【完】これは圧倒的美貌で凱旋門賞馬になる俺の話   作:SunGenuin(佐藤)

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感想&ブクマ&評価&誤字脱字報告、サンクスサンクス~~!!!!

明日土曜も投稿あります!!!!
23と24日の2日連続です。


42.主役不在

「『主役不在のジャパンカップ』って、ウチのお坊ちゃまじゃ主役になれへんっちゅーことかいな……!」

「まあまあ市谷(いちたに)さん、落ち着いて」

「これが落ち着いていられるか~~!」

 

ディープインパクトの担当厩務員・市谷(いちたに)(みのる)がそう言って髪を掻上げると、眼前の男・(たけ)(はじめ)は苦笑いを浮かべて頬を掻いた。

そして市谷が床に叩きおとした雑誌を拾って、そのページをめくる。

 

【凱旋門賞馬・サンジェニュインがジャパンカップを回避。主役不在の同レースで誰が勝ち名乗りを挙げるのか】

【ドバイSC勝ち馬・ハーツクライが喉ナリを公表。1週前追い切りでは好調を見せるも1年越しのJCへ暗雲立ちこめる】

【パリ大賞典覇者・レイルリンク、前年の凱旋門賞馬・ハリケーンランらファイブル厩舎管理馬がJC回避。外国馬はわずか2頭が参戦予定】

【天皇賞・秋から約1ヶ月、JC参戦のディープインパクトを阻む「レース疲れ」JC当日までに回復できるのか】

 

見出しを見ただけでも言いたい放題だな、と竹は呆れたように息を吐いた。

これがマスコミの仕事なのだ、とこれまで関わったすべての調教師に言い聞かせるように言われた竹だったが、あまりにも好き勝手に書き立てる様子には、あまり好感を持てないでいた。

竹はもちろん、競馬を多くの人に好意を持って伝えようとする優れた記事と、それを書きあげる競馬記者の存在も知っている。

ただどうしても負の面が大きく見えてしまうのが人間というものだ。

竹が悩ましげに眉間に皺を寄せていると、大きな影が背後から伸びた。

 

「── まあある意味、予想できていたことじゃないか」

「ッ沼さん!ぬるっと背後に立つのはやめてくださいよ」

「おお、すまんすまん」

 

開いたままの扉からするりと入った沼江は、事務所の椅子を引っ張り出すと、そこにドカンと座った。

机の上には様々な雑誌や新聞が散らかっており、沼江は小さく息を吐くと、市谷の名前を呼んだ。

 

「こんなものに惑わされるなよ市谷くん。……凱旋門賞を制したサンジェニュインの影響はデカい。純粋に素晴らしい結果だし、彼が主役として祭り上げられるのは、実績面、アイドル性共に解りきっていたことじゃないか」

「そら、そうなんですけど……!ディープかて秋天を制したやないですか!凱旋門賞こそ競り負けはしましたが──っ!」

 

愛馬・ディープインパクトの扱いがよほど不満だったのか、なおも熱冷めやらぬ様子の市谷に対して、沼江はとても静かに名前を呼んだ。

 

「市谷厩務員」

「は、はい!」

 

市谷は背筋を伸ばして立ち上がると、真剣な表情をした沼江を前に、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「私ももちろん、ディープインパクトの扱いに満足しているわけではない。凱旋門賞直前の雑誌記事など読めたものではなかったし、そのほかも……当然悔しい思いはあるが、雑誌ごとき(・・・・・)で評価されなかったからなんだ。それがディープインパクトの強さを揺るがせるのか?弱くなるのか?」

「い、いいえ!いいえまったく、ディープはどんなに酷評されたって強い!」

 

市谷の言葉に、沼江は表情を緩めて頷いた。

 

「そうだ。ディープインパクトは強い。外野がどんな風に口だししようが、育てているのは私たちだ。私たちがあの子を正当に評価していけば、自ずと他の者にも理解して貰える日がくる。耐えろとは言わないが、それだけは解ってくれ」

 

諭すような沼江の言葉を聞いて、市谷は小さく頷いた。

 

(沼さん、こういうカリスマ性があるから、多少強引にされても周りの厩務員に慕われてるんだよなあ)

 

そう竹が内心で呟いているとも知らずに、沼江はニッと笑うと竹の背を叩いた。

 

「お前も、勝ちに行けよ」

「もちろんです」

 

ジャパンカップまで残り1週間。

竹の瞳には、ゴールだけが見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うららかな秋日である。

 

『にいちゃん、どこいくんだ?』

『どこって、厩舎に帰るんだよ。お前も今のうちに道を覚えておくんだぞ、アン』

『わかった!』

 

フンス、と鼻を鳴らした目の前の葦毛馬は俺の半弟、アン── アセンドトゥザサンだ。

俺が元気にクラシックシーズンを駆け抜けていた、2005年の春に生まれた弟。

ちなみに父親はクロフネという葦毛らしく、現役時代はカネヒキリくんやディープインパクトの馬主が所有していたと、目黒さんが教えてくれた。

今年1歳になり、この秋、本原厩舎にやってきたのだ。

 

『にいちゃん、おなかすいたよう』

『厩舎に戻れば飼い葉を出してくれるぞ!あとたぶん、今日のおやつはリンゴだな!』

『リンゴ!?にいちゃんどうしてわかるんだ!?』

『んふふ、にいちゃんここにいて長いからな……感覚でわかるんだよ』

『かんかくで!?にいちゃんすげー!』

 

すごかろう、すごかろう。

もっと兄ちゃんのこと褒めていいぞ、とは思いつつ、俺は努めて冷静に振る舞った。

せっかくできた弟だ、できるだけ格好良い兄ちゃん像をキープしておきたい。

前世ヒトだった頃は一人っ子だったし、弟か妹欲しいなとは思ってたんだよなあ。

……ま、母親ともども過労死したことを考えると、弟妹がいたらダブルで苦労掛けそうだから、ヒト時代にいなくてよかったのかもしれない。

 

『もどったらさあ、えっちゃんとタオル引きやるんだ』

『お、いいじゃん。でも目黒さんが許してくれるかなあ』

『にいちゃんたのんでよー!』

『うーん、アンがもっと真面目に調教熟したら考えようかなあ』

 

ちなみ「えっちゃん」っていうのは、アンとほぼ同時期にうちに入厩した1歳馬・エカヒロノくんのことだ。なんとカネヒキリくんの全弟です!

カネヒキリくんと似た栗毛の馬体だが、エカヒロノくんは尾花栗毛と呼ばれる、鬣とか尻尾とかが金色の馬だ。

このエカヒロノくんの他にも3頭がこの秋から本原厩舎にきていた。

俺のクラシックシーズンや古馬になってからの活躍を見た馬主たちが、テキの能力を評価してくれたらしい。

海外遠征に行く直前までは俺1頭だけの厩舎だったけど、来年にはさらに15頭が増える予定で、合計20頭になる。

すかすかだった馬房が埋まっていくのを考えると、それはとても楽しいことのように思えた。

少なくとも、アンが俺みたいに寂しい夜を過ごすことはない、と思えるだけで、十分楽しい。

 

……危惧していた「牡馬に好かれる体質」を弟は持っていなかったようで安心したし。

まあこれは、あの神だと名乗るやつがつけた要らない特典だったわけだけど、万一にも血の繋がった弟にまで出ていたら、可哀想だと思っていたのだ。

俺は中身人間だったからこれまでなんとかなっただけで、純粋な馬が同性馬に追われて混乱するなと言う方が無理な話なのである。

 

「いよいよだな、どうなると思う」

「ディープインパクトかハーツクライか、ま、ここだよな」

「ウィジャボードは?」

「日本でガンガン走ってるっていうイメージがないんだよ、去年のジャパンカップだって見せ場なかったしな」

「やっぱ欧州とは馬場が違うし」

「そうなんだよ。ま、サンジェニュインが出てたらちょっと考えたかも」

「ああ、そうだよそれそれ、惜しいよな」

 

すれ違いになった他の厩舎の厩務員たちが話している内容を聞いて、俺はしょんぼりと耳を伏せた。

 

今日は11月26日。

そう、ジャパンカップ当日である。

今頃東京競馬場では出走馬たちが準備を始めている頃だろう。

俺は、アンにバレないように小さくため息を吐いた。

でも俺の手綱を握っている目黒さんにはお見通しだったようで、心配そうに俺の横顔を撫でてくれた。

 

『大丈夫だって目黒さん、ちょっとがっかりだなあって思っているだけ』

 

そうは言っても、1度伏せた耳をなかなか立てられず、俺はやや首を下げてのっそりと歩いていた。

そんな俺の様子を見かねたのか、目黒さんはしばらく何かを考えていたかと思ったら、アンの手綱をイサノちゃんに渡すと、俺の手綱を引いて厩舎とは別方向に進んだ。

 

『あれっ、にいちゃーん!?』

『ちょ、ちょっと寄り道するー!イサノちゃんの言うこと……手綱引きにはちゃんと従うんだぞー!』

 

焦ったように振り返ったアンにそう叫び返して、俺は目黒さんに引かれるまま歩いた。

ついた先は本原厩舎の事務所のような建物だ。

ここでテキは調教内容を練ったり、書類なんかを捌いたりしていると聞いた。

目黒さんは俺の手綱を事務所前の柵にくくりつけると、1人建物の中へと入っていった。

 

『ええ……俺、ここで放置?』

 

そりゃないぜ目黒さん。

一体なんだろう、落ち込んでるから慰めにお高いリンゴを出してくれるとか?

目黒さんが出てきたのを待ちながら、俺は何が貰えるんだろうとワクワクしていた。

ここまで連れてきたからには、ただの放置ではないだろう。

秋と言えばリンゴのシーズン。

個人的にはサンふじリンゴこそが史上なのだが、最近はやりのリンゴも食べたいと思ってたところだ。

 

俺が柵に顔をこすりつけている間に、目黒さんが厩舎の窓を開けだした。

扉の直ぐ横にある窓は、俺が顔を突っ込んでもまだ余裕があるくらいには大きい。

1度建物から出てきた目黒さんが、柵にくくりつけていた俺の綱を取ると、今度は窓の近くのポールに俺の綱を巻き付けた。

そして再び建物の中に戻ると、窓から俺に手招きをするので、それに従って首を突っ込んでみた。

 

おお、事務所の中ってこうなってたのか。

テキのハッキリした性格がレイアウトに反映されているのか、想像していたよりはキレイな室内だった。

ところどころに見えるキテ●さんのぬいぐるみは誰の趣味だろう。

イサノちゃんがポ●ポ●プリン派なのは聞いているので、イサノちゃん以外の厩務員か、テキの趣味ということになる。

本原厩舎の厩務員はイサノちゃん以外全員30代より上の男しか……深く考えないようにしよう。

 

「よいしょ、っと。……どうだ、サンジェニュイン。これでテレビが見れるか?」

 

ハロー、キ●ィ、おいしいポプコーンはいかがと脳内にBGMを流していると、目黒さんに声を掛けられた。

その方向を見ると、大型のテレビが1台。

この時代はブラウン管という印象だったが、パッと見では薄型テレビといった感じだ。

馬の俺が小さく感じないくらいには大きいので、かなりお高い金額だと思われる。

このテレビを買えるだけのお賃金をテキに出せるくらいには、俺も稼いでいるということなのだろうか。

目黒さんの言葉に頷きつつ、俺はちょっとだけ感動した。

それと同時に、金がないからテレビがないのに、受信料払えって追いかけ回された事も思い出した。

要らん記憶は消去消去。

 

「……ジャパンカップ、出たかったよな」

 

目黒さんの声は小さく、でも俺の良く聞こえる耳にはバッチリと届いた。

 

『まあなあ。俺、去年の有馬記念から日本で走ってないし……それに、ディープインパクトとまた日本で走るって約束しちゃったから』

 

それは凱旋門賞が終わった当日。

揃って馬運車に揺られながらの帰り道で、ディープインパクトがぼそりと言った。

 

“ また一緒に走りたい ”

 

その言葉に俺は、じゃあ帰国したら走ろうぜ、と答えたのだ。

テキからジャパンカップに出走する話は聞いていたし、ジャパンカップは国内でもかなり大きなレースだから、ディープインパクトが出ないってことはないだろう。

聞くところによるとジャパンカップは芝の2400メートルらしいから、俺もディープインパクトも適性距離内だ。

場所が東京競馬場だって言うので、今以上に雨乞いの儀式を強化する必要はあるなと思ったけど。

 

でも、それは叶わなかった。

俺が倒れたからだ。

 

凱旋門賞を終え、帰国した俺たちは検疫厩舎に入った。

いつからそこでスタンバっていたのか、置いていかれた事に激おこぷんぷんなヴァーミリアンと共に、また5日間の隔離期間を過ごしていた。

隔離と言ってもずっと馬房に閉じ込められていたわけではなく、合間合間に引き運動をして貰っていたのだが、その引き運動の最中に事は起きた。

検疫厩舎に滞在する最終日の午後。

ディープインパクトが先導する形で、2頭で小さな放牧地をぐるぐると回っていた時に、俺は激しい動悸とめまいに襲われて、その場に倒れたのだ。

俺自身には倒れたという認識はなく、ただ目の前が暗くて、全身が脈打つ感覚に支配されていた。

あまりにも前触れなく突然に起きたものだから、当事者の俺でさえまったく状況を把握できていなかった。

ただ何事かを叫ばれているような記憶がぼんやりとある程度だ。

まるで心臓がむき出しになってしまったかのような、身体の隅から隅までばくん、ばくんと打ち鳴らされている感覚。

体感にして数時間はその状態だった気がするのだが、すべてが収まって自力で立てるようになった時も、空は倒れる寸前に眺めていた色そのままだったので、たぶん数分しか経っていなかったと思う。

レースのように全速力で走っている時にこれになっていたら、と思うとぞっとする。

その後、自分の脚で馬運車に乗り、そのまま競走馬の病院まで運ばれた。

いろいろと検査を受けた結果、心房細動を発症したと診断された。

そう、ヴァーミリアンが発症したものと同じやつだ。

 

「倒れたのは10月初旬。11月の下旬に開催されるジャパンカップに間に合うんじゃないか、という声もあったが、それをテキが聞き入れなかった理由は、わかるか」

 

目黒さんの言葉に頷く。

もちろんわかっている。

俺の身体のためだ。

 

テキは、いくら走り安い洋芝だからといって、毎月のようにレースに出したことを少し後悔していた。

俺としては洋芝になれる良い機会だったし、あのレースのおかげで凱旋門賞でも躊躇うことなく自信をもって最後まで走れたと思っている。

だからテキは何も悪いと思う必要はないのだが、今回、俺が心房細動を発症した原因のひとつに、そうした過密スケジュールが影響したのではないかと、テキは自分を責めているのだ。

臆病者だと、名誉も期待も台無しにしたと言われてでもジャパンカップを回避したのは、ただただ、俺の身体を第一に考えてくれた結果。

それが骨の髄までわかっているから、俺は、なるべくテキや厩務員達の前では残念がっている素振りを見せたくなかった。

俺がきままに過ごしていれば、馬だからヒトのアレコレわからなくて当然だよな、という空気でうやむやにできるから。

 

でも、やっぱり。

 

『でたかったなあ』

 

今回のジャパンカップにはディープインパクトの他にハーツクライさんも出走する。

喉ナリ── 喘鳴症という病気だと公表したハーツクライさんは、このジャパンカップを最後に現役を引退する可能性がある、と目黒さんから聞いていた。

最後に走ったのはキングジョージ。

別れ際の、俺の脚を最後まで心配していたハーツクライさんの表情や声色を思い出すと、元気にしている姿を見せてやりたい気持ちでいっぱいだった。

大丈夫、あんな怪我たいしたことない、ほら、また戻ってきたじゃないですか、俺。

そう言って、失うことを恐れていたハーツクライさんに伝えたかった。

 

そしてディープインパクト。

ジャパンカップでまた一緒に走る約束を守れなかったのもそうだが、俺が倒れた時に、俺の名前を繰り返し何度も呼んでいたアイツの、去り際の泣きそうな顔。

馬運車に乗っていく俺の姿に何を想像したのか、酷く動揺した顔をしていたっけな。

アレ以来会っていない。

ディープインパクトは天皇賞・秋に出走するため、あの後すぐ、検疫厩舎から東京競馬場に移動したと聞いたから。

ハーツクライさんと同じく、俺は元気だ大丈夫だ、と言ってやりたかったのに。

 

でももう、レースでそれを伝えることは難しいかもしれない。

ハーツクライさんが引退する可能性があるように、俺もまた、年内での引退が決定していた。

今回の心房細動が引退の原因か、と思っていたが、年内引退自体は結構前から決まっていたようだ。

12月24日の有馬記念。

それが俺のラストランになる。

これを最後に俺は現役を引退し、新しい道へと進むことになっていた。

 

「……テキには前もって許可は貰っている。他の厩務員には仕事を振ったからこっちには来ないだろう」

 

目黒さんが淡々とそう言って、テレビのリモコンらしきものを持った。

 

「今日、東京競馬場には連れて行ってやれないが、せめて画面越しにだけでも、見ようか」

 

そう言って輝きだしたテレビの向こう側から、大歓声が聞こえた。

 

《本日の東京競馬場はまばらな雨。内は少し荒れ模様でしょうか。第26回ジャパンカップは御覧の11頭で争われます。圧倒的1番人気を背負うのはこの馬。6枠6番ディープインパクト。前走の天皇賞・秋から馬体重はプラス2キロ。GⅠ・6勝目を目指して挑みます。続く2番人気はハーツクライ。喉ナリの公表から約12日。1週前追い切りでは豪快な上りを見せてくれました。天皇賞馬に一矢報いるか、楽しみです》

 

馬の色覚故か、画面越しのディープインパクトやハーツクライさんは褪せて見えた。

だけどその堂々とした歩様は、まさに戦士に相応しい姿だった。

 

《 ディープインパクト、少し落ち着きがないか 》

《 うーん、頭を左右に振っていますね。時々尻っ跳ねしているのでなんでしょう、ややうるさい印象です 》

《 あ、ハーツクライに絡んでいますね……ああっ 》

《 ディープインパクト、立ち上がる素振りを見せましたがすぐ落ち着きました、間もなくゲートインです 》

 

……いや、ディープインパクト、落ち着きないな!

アイツ、あんなに騒がしい馬だったっけ?

俺以外の他馬に絡んでいる印象がない。

気づけば真横にいるしな……去年の有馬記念とか、俺がハーツクライさんに絡まれてた時もハーツクライさんじゃなくて俺に絡んできてたし。

心なしかハーツクライさんも苛ついている感じだな。

どちらも、一緒に競馬場に居るときには見られない姿だったので、新鮮、それ以上に驚きが勝っていた。

 

そういや前に目黒さんが、秋天── 天皇賞・秋でも、ディープインパクトはキョロキョロと忙しなかったと言っていた。

白っぽい色を見るたびにそっちに動いていたそうだから、もしかしたら俺を探していたのかも知れない。

それで集中力を欠いたのか、スタートダッシュに失敗して後方からの競馬になった、と聞いた時は何故か申し訳ない気持ちになった。

けどアイツ、シンガリから走り始めたはずなのに、最後の直線でブチ抜いて1着ゴールイン!になったらしいから、やっぱやべえやつだわ。

ちなみに当日の秋天には芝木くんも出走していた。

3歳馬のアドマイヤムーンっていう牡馬に騎乗していたんだが、この馬は元々、竹騎手が主戦を務めていたらしい。

竹騎手は分裂できないので、ディープインパクトを選んだことで空いたアドマイヤムーンの鞍上に、凱旋門賞で勝ったことで人気が上がった芝木くんが収まったというワケだ。

芝木くんは一応「本原厩舎所属」なのだが、今、この厩舎にいる現役馬は俺だけなので、俺が出ない以上、芝木くんはフリーも同然だからな。

そのアドマイヤムーンはディープインパクトと同じく追込を得意とする馬で、秋天でもキレのある上がり方を見せたらしいけど、ディープインパクトにズタボロにされてしまったという。

そんなやべえやつだけど、俺を心配して探していたのかもと思うと、なんだかむず痒い気持ちになった。

……JCが終わったらアイツもトレセンに帰ってくるだろうし、その際に無事だと伝えておくか。

べ、べつに心配掛けてごめんとか、そういうのは思ってないんだから……ッ!

 

脳内で1頭ツンデレしていると、いつの間にかゲート入りが始まっていた。

続々と出走馬たちがゲートに収まっていく様子は壮観だ。

俺たちってこんな風にテレビに出てたんだなあ。

心なしか全頭、格好良く見えるわ。

なんかフィルターかけてる?

 

《 今回のジャパンカップは例年よりも少ない11頭立てとなりました。混戦が予想されますがどうでしょう 》

《 そうですね。逃げ馬という逃げ馬がいないので、レースのペースを誰が掴むか、それによって動きが大きく変わりそうです 》

 

今年のジャパンカップは11頭。

去年の出走馬がフルゲート18頭だと考えると、かなり少ない方らしい。

欧州のレースが長かったらちょっと感覚が麻痺していたが、そういえばこっちだとフルゲートの方が多いんだっけ。

 

「……1981年に第1回が行われて今回で26回目。出走馬の数で言えば最も少ないだろう。それは凱旋門賞馬であるサンジェニュイン、お前が出走予定だったことはもちろん、2着馬であり秋の盾を得たディープインパクト、ドバイシーマクラシック優勝馬のハーツクライ、凱旋門賞3着のレイルリンクらが登録してきていたからな。国際競争に相応しい、強豪だらけになる予定だったんだ、勝ち目の薄いレースに好んで出走させようとは思わないだろう」

『ふぅん、そう言うものなか。っていうか目黒さん俺の心、読めてね?』

「レイルリンクを初めとしたファイブル厩舎の管理馬は、初めから『打倒サンジェニュイン』で登録していたから、こちらが出ないのであればと回避した可能性があるが。最もそれだけが原因ではないだろうけど、判断材料のひとつにはなったんじゃないか。少なくとも外国馬にとっては、お前の出走可否は大きな理由だろう」

『あれ、無視?無視なのか?……まあいいや。でもそうか、俺が出走する、または回避するかどうか、で出ない馬なんていうのもいるのか』

 

でもまあ、俺たちって経済動物だしな。

馬主の目的は勝って賞金を得ることだし、勝てない可能性が高いレースに出そうって言う馬主はそうそういないか。

外国馬にとっては、負かしたい相手が出ないのに、高い遠征費用を払ってまで出走させる理由がない、ってのもまあ、そうだよな。

どうしてもって理由がない限り、時刻のレースに出走差せた方が良い、ってのは当然と言えば当然なのかもしれない。

 

ただレースっていうのは、最後までどうなるかわからないものだ。

強い馬が必ず勝つわけじゃない。

最後まで誰が相手でも油断も慢心もなく戦い、ゴール板を先頭で駆け抜けた馬こそが強いのだから。

 

……なんかの漫画の影響だけどな!タイトル忘れたけど、キャプテン的なやつがこんなこと言ってた気がするわ。

なんだったけなあ、と思い出そうとしていた俺を他所に、レーススタートまで残りわずかとなっていた。

 

鳴り響くファンファーレに耳を澄ませた。

6枠6番に収まったディープインパクトは、画面越しには平気そうに見える。

出遅れなしにスタートできるといいが、この馬は出遅れても強いのでさほど心配はしていない。

ただ、しつこいくらい繰り返すが、競馬に、レースに絶対はない。

約束された勝利は存在しない。

油断も、慢心も、驕りも、諦めもあってはならない。

最後まで勝利を夢想したものにこそ、競馬の女神は微笑むのだと、何よりも俺が知っているから。

 

《 雨音を覆い隠す大歓声とファンファーレ。11頭の馬たちがいまかいまかとその瞬間を待ちわびます。……最後に大外メイショウサムソン、するりとゲートインとなりまして、いよいよ、第26回ジャパンカップ、スタートしました……ッ! 》

 

── ディープのやつ、前に馬がいると抜かしたくてウズウズしちまうんだと

 

『どうりで俺のケツが見えるとすげえスピードで追ってくるわけだよ』

 

ヴァーミリアンの言葉を思い出しながら、俺は小さく嘶いた。

 

『……他の馬が前にいるってだけであそこまで力強く追えるんだ、お前に、油断もクソもねえよな?』

 

画面には、黒い馬が1頭、先頭を目指して駆け上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

Natdekeiba.com

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【JC速報】最終直線大外イッキ!ディープインパクト

 11月26日(小雨)、第26回ジャパンカップディープインパクト(牡4、栗東・沼江琢郎厩舎)が制した。

 レースを最後方、シンガリで進めたディープインパクトは、逃げるコスモバルク(牡5、地方・畑部和夫厩舎)の背を見ながら進むと、第4コーナー、最後の直線で一気に捲って上がり、先行していたハーツクライ(牡5、栗東・橋本弘継厩舎)ごと撫で切るように差し切ってゴールした。

 これでGⅠ・6勝目となる。

 

 管理する沼江調教師は「理想の走りをした。レース全体の展開がややスローに向いたのもディープインパクトには良かっただろう。この調子のまま最後のレースに挑みたい」とコメントしている。

 また騎乗した竹創騎手のコメントでは「落ち着きがないのは余裕の証。ディープインパクトなりに自分の調子を整えて、目指すべきゴールまで駆け抜けてくれた」としている。

 

 ディープインパクトは年内での引退を表明しており、ラストランとして有馬記念への出走を予定している。

 同レースには同じく年内引退を表明しているサンジェニュインも出走するため、2頭が揃うレースが有馬記念が最後となりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「晴れやかな冬の空に雲はありません。晴天に恵まれました中山競馬場、第51回有馬記念は15頭で争われます。1番人気はこの馬。凱旋門賞馬・サンジェニュイン。約18万票を得て、この中山の大地を1年ぶりに踏みました。これがラストラン。有終の美を飾れるでしょうか。2番人気に推されましたディープインパクトは天皇賞・秋、ジャパンカップを制して国内無敗。凱旋門賞では惜しくも2着となりましたが、ここでリベンジとなるか。サンジェニュイン同様これがラストランです」

 

ざわめく中山競馬場に、一瞬の静寂が満ちる。

 

「……2004年12月19日、この2頭が出会った新馬戦から約2年が経ちました。2頭が競り合った激闘のクラシックシーズン、有馬記念、そして凱旋門賞。本当の意味で、これが、2頭が競り合う最後のレースとなります。わずか2年、されど2年。競馬界に多くの伝説を作り上げたこの2頭のラストランに、私はこの言葉を贈りたい」

 

「ありがとう」

 

そうして溢れ出した万感の拍手は、ファンファーレが鳴り響いても止むことはなかった。

 




次回も競走馬回

完全素人ニキの愛馬名アンケート

  • サニードリームデイ
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  • タイヨウハノボル
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