【完】これは圧倒的美貌で凱旋門賞馬になる俺の話 作:SunGenuin(佐藤)
10/23:22時に72話投稿してます。
なんだかんだ言って馬回+2話してしまったこと、どうか許して欲しい
「── 各馬、返し馬に入りました。パドックでは立ち上がる場面もありましたが、8枠15番サンジェニュイン、軽やかな走りを見せています」
「真横にディープインパクトが張り付いている姿を見るのも久しぶりですね」
「そうですねえ。国内で見るのは前年の有馬記念以来でしょうか。2頭の鞍上は苦笑いですが、その姿さえどこか懐かしく感じます。パドックでの立ち上がりや、返し馬に入った瞬間にその場を跳びはねる姿など、今日のサンジェニュインはいつもよりうるさい様子。しかし極度の発汗はなく、今は落ち着いているように見えます。むしろディープインパクトの方がやや落ち着きがないか」
「ちょっと興奮も見られますね。ただ徐々に落ち着いてきたのか、鞍上の竹騎手が綱を引くと大人しく引き下がっていきますよ」
うわあ、良馬場だあ!
パンパンだあ!
『ほん、……っとにかったい!かったいわコレ!』
あんなに逆さてるてる坊主作ったのに、またしても雨が降らなかった。
どうなってんだ?
てるてる坊主の作り方間違えた?
それとも俺が暇すぎててるてる坊主で遊んでたのがだめだったのか?
重馬場なんて贅沢は言わないから、せめて稍重の馬場であれよ。
ダンッ、と重めにジャンプすると、芝木くんが宥めるように俺の頭を撫でた。
「よしよし、やっぱり日本の馬場は硬いな、サンジェ」
まったくだぜ!
で、お前にはツッコミ入れた方が良いのかディープインパクト。
お前な、俺たちこれが最後のレースだぞ!
なんで最後のレースでも俺に張り付いてるんですかねえ……!
ちょっと、なんかこう、ライバルの最終決戦らしいギラギラとかできなかったんか?
これが最後だなライバァル……そうだなライバァル……みたいなやつやりたかった。
でもディープインパクトが急に「本気で
「今回も申し訳ない、芝木くん」
「いや、俺もサンジェもちょっと慣れたので」
ほんのちょっとだけな!
俺が耐えられるかと言ったら別の話だ!
真横にディープインパクトを張り付かせながら、俺は上下に頭を振った。
俺の手綱を噛むなよディープインパクト!
それはラインクラフトちゃんからの手綱なんだから!
何度か呼びかけるが、凱旋門賞で喋っていたのは何だったのか、ディープインパクトはまた無口な状態に戻ってしまったようだ。
馬体を離そうとしてもピタッと張り付いてくるので、最後は俺も諦め、ゲート入りまでだからな!とディープインパクトに言い聞かせて勝手に返し馬を始めた。
走ってみた感じ、やっぱり走りづらいわ。
チラッと周りを見ると、俺以外の全頭、隣のディープインパクトもさらーっと走っている。
たぶん他の馬的には最高の馬場状態なのかもしれん……泣いた。
『んー、でも最後だし、今回も頑張って走るかあ』
文句言ってても仕方ないし、俺、別に和芝で走れないわけじゃないからな!
俺がそう呟くと、ディープインパクトがピクリと身体を揺らし、首を伸ばして近づいてきた。
『うおっ、なんだよディープインパクト』
『……最後?』
『最後?……ああ、そうだよ、最後だろ?俺とお前が走るのは』
そう言うと、ディープインパクトは「エッ?」とでもいいそうな顔で首を傾げた。
なんだこいつ、聞いてないのか?と思ったが、俺以外の馬はヒトの言葉を完全に理解できないんだった。
あまりにも自然に目黒さんと会話してたから忘れそうになったな。
『俺とお前、今回のレースで揃って引退なんだと』
『いんたい』
『もう走らないんだよ』
『君と、僕はもう……走らない……?』
『そう』
頷くと、ディープインパクトはそれきり黙ってしまった。
ショックを受けたような顔だったのは、いきなり「今日で終わり!」って言われたからだろうか。
なんだか申し訳ないことをしたような気がするわ。
せめて走り終わってからにした方がよかったかもしれん。
なんか悪いな、ディープインパクト。
「各馬、返し馬が終わりまして、順番にゲートへと誘導されていきます。まずは先入れから」
ぐい、と芝木くんに綱を引かれて立ち止まる。
どうやらゲート入りが始まったようだ。
いつの間にかディープインパクトも剥がされていたので、俺は誘導されるまま歩き始めた。
その最中に、他の馬から声を掛けられて返事をする。
馬界でもコミュニケーションが必須なのだ……!
『サンジェニュインくん!よかった無事か!』
『お、デルタブルース先輩!!ご無沙汰してます!!無事です!!』
併せ馬でお世話になっているデルタブルース先輩とは、去年の有馬記念でも一緒だったな。
今年の5月、6月の併せ馬でお世話になったっきりだから、丁度半年ぶりの再会だ。
ハットトリック先輩やウオッカは元気だろうか?
すれ違い様にケツガン見してきたコスモバルク先輩も久しぶりだ。
というか丸1年ぶり。
彼は先行馬らしく、去年も結構前の方で追走されてたっけ。
ディープインパクトが走ってたジャパンカップでは先頭きって走ってたから、たぶん今回も前の方にきそうだな。
頭の中にいれとこ。
「今回は大外だから、ゲートインは最後だぞ、サンジェ」
あいあい、わかってるよ。
芝木くんの言葉に頷くと、近くにいた別の騎手が「エッ?」って顔をしていた。
なんか残念そうな顔で芝木くんを見ているが、違うんです、これはもうクセというか……!
首を傾げている芝木くんに、その騎手は引きつった笑いを浮かべて去って行った。
ああ……馬とお話しちゃうメルヘンな属性つけちゃったかも……ごめんな芝木くん……。
内心で芝木くんに謝りつつ、俺は後方へと下がった。
俺の今レースの枠順は8枠15番。
今回は大外枠なので最後にゲート入りだ。
昨年同様、他馬に絡まれないようにギリギリまで距離を取る。
今回の有馬記念、全15頭中俺含めて牡馬は14頭!
……驚きのオッス率だ!?
でも去年も牝馬2頭だったから、有馬記念は牝馬が少ないのかもしれない。
もっと出て欲しい。
っていうか俺以外牝馬であってほしい。
別にハーレムしたいとかじゃなくて、その、今この瞬間も俺に対してハアハアいってるオッスたちをどうにかしてほしい……!
プルプルと震えつつ、俺はそのたった1頭の牝馬を見つめた。
なんとこの牝馬、ウマ娘でお馴染みの魔女っ娘・スイープトウショウである。
アイエエ!?スイープトウショウ!?
とは思ったものの、実は俺がアプリ版ウマ娘をプレイしていたころ、スイープトウショウはまだ実装されていなかったのと、アニメ版でも未登場のため、ウマ娘としての彼女はあまりよく知らない。サポカも持ってなかったしな。
ただ目の前で起きている出来事だけを述べるとしたら── めちゃくちゃゲート入りを嫌がっている。
彼女は4枠6番の偶数組なのだが、前走で何をやらかしたのか先入れさせられていた。
一体何を……あ、鞍上が落ちた。
「4枠6番スイープトウショウ、枠入りを拒んでいます」
「かなり激しく嫌がってますね、尻っ跳ねをして、後退って……鞍上の川添騎手、なんとか首を前へと押していたのですが、落馬しちゃいましたね」
「川添騎手、再度騎乗します。いやあ、今、結構なね、大人数でスイープトウショウ、ゲートに押し込まれていくのですが、頑なに動かない。今、お尻を持ち上げて、なんとか、なんとかゲートに近づかせて……ああ、入りました、スイープトウショウ、スイープトウショウいま入りましたね」
「よかったです。場内から思わず拍手が。いやあゲート入りだけで拍手はなかなかないですよ」
「ゴール後もこの大拍手、浴びることができるかスイープトウショウ、注目です。続いて奇数組、順に枠入りが始まりました。ダイワメジャー、するりとゲートに収まる。先月、半妹ダイワスカーレットが新馬戦デビュー。妹の活躍に兄、続けるか」
スイープトウショウがゲートに押し込まれて行ったことで、待機していた奇数組が順にゲート入りしていく。
特に引っかかることなくスムーズに入っていく彼等に続くように、偶数組も順に誘導されていった。
3枠4番だからか結構早めに連れて行かれたディープインパクトがこっちをガン見しているが、大人しく収まってくれよと祈った。
『おおい、かわいこちゃ~ん!』
『……ん?この声は、アドマイヤジャ……!?ないな!?』
『フジの方だよ~!ジャパンは実家帰ったんだ』
『え!?そうなのか!?』
ディープインパクトの天皇賞・秋の時にはインティライミやローゼンクロイツの名前を見たから、同期で引退しているやつはまだまだ少ないんだと思っていたけど。
そうか、アドマイヤジャパンは引退してたのか。
今年はほぼ海外にいたから、同期のこと全然解らなかったな。
『かわいこちゃん久しぶりだな!なんか虹の橋を渡ったって噂を聞いてたから会えてうれしいよ』
『とんでもねえ噂流れてるんじゃん……』
さてはディープインパクト、からのヴァーミリアンだな?
デルタブルース先輩に「無事か?」って言われたのなんでだろって思ったけどこれだな。
なんか流れが見えてきたわ。
『ひさしぶりに一緒に走れてうれし~!』
『俺も同期に会えてうれしいぜでもちょっと近づくのは待て、あれ、ちょ、お前若干たち、いやもうなんで……!?』
『うれしくて』
『うれしくて!?』
そんなうれションみたいなことある?
「6枠10番アドマイヤメイン、7枠12番アドマイヤフジ揃ってゲート入り。ちょっとフジの方がやや嫌がるそぶりは見せましたが入りましたね。サンジェニュインが気になったのか絡んでいましたが、サンジェニュイン、大丈夫そうです」
「ディープインパクト、サンジェニュインと同世代のアドマイヤフジですね」
「前走が1月の日経新春杯でやや時間が空きましたが、馬体は問題なさそうに見えますよ。トーセンシャナオーもするっと収まって、いよいよ大外のサンジェニュインがゲート入りです」
「パドックでも返し馬でもゲート入りでも、従順で大人しいのが特徴のサンジェニュイン。今回も非常に穏やかですね」
「今回はちょっとパドックでは立ち上がっていましたが、精神面は問題なさそうです。……これで最後の1頭が収まって、全頭準備完了」
アドマイヤフジが引きずられていくのを見送り、俺も大人しくゲート入りの準備。
その前に、アドマイヤフジとほぼ同じタイミングでゲートに誘導されていく、アドマイヤメインという馬の鞍上が
し、柴畑さ~ん!!柴畑さんだ久しぶり~!!と、俺の嘶きに気づいたのか、ゲート入りギリギリで振り返った柴畑さんが手を振り返してくれた。
「よかったな、サンジェ」
ゲートへと誘導されながら、そう言って俺の頭を撫でてくれた芝木くんに頷き返した。
柴畑さんに会うのは去年の夏以来だ。
腰を痛めていたと聞いていたけど、元気そうで何より!
るんるんでゲート入りを済ませると、俺はちらりと隣ゲートをみた。
今回のお隣さんはトーセンシャナオーという3歳牡馬のようだ。
俺の方をガン見してて怪しい気配を感じる。
隣がこんな美貌でごめんな……なんか前にも同じようなこと言った気がするな。
どうかニシノドコマデモみたいに立ち上がらないでくれよ、と祈りつつ、俺は前を向いた。
「サンジェ」
芝木くんが俺の手綱をぎゅっと握る。
たった一言、俺の名前を呼んだだけの声が空気に溶ける。
「今日も、お前は最高だ」
重ねられた祈りを合図に、俺は、勢いよくゲートを飛び出した。
「第51回有馬記念、今、スタートしました。6番スイープトウショウ出遅れましたが他14頭は脚並揃ったキレイなスタート。先頭はやはりこの馬、15番サンジェニュインが抜群の瞬発性を見せて2番手集団に5馬身リード。その背を追う2番手はアドマイヤメイン、宣言通り前に出てきたがハナを奪う逃げには徹しきれないか、サンジェニュインとの差はまだ開いていく。しかしこの馬も後続に5馬身差をつけているぞ、3番手はダイワメジャー、ややセーブした走りか、徐々に内に寄せて上手いコース取り。2馬身差の位置に8番メイショウサムソン、半馬身差で追うデルタブルース、ポップロック、そしてトーセンシャナオーが横並び、さらに1馬身離れて最内に3番ドリームパスポート、6番トウショウナイトが並んだこの位置、外目4馬身差で先行集団を追うコスモバルクはいつもより後ろにいるが大丈夫なのか。コスモバルクから半馬身遅れてウインジェネラーレ、アドマイヤフジが固まった状態で走っています。さらに3馬身差で4番ディープインパクトが安定の後方スタート、さらに3から4馬身差でスイープトウショウ、出遅れが響いたがこの馬ならまずまずの位置でしょう。6馬身突き放されたシンガリにスウィフトカレント、縦山騎手この選択は正解なのか」
ンンッ!やっぱり脚に響くなあ!
大外スタートの俺はこのまま行けば他馬よりも長い距離を走ることになる。
ソレは一般的にデメリットとされているが、スタミナいっぱいの俺には正直あまり関係がない。
コーナーカーブ曲がるのが苦手っていうのはまだ直ってないからどっちみちどこかのタイミングで大外向くし、オッスどもは内側に固まってるから態々そっちによる必要性も感じないからな。
最初から大外である分、移動する手間が省けて楽ちんだ。
洋芝よりはスピードは落ちるけど、まずまずの出だしは刻めたのか、芝木くんからの鞭は入ってこない。
今回は去年の有馬記念や洋芝よりも条件を緩めて、5馬身リードを取ることにした。
前は10馬身にしてたんだけど、アレだと俺が頑張り過ぎちゃうとかなんとかで、テキが和芝の時は5馬身に変えたのだ。
差が5馬身以内になったら合図を貰う予定なのだが、第1コーナーが見えるホームストレッチに差し掛かったところで、芝木くんが俺の手綱を扱いた。
「サンジェ、ここから第1コーナーまで一息でいけるか」
ンン!?
ここから第1コーナーまで!?いやあちょっとそれは……征ける、征けるな!!
有馬記念は芝の内回り2500メートル。
そのスタート地点は第3コーナーのちょっと前で、第4コーナーにかけて緩やかな下り坂になっている。
俺は下りだろうが上りだろうが関係なく全速力で征くタイプの馬なので、もちろん下り坂も一気に走り抜いた。
それが終わると待っているのは上り坂。
下りを全速力で征った俺がそこを全速力で昇れない……ことはない!
ハミを強く噛んで答えると、芝木くんが俺のケツに1発バチン、と鞭を入れた。
「第1コーナーに向かう上り坂をサンジェニュインが駆け上がる!一切緩まないスピードでぐんぐん、ぐんぐんと後続に差をつけていくぞ現在7馬身差!スタンド前の大歓声を浴びながら、2年連続の有馬記念制覇を目指して大駆けだサンジェニュイン!」
いやうるさっ!!
んもう相変わらずうるさいなここは!!馬の臆病さに配慮して!?
アッおい誰だよ今シバキシネーって言ったのはよお!?
このレース終わったらシバきにいくからな芝木くんが!!
……ん?今うまいこといったか!?
「追いすがるアドマイヤメインから5馬身差で追走するダイワメジャー、その背後にピタリとついて、デルタブルース、ポップロック、メイショウサムソンは少し力負け、2馬身差で追うトーセンシャナオーが外側によれながらもなんとか先行集団に食らいつこうとしています。ここから各馬2馬身差でトウショウナイト、ドリームパスポート、コスモバルク、アドマイヤフジが抜いて抜かれての接戦、それを前に見るディープインパクトは4馬身差、スイープトウショウはその背を見るように後方2番手。最後方はぽんとスウィフトカレント、かわらず」
上り坂を昇りきって少しだけスピードを緩める。
大丈夫、たぶん今、5馬身以上はついてるよな?
一瞬だけ脚を休ませ、次のコーナーを曲がるための力を溜める。
短いカーブを曲がるとき、ちらりと見えた馬群の中で、鹿毛の馬がこちらを見ているのを感じた。
……こんな距離で目、合うか!?
たぶん合わない気のせいだ、と思いつつ、でもたぶん合ってる気もして震える。
ディープインパクトと目が合った、うん、あったことで、俺はレース前の、返し馬で自分がディープインパクトに言った言葉を思い出していた。
“ これが最後のレース ”
そう。
これが、正真正銘、俺とコイツの最後のレースだ。
それを改めて噛みしめると、この4年間の馬生活が脳裏を一気に駆け抜けて行った。
真っ先に思い浮かんだのは、馬になりたての頃。
あの頃はまさか自分が競走馬としてこんな風に走るようになるなんて、想像もしなかった。
そもそもヒトから馬になること自体まったくの予想外だったので、産まれた時は結構混乱したっけな。
神を名乗るやべえやつが現れた後も、これは夢なんじゃないか、目が覚めたらまたいつも通り、ひとりぼっちの冷たいアパートだと思っていた時期もある。
今はこんなにすいすい走れているが、産まれてしばらくは上手く歩けなかったし、もちろん走れもしなかった。
後から考えると、競走馬としてかなりダメダメだったと思う。
立ってるだけで精一杯で、歩こうとするとプルプルしていた俺を、それでも根気強く育ててくれたタカハルとタクミには感謝しかない。
視界も、色覚も、聴覚も嗅覚も変わってしまったから、それに慣れるのだってすごく苦労した。
色はいつも褪せて見えるし、耳は聞こえすぎるし、鼻も利きすぎる。
匂い嗅いだだけで「あ、タカハル、今うれしいんだな」と解ったときはすごいビビった。
そんな慣れないことばかりの日々で、俺は将来への希望とかまったくなかった。
毎日これからどうしたらいいんだろうと、そればかり考えていた。
でも悩んでいたってしょうがないのは確かで、そしてタカハルとタクミが俺を精一杯大事にしているのも確かで。
まずはこの若人たちに世話になったお礼をしたいなって気持ちが、俺が歩き出すきっかけになった。
いざ歩こうと思えばすんなり歩けたし、走ってみるかと思えばすんなり走れた。
俺の身体はとっくのとうに、そのための準備ができていたのだ。
足り無かったのは俺の覚悟だけ。
うじうじ悩まずにとっとと歩くなり走ってみるなりすればよかったんだよな。
ホッとしたような、我が事のようにうれしそうにしていたタカハルたちのことを思い出して、俺は改めてそう思った。
走れるようになってからは毎日のように放牧地を駆け回った。
俺以外に馬はいなかったから、だだっ広い放牧地を1頭だけで贅沢に使って、飽きるまで、疲れるまで走って。
そうやって過ごしているうちに、目黒さんが俺を迎えにきた、あの1歳の秋になった。
本原厩舎に来てからの日々は忙しない。
馬運車に揺られながら「俺はどうなるんだろう」なんて不安を感じていたけど、それを思い出す暇もないくらい慌ただしく時間は過ぎ去っていった。
そんな日々の中でテキが、目黒さんが、イサノちゃんが、厩務員のみんなが、芝木くんがたくさん良くしてくれて、いつの間にか俺は、競走馬としてこのヒトたちに恩返しがしたいなって思うようになった。
こんなに必死に俺のことを育ててくれる。
昼夜を問わず俺のことを考え、俺にとっての最適を模索するヒトたちに、走りでもって報いたくなった。
新馬戦で負け、弥生賞で負け、ダービーで負け……負けるたびに積み重なった悔しさが覚悟に変わる土台を作ったのは、間違いなくテキたちの存在だ。
「先頭は依然サンジェニュインの独走です。第2コーナーをするりと抜けて、バックストレッチへと駆け出しました。サンジェニュインの1000メートル通過タイムは58秒とハイペース。生み出したリズムに他馬が飲み込まれているか、全体的に速い仕上がりに見えますがどうでしょう」
「やっぱりサンジェニュインのスピードは格別でしょう。並の逃げ馬にはない圧倒的なスタミナがあるため、逃げバテを一切期待できない馬です。終盤まで逃がすと捉える難度は一気に上がりますよ」
「誰がサンジェニュインを捉えるか、後続の動きから目が離せません。第3コーナーまであと少し、ダイワメジャー、ダイワメジャーがアドマイヤメインとの距離をじわじわと詰めて今、4馬身、3馬身、3馬身まで縮まりましたここから躱すのか、ダイワメジャーと半馬身差まで上がってきたメイショウサムソン、二冠馬の意地をここで見せるか、1馬身差で縋って征くのはデルタブルース、ポップロックの2頭、初GⅠを狙うトウショウナイトも果敢に攻めるか勢いはおちません。ドリームパスポートから2馬身離れてトーセンシャナオー、まだ粘るがそろそろいっぱいいっぱいか、コスモバルクは馬群中頃、なかなか先行集団に混ざれません、ウインジェネラーレは内側で脚を溜めるスタイルか、1馬身差でディープインパクトがじわじわと近づいてきました、鞍上竹、どこで仕掛けるのでしょうか」
ちらりとまた視界にディープインパクトが入ってくる。
かなり後方にいたはずなのに、もう中段まで上がってきたようだ。
俺は脚に力を入れ、真っ直ぐと前を向いた。
第3コーナーを目前に背後の気配が濃くなる。
じわりじわり、追い詰めてくるような殺気に、俺は自然とスピードを上げていた。
競走馬として走る覚悟をしたからと言って、そこから都合良く覚醒して、すべてのレースで大楽勝!苦しいこと何にも無い、毎日ハッピー!なワケがない。
レースに関してはむしろ苦しかないし、レースがこんなに苦しいものだとは本当に思っていなかった。
もし産まれたての自分に会って話せるなら、真っ先に「レースはやばいほど大変だ」と言うだろう。
……でも、本当に過去の自分に何かを伝えることができるとしたら、その内容はきっとこれだけじゃない。
大変だ、辛い、苦しい、それだけで終わるような走りをしてきたわけじゃないのだから。
パシン、とケツに鞭が入る。
背後でぞわぞわと襲いかかってくる衝撃は、きっと、鹿毛の馬。
「まもなく第3コーナー、2番手はアドマイヤメインを先頭に半馬身差でダイワメジャー、メイショウサムソン、デルタブルース、ポップロックにトウショウナイトの叩き合い!しかしこれを大外からディープインパクトッ!ディープインパクトがまとめて差し切って上がってきた!強いぞディープインパクト!鞍上竹、ここが勝負所か手綱を扱いて前へ前へ、巧みなステッキ捌きでディープインパクトを前へと押し上げる……ッ!」
また2度、鞭が入る。
2番手の馬に着差を縮められているぞという合図。
その馬が誰なのか、俺は決して振り返らない。
背後の馬を見るのは芝木くんで、俺が見るべきは── 先頭だけだから!
脚に目一杯、力を入れる。
ありったけのすべてを注ぎ込んで、大地を蹴り上げる。
ただ前へ、ひたすら前へ。
ただいまを言うためだけに、前へ!
芝木くんの手綱を扱くリズムに合わせて、俺は首をぐっと下げ、最速を追求する。
その走りの中で、俺は過去の自分に向かって大声で怒鳴りあげた。
なあ、おい、聞こえるか、過去の俺!
未来のお前から教えてやるよ。
過去の俺はまだ戸惑いの毎日だろう。
慣れない感覚、ヒトだった頃と異なる視界、思うように伝えられない気持ち、これからへの大きすぎる不安。
未来への期待なんて全く持てなかったお前に教えてやる。
お前が想像する以上にレースは苦しいし、痛いし、つらいし、きつい。
それは確かだ。
オッスどもには出会えばハアハア言われるし、ケツもガン見されて怖い。
場合によってはケツタッチもされるし、突然、鬣を食われてベトベトにされたりもする。
ずっと一緒に笑えると思っていたトモダチと2度と会えなくなったり、寂しい思いもする。
だけど!
……だけど、駆け抜けたゴールは信じられないほど気持ちが良いんだ!
これだと思えるヒトを背負って走り、力ある限り踏みしめる瞬間は楽しい。
よくやった、がんばったなって抱きしめられた時なんてたまらない。
心の底から愛されていると自覚できる。
ただいま、と言っても返事が返ってこない、冷えたアパートとはワケが違うんだ。
がんばったよ、走りきったよって駆け寄った時、おかえりと言ってくれる。
心に染みて涙になりそうなくらい、そんなことが、それだけのことがうれしいと思える!
「先頭はまだサンジェニュインだ!サンジェニュインが逃げる逃げる!さあ見せるか最後の大逃げ!サンジェニュイン!一切緩まぬ逃げ脚!さあ各々方、このままでよろしいのか、ッいやよくない!6頭一気に抜き去った、その脚を伸ばすのは4番ディープインパクト!ディープインパクトがここで上がってきた!無敗の!国内無敗のディープインパクトが、今、轟然と駆け上ってくる見事な末脚!これがターフに
じわりじわりと上がってきて、叩きつけられるのは強い熱量。
「ディープインパクトがサンジェニュインを捉えて、さああと2馬身、1馬身、ッ並んだ!並んだ並んだディープインパクト並んだ!ここで2頭横並び!和芝は俺のフィールドだとディープインパクト!ここで徐々に差を広げようと鞍上竹、見事なステッキ捌きだ!サンジェニュインはちょっと苦しいか、3番手にはメイショウサムソン切り込んできて2馬身差の位置にダイワメジャーが粘る!ポップロックまだ余力はあるか、ドリームパスポートも首を差し込むが先頭2頭まで距離があるぞ!」
目の前に鹿毛の背中がある。
全身を包んだ『抜かせ』という情熱が、俺の脚に、火をつけた。
「ラスト2ハロンに入ってディープインパクトが2馬身リード!これが国内無敗の実力か!これがラストラン!GⅠ・7勝目まであと少しだディープインパクト、ここで有終の美を──ッ!?」
1度抜かされたからなんだ。
もう永遠に抜けない差か?
まだだ。
まだ、終わってない。
ゴールするまでがレースで、レースに絶対はなくて。
だから俺は、諦めない──……ッ!
「サンジェニュインが来た、来た!いやここはあえてこう呼びましょう!太陽だ!太陽がグーンッと伸びて伸びて眼前の鹿毛をジッと見つめて捉えに掛かる!大地を強く踏みしめて!蹴り上げた後はえぐれているぞサンジェニュイン!諦めないことが名馬の証か!?太陽が昇る!射し込む!精一杯伸びてディープインパクトを捉える!捉える!並ぶ!照らす中山の直線は短いぞ……っ!」
ゴール板が見える。
あと少しの位置。
並んだ鹿毛の視線が絡んで、俺は言うはずじゃなかった言葉を、大声で叫んでいた。
『ッこれが!最後だから!……ッだから、最後のウイニングランは一緒に走ってやるよ!ディープインパクト!』
『サンジェニュイン……ッ!?』
からかうように叫んだ言葉に、かすれた音が混じる。
最後だから。
お前と走るのは。
これが最後。
寂しくない。
悲しくない。
もう痛い思いをしなくていいんだっていう安堵。
でもそれと同じくらい、あと少しだけ、走ってみたかったっていう、執着。
『そ、っれじゃあ……ッ僕が勝ったら!グルーミングもさせてくれッ!』
『それはずえっっったいイヤだね!!!!』
最後の最後に欲望だすじゃん!?
真横で、ガンガンとぶつかりながら2頭で走る。
鞍上が必死に俺たちの首を押し上げて、前へ、前へ。
1歩、また1歩と進むたびに、身体の中を何かがグツグツと煮えたぎっていくような感覚。
怒りではない。
恐怖ではない。
悲しみでも、寂しさでもない。
ただ。
「さあこれが最後だッ!最後の競り合いだッ!衝撃か太陽か!?ディープかサンか!?」
ただ横目に見たその鹿毛に、今はどうしようもなく、笑いたかったんだ。
「逃げ切るぞ、サンジェ──……ッ!!」
「まだ征ける、ディープ──……ッ!!」
息を揃えたように鞍上から檄が飛ぶ。
俺たちもまた、息を揃えたように大地を蹴り上げ、その栄光へと飛び込んだ。
「17万人が見届けた、これが2頭のゴールイン……──ッ!!」
中山競馬場に雨が降る。
ありがとう、と、さよなら、と、いろんな雨が降りしきって止まない。
高らかに歌われる喜びの歌は、俺たちを包んで、いつまでもいつまでも、響き続けていた。
無事、ラストラン走破
10/24 22時に74話「閑話 掲示板回 Ep-final」予約済み
残り3話で完結
完全素人ニキの愛馬名アンケート
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サニードリームデイ
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サンシカカタン
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タイヨウノムスコ
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タイヨウハノボル
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ブライトサニーデイ
-
ラブディアホワイト