【完】これは圧倒的美貌で凱旋門賞馬になる俺の話 作:SunGenuin(佐藤)
記念すべき60話目がコレです。
2万文字超えたので分割しました。
アグネスデジタルさんのオリトレ目線とアグネスデジタルさん目線があります。
最後だけちょろっとサンジェニュイン目線。
「そ、そんな……そんなの嘘ですよね、トレーナーさん……ッ!」
俺の肩をつかんで揺さぶる担当ウマ娘── アグネスデジタルに、俺は力なく首を横に振った。
「残念な話だがなデジタル……お前が出る予定の同人イベントとロイヤルカップの開催日が同日になった」
「嘘だ──ッ!!!!」
形容しがたい声で泣き叫び、床を転がるアグネスデジタルの姿には、とてもじゃないが「勇者」の面影はない。
時々オットセイのような濁音を漏らしながら、信じたくない、と呟く彼女にため息を吐いた。
俺はどこにでもいる平凡なトレーナーだったが、この自称・どこにでもいる平凡なウマ娘こと、戦場を選ばないスーパーウマ娘・アグネスデジタルの担当になってからは、それはもう忙しない日々を過ごしていた。
俺を「同じ業を背負いし同志」や「
好きすぎるあまり、芝かダートか選べずに悩み続け、スカウトも受けずデビューも先延ばし。
挙句に「中途半端になるくらいなら走らないほうがいい」とまで言い出すので、それはもったいない、と思って追いかけ回し── もとい、なんとか説得して、オールラウンダーとしての道を歩き始めたばかりだ。
夏はジャパンダートダービーを制して、続く9月のユニコーンステークスを目指して練習に励む毎日。
だが8月は推し活、デジタル曰く「ウマ娘ちゃんオールジャンル同人イベント」と、それから「ワールドロイヤルカップ」と呼ばれる新設レースを観戦するために、休みを増やしていた。
このワールドロイヤルカップは2つの国で開催される。
最初に開催されるのは、アメリカのチャーチルダウンズレース場のダート2000メートルで行われるワールドロイヤルダート。
その翌日にイギリスで開催されるのは、アスコットレース場の芝2400メートルで行われるワールドロイヤルターフ。
このどちらのレースにも、日本のウマ娘が出走する。
「うぅ……あ、あの『ウマドル』様がアメリカに……!それだけじゃなくて、ッヒョ、おにゃ、同じレースに『雷神』様までえ……!?それって、新旧ダートクイーン対決、ってコト……!?かーッ!見るしかないじゃないですか!?」
「う、うん、そうだな」
「ロイヤルターフなんて3人で……へへへ……3人……スペちゃんが憧れの先輩と共に挑む大舞台ってその時点でだいぶ尊みマックスでもう胸いっぱいになるんですけどそれだけじゃなくてコレその憧れの先輩にとっては長い距離でまさに適性外にすら果敢に挑むという闘志がッハァもうしゅき……ッ!それにもう1人は──ウッ、胸が……!?」
「水を飲めデジタル」
渡した水をごくごくと飲むデジタルを横目に、俺は小さく頷いた。
楽しみにしているのは十二分に伝わった。
俺はデジタルのイキイキとしたところを見て、このウマ娘を担当したいなと思ったワケなので、こうして元気な姿が見れるのはいいことだ。
……たまに外で発狂する癖をどうにかしてほしいとは思うが。
「それで、だ。本題なんだが、同日開催のためデジタルにはどちらかを諦めて貰う必要があるんだ」
そもそも7月末時点では開催日は同日ではなかった。
だが推し活── ウマ娘ちゃんオールジャンル同人イベントが会場の都合により1週間の延期となった結果、ロイヤルカップの開催期間と同日になってしまったのだ。
どちらも楽しみにしていたデジタルには酷なことだが、彼女の身体が1つしかない以上、両方とも参加するわけにはいかない。
床に転がったまま頭を抱えるデジタルを見て、俺は開催日が変更された時から考えていたある事を伝えた。
「デジタル。ロイヤルカップを見に行け」
「うぐぅ……でもそうしたらウマ娘ちゃんの尊い同人誌が……!神絵師が懇切丁寧に描いた麗しのウマ娘ちゃんイラスト……会場限定のきゃわわなグッズ……あたしが徹夜したオールジャンルワイワイ本が~~……!」
「トレーニングの間も頑張って書いていたもんな、出せなかったら悔しいよな。だが大丈夫だ、俺に考えがある」
「はえ……?考え?」
もともとウマ娘ちゃんオールジャンル同人イベントには俺も同行する予定だった。
なので、デジタルが買う予定の本やグッズのリストも共有している。
イベントに参加するのもコレが初ではないし、何度か売り子という形でスペースというところに立ったこともある。
「イベントの方は俺が買い子と売り子をやるから、デジタルはロイヤルカップを見に行け」
「エッそれは!いくらトレーナーさんがウマ娘ちゃん好きトレーナーと言えど、同人イベント経験は毛が生えた程度……か、かなりディープなジャンルなんですよう!?」
「大丈夫だ。……たぶん」
「エッ心配なんですけど!?」
同人界隈とやらのマナーはネットを駆使してある程度は頭に入れた。
デジタルと何度かイベント会場に通ううちに空気もつかめた。
彼女ほどスムーズにはやれないかもしれないが、俺にできることもあるはずだ。
「いいか、デジタル。レースもイベントも一期一会なのは同じだが、今回のロイヤルカップは別格だ」
俺の言葉に、頭を抱えて床に転がっていたデジタルが姿勢を正した。
先にデジタルが言った通り、今回のロイヤルカップには、ダートにウマドル様ことスマートファルコン、そして雷神様ことカネヒキリが出走し、ターフにはスペシャルウィークと、彼女と同チームのサイレンススズカ、そして── サンジェニュインが出走する。
「スマートファルコンは国内では知らぬ者は存在しないレベルのダートのスーパーウマ娘、カネヒキリはドバイワールドカップ、BCクラシックを制し、海外ダートの頂点にも立った経験がある、こちらも伝説的なウマ娘だ。アメリカ三冠ウマ娘のセントクリアートらも出走するというから、まさに世界ダートウマ娘の頂上決戦と言っても過言ではない」
デジタルがうんうんと頷く。
全世界のキラキラしたパワフルなウマ娘ちゃんたちが青春の熱い汗をほとばしらせながら疾駆する最高のレースを見れると思うだけでご飯3杯いけます、と小声で続けるデジタルに、来年はお前も出るんだぞ、と思いつつ口を開いた。
「ロイヤルターフに出走するスペシャルウィークは日本ダービー、ジャパンカップの覇者。ジャパンロイヤルターフこそサンジェニュインに敗れてはいるが、人気薄の中であれほど好走できる例はなかなか無い。サイレンススズカは「最速の機能美」と称えられ、2月のアメリカロイヤルターフでは4番人気でありながら逃げ切り勝ちを収めている優秀なウマ娘だ。……サンジェニュインに関してはもう言うことがないな。凱旋門賞を2度制した、文字通り我が国の太陽だろう」
その光の強さのあまり、どれほどのウマ娘を焼き焦がした知れないほど、圧倒的な。
デジタルはひときわ強く頷いて、頬を赤く染め、早口で捲し立てた。
「その美しさたるや天上の天使さえウフフッとなってしまうほどの素晴らしさ……!美の女神も嫉妬を通り越してメロメロ~!立てば晴天、座れば陽だまり、走る姿は太陽王!圧倒的美貌で見る者すべてを虜にしてしまう魅惑のウマ娘ちゃ──いや様!ウマ娘様!恐れ多くて同人誌のネタにすらできなかった……エモを詰め込んだ存在なのに……!」
ネタにできなかったというか、デジタルの場合はネタにしようとして妄想だけで気絶してしまうからでは、と思ったが、話が逸れそうなので言わないことにする。
ごほん、とわざとらしく咳き込み、俺は話を続けた。
「サンジェニュインとサイレンススズカと言えば、逃げウマ娘。どちらが最速なのか度々話題にもなっていた。これまで公式レースで2人が対戦した記録がないのもあって、今レースを逃したらまた次いつ見られるか……だからデジタル、お前はロイヤルカップを見に行け」
未だ悩ましそうな顔をしつつも、デジタルは覚悟を決めたように強く、強く頷いた。
「……わかりました。同志たるトレーナーさんがイベントに出てくれるほど、安心できるものはありませんッ!当日はトレセン内のライブビューイング会場でペンライトを握っているので何かあれば──」
「ああそれだが、コレ」
そう言ってジャケットの内ポケットから2枚のチケットを取り出した。
それを見たデジタルの目が丸くなっていくのを見ながら、口を開く。
「その、なんだ、デジタルはここまで本当に頑張ってきたからな。ジャパンダートダービーのお祝いも兼ねてプレゼントだ」
小刻みに震える彼女を立ち上がらせ、チケットを握らせる。
少し照れ臭いが、デジタルが芝とダートの二刀流でここまで頑張って走ってきたのは本当のことだ。
俺は彼女とは違ってただの凡人だが、だからこそできることはなんだってしてやりたい。
トレーニングはもちろん、推し活のサポートをするのも、メンタル面を支えるトレーナーとして当然の役割だと思ってるから。
「オ゛……ア……ッ!?トレーナーさん、これは……!?」
「イギリス行きのチケットと── アスコットレース場のウマ娘専用ライブビューイング会場、のS席チケットだ。ロイヤルダートも同じチケットで見ることができるぞ。あと限定グッズとの引換券にもなっているから、それを忘れないように。あ、ついでに泊まるホテルの部屋も手配しておいた。昨年のキングジョージでサンジェニュインが泊まったと言われている部屋だな。現地で、生?推し活、あ、いや、聖地巡礼?を楽しんでくれ!……デジタル?」
チケットを見つめていたデジタルが大きく震えたかと思うと、そのまま床に崩れ落ちた。
「ミ゜」
興奮あまり気絶したようだ。
俺は鼻血を出して倒れたデジタルを抱え、保健室へと急いだ。
あたしはどこにでもいる平凡なオールラウンダーウマ娘、アグネスデジタル。
スーパーウルトラスゴスゴトレーナーさんと二人三脚で推し活をしている。
夏レースならではのほとばしる情熱に身を委ねるウマ娘ちゃんたちの尊さで浄化されながら、せっせと徳を積んでいたのももう遙か昔、もとい2日前。
あたしはトレーナーさんという最高の同志から、これまた最高のプレゼントを貰ってここ、イギリスに来ていた。
「はぁ~~ッ!さい、っこう!」
アスコットレース場にあるウマ娘専用ライブビューイング会場からの帰宅道。
あたしの頭の中は、ダートを力強く蹴り進む尊いウマ娘ちゃんたちの姿でいっぱい。
胸の前で手を組み、あの感動を頭の中で再生した。
「あのままファル子さんがちぎって行くかと思ったら、後方からカネヒキリさんの豪快な追い上げ!もうあれはまくりっていうか全員ねじ伏せられたって感じで、こう、これぞ雷鳴!っていう……語彙力溶ける~~!最後に交わされたファル子さんの決死の表情に、これまで積み重ねた努力とか、カネヒキリさんの背中を睨みつけてるところなんてファル子さんが抱く……つまり、あの……そういうことですよねぇ……!?」
ぐぅ……一緒のレースに出るのは恐れ多いけど、でも、でも!
同じレースに出れたらあの、あの最高の瞬間を間近で見ることが……!?
ファル子さんのパワフルでありながら同時に軽快さも感じるあの逃げ脚と、カネヒキリさんの静かに
アグネスデジタル、いっきまーす!!!!
「って、ダメダメ!あたしが尊いウマ娘ちゃんの間に挟まるなんて……!」
興奮のあまり禁断の妄想をするところでした……!
落ち着け、あたし、落ち着け。
ふぅ、と息を吐いて、レース後の、同人誌も真っ青な光景を思い出しながら歩く。
「ファル子さんがアメリカのファンにもキラッキラのウマドルスマイルでファンサしてたの女神……!一瞬のくやしさを押し隠して、魂のコールを飛ばしたファンたちに向けるあの、わかりますよねトレーナーさ、いやトレーナーさんいないんだった。あの慈愛と感謝を込めた「ありがとう」の言葉……泣いた……これからも推します!それからカネヒキリさんの、あれ幻覚じゃないよね?本当にやってたよね投げキッス!?エッしてたよね!?同人誌の読みすぎでもう現実がわからない……でもやってた、やってたはずチュッ!て、ヴァーミリアンさんが持ってたスマホに向けて……ん?」
スマホに向けてってことはファン向けじゃなくてもしかしてそのスマホの向こうにサン──!?
気づいたら病院で手当てを受けていました。
どうやら鼻血を出して気絶していたところを運ばれた模様。
運んでくれたらしい親切で優しいウマ娘ちゃんたちを女神と奉って信者として生きていきます。
滞在先のホテルまで送っていこうか、と極上の優しさを差し出されたけど、そこまで迷惑になるのは……!
いっぱい頭を下げ、彼女たちに見送られて再び帰宅道についた。
ホテルまで無事にたどり着くために、ロイヤルダートの記憶を封じ、淡々と道を行こうと決意するも、右を見ても左を見ても、誇らしげな顔で歩くイギリスウマ娘ちゃんだらけの楽園……ッ!
しなやかな四肢、均整の取れた肉体、まさに走るために鍛え上げてきた者のみが持つ闘志の輝きが、ウッ!目と心に沁みる……!
このままだと尊みで魂ごと浄化されそうなので、途中から駆け足でホテルを目指した。
たどり着いたホテルは豪華絢爛。
場違いでは?と思いつつ、トレーナーさんから渡されたチケットを受付で見せると、目の前のスタッフさんよりもさらに上の立場っぽいスタッフさんに案内され、キラキラのエレベーターに乗ってようやく部屋にたどり着いた。
すれ違うウマ娘ちゃんたちのキラキラ度が3倍くらい上がったような気がして、心のシャッターを押しまくる。
視線が合ったウマ娘ちゃんがニコッと笑いかけてくれてあたしは……!
もうこの時点で最高がすぎる……ありがとう……健やかに生きて通りすがりのウマ娘ちゃん……!
荷物をベッド脇に置いて、ぱふん、と寝転がる。
最高の1日だった。
楽しみにしていたイベントとロイヤルカップの開催日が被った時は、もうこの世の終わり、天使も地に落ちて蔓延るのは悪魔ばかり、と絶望したけど、神は、ッいやトレーナーさんは私を見放さなかった……!
イベントで売り子と買い子を熟してくれるだけじゃなくて、まさかイギリス行きのチケットとホテルの手配、それにライブビューイング会場の席まで取ってくれるなんて~~!
し、しかも、ただの席じゃなくてS席!
スペシャルな席で堪能したロイヤルダートのすばらしさは帰国後すぐにトレーナーさんと共有しなくては!
……そういえばS席って裏ではウン十万円するとかっていう噂だったのにどうやって手にいれたのか……トレーナーさんの事だから違法な手段は取ってないだろうけど。
ホテルだってコレ、あの、スウィートルームですよねぇ……!?
あのサンジェニュイン様がイギリス遠征中に1ヶ月も泊まったと噂の!
「つまり、あのソファも、あのテーブルも、ハッ!?こ、このベッドもサンジェニュイン様が、使った……!?」
おねむなサンジェニュイン様がここで寝転がり、すやすやと眠り、そのまろい頬がこの枕に──!?
想像しただけで意識が飛びそうになったのを耐える。
「トレーナーさん、よく自分のこと凡人だなんて言うけど、あたしの推し活に文句なく付き合ってくれるし、あたしの意思を尊重してトレーニングメニューやレースを決めてくれるし……そ、そんじょそこらのスパダリも真っ青なことしてる!」
前に、なんでこんなに良くしてくれるんですか、って聞いたら、あたしがイキイキしているところを見るのが面白いから、なんて言ってくれたけど、それだけでこんなに良くしてくれるトレーナーさんは早々いない。
何か恩返しがしたいけど、あたしがトレーナーさんにできる恩返しは、レースで精一杯走ることと、トレーナーさんの推しウマ娘ちゃんを一緒に応援することだけ!
……そう言えばトレーナーさんの推しってどのウマ娘ちゃんだろう、聞いたことなかったな。
次の推し活の時にでも聞いてみよう!
「失礼します、お夕食をお持ちしました」
「アッハイ……はえ……?夕食……?」
「はい。事前に夕食はお部屋でお召し上がりになるとお伺いしています。窓際のテーブルに並べるようご指示を頂いていますが、ご変更されますか?」
「ヒョ……イエ……そのままで……ハイ……」
金髪のスタッフさんから流暢な日本語が飛び出して動揺したけど、ここはサンジェニュイン様もお泊まりになるような高級ホテル。
しかも部屋はスウィートルーム。
そりゃあスタッフさんたちも多言語に対応できるようなハイスペックな人たちばかり、ということですね!
……トレーナーさん、こんなすごいホテルのスウィートルームを取ったトレーナーさんはやっぱり凡人じゃないですよ!?
帰国したら凡人の定義について話し合わなきゃ……!
「それではこれにて失礼いたします。何か御用があればこちらのボタンをご利用ください。いつでもお伺いします」
「アッハイ!ありがとうございます……!」
スタッフさんが退室したのを見て、あたしは窓際のテーブルに近寄った。
レストランだと英語を話さないといけないし、部屋で夕食を食べられるようにしてくれたのはトレーナーさんの配慮なんだろうな、と思っていた、まさにその時でした。
窓の向こう側に広がる楽園を目にしたのは……!
「あ、あ、あああれはスペちゃ……!?ッその隣に居るのはまさか、エッウソ!そんな……スペちゃんの憧れの先輩こと、さ、さい、ささサイレンススズカさん……!?」
あたしの目に飛び込んできた、栗色の髪を風に遊ばせる可憐なウマ娘ちゃんの姿。
そしてそのウマ娘ちゃんに乱れた髪を直して貰って、照れ臭そうに笑う純情ウマ娘ちゃ──ッ!!!!
……ハッ!
一瞬だけ意識が飛んでしまった……なんてもったいないことを!
さっきのは幻覚じゃないよね、現実だよね、と窓から身を乗り出すと、そこには確かに2人のウマ娘ちゃんが楽園を築いていた。
「現実だった~~!うそ~~!こんな突然の供給ある!?ありがとうございます女神様ウマ娘様トレーナー様!」
ホテルの裏側にウマ娘用のトレーニングコースがあるとは事前に聞いていたけど、まさかあたしの部屋からそれが一望できるなんて……!
部屋から飛び出し、絢爛豪華な階段を駆け下りる。
あの場所からでは聞こえない、ウマ娘ちゃんたちの尊い声が!
コースが見えたところで近くの草木に滑り込んで身を隠す。
あたしはウマ娘ちゃんたちの会話が聞きたいだけであって、間に入りたいわけではないので!
ピン、と耳をアンテナのように立てて、少し遠くにいる2人の会話に集中する。
お願いじょうの──あたしの耳!あんたがここで会話を聞き取れなかったら、あたしはどうなっちゃうの?
まだライフは残ってる!
ここを耐えれば、尊いウマ娘ちゃんたちのキャッキャウフフが聞こえるんだから!
次回、アグネスデジタル、死す!
な~んて──
「スペちゃんと同じレースに出走できるなんて、嬉しい」
「私も!スズカさんと同じレースに出れるなんて思っても見なかったです。それも、こんな大舞台で……!」
「……ふふ、私はいつか、走れると思っていたわ」
「スズカさん……!」
聞こえますか、トレーナーさん。
遺言です。
ウマ娘ちゃんは尊い。
「あれっ、先輩、あそこに誰か倒れてませんか?」
「ん?……ほんとだ」
翌日にワールドロイヤルターフを控え、オレ── サンジェニュインは、サポートとして一緒に渡英したラインクラフトちゃんやシーザリオちゃん、オルフェーヴルと共に最終調整を行っていた。
アメリカで行われるワールドロイヤルダートにカネヒキリくんが出走するため、そちらのサポートにはヴァーミリアンとディープインパクトが付いている。
最初はディープインパクトもイギリスに来る予定だったのだが、ヴァーミリアンに引き摺られて向こうについていった。
あちらは今日がレースの日で、オレたちは専用の部屋で生中継されていたレースを観戦。
共に出走したスマートファルコンちゃんのスタートダッシュが上手く、途中で11馬身差近くついた時はさすがのカネヒキリくんでも追いつけないんじゃないか、なんて思ったが、最後の2ハロンで猛烈な追い上げを見せて差し切り勝ち。
カネヒキリくんは見事、ロイヤルダートの王冠を手に入れた。
ヴァーミリアンが向けたスマホに投げキッスを贈るほど、勝てたことが嬉しかったらしい。
普段はあまりみない、カネヒキリくんのはしゃいだ顔にオレもニッコリだ。
オレも明日のレースで勝てたらやろ~!って言ったらラインクラフトちゃんに頬を抓られた。
どうしてえ!?
……思い出したらなんか頬が痛くなってきたな。
思いっきりやりすぎだよお、と頬をさすりながら、明日のレースに思いを馳せた。
ワールドロイヤルターフが開催されるイギリス・アスコットレース場の馬場はオレの得意な洋芝。
何度も走ったコースっていうのもあって、勝つ自信もやる気も人一倍あるが、レースに絶対など存在しない。
なにより明日のレースには、スペちゃんだけじゃなく── あのススズもいるのだから。
すべてのウマ娘が油断ならない相手ではあるが、模擬レースを除けば1度も対戦したことがないススズは、同じ逃げウマ娘ということもあって意識せざるを得ない。
もちろん意識すべき相手はススズだけじゃないから、誰が相手でも、どんな展開になっても勝ち筋を見失わないよう、最後の一瞬まで努力を重ね、一切の油断を棄てて挑む必要がある。
今回も追い切りメニューを順調に熟し、何故かオレよりも疲れ果てていたオルフェーヴルを引き摺って、夜風の気持ち良い外を熱覚まし代わりに歩いていた。
その道中に、オルフェーヴルが指さした行き倒れたウマ娘がいた。
「あのう、大丈夫ですかー?」
オルフェーヴルが地面に膝をつき、ウマ娘を軽く揺する。
だが反応がなく、困り顔のオルフェーヴルがオレの方を振り向いた。
「気絶してるっていうか、半分寝てる感じなんですけど、どうしましょうか」
「このままほっとくわけにもいかないからなあ。ここにいるってことは、すぐそこのホテルに滞在してんだろ。あそこ、オレも何回か使ったことあるし、支配人とは顔見知りだから連れてくか。……うん、オレが運ぶわ」
ちらりとオルフェーヴルを見て頷いた。
彼女ではこのウマ娘を運べないだろう、体格的に。
「いえいえっ!先輩に運ばせるわけには……!」
「でもオレの方がでかいからなあ。途中で落としちゃってもアレだし、オルフェーヴルは10月に菊花賞が控えているだろ?ここで怪我したらシャレにならないぞ、せっかく三冠まであと1つなんだから」
オレがそう言うと、いや先輩も明日レースじゃないですか、と小声で反論されたが、それを無視してウマ娘を抱き上げた。
その拍子に、ウマ娘の顔を隠していた髪の毛が横にズレて、その顔があらわになる。
ウマ娘って種族はどの子も美少女なのだが、現れた顔はアグネスデジタルによく似ていてびっくり。
うわあデジたんそっくり~~!このリボンとかもよく似てて──
「いや本人だな!?」
「うわびっくりした!!先輩どうしたんですか急に」
「あっごめん……」
アイエエ!?デジたん!?デジたんナンデエエ!?
ここにデジたんがいるなんて、もしかして明日のレースに出るのか!?
……いや、日本から出るのはオレとスペちゃんとススズだけって聞いてるから、別のレースだろうか。
それとも、スペちゃんたちの応援とか?
前々世でヒトだった頃のオレがプレイしていたアプリ版ウマ娘には、記憶が正しければ彼女はまだ未実装だった。
だからデジたんまわりの関係性はあまり知らないのだが、スペちゃんやススズと仲の良いウマ娘なのかもしれない。
そもそもオレが彼女のことで知っているのは、ものすごくウマ娘が好きで、アプリ版のホーム画面でウララちゃんにメロメロになっていたくらいだからな。
でもこんなところで倒れてるなんて……レースのために来てるなら彼女のトレーナーがいるはずだが。
何故か幸せそうな表情を浮かべているから、事件性はなさそうだけど。
……一応、あとで彼女のトレーナーにも伝えておくか。
そう1人で決断し、もう1度腕に力を入れて彼女を抱えなおした。
うん、軽い。
ウマ娘ってみんな軽くないか?
前にラインクラフトちゃんやカネヒキリくん抱えたときも軽かったなあ。
まあ単純にオレがでかくてパワーSSレベルって言うのもあるけど!
「ほらオルフェーヴル、行くぞ」
「あ、ハイ!」
まだブツブツと言っているオルフェーヴルを急かしてホテルを目指す。
レース中の荒ぶりが嘘のようにおとなしい彼女は、つい3か月ほど前に日本ダービーを制して二冠を達成したばかりだ。
このウマ娘ワールドでは妹分となっているサンサンドリーマーとサニーメロンソーダ、ハッピーミークが蹴散らされた時は複雑な気持ちにもなったけど、オルフェーヴルの努力も知っているから、純粋にうれしい。
次の菊花賞を獲れば、彼女はブライアン先輩以来の三冠ウマ娘になる。
オレもディープインパクトも成し遂げられなかった偉業を達成するチャンスがあるのだ。
……それが楽しみやら、懐かしいやら。
「うぅ……ん」
「お」
腕の中でデジたんが身動ぎをする。
ゆったりと開いた目はまだ眠そうに見えた。
キョロキョロと辺りを見回すその視線がオレを捉える前に、緩んだ表情を引き締める。
オレはお嬢様、お嬢様、冷酷無慈悲なお嬢様……ってこの設定、やっぱりヴァーミリアンの性癖はやばいな!
「ここ、は……あれ、あたし……」
「あら、目が覚めて?」
「……ふぁ?」
冷徹な表情をどうにか作って、そのピンクっぽい瞳を覗き込んだ。
まだ覚醒しきっていない瞳が、オレの姿を捉えてじわじわと見開かれていく。
あ、近すぎたか?とオレが顔を遠ざけようとすると、デジたんが小さく呟いた。
「夢かあ」
「いや現実だが……っぉほん、現実でしてよ」
オレがそう言うと、デジたんはオレの頬に手を伸ばしてうっとりとした表情を見せた。
ちょっ、オルフェーヴル!ステイ、待て待て!落としましょうとか言うな!
「いやあ夢ですよ……夢じゃないとおかしいです、あのサンジェニュイン様のお顔がこんなに近くに……ッ!……近くに?近く……」
「あ」
ふしゅう、とまるで風船から空気が抜けるような音がしたかと思えば、デジたんはまた気絶した。
次回もウマ娘回!ロイヤルターフ本戦!うまぴょいうまぴょい
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