【完】これは圧倒的美貌で凱旋門賞馬になる俺の話 作:SunGenuin(佐藤)
※注意※
着地検査が3ヶ月以上となる条件の1つを、この物語では以下のように変更しています。
元:海外遠征60日以上
変:海外遠征65日以上
完全にローテーションのミスですが許してください。
あ、ありのまま今、起こった事を話すぜ!
『カネヒキリくんとこの2歳牝馬ちゃんと併せ馬してたら、この牝馬ちゃんの名前が“ウオッカ”だった』
な、何を言っているのかわからねえと思うが、俺も何を言われたのかわからなかった。
頭がどうにかなっちまいそうだった……!
鬣噛まれるとか性癖の圧迫とか、そんなチャチなモンじゃあ断じてねえ。
もっとやばくて恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……!
っていうかマジで、エッ!?って感じだったんだが。
アイエエ!?ウオッカ!?と叫びそうだったのを必死に堪えたわ。
さすがにもう4歳だしな……2歳の牝馬の前でヒヒーン!と叫ぶワケには……俺にもプライドがあるので!
いや、でもほんとびっくりしたわ。
ウオッカとかダスカとかゴルシとか、ウマ娘の中では割と新しい方の馬だって言うのはネットで見たことあるけど、この年代だったんだなあ。
ゴルシはもうちょっと後だっけ?
ウララちゃんは、前に目黒さんとイサノちゃんが連敗がどうのこうの、引退がどうのこうのでウララちゃんの名前を出してたから、ウララちゃんもこの世代のはず。
引退の話題が出てたのは去年だったから、もう引退したのかな?
会ってみたいけど、もう引退してるなら無理だよなあ。
引退してなくても、確かウララちゃんって地方競馬が主戦場だったはずだから、どっちみち会えないか。残念。
あと、ウオッカと言えばダスカだけど、ウマ娘と同じく馬としても同世代だって聞いたから、ダスカもいるのか。
もしかして俺が気づいていないだけで、とっくにダスカと出会っている可能性が、いやいや、トレセンは栗東の他にも美浦があるし!
でもウマ娘のダスカって栗東寮所属だから……ひょっとして……?
い、いや、これ以上は考えたらだめだわ。
俺はダスカにまだ会ってない。
会ってないったら会ってない。
「では、そういうことで。また機会があればよろしくお願いします。カネヒキリが戻ってきたら連絡しますね」
「ハイ。よろしくお願いします」
お、テキたちの話が終わったか。
じゃあそろそろ厩舎に戻るとしますか。
でもその前に水浴びしてえな。
今日の併せ馬はダートコース、しかも今日は風が強かったから砂を結構浴びてしまった。この前のガネー賞ほどじゃないけど、馬体もそこそこ汚れたし。
厩舎に戻る前にこの汚れを落として欲しい。
『あの、ちょっと待ってください』
目黒さんに水浴びを訴えていたら、遠くにいたウオッカが駆け寄ってきた。
おいおい、大丈夫か?
綱を持ってた厩務員が思いっきり引っ張られてるけど。
すげえハァハァ言ってるのに、それでも綱から手を離さないのはさすがプロだわ。
っていうかあれ?この厩務員、どっかで見たことあるわ。カネヒキリくんの厩務員のサポートに入ってたヒトじゃね?
カネヒキリくん、俺を見かけると走り出しちゃうから、いつの間にか2人掛かりで綱を持つようになってたんだよな。
いつもの厩務員にプラスしてこのヒトがもう片方の綱を持ってたっけ。でもドバイには居なかったんだよなあ。
息を整えている厩務員くんを覗き込んで鼻を鳴らす。おうお前、カネヒキリくん元気?
屈腱炎は治るのに時間かかるって聞いたけど、いつ頃なら会えるか知ってる?せめてお見舞いくらいいきたいんだが。
『あの……』
『うん?ああ、うん。どうした?』
『さっきの……初めて負けました。どこがダメだったか教えてください』
ああ、そうそう、もう1つびっくりしたことがあったんだよ。
俺の中の「ウオッカ」っていう馬のイメージは、俺が競馬をやっていなかったって言うのもあって、完全に「ウマ娘のウオッカ」だったんだけど、実際に馬のウオッカにあったことでイメージ変わったわ。
元気っていうより大人しいし、すごい見つめてくるんだよなあ。視線の圧がすごい!
『うーん、ダメなところか』
『教えてください。強くなりたいです』
勝利に貪欲なところは、ウマ娘のウオッカに似ているけど。
いや、この場合は「ウマ娘のウオッカ」が「史実の馬のウオッカ」を忠実に再現している、っていうのが正しいのか。
っと、今はウマ娘のことじゃなくて、ウオッカのダメなところね。でも、うーん、ダメなとこかあ。
ようするにアドバイスをくれってことだよな。
今日の併せ馬は、俺とウオッカだけじゃなくて、デルタブルース先輩やハットトリック先輩とも一緒だ。
調教コースはダートで、デルタブルース先輩と俺が、ハットトリック先輩とウオッカがそれぞれ1本ずつ走って、最後に4頭でって感じだな。
俺がデルタブルース先輩たちと併せ馬をするようになったのは、シーザリオちゃんがアメリカのオークスに出走するために渡米した頃。
デルタブルース先輩は2004年の菊花賞の勝ち馬で、ハットトリック先輩は東京新聞杯とかのマイル路線で勝ち鞍を挙げていた実力馬。
去年のマイルチャンピオンシップっていうGⅠレースにも勝ってるぞ!
その2頭を相手に、まだ2歳のウオッカが併せ馬をしているのは、普通にすげえんだよなあ。
しかも先輩相手にずっと先着してるっていうんだから、とんでもねえよな。
俺が2歳くらいの頃はまだカネヒキリくんとどっこいどっこいだったぞ。
先輩相手に負け知らずとか、その時点で十分強いんだが、今日の併せ馬では俺が大差で勝っている。
後ろを振り返ったら結構な差がついていたのはびっくりした。終わった後に目黒さんから「レースじゃ無くて併せ馬だぞ」って軽く叱られたし、デルタブルース先輩たちにも「年下相手だよ」とコッソリ言われた。
差をつけすぎると心が折れる若い馬もいるらしい。
実力差がある相手と併せ馬をする場合は、鞍上の
あとちょっとで勝てたのに、とやる気を刺激することで調教に身が入るようになるんだ、と目黒さんが言っていた。
それを聞いて、ああなるほどな、と思いはしたんだが、とはいえ手を抜かれるのって正直イヤじゃん。
いやわかる、やりたいことはちゃんと解っている。
俺も1センチ差でディープインパクトに負けたときに「次は勝つ」って燃えたし。
でもそれは相手が本気だったからであって、ギリギリの勝負を手を抜かれて演出されるのとはワケが違うんだわ。
手抜きか本気かなんてどうせ馬にはわからないだろ、って?
そりゃあ大多数の馬は「なんで走ってんだろ」くらいの感覚かもしれないけど、だからこそ「あ、あの馬べつに走りたくて走ってるわけじゃないな」とかは解るんだよ。
ヒトが思う以上に俺たち、そういうところは敏感だぞ。
勝ち負けにしたって、明確なものはわからなくても、ヒトの声色、動き、接し方でなんとなく自分の立ち位置を理解しているもんだ。
ラインクラフトちゃんもヴァーミリアンも、シーザリオちゃんやカネヒキリくんだってそう。
ディープインパクトだって、別に俺のケツだけ追っかけてるわけじゃないからな。
アイツもちゃんと勝ちってものを解ってるから、最後の最後に俺と競り合うんだよ。
俺のケツ追ってるだけならさ、別に真横に並ばずにずっと後ろに居たっていいんだから。
ウオッカもたぶん、手抜きかどうかすぐに解るタイプだと思う。
俺を追ってる彼女は真剣そのものだったし、これで手抜きしてウオッカを勝たせたり、ギリギリで俺が負けたとしたら、どうして手抜きするんだって怒るパターンだぞ。
相手が真剣なら、こっちも真剣にやらなきゃ失礼ってもんよ。
……なに?併せ馬でレースさながらの激走をされるとお互いに疲労がたまり過ぎてよくない?
今後の調教スケジュールが狂う?
それは本当にすまんと思っている。
『教えてください』
あ、ウンウンわかったわかった、わかったから近い。
距離感バグってる?
若い娘がオッスに鼻先くっつけるんじゃあないよ!
後ろでデルタブルース先輩とハットトリック先輩も心配そうに見てるわ。
併せ馬の勢いで俺がいじめてるように見えてるのか?
大丈夫だっていじめないって。
いまアドバイス考えるから、ちょっと待ってて。
今日の併せ馬でウオッカがダメだったところ、ダメだったとこ……うーん。
正直言うと、そんなにダメだなと思ったところはないんだよな。
俺はまだ馬歴4年、競走馬歴2年目の若手なので、こういうアドバイス的なものはデルタブルース先輩たちの方が適任だと思うんだが、2頭に視線を向けたら『やらかしたのはお前だろ』という視線を返されたわ。
ウィッス、サーセン。
でもなあ、今回の併せ馬で俺がウオッカに大差をつけることができたのは、別にウオッカに非があったわけじゃないんだよな。
単純に俺が走り慣れてたのと、俺のスピードが群を抜いていただけっっていう。
自分で言うのもなんだけど、スピードは同世代の中でもかなり有る方だと思ってるからな、俺。
しかも前日が雨だったからダートコースもちょっぴり重くなってたし。
俺にとっての条件が良すぎるってのもあるわ。
そもそも俺自身は「ケツ追われるのがイヤ」って理由だけで先頭をひた走っている逃げ馬なので、走法も何も、スピードに身を任せているだけ。
コース取りなんかは鞍上の芝木くん頼りで、芝木くんがここだってタイミングで合図をくれるから、それに合わせて最高速度を出してるに過ぎない。
俺の主戦騎手は芝木くんだが、調教のすべてに芝木くんが騎乗しているわけではない。
芝木くんにもそれなりの依頼が入ってるからな!なので芝木くんが乗れない時、例えば今日の併せ馬とかで俺に乗ってる若い
そんな技巧もクソもない、スピードゴリ押しの俺ができるアドバイスとか、なくない?
そう思ってウオッカを見るも、きっと良いアドバイスが貰えると信じている彼女の目はキラッキラしている。
ぐぅ……期待されると応えたくなる……ッ!
俺にできるアドバイス、アドバイス……スピードって目線で、あるとすれば……あッ!?
そうだ、スピードで思い出したんだが、今日一緒に走った感覚なんだけど、ウオッカは一瞬のスピードはあるけどあんまり持続力は無い、って感じがするんだよな。
なんというか、瞬発力?って言えばいいのか?その瞬間のスピードはスゴイんだが、長時間キープできるわけじゃないみたいだから、終盤になるとズルズル落ちていきそう。
確かに速いんだけど、最初から最後までそのスピードを維持できないみたいだから、ここぞって時に使った方が良さそうだ。
今回の併せ馬でもそう。出だしは俺のすぐ後ろにいたのに、終盤はかなり失速してたし。
あと、スピード以外だと、パワーもかなりある方なんじゃないかな。
パワーのある馬は重い馬場を苦にしない、って前にテキが言っていたけど、ウオッカの場合は重馬場っていうよりは坂に向いてそうだなと思った。
今回は坂路じゃなくてダートコースだったし、相手が重馬場だと脚が進む俺だから物足りなく見えたかも知れないけど。
……そういやウマ娘のウオッカは、脚質は先行か差しだったよな?
どっちかが適性Aだったと思うんだけど、差しの方だっけ。
ヒトだった頃の俺は、ダスカを先行で、ウオッカを差しで育成してた、ような気がする。
確か、ウマ娘ウオッカの固有スキルがややこしい条件で、差しだと割と効いてた、ような記憶があるわ。
もう5年近く前だからその記憶もあやふやになっちゃってるが。
ウマ娘はストーリーとかキャラの関係性とか、あと脚質なんかも史実をベースにしてはずだから、すっごいメタな話になるけど、史実のウオッカも差し寄りの脚質でほぼ間違いないんじゃないか、と思ってる。思いたい。
今回のように、逃げる俺に並ぼうと初っぱなから飛ばすんじゃなくて、中段で力を溜めてから終盤に差し切る、って走り方をしたほうがウオッカは楽なのかもなあ。
ただまあ、そこらへんは騎手とか調教師が指導していく領分であって、ただの馬である俺が口を出して良いところではないので……。
うーん、マジで「アドバイス」と言っても言えることがほとんどないわ。
無理矢理なにか言うとしたら、とりあえず鞍上の言うことは素直に聞いた方が良いってことだけか?
『ヒトの言うことを、ですか。ヒトが何言ってるかわからないんですけど』
『それはアレだよ、考えるな、感じろ!』
これはマジでそう。
言葉を聞くっていうよりは、手綱の指示に従う、かな。
綱を引かれたら止まる、緩んだら全力で行く、みたいな。
まあ明らかに行けるって時に綱を掴まれたら俺は抵抗するが!
これは言わんとこ。
『綱を引かれたら止まる、緩んだら全力で行く……わかりました!ありがとうございました。またよろしくお願いします』
そうウオッカがブモブモ言う度に鼻がくっつく。なんか鼻息、荒いねえ!?
『なんで距離感はバグったまんまなんだよ……ウン、よろしくネ。カネヒキリくん帰ってきたらまた寄るから』
1歩下がって、くるりと回る。
俺の綱を持って歩く目黒さんに付いて歩き出したところで、あ、と思い出して振り返った。
『見に行けるかわからないけど、来年のダービー、楽しみにしてる!頑張れよー!』
俺がヒトだった頃にネットで見た情報と記憶が間違っていなければ、ウオッカはウン十年ぶりに日本ダービーを制する牝馬、のはずだ。
今年デビューってことはクラシックシーズンは来年。
その頃に海外にいるかどうかはわからないけど、テレビでもなんでも良いから見れたら良いな。
「どうしたサンジェニュイン、デートの約束でもしたのか?」
「おいおいサンジェ、お前ってヤツは……相手は2歳だぞ!ははは!」
『してねえわ!ははは、じゃないんだよテキ!俺は年下に興味ないし……いやまずまだ馬を恋愛対象にしたことないからな……!?』
前にシーザリオちゃんに発情期来てたのにも気づかなかったし。
全然気づかなかった、って言ったらシーザリオちゃんに尻尾で殴られたよ。
ラインクラフトちゃんにも「正気っスか?」って言われた。
正気だよ!
……エッもしかして俺って、オッスとして不能、ってコト!?
そ、そんなわけないし……ちょっとそういうのに鈍いだけだから……たぶん。
問題ないし、牝馬の発情期につられず冷静にレースに挑めるってことだから、ね……!
ヒィン──……!
『デルタブルースさん、ダービーって何のことかわかりますか』
厩務員に綱を引かれながら、ウオッカはブモモ、と鳴いた。
半馬身先を歩くデルタブルースが、その鳴き声に振り返り、フルーン、と声を返す。
『ダービー?……ああ、暑くなってきた頃にやるやつかあ。この前終わったよな?』
『暑くなってきた頃にやるやつ……?』
『あれ大変らしいよなー!他のとこで暮らしてる同族が、それに出るから毎日走ってて辛い!って言ってた』
2頭の会話に割り込むようにハットトリックが振り返る。
デルタブルースは1度頷いてから、また短い鳴き声を上げた。
『でもそのダービーって牡馬だけなんじゃないのか?牝馬はたしか、なんだっけ、オクラ?』
『オークス、だろ?前にシーザリオが出たやつだ。ウオッカはシーザリオの部屋に入ったし、ウオッカも同じやつなんじゃない?』
『デルタブルースさんたちも出たんですか?』
『出てないよ!ちなみにカネヒキリも出てないぞ』
『でもサンジェニュインくんはダービーに出たって言ってたよな!』
「今日は騒がしいな」
「3頭も集まればそりゃあ」
頭上で賑やかに嘶く3頭を見つめてから、厩務員たちは互いに苦笑した。
その手はしっかりと綱を持ち、足取りは淀みなく厩舎へと向かっていく。
ウオッカの厩務員は、初めての敗北でも思ったより元気そうな愛馬に安心しながら、しかし油断はできないと綱を握り直した。
この厩務員は、ウオッカとデルタブルースたちの併せ馬にサンジェニュインが加わると聞いた時、唯一反対していた。
彼が、カネヒキリを通して見てきたサンジェニュインは、併せ馬をレースの一種だと思っている節があったからだ。
いくら素質があるとはいえデビュー前の2歳馬と、すでにG1を複数勝っている4歳馬とでは、単に素質という言葉では埋められない大きな溝があることを、厩務員はよく知っていた。
ただの併せ馬でさえ、勝つために全力で走り抜くサンジェニュインが相手では、ウオッカが潰れてしまうのでは無いか?
今は元気そうに見えるが、次の調教では走らなくなるのでは無いか?
厩務員の心配事は尽きなかった。
しかし、そんな厩務員の心情を推し量ることなどできない馬たちは、ブモブモと話を続ける。
『でもさあ、なんだって急にダービーについて聞いたんだよ。もう終わってるのに』
『それが、サンジェニュインさんに次のダービー楽しみにしてる、頑張れって』
『言われたのか?』
『次って、ずいぶん先だろ?なんでまた』
『さあ……』
ブルルーン、と3頭が鼻を鳴らす。
そうしてなんでだろう、と各々が思いを巡らせているうちに、あっという間に厩舎についていた。
馬房に入れられたウオッカは、用意された飼い葉桶に頭を突っ込みながらも思いを馳せる。
『サンジェニュインさんはとても強かった。そのサンジェニュインさんが出たダービー……私も出たいな……』
小さな葉っぱを流星に乗せたウオッカが、64年ぶり史上3頭目となる牝馬によるダービー制覇を成し遂げたのは、この1年後のことだった。
「本原先生、現地についたらそのまま出走するんでしたね」
「はい。シャンティイ調教場に入厩せず、そのままサンクルー競馬場で調整を行ってすぐです」
「サンジェニュインの状態は大丈夫なんですか?」
「栗東での調教は問題なく済みました。サンジェニュインも調子はすこぶる良いですよ」
そう言ってテキが俺の首をぽんぽん撫でる。
水野のおっちゃん── 俺を所有するサイレンスレーシングクラブのお偉いさんは、テキの言葉を聞いて満足げに頷いた。
今日はフランスに向けて出発する日。
日本での出国検疫を終えたのだが、実はレース開催日までギリギリである。
なんとレース開催日の3日前!ドッ!
いやドッじゃねえわ。
ギリギリもギリッギリだよ。
なんでこんなことになっているのかと言うと、俺がこれから出走するレースのスケジュールに間に合わせるためだ。
今回出るのは「サンクルー大賞典」というフランスのレース。
このレース名を聞いてすごいギャグを思いついたのだが、滑ったら縁起が悪そうなので言わない!
俺は自制できるウッマだから!
……で、このレースの開催日は現地時間の6月25日。
その次に出走するのは「キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス」だ。
長くて覚えるまでに時間がかかったが、こっちはイギリスのレースで開催日は7月29日。
ハーツクライさんも出るぞ!
3戦目も同じくイギリスのレースである「インターナショナルステークス」で、開催日が8月22日。
う~ん、毎月レース!
だけど日本の馬場よりは俺にとっては走りやすいから、たぶん日本で3ヶ月連続出走だ!って言われるよりは楽、なはず。
目黒さん曰く、海外遠征が65日以上になった場合、これまで3週間だった着地検査が3ヶ月に伸びるらしいので、超えないギリギリのところで帰国してセーフにしたいようだ。
水野のおっちゃんとテキのやりとりを聞いていると、どうもクラブ側は今年の最後は有馬記念を走らせたいみたいだし。
でも前にテキが「凱旋門賞」にも出るから秋もフランスだ、って言ってた気がするんだけど。
日本に戻って3週間の着地検査が終わったら、またすぐにフランスに飛ぶんだろうか。
それはそれでハードなスケジュールだな!
まあ着地検査って1頭ぼっちになるだけで調教自体ができないわけじゃないから、そこできっちり調教しつつフランスへってところか?
そう今後のローテーションについて考えていると、どうやら輸送コンテナの準備ができたようだ。
目黒さんが俺の手綱を握り、最後に馬体をチェックする。
前脚良し、後ろ脚良し、ケツ良し、背中良し、ということで乗るか!
鼻を鳴らしてコンテナの入り口を見ると、前のフランス遠征の時にもお世話になったピエールさんの姿が見えた。
どうやら今回もコンテナのところから一緒のようだ。
テキも輸送の準備が済んでいるのが見えたのか、話を切り上げようと頷いたように見えた。
「ではそろそろ」
「ああ、その前にこれを」
ピエールさんが俺が見ているのに気づいて面白いポーズを取り始めたのでそっちに気を取られていたが、目黒さんが俺の手綱を緩く引いたので視線を逸らす。
綱を引かれた方向に顔を向けると、水野のおっちゃんが黒っぽい布のようなものを手にしていた。
うん?なんかそのソレ見たことあるな。
「これは……ヴァーミリアン号のメンコでは?確か今は……」
「ええ。この前のレースで心房細動を発症しましてね。今は長期休養でノータンファームに。当初はアメリカ遠征も考えていたのですが、今は復帰時期も未定で……せめてこのメンコだけでも、一足早く海外に連れていってやって欲しい」
心房細動。……ヴァーミリアンが?
確か不整脈の一種だったよな?
前にイサノちゃんが「近くの厩舎の馬がレース中に心房細動で最下位だった」って言っていたのを覚えている。
状況によっては予後不良── つまり、回復が極めて困難な状態となって、そのまま死んでしまうこともあるって聞いた。
水野のおっちゃんの口ぶりから、ヴァーミリアンは休めば大丈夫な状態のようだけど、どうやら復帰までにかなり時間が掛かる見込みらしい。
俺とカネヒキリくんがドバイに発つ前の日、ダイオライト記念で優勝したって聞いたばっかりだったのに。
目黒さんの方を向いて、ヴァーミリアンは本当に大丈夫なんだよな、治るんだよなと目で聞く。
俺の目からすぐに汲み取れたのか、目黒さんはゆっくりと俺の首を撫でながら口を開いた。
「心配するな、サンジェニュイン。元気にやっていると聞いてる」
それなら良いんだけどさ。
カネヒキリくんも屈腱炎で休養中、ラインクラフトちゃんもレース疲れが酷いからって放牧に出されている。
シーザリオちゃんだって怪我が元で引退したわけだし。
みんな大丈夫かな……このまま、俺がフランスで走っている間にみんな、引退しちゃうのかな。
そうしたら俺、本当に1頭ぼっちになっちまうな。
「サンジェニュイン」
名前を呼ばれて顔を上げる。
水野のおっちゃんが、俺の前に布を広げた。
黒地に赤色の太い線が交差して、ローマ字の「X」に見えるヴァーミリアンのメンコ。
前に、俺がつけてる栗色のメンコはダサいから同じやつにしろ、なんて言われたっけ。
あの時はお前の方がダサいわ、と返したけど、黒鹿毛のヴァーミリアンがつけると格好良いのは確かだ。
……これを言うと興奮しそうだから言わないけどな!
目黒さんが代わりに受け取って、俺にそのメンコをつける。
俺がいつもつけている栗色のメンコよりも、心なしか重く感じた。
「似合うなあ」
「白毛に黒はやっぱり映えますね」
テキたちには好評なようだ。
水野のおっちゃんがカメラを取り出すと、何枚か写真を撮られた。
ヴァーミリアンへの見舞い品にするらしい。
見舞いに要る?俺の写真。
普通に人参とかリンゴの方が喜ばれそうなんだが。
目黒さん、厩舎に残ってる俺のサンふじリンゴ、ヴァーミリアンの見舞い品として一緒に送るよう伝えといて!
「テキ、そろそろ時間です」
「うん。……それでは、水野さん」
「はい。日本から応援してますよ。……サンジェニュイン、思うがまま走ってきておくれ」
メンコをつけたまま、目黒さんに綱を引かれてコンテナの方へと進む。
ちらりと後ろを振り返ると、水野さんがひらひらと手を振っていたので、俺も尻尾を何度か振り替えした。
2006年6月22日。
フランス、サンクルー競馬場を目指して、俺は空の旅に出た。
騎手とは、馬の案内人だ。
馬が勝つためのチャンスを模索し、掴み、与える者。
そうあるべきだと、ある1人の騎手── グラン・リュベールは考えていた。
時に実力差は想像の及ばないところで逆転される。
それが起きるのは、弱点の無い馬など存在しないことの証明。
すり切れるほどテープを回し、リュベールはその馬のフォーム、走法、クセ、息の入れ方。
そしてその鞍上に乗る騎手の手癖、姿勢、騎乗中の行動のすべてを、頭に入れた。
完璧な競馬などあり得ない。
ゆえに、あらゆる準備を行う。
どんな実力差があろうとも、勝つチャンスを逃さないように。
今回、リュベールが投じた一手は、愛馬が勝つための助けになるだろう。
「紳士淑女のみなさま、こんにちは。今回の実況もアラン・ベルナント、解説はミシェル・ドーヴァーがお送りするよ」
「よろしく」
「よろしくミシェル。さて、これから始まるサンクルー大賞典、馬場状態は聞いたかい?」
「
「昨年の凱旋門賞馬・
「あのレース、後から映像を確認したら、本当にサンジェニュイン以外の馬が映って無くて笑ってしまったよ。何馬身差も相手につける勝ち方と、近縁にセクレタリアトがいることから、彼をビッグホワイトって呼ぶ人もいるみたいだけど、個人的には
「他に類を見ない美しい毛色に美しい走り方。まるで王子様が乗る白馬みたいだ、って若い子たちの間でブームになってるんだって?日本でしか発売されていないぬいぐるみ、フランスでも売って欲しいよ」
「いや、止めた方がいいね。もし発売されたらあちこちでストライキが始まるに違いない。僕なら解説役をボイコットして買いに行くね」
「ストライキは国民の権利さ!……さあ僕らが楽しいおしゃべりをしている間に、ゲート入りが進んでいくよ。8頭でのレースだけど、うち3頭がペースメーカー役かな。今までペースメーカーを連れていなかったプライドが、ここに来て初めて同厩の牝馬を連れてるよ」
「7番のヴァネッサだね。プライドの鞍上であるリュベールが、今回ばかりはつけた方が良いって言ったらしいけど、効果あるかな?」
「ペースメーカーをつけていないのは3番のラヴェロックと、サンジェニュイン、8番だ。サンジェニュインに関しては、まあこの馬自体が大逃げのスタイルだから、パートナーはむしろいらないかもね」
「3頭もペースメーカーがいる状態でサンジェニュインが上手く逃げ切れるか、注目だね」
「さ、いよいよスタンバイ完了だ。サンクルー大賞典── スタート!」
開け放たれたゲートから、8頭の馬が駆け出した。
2番ポリシーメイカーのペースメーカー役ペトログラッド1番と、4番ハリケーンランのペースメーカー役である5番のニアーオナーの2頭が出だしから速度を上げるが、それをねじ伏せるようにサンジェニュインが勢いよく進出した。
誰もがガネー賞のような圧倒的な差ができると思った、次の瞬間。
サンジェニュインの両側から、2頭の馬がぐんっと頭を伸ばした。
「これはこれは、序盤から予想外!」
「中段にペースメーカー共々ひとまとめになっているハリケーンラン、ポリシーメイカー、ラヴェロックを置き去りに、プライドとヴァネッサの
虎視眈々と栄冠を狙う、その牝馬の鞍上で、グラン・リュベールは笑った。
次回、サンクルー大賞典、本戦
※注意※
着地検査が3ヶ月以上となる条件の1つを、この物語では以下のように変更しています。
元:海外遠征60日以上
変:海外遠征65日以上
完全にローテーションのミスですが許してください。
登場馬(架空馬のみ)
ヴァネッサ 牝5
プライド(史実馬:牝6)のペースメーカー役
今回の参考資料
・サンクルー競馬場2006年 6月25日第5競走
・世界の名馬列伝集:プライド
完全素人ニキの愛馬名アンケート
-
サニードリームデイ
-
サンシカカタン
-
タイヨウノムスコ
-
タイヨウハノボル
-
ブライトサニーデイ
-
ラブディアホワイト