【完】これは圧倒的美貌で凱旋門賞馬になる俺の話   作:SunGenuin(佐藤)

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37.無痛 ─ 2006年7月29日KGVI&QES

大スクリーンに映し出された光景に、目黒は眉を顰めた。

現地の実況者の声に合わせてズームされた場面では、サンジェニュインの右後脚から確かに出血しているのが解った。

 

「……テキ、今のは」

「ウン……前脚と後脚の交差が上手くいかなかったかな。サンジェは元々カーブが得意じゃない、というか、スピードが出すぎて上手く曲がれない馬だ。日本のカーブだと外側に進路を寄せて、余分に回らせることで誤魔化していたんだけど……アスコットのこの形では少し難しかったか」

 

本原は考え込むように腕を組み、目の前のレースを見つめた。

 

アスコット競馬場のメイントラックは、俵型に近いコースレイアウトが多い日本の競馬場とは異なり、角の丸い三角形── 所謂おむすび型をしている。

キングジョージのレースはこの三角形の辺のうち、左辺の下部からスタートする。

このコースレイアウトで注目すべき点は2つ。

 

1つめは800メートルの下り坂。

これはスタート直後から始まる。

おむすびの頂点部分、現地では「スウィンリーボトム」と呼ばれるコーナーとの高低差は約22メートル。

 

2つめは600メートルの上り坂。

スウィンリーボトムを回った後に続くこの坂の高低差は約20メートルであり、中山競馬場の高低差と比べても4倍近い差がある状態だ。

 

さらに最後の直線500メートルでも、ラスト1ハロンは上り坂になっている。

単純なパワーとスタミナだけではない、厳しいアップダウンに耐えられるかどうか、人馬に高い精神力が求められるコースなのだ。

 

だが本原は、この部分に関してはそこまで警戒していなかった。

 

「22メートルも20メートルも、サンジェニュインには大きな障害にはなり得ない」

 

その言葉に目黒が頷く。

 

「栗東の坂路を1日4本も熟すのは、まあアイツだけですからね」

「ああ。サンジェは「坂」に対する苦手意識もなければ、むしろソレを楽しんでいるような節すらある。4倍の差が気にならないのかと言われれば嘘になるが、心配かと言われたら違うな。アイツは乗り越えられる。……ただ、やはり「コーナーカーブ」だ」

 

サンジェニュインのフォームは独特だ、と本原は言葉を続けた。

まるで1本の線のような前傾姿勢は、数多いる競馬評論家に「低すぎる」と言われるほど真っ直ぐと伸びている。

誰が教えたわけでもなく、逃げるための最速を求めた、サンジェニュインが自然と身につけたフォームだった。

だがそのフォームとスピードが、サンジェニュインに「コーナーカーブ」という、矯正困難な弱点を作ってしまった。

 

「トップスピードのまま曲がろうとすると、最悪の場合、そのまま芝に沈んでしまう。皐月賞や東京優駿、菊花賞なんかでも外側に寄せて曲がらせた。有馬記念では最内を回っていたにも拘わらずカーブの時だけ外に持ち出した。……矯正するには、カーブでの意識的減速を覚えさせるしかない。だが」

「サンジェニュインは減速を嫌がりますからね。後ろとの差が5馬身だけならなおさら、もっと差を広げなければと加速するでしょう」

 

その姿がありありと想像できて、本原は苦笑いを浮かべた。

普段はのんびりとした姿を見せてはいるが、サンジェニュインという馬が極度の馬群、減速嫌いであることを、2人はよく解っていた。

 

「馬群に呑まれる方が嫌だからな、アイツは。まあ、日本の競馬場だったり、シャンティイの調教場やロンシャン競馬場のように、カーブが緩やかなところならそれでも構わない」

 

しかしアスコットのコーナーカーブは、サンジェニュインがトップスピードをキープしたまま曲がるには、あまりにも急すぎた。

柵にぶつかるギリギリのところまで外に持ち出してようやく、最速のまま曲がりきることができる。

しかし先ほどのサンジェニュインはまだ中頃にいた。

減速できないまま曲がろうとして、右前脚と右後脚が接触したのだ。

 

「……さっき見えた出血の位置からすると、裂蹄ではないな。(かん)のところか?カーブで曲がる時、前脚が上がり過ぎて後脚の管にぶつかったのかもしれん。血の広がりから傷自体は深くないんだろうが、痛みはかなりあるはずだ」

 

サンジェニュインの1歩は深い。

例え小さな傷だったとしても、何度も力強く叩きつけられている状態で、痛みを感じていないわけがないのだ。

 

本原は唇を噛みしめて、再びレースに視線を戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「右後脚から出血したままですがサンジェニュイン、このまま走り続けるようです。ただスピードは落ちているか、2番手はチェリーミックスを躱してハーツクライが差を詰めています。かなり速いペースで上がっているが鞍上リュベールが綱を引いて、これは掛かり気味でしょうか。ッしかし5馬身、5馬身の差が3馬身に縮んでいるぞ、このまま躱してハナを取るかハーツクライ。外側1馬身差でそれを追うのはハリケーンラン、最内にするりとエレクトロキューショニストが続くと2馬身差の位置にマラーヘル、大外にエンフォーサー現在シンガリです」

「サンジェニュインはコーナーカーブのところでかなりよれていましたね。隙が無いようでこの馬、コーナーはかなり苦手です。上手くいく方が珍しいのかな。ただ芝木騎手が追わなくてもスピードが上がり始めているのは……いやあ、恐ろしいですね」

「まだ馬ナリの状態ですサンジェニュイン、高低差20メートルの上り坂を先頭で駆け上がる。これを後ろでピタリと追走しているハーツクライ、サンジェニュインの影まであと少しだがどのタイミングで抜け出すか、リュベール騎手の手腕に注目です」

 

── 目黒さん曰く、気にするのは坂だけ。

 

……いやコーナーカーブ!?!?

 

なんだアレ、鋭角か?

カーブっていうかもう完全に「角」だよアレは!

ああクッソ、ミスったあ……!

 

「サンジェ、大丈夫か……ッ」

 

めちゃくちゃ心配そうな声色の芝木くんを安心させるため、強めにハミを食んで答える。

ヘーキヘーキ、痛いと言えば痛いけど、激痛って言うほどでもない。

ないんだが、こう、紙で指先をシュパッ!てやった時の「痛い瞬間」が持続してるだけ。

まあ俺、ヒトの時から普通のやつよりは痛みに強いほうだったからな、これくらいならまだ無痛に近いわ。

っていうか俺の脚、今どうなってる?

固い馬場を走破したレベルの痺れだし、たぶんそこまで酷い怪我じゃないと思うんだが。

 

ああ、それにしてもやっちまったわ、まさかコーナーカーブで脚がもつれるなんて。

目黒さんから事前に言われていた、注意すべきポイントは2つの坂だけ。

サンクルー大賞典後の調教も坂路での調教を中心に行われていたし、たぶん目黒さんたちもそれ以外のところで俺が大きく躓くとは思ってなかっただろう。

もしくは、あったとしても短いタイムロス程度か。

散々言い聞かされたとおり、最初の下り坂は結構力を使ったけど、坂路調教のおかげで問題なくクリアできた。

 

それよりも問題はコーナーカーブの方なんだわ。

 

「思ったよりも狭かった、もっと外に……クソ……ッ」

 

それな~~!

もっと外側ギリギリまで持ち出してから曲がれば、と悔い改めモードに入っている芝木くんに同意しつつ、しかし今回は8割俺に責任がある。

 

コーナーカーブを曲がる時の感覚、俺の中でシャンティイ調教場や日本の競馬場から更新できてなかった。

特にシャンティイのコーナーカーブはゆるやかで、外から入って曲がりきる時に内に寄せる、俺的には気持ちの良い走り方ができるから、それがずっと残ってしまったのだ。

 

『おむすびの絵まで描いてもらったっていうのに俺ってやつは……!』

 

小回りの下手な俺には、外に出る選択肢しかないってのに。

中途半端なとこで曲がろうとしたからダメだった。

俺1頭が転ぶならともかく、バランス崩して芝木くん道連れにターフにドボン、だけは避けたかったので、それを回避できたのは良かったけど。

ただ、踏ん張った時、傷ができた方の脚を思いっきり叩きつけてしまったことで一瞬だけ痛みが増し、脚が鈍ってしまった。

 

『その隙にハーツクライさんにかなり詰められちまったなあ……でもちょっと掛かってない?』

 

ハミを噛みしめながら、広い視界の端にいる馬を見る。

風になびく鹿毛の(かみ)の持ち主は、鞍上が綱を引いているのにかなりのスピードで追ってきていた。

ハーツクライさんはオフの時はいたずらや冗談好きの、近所の大人びたお兄さんって感じなのだが、レースの時は「差すぞ!」という殺気に満ちてるんだよな。

俺とうまぴょいする気、というよりは俺を殺す勢いで追ってきてない?

ドバイの時はラスト1ハロンまでキッチリ粘られ、最後の最後に差し切られたし。

あの時はスタートから常に3から4馬身差をキープされ、明らかに終盤でスピードが落ちる一瞬を狙われていた。

終盤の瞬発力に優れたハーツクライさんの脚力であれば、例えば5馬身程度の差ならすぐに追いつかれて躱される可能性もある。

今の差がどれくらいかはわからないが、余裕で並ばれるほど近いことはわかっていた。

 

『もっと差を作らないと……だろ?芝木くん!』

「っな、サンジェ、まだ……!?」

 

なあに躊躇ってるんだ芝木くん!

さっきから鞭打ってねえし手綱も扱いてないな!?

さては俺の傷に遠慮してんな、もうお前の性格わかってきたわ。

芝木くん、いざって時は俺と一緒に地獄までランデブー!みたいなこと言う割には、こういう時に躊躇ったりするんだよなあ。

いやまあわからなくもないんだよ、ここで競走中止した方が俺の安全は確かだもんな。

俺も芝木くんがレース中に怪我しちまったら、エッ、レースどうしよう止めた方がいいか?って一瞬は考えるし。

 

でも俺だったら、そうだなあ。

 

『スピードさらに上げて、最速でお前を医務室に連れてく覚悟をキメるかな……!』

 

── だって芝木くん、自分が怪我した場合はレース止める気なんてないんだろ?

 

坂を登り切ったところでスピードを上げる。

ギリギリまで外に持ち出しているので、俺はたぶん他馬よりも余計に走っているが、気にはならない。

体力だけは有り余るほど持ってるんで……!

 

おら芝木!ここからさらにスピード上げっから、お前も本気出すんだよお!

 

「ハーツクライが猛追を仕掛けるがここでハリケーンラン、ハリケーンランが勢いよく追い上げてハーツクライに並びました!内からはエレクトロキューショニスト鋭く切り込むがここはハーツクライ、耐えてまだ2番手をキープ。チェリーミックスは勢いが落ちたかズルズル後退してポツンと最後方。エンフォーサーがマラーヘルを躱して2番手集団に食い込もうとするが8馬身差、やや距離が空きすぎたか。やや縦長の展開、ハイペースを作り出した先頭は依然サンジェニュイン──!?……の、伸びる!サンジェニュイン伸びる!伸びる伸びる、まるで跳ねるようにスピードを上げていきます!ものスゴイ加速力だ!3馬身のリードからぐいーっと差を広げていきます!」

「ハリケーンランとエレクトロキューショニストを押さえての2番手、ハーツクライの緩急の使い方が上手い。リュベール騎手の作り上げたリズムを見事走りに反映していますね。しかしサンジェニュインのね、スピードがものすごい。ここからさらにスピードを上げられるとは……負傷している右脚への負担が心配ですが、痛みを押して走り続ける精神力は完全に頭一つ抜けてるでしょう」

 

視界の端には3頭の馬。

 

どうやらハーツクライさんが他馬に並ばれたようだが、あの馬は並ばれたり挟まれたくらいでバテるような馬じゃない。

鞍上が必死に追ってないし、まだ余裕はあるんだろう。

となると……さっきのは俺へのプレッシャーか?

ハーツクライさんの騎手ってそういうことよくする~~!

サンクルー大賞典でも俺を挟んでた牝馬の片方、このヒトが主戦だって聞いたし。

ヒィン、なんか俺に恨みでもあるんか!?

 

「……サンジェ、ホントに行けるんだな?」

 

おうよ!

最速で医務室に向かうプランで覚悟決まったか?

ヨシ、じゃあとっとと構えてくれ、ラストスパートまでもうちょいだぞ!

俺がハミを食いしばると、芝木くんはクッソデカいため息を吐いて手綱を持ち直した。

なんのため息、ソレ?

 

「ゴール後は説教だな。目黒さんから」

 

なんでえ!?

 

「ッここで、ここでまだ加速するのか!?サンジェニュインさらに伸びて7馬身リード!2番手ハーツクライ、ハーツクライが追うがいやエレクトロキューショニストがここで頭を突っ込んできた!だが負けじとハーツクライが粘る、粘る粘る!その外からハリケーンランが大きく伸びて躱しました、躱されましたハーツクライ!しかしハリケーンランからサンジェニュインまで遠い!その差は8馬身に延びたが行けるのかハリケーンランこのまま── ッ来た!来た来たハーツクライもう1度伸びて、伸びて、懸命の大駆けだ!」

 

パシン、と1度だけ芝木くんから鞭が入る。

外ギリッギリまで持ち出して2つめのカーブを曲がる。

そこから最後の直線を、さらに脚に力を入れて走り続けた。

右後脚の痛みはもうない。

ただジリジリとした痺れが、脚から頭のてっぺんまで上がってきていた。

 

跳ぶように脚を出して、次の瞬間。

怒りにも似た無言の嘶きが、俺の背中に突き刺さった。

 

「ハーツクライか!?ハリケーンランハーツクライ!内からエレクトロキューショニスト、ッエレクトロキューショニストこの三角関係もつれながらぐん、っとサンジェニュインとの距離を縮めようと追いかけます!7馬身!6馬身!5馬身!?だが遠すぎる!」

 

芝木くんが手綱を扱く。

そのリズムに合わせてスピードを上げ続けた。

後続が差を詰めてきているのはわかる。

俺のケツを燃やしてる視線は3頭分。

追い越してやるっていう声なき声は、しかし誰の耳にも届くことはない。

 

ただ、ただ、その一言一言が、俺の闘志に()べられていくだけ。

 

「追いかける3頭、ラスト1ハロン200メートル上り坂!先頭はサンジェニュイン!サンジェニュイン!2番手はハーツクライかハリケーンランかエレクトロキューショニストか!?揉み合う3頭必死の猛追もサンジェニュインが先頭!先頭!先頭のままアスコットの三角形、白い軌跡を刻む……ッ!」

 

テキ曰く、俺と走る馬は大変らしい。

どんなに追いかけても遠ざかって、追いつけないからもがいて。

苦しくて仕方ないだろうな、と。

 

でもそれは俺も一緒だよ。

どこまでも逃げて、息が上がっても逃げて、逃げ続けて。

あがいてる、どこまでも。

例え他馬をズタボロにしてでも、掴みたいものがあるから。

 

だから、ここでは止まれない。

止まらない。

止まってやらない。

 

勝利を前に、ゴール板も踏み越えないまま、止まるだなんて。

 

そんなこと、俺は俺に許せない。

 

「ああ、3頭、ひたむきに、一途に……!ッそれでも届かない!サンジェニュイン、サンジェニュイン圧勝!ゴールイン……!右脚を赤く染めてなお、君臨する王者──ッ!」

 

視界の端で芝木くんが右腕を挙げる。

その手が指し示す方向は、太陽。

 

 

 

「……よし、このまま目黒さんのとこに行くぞサンジェ」

 

エッ、勘弁して!

ちょっ、ごめんて、でもほんとにちょびっとしか痛くなくて……あっ、あっあっ、アーッ!?

 

── このあとめちゃくちゃ叱られてめちゃくちゃ手当てされた。

 

ひぃん……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……強さとは、なんだと思う」

 

橋本がそう問うと、厩務員は戸惑いながらも口を開いた。

 

「レースに勝つこと、ですか?」

 

その言葉に頷いて、橋本は立ち上がった。

 

「私は、勝利への執着だと思う」

 

その言葉を掻き消すように、アスコット競馬場を大歓声が包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これより、ジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスの優勝トロフィー授与式に移ります。優勝トロフィーは女王陛下より、馬主、騎手、生産者に手渡されます」

 

会場に響くアナウンスに、私は目を細めた。

今日、あの場に立つのは私だと思っていたんだがな、と小さく呟くと、真横に座っていた騎手が申し訳なさそうに頬を掻いた。

 

「いや、なに、今回の君の騎乗が悪かったとは思っていない。……あらゆる努力を上回って、サンジェニュインの方がより強く、在り続けただけ」

 

私の愛馬── エレクトロキューショニストが劣っていたとはもちろん、思っていない。

ドバイワールドカップこそ逃したが、プリンスオブウェールズステークスでは2着と好走しているし、前年のインターナショナルステークスも制している。

実力はなんの問題もなかった。

勝ち負けに絡むと確信していた。

 

だが、サンジェニュインという馬は、私の想像の遙か上を歩み続ける。

 

「それでも、だ。私は今でも、ラムタラこそ“神の馬”だと思っている。それと同時に、こうも思っているんだ」

 

── サンジェニュインは、神が選んだ馬に違いない、と。

 

「確率はどれくらいだろうか」

「え?」

「青鹿毛と鹿毛の両親の間に、白毛の馬が産まれて、それが大柄なのに身体が強くて、脚が速くて、従順で、愛くるしくて」

 

どれかひとつだけなら、ありふれた馬と同じだ。

だけど彼にはすべてある。

すべて、備わっている。

 

「神が誂えたとしか思えない」

 

栄光と名誉で塗りたくられたトロフィーを抱える、彼等は理解しているのだろうか。

これは、偉大なる歴史のひとかけらに過ぎないこと。

その隣に佇み、彼等に倣うように(こうべ)を垂れる馬が持つだろう、強い使命を。

 

「君もこの光景をよく見ておくと良い。私たちは今、歴史の1ページが作られる、まさにその瞬間に立ち会っているのだから」

 

レースが始まる前はあんなに淀んでいた空が、今、見上げると見蕩れるほど美しい青空を描いていた。

そこには白き太陽の勝利を祝福するように、雲ひとつすらなく、澄み渡っている。

 

騎手の合図とともに頭を上げた、その馬がゆったりとした動作で1歩、前に進む。

そして馬は、サンジェニュインは自然な動作で顔を傾けると、目の前の相手を覗き込むように見ていた。

その、まるで子犬のような愛らしい仕草に、場内からは次々とやわらかい笑い声が増える。

私は、その後に続いた光景を見て、他の人々とは異なる観点で笑いが零れるのを、必死に耐えねばならなかった。

 

「っふ、くく……ああ、クイーンに撫でられて、あんなに気持ちよさそうな顔をする馬は、世界中を探しても彼だけだろうな?」

 

にわかにどよめく場内で、私は瞳を閉じる。

そして、その瞼の裏に夢を描くのだ。

美しく、白い、夢を。

 

「……なあ、君。私は、近い将来あそこに立つだろう」

 

アスコットの芝を踏み、栄光の黄金(こがね)色に染まったトロフィーを受け取るだろう。

その時、私の隣にいるのは白毛の馬に違いない。

 

「神が選んだ馬の、その仔で、私はあそこに立つ」

 

不思議なことに、これは真実になるだろうという予感が、私の中にあった。

 

 

 

 

 

 

── 2012年7月21日 イギリス アスコット競馬場 芝12F = 約2400メートル

 

目映いほどの晴天が広がる中で、白い(かみ)を風に揺らす馬が1頭、ゴール板を駆け抜けて行った。

その瞬間、場内に響き渡った大歓声の向かう先を追って、人々は笑い合う。

 

「影も踏ませぬ圧倒的な大逃げ!見たかこれが英国三冠馬の力だ!サニーファンタスティック!父も制したキングジョージを、父と同じく鮮やかな逃げ切り勝ちです。白毛の父子(おやこ)制覇達成だ!」

 

あふれんばかりの祝福の中で、男はひとり、笑う。

 

「ほら、言っただろう?」

 

まだ走り足りないと駆けていく、その馬の名は── Sunny(サニー) Fantastic(ファンタスティック)

 

凱旋門賞馬・サンジェニュインの初年度産駒である。

 




次回、掲示板回!

本日を含めて4日連続で更新します。

09/20:22時→58話目
09/21:22時→59話目
09/22:22時→60話目

登場人馬

サンジェニュイン 牡4
日に日に精神力がすごいことになってる
お上品なおばあさまと好青年に撫でられたが王族だとは知らされていない

ハーツクライさん 牡5
近所の大人びてるけど意地悪なお兄さんポジションに落ち着いた

芝木くん ヒト族
死ぬときは一緒だが死なないんであれば無理するなと思ってる
叱れない

目黒さん ヒト族
叱った

テキ ヒト族
心配した

橋本調教師 ヒト族
なんだこの馬(なんだこの馬)

リュベールさん ヒト族
なんだこの馬(なんだこの馬)

某殿下 ヒト族
おそらく作中でいちばん核心に近い

完全素人ニキの愛馬名アンケート

  • サニードリームデイ
  • サンシカカタン
  • タイヨウノムスコ
  • タイヨウハノボル
  • ブライトサニーデイ
  • ラブディアホワイト
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