【完】これは圧倒的美貌で凱旋門賞馬になる俺の話   作:SunGenuin(佐藤)

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感想&ブクマ&評価&誤字脱字報告、サンクスサンクス~~!!!!

2話目の更新。
本日22時にもう1話更新あります。

2021/10/10 追記
下記再編成により、65~67話まで加筆修正を行いました。

よりによって凱旋門賞でプロットのガバが発生したので組み直しです。
70話完結予定だったのですが、このガバでどう足掻いても70話無理だったので再編成した結果74話でまとまりそうです。

体調と相談しながらですが、10月の完結を目指して更新スケジュールも立て直しました。
予定通りいかない回もあるかと思いますが、どうか最後まで温かくお見守りいただけたらと思います。
よろしくお願いします!


39.似ている

2ヶ月に及んだ海外遠征を終えて、約1ヶ月。

帰国後の検疫厩舎での5日間の隔離と、牧場での3週間の着地検査を終えた俺は、栗東に戻らずそのまま再度検疫厩舎に入った。

フランスで開かれる芝のGⅠレース・凱旋門賞に出走するためだ。

これが4度目の海外遠征だが、今回の検疫厩舎では帯同馬がつくことになった。

なんでも俺を移動させすぎたとかで、ストレスケアの為に行うことにしたらしい。

最初はデルタブルース先輩が帯同してくれるって話だったのだが、ヴァーミリアンが療養を終えて栗東に戻ってきたと言うことで、ヴァーミリアンに白羽の矢が立てられたようだ。

まあアイツはやかましいだけで悪い馬じゃないしな。

そんな身構えることもないだろ、ヘーキヘーキ。

 

── そう舐めて掛かったのがいけなかったのでしょうかねえ、神様よお!

 

『ハァン?オイ待てよ……俺様が見てない間に、お前、ッなに「かわいさレース」で優勝してんだ!?この顔面天国!ここが天上か?光り輝いて眩しいから顔隠せよ!……顔見せろ!!』

『エッナニ!?!?情緒不安定!?!?』

 

開幕キレ芸。

もはや安心感まである。

親の声より聞き慣れた叫びが、一周回って五臓六腑に沁みるわあ。

そう思って息を吐くと、ヴァーミリアンはゼェハァ言いながら「ウッかわいい」と呟いた。

今ならボロ落としただけでもかわいい言いそうだなコイツ。

 

馬房の扉越しに再会したヴァーミリアンは、最後に会った時よりは筋肉がついているように見えた。

心房細動で長期療養に入った時はどうなるかと思ったが、元気そうでなにより。

まあだからといって?俺の無口を噛んだまま勢いよく振り回すのはどうかと思うがな!

頭を回してヴァーミリアンから距離を取り、尻尾を壁に叩きつけた。

 

『カーッ!しなやかな腰回り!肉付きのいいケツ!すらりとした脚!たくましい胸筋!どこ目指してんだ、これ以上かわいくなってどうするつもりだ!?アア!?観光牧場でにんじんどころか一生分の飼い葉貢がれそうなキラキラになりやがって!!愛らしさグランプリホース!やーい神の子!!』

 

ある意味「神の子」ではあるかもしれん。

っていうかお前のその語彙力はどこで培ってんだ!ノータンファームはナニを育成してるんだ!?

 

『イロイロ言いたことはあるけど、まあ落ち着けよヴァーミリアン。お前、療養終えたばっかりなんだろ?あんまり興奮するとまた酷くなるんじゃ……』

『ぜぇ……っはぁ、っはぁ……ッうるせえ!!コレが興奮せずにいられるか!!!!ッこの歩く興奮材料が!!!!』

『なんだとテメェ!!!!』

 

その暴言は聞き逃せねえぞ!!

半ば本当のことだとしてもな!!

 

「どうどう、どうしたサンジェニュイン、何をそんなに興奮しているんだ」

『俺が興奮してんじゃなくてコイツが興奮してんだよ目黒さあん!!』

『このふにゃケツがぁ……はぁ……はぁ……っ』

 

ふにゃチ○みたいなニュアンスで言うな!

 

「ヴァーミリアン号は直接襲ってこないし、何度か併せ馬をしたからいけるかと思ったんだがな」

『そりゃあ他の馬よりはな!!コイツ興奮するだなんだ言ってもうまだっちは……うまだっちしてないよな?』

 

ちょっと躊躇ってしまったが、ヴァーミリアンの馬房に近づいてその股ぐらを覗き込む。

……なんか字面だけだと俺の方が変態みたいだなあ。

サッと見てサッと頭の位置を戻したが、ウン、確かにうまだっちはしていなかったのでセーフ。

これで元気にうまだったしていたらコイツとの縁もこれきりだっただろう。

俺はこれ以上トモダチを失いたくはない。

 

「……よし。これで準備できた。今日からまた5日間、隔離に入るが、隣にはヴァーミリアン号もいるから夜も寂しくなくて良いな」

『それはそうかもしれないが、皐月賞の時みたいに眠れなくなる可能性の方が高いと思うんだが……?』

「お前はなんだかんだで熟睡できるタイプだろ?」

『まああと2日も一緒に過ごせば慣れる自信は……あるけどな!それはそれとしてやっぱり会話成立してるよな?』

「じゃあ俺は行くからな、はしゃぎすぎないように」

『アッちょっと!?逃げるな目黒さん!?』

 

確実に俺と会話できてるよ……こわ……やっぱ前世馬か?

前世ヒトの馬がいるんだし前世馬のヒトもあり得る。

でもこれ以上深く考えたら別の扉が開けそうだから考えないようにしよ。

 

それより。

 

『ぜぇ……ぜぇ……ウェッ……はぁ……はぁ……』

『ちょ、大丈夫かヴァーミリアン、厩務員呼び戻すか?』

 

興奮通り越して入っちゃいけないとこまでイってる感がある。

 

『い、いい……あと少しでお前の顔にも耐性ができそうなところだ……ウッ、こっちに顔近づけるな警戒心赤ちゃんか!?でも遠ざけるな~~!!』

『どっちい!?!?』

 

このままだと堂々巡りな気がするから、馬房に引っ込んで横になる。

俺の顔を見なければこれ以上興奮することはないだろう、たぶん、おそらく、メイビー。

 

ふかふかにしてもらった寝藁は、新品なのかまだ香りが強い。

ここまで結構な長旅だったので、俺はヴァーミリアンの『大人になったのにまだカワイイ……なんで……』を聞きながらスヤスヤした。

 

 

 

 

 

 

『……ジェ……イン!サ……ニュ……ッ』

 

……ッんだよさっきから、こっちは寝てるってのにうるせえな!!

 

『寝かせろ!ちょっとでいいから!』

『寝過ぎだから起こしてんだよ!……ピクリとも動かねえから焦ったぜまったくよぉ』

 

ガバッと立ち上がって馬房の窓から顔を出すと、さっきまで明るかったはずの空が暗くなっていた。

 

エッ、俺マジで寝過ぎィ!?

1時間以上も寝た気はしないんだが……もしかして途中で気絶したか?

やば……道理でなんか右側だけ痛いと思ったわ。

寝違える一歩手前だったのかもしれない。

ここで起こして貰えなかったら寝違えた状態でレースに出走してた可能性がある……ありがとうヴァーミリアン、ありがとう!!

 

『マジ助かったわ~~ッ!ありがとう!俺の分のおやつ後で分けるぜ!』

『ヴァッ!?!?急にふにゃふにゃ笑うな!!!!こっちはそういうのに耐性ねえんだぞ!?!?』

『うわうるさっ』

 

夜でも元気だなコイツ。

ぎゃあぎゃあ騒がしいヴァーミリアンのよそに、俺は窓の下にある飼い葉桶を見る。

うん、たくさん飼い葉入ってるな。

長く寝ていたからか、おなかペコペコだったので、まだ騒がしいヴァーミリアンを他所に、飼い葉桶に顔を突っ込んで食べ始めた。

うわこれニンニク味噌はいってる~~!

俺これ嫌いだからいれないでって目黒さんに言ったのに!

でも用意されてしまったからには食べるしかない。

 

ごはんのこすのはわるいぶんめい……!

 

水道の水で耐え忍んでいたヒト時代の記憶が蘇り、なんだか涙が出そうになったのでニンニク味噌をひと舐めした。

なんかニンニク味噌好きな馬もいるらしいが、俺はこの匂いが苦手なんだよなあ。

でも息を殺して食べればまあ……それに目黒さんお手製だし……。

内心でぶつくさ言いながらもモゴモゴと食べ続けていると、反対側の馬房から懐かしい視線を感じた。

俺に穴でも空けるつもりかってくらい熱い、この視線の主を俺はイヤってほど知っている。

全身を突き刺すようなガン見と言えばカネヒキリくんを思い出すが、カネヒキリくんは療養中なのでここにはいない。

他の馬でこんな風に俺をガン見してくるやつといったら── まあ、お前だよな!

 

『アイエエ!?ディープインパクト!?ディープインパクトいつから!?』

『ああ、そいつならついさっき来たぞ』

 

ディープインパクトも凱旋門賞に出走するので、同じタイミングで検疫厩舎に入ること、輸送も一緒だって言うのは聞いていたが、馬房同士が隣り合うのは初めてだったのでびっくりした。

っていうか、真横を見たらいきなりガン見されてたら俺じゃなくてもビビるからな!?

コイツ、目が大きいからガン見される余計プレッシャー感じるんだよなあ。

びっくりして思わず口に入っていた飼い葉を吐き戻してしまった。

も、もったいないことをしてしまった……!

夜中にもったいないオバケが来るかも知れないが、ま、まあ両隣にコイツらいるしそもそもオバケ怖くないしオバケいないしヘーキヘーキ……!

 

ペッペッと口の周りについている草を落として、変わらず俺を見ているディープインパクトに向き直った。

最後に会ったのは去年の有馬記念以来か?

馬体は相変わらず俺よりも小柄なので、万が一の時は必死に抵抗するからな、この蹄で!

 

とはいえ、この馬は俺をガン見したり俺にピタッと張り付いてきたり俺のケツめがけて走ってくる以外は無害。

ハーツクライさんみたいに鬣噛んでくるわけじゃないしな……たまに無口を噛んでくるけど。

お互い4歳の大人になったしもうそんなこともないだろう。

思い返してみれば俺たちは若かったのだ……3歳、それは性に目覚めし思春期とほぼ同じようなもの。

ディープインパクトのアレも一時の気の迷いの可能性がある、なんだかんだ言ってコイツもうまだっちしたことはないし。

 

『よお、久しぶりだなディープインパクト。元気だった?春の長距離レースですげえ走りしたって聞いた。久々にお前と走れるの楽しみだ。敵同士ではあるけど、帯同馬でもあるし今回から仲良くしような……でも俺のケツタッチしたら本気で蹴るからな……!』

 

俺も海外遠征を通して精神的に大人になった。

相手が牡馬だからってもう必要以上に警戒しないぜ。

すべてのヒトオッスが痴漢くそ野郎ではないのと同じで、すべてのウマオッスが俺の顔とケツに魅了されるわけではない……はずだから。

鬣をハムハムされるくらいならハーツクライさんで慣れたし。

真横でガン見されたり、ガン見されたり、ガン見されるだけならいいんだよ。

そこまでは許容できるがケツタッチされたら蹴らずにはいられない止められない。

 

ケツタッチは本当にダメだから、アレは鬣ハムハムよりもストレートに身の危険を感じる!

 

『シャンティイの、あー、外の部屋も隣同士って噂だし……夜はお互い暇にならずに済みそうだな!……まあなんだ、よろしくな』

 

そう言って頭を突き出して近づくと、ディープインパクトも顔を近づかせた。

近くで見ると穏やかそうな馬である。

とてもじゃないが、終盤で俺に差し込んでくるあのヤベー追い込み馬とは同じやつだとは思えねえなあ。

 

……いやまあレース中に性格変わる馬とかたくさんいるしな!!なっ!?

 

ウンウン、と自分を納得させる。

ディープインパクトは相変わらず無口な馬で、俺の言葉にはなんの返事もしなかったが、聞いてないことはないだろう。

カネヒキリくんも割と無口でクールなナイスガイだし、これが栗東のトレンドなのかもしれないな。

 

でも噂によると俺以外の馬の前では饒舌らしいから……つまり俺相手は喋る価値もない、ってコト……!?そういうことなのか!?オオン!?

 

ッい、いや落ち着け俺、普通にあんまり仲良くないやつ相手だと緊張しているだけかもしれん。

オッス相手になると穿った見方になるクセどうにかしないとな!!

すべてのオッスがオッスオッスでオッスなワケじゃないんだから!!

俺のカバッ!!自意識過剰被害妄想オッス!!

 

深呼吸をして自分を落ち着かせる。

いったん離れようと頭を引こうとすると、ぐい、とディープインパクトに無口を食まれた。

 

アア!?急になんじゃい!!と叫びそうになって、ぐっと堪えて言葉を飲み込む。

そう、俺は大人になった。

すぐには大声出さない、俺は大人の馬、大人の馬、クールでナイスガイ。

 

『……お?なに?』

 

ディープインパクトは動かない。

特に何を言うでもなく、ただ食んでじっとしている。

でもなんか言いたそうだし、それを待ってやりたい気持ちもあるが、俺の首もそろそろ限界なのだ。

1回元に戻したい。

軽く頭を揺すると、ディープインパクトは食んでいた無口をそっと放した。

有馬記念でガッツリ引っ張られたときよりは素直じゃねえか。

俺はぐるぐると頭を軽く回して、痛みがないことを確認すると、再び窓から頭を出した。

 

『で?なに?』

 

もう1度尋ねると、ディープインパクトは何度か口を開いては閉じ、開いては閉じ。

とても大事な、大事な何かを俺に伝えようとしているのか?

ゴクン、と唾を飲み込み、ディープインパクトの言葉を待つ。

開閉する口をじっと眺めていると、小さな嘶き一つの後に、やわらかい声が聞こえた。

 

『かわいい』

 

……はは、ディープインパクト、お前ってヤツはあ──

 

『さんっざん溜めて言う台詞がソレか!?!?このあんぽんたん!!!!おたんこなす!!!!お前のとーちゃんおひたし!!!!』

『そうなるとサンジェニュインの父親もおひたし?ってやつじゃね?』

『うるさいばーか!!!!』

『かわいい』

『うるせ~~!!!!』

 

こいつとは仲良くなれない、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

検疫厩舎での5日間の隔離は瞬く間に過ぎ去った。

最終日、俺とディープインパクトが空港に向かうため馬運車乗り込みの準備をしていると、ヴァーミリアンもそわそわとしだした。

 

『やはり外か……いつ出発する?俺様も帯同する』

『いやお前、ここだけだよな?』

『ハ?』

『え?』

 

外に行くのが俺とディープインパクトだけで、自分はここに残されると知ったヴァーミリアンが暴れ出したりと一悶着はあったが、俺たちは無事に馬運車で空港まで運ばれ、輸送機にも乗り込んだ。

フランスでの滞在先はシャンティイなので、今回もピエールさんが乗り込んでいる。

前とは違って、俺1頭の広々空間ではないが、俺とディープインパクトが入ってもそこそこの広さはある。

俺はヒトがいても気にならないタイプだけど、ディープインパクトはそうではないらしく、ピエールさんやイサノちゃんたち厩務員はスタッフ専用の席へと引っ込んでしまった。

フランスに着くまでの数時間をディープインパクトと過ごしたが、コイツの視線だけで腹に穴ができそうだわ。

っていうかもっと話せよ。

結局コイツの口から聞けたのは『かわいい』の言葉だけで、目が合うたびに言ってくるから言い合いになった。

といっても俺が一方的に捲し立ててるだけなんだけどな!!

ヴァーミリアンが便乗してかわいい言ってくるのが一番腹立ったわ。

アイツら俺がアレ言われるたびに騒ぐのを面白がってるだけだろ絶対。

おかげで退屈せずにいられたけど、同じくらい疲れたわ。

フランスに着いてやっとレースに集中できるって言っても、隣ディープインパクトだしな。

まあヴァーミリアンの分の騒音がないだけマシだけど。

 

「お、よしよし、サンジェニュインもディープインパクト号も飼い葉食べてるな」

「本当にすみませんでした目黒さん」

「いやいや、テキたちの確認も取れたんですし、いいですよ」

 

お互い頭を下げ合うのは、俺の厩務員である目黒さんと、ディープインパクトの厩務員。

 

2人が話題にしているのは『飼い葉』── 俺たちのゴハンのことだ。

というのも、フランスに着いてからディープインパクトが飼い葉を食わなくなったのだ。

この時はビックリして、なんで食わないんだよ、レースで力出せねえぞとイロイロ行ってみたが響かず。

ただその視線お向く先を見ていると、どうも俺と同じメニューが良かったらしい。

早速目黒さんに伝えると、次の日から俺と同じメニューを、俺よりも少なめにした飼い葉を出すようにしたら、それまでと打って変わってモリモリ食べだした。

俺の飼い葉って他の馬と違って全部目黒さんがキッチリ配合したやつなんだよな。

既製品じゃなくて、いろんなところから取り寄せたのをブレンドしてるっぽい。

俺はかなり食べる馬なのだが、既製品オンリーだと量を増やすと栄養が偏ってしまうため、栄養素が高くバランスの良いモノを作って貰っている。味も良いぞ!

検疫厩舎にいた時、あまりにも俺の飼い葉をジッと見るのでちょろっと食わせたことがあるのだが、それを気に入ったのか、ディープインパクトはそれ以外は嫌がるようになってしまったのだ。

ディープインパクトの厩務員よ、なんかすまんな。

イギリスだかアイルランドだかのお高い飼い葉を取り寄せてたんだって?

値段のことは考えたくないが……これは俺が悪いわな。

 

『ソレ、美味いか?』

 

こくん、とディープインパクトが頷く。

コイツの口からは『かわいい』しか聞けなかったが、頷いたり首を横に振ったりの反応はしてくれるようになった。

意外とこれだけでもコミュニケーションは取れるものだ。

レースまであと数日はあるし、当日まではライバルらしいやりとりができるかもしれない。

 

……かわいい?こんなのはライバルに言わねえんだよ!!!!

もっとこう、お前と戦える日を楽しみにしてたぜ、とか、ここであったが100年目!とか、そういったやりとりがしたいんだよ俺は!!

この馬生でディープインパクトの口から聞けたのが『かわいい』と『サンジェニュイン』の2つだけなのは嫌すぎるぞ。

 

『……サンジェニュイン』

 

キャアアアシャベッタアアア!?!?

 

……ハッ、喋れるんかお前え!?!?

それにしてもタイミングとかそういう……ほっぺに草ついてっぞ!!

 

『ウエッ、びっくりして飼い葉吐いた……』

『ごめん』

『ああ、いや、おかまいなく……?』

 

変なしゃべり方しちゃった。

 

『ようやく動揺が収まって』

『今までずっと動揺してたのか!?』

『うん……君が隣にいると思って……いろいろ言いたいことはあったんだが、かわいいしか出なかった』

『逆によくソレが出たな』

『僕もそう思う』

 

ディープインパクトってぼくっこだったんだ……意外……だと思ったけど口には出さなかった。

俺は空気の読める馬だから。

例え「思ったより高めの声」「割とハキハキしゃべるじゃん……」などと思っても口にしないのだ!

 

『サンジェニュイン』

『……なに?』

 

ディープインパクトの声は淡々としている。

まるで、静かな夜の、川のせせらぎみたいに。

 

『僕と君は似ている』

 

淀みなく言い切った声は、どこかで聞いたことがあるような気がした。

ついさっき?いいや、もっと昔に。

でもどうしてか思い出せなくて、俺は首を傾げた。

 

『俺、白毛、お前、鹿毛。俺、逃げ馬、お前、追込馬……真逆じゃね?』

『いいや、似ている。もっともっと深い部分で……僕らは、いちばん、似ている』

 

力のこもった声には、否定を許さない強さがあった。

何がディープインパクトにそこまで思わせているのかは解らなかった。

俺にはまったくもって似ているという気はしかったからだ。

むしろ真逆と言ってもいいだろう。

ディープインパクトに言ったように、毛色も、脚質も、これまでも、これからも。

 

それでも真っ直ぐに、似ていると断じたディープインパクトの声と瞳は、何かを悟っているようだった。

 

『僕は、ヒトの期待に応えたいと思って走ってきた』

 

ピクリ、とその言葉に耳を立てた。

 

“ ヒトの期待に応えたい ”

 

確かに、俺もそう思って走ってきた。

俺のことを最高の馬だと抱きしめてくれるテキたちにとって、誇れる俺でありたかったから。

 

『お母様は、僕にヒトを信じろと言った。同胞は最期までいてくれないけど、ヒトはずっと寄り添ってくれるだろうからって』

 

ディープインパクトが言葉を続ける。

 

『今日会えた同胞に、明日は会えない』

 

つい最近感じたばかりの悲しみが底から引きずりだされる。

 

『僕たちに同じレースは2度ない』

 

瞼の裏に、耳の奥に。

 

『ヒトだけが、ヒトだけはいるから……僕は、彼等の言葉を理解できないけれど、その愛に応えたくて、応えたくて。ヒトだけが最期に、僕の隣にいるから』

 

嘘偽りのない真っ直ぐさが、俺の心臓の表面を撫でた。

 

『でも君もいた』

 

言葉のひとつひとつが揺れる。

 

『君もいたんだ』

 

それは静かに、でも叫びたそうに。

 

『いつも君が前を走る。僕はそれを追う。君の白さを道標に追う。追って、並んで、抜いて、抜き返されて。僕らは最後まで隣り合う』

 

1度途切れた言葉に、息が吹き込まれた。

 

『きっときっと、最後まで隣り合う』

 

それは祈りにも似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2006年10月1日 フランス ロンシャン競馬場 凱旋門賞 GⅠ 芝・2400メートル

 

「今年一番待ち望んでいた日が来たと言っても過言ではありません。秋の大レース、フランス凱旋門賞。芝2400メートルで争われます。日本からは2頭。ここまでヨーロッパのレースは4戦4勝、最速の名をほしいままにする美しき逃亡者・サンジェニュイン。今日の馬場は好みの稍重、調子良くパドックに登場、私の本命です。2頭目はディープインパクト。2006年は国内戦線に集中し3戦3勝、天皇賞・春のレコードも更新し、無敗のままここロンシャンのターフを踏みました。末脚自慢のパワー技巧者、鞍上竹と息の合った走りに期待大です」

「ここで日本調教馬、ワンツーフィニッシュが見れたらもう言うことはないですな」

 

人々の大歓声を背に、俺はターフを歩く。

あと数分もすれば、この身はゲートの中だ。

俺の手綱をしっかりと握る鞍上の芝木くんを背に感じながら、俺は少しの間だけ目を瞑った。

暗くなった視界の中であの夜の、ディープインパクトの言葉が脳裏を過る。

 

── 僕と君は似ている

── きっと最期まで隣り合う

 

この言葉の意味を、今も考える。

 

見た目も性格も脚質も違う、俺たちは生まれだって違う。

大牧場で生まれ、母に育てられたアイツと、小さな牧場に生まれ、母に棄てられた俺。

それでも俺はヒトに愛されて生きてきたし、アイツだってヒトに愛され期待されて生きてきた。

確かにその部分は似ていると言われたらそうだろう。

 

けど、俺はやっぱり似ているとは思えない。

 

今日、共に並んだとしても見る景色はきっと同じじゃない。

俺が抱く感情と、ディープインパクトが内包する感情だって同じじゃないだろう。

何が何でも勝ちたい、ヒトのために勝ちたい、そんな言葉は同じだったとしても。

 

『俺は、自分のためにも勝ちたい』

 

テキたちが俺を最高の馬だと言うのと同じだけ、俺は俺自身を誇りたい。

この勝利の行く先に、決して揺るがないプライドを持ちたい。

揺れる赤い手綱に、俺は走り切ってやったぞと笑いたい。

 

短く息を吸い込み、そして勢いよく吐き出す。

いつの間にか真横にぴたりとつけていた、鹿毛の馬を振り返った。

 

『俺は、お前に勝つ』

 

秋の風が吹く。

 

『絶対に勝つ』

 

俺たちを隔てる。

 

『このターフに射し込むのは、太陽の光(サンジェニュイン)だ』

 

(くゆ)る眼前の鹿毛に笑う。

 

ここより先、言葉はいらない。

燃え盛る闘志だけが、雄弁だった。

 

 

 

 

 

 

「1頭、また1頭、この日のために各国選りすぐりの精鋭たちが堂々たる足取りでゲート入りをしていきます。今年の凱旋門賞は9頭で争われます。1番ゲートにハリケーンラン、最初から敵はサンジェニュインただ1頭と力強く宣言しました。得意の好位追走で粘り切れるか注目です。続く2番に鹿毛の馬体、ディープインパクトするりと入りました。これが海外初レースですが、環境の変化を気にせずマイペースに走れるのがこの馬の良いところ。自慢の末脚で先行馬をごぼう抜きする可能性も十分にあるますよ」

「いいですね、ゲート入りがすごくスムーズです。落ち着いているのが見えます。鞍上竹騎手、かなり早い段階からディープインパクトの調教に参加していました。息の合ったコンビネーションに期待」

「3番にベストネーム、5番に入ったプライドの鞍上はグラン・リュベール騎手です。6番シロッコは今年のジョッキークラブステークス、コロネーションカップ、そして凱旋門賞の前哨戦にあたるフォワ賞で1着、こちらも無敗で駒を進めてきました。これを獲れば管理するファイブル調教師にとって2年連続の凱旋門賞制覇となります」

「去年の凱旋門賞は15頭立ての8番人気で4着、実に惜しい競馬でした。今年こそは、という闘志を感じますが、今レース、ファイブル厩舎所属馬はシロッコ以外にはハリケーンラン、レイルリンクと3頭いますからね、その中でもシロッコへの期待は高いでしょう」

「最終9番ゲートに入ったのはサンジェニュイン。欧州競馬は4戦4勝、すべてGⅠレースの勝ち鞍。ド派手な着差に注目されがちですが、何よりの注目ポイントは自在に加速するその脚。そして遠征を通して磨いた洋芝への適応性がどこまで光るか」

「1番人気は伊達じゃないですよ。重いロンシャンのターフですが、今日は稍重でさらに力が要る馬場、まさにこの馬にとって最高のコンディションとなりました。これをうまく利用して、日本調教馬初、そして世界初の白毛の凱旋門賞馬になってほしいものです」

 

ゲートは相変わらず窮屈だ。

それでも今までのレースよりも苦に感じないのは、きっと、心が燃えているから。

 

「……サンジェ」

 

芝木くんの声が響く。

頭に、身体に、すべてに。

 

「サンジェ」

 

励ますような。

 

「サンジェ」

 

祈りを込めるような。

 

いいや。

次に聞こえた言葉が、それらを塗り替える。

希望を蒔き代わりに焼べて広がる、その光の言葉に応えるように、俺は力強く大地を蹴った。

 

「── さあ、世界を照らしに征こう」

 

俺とお前とで、照らしに征こう。




次回、凱旋門賞本戦(本日10/03の22時更新)

2021/10/10 追記
下記再編成により、65~67話まで加筆修正を行いました。

よりによって凱旋門賞でプロットのガバが発生したので組み直しです。
70話完結予定だったのですが、このガバでどう足掻いても70話無理だったので再編成した結果74話でまとまりそうです。

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よろしくお願いします!

完全素人ニキの愛馬名アンケート

  • サニードリームデイ
  • サンシカカタン
  • タイヨウノムスコ
  • タイヨウハノボル
  • ブライトサニーデイ
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