【完】これは圧倒的美貌で凱旋門賞馬になる俺の話 作:SunGenuin(佐藤)
IFススズ全弟のネタやIFマック産駒ネタをTwitterでドボドボ投稿してる。
→ @mttari_n
本編の更新遅れててすまないだ。
(顎と康大事にシコシコ更新するから)待っててくれよなあ!
今回のほんへ。
竹さん吹っ切れすぎぃ!?!?
おばけとサンジェと鞍上と神戸新聞杯!(の出だし)
約9000文字です。
俺は今、栗毛の馬に絡まれていた。
『いくら可愛くても下手な走りしたらブッとばす』
『ヒェ……』
なんだあ……このおばけは……。
そう、この栗毛、おばけである。
いやなんていうか、頭がおかしくなったわけではなく、本当におばけなんだわ。
その証拠に俺以外誰も反応してない。
最初は乗り替わり嫌すぎて幻覚でも見えてんのかと思ったんだけど、思い返せば
その後すぐに見えなくなったんだけど、調教で竹騎手を乗せた瞬間、また見えるようになった。
しかも目の前にいたから驚きすぎて竹騎手落としちゃうし、落とした瞬間また見えなくなるし。
もう1回竹騎手を乗せたらまた見えるようになったから、たぶん竹騎手絡みなんだよなあ。
馬のおばけに憑かれてるとか……やっぱり降りて貰ってもいいっすか?
目黒さんにも視線で訴えかけたが無視されたわ。
仕方ないから栗毛と目を合わせないように調教を熟した。
幸い、栗毛さんは調教中は何も言ってこない。
ただひたすら見てくるだけなのである。
なんかガン見だけだった頃のカネヒキリくん思い出すなあ、栗毛だし。
カネヒキリくんだと思えば、まあ……いややっぱダメだわ、栗毛さんカネヒキリくんと違って小柄だし、ガン見はガン見でもこう、なんていうか品定めされてる感じがする。
栗毛さんは俺より小柄なんだけど、謎の迫力があるというか。
そんな栗毛さんのガン見を横に、軽い運動をいくつか順調に熟す。
放牧中もゴロゴロする以外だと適度に走っていたのもあって、脚はそこまで鈍くはなっていないようだ。
1回ディープインパクトに追いかけ回されたのもあって馬体も絞れてるしな!!
竹騎手も「非常に良い」って言ってるし。
だろ?ディープインパクトみたいに調教は受けられなかったけど、まあゴロゴロしっぱなしだったわけじゃないんだわ。
俺もちゃんと考えてるんですう!なあ、テキ!
満足げに頷いたテキが、最後は2400メートルだと言った。
芝のコース、2400メートルは日本ダービーと同じ距離。
最後にここを走って、今日の調教は終了だ。
「サンジェ、本番のつもりでいいぞ」
おうよ!
気合い入れに身体を揺する。
俺の顔を覗き込んだ竹騎手が一度頷くと、綱をしっかりと握った。
細かい揺れが身体全身に伝わる頃には、俺の中にあるスイッチが、確かに押されていた。
「……行きます」
「お願いします!」
綱が揺すられ、勢いよく飛び出す。
イメージはゲート開門。
17頭の隙間を縫い切って、ハナを走る感覚。
そう、俺が一番。
俺が先頭。
誰も俺の影を踏めない。
第1コーナーカーブが見え、スピードを1段階上げる。
前倒しになる身体を、竹騎手の体重が引き留めるから加速したまま曲がりきれる。
レジェンドジョッキーというのは、初めて乗る馬の癖もなんとなくわかるものなのだろうか。
それとも柴畑さんに俺のクセを聞いたのか。
解らないけれど、竹騎手の体重の掛け方はどこか、慣れているようだった。
さらに第2コーナーを曲がって、向かい第3コーナーを目指す。
大体この第2コーナーあたりから、いわゆる先行馬とよばれる集団が距離を縮めに来る。
先頭を走る逃げ馬にプレッシャーを掛け、騎手との呼吸を乱すためだ。
馬はよっぽどレースに集中できる性格じゃ無い限り、後ろから追ってくる馬を気にしてしまう生き物。
ペースが乱れて速度が落ちたり、逆に残り距離を無視した大逃げに打ってしまいがちになる。
逃げを打つ馬の大半は馬群に飲まれるのを嫌がる、ちょっと神経質な馬が多いと目黒さんは言っていた。
そんな逃げ馬に対してこの作戦は確かに有効だろう。
── けど、俺はそんなことではペースを崩さない。
コーナーを目前にして速度をさらにもう1段階上げる。
神経を研ぎ澄ませ、鞍上の息遣い、腕の動き、微かな鼓動にも耳を傾けて。
先行馬は俺に追いつけはしない。
追いつかせるような走りはしていない。
影を踏まさず、並ばせず、絶対の距離で駆ける。
……けど、たった1頭だけ、このタイミングで上がってくるだろう馬を、知っている。
脳裏を過る日本ダービー、第3コーナー手前。
まるで風がその背を押すように、鹿毛の馬体が大外から駆け抜ける。
その瞬間の驚愕、悔しさ、惨めさ。
苦しくてたまらないターフを、それでも藻掻きながら走り続けた。
そんな俺の疾走を無に還した、あの馬の末脚が目の前に浮かぶ。
あいつは、あいつなら、── ここでくるだろうな。
背後に、鹿毛の追走者を幻視した。
ぐっと力を入れたタイミングで竹騎手の鞭が入る。
俺の『今』と、竹騎手の『今』がピタリと重なりあって、世界が加速する。
首をぐっと下げて前へ、ただ前へ。
もう先頭を譲りたくはなかった。
ディープインパクトにも、他の誰にも。
そう、俺の横を駆け抜けた、栗毛の馬にも。
その背に騎手はいない。
ただ風に揺れるゼッケンは濃紺。
書かれている文字は俺には読めないけれど、ああ、
お前もいつかこの芝を駆け抜けた、どこかの名馬だったんだな。
誰かが愛した、誰かが応援した、誰かが惜しんだ馬なんだな。
栗毛が前を行く。
ぐんぐんと芝を蹴り上げて、一切の無駄をそぎ落としたフォーム。
その走り方はまさに理想的。
他馬の追随を許さない、完璧な逃げだ。
追走するものを振り落とし、追いつけないと思わせるほど突き放す。
……悔しい。悔しい。俺はまだ、足りていないのか。
ハミを噛んで、顔を伏せて、それでも前を向く。
いや、いや、ここで嘆くだけでは変われないのだと、誰よりも俺が知っているから。
もう1度顔を上げて、その背中を目に焼き付ける。
俺は、アレを抜かす。
絶対に、俺が、抜かす。
脚に力を入れる。
一瞬で吸い込んだ酸素を心臓が大きく叩いて身体に回し、気が漲る。
竹騎手。
いつでもいい。
いつでもいいから、タイミングをくれ。
その鞭で、俺の1歩を彩ってくれよ。
── けれど待てど待てども鞭は入らない。
栗毛がもっとずっと先を行く。
俺の脚も少しずつ鈍っていく。
おい、どうしてだ。
なんで鞭を打たない。
これじゃ負けちまう。
ああ、嫌だ、嫌だ。
もう負けるのは、嫌なんだよ……!!
『タケェェエエエ!!ッ打て──……!!』
栗毛と竹騎手になんらかの関係があることは、うっすら解っていた。
けど、今はそんなこと、知ったことか。
よお、竹騎手。
あんたは今、誰に乗ってんだ?
その栗毛の馬か?
違うよな。
あんたが、今、乗ってんのは、この俺だ!
俺に乗って、俺で駆け抜けて、俺と一緒に、今、目の前にいる馬に勝つんだよ!
無理矢理引き出した叫び声が風を切り裂いて、トモに、鞭が入った。
加速する。
芝を蹴り上げ、頭を下げ。
栗毛を捉えて。
この光の中で漏れる、確かに存在した小さな願い事を潰して。
叶えられない。叶えたくもない。
俺にはもう、前しか見えないから。
「サンジェニュイン」
また鞭が入る。
「負けるな、サンジェニュイン」
次に届いた願い事は、叶えてやることにした。
スピードを落として止まる。
上がりっぱなしの息をそのままにして振り返った。
栗毛は、睨み付けてきた馬と同じやつだとは思えないほど穏やかで、その目は丸みを帯びていた。
緑のメンコはよく見ると薄い素材で出来ているのか、そこからうっすらと美しい流星が見えた。
改めて見ると、この栗毛はどこかで見たことがあるような、と思えて首を傾げているうちに、竹騎手が何事かを栗毛に語りかける。
息が上がってまだ苦しい俺には、それを聞いてやる余裕はない。
ただ、話に耳を傾けている栗毛が、ずっと嬉しそうな顔をしていたのが印象的だった。
話が終わったのか、満足げに頷いた栗毛がぐるり、と回る。
そのまま勢いを付けて俺たちに突っ込むと、風に溶けて舞い上がった。
『いい逃げだった』
最後にそう言葉を遺して。
『あんたもな』
俺は、俺の頭上にだけ降る雨に打たれながら、俺たちにしか見えない橋に目を細めた。
その虹の美しさを、競り合った栗毛の走りを、俺は生涯、忘れないだろう。
それほどまでに美しく、輝いて見えた。
「いやあ、竹さんすみません、水浴びまで」
「いえいえ!……軽い調教のはずが、かなり走らせてしまって。すみません」
「なんのなんの。サンジェが満足そうにしているのでこれでいいんですよ。午後からは軽い顔合わせだけの予定でしたし」
シャワーの時間である。
ンン、気持ちいいわ……やっぱり調教後の一浴びはいいな!
マジでコレがなかったらやってらんねえよ。
真夏だぞ!
……あ、竹騎手そこ、違う違う上の方、そうそう。
「……3日前で、ギリギリではありますが、後任の
「竹さんからの推薦だと聞きました。ありがとうございます」
ん?推薦?
「いえ。……長く時間を頂いた分、サンジェニュインにとっての最善を考えるべきだと思いました。騎乗を断った身で何を、とお思いになるとは思いますが、この馬はもっともっと上を目指せる馬だと思っています。いえ、今日乗って、確信しました。もっと上に行くでしょう」
力強く言い切られたその言葉には、迷いもなく、嘘を言っているようにも聞こえなかった。
ただまっすぐと、ありのままを語られているような気にさえなった。
「より質の高い騎手。より経験のある騎手。より才覚のある騎手。最上を求めて考えるとキリはないでしょう。僕もいくつか知人をピックアップしましたし、クラブの方も名のある騎手に多く声を掛けたと思います。サンジェニュインに乗りたい、と名乗りを上げる者もいたでしょうね」
「それほどまでに……」
思った以上の高評価に、俺は若干戸惑っていた。
そら、俺自身は俺ってサイコー!って思うこともあるし、決して弱いつもりはない。
けど競馬っていうのは、結局結果がものを言うスポーツだ。
ハナ差わずか1センチ、されど1センチ。
勝利の女神が微笑んだのは俺ではなかった。
その結果は重く受け止めるべきだし、良いとこやっても結局勝てない、と言う印象を持った人の方が多いと思っていたんだが。
「僕はね、本原先生。大成する馬の共通点は、強い執着心だと思ってるんです」
「それは、勝利への?」
テキの質問に、竹騎手は首を横に振った。
「すべてへの」
さっきまで雨を降らしていたとは思えないくらい、晴れやかな顔で竹騎手が言う。
「走ること。競り合うこと。その先にあるものへの執着心。……執着が過ぎて、その先に向かってしまう馬もいたし、先頭に立つと気が抜けてしまう馬もいたけれど。わずか数分の光の中を、欲しいものを目指して、寄り道せずに走る。当然のように思えて、これが一番、強い馬に必要なものなんです」
俺の鬣を撫でる手は、すこし熱い。
「逃げて、逃げて、差されても差し返して、また逃げて。諦めの悪さは貪欲さの表れ。経験のある質の高い騎手ほど、サンジェニュインに惚れやすい。僕の知人にも何人か、繋ぎを取ってくれって言われました。みんな良い騎手なので、紹介しようかと悩んだのですが……先にも言った通り、サンジェニュインにとっての最善を模索するべきだと僕は考えています」
「その騎手たちでは、サンジェニュインの最善たり得ない、と?」
「うーん、ちょっと、どう言ったら良いのか。難しいんですけど、たぶん、彼らが乗っても良い結果は残せると思います。でも、そうじゃなくて、これからのサンジェニュインのことを考えた時に果たして、この騎手たちで良いのか」
苦悩を表すように、竹騎手は眉間に皺を寄せた。
けど、淡く微笑んで首を振る。
「僕はね、先生。あなた方と同じく、サンジェニュインに相応しく在るに足る騎手を、1人だけ知っているんです」
そう言った竹騎手の声は、どこか悪戯めいて聞こえた。
「本当にギリギリまで悩んだんですけど……彼を見てるとすごい、同族嫌悪!って感じで」
「そんな笑顔で言うことですかそれ」
同族嫌悪ってあんた……。
目黒さんも引いてるぞ竹騎手!
「いいんです。若干の悔しさ込みなので」
「……年下の騎手に言うのもなんですが、竹さん、ちょっと大人げないですね」
「吹っ切れたので。昔の自分が出てきてるのかもしれません」
「いや、うーん、乗せた効果がえぐい方に出てきたか……」
竹騎手、ニッコニコである。
最初にあったときの落ち着きはどこに行ったんだよ。
泣いているよりは笑っていた方が良いのは確かなんだけどな?
「同族だから、似ているから、彼にしたんです。……思えば、自分の未練も乗せていたのかな。せっかく乗れるチャンスがある。今の僕には捨てられないものが多すぎて、そこにしがみつくことはできないし、これが自己満足なのも理解してるんですけど」
空を見上げた竹騎手が、緩く目を細めて思い出すように笑った。
「もし、僕が彼の立場だったら── 何を置いてもその背を譲りませんよ。先生方だって、そう信じていたでしょう?」
「……そうですね。その日を、待っていたのは確かですよ」
苦笑いを浮かべたテキが、それでも嬉しそうに頷いた。
目黒さんが俺の横顔を撫でる。
ゆるやかに、けれど確かに。
穏やかな風が吹いたその瞬間、飛び込んできた白に、目を奪われた。
「ッ遅れて、済みません!」
ここまで走ってきたのだろう、息をするたびに肩もあがって、ボタボタと汗が流れていた。
額の汗を乱雑に拭いて、何度も下げられる頭を遠くに見る。
テキが破顔して、その背を叩いては明るい声色で口を開いて。
目黒さんもどこか嬉しそうに彼に声を掛ける。
それを遠く、遠く見て、じっと見て。
ふいに首を撫でられて横を向いた。
「君にとっての最善は、きっとこれだろ」
解ってるなら聞かないでくれ。
いま、泣くのを我慢してんだ。
「サンジェ」
ずっと、その声が聞きたかった。
「遅れてごめんな」
本当だよ。
皐月賞も日本ダービーも終わったよ。
同着だったけど俺、柴畑さんと皐月賞取ったよ。
柴畑さん、初めてのクラシック優勝だって。
聞いたか?
見たか?
ちゃんと俺が最後まで、怪我なく走りきったのを。
毎週、鬱陶しいくらい柴畑さんに俺の話をしてたらしいな。
それなのに1度も俺に顔を見せに来ない。
あげくにお前、他の馬に乗って重賞勝ちしたんだって?
俺に乗らないで。
俺に乗らないで。
「あと1回でいいから乗りたいって言ったら、怒るか?」
怒るよ。
1回で済ませる気かよ。
お前、俺になんて言ったか忘れたのか?
俺に、サンジェニュインにGⅠを勝たせてやりたいって、世界初の白毛のGⅠ馬になれるって、そう言ったのはお前じゃないか。
あと1回なんてふざけるな。
お前は最後まで俺に乗るんだよ。
俺が全部のレースを終えて、これでおしまいってなるその日まで、俺の背中で、俺とおんなじ世界を見るんだよ。
「……泣かないでくれサンジェ」
泣かずにいられるかこのあんぽんたんが。
お前、お前お前、次、降りるとか言ったらぶちのめすからな。
「……サンジェ、また、一緒に夢を見よう」
その涙声で差し出された言葉を、袖を食んで答える。
そいつは── 芝木くんは、この上なく嬉しそうに、笑った。
「あの、竹さん、今回は本当に」
目黒さんに渡されたタオルで俺の涙を拭き終えて、芝木くんが俺の横にいた竹騎手に深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました……!」
「……特別なことは何もしてないよ」
竹騎手はそう言って手を振ったけど、さっき竹騎手が言っていた推薦っていうのは、芝木くんのことだったのだろう。
芝木くんが俺の鞍上を降ろされたのは、弥生賞で俺が倒れた原因に芝木くんの騎乗があるからだと判断されたからだ。
これ以上乗せてまた怪我をさせたら、と言う不安から、競馬業界でも名のある、馬に怪我をさせないと評判の柴畑さんに乗り替わりになった。
柴畑さんが俺に乗っていた4ヶ月間、俺は確かに1度も怪我をしていないし、倒れてもいない。
たぶん、柴畑さんが持病を理由に鞍上を自ら降りたとしても、芝木くんにその機会が巡ってくることは無かったんだと思う。
竹騎手をはじめとして他の有力な騎手にも声を掛けていたわけだし。
それでも今、芝木くんが俺の鞍上に戻ってきたのは、竹騎手が推薦してくれたからだ。
「推薦の件は、柴畑さんからも聞いているんです。竹さんがかなり後押ししてくれたって」
「主体は柴畑さんだよ。僕は、君が乗っても問題ない理由を説明しただけ」
「その『だけ』のおかげで、俺はまた、サンジェの背中に乗れます。……それに、今回のことだけじゃないです。あの日から、他の馬の騎乗案件を回してくれたり、他の厩舎に掛け合ってくれたのは竹さんだってテキに聞きました」
「……本原先生」
「いやあ、口が閉まらず」
竹騎手が恨みがましそうにテキを見るが、テキは飄々とした態度でニッコリと笑った。
いまうちの厩舎には、俺以外の馬はいない。
乗れる馬が俺以外に無く、新人で大したコネも無い芝木くんに馬を手配していたのは竹騎手だったようだ。
「竹さんには、本当に、感謝しかありません」
「……後輩のサポートをするのも、先輩騎手の務めだからね」
竹騎手はそう言うけれど、元々の繋がりもなければ、むしろ競り合っただけの新人騎手に馬を回してやるのは、先輩騎手の務めを超えているのでは無いだろうか。
俺はそっと、竹騎手の顔を見た。
少し困ったように眉がさがった竹騎手の耳は、ちょっとだけ赤かった。
「この借りは、レースで返します」
芝木くんの力強い声に俺も小さく嘶く。
それに対して、竹騎手が挑発でもするかのように、ゆるく笑った。
「それは、勝たせてくれるってことかな?」
「いえ」
俺の首に手を回した芝木くんが、笑い返す。
「
「……それが借りの返し方?」
「です」
その瞬間、ふはっ、と声を上げて竹騎手が笑い出した。
小馬鹿にしたような嫌な笑い方ではなく、心のそこから面白いと思っているような、そんな笑い方で。
「っふふ、あー、うん。なんていうか、前にあったときよりたくましくなったな」
「離れている間に、だいぶ、悔しさとか、嫉妬とか、そういうのモロモロを受け入れる覚悟ができたので」
そう言った芝木くんは、前よりもずっと
「……なんだかちょっと、塩を送りすぎたかな」
後悔しそうだよ、と竹騎手がつぶやくと、今度は芝木くんが声を上げて笑う。
「それ、GⅠで俺たちが勝った後にもう1度聞かせてください」
「嫌なヤツだなあ」
そうは言っても顔は笑っていて、言葉にとげはない。
竹騎手は俺に視線を合わせると、じっくりと俺の姿を見て、どこか満足げに頷いた。
「次はレースで競い合おうね」
おうよ!ぎったんぎったんにしてやるからな!
そんな気持ちを込めて嘶くと、竹騎手はまた声をあげて笑った。
この人、笑い上戸なんか?
「それでは、僕はここで失礼します。……本原先生、今回はサンジェニュインに乗る機会をくださり、本当にありがとうございました」
「こちらこそ。今回の件が、次のレースで『塩を送りすぎた』とつぶやくハメにならないよう、こっちはこっちでサンジェにはキビキビ調教に励んで貰いますよ」
「っふふ、そうですね、
竹騎手の背が遠ざかる。
最後に吹いた風は笑い声を含んで、どこまでも優しかった。
「……先輩相手に何を、って言われるかもしれないんですけど」
「うん?」
竹騎手の背を見送ったあと、言いづらそうに芝木くんが口を開いた。
「俺、竹さんにはすごい感謝しているんですけど、あの……ちょっと、苦手意識もあって……あの誤解はしてほしくないんですけど、尊敬はもちろんしてて!憧れなんですけど、なんていうか。今日サンジェに乗ってたのとか、サンジェとなんか通じ合ってるっぽいのとか見てなんか……ど、同族嫌悪?いや嫌悪ではないんだけど……」
俺はその日、目黒さんが大声で笑うのをはじめて聞いた。
2005年 9月25日 阪神 第53回神戸新聞杯 芝右回り2000メートル
「菊花賞トライアル、神戸新聞杯。今年も3歳の秋を告げるレースが始まりました」
「今朝は良馬場の発表でしたが、昼頃から天気が崩れて雨模様。現在は止んで曇り空、実況席からでは変わりなく見えますが、先ほど稍重に変更となりました」
予報では夜からの雨が、大きくズレて降った阪神競馬場。
観衆が見つめるなか、今日の主役である馬が1頭、また1頭と姿を見せる。
「夏を経て、3歳馬たちもますますたくましくなりました。1番人気はやはりこの馬。6枠9番ディープインパクトでしょうか。馬体重はプラマイゼロ。ダービーと変わりなくベストをキープしています。鞍上は
「ダービー後はあえて放牧に出さず、北海道でも調教を続けてきました。管理する沼江調教師も仕上がりには満足の一言。楽しみな1頭です」
「現在の2番人気は8枠14番サンジェニュイン。こちらは1ヶ月ほど放牧に出された後、8月には栗東に帰厩して調教を行っています。馬体重はプラス3キロ。鞍上は皐月賞、日本ダービーを共に戦った柴畑騎手から、弥生賞まで手綱を握っていた芝木騎手に乗り替わりましたがこの影響はどう出るでしょうか」
「よく絞れたキレのある馬体ですね。落ち着きが見えます。芝木騎手も今年の春から夏の重賞戦で高い戦績を上げています。十分勝ち負けに絡めるでしょう」
「2005年のクラシック前半を大いに盛り上げた2頭。今回はどんな走りを見せてくれるでしょうか。注目していきたいですね」
パドックを回る1頭1頭が、このレースに様々な思いを抱いて挑んでいる。
迷いなく、ただ通過点のひとつとして出走する馬。
力を試すために挑んでくる馬。
これが最後のチャンスだとすがって来た馬。
泣いても、笑っても、ただ1度切りのレースだから。
「さあ各馬、返し馬に入ります」
「注目の2頭、ディープインパクトとサンジェニュインは稍重の馬場は今回がはじめて。これがどうレースに影響するのか。不良馬場となった京成杯勝ち馬アドマイヤジャパン、2着のシックスセンスがここで良い脚を見せてくれるでしょうか」
「……うん?ちょっと、サンジェニュインの様子がおかしいですね」
「確かに……脚に異変でしょうか、前片脚を上げたまま止まっていますが、これは」
その困惑が競馬場内に伝染する。
観客席からは小さな悲鳴が聞こえた。
「サンジェ、どうした?」
どうしたもこうしたもねえよ芝木くん。
なんだ、この芝。
「片脚が上がって、まさか、痛いのか……!?ちょっと待ってろ、降りるからな!」
アッ違う違う!
痛いんじゃないそうじゃない。
ほら脚おろした!へいき!
「あれ、痛くは、ないのか……ならどうしたんだよサンジェ」
だからさあ、この芝なんだけど。
ちょっと走ってみるから体感してくれ。
「うおっ」
あ、急に動いてすまん。
けどほら、な?
1歩踏むたび、脚が少し重めに入る。
引き上げる力は必要だけど、むしろそれがイイ。
わかるだろ?
「……なんか、いつもより、脚が軽い?」
そうなんだよ!
なんかさあ、今日の芝、めっちゃ走りやすいわ。
おかえり芝木くん。
そしておめでとう竹さん、無事覚醒。
吹っ切れすぎて覚醒するレジェンドジョッキーがいるらしい。
次回、神戸新聞杯ほんへ!!!!
それにしてもこのオッス馬、人に心配しか掛けねえな。
完全素人ニキの愛馬名アンケート
-
サニードリームデイ
-
サンシカカタン
-
タイヨウノムスコ
-
タイヨウハノボル
-
ブライトサニーデイ
-
ラブディアホワイト