【完】これは圧倒的美貌で凱旋門賞馬になる俺の話   作:SunGenuin(佐藤)

58 / 79
感想&ブクマ&評価&誤字脱字報告、サンクスサンクス~~!!!!

今回ありがたいことにサンジェニュイン(ウマ娘)のイラストを頂きましたので、あとがきにてご紹介させていただいています。


38.約束 ─ 2006年8月22日インターナショナルS【挿絵有】

アスコットでのレースを終えて約20日が経ち、今日は8月20日、時刻は午後8時。

今回の遠征で最後となるレース、インターナショナルステークスまで後2日に迫っていた。

俺は怪我のこともあってシャンティイに戻らず、ハーツクライさんと同じ厩舎でお世話になっている。

怪我自体は大したことはなかったのだが、輸送負担を考えてのことらしい。

こっちにいる間はハーツクライさんが調教相手になってくれたので、結構快適に過ごせた。

そのハーツクライさんは5日前に日本に帰国している。

白毛に血という、紅白おめでたくない色合いが記憶に残ったのか、去り際のハーツクライさんはかなり渋っていた。

 

『痛くないのか』

『治るまで付き添う』

『一緒に帰ろう』

 

など、いろいろと言われたのだが、俺にはまだ一戦残っている。

これを残して帰ることはできない。

勝ったら欧州のレースは4戦4勝になるからな、ここが踏ん張りどころなのだ。

だが、俺がどんなに言葉を尽くして元気アピールをしても、ハーツクライさんはかえって『そういってキングカメハメハは帰ってこなかった』と声色を硬くしてしまった。

しまいには馬運車に乗るのを嫌がったり、俺の鬣噛んだり厩務員の頭噛んだり……いやこれはいつものことだったわ。

結局最後は男の厩務員3人掛かりで馬運車に詰め込まれ、心配そうな嘶きを残して去って行った。

 

次に会うのは、うーん、早くて11月のジャパンカップだろうか。

俺、8月の終わりに帰国したら10月からまたフランスだしな。

でも11月は日本で走らせたい、とか水野のおっちゃんたちが言ってた気がするから、それまでには帰国するんだろう。

その時にまた怪我をしていると余計に心配させてしまいそうなので、今回のレースでは怪我しないようにしないとな。

 

『そのためにも早く調教を進めたいんだが……しっかし、芝木くんへの質問なっげえな!』

 

退屈で仕方ないぜ、と頭を軽く揺すると、俺の手綱を握っていた目黒さんが宥めるように鬣を撫でてくれた。

 

記者会見、と言うのが近いのだろうか。

テキと芝木くんとそれから水野のおっちゃん、と、クラブの一番偉いヒトが一列に並んで記者たちからの質問を受けている。

会見が行われている部屋は外側に面していて、俺は大きく開かれたガラス窓から頭を突っ込むようにしてそれを見ていた。

最初こそ「え、馬?」「なんで馬?」とざわ……ざわ……されたのだが、しばらくしたら「この馬は普通じゃないしな」みたいな雰囲気になった。

俺が言うのもなんだがそれでいいのか?

時々近くからパシャッて音が聞こえるから、たぶん俺の写真も撮られているんだろうが、今回のメインはテキたちである。

会見の内容は海外レースの手応えがどーたら、とか、次走はこれこれこうなります、とかだな。

 

そもそもなんで俺が会見を見ているのかっていうと、そらもう暇だからだよ。

今日の調教はもう終わっているのだが、20時は寝るのには早いし、話し相手もいないし1頭ぼっちは寂しいし。

自分に関する会見なんだから俺が見てもよくないか?と思って目黒さんに連れてきたもらったのだ。

でも思った以上に会見は長いし、本当に見ているだけなので暇で暇で仕方ない。

馬房に戻って逆さてるてる坊主で遊んだ方が良かったかもなあ。

もう退屈であくびがでちゃうぞ、と口を開けた時だった。

俺の耳がひときわ鋭い声を拾った。

 

「ソレは答える必要ありますか」

 

声の主は芝木くんである。

 

……いや声色!!!!

 

こんな地獄を煮詰めたような低い声、芝木くんからも出るんだなあ、という驚き以上に、一体何をしたら芝木くんからこんな声を引き出せるんだと驚いた。

芝木くんと言えば、レース中はともかく、オフの時は俺にゲロ甘な主戦騎手である。

リンゴは頻繁にはくれないけど、俺が顔を近づかせればいつまでも撫でているような男だぞ!

それに俺の記憶の中にいる芝木くんは、ニコニコ笑顔が8割、俺が無茶して心配そうな顔2割くらいで、あんな鉄仮面は知らん知らん。

 

ナニアレ、芝木くん双子だったか?

思わず目黒さんを振り返ると、苦笑いが返ってきた。

 

うぅん、確かに会見が始まった時から芝木くんはお硬い表情をしていたのだが、今はもうひたすら「無」だよ。

一体なにがお前から感情を奪ったんだ、と思ったのだが、今回の会見の様子を振り返ると、まあ納得できる部分は多いか。

 

というのも会見の後半から、フリータイムもとい質問タイムが設けられたのだが、コレがまた大変なものだった。

7割近くが芝木くん宛ての質問だったし、最初は「騎手としてレースに思うこと」「サンジェニュインの手応え」とか競馬関連の内容だったのに、途中からプライベートな話が増えているのだ。

 

『兄弟構成』

『ご家族はどう思われてるか』

『フランス滞在中の過ごし方』

『休日なにをしているか』

『好きなタイプは』

 

芝木くんは競馬以外の質問をされるのが嫌みたいで、質問タイムが始まってからは「あと一刺しで飛ぶ黒髭危機一髪」みたいな雰囲気ではあった。

あからさまに「これ以上質問すんなや」みたいな空気も醸してたのに、質問止めない記者のメンタルもすげえけど。

芝木くんの台詞に室内は一気に極寒モード、さすがにここからプライベートな質問をする記者はいないだろう、と思っていたその時。

 

「で、では次が最後の質問です。あるかたは手を── はい、8番の方どうぞ」

「女性情報誌「リカ」の青羽です!スバリ、芝木騎手に恋人は!?」

 

ズバリじゃねえよ。

この空気でよく聞いたな!

メンタルオリハルコン製か?

 

「……答える必要がありますか」

「ハイ!」

 

こんな状態でそんな元気な返事する?

もうあんたが勝者だよ、と思いつつ、俺はどんどん虚無に近づいていく芝木くんの顔を見つめた。

すげえよ、イケメンが真顔になると怖いってアレほんとなんだな!

思わず「ヒィン」って言いそうになって口を閉じた。

これ芝木くんはどうするんだ?

答えるのか、答えたくないのに。

っていうか恋人いるのか芝木くん、いたらいたでちょっと……イサノちゃんが……。

 

「恋人いますよ」

 

いるんだ!?

 

「アイツです」

 

どいつだよ。

……ん?

 

あ、俺!?

 

「サンジェニュイン、かわいいでしょ」

 

それはそうだが。

 

「恋人」

 

じゃねえよ。

 

……こっち見んな!

 

「これで質問終わりですよね」

「えっ?……あ、ハイ!質問タイムは以上です。本日の会見にご参加いただき──」

 

まだ「エッ?」ってなってる質問者を置き去り、テキたちが部屋から出る。

俺を見た途端ニコニコしはじめた芝木くんが近づいて来るが、撫でようとする手を押し返した。

オイ芝木、お前とんでもないことしてくれたな。

明日から週刊誌にあることないこと書かれて──……いや、こいつのこの顔なら「馬が恋人!というお茶目な一面も」ってハートマーク付きで書かれるだけか。

あの堅物騎手にもこんな姿が!?ってギャップ萌えになるやつだろ?

かーッ!これだからイケメンは!

前世のヒト俺が言ったら「うわ……孤独……」って引かれるオチだからなソレ。

う……ッ!自分で言っててむなしくなってきた!

 

「ど、どうしたサンジェ、ほらもう馬房、馬房に戻るんだろ?」

 

戻るけど今日はじゃれねえぞ。

ケッ、イケメンが!

 

「一体なにが……め、目黒さん!」

「はは……まあ、サンジェニュインにも好みがあるということだな」

「好み……?あ、ほ、ほらサンジェ、リンゴだぞリンゴ!お前の好きなサンふじ」

 

お前、リンゴ与えとけば俺が機嫌よくなると思ってないか?

そこまで単純な馬じゃねえぞこっちはんまあい!

 

「そうかそうか、美味いか」

 

でもお前、今度アレ訂正しとけよな!変人だと思われるぞ。

そう思いつつモゴモゴとリンゴを食べていると、馬房の掃除で残っていたはずのイサノちゃんが走ってくるのが見えた。

その腕には何か包みのようなものを抱えているようだった。

かなり急いだのだろう、息は上がっていて、その表情はお世辞にも明るいとは言えない。

芝木くんが俺の口元を拭うのを押しのけて、イサノちゃんの前に歩く。

 

『どうしたんだイサノちゃん、なんかあったのか?』

 

肩で息をするイサノちゃんを覗き込む頃には、離れたところにいたテキたちも近くに移動していた。

 

「て、テキ……テキ……っ」

「どうしたイサノ、サンジェの前だぞ、落ち着け。何があった」

 

テキがイサノちゃんの背中を軽く叩いて落ち着かせる。

イサノちゃんは目黒さんからもらった水を一口飲むと、少し青ざめた顔を上げた。

 

「すみません、取り乱して」

「落ち着いたか?」

「はい。……先ほど厩舎にニューマーケットのスタッフと一緒にJRAの職員が来て、言伝とコレを、と」

「言伝?それに、その包みは……」

 

聞き返すテキに、イサノちゃんが小さく頷いた。

内容を伝えるために開かれた口は、でも俺の姿を見て躊躇うように閉じられた。

何か俺に関係する言伝なのだろうか。

急かすテキに、イサノちゃんは先に包みを開けて、その中のものを取り出した。

包みの中からでてきたそれは、黄色みが掛かった赤い紐のように見えた。

 

── あれ、どこかで見たことあるような。

 

俺が首を傾げていると、イサノちゃんは何度も躊躇いながら、苦しそうに口を開いた。

 

「ラインクラフト号が、死んだそうです」

 

 

 

は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2006年8月22日 イギリス ヨーク競馬場 インターナショナルステークス GⅠ 芝10f 56y = 約2063メートル

 

「2005年、ゼンノロブロイが出走して2着となったこのレース、今年はサンジェニュインが日の丸を背負って出走です。気になるサンジェニュインの人気ですが、パリミュチュエル方式が採用されている日本とは異なり、イギリスではブックメーカーが主流です。大手3社が出している人気順を見ると、3社ともサンジェニュインが1番人気となっています。これについてはいかがでしょうか岡林さん」

「ガネー賞26馬身差、サンクルー大賞典5馬身差、キングジョージは怪我を負いながらも6馬身差で1着ですからね。欧州でのレースはここまで全戦全勝、競った相手も勝ち方も強いとくれば、納得の人気でしょう。気になる点があるとすれば、前走に比べるとトモの様子が寂しいところですかね。調子はイマイチなのか、どこかソラを使っているようにも見えます」

「直前の情報によると馬体重は前走からマイナス3キロ、飼い葉食いがやや厳しい状態。ただ大きく調子を落としているわけではない、とのことですので、レースになればシャッキリとしてくれるかもしれません。今回から装いを新たに、赤色の手綱が白の馬体にフィットしています。この手綱は今月19日、急性心不全により亡くなった同世代の桜花賞馬・ラインクラフトのものです。関係者の手により、サンジェニュインに引き継がれました」

「この2頭はお互いが最たる併せ馬の相手、仲は非常に良かったそうですね。サンジェニュインには亡き友の分まで、このレースで活躍を見せて欲しいです」

 

いつもなら大きく響く歓声が、今日ばかりは遠く聞こえた。

8月も終わりに近づく中、脚を踏み入れたヨーク競馬場の空は雲一つない晴天。

いつもなら、勝つにはもってこいの日だな、と思えるのに、今日ばかりは思えなかった。

 

こんなに良い天気なのに。

こんなに気持ちの良い風が吹いているのに。

こんなに俺の心臓は波打っているのに。

 

ラインクラフトちゃんが死んだなんて嘘だ。

 

「返し馬、1番のゼッケンをつけたチェリーミックスにやや絡まれましたがサンジェニュイン、するりと躱してゲートに進みます。パッと見では落ち着いた様子です。するすると8番ゲートにキレイに収まりました。まもなくインターナショナルステークス、っと、2番ゲートからディラントーマス、3歳牡馬が抜けました、入り直しです」

 

ガチャガチャと騒がしい「外」の音を掻き消すように、芝木くんが俺の頭を撫でた。

 

ラインクラフトちゃんが死んだと聞かされて2日。

まともに飼い葉が食えなかった。

呆れるほど好きだったリンゴも喉を通らない。

あれほど鮮明に理解できていたテキたちの言葉の一切が、俺の中に届かなかった。

 

だって、4歳だ。

俺と同い年なんだよ、ラインクラフトちゃんは。

3歳の時から併せ馬をして、たまに一緒におやつ食べたり、それで。

あんなに元気だったのに。

 

また会おうって約束もした。

ドバイに発つ前に、次は、同じレースに出れたらいいって。

ラインクラフトちゃんはマイラーで、俺は距離が長い方が好きだからいつになるか解らないけど。

その直前の併せ馬で競り負けて、悔しくて、今度は負けないからって俺は。

そしたら君は、次も自分が勝つんでって、笑っていたじゃないか。

笑って、また走ろうって、約束をしたのに。

 

約束を、したのに。

 

……サンジェ。俺がついてるからな

 

不鮮明な声色が鞍上から響く。

あの日から、俺はヒトの言葉がわからなくなっていた。

今、芝木くんが俺に投げかけただろう言葉もわからない。

テキも、イサノちゃんも、目黒さんの言葉も。

ただ解るのは、目黒さんたちが精一杯、俺に寄り添おうとしていることだけ。

 

狭苦しいゲートに入って、少しの間だけ目を閉じた。

ガチャリ、ガチャリと音が聞こえる。

もう少しで、このゲートが開いてレースが始まるのだ。

ゆっくりと目を開けて、前だけを見る。

 

ぎゅ、と芝木くんが綱を握った、その瞬間に、赤い光が真横を過ぎていった。

 

「ゲートが開け放たれて2006年、インターナショナルステークス、スタートしました。ハナを征くのはサンジェニュイン、軽快な走り出しです。向正面から始まりましたが、まずは緩やかなコーナーカーブ、ここを外側たっぷり使って左回りに過ぎていきます」

「ヨーク競馬場は前走のアスコット競馬場とは異なり起伏の少ない穏やかなコースレイアウト。コーナーカーブも鋭くはありません、サンジェニュインには有利な作りに見えますね」

「5馬身離れて2番手はチェリーミックス、最内を軽やかに走ります。続く3番手にマラーヘル、半馬身差ブルーマンデー、外に持ち出してノットナウケイトが2馬身差をじわじわと縮めているが、スノカルミーボーイがぴたりと後ろにつけています。それを追走するのはレイヴロック、3馬身差のシンガリにディラントーマスという流れ。やや縦長の展開でしょうか、しかし後続はまだ巻き返せる差と言えるでしょう」

 

ゲートが開いた瞬間、いつもの倍のスピードで走り出した。

鞍上の芝木くんが手綱を引くけど、それを押し切り、俺はさらに加速した。

もっと速く走らなければならない理由が、目の前にあったから。

 

脚を1歩、前に出しては遠ざかる背中に向けて叫んだ。

 

『まって……待ってくれよ── ラインクラフトちゃんッ!』

 

俺の声に、彼女は一瞬だけ振り向いた。

 

どうしてここにいるんだよ、とか。

やっぱり死んでなかったじゃないか、とか。

頭の中はいろんな感情で埋め尽くされていた。

もうどれが一番最初に思い浮かべたことなのかすらわからなかった。

 

ただ、ただ追いかけていた。

その鹿毛の馬体を、友の背中を、ひたすらに追いかけていた。

 

「早くもサンジェニュインが2つ目のコーナーカーブに入ろうとしています。なんてスピードだ、後続に8馬身リードのまま、サンジェニュイン悠々と大きなコーナーカーブを曲がって征く!ここから先は一切の誤魔化し無し、シンプルイズベスト、900メートルの一直線だ!」

 

2つ目の大きなコーナーカーブのところで、俺はラインクラフトちゃんに並んだ。

 

『ラインクラフトちゃん』

 

呼びかけても彼女はこちらを見ない。

ただ、その走りだけが多弁だった。

 

── どうしてソラなんて使ってるんスか、サンジェニュインくん、走る以外で牝馬にモテる要素ないのに

 

『久しぶりにあったトモダチに言うことがそれえ!?失礼な、顔だって良いよ!』

 

頭の中に響く声は、少し懐かしいトモダチの声。

あまりにもいつも通りの声色に、俺は嬉しくなって弾んだ声で返した。

ラインクラフトちゃんは走りながらでも器用にため息を吐いた。

 

── サンジェニュインくん、今回のレース、勝つ気あるんスか?

 

『あるよ!……そりゃああるけどさ』

 

今日、まさにこの瞬間、レースに集中していたかと聞かれたら、俺は間違いなくしていなかっただろう。

言いよどむ俺に、ラインクラフトちゃんが呆れたようにまた息を吐いた。

 

── これだからダメなんスよ

 

『ねえ、1回貶さないとダメな感じ?泣くよ?みっともなく泣くよ?』

 

── いいよ

 

ギュ、と思わずハミを食んだ。

鞍上の芝木くんが異変に気づいて声を掛けてくれるけど、その言葉の意味はやっぱり解らない。

頭を振る俺に、真横のラインクラフトちゃんは小さく笑った。

 

── サンジェニュインくん、ヒトの声色聞き分けられるくらい頭良いのに、自分のことになるとちょっと頭弱くなるっスよね

 

『……んなことねーし』

 

弱くねえし、ちゃんとわかってる、自分自身のことなんだから。

そう続けようとして、続けられなかった。

ラインクラフトちゃんから響く声が、あまりにも優しく聞こえたから。

 

── ごめんね

 

なんでそんな声でそんなこと言うんだ。

ラインクラフトちゃんは何も悪くことしていないだろ。

 

── 約束守れなくて、ごめんね

 

……そんなこと言うなら、逝かないで。

 

「どうしたのでしょうかサンジェニュイン、しきりに横を気にしている様子。これが最後の直線だが大丈夫か、スピードに緩みはありません。2番手集団は今、コーナーを抜けて直線に入りました。一気に襲いかかるか、集団から飛び出たのはブルーマンデー、ブルーマンデーが後続を2馬身突き放して追うが大外からイッキ!ノットナウケイトがぐるっと回ってブルーマンデーに並びます、ここで2番手争いか、4番以下はやや縦長。マラーヘルがこれを率いていますがレイヴロックはもう苦しいか、一杯一杯のようです。チェリーミックス、ディラントーマスが横並び、シンガリはさらに8馬身離れてポツンとスノカルミーボーイ」

 

ハミを食いしばって走る俺の真横で、ラインクラフトちゃんが歌うように言う。

 

── サンジェニュインくん、寂しいっスか?

 

寂しいよ、寂しくないわけないだろ。

たった1年の付き合いだと言うなよ。

1年も一緒だった。

1年も一緒に走って、食べて、笑って、生きてきたんだ。

俺には、今の俺には、それがすべてで。

だから。

 

── 牡馬が簡単に泣いちゃダメっスよ

 

『泣いてねえよ』

 

ターフでは、人前では泣かないって決めてる。

俺の言葉にラインクラフトちゃんは笑って、わかったわかった、と言った。

拗ねた弟を宥める、姉のような声だった。

 

── そう言うことにしとくっス。……でも、あのね、サンジェニュインくん

 

遠くに見えるゴールに視線を向けて、ラインクラフトちゃんが囁いた。

 

── 自分が見えなくなっても、サンジェニュインくん、1頭ぼっちじゃないっスよ

 

そこにいるから、とラインクラフトちゃんが笑う。

 

── 赤い手綱(そこ)にいるから、寂しくないっスよ

 

優しさで満たした声が響く。

ああ、この1年で、この声を何度聞いただろうか。

 

例えば、俺が牡馬に絡まれていたのを助けてくれた時に。

例えば、俺が菊花賞を勝った時に。

例えば、俺が夜の厩舎で1頭ぼっちだと伝えた時に。

 

ありったけの暖かさを詰め込んだ声に包まれて、俺は、感情に絆創膏があると知った。

やわらかくて、甘くて、少しだけ、泣きたくなるような。

その全部が、ついこの間の事のように思い出せて、目の前が滲む。

 

あの頃、カネヒキリくんに会えなくて、ヴァーミリアンともシーザリオちゃんとも併せ馬ができなくなって。

年上の牝馬とばかり併せる中で、どれほどラインクラフトちゃんの存在に助けられたか。

 

君は知らないまま逝く。

優しいまま、逝く。

 

『ラインクラフトちゃん』

 

── なんスか

 

『痛くなかった?』

 

彼女の最期は知らない。

知ろうとしなかった。

死んだなんて信じたくなかったから。

でも今は、知りたいと思う。

 

彼女を、覚えていたいと思う。

 

── ……痛くなかったっスよ

 

『そっか……そっか』

 

眠るように逝けたのかな。

それはわからないけれど、痛くないならそれが答えだ。

彼女が最期に感じたものが痛みではなかったなら、それはきっと、最期の瞬間まで彼女の側にいたヒトのぬくもり。

 

── サンジェニュインくん

 

ラインクラフトちゃんが俺を呼ぶ。

……君の優しい声で名前を呼ばれるのが、とても好きだったと伝えたら驚くかな。

何より俺が照れ臭くなったから、これは言わないでおこう。

いつかまた会えた時にでも、そっと打ち明けようか。

虹の向こう側に楽しみを見出して、けど、その声こそが、さよならの合図。

 

『……もうちょっと一緒に走ってくれよ』

 

── 無理っスよ、自分マイラーっスもん、ここが限界っス

 

『距離適性の都合じゃ仕方ないか』

 

俺がそう言って笑い声をこぼすと、ラインクラフトちゃんも笑いながら続けた。

 

── サンジェニュインくん、これからもっと、置いてかれることが増えると思うんスけど

 

想像して、胸が痛む。

 

“ 虹の橋は、いつかみんな渡るもの ”

 

ラインクラフトちゃんもシーザリオちゃんも、カネヒキリくんだってそう俺に言った。

そういうものだから、と。

その通りだ。

死は平等にやってくる。

それでも、置いて逝かれたくない、置いて逝きたくない。

 

それに気づいたのか、ラインクラフトちゃんが「大丈夫」と続けた。

 

── みんな、遺していくから。大きな宝物を遺して、そこで寄り添っているから

 

俺の馬体に掛かる赤い手綱が視界に入った。

これが、ラインクラフトちゃんが俺に遺すもの。

 

── それに心配しないで、虹の向こう側もきっと良いところっスよ

 

『そうかなあ』

 

── そうっスよ、だって

 

ラインクラフトちゃんの言葉が遠くなる。

霞んでいく。

その最期の音に耳を澄ませて、俺は笑った。

 

── だって、誰も向こうから帰ってこないんだから!

 

そうだと良い。

満ち足りた世界だと良い。

とても住み心地が良いから、みんな帰ってこない。

虹の向こう側はきっと、良いところ。

 

 

 

俺のトモに、パシン、とひとつ、鞭が入った。

 

「── いけるか、サンジェ!」

 

おうよ!

 

「ノットナウケイトが飛び出して差を縮めに掛かるが残り200メートル!もうサンジェニュインの独走だ!広げた9馬身リード!もう無理か、ここから追うのはさすがに無理か!まだ差が広がるぞ残り100メートル!10馬身、11馬身、そして最後は12馬身!ッサンジェニュイン!サンジェニュイン圧勝のゴールイン!夏のヨーク競馬場に、菊と桜が咲き乱れる──ッ!」

 

騒々しくなる世界に身を預ける。

叩きつけるような大歓声を浴びて、俺は思う。

 

── では俺は、何を遺せるのだろうか?

 

テキよりも、目黒さんよりも、芝木くんよりも、イサノちゃんよりも。

先に逝くだろう俺は、彼等にどんな宝物を遺して逝けるだろう。

 

優勝トロフィー?

ゼッケン?

蹄鉄?

白毛初、という称号?

はたまた鬣の一部?

それとも、最高の馬を育てた達成感?

 

最後のは希望込みだけど。

 

ラインクラフトちゃんの赤い手綱が目に入って、そう言えばもうひとつ、と思い至る。

彼女が夢として語ったもの。

俺が、もっとも濃く遺せるもの。

あるひとつの絆の形。

 

── 仔、を遺す。

 

俺の血を継いだ仔を。

白くなくていい、鹿毛だろうが栗毛だろうが青毛だろうがなんでもいい。

俺の血を持って生きる仔。

この世のあらゆるものよりも強い、血という絆。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年9月20日 中山競馬場 2歳新馬戦 芝右回り2000メートル

 

「後方から大外一気にまくってあがってきたのはピンクの帽子11番!ぐんぐん上がってこれはどうなる残り200メートルで抜けた抜けた!見事な末脚!鞍上の福沢、巧みなコース取りでゴールへと導きました!」

 

後に桜花賞を制することになる、この2歳牝馬の名を、ライングッドデイ。

父は凱旋門賞馬・サンジェニュイン。

母は中央3勝、重賞未勝利ながらも、母系は社来グループ伝統の牝系でもあるファンシミン系に属するハニーハント。

サンデーサイレンスの2×3という濃いインブリードを持つこの牝馬が、近い将来ファンシミン系の名を広く知らしめることになるとは、この時、誰も想像していなかった。

 




次回、ウマ娘回!ススズとスペとデジタルとロイヤルターフ!

ハニーハントさんは実在の馬です。
よかったら調べてみてください。

まえがきにもあります通り、今回、素敵なイラストを描いていただけたのでご紹介させてください。
イラストを描いてくださった方:ぴょー様
最高のイラストをサンクスサンクス!!!!

とても可愛い(語彙力)
これがポンコツなんだからたまんねえよな!
https://img.syosetu.org/img/user/272009/85802.jpeg

なんとフードバージョンもあるとのこと!ヒュウ!
https://img.syosetu.org/img/user/272009/85803.jpeg

完全素人ニキの愛馬名アンケート

  • サニードリームデイ
  • サンシカカタン
  • タイヨウノムスコ
  • タイヨウハノボル
  • ブライトサニーデイ
  • ラブディアホワイト
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。