【完】これは圧倒的美貌で凱旋門賞馬になる俺の話   作:SunGenuin(佐藤)

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キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス(長い)のレース半分
1万超えたので分けました


36.俺の道

7月も半ば過ぎである。

今月末にはイギリスで開催されるレースへの出走が決まっているので、俺もサンクルー大賞典後イギリスに向けて出発── は、しなかった。

あれからもシャンティイの国際厩舎で過ごし、調教場で走っている。

ここからイギリスって近いんか?遠くね?と最初は思ったのだが、目黒さん曰く開催3日前に飛行機で現地入りする予定なんだと。

ピエールさんが「VIPだ!」って言ってたけど、イサノちゃんとのやりとりを聞いている限りでは、船で移動した方が飛行機より安く済むらしい。

ただ時間はそこそこ掛かるって話で、テキと、俺を所有しているクラブのお偉いさんたちが話し合った結果、輸送が短時間で、かつあんまりストレスにならない方法を選んでくれたっぽい。

サンキュー、クラブ!

ただ、クラブ馬っていうのはお金がカツカツだからあんまり海外飛べない、とかって前に来た記者のおっさんは言ってたが、そこら辺は大丈夫なんだろうか。

俺以外にも馬がいるわけだし、他の馬の分を俺に回してるとかないよね?

そう俺が不安になっていると、目黒さんが苦笑いを浮かべながら「お前はリターンがデカいから大丈夫だ」って言った。

リターンが何のことかはイマイチ解らなかったが、決して安くない金額をドバドバ使われているのは理解した。

テキがそっとお金のハンドサインを……やめろテキ!生々しい!

サンジェはコレだからなあ、って言いながら親指と人差し指で丸を作るんじゃないよ。

でも、うぅんこりゃあ、次もなんとしてでも勝たないとな!

マジで俺に掛かっている金がヤバそうだから……そうなると、なおさら滞在する厩舎はイギリスにした方が安いんじゃね?とも思ったが、このシャンティイには調教相手のパンジャンマックスもいるし、ピエールさんから紹介されたマンデュロとの相性も良い。

ちなみにこのマンデュロ、ガネー賞でも一緒に走った牡馬なのだが、オッスでも気性が穏やかなヤツで害はない。

というか、なくなった(・・・・・)

 

「まさかメンコ変えるだけでこうも違うとはな」

 

それな。

俺の鞍上で呟いた芝木くんに、内心で同意する。

 

俺がマンデュロと初併せしたのは、サンクルー大賞典が終わった1週間後。

併せ馬っていうよりはマジでただの顔合わせだったのだが、この時の俺、メンコをつけていたにも拘わらずマンデュロに追いかけ回された。

素顔の時ならともかく、メンコをつけてたのにあれほど追いかけ回されたことはない。

せいぜいディープインパクトくらいである。

アイツは俺がメンコしてようが構わず真横にへばりつくからな……もしかしてケツ派?

絶望した、ライバルやめます。

あとはサンクルー大賞典で俺にケツタッチしたハリケーンランとかいう馬な!

コイツはシャンティイで調教されているので、ガネー賞の為に滞在していたときも何度かすれ違ったことがある。

その時は大人しい印象だったのに……とんでもねえオッスだったわ。

もう2度と会いたくねえと思ってるけど、どうも次のレースも一緒みたいで泣いた。

なんかもう、馬着のままレースに出てえな。

……あ、ダメ?ハイ。

 

メンコの話に戻るが、マンデュロと会った時や、ハリケーンランにケツタッチされた時につけていたメンコは、休養中のヴァーミリアンから借りたメンコである。

クラブの勝負服をイメージした、黒い生地に赤い線がローマ字の「X」のように交差しているヤツな。

マンデュロとの初併せが終わってすぐ、このメンコは水野のおっちゃんに渡された。

ちなみに水野のおっちゃんがコッチに来ていたのは、俺の様子を見るため。

遠路はるばる日本から飛んできてくれたのだ。

むちゃくちゃ元気なアッピル!してやったわ。

そのおっちゃんにメンコが渡った── トロフィー授与式の俺の写真と共に。

最後の要らなくね?と思ったが、勝った記念だからってことでスゴイ枚数持ってかれた。

っていうかデジカメのメモリーカードごと持ってかれた、って目黒さんが落ち込んでた。

現像終わったら返せよな!

その写真とメンコはもうヴァーミリアンの元に届いているらしい。

今日の朝、国際電話で目黒さんが確認してくれたようだ。

オッスに追いかけ回された曰く付きのメンコにしてしまったが、大丈夫、ヴァーミリアンがつける分にはなんのうまぴょい効果もないはずだ!

それに海外GⅠを制した(ゆかり)のメンコだと思えば多少は、ね?

ヴァーミリアンにメンコを返したことで、俺の美貌を覆い隠すメンコはいつもの栗色のメンコに戻った。

つけていなかった期間は2週間も無かったのに、なんだか懐かしい気持ちすら感じる。

やっぱこれだな~!と思って、その翌日からルンルンとシャンティイ調教場で引き運動していたら、気が緩みすぎていたのか、なんとうっかりオッスに遭遇してしまったのだ。

それもハリケーンランとマンデュロのセット。

この2頭、同じ厩舎に所属する僚馬だったようだ。

 

ヒエッ!?うまぴょい!?

 

とすぐに逃げの体勢に入ったのだが、2頭とも俺に近づいてくるものの、前に会った時のような興奮状態にはならなかった。

強いて言うなら、ハリケーンランから執拗に「どこ住み?」とか「何歳?」とか、この後に「てかLINEやってる?」とでも続きそうなことを言われた程度。

ナンパか?

念のため確認を、と恐る恐るハリケーンランの下も覗いてみたが、ジュニアくんは起きていなかったのでセーフ。

そのまま俺がいる時は寝ててほしい。

たまたまか?理性があるときに遭遇したのか?次はうまぴょいされちゃう?と警戒していたのだが、その次のマンデュロとの併せ馬の時も、最初のアレはなんだったんだよ!と言いたくなるくらい大人しかった。

俺は特に何もしていない。

何かあったかと言えばメンコを変えただけなので、もしかしたらメンコの影響……?

違うのは色とか柄だけなんだが……?

 

ハッ……やっぱり……栗色が……最高だな!

 

カネヒキリくんはすべてを解決する!今回カネヒキリくん関係ないが!

 

「……サンジェ、今日の併せ馬が終わったら、次にお前と会うのは現地だな」

 

レース開催まであと少し。

芝木くんは一足早く現地入りするらしく、この併せ馬が終わったらシャンティイを離れる。

俺はしばらく単独で調整を進める予定だ。

心配するなよ芝木くん、俺は輸送もそんなにストレスじゃないからな!

次会うときも元気な俺がそこにいるよ。

そう不安そうな顔をするな。

軽く揺すってやると、芝木くんから笑い声が上がった。

 

「お前はほんと敏感だな」

 

言い方!

 

「芝木くん、準備は大丈夫か」

「はい、いつでもいけますよ目黒さん」

 

芝木くんの言葉に目黒さんが頷く。

前方からマンデュロが歩いてくるのが見えて、俺も短く鼻を鳴らした。

 

最後の併せ馬である。

ここを先着して、鞍上を安心させないとな!

よっしゃ、行くぞ、芝木くん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2006年7月29日 イギリス キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス GⅠ 芝12ハロン = 約2400メートル

 

日本調教馬が2頭出走するこのレースは、日本でも地上波で放送されることとなった。

ドバイシーマクラシックを制して以降、これが初レースとなるハーツクライは、イギリスのニューマーケットで活躍するルゥカ・ファニーニ調教師の厩舎で始動した。

当初はサンジェニュインもいるシャンティイに入る計画もあったが、ハーツクライ自体が輸送にさほど強くないこともあり、現地での調整が決定。

ドバイとは状況が異なり、帯同馬のいないハーツクライの調子はなかなか上がらなかったが、レース開催3日前になってサンジェニュインが現地入りすると、みるみるうちに調子を取り戻した。

パドックを歩く姿は堂々としたもので、それを通路から見守る橋本弘継調教師は安心したように頷いた。

 

「テキ、ハーツクライは勝てるんやろか」

「……正直、トモはまだ寂しい状態だ。完璧な出来とは言えない。間違いなく厳しいレースになるだろうな」

 

それでも、残り3日というところでハーツクライは頑張ろうとしていた、と橋本は内心思いながらも、悔しさを隠せずにいた。

 

── ああやはり、輸送の難しさを加味しても、サンジェニュインのいるシャンティイに入れるべきだったのではないか。

 

「後に悔いるから後悔、とはよく言ったものだ。だが本当に、タラレバ言っても仕方ないところまで来た。あとは、ハーツクライとリュベール騎手を信じるしかない」

 

隣に座る厩務員は、その言葉に静かに頷いた。

そうして2人がしばらくパドックを見ていると、ワッとひときわ大きな歓声が上がった。

その声を纏うように、白い影がターフに揺れる。

おそらく今、もっとも世界から注目されている4歳馬が、軽やかな脚取りでパドックに現れた。

 

「サンジェニュイン号は調子が良さそうやなあ」

「ああ。ガネー賞は26馬身差、サンクルー大賞典は第3コーナーから加速して5馬身差。それも、ハリケーンランを押さえての1着だ。……ドバイ後、重い馬場が本来の戦場だ、と言われた時は苦笑したものだが、全部本当だったわけだ」

 

フランスGⅠレースを2戦2勝。

その勝ち方のすべてが「強い」と賞賛するほか無い、圧倒的なものだった。

特にサンクルー大賞典。

前年の凱旋門賞馬・ハリケーンランに対して、終始先頭で脚を使っていたにも拘わらず伸び続け、5馬身差を叩きつけたことは、日本でも大きなニュースとなった。

未だ制することが叶っていない凱旋門賞という固い扉を、サンジェニュインならば突破できるのではないか、という希望。

 

「……凱旋門賞、か」

「確か、ディープインパクトも出走を予定してると」

「ああ。この間の宝塚記念も2着に6馬身差で圧勝。この勢いのまま行きたいんだろう。今のところ、国内で最も強いのはディープインパクトだからな」

 

ただしそれは、海外レース中心のサンジェニュイン(・・・・・・・・・・・・・・・・)を除いた場合だ、と橋本は続ける。

 

「ディープインパクトの最たる懸念は、海外レースの経験がないこと。日本とコッチでは馬場が違い過ぎる。日本でどれほど強くても、欧州の馬場に適応できないなら意味は無い」

「それは、ステップレースを使うんじゃ……」

「だと良いが」

 

ディープインパクト陣営は、その次走を凱旋門賞としか発表していない。

故に橋本は、このままステップレースも使わず、ぶっつけ本番で行くつもりでは無いかと勘ぐっていた。

その場合、ディープインパクトがどこまで食らいついていけるかは、橋本の想像の外にある。

ただ、凱旋門賞が生やさしいレースでないことだけは確かだった。

 

「テキ、そろそろ……」

「ああ、始まるか」

 

騎手たちが続々と馬に跨がっていく。

闘志を燃やす相棒を乗せて、1頭、また1頭とゲートへと向かっていった。

 

「……頑張れよ、ハーツクライ」

 

小さな嘶きが、橋本の耳に届いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよゲート入りの時を迎えました。キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス。以降はキングジョージと省略してお送りします。今回の解説役には岡林さんにお越し頂いています」

「どうもみなさん、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします!」

 

ざわざわと、フランスで走ったときよりも騒がしい場内を見渡す。

俺は7番ゲートへと向かいながら、今日はなんかあったのかな、と芝木くんを見上げた。

 

「騒がしいのが気になるのか、サンジェ」

 

そらもう。

日本のスタンド前とかはやかましくて仕方ないんだが、フランスとかはそうでもなかったじゃん?

欧州の競馬ってそこまでギャーギャー騒がないんだなあ、って思ってたんだけど、イギリスの競馬場── ここはアスコットだっけ。

アスコット競馬場はなかなかに騒がしい。

俺以外にも他の馬も若干そわそわしてるしな。

妙に静かなのはハーツクライさんだけだよ。

あのヒト、じゃねえやあの馬、久しぶりにあったら俺の鬣食べまくってたけどお腹大丈夫かな。

 

「今日は特別なレースなんだよ、ちょっとだけ我慢なサンジェ」

 

特別なレース?

今日は、ってことは、毎回こういうワケじゃ無いんだなあ。

他の馬がゲート入りを嫌がっているのを横目に、俺はゆったりゲートにイン。

まあ騒がしくてもいいや。

先頭でゴールすることだけを考えて、走っている間は芝木くんの声以外は無視!

時と場合によっては芝木くんの声も無視するが!

……おっしゃ、切り替え完了!

今日はハナからぶっちぎるからな芝木くん!

しっかり俺にしがみついとけよ!

 

「そう言えば岡林さん、今レースはなんと、英国の女王陛下と孫のハロルド王子が専用席から御覧になっているということで、優勝者へのトロフィー授与式も参加されるそうですが。日本でも「天覧競馬」ということで、天皇皇后両陛下が御覧になることもありますよね」

「ですねえ。最近だと、昨年の天皇賞・秋ですかね」

「その時の勝ち馬はヘブンリーロマンス。鞍上の松富騎手が敬礼した姿がまだ記憶にあります。英国王室は競馬に深く接しており、女王陛下も馬主としての一面をお持ちですよ。今回、御覧になる理由は明らかにされていないとのことですが、国民にとっては注目すべきレースのひとつであることに間違いはありません」

「この状態のレースで日本調教馬が勝ったら、と思うとワクワクしてきましたね」

「ドキドキもしてきました。さ、日本からはハーツクライとサンジェニュインの2頭が出走しますが、どうでしょう岡林さん、2頭の様子は」

「そうですねえ。ハーツクライは、前に見たときはガレてて心配だったんですけど、この3日で上手く持ち直せたのか、毛艶良いですよね。ただちょーっとトモの張りがあんまり、という感じです。サンジェニュインの方は見るまでもなく絶好調ですね。ここ2戦はパドックでも返し馬でも落ち着いてますよ。今日はハリケーンランに張り付かれていましたが。スタートダッシュが決まれば、ガネー賞のように大逃げに出るかも知れませんね。ハーツクライもスタートがキマればサンジェニュインに付いていく可能性があります」

「それは、ドバイの再現もあり得る、と?」

「うーん、それは難しいと思いますよ。サンジェニュインは固い馬場が不得手なので、まずドバイはソレでスピードが出ていませんでした。今回は芝の長い、そして深い馬場という、完全にサンジェニュインのフィールドなので」

「なるほど」

「ただハーツクライは戦術が広いんでね、いろんな手で走ってくるでしょう。鞍上のリュベール騎手も研究熱心ですから」

「サンクルー大賞典では、奇策で一時的ではありますがサンジェニュインを封じることができたリュベール騎手。他にもまだ策はあるのか、気になるところですね。……さあ、今、ゲートに全頭収まりました。本日は7頭立ての少数レースですが、7頭とも選りすぐりの名馬です。2006年のキングジョージ── スタートしました」

 

パン、とゲートが開き、俺は勢いよく飛び出した。

アスコット競馬場は特徴的な形をしている。

目黒さんが紙に描いてくれたのはおむすびみたいな三角形で、カーブは2つだけ。

ただスタートから下り坂があり、コースの高低差は22メートル近くあるという。

馬になってからというものの、距離感や重さの感覚が若干バグってしまったが、かなりキツイってのは解る。

芝木くんはなるべく俺のスタミナを落とさないよう、内々を回って進ませようとしているのだが、すまんな芝木くん。

最内には俺のケツを狙っているオッスどもがいる!

あとな、もし今、内々に寄ると確実にハリケーンランに張り付かれる。

アイツ、別に追い込み馬ってワケじゃないと思うんだわ。

いや1回しか走ってないけど、ディープインパクトと比べたときにすっごい襲ってくる!って感じではなかった。

たぶん先行でもイケイケで来れるのでは?俺は訝しんだ。

ハーツクライさんもいるし、何も油断できねーのだ。

ということで俺は、俺の道(おおそと)を回らせて貰うぜ!

 

「スタートは全頭キレイに出ましたがサンジェニュイン、外に寄れています掛かっているか?ただスピードはぐんぐん出て現在先頭、リードは5馬身となっています。それを2番手で追うのはチェリーミックス、3番手にハリケーンラン、その内側にハーツクライが続き、半馬身差でエレクトロキューショニストが追走、エンフォーサーとマラーヘルが横並びの状態です」

「外に出ると大きくスタミナを消費してしまうのですが、内々にはチェリーミックスがいるのでコレを避けたのだと思います。サンジェニュインは近くに他の馬がいると嫌がるので。これが終盤に影響しないと良いのですが」

 

芝木くんが一瞬だけ綱を引いてきたが、構わず走ったら緩くなった。

おう、覚悟キメてけ芝木!

鋭いカーブも来てるけどぶん回すぞ!

 

あ。

 

「おっとサンジェニュインどうした……!?」

「……後ろの右脚、出血してますね」

 

イッテエ──……!?

 




次回、本戦!!!!

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