【完】これは圧倒的美貌で凱旋門賞馬になる俺の話 作:SunGenuin(佐藤)
更新遅くなってすみません。
活動報告に書いた通り、盲腸で手術・入院してました。
今はただ唐揚げが食べたいです。
今回もイラストを描いて頂いたのであとがきにてご紹介させて頂いてます。
おかあちゃん、私はいま、“ すべてのウマ娘の故郷 ”── イギリス ニューマーケット・トレセン学園 に来ています。
「でっけぇ……!」
「うそ、メイントラックだけでこの大きさ……!?最先端の施設がこんなに……!?」
「お、見ろよシルバー、あの柱に登ったら良い眺めになりそうだな!」
「やめろやめろやめろォ!!ケツぶっ叩くぞ!!」
「おいおいお前ら、あんまり大声ではしゃぐなよ。……でもまあ、騒ぐのもわかるわ。さすが “ すべてのウマ娘の故郷 ” と呼ばれるだけあって、何もかもがウマ娘用に考え尽くされてる。なあ、スペ」
「はい!」
ワールドロイヤルカップの2日目、ワールドロイヤルターフに出走するため、私はチーム・スピカのみんなと渡英した。
出走当日までの調整をこんな素晴らしいところで行えるとは思っていなかったけど、シルバータイムさんのツテを頼りに、お世話になることができた。
「シルバータイム、ここを紹介してくれたのは本当に有り難いんだが、お前は大丈夫なのか?」
「……ここまで関わった以上、中途半端に終わらせるのは……それはそれで気分悪いので。それに、無断で決めたわけではありません。お姉様には事前に許可をいただきました」
そう、このニューマーケットのトレセン学園でお世話になるにあたって、シルバータイムさんが頼ったツテというのが、サンジェニュインさんご本人だった。
サンジェニュインさんには複数人の妹、正しくは妹分らしいのだけれど、それが世界各地に散らばっているのだそうで、ここニューマーケットにも、今年の英国二冠ウマ娘となった妹さんが所属しているとシルバータイムさんが教えてくれた。
「うちの一族で今、クラシック級なのはサニファ……お姉様を始めとして、米国三冠ウマ娘になったシャトーお姉様とか、あとシニア級を撥ね除けて宝塚を制したサニメロお姉様とか、国内外で6人。そのお姉様たちは基本お互いしか眼中にないですし、あたしも落ちこぼれみたいなもんなんで。サンジェニュインお姉様は妹分たち全員を気に掛けてくれるのでまあ、今回みたいに頼めば融通してくれるわけですが」
自虐的な発言を繰り返すシルバータイムさんだけど、彼女と走ったこの5ヶ月を振り返っても、彼女は決して【落ちこぼれ】などではない。
むしろメイクデビューを済ませたばかりのジュニア級でありながら、その走りはクラシック級と言っても遜色ないと思う。
走ったあとに入念に脚のマッサージをしているから、もしかしたら脚元が不安定なのかもしれないけれど。
彼女がやけに自虐的なのは、不安定な脚元との付き合いが上手くいっていないからなのかな、とぼんやりと考えていると、シルバータイムさんが先導する形でトレーナーさんたちが歩き始めたので、私もその後を追うことにした。
「ここ一棟まるまる使っていいって言われました」
「一棟まるまる!?」
「ハイ」
まず案内されたのはしばらく寝泊まりする寮。
ニューマーケットのトレセン学園は、海外レースのために長期遠征するウマ娘専用の寮、通称・国際寮というものが存在するそうで、私たちが使うのもその国際寮のひとつ。
ピカピカに磨き上げられた床はキラキラしていて、シルバータイムさん曰く大理石。
寮の床が大理石!?とウオッカちゃんやスカーレットちゃんがビックリしていた。
他にも天井には大きなシャンデリアがあったり、壁に絵画が飾られていたり、とても華やかな内装だった。
華やかなだけじゃなくて、部屋のひとつひとつが広く、ベッドは基本ダブルサイズ。
簡易的なキッチンも備え付けられていて、寮の団欒スペースには誰でも使えるドリンクサーバーがあったり、何故かコンシェルジュがいたり。
コンシェルジュなんて初めてだから、海外はどこでもそうなのかな、と思っていると、ゴールドシップさんがため息を吐きながら口を開いた。
「いやコンシェルジュはいらねえだろ」
「ここでは必要なの!ニューマーケットのウマ娘は厳しく管理されていて、休日以外は学園外に出れない決まりだから。コンシェルジュに欲しいものを言って買ってきて貰ったりすんのよ」
「マジか……例えばコーラとメントスキャンディ頼んでも買ってくれんのか?」
「うん何しようとしてんのか解ったわ、コンシェルジュには絶対にあんたの言うこと聞くなって言っとく。……脱線しちゃったけど、次はトレーニングルームね」
次に案内されたトレーニングルームは、国際寮からほど近いところにあった。
トレーニングをするためだけにこの建物は3階建てで、それぞれの階に専属のトレーナーが配属されているとシルバータイムさんは言った。
このトレーナーたちは、ウマ娘を担当する育成トレーナーとは異なり、筋トレのアドバイスとかをするためにいるらしい。
誰でも聞けば今の体重、体格に合わせた適切な筋トレメニューが貰える、と知ってウオッカちゃんの目がキラキラと輝いていた。
「ここはメイントラック。使用時間はかなり厳しく管理されているので、申請無しで使うことがないよう。向こうのコースは事前の申請なしでも順番さえ守れば使えるので」
トレーニングルームを紹介された後に向かったのはメイントラック。
他にも使用できるコースを見せて貰ったり、実際に走ってその芝感を確かめたりした。
スカーレットちゃんは日本と比べて芝が長いことが気になったみたい。
私も脚を踏み入れてから、想像していたよりも質感が違って少し驚いた。
前にエルちゃんが海外レースのために長期遠征をする、って聞いた時は「大レースに出るから」だと思っていたけど、こういった芝の違いに慣れるための期間が必要だったのかもしれない。
「まあ考えるよりは慣れろ、ですよね。明日からメイントラック使えるよう申請しておいたので、今日はひとまず休みませんか」
「だな。長旅だったし、今日のところは疲労回復に集中して、本格的な練習は明日からだ。スペもそうだが、他もしっかり休むように!じゃあ俺、ちょっとお偉いさんに挨拶してくるから。シルバータイム、ゴールドシップあとは頼んだぞ」
「おう、任せとけ!ゴルシ様が退屈しないよういろんなサプライズを企画しといたからな!」
「シップはこっちでなんとかします」
「頼む」
シルバータイムさんとトレーナーさんが固く握手する。
スカーレットちゃんが「シルバータイムさんが居て助かったわ」と口にするので、私は思わず苦笑いを浮かべた。
奇行が多い、なんて言われるゴールドシップさんだけど、シルバータイムさんがトレーニングの為にスピカに顔を見せるようになってからは、いつも嬉しそうだ。
マックイーンさんといるときも楽しそうだけど、それとはまた違う、年相応のはしゃぎ方をしているような……ゴールドシップさんが何歳かは知らないんだけどね。
じゃれ合う2人の後に続いて寮に戻る。
1人一部屋、与えられた個室はやっぱり広くて、私は少し緊張した。
壁の向こう側にはウオッカちゃんやスカーレットちゃんがいると解っていても、中央トレセン学園の2人部屋に慣れたからか、ちょっと寂しい。
渡英して早々にホームシックになるなんて、と頭を振って、持ち込んだバッグの中から写真立てを出した。
「お母ちゃん、私、頑張るからね!」
渡英直前、遠い実家から空港まで見送りに来てくれた母ちゃんは、私の手を握って「大丈夫」と言ってくれた。
その魔法の言葉がずっと胸に残って、温かい。
お母ちゃんの声を思い出していると、少しだけあった不安が薄れていくようだった。
あらかたの荷物を整理して、みんながいるだろう1階の団欒スペースに降りると、ウオッカちゃんとスカーレットちゃんが声を掛けてくれた。
2人ともすっかりくつろいでいるみたい。
私もドリンクバーから飲み物を取って戻ると、そのタイミングでウオッカちゃんが口を開いた。
「スペ先輩だけじゃなくてオレたちも使っていいなんてなー!テイオーたちもこっちに来れば良かったのに」
「そうね。寮はかなり広々としていたし、あそこ使うのはアタシたちだけなんでしょう?テイオーやマックイーンがいても問題なかったでしょうけど……仕方ないわよ、片や生徒会の、片や御実家のお誘いだもの」
スピカのみんなと渡英したとは言っても、今回はテイオーさんもマックイーンさんもいない。
2人ともワールドロイヤルカップの観戦のために渡英はしているんだけど、テイオーさんは会長さんに、マックイーンさんはメジロ家の方々にそれぞれ誘われているため、私たちとは別々に行動していた。
「テイオーたちはホテルだっけ?」
「ええ。アスコットレース場近くのホテルだそうよ。……そういえばスペ先輩、私たちもレース前日はアスコットレース場近くに移動するんですよね?」
「うん、確かそのはずだよ。ここからアスコットレース場までは2時間ちょっとみたいなんだけど、当日に渋滞に巻き込まれたら大変だから近くのホテルを押さえた、ってシルバータイムさんが言ってた」
「……シルバータイムさんが居て本当によかったですね」
スカーレットちゃんの言う通り、シルバータイムさんが居て本当に良かった。
トレーナーさんも私たちも、海外レースへの出走はこれが初めて。
もちろんトレーナーさんも尽くせる限りの手は尽くしてくれるだろうけど、シルバータイムさんが居なければ、現地での調整はそれ以上に苦労したと思う。
「でもよ、姉が出走するレースに参加する別のウマ娘を手助けする、って、シルバータイムさんとこの、太陽の一族?からすりゃ敵みたいなもんだろ?なんでこんなに良くしてくれんだろうな」
「── そりゃあ、シルバーが世話焼きで、1度関わると放っておけなくなるタイプだからだよ」
「ゴールドシップさん!」
ウオッカちゃんの真横に顔を出したゴールドシップさんは、何故かワインレッドのバスローブに身を包んでいた。
ここバスタブに薔薇が浮いてんぞ!と笑いながら、私の隣に座ったゴールドシップさんが水を一口飲む。
「アイツ、遠慮されると逆に居心地悪くなるタイプだから、申し訳ないとかヘンなこと思わずに「ありがとう」だけ言っとけ。一族のすべてを取り仕切る大お姉様に許可も貰っているって言うんだ、こっちがイロイロ考えたってしゃーないしな」
「でも、シルバータイムさん気まずくなんねえのかなって」
「ならないならない。単独でやりゃあ、まあ、2番目のお姉様には睨まれたかもしんねーけど、大お姉様がイイって言ったら大丈夫だろ」
ゴールドシップさんが言う「2番目のお姉様」は、今日話題に上がったサニファ── 英国二冠ウマ娘のサニーファンタスティックさんのことらしい。
彼女の名前を口に出した時、シルバータイムさんは少し顔をしかめていたから、もしかしたら仲はあんまりよくないのかもしれない。
……もし、今回、私を手伝ったことでさらに仲が拗れたら、と思うと申し訳ない気持ちになった。
「シルバーは何も考え無しにコッチに手を貸してるわけじゃないからな。ダービー制したスペとの並走は、シルバーにとっても得るものがあるんだよ。……だからスペも余計なことは考えず、自分が走ることだけを考えな」
そう言って私の頭を撫でたゴールドシップさんは、大人びた顔立ちもあってお姉ちゃんのようだった。
渡英した翌日からトレーニングを開始して、早1週間。
ワールドロイヤルカップの1日目がアメリカで開催される当日になって、私はスピカのみんなとアスコットレース場の近くまで移動した。
これまでの1週間は本当に大変だった。
特に洋芝に慣れるためのトレーニングは厳しいものだったけど、短期間とは言え練習できたことでだいぶ慣れてきたと思う。
走りやすさで言えばやっぱり日本の芝の方が良い。
でも重い馬場状態に耐えられるよう鍛えた脚の調子は安定していて、今回のレースへの小さな自信に繋がっていた。
「さすが世界の先鋭が揃うだけあって、誰も彼も知った顔のウマ娘ばかりだな」
うぅん、と唸り声を上げるトレーナーさんを横目に、私は1人、ホテルの外に出た。
頭の中には、ロイヤルターフ直前SPと称してテレビに映し出された、サンジェニュインさんの走り。
前年のアスコットレース場で開催されたキングジョージで、ハナを切って突き進む白い光は、ジャパンロイヤルターフで見た光に似ていた。
それを思い出すと、不思議と身体が熱くなって、前へ前へと走りたくなった。
その
8月なのに涼しい風が吹き抜けて、しばらくすると身体はいい感じに冷やされていた。
「あれ……スペちゃん?」
「え?」
呼ばれて振り返ると、そこには明るい栗色の髪を夜風に揺らしながら笑う、スズカさんが立っていた。
「スズカさん!?」
「久しぶりね、スペちゃん」
「はい!お久しぶりです!まさかスズカさんもこっちの方だったなんて」
「私は1ヶ月前からこっちにいるの。……スペちゃん、元気そうでよかったわ」
そう言って微笑むスズカさんに、少しだけ胸が痛くなる。
私は夏に入ってから、スズカさんに連絡することをやめていた。
それはレースに集中したいっていう気持ちもあったけど、それ以上に、私がスズカさんに甘えきっていると自覚したからだ。
ジャパンロイヤルターフでの敗北からしばらく、気遣うような連絡を多くくれたスズカさんの優しさに縋り、何度も何度も不安を口にした。
あの光に届かなかったこと、その眩しさが焼き付いて離れないこと、1歩進むごとに遠のいていくすべてが怖くなったこと。
スズカさんだって渡米で決して楽では無かったはずなのに、大きな時差があるなかで遅くまで話を聞き続けてくれた。
宥めてもなかなか不安を消せない私の、当てつけのような台詞を受け流して、手を離さずにいてくれたスズカさんの存在は、前を向くための多くの勇気を私にくれたのに。
敗北を飲み込めるようになったのと同時に、どれだけ負担を掛けていたのかを思い知った。
「すみません、スズカさん」
「どうして謝るの?」
「ッわたし、スズカさんに甘えて……」
「それは私も同じよ」
「……え?」
スズカさんはニコリと笑って、口を開けた。
「スペちゃん、前に私、サンジェニュインとは模擬レースでしか走ったことがない、って言ったわよね」
そう言ったスズカさんに頷くと、彼女は話を続けた。
「あの頃の私は、スペちゃんとも、チーム・スピカのみんなとも出会う前だった」
悩んでいたの。
何に悩んでいたかと言われると、難しいわね。
胸を締め付ける、もやもやとした不安感があって、わけも解らず悩んでいた。
この苦しみから抜け出したかったけど、苦しみの原因もわからないから解決のしようもなくてね。
ただ走っていたわ。
がむしゃらに、ひとりっきりで、孤独に。
そんな私を見かねたのか、トレーナーさん── 当時いたリギルのトレーナーさんがセッティングしてくれたのが、サンジェニュインとの模擬レースだった。
あの頃のサンジェニュインはメイクデビュー前でね。
それでもあの美しさと、速さの理想型と呼ばれたレースフォームから注目を浴びていた。
私はあんまりみんなの噂話には詳しくなかったから、実際に顔を合わせるまで彼女のことを知らなかったわ。
でも向こうは私を知っていたみたいで、今日が楽しみで眠れませんでした、って。
ふふ、トレーナーの小脇に抱えられての登場じゃなかったら、とてもよかったのだけれど。
……今と印象が違う?
そうでしょうね。
私からしたら、変わってしまった、という印象だけど。
メイクデビュー前の、遅くてもクラシック級に上がる前のサンジェニュインは、はつらつとしていて、よく笑う子だった。
口調も、どこか男っぽくて、そうね、スピカだとウオッカに近いかしら。
とにかく、底抜けに明るい、文字通り太陽のような子だったのよ。
だけど変わってしまった。
スペちゃんたちが知るような、みんなが噂するような「冷酷無慈悲な」姿へと。
思い出すのも痛ましい、と言いたげに、スズカさんは1度言葉を句切って、短く息を吸い込むと再び話し始めた。
「スピカのみんなと出会ってから、しばらく。……だから、サンジェニュインがシニア級になってからね」
先頭の景色とは何か。
私が本当に見たかったものは、その意味は。
スペちゃんに出会えたことで見えてきた、在りたい「私」の形を追うのに夢中になって、ふと、サンジェニュインの走りを思い出した頃には遅かったわ。
活動の場を日本から海外に移したサンジェニュインの、そのすさまじい戦歴は聞いていた。
彼女はどこへ行っても楽しそうに走っているのだろう、と思ってそのレースを見なかったことを後悔した。
だって、久々にテレビ越しで見た彼女の顔に、笑顔なんてひとつもなかったから。
もしかして、似ているだけで別のウマ娘なんじゃ無いかって何度も調べたけど、サンジェニュインで間違いないと知ったときの動揺は、今でも鮮明に思い出せる。
私の知っている彼女とは何もかもが違った。
「私が、ようやく夢の形に触れている間に、彼女は楽しみを喪ったように見えた」
勝つことを当然のように求められ、それに応えるサンジェニュイン。
レースに絶対などないのに、絶対を求められてきた彼女の強烈な輝きが、多くの人の目を眩ませているようだった。
こんな状況で、彼女が笑えないのはもう当然だと思ったの。
私だったら重くて耐えられないいろんなものを、それでも彼女は背負って走る。
自らが解き放った輝きの責任を負うように。
「ワールドロイヤルカップが開催されると知ったのは、それとほぼ同時期だったわ」
ワールドロイヤルカップの2日目、ロイヤルターフはイギリスで開催される。
イギリスはサンジェニュインの庭のようなものよ。
ロイヤルターフが王家協賛なのもあって、あちらの王族に気に入られているサンジェニュインが出走しないはずがない、と思ったの。
今の彼女は、レースにでもならなければ人前には出てこない。
チャンスがあるとしたらここだ、と思って、トレーナーさんにロイヤルターフの出走申請をお願いした。
「洋芝の2400メートルは、私にとって未知の世界」
ハッキリ言って、厳しい戦いになるとは思うわ。
私の脚が最も活かせる距離は2200メートルが最高だと自覚している。
それ以上の距離で今のパフォーマンスを保てるかと言われたら、自信を持って頷くことは難しい。
それでも挑むわ。
立ちはだかった距離の壁を乗り越える気持ちと同じくらい、このレースで私、彼女に聞きたいことがあるから。
「聞きたいこと、ですか?」
「ええ。聞きたいの。サンジェニュインに、速さは自由か── 孤独か」
私のひとりっきりの先頭に光を灯したあの子。
その光を広げてくれたスペちゃんやスピカのみんな。
今の私にとって、速さは自由で、先頭はみんなで見る景色。
だけど、笑顔ひとつ浮かべることのできないサンジェニュインにとっては?
その先頭は、その速さは、その力強さは。
サンジェニュインただひとりが抱きしめる、悲しいものなのか。
「……誰もが眩しいと言う、誰もが仕方ないと言う。彼女に負けるのは」
でもスペちゃんは言ったわね。
悔しかったって。
痛いって、追いつけなかったって、追いつきたかったって。
何度悪夢を見ても、何度苦しんでも、何度も藻掻いて、足掻いて、前へと進もうとするスペちゃんの姿に私、安心していた。
「スペちゃんが電話口で私に当てる感情のすべてに、甘えていたのよ」
私だけじゃ無かった。
サンジェニュインの光に焼かれながらも、前を目指して、彼女を諦めずに走るのは。
「取り戻したいなんて大げさなことは言わないわ。彼女と特別親しいわけじゃないから、そんなこと言う資格もないけど。……もう1度だけ見たい」
私が、スペちゃんが、彼女に追いついたとき。
彼女を追い越したとき。
その表情が変わる瞬間を、獰猛に、柔らかく、激しく、苦しく、嬉しそうに歪むところを。
「縺れ合いの末に見る先頭の景色だって悪くないと、教えたい」
「最後の直線500メートル!ここまで一気に駆け抜けて来ましたスペシャルウィーク、脚はまだ持つか!先頭争いは3人のウマ娘の叩き合い!まだ粘るぞスペシャルウィーク!内からグンッと前傾、サイレンススズカ脚色は衰えない!ハナを征くサンジェニュインの1馬身リードをじわじわと浸食して、2人のウマ娘が絶対女王を追い詰めている!逃げ切れるのかサンジェニュイン、追いすがるサイレンススズカとスペシャルウィークがここで並ぶか、ッ並んだ!並んだ!並んだ残り200メートルだ!」
目の前で光るサンジェニュインさんの白い背中と、スズカさんの明るい栗色の髪の毛が風に揺れる。
私は迫り上がってくる苦しみを堪えて、脚に目一杯の力を入れた。
頭の中には、スズカさんの言葉がぐるぐると巡る。
スズカさんはサンジェニュインさんの笑顔がみたいと言った。
本当はいつも浮かべていたのだという、笑顔を。
私の知るサンジェニュインさんは、いつも冷ややかな表情で辺りを見ていた。
何人にも心を踏み荒らされないように、警戒心の強い猫のように。
でもそれが、誰もたどり着けない先頭の寂しさからくるものだとしたら。
「ッ私にはやっぱり、わかりません……!」
あの日のスズカさんにも同じ事を言った。
私は、私だけの先頭を知らない。
いつも、揉み合いと、叩き合いと、昇る闘志の中で先頭を見てきたから。
そこには私だけじゃ無くて、エルちゃんやグラスちゃんみんながいるから。
どうあっても、ひとりっきりの先頭の孤独を理解することはできない。
でも、寂しさだけはわかる。
途方もない寂しさと、それを乗り越えたい気持ちだけはわかる!
サンジェニュインさんの眩しさを忘れた日はない。
今だって、もう夢には見なくなっても時々思い出す。
あの光に焼かれた。
あの光に痛みを与えられた。
苦しんだ、辛かった、たどり着けないもどかしさを100年分味わった。
あんな苦しいレース、もう走りたくない。
それと同じくらい、サンジェニュインさんとまた、走りたい。
あの背中を追い越した先にある、サンジェニュインさんの笑顔を、私も、見たくなったから!
「スペシャルウィーク先頭!先頭!内からサイレンススズカまた伸びて、サンジェニュイン意地の叩き合いだ!もはや意地だ、プライドだ、それだけだ──ッ!」
頭の中に流星がきらめく。
スズカさんを初めて見たときの感動を、サンジェニュインさんと走ったときの渇望を。
トレセン学園に来る前、私の手をぎゅっと握って、大丈夫だとおまじないを掛けてくれたおかあちゃんの声が包んで、私の背中を押す。
「ッ見ててね、おかあちゃん──!私、ぜん、っしん、ぜん、っれい……!」
残ったすべての力を、脚に託して大地を蹴り上げた。
「……やっと見えた!スピードの向こう側、静かで、どこまでもキレイな!私が見たかった
その横をスズカさんが並ぶ。
力強い疾走が、私の心を揺らす。
その私たちの間に風穴を空けるように、白い光が、キレイな線を描いた。
「あらゆるレースで、あらゆる場所で!頂点に立つのはこのオレ── サンジェニュインだ!」
見たことも、聞いたこともない力強い声が響いて、突風が吹き荒れる。
横並び一線に跳び越えたゴールの向こう側は、キラキラと輝いていた。
私は、涙があふれるのを止められなかった。
それはジャパンロイヤルターフでながした、苦しみや痛みなんかじゃなくて、もっと深くて、もっと温かくて、もっと柔らかい。
目の前で太陽が昇る。
指さした方角にキラキラと光る。
私は眩しさに目を細めて、それでも逸らさないでいよう。
振り向きざまに、薄紅色の唇が、大きく開いて咲き誇る。
その美しさを、忘れたくなかった。
次回、掲示板回!
本日22時にももう1話更新あります。
今回もイラスト頂きましたッヒュ~~!!
イラストを描いてくださった方:ときわいろ様
デコルテのとこのスケスケレースが良すぎる……!
これはカネヒキリくんがセレクトした私服に違いない!俺は詳しいんだ!
https://img.syosetu.org/img/user/96109/85990.jpeg
完全素人ニキの愛馬名アンケート
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サニードリームデイ
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サンシカカタン
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タイヨウノムスコ
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タイヨウハノボル
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ブライトサニーデイ
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