ハーメルン初めてなので何かあったら教えてください
空中にほどけて溶けていくダメージエフェクトを目の前にして、ユニークモンスター討伐のアナウンスを耳にして、とうとう成し遂げたと達成感に満ち溢れた、はずだった。
敗北というには生ぬるいほどの惨敗を何度も重ね、恥辱を舐めたのだ。あの夜の帝王を倒す、それこそが私のモチベーションであり、シャングリラ・フロンティアという世界に存在するサイガ‐100の存在意義だった。
いつか手にするはずの甘美な勝利を夢見て猛進してきたはずだったのに、どうして現実というのはこうも、……虚しいのだろうか。
この武器があれば、この魔法があれば、このスキルがあれば。
あの世界で私が物を見る視点はそればかりだった。あの黒い狼を倒すのに、これはどの程度役立つだろうか、と。そのことを周りの者に何度揶揄されたことか。そんなからかいすらも気にならなかったのに。
まるで、遠足に行く前の準備だけが楽しくて、いざ行ってみたらつまらなかったと駄々をこねる子供のようではないか。
この歳になって、そんな幼稚な。
…そうだ、もうそれなりの歳になった。社会的に見ればまだまだ若いと言われるだろう、働き盛りはこれからだ、と。
だが、仙姉さんは溜息を吐くだろう。見合いの釣書を差し出してくるだろうか。
別に結婚をしたい訳ではない。
男に飢えてなどいないし、これでもそれなりの役職に就いて、十分以上に稼いでいる。私一人が自由に生きていくには事足りる。
ただ、どうにも何かが足りないような。
どうしようもない隙間が私の中にあって、それを埋める手段がどうしたって見つからない。
夜襲のリュカオーン。
やつを目指して一心不乱に駆けている内は、楽しかったのだ。
これで一体何度目の溜息だろうか。
気が付けば、諦観の息をこぼしている。
私は、このままこうして、一生を生きていくのだろうか。現代日本においての平均寿命は九十に差し掛かろうかという有様だ。想像すると眩暈がするようだ、あまりにも長すぎる。
電気の点いていない暗い部屋で、ぼんやりとタブレット端末を眺める。ソファに姿勢悪く座っている。
惰性のように仕事関係のメールをざっと確認し、頭を掻き、机に突っ伏した。明日は出社しなければいけない。
妹に、廃人と実生活とを両立できるのかと呆れ顔で見られたことがあったな、と。
駄々をこねるように現実から目をそらしている私は。重い頭を抱える。
ふと、玄関の方でガチャリと音がした。
鍵を閉める音、靴を脱ぐ音、締めっぱなしのカーテンを開ける音、こちらへ歩いてくる足音。
合鍵を持っているのは永遠くらいのものだ、仕事の都合上必要だったことがあって渡したまで。
「…永遠、チェーンを掛けてないだろう」
足音がすぐそばに近づいてから、机に突っ伏したまま声を出す。
思ったよりも、自分の声は掠れていた。
「モモちゃんって案外と几帳面だよねぇ、そういうとこ」
軽く笑いを含んだ声で返し、永遠は私の隣に座ったようだった。
顔を上げる気力はまだなかった。
しばらく無言が落ちる。
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隣でぐだーっと伸びてるモモちゃんを眺める。
今をときめく超人気モデルの永遠様がわざわざ来てあげたっていうのに、モモちゃんってば一度もこっちを見ないなんてどうかしてるよね。
中学からの腐れ縁なんだから今更そんな顔見飽きてる、とでも思ってるのかな、モモちゃんは。
そうだね、大学も一緒だったから。
別にモモちゃんと大学を合わせた訳じゃないんだけど、モモちゃんの偏差値と目指してる分野とを考えると大体は絞れちゃうし、私も大学選びにそこまでこだわりがなかったし、お互いに第一志望に受かって、必然的な偶然で被っただけ。
「同じ大学か…」なんて溜息混じりに言われたときは、思わず笑っちゃったよね。
寮の部屋が同じだったときにはもっと笑っちゃったけど。
別に仲良しこよしでいたい訳じゃない。付かず離れずの大親友なんて、むしろ反吐が出る。恋愛感情がある訳でもない。
私服が中学時代のジャージなことなんて絶対に許せないし、食器棚の上に電気ポットとカップ麺がずらりと並んでるのは見たくもないし。
でも、モモちゃんの前では何も気にせずに喋れるのが、…そう、心地いいんだ。
シャンフロっていう新しい世界を手に入れて、さらにモモちゃんとの接点が増えた時には少し嬉しかった。
クランリーダーとして板挟みになってるところを散々煽ったりしてさ。
「ねぇ、モモちゃん。私、知ってるんだよね」
突っ伏したままのモモちゃんに話しかける。
ちょっと皮肉っぽい声を作って、ね。
「…何をだ」
わーお、ひっどい声。
海外ドラマの一気見するときを除けば美容に手を抜かない永遠様としては、睡眠時間の確保とちゃんとした食事を摂ることをおすすめするよぉ、…なんてね。
「なんでモモちゃんが雑誌の編集者やってるのか」
少し昔、どうして編集者なんて職業をやってるのかって聞いたとき、モモちゃんは「好きだからだ」って答えたね。
裕福な実家、優秀な頭脳、優れた運動能力、恵まれた容姿……なんて私が言ったら皮肉みたいかなぁ、あっはは。それはともかく、天から二物も三物も与えられたような完璧超人のモモちゃんがどうしてこんな大変な職に就いて日々真面目に働いてるのか。
「…何を今更。前にもお前に言っただろう、」
モモちゃんは机に伏せたままでうごうご言ってるけど、一旦無視。
「綺麗なもの、美しいものが、好きだからだよね」
にこにこ笑いながら言ったら、モモちゃんってばガバッと顔を起こすんだ。
隣に座ってるから私の顔はすぐ近く。しっかり目が合って、慌てたように目を反らすモモちゃん。その慌てた様子を見てるだけでご飯三杯はいけそうだね。
「何を言ってるんだ」
ふふ。
さっき、部屋に入ってくるときにカーテンを開けてきた。その上で、斜めから日差しが差し込むような位置に座った。
部屋は薄暗いから、ぱっと差し込む自然光はスポットライトのように私を照らすはず。
私の顔はもちろん何もしなくても綺麗なんだけど、私の顔の長所をさらに引き立てるようなメイクをしてきたし、仕事柄、私の顔がさらによく見える角度とか表情なんてものは得意も得意。
何枚か撮った写真の内でどれを雑誌に掲載するか決めるとき、モモちゃんがどんなものを選ぶのかを見て、モモちゃんの好みは把握済み。
一般受けよりも、モモちゃんの好みだけに合わせた今日の私。
「…本当に、何を言っているんだ、永遠」
また同じようなことを言ってるよ、モモちゃん。
モモちゃんは私の綺麗を一番引き出せてる写真をピンポイントで選んで、私のためだけのキャッチコピーを考えて、雑誌を作り上げてくれる。
有象無象に美しいって持て囃されるのも嫌いじゃないけど、本当に分かってくれる人、批判的な目を持つ人に「私」を真っ直ぐ見つめてもらえたときの震えるような嬉しさ。
きっとモモちゃんには分からないだろうね。
倦怠って言葉が、私は大嫌いなんだ。
私に最高の美を要求してちょっとした妥協も許さないモモちゃんが、犬っころを倒しちゃった程度のことでこうやって腐ってるのは許せない。
もっと私に遊ばせてくれないと。
何を言っているんだお前は、なんて心外そうに何度も繰り返すモモちゃん。
群れを扇動するならそれらしい言葉を繰り返すことは有効だけど、あまりにも否定の言葉を塗り重ねると、否定に必死な心が透けて見えて逆効果だよ?
さて、私は年老いていく。
ティーンからの圧倒的支持を集める~なんて煽り文句が私を表すのによく使われるけどさ。この日本において十代から二十代前半の人口は数えるばかり、さらには購買力が並外れている訳でもない年齢層。
女優やアイドルとして活動の範囲を広げる予定は今のところ無し。
冷静に、客観的に考えて、天音永遠というコンテンツが今以上に拡大していく可能性は望み薄。
海外においては無名も同然と。
私は何者であるだろうか、って。
そう考えるたびに、モモちゃんの真っ直ぐな瞳と目が合う。私の価値をモモちゃんが冷静に見ていてくれるなら、そう、それでいいかななんて思えるんだよ、絶対にモモちゃんには言わないけどね。
ひとまずはゲーム実況のチャンネルでも作ってみない?って、私は大真面目な顔をしてモモちゃんに粗造りの企画書を差し出してみたんだ。