【完】これは圧倒的美貌で凱旋門賞馬になる俺の話 作:SunGenuin(佐藤)
浴びるほど感想欲しい(強欲)
タイトルは執筆の際にBGMにしていた楽曲「麻痺」から。
書いている内に2万文字に達してしまったので分割します。
7月中に終わらなかったよ……すまねえすまねえ……!
明日も投稿あるよ。
「沼江調教師、ずばり、今回もっとも注目している馬は?」
「もちろんサンジェニュインだよ。とはいえ、彼だけがライバルじゃない。3歳馬はディープインパクトと彼だけだし、他の14頭は酸いも甘いも知った古馬たちだ。まさに未知のレース。そう言う意味では、全頭に注目しているよ」
向けられたマイクに穏やかに答える男に、しかし笑顔はない。
第50回有馬記念。
1年を締めくくるその大レースを前に、油断も隙も無かった。
「すみません、橋本調教師、ちょっといいですか!」
「はいはい。なんでしょう」
「ハーツクライは現在3番人気。上は3歳馬が占めていますが、それについては」
「まったくどうとも思ってません。2頭の実力が評価された結果でしょうし、もちろん、ハーツクライがそれに劣るとも思ってませんよ」
きっぱりとそう応えた男は、奇妙なまでに落ち着いていた。
研ぎ澄まされた極限の中では、緊張さえも冷たくなっていく。
あっけに取られた記者を前に、男は、これで答えは済んだとばかりに、早足でその場を立ち去った。
マスメディアたちのマイクは、あらゆる人間に向けられた。
あふれる夢、不安、楽観、心配、期待、諦め。
混沌と化す競馬場の中を、調教師たちは泳ぐように動いていく。
軽やかに、素早く。
一切の雑念を捨て去って、欲しいものはターフにしかないと、誰もが知っていた。
67:有馬に咲く名無し ID:BtPPmX2zW
あとちょっとで始まるな
会場入りしたやついるー?
ぽち、と押した更新ボタン。
読み込まれた最新投稿を見て、片手でガラケーを操作する。
「は、い、っ、て、る、よ、っと」
68:有馬に咲く名無し ID:4BxPgcLow
入ってるよー
69:有馬に咲く名無し ID:UOeeOvwHC
人大須ぎんだけどwww
70:有馬に咲く名無し ID:BDTjhfWLr
売店、いますっげえ混んでるから行くヤツはオススメしない
71:有馬に咲く名無し ID:wiizeJXev
お、ガラケー民ワラワラやん
72:有馬に咲く名無し ID:e/S41x6/e
今日競馬場いってるやつ多いんだなー
73:有馬に咲く名無し ID:MRmu6nPjV
>>72 そらそう
今シーズンのクラシック2強が初の古馬対戦だし
更新ボタンを押すたびに新しい投稿が流れる。
今日は12月25日。
世間一般ではクリスマスの方がメインだろうけど、あたしにとっては、競馬場に行く方が大事だった。
中山競馬場の9Rで開催される第50回有馬記念。
ここで、あたしの好きな馬が走る。
賭けた単勝1万円の馬券を握りしめた。
応援と言うにはちょっと重い金額は、それだけ期待を込めているから。
── 大丈夫、きっと、あんたならやれる。
あたしの好きな馬は、めげない馬だ。
「あ、あの……」
「ん?」
さあ、移動しよう、というタイミングで声を掛けられる。
振り返ると、あたしより5歳くらいは年下の若い女の子が立っていた。
大きい帽子に、色のついたメガネを掛けていて、少し変わった装いだった。
「きゅ、急に話しかけてごめんなさい!あの、その、ば、馬券の買い方を教えて欲しくて」
「馬券の?いいけど、競馬場に来るの初めてなんだ?」
「あ、はい、そうなんです。……すみません素人丸出しのやつがきて」
「いやいや!最初は誰だって素人でしょ!いいよ、あたしが一緒に行ったげる」
話を聞くと、女の子は今年20歳になったばかりだという。
たまたま付けたテレビでレースが映っていて、そこで見た馬を好きになったらしい。
わかる、あたしもそうだった。
惚れたら直に見たくなるもの。
でも競馬場って想像以上にオッサンだらけだよね、と話している内に、話題は馬の話になった。
「── へえ、サンジェニュインか」
「はい。すごいニワカですみません」
「だから謝んないでって。いいじゃんサンジェニュイン。ダービーとかすごい惜しかったし、この前の菊花賞は大逃げキマってて格好良かったよね」
あたしがそう言うと、女の子は自分のことみたいに笑った。
「頑張ってる姿が好きなんです。諦めないで、まっすぐ走ってて」
ああ、同じだなあ、と思った。
あたしもそうだよ。
あたしの好きな馬も、頑張って走る馬だ。
きっと、他の誰かの好きな馬も、頑張って走ってる馬なんだろうな。
「あっ」
馬券買っちゃったけど、せっかくだしパドック行くか、と歩き出した矢先。
風に吹かれ、女の子が被っていた帽子が一瞬、宙に舞う。
こぼれた髪の毛は、白かった。
「……みえましたよね」
「あ、う、うん?うん」
気まずい空気が流れる。
女の子の顔はちょっと青ざめているみたいで、白い髪は見せたくなかったみたいだ。
帽子を深く被り直して、やわく唇を噛む女の子に、あたしは思わず口を開いた。
「めっちゃキレイ!サンジェニュインみたいじゃん!」
言ってから、しまった、と思った。
あたしはそう思ってても、女の子にとってはこの言葉も嫌なものかもしれないからだ。
隠そうとするのは、女の子が望んで得た髪の色ではない可能性もある。
きっとスルーした方がよかったものを、あたしは広げてしまった。
ど、どうしようどうしよう、と内心慌てていると、女の子が目を丸くしてあたしを見ていた。
「……サンジェニュインみたいですか?」
「う、ウン、あたしはそう思うけどそうだよね、言われて嫌な言葉とかもうちょっと考えるべき──」
「っほんとうに、サンジェニュインみたいですか!?」
「少なくともあたしはそう思うカナ!?」
そう言うと、女の子は嬉しそうに笑って、帽子を少し上にズラした。
髪の毛の白さは生まれつきなんだそうだ。
肌も白くて、ろくにお日様にあたれなくて。
人と違う髪の色が嫌でずっと引きこもっていたのを、今日、サンジェニュインに会うためだけに外に出てきた。
「馬の白毛は人間とは違うものだって調べてわかったんですけど、それでも、自分を重ねずにはいられなかった」
自分が走れない太陽の真下を、白い馬体が駆け抜けていく。
周りが鹿毛や黒鹿毛の中でたった1頭だけ白いのに、異端のはずなのに、サンジェニュインは誰よりも目映く走り抜けた。
それは、自分の色を受け入れるのが幸せの近道だと諭す本も、当事者の体験を綴った本でさえ、遠いフィクションのようにしか思えなかった女の子にとって、あまりにも鮮烈だったようだ。
「白い色を受け入れている人なんて、本の中にしかいないと思ってた。けど、本当だったんですよ。サンジェニュインに出会ったことで私、自分の色を誇らしく思えるようになった」
サンジェニュインが走るたびに、自分も頑張るぞって、思えるようになったんです。
そう言った女の子の、メガネ越しのキラキラとした瞳。
ああ、初めて好きな馬の話を誰かにしたときも、あたし、こんな瞳だったかな。
反応のひとつひとつが懐かしくて、そして、とても嬉しかった。
「……あたしの好きな馬はね、ハーツクライって言うんだ」
いっつも2番手のハーツクライ。
走って、走って、追いつけなくて。
まるで、社会の荒波に飲まれて立ち尽くした、あたしみたいで。
でもね。
ハーツクライも諦めない馬なんだよ。
どんなに負けても、最後まで走るんだ。
後方から追い込む脚が前に進むたびに、あたし、頑張ろうって思えるよ。
どんなに後ろにいたって。
どんなに遅れをとっていたって。
俯かないで走るハーツクライの、美しい横顔。
あたしもハーツクライみたいに、この足で夢を追いたくなった。
そしていつかは、後ろからじゃなくて、最初から前で、美しい景色を見るんだ。
「どっちの好きな馬が勝ったって、恨みっこなしだかんね」
あたしが茶化すようにそう言うと、女の子も笑った。
「第50回有馬記念、ここ、中山競馬場はほんの少し、暑いような気さえしてきました」
「ええ、みなさんのね、熱気がすごい」
「今年一番の注目レースと言ってもいいでしょう。ファン投票5位のスイープトウショウを含め、上位20頭のうち半数が回避している今レース。しかし1位のサンジェニュイン、2位のディープインパクトを始め、有力馬は多く出走しています。……出走馬はフルゲート16頭。枠順に沿ってパドックに踊りでます」
「1枠1番のサンジェニュインは今回も別周のため最後の紹介となります」
「……それでは1枠2番、サンライズペガサス。鞍上の蟹江騎手が落馬負傷のため中田騎手に乗り替わりです。前走からプラス8キロ。年齢の心配もありますが善戦を期待したいですね」
・
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「3枠6番にディープインパクト。古馬ひしめくこの有馬で、3歳馬ながら約16万票を獲得し、現在2番人気。馬体重はマイナス4キロ。秋に入ってからは2連敗中ですが、最後に流れを変えたいところ」
「状態は非常にいいですね。落ち着きが見えます。道中も冷静に脚をすすめて、卓越した追い込みで一気にまくり上げてくるかもしれませんよ。この馬はなんといっても末脚自慢。先頭ばかりに気を取られていると狩り尽くされてしまうかもしれません」
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「5番人気はハーツクライ。5枠10番に入りました。鞍上はジャパンカップから引き続きグラン・リュベール騎手が務めます。人馬そろって初のGⅠへ、油断は一切なし。馬体重は前走からプラス2キロ」
「ジャパンカップでは勝ち馬アルカセットと同タイム日本レコード。4歳秋から本格化の兆しを見せつけてくれました。この有馬、ハーツクライによって大荒れの展開も十分に予想されますよ」
・
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「ここで別周のサンジェニュインを紹介します。1枠1番の決定に鞍上芝木、勝つための準備は整ったと気合いの一言。前走から馬体重はマイナス3キロ。今世代、最高峰の逃げ馬と呼び声高く、ファン投票では堂々の1位に推されました」
「スピード、スタミナ、パワー。どれをとっても1番人気に不足なしの馬でしょう。心配があるとすれば菊花賞の疲れ。パドックの様子を見る限りでは問題なさそうです。最内からの大逃げに、他馬はどう対策を取るか気になりますね」
2005年 12月25日 中山 第50回有馬記念 芝右2500メートル 良馬場
| 枠順 | 番号 | 馬名 | 人気順 |
1 | 1 | サンジェニュイン | 1 |
1 | 2 | サンライズペガサス | 10 |
2 | 3 | ゼンノロブロイ | 3 |
2 | 4 | コスモバルク | 11 |
3 | 5 | スズカマンボ | 8 |
3 | 6 | ディープインパクト | 2 |
4 | 7 | ヘヴンリーロマンス | 9 |
4 | 8 | グラスボンバー | 12 |
5 | 9 | タップダンスシチー | 6 |
5 | 10 | ハーツクライ | 5 |
6 | 11 | オペラシチー | 14 |
6 | 12 | ビッグゴールド | 15 |
7 | 13 | コイントス | 16 |
7 | 14 | リンカーン | 7 |
8 | 15 | デルタブルース | 4 |
8 | 16 | オースミハルカ | 13 |
「今、止まれの声が響きました。各馬、返し馬に入ります」
「サンジェニュインが2、3回跳び、ましたが走り出しました。すぐ後ろにディープインパクト、横にハーツクライが背を追うように軽く走っています」
うぅん、固い!良馬場!
今回もてるてる坊主逆さ祈願は無駄だったか……!
それより、ヴァッ、なんだこいつら!!
俺の後ろにピッタリ張り付いて来るんだが!?
「落ち着けサンジェ、あんまり脚を使わないようにな」
そうは言っても芝木くん、ここで俺がうまぴょいされたらレースどころじゃないんだぞ!
ディープインパクトはもうお馴染みみたいな感じになってるけど、もう1頭の馬はどちらさま!?
『やあ、きみがサンジェニュインだろう?』
『……そうだけど、誰?』
毛並みはディープインパクトに似ていたけど、馬体格はかなりイイ。
額の丸からしたたり落ちるように鼻先に伸びる流星が特徴的だった。
『私はハーツクライ。君のことは噂で少し……確かに、メンコをしていても見蕩れるほど美しいな』
『はあ……それはどうも、です』
目黒さん曰く、このレースの3歳馬は俺とディープインパクトだけ。
残りは全頭年上だって言ってたから、このハーツクライ、さんも年上ということか。
ちょっと渋めの落ち着いた声で、メンコがあるとは言え、俺を前にしても結構冷静そう。
っていうか噂ってなんだよ。
前に弥生で倒れたときに流れてた下手くそ伝言ゲームのやつか?
俺が首を傾げていると、ハーツクライさんがひょい、と顔を近づけた。
『とても美しくて、とても速くて、とても強い馬だと聞いてる。
一度言葉を止めたハーツクライさんが、鼻先を付けた状態で小さく嘶く。
『噂以上だな。……それにきみの背のヒト、ずいぶんきみを可愛がっているのがわかる』
お?そこに目を付けるとは……やるな!
そうなんだよ、芝木くんは俺をべったべたに可愛がってんだ。
俺も芝木くん大好きだ。
やっぱり鞍上には自分の好きな騎手を乗せた方がテンション上がるし。
ハーツクライさんの鞍上もいいヒトそうだな!
前にヴァーミリアンに乗ってた海外の兄ちゃんとはまた別の、華やかな見た目の兄ちゃん。
顔の良さなら芝木くんも負けてないが、系統が違うからなんとも……。
『ヒトは良いな。言葉を理解するのは難しいが、声色が甘くて。私もヒトが好きだ』
『えっハーツクライさんも!?だよな、じゃなくてですよねえ!いいっすよねえヒト!めっちゃ可愛がってくれるから応えたくなるっていうか!』
『ああ、わかるとも。私もまた、多くのヒトの愛の上に生きているのでな』
なんだあもう、ハーツクライさんいいヒト、じゃなくていい馬じゃあん!!
えっへへへへ、ヒト好きな馬に悪いやつはいねえからな!
そういや、俺は言葉もわかるけど、一般馬は声色で判断してるって前にカネヒキリくん言ってたな。
ハーツクライさんはかなり聞き分けができるみたいだけど、それだけハーツクライさんが周りの声に耳を傾けてるってことだ。
俺たち馬って、走って食って寝てが基本で、同族以外は割と眼中になかったりする。
ヒトのことは「何故か俺たちにごはんを分けてくれる二足歩行の種族」レベルで考えてる馬もいるしな。
一方でラインクラフトちゃんみたいに、自分たちの血を繋いでくれるヒト、という見方をしてる馬もいる。
カネヒキリくんでさえ、鞍上はレースのペースを掴むための指針、みたいに考えてて、レース以外ではそこまで気にしていないみたいだし。
まあ俺は中身が元ヒトっていうのもあるからなんとも言えないが、純馬であるはずのハーツクライさんのこの様子を見るに、かなりヒトが好きなんだなあ。
『思った以上に気が合いそうだ』
『完全同意』
俺を前にしてもうまだっちしてる様子はないし、めっちゃ落ち着いてるし……。
これが、大人の余裕、ってコト……!?
それにヒト好きはポイントが高い。
是非ともハーツクライさんとは仲良し~!したいわ……ってイタッ、ちょっとディープインパクト!俺の無口を引っ張るな!
『今日はきみと走れるのを楽しみにきた。とはいえ、私も、背の上の彼を勝たせないといけないからな。楽しみだが── 負けはしないぞ』
それではここで失礼する。
そう言って踵を返すハーツクライさん。
武士か何かか?
でも、その目の奥の、ジリジリと燃えるなにか。
俺と話すハーツクライさんは終始穏やかだったけれど、俺よりも長く走っている分、どこか底知れない風格が漂っていた。
すれ違い様に見た目は鋭く、触れたら切れそうな感じ。
『こ、こえ~~!最後のドスの利いた声、なに!?大人こわっ!……でもなんか格好いいわ、ってェ!痛いって言ってんだろディープインパクト!』
言いたいことあんなら俺の無口を引っ張るんじゃなくてお前の無口をやめろや!
……んふふ、今のちょっと上手くなかった?お茶の間ドッカンドッカン!
「こらサンジェ、遊んでないでゲート行くぞ」
遊んでないやい!!
「1年最後のレースだってのに、緊張感がないなあ」
ハ?
バリバリにあるが。
さっきの俺とハーツクライさんの緊迫したやりとり見てなかったのか?
「でもまあ、緊張してない方がいいか。な、サンジェ」
聞いてねえな!
でもそうだな、芝木くんも緊張ゼロだし。
っていうか芝木くんも有馬記念は初なんじゃ無かったのか?
テキが言ってたぞ、この前の神戸も菊花賞も初だったって。
初のGⅠで緊張もなく俺の手綱を握った芝木くんの方がヤバイのでは?
俺は訝しんだ。
「ゲート入りです。まずは奇数組から。1枠1番にサンジェニュインが誘導されていきます」
「ものすごくスムーズですね。係員が押す必要も無くサラっと入りました」
「これまで大外が多かったサンジェニュイン、ゲートで待つ時間に耐えられるでしょうか」
「必要以上にストレスをためないか心配ですね」
めっちゃ他の牡馬からガン見されたけど特に声は掛けられなかったな。
やっぱり……これが大人の余裕……!?
すげえ舐め回すように見られてるけど。視線がすごいけど。
誘導されるままゲート入りして、ほんの一瞬しかない静かな時間を味わう。
んん、でも、ゲートってマジで狭いな。
これもうちょっと広げられないのか?
たぶんゲートがもうちょい広ければ好走できた、っていう馬、いそう。
こんなに狭いと待っている間にイライラがドッカーンしそうだわ。
「サンジェ、集中切らすなよー」
わあーってるよ芝木くん。
でも意外と暇で……俺いっつも最後だったから、最初に入る馬たちがこんなにストレス感じてたとは。
なんでゲート抜けしたんだコイツ、とか思ってごめんなアドマイヤジャパン。
こんな狭いとこでジッとなんかしてらんないよな。
今はここにいない同世代に心の中で謝罪した。
それにしても、ああ、まだかなあ、まだ始まんないかな。
数分も経ってないしまだか。
いや、うーん、でも早く始まってくれよお。
……ああだめだ、なんかイライラしてきたわ。
なんか俺の馬っぽさが日に日に増してない?
「……今日はゲート入りもスムーズ。さあようやく、大外16番のオースミハルカ、今レースには2頭しかいない牝馬のうち1頭です。少々嫌がるそぶりもみられますが……なんとかゲートイン。これで全頭揃いました。いよいよ2005年最後の大勝負── 第50回有馬記念、今、スタートしました!」
ああ、まだかなあ。
「サンジェッ!?」
アッ、ヴァッ!?
「おおっとちょっと出遅れたかサンジェニュイン、それでも最内にスルリと入り込んでぐんぐん伸びる伸びる、現在1番手まで上がりきってさらに伸ばす。古馬相手にも怯むことなく果敢に攻めていきます。その背を追う2番手集団、先頭はタップダンスシチー、2馬身差開いて大外から上がってきましたオースミハルカがこの集団の2番、内からコスモバルクがじわりじわり詰めてきて、この2頭の真ん中にハーツクライという位置。前走まで後方からの競馬を主流としていたハーツクライ、この先行集団の中で果たしてどう動くか。3馬身差開いてオペラシチー、差がなくリンカーン、内から外へ、ゼンノロブロイ上がっていきたいところ。1馬身差でデルタブルース、コイントスが並走、そこにサンライズペガサスが最内、ヘヴンリーロマンスややペースが速いか、2番人気のディープインパクトがここでじっと耐えています。1馬身半開いてビッグゴールド、スズカマンボが追走、最後方にグラスボンバーの流れです」
「レース全体が速めに回ってますね。一瞬出遅れはしましたが、先頭のサンジェニュインが完全にペースを握ってる状態です。後方の馬が届く展開に向くと良いですが、逃げ切りも十分あり得ます」
アッハ~~!!
ハハハ、やばかったな!!
「サンジェ~~!」
いやごめんて芝木くん。
まだかなあってぼうっとしてたらゲート開いてたわ。
一番「やべえ」って思ったの俺だし許して!
あと今回は馬群に飲まれてないのでセーフってことにしてくれ。
「ハナを進むサンジェニュイン、最内を一気に回して早くも第1コーナーに差し掛かろうかというところ。スタンド前の声援はそよ風のごとく!まったく気にする素振りなしで悠々と駆け抜けます」
それにしてもかってぇな!!
やっぱり良馬場、走り辛いわ。
もうちょっとこう、シットリにならない?
あ、ならない、ハイ。
じゃあしゃーない。
走れないわけじゃないし、多少の痛みはがまんがまん。
それに……まだ芝木くんから鞭入ってないから、たぶん、後続とは10馬身差以上開いてる、はず。
これが縮んだら鞭入れるって話だったし。
今のうちにもうちょっと差を付けて、できるだけ終盤に備えないと。
何せ今回も、やばそーなのはディープインパクトだけじゃないみたいだから。
「先頭はまだサンジェニュイン、脚色はまったく衰えていない!2番手タップダンスシチーに現在11馬身差つけているがこのハイペース、終盤まで保てるのか。後続も勢いを増している、タップダンスシチー、1度鞭が入る。オースミハルカを躱してコスモバルク、依然この集団の4番手をキープしていますハーツクライ、そこから2馬身半のところにオペラシチーを躱したリンカーンが上がってくる!」
「ハーツクライ、まだ余裕そうです。ここから一気に狙ってくるかも知れません」
「1000メートルを通過した時点でトップのサンジェニュインは58秒ジャストのハイペース、おっとタップダンスシチー、少し落ちたかコスモバルクが並ぼうというところ、ッいやハーツクライ、早くも前へと動き出した!2番手集団も第2コーナーをカーブするところでハーツクライ、中央を縫って前へ進出していきますっ!」
背後から突き刺すような視線。
芝木くんの鞭がトモに入って、差を詰められていると知る。
「ッ2頭、追ってきてるな……!」
そう苦しげにつぶやいた芝木くんが、さらにもう1回、鞭を入れる。
コーナーを曲がりきったところで、俺を追う2頭の姿が目に入った。
── ハーツクライさんと、ディープインパクトだ。
ハァ?
うそだろ、2頭がかり?
「眼前に見えるのはもうサンジェニュインの背中だけだハーツクライ、懸命の追走!しかししかし、太陽を追うのは1頭だけではありません、後方集団から大外一気に上がってきたのはディープインパクト!コスモバルクを、オースミハルカを、タップダンスシチーを抜いてさあ後はハーツクライ、ハーツクライだ!」
2回、鞭が入る。
「ここが踏ん張りどころだぞ、サンジェッ!」
その芝木くんの言葉に合わせるように、脚にグッと力を入れる。
ああダメだ、集中しないと。
でも視界の端にちらちらと2頭の鹿毛が踊ってかき乱される。
もっと早く波打ちたい心臓と、これ以上は無理だといがみ合う脚との間。
絞りきれる最高だけを、ただ、必死に出す。
今は第3コーナーのカーブを回るところ。
第4コーナーまですぐだ。
大丈夫、俺のスピードは劣ってない。
大丈夫、今日の俺も、最高だから!
「ここで並んだ!並んだ!ディープインパクトがハーツクライに並んで、いやっ!しかしハーツクライ!?ハーツクライが意地の走りで絶対に抜かされない!ディープインパクト勇敢に攻めるがまだハーツクライの意地が上か、どうだ!」
大丈夫、まだ疲労感はない。
菊花賞の時みたいにバテてない。
いける、もうちょっと。
まだいけるだろ俺の身体、脚、心臓。
もっとぶったたけ、まだ、先頭は俺だ!
「サンジェニュインに2回、3回、鞍上から鞭が入ってさらに加速します!まだあるのか、まだ出るのかスピード!ディープインパクト、ハーツクライが懸命に追ってもなお、サンジェニュイン、まだまだ走る!」
第3コーナーを回りきって、第4コーナーに差し掛かったあたり。
背後の気配が、ぐっと濃くなる。
もうすぐ側だって、並ばれそうだって不快感。
全身が、もっと早く、もっと向こう側へ逃げろと追い立ててくる。
……ああ、もう苦しくなってきた。
ダービーの時に味わわされた、あの無力感に似たナニカが迫り上がる。
けど、ここでは止まれない。
俺の脚が止まるのは、ゴールしたときだけ。
「さあ直線!直線に入るぞ!中山の直線は短いがサンジェニュインに届くかディープインパクト、ハーツクライ!1馬身差にまで迫って残り200メートル!夢のグランプリへ、ああ……っ!」
やだ、嫌だ。
抜かされたくない。
絶対やだ。
ディープインパクトにも、ハーツクライさんにも意地があるって解ってるけど。
でも俺にだって、譲れないものがある。
『どいつもこいつも、俺の前を走るな!
ハナをひた走るのは、この俺だけでいい。
「並んだがまだ、まだ、サンジェニュイン粘るか、いやでも、並んだ、並んで誰が抜く、誰が、誰が……!?」
モノクロの世界は、音さえない。
静かな光の中を抜けきったとき。
左横に、2頭、確かにいた。
「3頭並んでゴールイン……!なんということだ、なんということだ有馬記念!3頭、3頭がキレイに横一線に並んでゴール板を踏み抜きました……!」
そして、無音の世界が、一転、爆音に満ちる。
「接戦、接戦、大接戦です!最も勢いのある3歳馬に、古馬の意地を見せたハーツクライが見事に絡みました!一体誰がこの激闘を制して中山競馬場を満たすのか!燦然と輝く太陽が射すか、勝利の絶唱が響くか、それとも鬼の衝撃が走るか!?」
「最後まで3頭もつれて、これはもう、スローにしても誰が先着したか……」
「誰が1着でもおかしくない、ピタリと重なったゴールでした。写真判定は果たしてどうなるでしょうか。まだ確認が続いています」
ああ、苦しい。
最後の100メートル、息を押しつぶして駆け抜けた感覚。
バクバクと打つ心臓の音だけが、今は頭の中に響いていた。
『……きみ、本当に強いのだな』
上がる息を宥めていると、真横のハーツクライさんがそう話しかけてきた。
『ハーツクライさんも、すっごい、強いじゃないですか……』
まだ息が追いつかない俺よりも、ハーツクライさんの方が余裕そうだった。
『これでも君よりは年上で、たくさん走ってきたからな。その分、対策をしたつもりだったのだが……私の力はほんの少しだけ、君の
『及ばなかったって、まだ結果は』
結果はまだ出てない。
俺がそう言おうとしたのが分ったのか、ハーツクライさんが首を横に振った。
『いいや、並んだ瞬間に理解した。競り負けた。逃げられた。……ああ、でも、負けるのはやっぱり、悔しいものだな』
そう言ったハーツクライさんの声は、ちょっと震えていた。
「サンジェ、サンジェ!」
芝木くんちょっとうるさいよ、そう嘶こうとして、でも、視界の端がチカチカする。
ワッと歓声が響いて、耳が痛い。
俺の首をポンポンと撫でる芝木くんを背に乗せたまま、俺は顔を上げた。
中山 | 9 R | 確 | ●●● |
|---|---|---|---|
Ⅰ | 1 | ハナ
ハナ
4
1.2 | |
Ⅱ | 10 | ||
Ⅲ | 6 | ||
Ⅳ | 14 | ||
Ⅴ | 4 | ||
なあディープインパクト。
俺に勝ち続けたお前。
勝つのって、こんなに痛かったっけ?
「3頭それぞれハナ差1センチの決着です!誰が勝ってもおかしくは無かった、あの激戦を制して──……サンジェニュイン1着!暮れの中山競馬場に、太陽の光が射したぁ──っ!」
その瞬間、目の前で流れた涙が焼け付く。
『すまない』
小さな声が。
『すまない』
繰り返し詫びる小さなその声が。
『また、負けてしまった』
まるで自分みたいに思えて。
俺は泣いちゃいけないのに。
きっと今までも同じように、誰にも聞こえない声で繰り返し、繰り返し。
愛に報えなかったことを謝ってきたのだろうと解るから。
『ハーツクライさん』
『……サンジェニュイン』
同じように震える声で呼び合う。
解る。
俺も、ヒトに愛されて、愛して。
それに報いたくて走り続けたから。
俺よりも長く、報いる日を渇望してきたハーツクライさんの、たった1センチ。
『ままならないなあ』
その、諦めにも似た声色。
『ッいいんですか』
ふつりと沸く、怒りのような、悲しみのような気持ち。
『いいんですか、ここで!』
そんなことを言う資格、ハーツクライさんを降した俺にはないのに。
でもどうしても、口に出したくて仕方ない。
いいんですか、本当に。
ままならないって。
仕方ないって。
諦めたフリばかりが上手くなっていく。
でもそれは、本当にフリだけだから。
ならいっそ、本当に諦めましょうよ。
『……良いわけがない』
諦めるフリを、諦めて。
『勝ちたい』
俺たちにはヒトに渡す言葉なんてないから。
『勝ちたいのだ』
走りで、行動で、この命のすべてで。
『私は強いと言ってくれた、私の愛するヒトに』
ああ、俺たちは確かに、気が合う。
『私を信じてよかったと、言わせたい』
最高の馬を育てたのだと、言わせたい。
Natdekeiba.com
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| 【第50回有馬記念レース結果】サンジェニュイン、1番人気に応えて初のグランプリ制覇 |
12月25日、第50回有馬記念(3歳以上、GⅠ、芝2500m)にて、サンジェニュイン(牡3、栗東・本原佳己厩舎)がファン投票1位に応えてグランプリ初制覇を果たした。 白毛の馬によるグランプリ制覇は史上初。 本格化してきた古馬のハーツクライ(牡4、橋本弘継厩舎)と、同世代のライバルディープインパクト(牡3、沼江琢馬厩舎)を相手に、最後まで果敢な逃げの姿勢を貫いた。 結果として2着馬とのタイム差はなかったものの、1cm差の攻防を制してのグランプリ制覇は、管理する本原佳己厩舎にとって大きな成果となった。 この結果を受けて翌年2006年は海外遠征にも挑戦することが発表されている。 具体的なローテーションなどは年明けに各メディアに発表される予定だ。
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| 【橋本弘継厩舎】ハーツクライ、海外遠征が決定 |
第50回有馬記念(3歳以上、GⅠ、芝2500m)にて、勝ち馬サンジェニュイン(牡3、栗東・本原佳己厩舎)とタイム差無しで2着となったハーツクライが海外遠征を行うことが発表された。 国内でのGⅠ勝ち鞍はまだないハーツクライだが、ジャパンカップでは日本レコードでの2着、有馬記念ではタイム差無しの2着など、実力の高さは十分に証明されている。 管理する橋本弘継師は「本音を言えばGⅠを勝って臨みたかった。しかし、有馬記念では1cm差とはいえあのディープインパクトを破り、勝ち馬のサンジェニュインとはタイム差無し。秋から本格化してきたこともあり、1度勝負に出たいと思う」とコメントしている。 海外遠征は複数回予定されており、1戦目としてドバイシーマクラシックを予定。 帯同馬には同厩舎に所属するユートピアが内定している。
走法を先行/逃げに変えたハーツクライ。 その勇猛果敢な走りがドバイシーマクラシックでどのような成果をもたらすのか、期待したい。
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| 【沼江琢馬厩舎】ディープインパクトの次走は阪神大賞典 |
暮れの第50回有馬記念(3歳以上、GⅠ、芝2500m)にて、秋シーズンからまさかの3連敗となったディープインパクトだが、勝ち馬とハナ差2cmまで迫ったその末脚は高く評価されている。 主戦騎手を務めた竹創騎手は当日の様子を「間違いなく調子が良かった。だけどそれ以上に、サンジェニュインとハーツクライが強かった」とコメント。 レース前の「世代最強」候補の評判を落とすような負け方ではなかったと、管理する沼江琢馬師も言葉を続けた。 同レースの勝ち馬サンジェニュインとハーツクライがそれぞれ海外遠征を予定するなか、ディープインパクトは翌年も国内戦を中心とすることが発表されている。
「まずは阪神大賞典からスタートして、天皇賞・春を狙う。翌年の秋以降の予定はまだ未定」とのことだが、「サンジェニュインとはこれで戦績がちょうど半分。いつか決着を付けたいね」と語った。
現時点でのディープインパクトとサンジェニュインの対戦成績は7戦3勝3敗1引き分け。
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| 【ダート界の新星】フェブラリーSを目標に、カネヒキリ |
第7回ジャパンダートダービーを2着馬に4馬身差を付けて圧勝したカネヒキリの次走が、フェブラリーSになることが決まったと、管理する居住昌彦厩舎から発表された。 春からダート路線に変更したカネヒキリ。 逃げ先行も、差し追い込みもできる豊かな脚でダート戦を席巻した。 現時点でGⅠ3勝。古馬にもまったく引けを取らない走りに、陣営の期待は高まるばかりだ。
「フェブラリーSのあとはドバイワールドカップへの挑戦も考えている」とコメント。 雷鳴のごとき末脚が、世界に届く日も近いかもしれない。
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次回、本当にクラシックおわり……!!!!
今回のニュースのやつはリンク触れます(というか注釈機能)
2021/08/01 追記
確定の掲示板、PCからだと正常に見えるのですが、スマホだと崩れているみたい。
なのですが、直し方わからないのでスクショを貼っておきます。
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