうどうでもいいから、今度から騎手の人を労わってやれよ。

わかったか?

え、わかんない?

どっち?

 

『……お前マジで喋んねえな!!なんなの!?』

 

結局ほぼくっついた状態で待機場を駆けた。

他馬は思った以上に俺に寄り付かない。

これもメンコの効果だろうか、興奮気味ではあったが、多くは自分自身に集中しているように見えた。

メンコ、やっぱりすげえな!

 

……逆に顔を隠さないとうまだっち!予備軍だらけになるって、俺の顔……美しすぎっ!!

 

そうこうしているうちに、感度の良い耳が音楽を捉える。

カチッ、と俺の中で、意識が切り替わった(・・・・・・・・・)

 

「一部混乱もありましたが、返し馬を終えてゲート前。ファンファーレが軽やかに、そして高らかに鳴り響きます。天気に恵まれて晴れの良馬場。世代の頂点を争う18頭が1頭、また1頭とゲートに誘導されていきます。これが生涯ただ1度切りの勝負。勝ったその瞬間から、その馬は生涯、こう呼ばれます。── ダービー馬、と」

 

ゲート前、馬の、騎手の、いろんな人の熱が伝染していく。

ビリビリと、まるで殺気にも似た鋭い感情が、頭絡のこすれる音さえ熱く感じる熱量で身体を駆け抜ける。

 

「3枠5番、これ以上言うことは何もないでしょう。ここを勝てば無敗のダービー馬。もはや敵は皐月を分け合うサンジェニュインただ1頭か?小さな身体に大きな闘志を宿して、無敵の末脚・ディープインパクト」

 

小柄な馬体がするり、ゲートに入っていく姿を眺める。

 

「……梅永(うめなが)騎手に促されて、奇数最後は8枠17番シルクネクサスがするりとゲートイン。落ち着きのある脚運び。皐月賞同日のベンジャミンステークスを鮮やかに駆け抜けた、その脚をまた見せてくれるでしょうか。続いて偶数組が誘導されていきます」

 

ぽんぽん、と俺の首筋を柴畑さんが撫でる。

振り向くと、のんびりした顔で俺に微笑んだ。

 

「1枠2番、ニシノドコマデモ。日本ダービートライアル・青葉賞では6番人気からの2着入線。後方から差す競馬で、まさに西のどこまでも駆け抜けようかと言う馬です。弥生賞ではゲートで立ち上がって出遅れてしまいましたがはたして今回はどうなるでしょうか」

 

『かわいこちゃ~ん!お互い頑張ろうな~!!』

『こっち見んな!ちゃんと前向いて走れよな!!』

 

完全に後ろを向いたままゲートに向かうニシノドコマデモに声を飛ばす。

わかったあ、と調子のいい声が聞こえて、少し張っていた肩の力が抜けた。

 

「3枠6番はアドマイヤフジ。皐月賞から3戦連続で鞍上は福沢(ふくざわ)侑市(ゆういち)騎手。オーナーが同じ7枠14番アドマイヤジャパンと揃ってダービーに駒を進めました。ゲート入りをやや渋っていますが、── 今、入りました」

 

ようやく、俺の番だ。

係員が俺の綱を手に持ち、開かれたゲートへ脚を進める。

 

「装いを新たに、ダービーが初お披露目となった栗毛のメンコに太陽の刺繍が眩しい白の馬体、4枠8番にサンジェニュインが誘導されていきます。史上初の2頭の皐月賞馬、その片割れ。目指すは白毛初のダービー馬です」

 

ゲートに収まった、その瞬間。

離れた場所から、ほとばしるエネルギーを感じる。

狭苦しいゲートに隔たれてもなお、叩きつけるように、熱く、熱く。

 

俺は一度、強く目を瞑った。

その暗闇の中をたくさんの光が飛び交う。

今までの日々、積み重ねたすべて、そしてこれから。

 

「全頭収まりまして── 東京優駿日本ダービー、今、スタートしましたっ!」

 

張りつめていた息を吐き出し、脚を前へ、前へと押し進めた。

 

「全頭鼻先揃ったきれいなスタートです。ハナを切るのはこの馬、8番サンジェニュイン」

「堂々とした走りです。抑え気味にしていた皐月賞とは打って変わって非常にスピードのある逃げ方。この馬のスタミナなら最後まで持つでしょう」

 

最初のコーナーを目指して、まずは内によりつつ先頭(ハナ)を取る。

皐月賞では最後にディープインパクトと競り合うことを前提にしていたため、2着馬2馬身差を意識して走っていた。

飛ばしすぎず、されど抜かされないくらいに早く。

だが日本ダービーでそれらをやっている余裕はない。

 

勝ちたい。

夢を背負うとか、それ以前に。

負けたくないから、今、一番俺に合う走り方で、勝ちに行く。

 

「4馬身離されて2番手につけるのは10番コスモオースティン、1馬身差で外から13番ダンツキッチョウ、差がなく16番シルクトゥルーパーと17番シルクネクサスが並んで、さらに1馬身空けたところに7番インティライミ、11番ペールギュント、並んで4番エイシンニーザンと14番アドマイヤジャパンが続く、2馬身離れて6番アドマイヤフジがやや、やや内に寄っているか、後方集団は2番ニシノドコマデモが先行して3番ローゼンクロイツが半馬身差で追走。1番ブレーヴハート、9番コンゴウリキシオーは珍しい後方からの競馬、その横並びを伺うのは1番人気のディープインパクト落ち着いています。12番マイネルレコルトがその内側からなかなか抜け出せないか。18番ダンスインザモアが外からじわりと伺って、シンガリは15番シックスセンス」

 

皐月賞の後、調教の中で柴畑さんは俺にこういった。

 

【競馬は信頼関係だ、サンジェニュイン】

 

お前は前を向いてくれ。

前だけを見て走ってくれ。

後ろは俺が見る、そこは俺の領分だから。

俺はお前の脚を誰より強く、信じるから。

 

『……俺も、柴畑さんを信じてるよ』

 

一度強く、手綱を扱かれる。

その瞬間、スピードを上げたままコーナーカーブへと突入した。

 

「皐月で苦戦したコーナーカーブ、速度を上げた状態で上手く回りましたサンジェニュイン!さあぐんぐん進む1頭を追いかけて、先行中段につけていた7番インティライミがここで上がってきました!」

 

トップスピードを保ったままコーナーを曲がれるよう、何度も練習をした。

柴畑さんを落として、かすり傷、打撲を負わせた回数は十を越してからは数えるのをやめた。

蹄鉄がありえない早さですり減るから、装蹄師さんを何度も何度も呼び寄せた。

 

そうした積み重ねが、俺に自信を与える。

 

距離は今まで出走したレースよりも400メートル伸びている。

最初は温存する戦法だったのを、それでも走らせてくれと願ったのは俺だ。

今まで一度も文句を言わなかった調教で、先行追走をしようとした柴畑さんを激しく拒んだ。

解ってる、勝つために柴畑さんも必死なのは解ってんだ。

 

でもやっぱり、大逃げ(コレ)がきっと、俺に一番合うだろ?

 

「5番ディープインパクトがローゼンクロイツを抜いて前へ、じわりじわり影を伸ばして上がっていきます」

「この馬にしてはやや速いペースです。先頭を走るサンジェニュインとの差を縮めたい思惑でしょうか」

「もう1度先頭から見てみましょう。ハナを進むサンジェニュインから5馬身に差が広がってコスモオースティン、ここまで上がってきたかインティライミが前コスモオースティンを抜かしに掛かる、それに並ぼうとシルクトゥルーパー、ダンツキッチョウはややペースが落ちているか1馬身離されています。半馬身空いたところにシルクネクサス、ペールギュントが2馬身差を詰めようと追いかけていますが……──」

 

身体にまだ疲労感はない。

むしろ、いつもより脚が軽く、早く動いているような気さえする。

この脚なら、この脚ならば1馬身でも、2馬身でも大きく差をつけられる。

差だったらなんだっていい。1ミリでも1センチでもいい!

ディープインパクトよりも前へ、どの馬よりも前へ。

油断などしない。慢心などない。

取るに足らないその小さな差こそがすべてなのだと、俺自身、痛いほど知っているから。

 

知っているのに!

 

「早くもサンジェニュインが3コーナーへ入って── 来た!来たぞ来たぞ、ディープインパクトだっ!早くもディープインパクトここで仕掛けに来たかっ!?鞍上から鞭が入って一気にスピードを上げてきた!いいのか竹、ここで仕掛けていいのか!?」

 

思い知る。

このレース、本気なのは、負けたくないのは、俺だけじゃない。

 

「衝撃の末脚!大外から先行集団を一気に抜き去って、今、トップを奪い取ったのはディープインパクト!」

 

鹿毛の馬体に交わされる。

寸で差し返し、されど再び交わされ。

頭絡がジワリ、顔に食い込むほど頭を前へと前へと倒す。

 

「4コーナー曲がってさらにディープ!ディープが差をつける!1馬身、2馬身、3馬身!サンとの間に差が広がっていくがこちらも負けじと駆ける!残り400メートル!2頭からさらに離れてコスモオースティンが、いやインティライミが絡もうと必死に脚を動かします」

 

腹に、尻に、柴畑さんの鞭が唸って全身が痺れる。

その痺れに、信頼に、応えたいのに。

目の前の緩やかな坂が、今はただ高い壁にしか見えない。

 

ああ、どうして最後はいつも、ディープインパクト、お前がそこにいるんだろう。

 

「もう無理か、追いつけないかサン!ぐんぐん差をつけてディープインパクトの脚、脚、脚!緩みなく前へと駆けて行く!ディープだ、ディープインパクトだ!ここで勝てば無傷の……──!?」

 

……苦しい、苦しい、苦しい!

もう脚を止めたい、休みたい。

でも、それでもと足掻く。

その苦しみの先に、光があると信じて。

 

俺は絶対、負けたくない!

 

「しかし太陽だっ!太陽が昇る昇るサンジェニュイン!東京競馬場の坂、諦めを知らぬ太陽の猛追!3馬身が2馬身、1馬身とあともう少しだぞ!だがディープも粘る!粘る!逃げる!ディープインパクトっ!追いすがるサンジェニュインが並ぶ!ダービーもこの2頭の最終決戦!どっちが勝っても2冠馬だ!竹が、柴畑が、鞭を振って首を押して、それいけと2頭が狙うのは!」

 

ディープインパクト、お前にだけは、負けたくない!

 

「世代の頂点ただひとつ……──!2頭並んでゴールイン!」

 

鳴り響いたはずの歓声が、無音、静寂。

ゴール板を踏みぬく、その刹那。

真横のディープインパクトと確かに、目があった。

 

「3着入線はインティライミ。2馬身離れてシックスセンスが4着。5着は3頭のもつれあいか、ニシノドコマデモが体勢有利に見えました」

「1着と5着に関して審議を行います。確定するまでお手持ちの勝馬投票券はお捨てにならずにそのままお持ちください」

 

ドッ、と爆音のように【声】が響いて、世界が騒がしくなっていく。

いつも通り、ゴールした後も脚を緩めることなくターフを駆け抜けた。

後ろに迫る熱視線を振り払いながら、ただ前へ、ひたすら前へと。

その走りから1頭、また1頭と馬が離れていく。

鈍くなった脚を労わるようにゆっくりと速度を落とすころには、俺の傍にいるのはディープインパクトだけになっていた。

 

静止して息を整える。

あがる息の音さえも煩わしくて頭を振ると、柴畑さんが宥めるように俺の首を撫でた。

それからしばらく、ぼーっと青空を見上げて、思い出したように瞳を閉じた。

吐き出された熱は湯気のようにのぼって俺を包む。

一瞬とも思えるレースを夢に見て、まどろむように、俺はその鹿毛に振り向いた。

 

『負けたくないなあ……お前もそうだろ?』

 

応える声はない。

 

「先に5着の審議が付きました。……5着入線はニシノドコマデモ!果敢な攻めの走りで掲示板に滑り込みました」

 

ただ丸い瞳がじっと俺を見つめていた。

その目を見ていると、ふと、シーザリオちゃんの言葉が脳裏を掠めた。

 

── 好敵手を得るとさらに強くなれるから

── サンジェニュインさんもいるでしょう、好敵手

 

違うと(かぶり)を振って、けど、今なら頷けるかもしれない。

 

過去、これほどの仕上がりはなかった。

テキも、目黒さんも、柴畑さんも、この日のために尽くされた熟慮のすべてが、俺を磨いて光らせる。

 

脳裏にまた、別の声がする。

 

── 完璧な馬など存在しない。お前も完璧ではない

── けど、お前は最高だ

 

そう、今日の俺は最高だった。

最初から1着以外は考えなかった。

ただ前へ、この脚を、頭を、鼻の先を突き刺して。

そのためだけの疾走だった。

 

それでもディープインパクト、お前に勝てないのだとしたら。

 

「さあ1着もそろそろ決まろうかと言うところ」

「正直どっちが勝ってもおかしくはないですよ。ディープが勝てば無敗のダービー馬、サンが勝てば初の白毛のダービー馬が誕生します」

 

── ああ、受け入れよう

 

ディープインパクト。

 

お前が俺の、生涯の未練(ライバル)だ。

 

「掲示板が(とも)りました!4戦4度目の審議。わずか1センチ、されど1センチ。この大接戦を制して、ダービー馬の称号を手にしたのは──……」

 

東京競馬場は晴天。

だけど、太陽は雲に隠されたまま、日本ダービーの幕が下りる。

 

場内に響き渡る歓声に背を向けて、俺はじっと、じっと目の前の馬を見つめ返した。

俺よりもずいぶんと小柄な鹿毛。

闘気のように揺らめく熱を纏うディープインパクトは、どこか別世界を生きているようにさえ思えた。

 

「結果がすべて、それが競馬であります。勝者にはより大きな祝福の声を!……しかし、しかし私は彼にも拍手を送らずにはいられない。彼の、サンジェニュインの疾走こそが、私の、夢でありました……!」

 

そうして鳴り響いた拍手は雨のようだった。

 

視界は鮮明で一切の揺らぎはない。

霞んだりもしない。

そこに水気はなく、ただ平坦な世界が広がっているだけ。

それからさえも切り離された場所に今、立っている。

 

おめでとう、と頭上で交わされる声も、雨も、すべてが遠く聞こえた。

 

 

 

 

 

ごめんな、と柴畑さんが言う。

お疲れ様、とテキが言う。

頑張ったな、と目黒さんが言う。

 

俺の馬体に触れ、顔に触れ、心に触れ。

やさしさの膜がきれいなドームを作って包み込もうとする。

それでも涙は出ない。出せない。

 

今だけは、どうしても、泣きたくなかった。




次回 ウマ娘回、ではなく、もう1話だけ競走馬回にお付き合いください。
次回で完結です。

第一部がな!!!!

今回の話を書くにあたって参照した資料

騎手の1日:週末編
 →検量室、装鞍所、パドックなどの知識
東京優駿2005年5月29日
 →史実の日本ダービーの出走馬情報、騎手情報、コーナー通過順位、レース映像

完全素人ニキの愛馬名アンケート

  • サニードリームデイ
  • サンシカカタン
  • タイヨウノムスコ
  • タイヨウハノボル
  • ブライトサニーデイ
  • ラブディアホワイト
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