桜の刻の約束を私はまだ覚えている 作:室星奏
『……まじ?』
『うん、わたしね、とおいところにいっちゃうんだ』
地方の小学校。桜が散る刻の卒業式。
誰もが泣き、誰もが再会を誓う聖なる式典。その道端で、私は当時一番の親友と別れの挨拶をしていた。
――ウマ娘。それは、人よりはるかに優れた脚と力を持った少女。私は、その中の一人だった。
走るのが得意で大好きだった私は、その世界で凱旋を見るという夢をかなえるために、遠くの地へ修行する事になったのだ。
だから、目の前の彼、かけるくんにも、さようならしなければならなかった。
本当は嫌だ。だって、彼は私の初恋だったから。出会った時は、どこにでもいる陽気な男の子だと思ったけれど、ある日を境に話すようになって以降、ずっと傍で私の走りを見てくれた。
かけっこで優勝して『やったな』と褒めてくれたのも彼だ。ウマ娘だから一番早いのは当然だというのに。
だけどその言葉こそが、私がなによりも喜びを感じる言葉であった。ウマ娘は褒められる事も好きだというが、その影響なのだろうか。
『ウマむすめとして、べんきょうしにいくの。ゆめをかなえるために――……。だから』
その先が中々言い出せないでいた。ただ「さようなら」と伝えるだけなのに。
何せ凱旋を見るという夢を叶えることのできるウマ娘というのはごく少数だ。私がその道を歩む事が出来る可能性はほぼ0に等しかった。
故にここで「さようなら」を言って、中途半端にあきらめてしまったら。帰ってきた時、彼に合わせる顔がない。
もしかしたら、二度と会えなくなってしまうのかもしれない。それだけは絶対に嫌だった。
――だがその時、彼は言ってくれたんだ。
『そ、そうだよな。おまえ、いつもゆめをかなえるっていってきかなかったもんな!』
『……うん。だから、あえなくなっちゃうかもだけど……』
『へんなこというなよ、サクラ! またいつかあえるって!』
『ほんと?』
『ほんとだ! だからもし、ゆめをかなえて、またであったらさ! あえなかったぶん、ずっといっしょにいてやるよ!』
その言葉に、私は強く反応してしまった。当時の心に秘める私の恋心を、深くえぐるように刺激した。
その頃から、私は私でなくなったような気がした。夢とはいえ、何のために凱旋を見るのか、という曖昧だった動機がその時になってようやく確立したような感覚。
『ほんとう?』
『うん、もちろん! ゆびきりしよーぜ!』
ゆびきりは、私達小学生の中で根付く法律のようなもの。決して破る事の出来ない絶対的
それをしてしまったが最後、決してそれを破ることなんてできない。私はその時喜んでそれに応じた。
――そう、私は今もずっと、その桜の木の下で結んだ契を覚えている。その為に走って、走って、走り続けた。
そして今、それが現実になろうとしているんだ。
***
「サクラチヨノオー。ただいま参りました」
「応答ッ。はいりたまえ!」
返ってきた言葉に応じ、目の前の大きな扉をゆっくりと開く。
昨日の夕刻、私を呼び止めた理事長は何やら『明日の朝、理事長室に来るように』と伝えてきた。最初は何事かと思ったけれど、もしかしたら前回の朝日杯フューチュリティステークスで1着をとった事に対してお褒めの言葉でも送る為に呼んだのかもしれない。
初めてのGⅠレースだった為に、何かそういうことがあっても別に不思議な事ではなかった。もしそうなら頑張ったかいがあったというものだろう。何も嫌な気分になる事はない。
「賞賛ッ。前回の朝日杯フューチュリティステークス、さすがの結果だな、感動したぞ!」
「えへへ……ありがとうございます」
「本題ッ。そこでだ、今回君にいい知らせを持ってきた!」
「知らせ、ですか?」
理事長は顔を上下に動かし、自分の椅子へズシッと腰かける。私も誘導され、その前に用意された椅子へ静かに腰を下ろす。
「知らせ。それは君を、3か月後に親切される新たなチームに配属させようというものだ! 仲間と切磋琢磨できるという、またとない機会であろう!」
「チーム、ですか?」
「その通りッ! 地方で多くのウマ娘を交流を深め、指導してきたという凄腕のトレーナーが担当となり、共に頂点を目指すチームだ。GⅠを優勝した君ならば、そのメンバーの一人に適任だと判断した! どうかね?」
「わぁ~凄いです! 私なんかで良ければ、是非お願いします!」
私の夢は凱旋を果たして、彼との約束を果たす事。その為ならば手段を選ばずにはいられない。これは私にとってまたとない機会だろう。
ウマ娘はライバルがいればトレーニングも捗るし、さらにはその子との交流もさらに深める事が出来る。チームとは、その環境を簡単に作る事が出来る素晴らしい機会。
私でなくても、このような勧誘を受けたら、必ず引き受けるに決まっている。
「歓迎ッ! そう卑屈になる事はない、寧ろ大歓迎さ!」
「ありがとうございます。……ところで、その凄腕トレーナーさんというのは?」
「うむ! もう時期到着する筈だが――」
刹那。
コンコンッと扉が小さくノックされる。理事長は察したのか、相手を確認せずそのまま入室を促す。
「失礼しますッ。秦野トレーナー、ただいま参りましたっ!」
「歓迎ッ! よくぞきた、ようこそトレセン学園へ!」
「……え?」
扉の先から風の如く現れた凄腕トレーナー。私はその顔を見て驚愕した。
あれから時が立ったのにもかかわらず、その風貌と風格、それは全く変わってなかった。髪の色は黒から少し茶色に代わっていたものの、身長の低さは相変わらずであった。
普通なら『誰だお前』と言う所だろうが、私はむしろ『会えてよかった』と言いたい感情が沸き上がってくる。
「紹介ッ! サクラチヨノオー、彼こそがその凄腕トレーナー! 秦野 駆トレーナーだ、挨拶したまえ!」
「かける……くん?」
「サクラチヨノ、サクラッ! 久しぶりっすね!? 見違えた様でびっくりしたっすよ?」
「驚愕ッ! 知り合いだったのか!?」
「ああ、小学校の友達だっただけっす」
「……だけ?」
思わず、私が普段出さないような鋭く震えた声が漏れる。だが、理事長と彼には聞こえなかったようで一先ず安堵する。
あの約束をしたというのに、私との関係はその程度で済まされるものだったというのだろうか? せめて、親友とは言ってほしかった。――だが、私から訂正するのもアレだと思うし、そこは遠慮する事にする。
「まさか、新チームのメンバーにサクラがいるとは思わなかったっす。これからよろしくッ、サクラ!」
「あ……ぅ、うん、よろしくねっ。かけ……トレーナー!」
「別に好きなように呼んでくれていいっすよ。昔の様に、かけるくんって呼んでくれても、ね?」
「……じゃあ、かけるくんで……」
なんだか、かけるくんの彼女になったみたいで、謎の優越感に浸る。
思いもよらぬ再開だったが、これはこれで良いタイミングだったのかもしれない。チームとはいえ、これならばずっとかけるくんと一緒に過ごす事が出来る。半分夢がかなったと言えよう。
その日私はずっと、心の中の幾多の桜が、一気に開花したように、全身から喜びが溢れてやまなかった。
やっぱり幼い頃からの約束事って、良いですよね。
再会した時にどういう反応をするのかって言うのが見どころのアレです。
コナンのから紅とか、好きでしたよ、うん。