幻夢郷の月。
 名も無きある丘から、光の柱が伸びる。
 見る者を狂気に誘う絢爛豪華な輝き。
 嘲り嗤う邪神の陰謀を阻止せんとした探索者は敗れ去った。
 そして、自らの“縄張り”を守る為、丘に集結した猫の軍勢の命運は、今や風前の灯火であった……

※これは猫が狂おしいまでに好きな筆者の脳内で熟成された、重度の妄想を吐きだしたものです。
 ⇒CoCのネタ故に、猫に対する若干の残酷・暴力描写が存在します。

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 割と長年脳内の片端に転がっていた、猫ダイスキ小説です。
 その割には、猫が酷い目にあっていますが。

 さして長くも無いので、さらっとご笑読頂ければ幸いです。


All For the Cat! ~全ては猫の為に!~

 

 風が月塵を巻き上げる。

 舞い上がる塵は、まるでそれ自体が発光している様に、きらきらと輝く。

 単なる土埃が光るはずも無い。

 月で風が吹くはずも無い。

 

 それが現実であれば。

 だが、ここは夢幻の地。

 地球の幻夢郷から望める月だ。

 風が砂塵を巻き上げ、土塊でさえ太陽の光を受けて冴え冴えと輝く。

 

 銀の鍵を持つ、選ばれた人間ですらこの風景を見る事はまず無い。

 この寂とした、それでいて美しい地で憩いを得るのは、選ばれしもふもふの民、地球の猫達が持つ特権であった。

 今も、小高い丘の上を心地よい日の光が満たしている。

 

(最後のひなたぼっこかも知れぬな)

 

 老将、シュヴーグリは、その名の通り白髪が大分交じって来た、灰色の毛並みを舐める。

 背後では、配下の兵達が同様に、血に塗れた毛を繕い、肉球を掃除している筈だ。

 若輩の兵も混じっている筈だが、一匹たりともみっともない鳴き声を上げる者は無い。

 

 良い兵だ。

 

 ここで失うのは余りにも惜しい。

 物思いを、悍ましい叫びが遮った。

 散発的にとんでくる飛来物が、地面に打ち付けられ、又一つ、砂塵を巻き上げる。

 頂上まで届かなかった毛に包まれた丸いものは、斜面を転がり落ちてゆく。

 足下まで戻ってきたそれを拾い上げた者が、嗤う。

 蛙を肥大化させ、無理矢理人間を作ろうとして成せず、顔を滅茶苦茶に切り刻んだ様なそれは、丸いものを投げ上げると、手にした槍の穂先で突いた。

 その隣にいる者は前足を集めた首飾りをつけ、その近くに居る別の者は、凧の様に張った毛皮を旗印の様に掲げている。

 

 悍ましい化け物。

 弄ぶ邪神の眷属共。

 

 ムーンビーストは丘をぐるりと取り囲んでいた。

 一斉に跳んで地球へ退却すれば、いく割かは助かるかも知れぬ。

 しかし、ここで彼奴等(きゃつら)めを食い止めねば、ウルタールを守らんと、邪神の陰謀に敢然と立ち向かった者共。

 魂まで投げ打ち散っていった、二本足の友への申し訳が立たぬ。

 今も、丘の頂点から魂を侵す極彩色の濁流を地球に突き刺している穴。

 忌まわしき“色彩からの柱”の儀式により作り出されたそれは、土星の汚穢を地球へ流し込み、全てを歪めて行くだろう。

 あれが有る限り、流れに乗って降り立ったムーンビースト共が幻夢郷を闊歩し、やがて夢から溢れた極彩色の汚穢は地球に溢れる。

 地球は第二の土星となるのだ。

 全てが死に絶える訳では無いだろうが、そこに生きるものは、最早地球の生き物ではない。

 “柱の破壊”の儀式が成るまで、まだ時がかかる。

 

 リズミカルな打撃音に、ぎっぎっぎっ、ときしる様な声、そして、ガラス質の物体を擦り上げる音が混じり、シュヴーグリは耳をヒクヒクと痙攣させた。

 まるで、体の先の方へ血が落ち込んでゆく様な不快感。

(最早、我等が長くは持ちこたえられぬ事を知っているのだ)

 

 恐らく、ここに集った猫達の多くは生きて帰れまい。

 されど、それでも退けぬ事もある。

 

 犬は人に付き猫は家に付く。

 

 そんな下らぬ世迷い言を口にする者がある。

 だが、それは真実ではない。

 猫も犬共と同じく、縄張りに執着する。

 

 居心地の良い家。

 美味しいおやつをくれる家。

 気持ちの良い散歩道。

 日向ぼっこするのにいい塀の上。

 そして、気持ちの良い撫で方を知っている人間。

 膝の上が心地よい人間。

 

 家も人も、“お気に入り”は全て猫にとっては等しく、大事で守るべき“縄張り”なのだ。

 命がけで守る価値がある。

 気がつけば、ムーンビースト共の馬鹿騒ぎも終わり、静かになっていた。

 どうやら、最後の時が来たらしい。

 

 シュヴーグリはゆっくりと伸びをし、大きく、長く、鳴き声をあげた。

 呼応する鳴き声が唱和し、物理的な圧力する感じさせる轟きとなって月面を揺らす。

 

(見事な咆哮なり、きっと、バースト神も聞き及ばれた事であろう)

 

 シュヴーグリとその配下の猫達は、槍をどん、どん、と突きながら、じわじわと円を狭めるムーンビースト共を見下ろしながら、その時を待つ。

 

 最初は小さな声であった。

 猫達の耳をもってすら、聞き逃してしまった程に小さいその声。

 違和感に気づいた猫が、にゃ、と口を開けた時、囁きは、空間全体を満たすざわめきとなった。

 そこに込められた怒りと憎悪、悲憤と狂気。

 熱狂的な音の圧力に耳が震え、全身の毛が逆立つ。

 圧倒的な力満ち、いつしか、ムーンビーストが足を止めていた。

 

『For the cat!For the cat!』

 

 “猫のために!、猫のために!”

 ありとあらゆる言語で叫ばれた言葉は、月全体を震わせる震源と化す。

 明らかに浮き足立ち、周囲をきょろきょろと見回し始めたムーンビースト共とは対照的に、猫達はまるで尻を優しくリズミカルに叩かれる様な安らぎを覚え、眼を細めた。 そして、細めた視界に映った地平線が動いている事に気がつく。

 地平線を侵食しながら迫るそれは、人、人、人。

 人間達の群れであった。

 

 寝間着にナイトキャップ、浴衣、毛玉がつきだるんだるんになったセーターにジーンズ、ダブレットにショース、サリー、トーガ。

 

 ありとあらゆる地域、時代から人間が集まっている。

 いや、中にはぴょんぴょん跳ねる人と犬を混ぜた様な生き物や、魚と人間を混ぜた様な生き物、蛇と人間を混ぜた様な生き物、更には三角錐から触手を伸ばした様な、人間ではあり得ない生物まで、一緒にひた走っていた。

 

 そして、その手(手じゃないものも混じっていたが)には、猫じゃらし、餌入れ皿、猫トイレ、お出かけバッグ、猫ちぐら、キャットタワー、爪とぎ、猫草の鉢等々、ありとあらゆる猫用製品が握られている。

 

 余りにも異質、余りにも異様。

 最早異形の集団を前に、ムーンビースト共は、まるで人間の様な戸惑いを隠せぬ仕草で、嫌そうに槍を構え直す。

 槍が一斉に投じられ、その多くが狙いあやまたずに目標を捕らえる。

 しかし、明らかに致命に至る傷を与えられながら、誰一人脱落する事無く、その集団はムーンビーストと激突した。

 

 ぱたぱたの玩具で幻惑し、キャットタワーで殴り倒す。

 爪とぎ箱で皮を剥がし、ブラシで肉を削り殺す。

 段ボールハウスをハウスを被せ、鉱物系猫砂を握り込んだこぶしで死ぬまで殴る。

 中身入りの猫トイレで殴打し、猫うんちを塗りたくる。

 ち○ーるを塗りたくった挙げ句に、食らい付き、肉を食いちぎる。

 

 ありとあらゆる、狂気的な手段で襲いかかった彼らは、槍で腹を貫かれ、かぎ爪で裂かれた腹から臓物を溢れさせ、殴打で首をへし折られ、殺し、殺されてゆく。

 

 しかし、一人として、ムーンビースト共を倒す前に死ぬ者は無かった。

 

 シュヴーグリが高く鳴き声を上げる。

 

 猫達が一斉に丘を転げ落ちる様に突撃した。

 銀の大地に、色とりどりの毛玉がぱっと散り、汚穢な染みを侵食する。

 

 ムーンビースト最後の一体が倒れた時、勝利の雄叫びは猫と人(それ以外)が同時に上げていた。

 モフられた猫達はごろごろと喉を鳴らし、モフった者は異様な裏声で喜悦の叫びを上げる。

 もふもふの狂宴が終わり、眼を細めて余韻に浸っていた猫達は、最早自分達の体が全く傷ついていない事に気がつき頭を上げるが、そこにはもう、人間達の姿は無い。

 首を巡らした猫達は、頂上に人垣が出来ているのを見て起き上がり、前足を揃えて座る。

 思い思いの姿だが、奇しくも猫達は丘の麓で第二の大きな輪を作る形となっていた。

 人間が何かを唱えているが、“柱の破壊”の呪文とは何か違う、もっと短く力強い何か。

 

『No Cat, No Life!(猫なくして、人生無し!)』

 

 呪文ですらない叫びの中で、力が膨れあがる。

 圧の中心で、輝きの柱が歪んで滲む。

 

(だが、まだ足りぬ……)

 

 倒れた者が立ち上がり、又倒れ、天に叫びながら爆ぜる。

 だが、誰一人とて止める者は無い。

 

「にゃ~お、きゃ~お、うるる~、にゃにゃにゃーお!」

 

 猫達が鳴き始める。

 それは、何かを訴え、願う叫び。

 純粋な願い。

 叫びと鳴き声が絡まり合い、内と外の輪に更に力が溢れる。

 柱の色がくすみ、圧に反応するかの様に歪みが増してゆく。

 そして、言葉が解き放たれた。

 

『No Cat, No World!(猫なくして、世界無し!)』

 

 絶叫と鳴き声が絡み合い、光が一気に歪む。

 限界を超えた歪みは高次元に達し、柱が“折れた”。

 硝子の様に飛散した光が、輪の中で跳ね返りながら“門”の中へ吸い込まれてゆく。

 そして、木材とも、骨ともつかぬ硬質の物体が裂け折れ、圧縮され、最後に明らかに断末魔の絶叫を放つのを聞いた。

 

 そして、それを最後に静寂が訪れる。

 

 人の耳とは比べものにならぬ程敏感な猫の耳にとっても、完全と言えるほどの静寂。

 丘の上の者達が静かに振り向き、丘の下を見下ろす。

 笑顔を浮かべる者達の中に、飼い猫達はお気に入りの家族を見いだし、野良猫達は一期一会の機会に寄り添ったお気に入りを見た。

 笑顔だけを遺して消えゆく彼らに、猫達は長い長い切ない鳴き声を贈る。

 二本足(とそうでもない)友へ贈るその鳴き声は、止む事無く月面に響いていた。

 

 月の丘には犠牲と勝利の証として、猫と人(とそれ以外)、そして、女神バーストの象が建立された。

 小さな公園の様になった丘は、丁度良い日向ぼっこ場所として、特に由来が刻まれた碑文は心地よい寝床として長らく地球の猫達に愛されたのであった。

 

~Fin~

 





 この話はルールブックを読んでいた時、確か地球の猫の説明にムーンビーストと敵対しているみたいな記述があった時にうっすら妄想した所が始まりでした。
 それから、暇な時にぼーっとしていると、シチュエーションが追加されてこねくり回されていたものを、流石にそろそろ吐きだしておかないとな、と思い立って文にしました。

・幻夢郷で高いとこに猫達が追い詰められる。
・追い詰めてるのはムーンビースト。
・猫達がいよいよヤバい時、ネコグルイ達が現れる。
・ネコグルイ達の合い言葉は、「For the Cat!」
・ネコグルイ達が武器にするのは猫用品と素手。
・猫に危害を加えたムーンビーストへの怒りの余りか狂的な愛故か、ネコグルイ達は1人1殺しない限りは死なない。(死ねない)

 みたいな感じですね。
 結局、ネコグルイ達は猫に狂う故に、神話的存在すら凌駕してしまうみたいなお話しになりました。
 正直、バースト神をちょっと出すかどうかは迷ったんですが、やっぱり、猫に狂いすぎた者共が、その念だけで陰謀を叩き潰す方がちょっと面白そうだったんで、オチに名前だけ出る形になっています。

 読んで頂き、ありがとう御座いました。

 ネコはみんな可愛くて愛おしい!

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