【完】これは圧倒的美貌で凱旋門賞馬になる俺の話 作:SunGenuin(佐藤)
今回のメイン:ヒト族視点
後半ちょろっと:サンジェニュイン視点
今回の更新に合わせてニヤニヤ大百科も更新しました。
https://syosetu.org/novel/259581/1.html
「会合の結論から言うと── この金銭トレードに応じる気はないよ」
「代表……!」
私を呼ぶ役員たちの声色は2つに分かれた。
ひとつは安堵、ひとつは落胆。
そんな役員たちに指示を飛ばしてから、私はこれまでを回想した。
JRA経由でゴンゴルドンから金銭トレードを持ちかけられたのは、ドバイミーティングから明けて3月26日。
要らぬ動揺を生まないよう、この話は一部の役員にのみ伝えた。
サンジェニュインを生産した
そもそもの話として、私はこの金銭トレードにハナから応じる気はなかった。
理由はいたってシンプルだ。
“私がサンジェニュインに夢を見ているから”
生産者としては到底褒められたものではないが、たったそれだけが、私が彼を譲りたくない理由だった。
サンジェニュインの父は社来グループが誇る大種牡馬・サンデーサイレンス。
母のピュアレディーこそ未出走馬だが、その全姉は皐月賞馬・ジェニュインを産んだクルーピアレディーだ。
5代血統表には母父父としてボールドルーラーの名前があり、その代表産駒としてセクレタリアトや、日本で種牡馬として繋養されたロイヤルスキーの父・ラジャババ、種牡馬として大成功を収めるワットアプレジャーらがいる。
このロイヤルスキーは、2000年のダービー馬・アグネスフライトと2001年の皐月賞馬・アグネスタキオンの母・アグネスフローラや、他の直仔にワカオライデン、孫にユキノビジンやエアジハードらを輩出した。
スピードを重視し、スプリンター、マイラーを求める声が大きくなった昨今の流行を見て、私は、早期に活躍するマイラーを作るための血統モデルとしてジェニュインを選んだ。
ボールドルーラーの直仔やその孫世代にはマイラーも多く、ジェニュインもまた、古馬になってからマイルチャンピオンシップ1着、安田記念で2着、秋の天皇賞で3着とマイル路線で好走した。
最終的にはGⅠ勝ちは2勝に
もし、ジェニュインに頑丈な脚さえあったならば。
2001年の時点で母であるクルーピアレディーは18歳を超えており、もうこれ以上無理をさせることはできなかった。
どうにか近しい血統で再現できないかと思い、白羽の矢が立ったのがその全妹であるピュアレディーだ。
当時のピュアレディーは、競走馬として出走することも、乗馬として活躍することもないまま、少しだけ裕福な一般家庭の珍しいペットとして暮らしていた。
その経歴だけで言えば、繁殖に上がれるような牝馬ではない。
しかし注目すべき点は、彼女がこれまで一度も大病を患うこともなく、そして怪我をすることもなく生きてきたことだ。
小柄ながらどっしりとした脚、腰、蹄の形。
父方の祖父であるボールドルーラーも小柄だったが、後躯の形の良さを受け継いで見栄えがよく見えた。
そんな彼女を導入するのにかかった費用は約12万ドル。
これが安価か高価かは、これから彼女が産むことになる馬の成績で決まるだろう。
2001年春の種付けから、約1年後の夏。
2か月遅れての出産となったが、ピュアレディーは無事に牡馬を産んだ。
青鹿毛の父と栗毛の母とは異なり、大柄で白い毛色のこの馬は、1歳の秋に栗東トレーニングセンターに入厩した。
競走馬名の“サンジェニュイン”は、生産された陽来の陽と、父サンデーサイレンスから「サン」を、血統のモデルとなったジェニュインからその名を継いだものだ。
当初の目標は、朝日杯フューチュリティステークスを最終とする2歳マイル路線。
だがサンジェニュインの体躯等から、マイル路線では厳しい戦いになるとサイレンスレーシング内で反対意見が多くなり、また、本原調教師からの懇願も相まって、その初戦は12月19日の阪神競馬場2000メートルとなった。
胴の長い身体つきはステイヤーを想起させ、メジロマックイーンやスーパークリークのような先行型か、それともライスシャワーのような差し型か。
白い馬が後方から伸びてくる様はきっと目立つぞと、関係者の間でも話題になり、管理する本原調教師もそのつもりで調教を進めていた。
だが結果として、サンジェニュインは我々の予想を裏切り、飛び出しの良さと無尽蔵のスタミナ、圧倒的なスピードを盾にした大逃げを見せる。
今やトレードマークとなった栗色のメンコもまだなく、白い鬣が風に揺れる姿は様々な競馬雑誌の表紙にもなった。
社来期待の良血馬・ディープインパクトの差し込みを受けながらもハナ差2着。
8センチまで健闘して見せたその勝負強さは、3歳のクラシックでも発揮された。
皐月賞は同着、日本ダービーはハナ差1センチ2着、菊花賞は後続を4馬身突き放して1着。
古馬を相手にした有馬記念でも1センチとギリギリではあるが競り勝って見せた。
そして4歳の4月30日。
サンジェニュインは、文字通り世界を照らした。
あの日のロンシャン競馬場は重馬場。
力強い踏み込みでえぐられた芝が目に焼き付く。
先頭を映すカメラにたった1頭、ゴールを目指し続ける横顔だけが映り続けた2分11秒。
永遠にすら思えた。
一瞬にすら感じられた。
ゴールしてからも5秒近く、後続はやってこない。
まるで単走だと、共にレースを見ていた役員たちから言葉があふれる横で、いつからか私の中に根付いていた思いがふっと起き上がる。
── この馬そのものが、歴史になるのではないか?
選んだ血統が思った通りに成長するとは限らない。
目論見を外れた成長を、選択の失敗だと言う生産者もいる。
サンジェニュインは確かに、私が生み出したかったマイラーではなかった。
がっかりしたし、残念にも思った。
その一点のみをみれば失敗だったかもしれないが、今の私にとって彼は、希望という光だ。
すべて結果論だと解っている。
彼が成果を出したからこそ、こうして喜べているのだと。
だが、それと同時に、こうも思うのだ。
歴史は、人が想像できないところで生み出される。
冴えない外見と馬主死亡の不運が重なり、まったく期待されていなかったセントサイモンが、誰もが知る大種牡馬になったこと。
父が短距離向き血統で、兄姉の成績が振るわず馬主にすら見向きもされていなかったトキノミノルが、10戦10勝のダービー馬として伝説になったこと。
『こんな醜い馬が走るわけない』と蔑まれ、馬運車事故にも巻き込まれたサンデーサイレンスが、米国年度代表馬に輝いたこと。
そうして今、期待外れの成長を遂げながらも、白毛馬として史上初を連発するサンジェニュインもまた、そういった歴史の中にいるのではないか、と。
彼は、私たちのまったく想像の及ばない世界へと、私たちを連れて走っているのではないだろうか。
『夢』という長距離レースを、ひた走る白い希望が見える。
彼の目指すその先に、優駿の門が見えたのは、きっと私だけではないはずだ。
そしていつか、彼に似た白毛の仔が力強くターフを蹴る、その日に、夢を見ている。
私が夢の形を見れたガネー賞から、明けて2日後の今日。
社来グループとゴンゴルドンの会合として設けられた交渉の場に、白いカンドゥーラが揺れた。
ゴンゴルドンのオーナー直々にお出ましとは、まったく予想もしていなかったが、それだけ相手が本気だということの証明だろう。
彼らから提示される移籍金は、私が「譲らない」と言うたびに跳ね上がる。
箝口令を敷いたはずの金銭トレードの話題がマスコミに漏れた際、その金額は20億円だと報道され、やれ十分な金額だ、高額すぎるなどと専門家ぶったタレントたちがコメントしていたが、とんでもない。
その程度の金額を提示されたのなら、私は話が来たその瞬間に断りの電話を入れている。
実際にゴンゴルドンから提示されたのは、
話が進むにつれ、こちらが乗り気でないと知ると90億円、100億円と積み重なって、120億円と口にされた時は何の冗談かとさえ思った。
現役引退後の種牡馬入りを見越した、社来ファームへの種付け権の優先や庭先取引の融通にまで話が広がっても、私は頑なに拒み続けた。
こちらが交渉を進める気はないのだと理解して貰うまでに掛かった9時間は、すなわちゴンゴルドンが粘った時間でもある。
その時間と金額が、ゴンゴルドンのオーナーもまた、私と同じような夢を見ていることを表していた。
「いつか私は、
カンドゥーラを風に揺らしたゴンゴルドンのオーナーが、そう言葉を残して去る。
その目の光は、道楽でも、気まぐれでもなく、ただ間違いのない真実を告げるように輝いていた。
「代表、中央スポーツ社から「凱旋門賞には出すのか」と問い合わせが来ていますが」
その言葉に、私は閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げた。
脳裏にあのオーナーの言葉が蘇る。
『いつか私は、
そのセリフに、心の中で言い返す。
── 私は、
日本調教馬の前に堅く閉ざされた門が、音を立てて開かれていく感覚。
あふれ出る光の在り処は、その門からではない。
わずかに空いた門の隙間を目指して、真っ直ぐにひた走る、白毛の軌跡が輝く。
「「当然だ」と答えてくれ」
その眩しさの後に見えるのは──……
フランスから日本に帰国して約28日が経った。
検疫を受けるためにJRAの競馬学校で5日くらいのんびりしたあと、着地検査?ってやつで牧場に戻って、23日間くらい1頭だけで調整を行った。
普通は21日間らしいんだが、なんでかわからんけど伸びたっぽい。
帰国する前からイサノちゃんやテキの顔色が良くなかったから、日本で何かトラブルでも起きたんだと思うが。
俺が突っついても教えてくれないし、頼れるウマリンガル・目黒さんも居なかったから聞けず仕舞いだったけど……っていうか俺の感覚が可笑しくなっているだけで、普通は馬相手に事情なんか説明しないんだよなあ。
一般常識を取り戻せ俺!と思いながら過ごしているうちに、テキたちの顔色も明るくなって栗東にも戻れた。
「サンちゃん、栗東に戻ったけどまたすぐフランス行くからね~」
俺の鬣をブラッシングしながらイサノちゃんが言う。
次もフランスのGⅠレースだもんな、わかってるわかってる。
でもまた飛行機かあ。
あのコンテナはそこそこ広いし、イサノちゃんやピエールさん、今回は目黒さんもいるからそこまでストレスにはならない。
ただ、飛行機特有の、離陸するときのブワッとなる感覚があんまり好きじゃないんだよなあ。
「これでよし、っと」
お、終わったか?
じゃあ早速行くぞ!
「ちょっ、サンちゃん!?今日は調教場いかないよ!」
調教場じゃなくてカネヒキリくんとこの厩舎だよ。
目黒さんの話ではノータンファームに戻ってるってことだけど、やっぱり直接見ない限りはな!
それに同じ厩舎のシーザリオちゃんも、俺がフランスにいる間に現役引退して繁殖入りしたって聞いたし。
本当にいないのかだけ見る!
あとデルタブルース先輩たちにも挨拶しにいくぞ!
馬にも先輩後輩関係があるからな……カネヒキリくんとこには、併せ馬の相手で色々お世話になってるから念入りにやっとかないと。
「あっすみませんすみません、すぐ出ていきますので……!」
ほんと一瞬で出ていくから許してくれカネヒキリくんとこの厩務員たち。
『デルタブルース先輩、ハットトリック先輩、お久しぶりです!』
『サンジェニュインくんじゃないか、外から帰ってきたんだな』
『外で会って以来だなサンジェニュインくん』
デルタブルース先輩は、俺と同じサンデーサイレンス産駒のダンスインザダークっていう馬がお父さんで、つまり親戚だ。
ハットトリック先輩は父馬が同じなので、母馬違いの兄ってやつだな。
と言っても、母馬が違うと「兄弟」というくくりにはならないらしい。
俺たちの父馬であるサンデーサイレンスって馬は、それはもうえげつないくらい多くの種付けを熟したらしいので、父馬が同じ馬同士を兄弟にするともういろいろヤバイもんな。
ディープインパクトもサンデーサイレンスの仔だし。
ちなみにこの2頭はどちらも牡馬だけど、カネヒキリくんに会いに頻繁に顔合わせしていたら、半年くらいで俺に慣れてくれた。
たまに俺を見て固まることもあるけど、他馬に比べれば大分マシ。
『カネヒキリは実家に帰っているよ。ここにはもうしばらく戻って来ないんじゃないか?』
『シーザリオもだな。あちらは、部屋に別の馬が入ってきたからもう戻って来ないと思う』
『エッ、別の馬が?』
『ああ。まだ2歳の若い牝馬なんだが── おおい、
『噂ってなに!?なにを噂してんの!?』
ハットトリック先輩の呼びかけに、シーザリオちゃんが入っていた馬房から1頭の馬が顔をのぞかせた。
ディープインパクトみたいな鹿毛の馬体に、大きめの流星が額にある。
馬体はなかなか大きいけど、俺よりはちょっと小さめかな?
ただでさえ丸い目が、俺をみた瞬間に大きく開かれた。
『騒がしくしてごめんな。あ、俺はサンジェニュイン。よろしくね!』
牝馬相手には常に低い姿勢で接したほうが好感度高い、ってラインクラフトちゃんが言っていた。
俺、牝馬たちからするとオッスどもを侍らせてるオッス、っていう印象らしくて、会うと『どいつが本命なのよ』って絡まれるんだよなあ。
どいつも本命じゃないが!?!?
あと、将来的にはこの栗東にいる牝馬たちとも、その、まあ血を繋ぐ時が来るかもしれないけど、その時に『ヤった相手がオッス侍らせる馬とか嫌っス』ってラインクラフトちゃんに言われて……俺は……!
そうでなくても俺、デカイし白くて迫力あるから、年下にはなるべく低姿勢でいたほうが良いのだ。
俺は無害、やさしい年上オッスですよ!とアピールするために1歩下がると、向こうも1歩前に進んだ。
デジャヴだよもう……これ流行ってるのか?
……あ、馬房の扉にあたってる。
『なあ、だいじょ──』
「サンちゃん~~!そろそろ戻ろうね……!」
『うおっ!待ってイサノちゃん、あとちょっと、あとちょっと……!』
「もうまずいからね、厩舎の人の視線が……!」
ああ~~!
まだ名前も聞いてないのにい!
『デルタブルース先輩、ハットトリック先輩、それから名も知らぬ牝馬ちゃん!また次の調教でえ!』
『またなー』
『元気でー!』
ズルズルと引きずられながら、俺はカネヒキリくんとこの厩舎を後にした。
っていうかイサノちゃんの力つっよ!?
世界を目指せる腕だろこれはあ!?
『……先輩、あの馬は』
『おお、やっと復活したかあ』
『初めてみるとびっくりするもんなあ、あの顔』
うんうん、と訳知り顔の2頭の馬が頷く。
馬房の窓から少しだけ顔を出した牝馬が、少し気落ちしたように声を漏らした。
『サンジェニュイン……さん』
『
『今回はヒトに連れていかれちまったけど、また話す機会もあるさ。そう気を落とすなよ── ウオッカ』
閉じられた厩舎の扉を見つめて、その鹿毛の牝馬は小さく嘶いた。
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