【完】これは圧倒的美貌で凱旋門賞馬になる俺の話 作:SunGenuin(佐藤)
ハムスターとサンジェニュインとレース(の出だし)
「んゃっぴ……うおっ」
目が覚めたらベッドじゃなくて床だった。
「あー……なんか、久しぶりに夢みたからかな」
競走馬だった頃の夢。
もう30年以上も前の記憶だ。
3歳の秋、菊花賞、GⅠではじめてアイツに先着したときの。
「っていうか、こういうのって菊花賞の前とかに見る夢なんじゃないのか?こう、戦いの前のセンチメンタルなやつで……ウマ娘としての菊花賞からもう2年以上経ってるんだが」
ふあ、と短く欠伸をする。
時計を見ると、いつもの時間まで残り30分。
寝癖のついた髪の毛を手ぐしで梳かしつつ、ベッドの方を振り返った。
「朝からうるさくしてごめんな、しろまる」
まったくだぜ、と言いたげに、丸くてふわふわとした生き物がケージの扉を叩く。
白い毛並みに、おおきくてつぶらな瞳。
片の手のひら、に乗り切れないレベルで大きいこの生き物、一応ハムスターだ。
といっても100人に聞いたら100人が「ハムスター?」と首を傾げるくらい大きすぎるわけだが。
早くしろ、とバンバン扉を叩くので、またひとつ謝って棚に手を伸ばす。
おっと、その前にリストを確認しないとな。
壁に貼られた「飼育リスト」を確認する。
そこには朝、昼、夜にわけて、最低限やるべきお世話と、その道具の置き場所が書いてある。
この棚には数種類の餌が入っていて、しろまるの調子や機嫌によって出す餌を変えているのだ。
こいつ、かなりの偏食なので、普通のペットショップで売っているハムスター用の餌は食べてくれない。
エキゾチックアニマル専門店で取り寄せたいい値段のするミルワームや、ちょっとお高いひまわりの種、ゼロの桁数が普通より2つ多い値段のペレットを出している。
下手すると飼い主であるオレよりもいいものを食べている時があるが、食べないよりはマシ。
「おお、いい食いっぷりだな」
いま食わないと死ぬ、というレベルで必死に餌を頬袋に詰め込むしろまる。
誰も取ったりしないのに、ハムスターの本能だろうか。
このしろまるとオレの出会いは約2ヶ月前。
海外遠征を終えて帰国したとき、たまたま立ち寄ったペットショップだ。
はっきりと言うと、一目惚れだった。
まるまるとしたボディ。
白い毛並み。
黒い瞳。
そして、ほかの同年代のハムスターを押しつぶすふてぶてしさ。
こいつを飼いたいな、と思った。
ハムスターは他のペットと比べるととても安価で、その時の持ち合わせでも即決できる値段だった。
でも、オレがしろまるを迎えに行ったのは、一目惚れしてから1週間後。
なんで1週間も掛かったのかというと、忙しかったから、というわけでもなく。
ほんとうに飼うかどうか、めちゃくちゃ悩んだからだ。
自慢では無いが、オレは自分の世話もできないポンコツなのだ。
……マジで自慢にならなくて泣きそうだな。
どれくらいポンコツかというと、まず、料理がまったくできない。
レシピさえあればどうにかなるかと思ったが、包丁も上手く持てないし、火加減はミスる。
電子レンジをうっかり壊してしまったこともある。
米は炊けるけど、無洗米に水入れてスイッチオン、の作業を料理と呼ぶのは各方面からボコボコにされそうなので言わない。
荷物の整理整頓をしよう、と思えば「でもどこにあるか大体覚えてるしいいかあ」と思って続けられないし。
床に落ちてるものはいったんベッドに置いとけばいいか、と思ってしまう。
自覚しているのに、改善を試みても途中で諦める、典型的な私生活ダメダメ野郎なのだ。
とくに食事は死活問題なので、下手すれば命ごと堕落しそうなレベル。
料理も片付けもできなくてどうやって寮生活ができているんだ、という話だが、オレには幸運なことに、オレの命を救うことに躊躇いのない親友がいた。
そう、カネヒキリくんだ。
今でも覚えている。
トレセンに入ったばかりのころ、食事にイロイロ盛られてから食堂が利用できず、実家からの仕送り栄養バーで凌いでいたころ。
指を傷だらけにしたカネヒキリくんが作ってくれた朝食。
めちゃくちゃ美味しかった。
ひさびさに温かいご飯を食べた。
単純に作り立てだから、じゃなくて。
カネヒキリくんが、慣れない手つきで、それでもオレのためにと作ってくれたごはんが温かくて美味しかった。
他人の世話を焼くのって並大抵のことじゃできない。
いくらオレとカネヒキリくんが竹バのずっ友とは言え、オレの世話を焼く義務などないのだから。
それでもあの日から毎食、カネヒキリくんはオレのためにご飯を作ってくれる。
世話を焼かなくてもいいはずなのに、むしろオレのケツ叩いて自立しろって言ってもおかしくないのに、毎日。
カネヒキリくんがオレに与えてくれるものを、オレも返したくて少しずつ、練習した。
トレセンに入る前よりは、できることも増えた。
相変わらず料理はできないけど、炊飯器にホットケーキミックス流してクソデカパンケーキなら作れるようになったし。
電子レンジも爆発しなくなったし。
洗濯はまだ難しいけど、皿洗いは得意。
風呂掃除もできるようになった。
整理整頓はやっぱり苦手だけど。
前より成長したとは言え、それでもやっぱり、カネヒキリくんがオレに与えてくれるものには及ばない気がする。
あの、心を込めたモノには。
そんなオレが、カネヒキリくんがしてくれるようなことを、しろまるにできるだろうか。
どんなに安価で手に入るとはいえ、しろまるも生き物だ。
自分の世話もできないポンコツに飼育されて、はたしてしろまるのハム生は幸せなのか。
もしオレがハムスターで、飼い主がポンコツだったら嫌だ。
じゃあ、飼うのはやめるか、とすっぱり決めることすらもできない。
そんなオレを助けてくれたのも、カネヒキリくんだ。
「予定表を作ればいい。朝はこれをする、昼はこれ、夜はこれ。毎日、やることをリスト化して目に見える場所に置く。……私は直接手伝わないが、サンジェニュインが忘れているときは教えよう」
そう言って、2人で作ったハムスター飼育リスト。
今、しろまるのケージがある壁に貼られているリストが、それだ。
また、困っているときにカネヒキリくんが助けてくれた。
やはりカネヒキリくん、カネヒキリくんはすべてを解決する!
……本当はオレ自身が全部決めなきゃいけないことなんだけどな。
結局また助けて貰っちゃった、とオレが落ち込んでいると、カネヒキリくんが少し困った顔をした。
「べつに、全部ひとりでできるようになることが、一人前の条件じゃ無い」
言葉があるのは、相談するためで。
耳があるのは、その言葉を聞くためで。
目があるのは、その表情を見逃さないためで。
腕が2本あるのは、助け合うためで。
脚が2本あるのは、一緒に歩くためだから。
「力になりたいから、側にいる」
オレは、俺は、このカネヒキリくんの躊躇いのない優しさが、ずっとずーっと、前から好きだ。
しろまるに一目惚れしてから1週間後。
今度はカネヒキリくんと一緒に迎えに行った。
もしかしたらもう誰かに貰われてるかも、と思いながらペットショップに行くと、しろまるだけがそこにいた。
あの日、しろまるが押しつぶしていた他のハムスターたちはみんな貰われていって、ただ1匹、ふてぶてしく餌皿に座るしろまるだけが残っていた。
「この大きさでしょう。並のハムスターよりもズバ抜けて大きいから、なかなかね」
苦笑いを浮かべるペットショップの店長に、必要な道具を教えてもらいながらその場でそろえた。
ケージに、餌皿に、回し車に、砂浴び用のペットハウス。
ふっかふかの床材に、遊び道具。
一般的なペットフードに、冬だったからハムスター用のヒーター。
カネヒキリくんと一緒に荷物を運んで、しろまるは、その日からオレの部屋で生きていくことになった。
「……あ、いけねっ!オレもご飯の時間だ!」
時計をみて、慌てて餌の入った袋を棚に戻した。
給水器の古い水を捨てて、新しく入れたカルキ抜きをした水に栄養液を混ぜる。
何度か飲み口を押して、ちゃんと水が出てくることを確認してセット。
よし、これで朝やることは完了した!
「……サンジェニュイン、おはよう。もう着替えはすんでいるか」
オレとカネヒキリくんの部屋の間にある扉がノックされる。
何かあったときのために、と理事長がわざわざ作ってくれたやつだ。
「お!おはよー、カネヒキリくん!ちょい待って!オレまだ下着!」
「した……ッ扉の鍵は、ちゃんと掛けるように」
外の方は掛けてるよ。
でもこっちの方は別によくないか?
カネヒキリくんも掛けないじゃんね。
と思ったが言わず、着替えの方が優先なのでパパッと着替える。
下着は学校用に使っているものじゃなくて、たゆんたゆんにならないようにがっちり止めてくれるスポーツ用のやつ。
今日は久々のレースなのだ。
「もういいぞ!」
「……ああ、おはよう、サンジェニュイン」
「うん、おはよー!」
カネヒキリくんが机に並べてくれる朝食はだいたい毎日同じやつだ。
甘めの玉子焼き、味噌汁、ソーセージと厚切りのベーコン、それから酢の物。
ご飯だけはオレが炊いたヤツ。
「畜生丸ももう起きてたのか」
「うん、しろまるな!どうしてこう、カネヒキリくんもヴァーミリアンも『畜生丸』って呼ぶんだよ」
カネヒキリくんがケージ前に現れると、溺れるレベルで水を飲んでいたしろまるが動きを止める。
そのままにらみ合う1匹と1人。
どうも相性が良くないらしい。
迎えに行った日はそうでもなかっただろ。
なんでだよ。
「すまない。なんというか……許せなくて」
「なにが!?」
穏健が人の形を取ったようなカネヒキリくんが許せないって、それ相当では?
いったいしろまるの何がカネヒキリくんの逆鱗に触れたんだ。
気になったけど、それよりもお腹が減ったので食べることにした。
レース場への移動時間もあるので、実はゆっくりしている場合でもないのだ。
「カネヒキリくん今日もありがとう!いただきます!」
美味しい、美味しい、とひたすら言いながら食べる。
マジで美味い。
これは金が取れるレベル。
カネヒキリくんが店を開いたら毎日食べに行くよ!
「今日は東京レース場だったか」
「んぐ……うん、国際レースね……むぐ……あふぁらひいやふ」
「飲み込んでからにしろ」
今日、オレが出走するレースは新設されたばかりのレースだ。
国際グレードⅠ ジャパンロイヤルターフ
東京レース場の芝2400メートル、左回り。
去年新設されたばかりの「ワールドロイヤルカップ」という国際レースのうち、「ワールドロイヤルターフ」のトライアルに設定されている。
出走条件は過去1年以内に海外GⅠを3勝以上していること。
外国ウマ娘の出走可で、開催国のウマ娘に限り海外経験がなくても国内GⅠを3勝しているウマ娘が1人まで出走できる。
オレは、このレースの「海外GⅠを3勝以上している」をクリア済みだ。
コレに勝てば、8月にイギリスで開かれるワールドロイヤルターフの優先出走権が得られる。
他にも去年のBCターフ、インターナショナルS、凱旋門賞の勝ちウマ娘にも準出走権が与えられる仕組みになっていた。
オレは凱旋門賞を勝っているため、準出走権を既に得ているが、トライアルレースで得られる出走権よりは優先度が低い。
だからここを勝って優先度を上げる必要がある!
「去年のBCターフの優勝ウマ娘とか、今年の英ダービーのウマ娘とかもこのトライアルを使うらしいから楽しみだ!」
最後の一口を味噌汁で飲み込む。
走ることはいつだって楽しい。
道中、苦しいことも多いけど。
その分だけ、逃げ切ったときの喜びは大きい。
「カネヒキリくん、今日もオレ、頑張るよ!」
そう言って笑ったら、カネヒキリくんが胸を押さえて倒れた。
「か、カネヒキリくん……──!?!?」
めちゃくちゃ救急車呼んだ。
めちゃくちゃ怒られた。
「さあいよいよこの時がやって参りました。GⅠジャパンロイヤルターフ。会場はココ、東京レース場の芝2400メートル、左回り。世界各国から我こそはと優秀なウマ娘が集まっています。注目されていたディープインパクトはこのレースを回避。日本から出走するウマ娘は2人に絞られました。まずはこの
きらびやかな勝負服に身を包んで、18人のウマ娘が並んでいた。
「圧倒的1番人気。凱旋門賞連覇のウマ娘。我が国の太陽、サンジェニュイン」
「自信に満ちた表情です。調子も良いですね、間違いなく優勝候補筆頭でしょう」
「日本で走るのは久々ですが……それについてはどうでしょうか」
「そうですねえ。馬場は荒れていた方がこの
純白の衣装に身を包んだそのウマ娘は、観客のみならず、そのほかのウマ娘の視線さえも奪って止まない。
その存在感、姿、形、目を瞬かせる瞬間さえも、息を飲むほど美しい。
吹き抜ける風すら、その娘のために吹いているように思えた。
「日本からはもう1人、出走します。現在6番人気── スペシャルウィーク」
「ダービー、天皇賞・秋、ジャパンカップの優勝経験があるウマ娘ですね。海外レースの経験はありませんが、なくて6番人気はかなり期待されている証拠です」
「今回はサンジェニュインの背を見る形となりますが、得意の先行差し脚で大波乱起こせるでしょうか」
緊張をしているのか、拳を握るそのウマ娘は、しかし視線だけは前を見たまま逸らさない。
その先にいるのは── サンジェニュイン。
「2番人気はアメリカで最も勢いのあるウマ娘。BCターフの覇者・レッドロックスが堂々の登場です。サンジェニュイン同様、すでに準優先出走権を得ている彼女の出走理由はずばりサンジェニュイン。その背を超すために来たのだと語りました」
「一番の難敵ですよ。鋭い末脚に要注意ですね」
1人、また1人とウマ娘たちがゲート入りする。
狭まった視界で、見据えるのは、白。
ただそれだけ。
「態勢整いました── ジャパンロイヤルターフ。スタート!」
そして、17人のウマ娘の前で、白い翼が広がった。
明日(今日)の20-24時の間でもう1話投稿あります。
完全素人ニキの愛馬名アンケート
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サニードリームデイ
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サンシカカタン
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タイヨウノムスコ
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タイヨウハノボル
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ブライトサニーデイ
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ラブディアホワイト