【完】これは圧倒的美貌で凱旋門賞馬になる俺の話 作:SunGenuin(佐藤)
1万6千文字!!!!(ドッカンドッカン)
「ふんふふーん、今日はアップルアップルアップルパイデーイ!カネヒキリくんの手作り焼きたてアツアツアッポーパイッ!!食べたいッ!!」
「うるっさいぞサンジェニュイン!!!!」
「爆音ヴァッ!?!?」
鼻唄歌いながらポンポンと書類にハンコを押していると、エアグルーヴ先輩が額に青筋を浮かべて机を叩いた。
ごめんなさい!!!!
「今日のおやつがアップルパイだからつい……楽しみで……」
カネヒキリくんが1週間に1度しか作ってくれない、カスタード入りアップルパイがおやつとして出てくる今日。
なんとしてでもこの書類の山を捌ききり、カネヒキリくんのアップルパイを手に入れなくては……!
「……おやつにアップルパイ?なら貴様が食べているソレは?」
「おやつのまんじゅう!!」
「吐け!!!!」
「なんでえ!?!?」
ヒンヒン言いながらもまんじゅうを頬張る。
あ、美味い。
このまんじゅうはデジたんのトレーナーからの贈り物である。
イギリスのホテルで倒れていたデジたんを拾ったお礼だそう。
某老舗和菓子店の有名まんじゅうに舌鼓を打ちつつ、オレはポンポンと小気味よくハンコを押し続けた。
……あ、これ書類の不備あるわ、あぶね~!
「はあ……お前、太るぞ」
「いやあ……オレ、いくら食っても太らないんすよね」
「メジロマックイーンの前で同じことを言ったらとんでもない事になりそうだな。口には注意しろ」
「ふぁい」
むにゅむにゅと頬を掴まれたまま返事をする。
そんなオレたちを見ていたルドルフ会長が小さく笑った。
「そういえばエアグルーヴ。サンジェニュインに聞きたいことがあるんじゃなかったのか?」
「む?聞きたいこと?」
5個目のまんじゅうに手を伸ばしつつ、オレは目の前に立つエアグルーヴ先輩を見上げた。
エアグルーヴ先輩は、オレの視線に居心地悪そうにしつつも、オレの机に置いていたまんじゅうの箱を手にソファへと向かった。
そしてソファ前のテーブルにまんじゅうを置かれてしまったので、オレは書類ごとソファの方へと移動。
まんじゅうを食べない選択肢?
そんなものはねえ!!
「サンジェニュイン」
「ふぉ?」
「口の中のものを飲み込んでから話せ」
よく噛んでから飲み込み、6個目を手に取りつつエアグルーヴ先輩の顔を見た。
エアグルーヴ先輩は咳払いをしつつも、オレに向き合って真剣そうな表情で口を開いた。
「サンジェニュインお前、スズカと何かあったか?」
「ほ……?サイレンススズカ、先輩とですか?……なんもないっすけど」
ススズとは8月のワールドロイヤルターフ以来会っていない。
何もないのだが?と首を傾げると、エアグルーヴ先輩も同じように首を傾げた。
……普段きっちりしてる人が、ちょっと幼い感じの行動をするとキュン!ってくるよな!
「何もないか……そうか……」
「サイレンススズカ、先輩、何かあったんすか?」
オレがそう問いかけると、エアグルーヴ先輩は悩ましげな顔をした。
「アレ以降、様子がおかしいのだ」
エアグルーヴ先輩の言葉に同調するように、ルドルフ会長も口を開いた。
「確かに、少しボーッとしているようだったな。小テストでも、普段やらないようなミスをしていたようだし」
「普段やらないようなミス?」
「ああ。なんでも名前を書き忘れたそうだ」
確かにススズなら絶対やらなさそうなミスだな!!
「何か心当たりはないのか、サンジェニュイン」
ルドルフ会長の問いかけに、エアグルーヴ先輩もオレの目を覗き込んで返事を待っていた。
オレはまんじゅうを手に取った右手を眺めながら、何かあったっけ、と首を傾げた。
「うーん、
そう言うと、エアグルーヴ先輩が両腕をさすりながら首を横に振った。
「いつもと変わらず完璧な擬態だった。……完璧すぎて鳥肌が立つくらいだ。なんなのだアレは」
「アレはヴァーミリアンの性癖で── っていうかソレはいいんすよ。お嬢様プレイが問題なかったとすると……うぅん、どれだ?」
あんとき、あんとき、そうあんときは── 。
8月、ワールドロイヤルターフ当日。
レースが終了してライブも終えて、後は着替えて帰るだけだな、というタイミング。
1着ゴールとライブセンターの興奮が収まらないオレは、ラインクラフトちゃんとシーザリオちゃんが抱えて、ぐるぐると回っていた。
「ラインクラフトちゃん、シーザリオちゃん!そしてオルフェーヴル!3人が帯同してくれたおかげでスッキリバッチリ走れたぜ!ありがとなあ!!」
そう言ってその場でジャンプすると、ラインクラフトちゃんがギャーッと大きな声を出した。
「わかったわかった、わかったから降ろすっスよお!!!!」
「あらあらあらあら」
回しすぎたかも、と思って2人を地面に降ろすと、オレたちの直ぐ側で控えていたオルフェーヴルが目をキラキラと輝かせているのが見えた。
どうやら今の高い高いモドキが気に入ったらしい。
今度おんなじことしてやろ、と思ってオルフェーヴルの頭を撫でた。
オルフェーヴルには主に併走相手としてイロイロと手伝って貰った。
今回のレース、オレが勝てたのはオルフェーヴルとのトレーニングや、帯同してくれたラインクラフトちゃんたちのおかげだ。
そう思いながら、オレは今回の興奮マックスのレースを思い返していた。
「それにしても最後は危なかったぜ、あそこまで粘られるとはなあ」
「サンジェニュインちゃんが追い詰められるなんて久々に見たっス。去年の凱旋門賞以来じゃないっスか?ほら、ディープインパクトちゃんと走ったときの」
そう言われて2度目の凱旋門賞を思い出していた。
馬時代、オレが凱旋門賞に挑んだのは1度きり。
ただいつ引退するか自分の意思で決められる今世では、2連覇を目指して元気に走っていた。
去年はディープインパクトも海外への長期遠征を行ったから、結構ギリギリの戦いだったな。
アレももう1年前なのか。
時の流れって早いなあ。
「あの時は凄かったですよねえ。ラスト2ハロン、ほぼ頭突きしあいながらの激走だったじゃないですかあ」
「いや頭突きはしてないよ、さらっと話盛らないでシーザリオちゃん。……でもそうだな、確かにディープインパクトと走った時以来かも。それより前だとハーツクライさんとのキングジョージか?国内だと芝質もあってあんまり……逆にディープインパクトは和芝だとテンション爆上がりするからスピード増して接戦になるんだけど……それが洋芝になるとオレ、めちゃくちゃ脚速くなるからなあ」
ぶっちゃけ、ここ2年くらいは洋芝で負けたことはない。
海外レースでは何度か負けているが、それはアメリカ遠征だったりドバイ遠征だったりでだ。
1度目のドバイ遠征でハーツクライさんに、2度目のドバイ遠征でディープインパクトに負けたときは「エッ、オレ、もしかしてドバイに呪われてる……?」と思ったもんだぜ。
でも欧州でのレースになると一転して、先頭を譲ったことは1度もなかったのだ。
自分でもビビるほど洋芝適性が高いのである。
アプリ版だったらパラメータのところに「洋芝:S」は確実だな!
「あれって「脚が速くなる」ってレベルで済ませていいやつなんですか……?」
「サンジェニュインちゃんのオカシイところなんて、細かいとこまで考えると頭パンクするっスよ、オルフェーヴルちゃん」
どう言う意味だラインクラフトちゃん。
「サイレンススズカさんとは初対戦でしたね。以前からお噂は聞いていましたが、
それな~!
「ゴール直前まで競ってたっスよねえ。アメリカロイヤルターフも芝2400メートルっスけど、芝質の違いもあるし、重めの洋芝でサンジェニュインちゃんがあそこまで並ばれるとは」
「個人的には中盤まで脚を溜めた上で差し込んできたスペシャルウィークに度肝を抜かれましたね。ジャパンロイヤルターフではサンジェニュイン先輩がかなりの着差をつけたじゃないですか。和芝でアレなら、洋芝じゃさすがに……と思ったんですけど。あの噂は本当だったのかも……」
ん?噂?噂ってなんだ、とオレたちが首を傾げていると、オルフェーヴルも首を傾げた。
「あれ?先輩方、聞いたことないですか?」
「だいたいロクでもないやつばっかりじゃないっスか?聞くだけ無駄だなあって」
オレも同じく。
「ロクでもないものが多いのは確かにそうなんですけど……今回のも眉唾ものだったので信じてるやつはそんなにいなかったんですけどね」
頬を掻きながら、オルフェーヴルは噂について話し始めた。
「噂っていうか、中等部生の中でちょっと話題になってて……スペシャルウィークはチーム・スピカ所属でしょう?なんか最近、そのチームに謎の青ジャージが出入りしていて、学園内に設けられた洋芝コースを高頻度で使用してるとかなんとか。その青ジャージが白髪だから太陽一族のウマ娘じゃないかって」
太陽一族。
それはオレ、サンジェニュインと、その妹分たちをまとめた名称だ。
オレやサニファ、サニメロ、サンドリなど、太陽にちなんだ名前のウマ娘が多いからそう呼ばれているようだった。
「サンジェニュインちゃんとこのウマ娘って……一族以外とはあんまり関わらないって聞いたっスけど。実際にサニーファンタスティックちゃん、かなりのシスコンで他のウマ娘を威嚇したりするじゃないっスか」
「ですねえ。私たちも初対面のときに「お姉様はわ、た、く、し、の!お姉様でしてよ」って怒られましたものねえ」
「ああ……その説はむす、じゃなくて妹分が大変ご迷惑を……。サニファはちょっと同族意識が強いだけで、特に排他的ってわけじゃないんだけどな。アイツ、ふつーに栗毛の仲良しウマ娘いるし。オルフェーヴルが言ってる噂ってのも、まあ噂って言うか事実だしなあ」
ちなみにサニファは馬時代、母馬に何を吹き込まれたのか、オレのことを「完全無欠、孤高にして至高の凱旋門賞馬」だと思っていた時期があり、サニファが期間限定で社来SSに来た時は「こんなぽんこつが噂のお父様!?……詐欺だ!」って泣かれたっけな。
ごめんなポンコツで……!!
でも一緒に過ごしているうちにオレに慣れてきたのか、帰国する頃には「まだ帰らない!!お父様~~!!」って泣きながら馬運車に詰め込まれてた。
今世でも「そんな……憧れの美貌の凱旋門賞ウマ娘がこんなポンコツなんて……詐欺よ!!」って言われたけど、今じゃ「お姉様!おそろいにしましょう」って懐いてくれてるし。
オレがサニファの事を思い出していると、オルフェーヴルがプルプルと震えながら叫んだ。
「エッ、じゃあ青ジャージの白髪って本当にサンジェニュイン先輩の妹分なんですか!?……ってことは、妹分が敵チームに協力してるってことですか!?」
「敵チームってお前。……んー、そもそも洋芝コースの優先貸し出し、融通したのオレだよ。イギリスでの滞在先をサニファのいるニューマーケットのトレセンにしたのもオレ」
そう言うと、オルフェーヴルはまたしても「エッ」という顔で首を傾げた。
逆にラインクラフトちゃんやシーザリオちゃんは「ああなるほどね」と納得顔だ。
なんか理解が早くて助かる。
「サンジェニュイン先輩にはかなりお世話になってますけど……やっぱりわからない点が多すぎて……」
「そお?オルフェーヴルが考えている以上にオレ、めちゃくちゃ単純だよ、シンプルシンプル!」
「シンプルなやつはお嬢様プレイなんてしないんスけどね」
お黙りラインクラフトちゃん!
なんでオレが敵── この言い方は好きじゃないから、ライバルと呼ばせて貰うが、ライバルであるスペちゃんに手を貸すような真似をするか。
答えはマジでシンプルだ。
強くなって欲しいから。
「いやあ、スペシャルウィークは、まあオレが手助けするまでもなく、元々強いウマ娘なのはわかってるんだが、慣れない洋芝じゃ本来の実力を発揮できないかも知れないだろ?それに、頑張る
スペちゃんはアニメ版1期の主人公であり、日本ダービー、ジャパンカップを制し、強者揃いのグラスワンダー、エルコンドルパサーやキングヘイロー、セイウンスカイら同世代の中でも力強い光を放つ。
根気強く前を追い、ため込んだ力を一気に解き放すラストの末脚は、なるほど多くのファンがつくのも納得というものだ。
ジャパンロイヤルターフの開催が決まり、出走するメンバーの一覧にスペちゃんの名前を見たとき、いちばん厄介な相手になりそうなのはスペちゃんだと思っていた。
もちろん、欧州レースで何度か激突したウィジャボードさんも強いのだが、彼女は実は和芝が苦手なのだ。
フランスロイヤルターフも開催される中、なぜわざわざ日本を選んだかはわからないけど、芝質を考えるとウィジャボードさんの危険度はかなり低いと予想した。
ウィジャボードさんは左耳リボンウマ娘なので、オレの顔を見て掛かったりとかはしない。
ただ逃げウマ娘がいるとついスピードが上がるクセがある。
ジャパンロイヤルターフにはオレの他に、パンジャンマックスも出走しているため、逃げ馬娘がダブルでいる状態となって掛かり気味に前に出ていた。
……まあ逃げウマ娘の片割れであるパンジャンマックスは、何故かスタートに失敗して後方集団に呑まれてたけど。
アイツ、セン馬だったからなのか両耳リボンなんだよなあ。
もしかして元オッス馬だとオレの魅了が効いちゃうのか……?と思いつつ、そのレースでのスペちゃんの走りを思い出す。
終盤になってから爆発した末脚でぐんぐん差を詰められたけど、それまでにつけていた7馬身差を縮められることはなく、そのままオレが逃げ切ってゴールした。
予想していた通りの鋭い脚に、途中までの差がわずかだったら差し切られていた可能性もあってヒヤヒヤしたが、それ以上に感じたのは「思っていたのと違うな」だった。
オレが予想していたのは、もっと早い段階でスペちゃんが前に出てきて、ラスト2ハロンはガッチガチの競り合いになる、というもの。
ジャパンカップでのスペちゃんの走りから、そうなるだけのパワーがあると思っていたのだが、どうやらオレが思っていた以上にオレ自身の能力が上がっていたようだ。
考えてみれば、ここ3年はやべー猛者どもが揃っている海外を転戦しながら走り続けていたので、脚が鍛えられるのはそれはそうなんだよな。
オレはシニア級に上がってからそこそこ長いし……この際、オレよりも長く学園にいるルドルフ会長やシービー先輩の事は一度脇に置くとして、一方のスペちゃんは今年がシニア2年目のピッチピチである。
才能はスペちゃんの方が上だとは思うが、単純に「経験の差」が現れた結果、ということだ。
レースを重ね、様々な経験を積んでいけば、オレが何もしなくても、彼女は勝手に強くなっていくだろう。
今回のロイヤルターフに間に合わなくても、あと数ヶ月、年明けには数段仕上がった姿が見られると思う。
でも待てなかった。
そこまで待てなかったんだ。
オレは、もう終わるから。
ワールドロイヤルターフの次走は、URAファイナルズと決まっていた。
日野トレーナーの振り分け通り、オレはディープインパクトと共に長距離部門に出走する。
予選、準決勝、決勝の3レースを最後に、オレはターフを去ることを決めていた。
スペちゃんが同じ長距離部門に出走してこない限り、もう2度と走ることはないだろう。
だからどうしても早く、早く強くなって貰う必要があった。
「去年から思ってたんスけど、どうしてそのスペシャルウィークって
ラインクラフトちゃんの言う通り、昨年の凱旋門賞にオレとディープインパクトと共に出走したエルコンドルパサーや、トウカイテイオーと言った強いウマ娘は他にもいる。
それなのにスペちゃんに強くなってもらいたいほど、オレが彼女と走りたい理由はひとつ。
前前世のヒトだったオレがウマ娘にハマるきっかけが、スペちゃんだったからだ。
彼女の存在がなければアニメ版ウマ娘を見ることも、アプリ版ウマ娘で遊ぶこともなかっただろう。
ひたむきに、まっすぐに、めげずに、諦めずに前を向き続ける彼女の勇姿が、母親を喪って間もなく、たったひとり、ボロアパートで蹲っていたオレの光になったのだから。
今のままでも十分強いスペちゃんに、洋芝で走り抜けるための強さを身につけて貰うには、それ相応の設備と助っ人が必要だった。
だからオレは、彼女のために準備もした。
……スペちゃんはもしかしたら、あの
でもあれは、オレが「こうなったらいいのに」とばらまいた、あらゆる種のひとつが実った結果だ。
ジャパンロイヤルターフが終わってから、シルバーには「もしスピカのメンバー3人以上からどうしてもと頼まれたら協力してあげるといい」と、ゴールドシップが通り掛かったタイミングで伝えたり。
日本トレセンにいる一族とのティータイムを、スピカの練習時間に合わせて、その光景をシルバーやサニメロ、サンドリたちに見せてみたり。
海外にいるサニファたちは難しかったが、成長が楽しみなウマ娘としてスペちゃんの名前を出してみたり。
ばら撒けるだけの種をばら撒いたのだ。
シルバーとのやりとりをゴールドシップがしっかり聞いていたことで、ほぼシルバーのルートで決定したようなものだったが、シルバーが実際に頷くまでは結構ドキドキした。
ちょっとお人好しなところもあるシルバーのことだから、親友であるゴールドシップと、その後輩たちに土下座のひとつやふたつでもされたら頷かずにはいられないだろう、とは解っていたけど。
オレがそう言うと、ラインクラフトちゃんが「なんでこういう時だけ妙な賢さを発揮するんスか……?こわ……」と言われた。
心外な!!!!オレはいつだって賢いだろうが!!!!
「普段のサンジェニュインちゃんが賢いとか……小学生に謝って」
「そこまで言う!?!?」
「園児って言わなかっただけ感謝してほしいっス」
「辛辣じゃん……。で、でも、別にスペちゃ、スペシャルウィークに強くなって貰うためだけにシルバーをけしかけたワケじゃないからな!?これはシルバーのためでもあるんだよ!!」
オレの産駒であり、現在妹分であるシルバー、正確にはシルバータイムというウマ娘は、名前の元ネタを反映しているかのようなキレのあるツッコミとは裏腹に、非常に卑屈なところがある。
シルバーのひとつ上の世代に、サニファやシャトーといった激ヤバつよつよウマ娘がいて、彼女らは「オレの再来」として様々なマスメディアに取り上げられてきた。
同族として常に彼女らと比べられてきたというのもあるし、同世代の中でもかなり注目度が高いゴールドシップとも比べられているから、自分は他者より劣っているのだとすり込まれてしまっている。
シルバーの口癖は「どうせ○○と違ってあたしは」だ。
前世父として、今世姉貴分として情けない話なのだが、ウマ娘のシルバーと出会った頃には、彼女はすっかり卑屈になってしまっていた。
オレが、お前はお前だけだ、オンリーワンの存在なんだ、と言ったところで、そもそも比べられる原拠がオレである以上、シルバーには響かない。
オレが引退するまでのどっかで、シルバーが自分自身を誇れるような体験をさせたいと思っていた。
今回のスペちゃんの件にシルバーを巻き込むことで、小さくてもたくさんの成功体験を積ませてやりたかったのだ。
「レース後、ちらっとみたけどシルバーのやつ、スピカのやつらと笑ってたよ。一族の会合の時にはなかなか見られない表情だった。……寂しい気持ちもあるけど、妹分が徐々に成長していく姿が見られたのは、今日のレース内容と同じくらい満足だわ」
そう言って鼻を鳴らした。
オルフェーヴルは呆けたような顔をしていたけど、ラインクラフトちゃんはクソデカため息を吐くと、オレの頬をつまんだ。
「だーかーら、その思慮深さと賢さを普段でも発揮して!!」
「ヒィン……!!ちゅままにゃいでえ……!!」
むにーっと頬を引き延ばされて抵抗していると、どこからか、ドサッと重いものが落ちるような音がした。
音にいち早く反応したオルフェーヴルが、アッと声をあげて指さした方向を見ると、ヒトの手が見えた。
ラインクラフトちゃんとシーザリオちゃんから悲鳴があがり、オレは思わず2人を抱き込んで、その手から距離を取った。
「なんだアレ、ヒト!?倒れてる!?」
「ちょ、ちょちょちょっと!!サンジェニュインちゃんすぐ行こうとするのやめるっスよ!!前に似たようなトラップ仕掛けられて物陰に引きずり込まれたことあるっしょ!?」
それはまだメイクデビューする前の事件じゃん!?よく覚えてたな!!
「でもマジで具合悪くて倒れてるだけかもしれないし……この中で一番デカいのオレだし」
「そうなんスけど、そうなんスけどねえ……!?」
「先輩!自分が行きますよ!」
オレの両腕をがっちりと掴んだラインクラフトちゃんとシーザリオちゃんを振りほどけずにいると、オルフェーヴルが代わりに手の正体を確かに行った。
ちょ、何かあったらどうすんだ菊花賞前だぞ!!と叫んだら、ブーメランだから口を閉じろって言われた。
ひぃん。
「あ、えぇ……こんなことある……?」
「ど、どうしたオルフェーヴル!!ヒトは無事か!?」
「いや無事っていうかなんていうか……幸せそうな顔はしてるんですけど……」
ん?幸せそうな顔?
とりあえず無害ですよ、というオルフェーヴルの一言でラインクラフトちゃんたちから解放されたオレは、早速オルフェーヴルのいる方へと向かい、倒れているヒトを覗き込んだ。
そこにはピンク掛かった髪の毛に、ふにーっとした笑顔で倒れる── ウマ娘が。
「これ、昨日倒れてたウマ娘と同じヤツですよね?」
「……だな」
アイエエ!?!?デジたん!?!?デジたんナンデエ!?!?
まさか2日連続で倒れたデジたんを拾うことになろうとは。
オルフェーヴルが言う通りめちゃくちゃ幸せそうな顔で倒れているので、事件性はないようだけど……一体何でこんなところで倒れてたんだ?
ツンツン、と頬を突いてみても起きる気配はない。
昨日、デジたんのトレーナーと電話したとき、興奮のゲージが一定数に達するとこうなるらしいけど、しばらくすると勝手に回復するとかなんとか。
見に来たラインクラフトちゃんたちに「どうしたんスかこの
な、なに……?
「まさかこの世にカネヒキリちゃんの同類がいるとは思わなかったっス」
「ちょっと髪色も似てますし……ご親戚の方でしょうか?」
「いや違うよ。髪色も似てないよ!カネヒキリくんの栗毛は深みがあって日に当たるとハチミツみたいな色に──」
「もうわかったっス、ゴメンネ」
同じ栗毛でもみんなちょっとずつ違うように、カネヒキリくんの栗毛もまたオンリーワン栗毛なのだ!!!!
オレが力強く心の中で力説していると、オルフェーヴルが躊躇いがちに口を開いた。
「で、このウマ娘はどうするんですか?さすがに放置はないとして」
「医務室に連れて行くべきでしょうね。パッと見なにもないようにみえて、実は……なんてことがあったら大変ですもの」
「そうっスね、自分もシーザリオちゃんに賛成っス!」
「じゃあ自分が運びますよ!サンジェニュイン先輩はお疲れでしょうし!」
「お、いけるっスか~?」
トントンと3人のなかで話が進んでいくので、オレは待ったを掛けた。
「いやこの
「じゃあ自分が!」
「ラインクラフトちゃんも!右に同じ!」
「では──」
「シーザリオちゃんもな!!」
オレ以外の3人は150センチ台。
いちばん背が高いシーザリオちゃんでも157センチなのだ。
対してオレは175センチで、シーザリオちゃんとでさえ18センチ差なのである。
馬時代も体高171センチ、馬体重530キロ台だったもんなあ……とはいえ、カネヒキリくんの方が身長あるけどね。
今世ではこの儚げ美少女フェイスの影響か、遠目で見ると小柄に見えるらしいけど。
並んだらデカくてビックリ、っていうパターンはよくあるんだよなあ。
あとカネヒキリくんとヴァーミリアンがヒールとか厚底系の靴履いてるから、2人と並んでるとオレが小さく見えるってのも影響してるんだろうな。
って、オレの身長の話はいいんだよ、っとデジたんを抱き上げると、そのまま歩き出した。
「サンジェニュインちゃん!……もう、腕が痺れたらすぐに言うんスよ?おんぶでもなんでも、自分らもできるんスから」
「痺れたらね~」
まあ、オレのパワーはアプリ版のパラメータ風に表記すると「SS+」みたいなモンだから大丈夫だけどな!!
腕の中で幸せそうな表情のデジたんを見下ろしつつ、医務室まで向かっていると、廊下の曲がり角から大きな声が聞こえた。
思わず脚を止めると、ラインクラフトちゃんたちも「なんスかね?騒がしいっスけど」とお互い顔を見合わせて首を傾げた。
オレは耳をピンッと立てて声に集中すると、わあわあと広がる声の中に聞き慣れた声がした。
「それで?アグネスデジタルとはぐれたのはいつなんだ」
「えっと、レースが終わって10分くらいで……デジタルはお手洗いに行く、と。トレイまで見に行ったんですけど、デジタルは入っていないみたいで!」
「電話もしたんすけど、繋がらなくて……っ!オレたちどうしたら……」
「ふむ。……エアグルーヴ」
「はい、会長。会場運営者に報告して、アナウンスを掛けるよう話をつけてきます」
やべえ大事になってる。
オレはデジたんを見下ろし、内心で「とんでもないことになってるぞデジたん、あとちょっとで君の迷子アナウンスがこの会場に響いちまうぞ」と語りかけた。
むにゃむにゃと幸せそうな顔で口を動かすデジたんは、まだ起きそうにない。
ここらへんでデジたんを置いて、ルドルフ会長にメールを打つっていう手もあるが、冷たい床にウマ娘を横たわらせるのは気が引ける。
この廊下の曲がり角の向こう側に、生徒会の面々がいると察したラインクラフトちゃんが首を横に振るけど、オレも同じように首を横に振った。
覚悟をキメて行くしかないのだ。
オレはいかにも通りがかったら偶然会いましたわ、という顔を作る。
女優さんばりに表情を取り繕えるようになったのは、ヴァーミリアンの厳しい演技指導のたまものだろうか。
今だけは感謝したい。
「お探しのウマ娘はこの
ラインクラフトちゃんたちを引き連れるような形で登場すると、ルドルフ会長とエアグルーヴ先輩、そして2人の間に立っていたトウカイテイオーが驚いたように目を見開いた。
でもそれ以上に驚いていたのは、チーム・スピカ with シルバータイムご一行だ。
お、目ん玉をまるくしてるシルバー!
おいおいどうしたちょっと青ざめた顔をして……。
「で、デジタル……!」
「廊下で倒れていたのを拾ったのよ」
オレの腕の中にいるデジたんに気づいて声を挙げたウオッカに、オレは努めて冷静な声で言葉を発した。
ろ、廊下で!?と狼狽えているダスカを横目に、オレは目の前のルドルフ会長とエアグルーヴ先輩と視線を合わせた。
2人は「お前なんでアグネスデジタル抱えてるんだ」と言いたげな目をしていたが、オレはそれにかぶせるように目で訴えかけた。
お願いですルドルフ会長!!エアグルーヴ先輩!!
ワケは聞かずにこの
そしたらオレたちすぐ退散するので!!
それが通じたのか、エアグルーヴ先輩が動揺しながらも口を開いた。
「そ、そうか、廊下で。……レース後で疲れていたところ悪いな、サンジェニュイン」
「いいえ。これしきのこと……わたくしも生徒会の者として、当然のことをしたまでだわ」
「ン゛ン゛ッ……そ、そうだな、うん……」
動揺しすぎだぞエアグルーヴ先輩!!
「これから医務室に向かう予定なのだけれど……」
「アッ、お、オレが代わります……!」
そう言ってウオッカが腕を伸ばしてくるので、お言葉に甘えてデジたんを渡すと、「ウッ重!?」とちょっと苦しんでいた。
意識のないヒトって本当に重いから……。
支えようかと思って再度手を伸ばしたら、すかさずダスカがウオッカを支えていて、んふふ、この2人なんだかんだいって相性良いよな。
表情筋が緩みそうになったのをキュッと絞っていると、オレの限界を悟ったのか会長が話し始めた。
「アグネスデジタルのことは君たちに任せてもいいだろうか。念のために……エアグルーヴ、彼女たちに付き添って欲しいのだが」
「……はい、会長」
チラッと会長と視線が合い、オレは力強くアイコンタクトを返した。
ありがとうございます会長!!
トレセンに戻ったら生徒会の仕事バリバリやりますんで……!!
オレの後ろにいたラインクラフトちゃんたちもホッとしたのか、緊張していた空気がちょっとだけ戻った。
緊張していたのは、たぶんオレがうっかり素を出さないかだな……生徒会室に居るときも素だもんな、オレ。
でも大丈夫!
時と場合は選んでるよ!!
エアグルーヴ先輩が、医務室の場所をウオッカたちに教えているのを横目に、オレは着たままだった勝負服をひらりと揺らしながら、その場で一礼した。
トレセンの制服を着ていたなら、ここらへんでスカートの端でも掴んでお嬢様っぽい挨拶をしたが、オレの勝負服はピチピチなのでね……!
「用はこれだけだわ。それではみなさま……」
「ッあの!!待ってください!!」
ごきげんよう、と続けようとしたところで、ずっとウオッカたちの後ろにいたスペちゃんが、大きな声でオレを引き留めた。
視界の端では、ルドルフ会長の隣で棒立ちになりながらオレをガン見するトウカイテイオーの姿。
……地味に怖いな!!
「……なにかしら?」
内心の動揺を隠して、オレはなんでもないような顔をしてスペちゃんを見つめ返す。
スペちゃんはちょっとだけ顔を赤くしながらも、オレと視線を合わせたまま口を開いた。
「私、今回のレース……全力で挑みました。私は、私は勝つために走って、それでもあなたに届かなかった」
「スペちゃん……」
悔しそうな声色でそう言って拳を握るスペちゃんを、トウカイテイオーが心配するような声色で呼んだ。
それだけなら友情の一ページなのだが、トウカイテイオーがオレを見たままなのでちょっとしたホラーである。
「私の!!……私の、夢は……ッ日本一のウマ娘になることです!!なること、でした。……ッでも、今日からは──」
かすれるようなその叫びに、オレは思わず1歩、後退った。
自分でもなんでそんなことをしたのか解らなかったのだが、オレ以上にラインクラフトちゃんたちの動揺が酷く感じられて、なんとか両足を踏ん張る。
なんだろう、このビリビリした感じは?
後退ったオレに気づかなかったのか、スペちゃんは1度目を閉じると、睨み付けるようにオレを見た。
「今日から、私の夢は── 世界一のウマ娘になることです……ッ!!」
ドーン、と胸の中の鐘を鳴らされたような気持ちになった。
こんな強い気持ちになったのは、クラシックシーズンでディープインパクトとボコりあったとき以来。
一切の躊躇いのない、純粋な言葉がキラキラと光っているように見えて、オレは思わず目を細めた。
その眩しさは、アニメで見た、初めてのジャパンカップに負けて、宝塚記念に負けて、それでも諦めず走り続けたスペちゃんの真っ直ぐさと重なって、少し苦しい。
それと同じくらい、嬉しかった。
「そう……その瞬間を、楽しみにしているわ」
目を見開くスペちゃんと、その周りのウマ娘の表情を見て初めて、自分が笑っていると気づいた。
お嬢様プレイ中は押さえていたのに……堪えきれなかった喜びが溢れ出すように、ゆるやかに持ち上がった頬は戻らず、オレはそのまま再び一礼した。
「それでは皆様、ごきげんよう。……行くわよ、ラインクラフト、シーザリオ、オルフェーヴル」
今度は引き留める声もなく、来た道をぐんぐんと引き返した。
その間、後ろを着いてくるラインクラフトちゃんたちは無言。
でもその無言が、返ってオレに冷静になるための時間をくれた。
ドキドキ、と高鳴る胸に手を伸ばし、落ち着け、と念じる。
そう言ってすぐに落ち着くようなものではないけど、さっきよりは少しだけマシ担った気がする。
それにしても、「世界一のウマ娘」か。
これまでいろんなウマ娘に「次、世界一になるのは自分だ」と言葉を換えていろいろ宣言されたけど、そのどれも響かなかったはずの言葉が、今回ばかりはジーンと胸にきた。
これからスペちゃんが世界一のウマ娘になるために突き進む道にオレはいないけど、いつか画面越しでも、彼女が走り続ける様を見れたら楽しいと思う。
スペちゃんが世界を目指すきっかけになれたのは、嬉しい誤算だけど、前にルドルフ会長が言っていた「夢を与える側」に自分もなれたのかもしれない、と思うとまた胸がドキドキしてきた。
彼女だけじゃない。
その後ろにいたシルバーの表情も、今まで見たことがないほどキラキラしていた。
やっと指針を見つけたような、そんなキラキラ。
シルバーにとっての夢の道標は、スペちゃんだったのかもしれないと思うと、今回のスペちゃんとシルバーの出会いを神様に感謝すべきなのは、このオレだろう。
「サンジェニュインちゃん」
「ん?」
これを機にシルバーも自信を持って次のレースに挑んでくれれば、と思っていると、ラインクラフトちゃんに呼ばれて振り返った。
「オーラ消して!!」
「ほ?」
「オーラ!!レース中みたいなギラギラなの出てるから!!仕舞って!!」
そう叫びながら、ちょっと頬を赤くしたラインクラフトちゃんたちに首を傾げる。
オーラってなんだよ、と口を開き掛けたところで、もう1人、オレを呼び止める声が響いた。
「サンジェニュイン!!少し待って……」
風に揺れるオレンジ味の強い栗毛の持ち主はススズだった。
その姿を認識した瞬間、オレは耳を立てて周囲の音を確認する。
……うん、ススズ以外の足音ない、ヨシ!
「ちょお、サンジェニュインちゃん、表情……っ」
ラインクラフトちゃんが焦ったようにオレに声を掛けるけど、オレは大丈夫、と言って笑った。
そうこうしているうちに、気づいたらススズがオレの近くまで来ていた。
どこか焦った様子のラインクラフトちゃんたちと揃えるように、彼女もちょっとだけ焦った顔をしていた。
「サンジェニュイン……ッわたし、今日のレース──」
……そうだ、今日のレース!
さすがススズというか、スタートしたときからほぼ差無しでピタッと真横に張られたのはビビったわあ!!
メイクデビュー前の模擬レース以来だから、何年ぶりだろ?
あの時はオレ、カブト狩り── カブトムシ捕まえてる最中に芝里くんにとっ捕まってしまい、小脇に抱えられた状態でススズに対面したんだよなあ。
まだお嬢様プレイをする前だったから、ほぼ素のまま喋ってたっけ。
ってことで、ススズはオレの素を知ってるから、お嬢様プレイしなくってもいい!ヨシッ!
あの頃に比べて、オレもめちゃめちゃ成長したと思ってたけど、やっぱススズの瞬発力ってすげえな!!
オレみたいに、右耳リボンウマ娘に追われての逃げじゃなくて、スピードありすぎるから普通に走っても逃げになるって、その時点でだいぶ強いわ。
これまでの戦歴を見ると、マイル路線への偏りが見られたから、てっきり今回のレースみたいに2400メートルの中距離には出てこないかと思ってたけど、いやあ、本当にすごかった。
逃げにはかなり自信があるし、今回のレースの予想では、張り付かれても中盤までだと思い込んじまったわ。
結果としてガッツリ最後までマークされたし、油断も隙もねえや。
いやあそれにしても本当に久々だわ。
オレはメイクデビューしてから翌年のクラシックシーズンが終わると早々に海外飛んだし、ススズはあの頃はリギルだったから……メテオとリギルのミーティングルームって、対極の位置にあるからすれ違わないんだよな。
なんか日野トレーナーとリギルの先代トレーナーの仲があんまりよろしくなくて……育成方針の違い……?
それはともかく、本当に久々だ!
「楽しいレースだったっすよねえ、サイレンススズカ先輩!」
「……えっ?」
「模擬レースで2回走っただけだったけど、やっぱ本戦ともなると違うっていうか……あっアメリカでのレースみましたよ~!向こうの芝硬くないっすか!?オレ、踏み込み深いから脚がガツガツ地面にあたっちゃって──」
「さ、さ、サンジェニュインちゃん!!」
「ん?」
どうしたラインクラフトちゃん、そんなに慌てて。
オレが首を傾げると、ラインクラフトちゃんは「時間っスよ!」とオレの腕を引いた。
時間まだあるはずでは?と思いつつも、ラインクラフトちゃんの鬼気迫る表情に、オレは大人しく首を振った。
ヒト族の女と左耳リボンウマ娘には逆らうなって父ちゃんも言ってた……!
「……あ、じゃ、オレたち行くんで!」
「えっ、あの、サンジェニュイン……?」
「うん?……ああ、そうだった言い忘れてた!」
ラインクラフトちゃんに腕を引かれるまま歩き出したオレは、そうだコレ言わなきゃ、と思ってススズの近くまで戻る。
そのタイミングで、ススズがやってきた方の道からドタバタと足音が聞こえるから、誰かがススズを呼びに来たのかも知れない。
オレはススズにだけ聞こえるように、オレよりも低い位置にある彼女の耳に唇を寄せた。
「今日も最高の走りだった── やっぱり、あんたと先頭を争うのは楽しいな!」
何故か脳裏を過った栗毛のオバケを追い払いつつ、オレは言葉を続けた。
「また走ろう!」
興奮からついタメ口になってしまったが、オレは目を見開いた彼女に向かってニッと笑った。
「スズカさーん……?」
「す、スペちゃん」
「── それでは、ごきげんよう」
「あっ」
ススズが何かを言いかけたけど、後ろにいるラインクラフトちゃんの圧が強すぎてオレはサッと背中を向けた。
そこから結構早足で、オレ用に整えてもらった控え室に戻ったのだ。
エアグルーヴ先輩たちと遭遇してからの一連の流れを思い出していたが、うん、やっぱりヘンなことはしてないな!!
「思い出してみましたが、やっぱりヘンなことしてないですよ……?」
「む……ではスズカはなぜあんな状態に」
眉間に皺を寄せたエアグルーヴ先輩に首を傾げながら、オレはまんじゅうをむぐむぐと頬張った。
そもそもエアグルーヴ先輩の言う「あんな状態」とはなんだろう?
「サイレンススズカ先輩、いまどんな状態なんですか?」
「どんな……そうだな、言葉にするのは難しいのだが、物思いに耽ることが増えたのがひとつ」
「ふむふむ」
「空を眺めてはため息を吐いたり」
「ふむふむ」
「白いノートを長時間眺めたり」
「ふむふむ……?」
「目玉焼きを見て「サンジェニュイン」と呟いたりしている」
「ふむふむ……!?」
えっ、なにそれ……とオレが慄いていると、ルドルフ会長が苦笑しながらもオレに問いかけた。
「心当たりは?」
「まっっったくないです……」
ええ……本当に何だろ……お嬢様プレイが気持ちわるかったとか……?
そう言えばススズと直接会話したのは模擬レースの時と、今回のレースの時だけだから、ススズが知っているのは素のオレだけか!
急にお嬢様プレイしだして「なんだこいつ」って思ったのかも……!
「そうだとしたら申し訳ない……」
オレが半べそで10個目のまんじゅうを頬張ると、エアグルーヴ先輩が真顔で首を横に振った。
「おそらくだが、お前が想像しているやつではない。断じてないな。うん。お前に聞いたのがダメだった。すまなかった。ラインクラフトたちに聞き直すから現在地を教えてくれ」
「酷くない!?!?今カフェテリアですよたぶん!!!!」
オレは泣きながらハンコを押す作業に戻った。
ヒィン──……!!!!
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