【完結】軌跡シリーズ ノーザンブリア外伝~灰白の詩~   作:迷えるウリボー

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2話 その日

 

『ゼムリア大陸北部ノーザンブリア旧大公国ハリアスク大聖堂より、緊急の報せあり。旧公都ハリアスク近郊に、《雲を衝くがごとき白き巨柱》が出現との内容』

 

 

 

 

 リーナはスレインに、そしてその場の全員に笑顔を向ける。彼らの空気を柔らかいものに変えたあと、今度は想い人と一緒に街道へ出ていたアリエルを労った。

「ありがとうアリエル。今日もスレイン、無茶したでしょう?」

「いいや。今日はまだ大人しいほうだった。おかげで扱いやすかったよ」

「おい、お前らなあ……」

 スレインは女性の同僚アリエルと、恋人リーナがこちらを小馬鹿にするように見たことをぼやいた。

 遊撃士協会ハリアスク支部。大陸全土で活動する遊撃協会の中でも、ノーザンブリア大公国は割かれる人員が少ない。巨大帝国や交易都市と違い、政治的緊張から民間人が危険に晒されるわけではない。東の未開の地のように、魔獣が我が物顔で人々を脅かす地域でもない。公国軍と協力的な関係を築けていることもあって、外国から高位遊撃士が派遣されることも少ない。地元の遊撃士が活動しているのがほとんどだ。

 ついでに言えば協会支部の受付もいない。遊撃士がそれぞれ持ち回りで担当している。協会支部事情としては珍しいことではないが、他の支部と同じく身内気分で気楽にやれる職場だった。

 変わらず、アリエルとリーナは女性同士で楽し気に会話を続けている。アリエルはハリアスク支部五人の中で紅一点、こうして男性同僚の恋人と、話すことはままある。彼女にとっての癒しと言ったところだろう。

 スレインはそれを見て笑った後、他の同僚三人を見た。

 ノーザンブリア大公国の遊撃士協会の代表であるこの支部において、現在遊撃士協会の中でも中堅としてのC級の称号を持つスレインは、リーダーとしての役割を請け負っていた。他支部との連絡役に、大陸中部のレマン自治州──遊撃士協会の本部の会合に参加したり、あるいは公国軍との会議に参加したり。

 日常においても、それは変わらない。この五人をまとめ、遊撃士協会の舵を切るのがスレインの役目だ。

「ひとまず皆、今日の市内哨戒お疲れ様。開催式典とか、公国軍との連絡方法も問題はなかったか?」

「問題なかったぜ、リーダー」

「俺の方はアリエルと街道を回ったが、少し気になることがあってな」

 《幻獣》の事を話す。正直、並みの手配魔獣も裸足で逃げ出すようなあの魔獣は、この場の誰も知らないだろう。下手をすれば公国軍の上層部も同じかもしれない。

 いずれにせよ、あの存在は注意しなければならないことに変わりはない。こんな大公国の晴れの日に考えたくもないものだが、それが支える籠手の遊撃士の役割だ。

「事前の打ち合わせの通り、明日以降の建国祭は常に誰かが受付にいるようにする。そんで一人は市街へ、残る三人は市内を巡回」

「休憩はどうする? スレイン」

 ひとしきりリーナと談笑を終えたアリエルが戻ってきた。

「休憩は市内の三人が適宜行おう。せっかくのお祭りだし、少しは楽しみたいもんな」

 そして、それぞれ声をかけて午後を戦うための活力を分け合う。

「財団期待の通信機もやっと運用されるようになったし、公国軍との連絡は積極的に行おう」

 建国祭は四日間かけて行われる。その間忙しいのはどの職業も変わらない。

「さあ……今日もももう少しだけ頑張ろう!」

 自分たちは支える籠手。全ては、護るべきもののために。

 ちなみに今日の残りだが、スレインはどういうわけかアリエルを含めた残りの同僚たちから休憩を言い渡された。

 スレイン以外の同僚三人は既に外へ出た。ひとまずの受付の番をすることになったアリエルは、カウンター席に座ってひらひらと手を振っている。

 そして、スレインの隣にいるのはリーナ一人。

「お膳立て、されちゃったね?」

「……だな。まったく、困ったやつらだ」

 同僚たちはスレインを信頼し、感謝していた。建国祭の一日目。恋人もいる。自分こそ少しは健国祭を楽しめと言う労いの意志だった。

「……それじゃ、行くか」

「うん」

 スレインとリーナは、遊撃士協会を後にした。

 スレインはこの公都ハリアスクで生まれた。リーナは隣国レミフェリア公国出身で、物心がつく前に親と一緒に公都ハリアスクに移り住んできた。家が近かったこともあって日曜学校では同じクラス、そこからの縁だ。

 二人はまず、住宅街と商業区から離れて中央区へ行く。そこにある大聖堂は、大陸で広く進行されている七耀教会の大公国の本山だ。二人が通った日曜学校もここにあった。時間は限られるから、礼拝だけ済ませて外へ出よう……と思ったところで、後ろから声をかけられた。

「スレイン君。今日も、ご苦労様だね」

 リーナと共に振り返る。そこには白髪だがしっかりとした肉付き、顔にしわが見える初老の男性が穏やかに微笑んでいた。

「アレクセイ司教、こんにちは」

 ノーザンブリア大公国における七耀教会のトップ、アレクセイ司教。例によって遊撃士をまとめるスレインとは縁があった。

「君をはじめ遊撃士諸君には世話になっているよ」

「それが俺たちの役目ですから。また採りに行く野草でもあればおっしゃってください。責任を持って届けます」

「頼もしい言葉だよ」

 アレクセイ司教はリーナにも目を向けた。

「二人とも、日曜学校の頃からの成長を知っている。その二人がこうして良い関係を築いていること。これほど女神に感謝しないことはない」

「ありがとうございます、司教様」

「この先も、君たちの門出を祝うことができるのを楽しみにしているよ」

 少し歯の浮くような台詞を受けて、スレインとリーナは恐縮した。物腰柔らかで人の受けがいいアレクセイ司教は、日曜学校の子供から礼拝に来る老人まで幅広く交流があった。その人徳が、かつて一介の神父としてスレインたちに授業をしていた彼を司教の立場まで導いたといっても過言ではない。確か明日には、長く大聖堂に勤めたアレクセイ司教による特別なミサも開かれるはずだ。

 少しくすぐったくなりながらも、二人は大聖堂を後にする。そのまま見る方角を変えれば、今度はハリアスク城館が小さく見える。

「スレインは外にいたと思うけど、バルムント大公も国民に手を振られてね」

「そうか。あの大公様も大変だよなあ」

 ノーザンブリア大公国は周辺国とも比較的良好な関係を築いてきた国だ。外部との争いが少ないのは結構なことだが、その緩みが内政に現れつつある、と考える者もいた。決して口には出せないが、スレインもその意見を持つ一人だった。

 南のリベール王国は75五年ほど前に貴族制度が廃止された。カルバード共和国に至っては王制そのものが廃止され共和制に至った国だ。エレボニア帝国は貴族制度が続く皇帝が治める国だが、平民が台頭しその力をつけ始めている。

 時代の流れは、そういった権威ある者のある種のやりにくさを、バルムント大公に与えているに違いない。国が安定しているのは素晴らしいことだが、その実感は平和であればあるほど薄れてしまう。とはいえ、有事になった時のことなど考えたくもない。

「リーナはどこか、行きたいところはあるか?」

「また、商業区を一緒に歩きたいかな」

 賑やかすぎて心配になるくらいの大通りを抜ける。二人は商業区に戻ってきた。

 子供たちは的当てや数当てなどの露天で騒ぎ立て、次々と商品を掻っさらう。巡回の兵士を含め、大人たちは皆目を輝かせて商いに尽くす。中には、昼間からずっと酒をあおる者までいる始末だ。

 だがその困りものの光景は、穏やかな光景でもあった。

 スレインが、子供たちが手に取る玩具の一つを見て言う。

「なあ、あれって導力人形か?」

「……そうみたい、だね」

「ははぁ、随分庶民まで革命の足音が聞こえてるもんだな」

 導力とは、七耀石(セプチウム)から抽出されるエネルギーだ。四半世紀前に、C・エプスタインという高名な研究者が発見し、風力・火力・蒸気といった既存のエネルギー機関を過去のものにさせた次代のエネルギー。

 エプスタインが発明した導力機関を用いれば動力を生み出すことができる。しかも時間経過とともにエネルギーが自然回復することから『神秘の力』ともてはやされるそれは、瞬く間に大陸中の人々に知れ渡ることになった。

 エプスタイン博士は既にこの世を去ったが、彼の遺志はその名を冠した《エプスタイン財団》と、彼の直弟子である三高弟に受け継がれている。

 ノーザンブリア大公国にはその三高弟はいなかったので、その技術の流入は比較的遅い。財団と協力関係を持つ遊撃士協会のほうが公国軍よりも進んでいるほどだ。

 通信器、飛行船、鉄道など……導力革命から凡そ四半世紀。世界には所謂近代化の波が押し寄せてきている。人々の生活は日進月歩で変わっているのだ。

 スレインが生まれてからの27年の歳月は、瞬く間に世界を変えてしまったのだ。

「ねえ、覚えてる? 五年前のこと」

 リーナが言った。

「それって、五年前の建国祭最終日のことか? 覚えてるよ」

 幼馴染の間柄。喧嘩をしたことはほとんどなかった。気が付いたときには一緒にいて、それが当たり前だった。

 五年前の建国祭最終日。それはスレインがリーナに、幼馴染ではない次の関係を求めた日でもあった。遊撃士になって、ようやく正遊撃士としての一人立ちが認められた時でもあった。

「今でも、気持ちは変わらない?」

「『遊撃士は死と隣り合わせでもある。けど、それでも俺は絶対にリーナの所に帰ってくる。だから一緒にいてほしい』」

「今思い返すと……」

「随分こっぱずかしい台詞だよな……」

「ふふっ」

 できれば思い返したくない台詞だった。

「変わらないよ。リーナも、ようやく親父さんに一人前だって認められたんだろう? そこに居てほしい」

 リーナは日曜学校卒業後両親が公都で始めた喫茶店で働いていた。下働きから厳しい指導を受けて、ようやくバリスタとしての能力を認められた。

 喫茶店は地元民の憩いの場として人気があった。リーナがスレインの職場に入りびたることになったように、スレインたち遊撃士も同様だった。

 リーナの父親は厳格な人間だったが、一応スレインのことは昔から認めてくれている。

 その日々を思い返して、スレインはぼやいた。

「あー、でも変わったこともあるか。ずっと俺のこと、想っていてほしいって」

 幼馴染から、友人から恋人へ。その日々の中で、スレインの想いは人となりに、強く、傲慢に、純粋になっていった。

 そんな想いも、二十年以上の付き合いがあるリーナにはばればれだった。

 リーナは笑顔で応える。

「大丈夫。忘れない。おばあちゃんになったって、忘れないよ」

 意思疎通に言葉はもはや必要ない。それぐらい互いのことは判っていた。

 だから言葉は……二人にとって世界を変える儀式だった。

「リーナ、建国祭の最終日……もう一度、一緒に街を回りたい」

 その儀式には、うってつけの時と場所がある。

 リーナは、スレインの気持ちを癒してくれる、そんな春風の笑顔だった。

「うん、待ってる」

 

 

────

 

 

 リーナは自分の仕事のため居住区の喫茶店に戻った。それを見届け、スレインは遊撃士としての巡回を再開した。

 建国祭は平和そのもので、数件喧噪の取り締まりや怪我人の対応などをしたが、総じて例年通り大きな問題はないと言えた。

 大聖堂、公国軍駐屯地や各国大使館も存在する中央行政区、ハリアスク城館前、商業区なども回った。そうしてスレインは、建国祭初日を終えたのだ。

 遊撃士協会に戻り、報告書類をまとめてからスレインは家に戻った。夕餉の後、早々に床に就く。そして一夜明け、普段よりもかなり早い、早朝五時には起床して再び遊撃士協会にやってくる。

「お? 早いな、アリエル」

「そういうお前もな。おはよう、リーダー」

 今は夏場。既に日は昇っていた。まだ人々の起床時間には早い。精々が露店の準備などを行う商人が早く起きる程度だ。だからまだ街は落ち着いている。

「昨日はどうだった? スレイン」

「ああ、問題はあったが想定内だ。トラブルもあったが殆ど公国軍にも伝えられたしな」

 スレインはリーダーとして、受付役を兼ねたアリエルに報告する。が、途中で遮られた。

「ゴホン」

「ええ?」

「そっちの返事じゃない。リーナとの時間はどうだった? という意味だ」

「うぐっ」

 アリエルは少々、にやついていた。スレインはリーダーだが、仲間たちに強権的な姿勢は取らない。そんな同僚の恋路は、遊撃士たちとしても面白がっているものでもあった。

「まったく、私が常々仕事の話しかしないとでも思っているのか?」

「いや、ちがっ」

「私もスレインとの付き合いはここ六年ほどだし、リーナは大事な友人だ。気にしても不思議ではないだろう?」

「いや、今は仕事……」

「それが、付き合い始めてからもう五年がたった。随分時間が立ったものだし、こういう時は男の側がきっちりと導いていくものだと──」

「あーもう、うるさいなあ! 昨日は勝負の日じゃなかったんだよ」

 スレインは赤面顔を膨張させて叫ぶ。

「お前も判ってるだろ? なら茶化さないでくれよ……」

 そうだ、今はまだその時ではないとスレインは思う。青年が、恋人同士の“次”の関係に持って行きたくて、狙っていること。

 アリエルは笑った。

「まあ、いいさ。精々頑張ってくれ、リーダー」

「……あいあい、真面目な話に戻すぞ、部下さん」

 スレインは頭を搔いた。

「昨日は問題はなかったか?」

「ああ」

 協会支部にやってくる人も、馴染みの深い人が多かった。だいたいは公国軍への連絡、あるいは多少の指導で済むことができたという。

「いつもより魔獣被害が少なくて怖いくらいだよ」

「俺たちも念のためって街道に出たけど、あの化け物しかいなかったもんなぁ」

「そう、その《幻獣》だ。気になったからお互いこんなに早く目が覚めたんだろう?」

 再三考えるが、あんな存在は見たことも聞いたこともなかった。スレインは遊撃士協会に所属してからも、支部の代表に就いてからもそれなりに長い。重要な情報は必ず協会の連絡網を通してスレインに届くはずだ。

 だから、あんな存在がいたという《情報》は大陸のどこを探してもない。

「門兵二人の情報を足掛かりにして、私も改めて公国軍に伝えたよ。結果は……保留だ」

 さすがに、建国祭の最中に不確定な情報を基に動けないということか。警戒はするが、傍観に徹する。少なくとも事実が現実となるまでは。

「だが……あれがもう一度現れたら?」

「スレインの主張するところは判る。……が、どうする?」

 目撃者は遊撃士二人。確証もない、他者にとっては事実ではない。今できるのは、最悪の事態を想定して動くことだけ。あの幻獣が、意志を持って市内に現れた時、どうすればいいのか。

「どうかはしなきゃならない。それこそ、あんな化け物以上の災厄だって──」

 その時、世界が動いた。

 天を穿たんばかりの激震と、地を破壊しつくす限りの爆音が襲った。

「んなぁ!?」

「ぐ……!?」

 一瞬にして空気が津波のように動いた。想像を絶する縦揺れは協会支部の窓ガラスを割り、掲示板は無様に倒れ、アリエルが持っていたコップが倒れ、中のコーヒーがぶちまけられた。

 地震ではない。大地が波をうったのではない。そして空気の動きは一瞬だった。溢れ出る鉄塊の軋轢のごとき轟音は、それで形容できるのか自信がないほど、この世のものとは思えない。次元を切り開き異次元から空気と入れ替えに這い出たような共鳴音だった。

 静寂。アリエルは、椅子から転げ落ちた後、のろのろと起き上がる。

「……なんだ、今のは?」

 スレインはすぐさま立ち上がった。

「来いアリエル! 外だ!」

 狙撃中を手に掴み、アリエルに放り投げた。そして自分の棒術具を携えなおして、軋んだ遊撃士協会の扉を蹴り破った。

 外に出ると、スレインたちと同じく一斉に人々が出始めていた。時間帯のせいで、寝巻の者も、突然の激震に戸惑っている者もいた。

 大通りに出て、スレインはその人々の視線を注視した。と同時、スレインは夏の晴れの日なのに異常な暗さを呈している周囲を異常に思う。

「おい、なんだあれは……!?」

「大きな……柱!?」

 人々の叫び声に等しい状況報告。スレインも、同様に、その一点を見た。

 空の女神に届かんばかりの灰白の巨柱が、金色の朝日を隠していた。日食のような、幽世のような暗がりに包まれた世界になった。

 スレインは呆然として呟く。

「おい……なんだよ、あれは」

 遠い。恐らくは公都の近郊、北ハリアスク街道のあたりか。歪な紋様ながらも真っすぐ突き出た巨柱とは違い、大地の部分は近くの建物を超えて、稲妻が凍結したようなでたらめな白き棘の数々。

 その異常事態は聞いた事がなかった。見たことがなかった。

 世界が終わる音が聴こえる。

 七耀暦1178年、7月1日、午前5時45分。

 その日からノーザンブリアを中心に、新設されたばかりの導力機が異常なほど通信を乱すことになる。

 《ノーザンブリア異変》。それが、この世界に穿たれた、早すぎた神の祝福だった。

 

 

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