【完結】軌跡シリーズ ノーザンブリア外伝~灰白の詩~ 作:迷えるウリボー
『星杯騎士は《塩の杭》に到達するが──それは発見当初とは変わり果てた姿で見いだされた』
七耀教会の星杯騎士団が運用を開始した特殊作戦艇は、名を《メルカバ》と言った。
星杯騎士を束ねる守護騎士は、12人。メルカバは同じく12機存在している。
メルカバは、《天の車》という古代遺物を機構として利用している。その飛空艇の能力は凄まじく、現在公に運用される飛行船を凌駕する出力、機動性、そして各種レーダーや迷彩機能を有している。
内部の大きさはそれなりだが、工房や仮眠室に浴室などの設備が整っていた。
その自分の常識を覆るような存在の数々に、スレインは舌を巻いた。
「メルカバは現在、公都ハリアスク跡地の南東を進行中。塩の吹雪の影響もありますので、《塩の杭》の出現地に辿り着くには想定より時間がかかると思われます」
メルカバの操縦者である従騎士が報告した。普及している飛空挺と同じく広範囲を見渡せるブリッジ内だが、巨柱──《塩の杭》に向かうにつれ、河口都市アングリアでは収まっていた塩の吹雪が強まっている。霰混じりの猛烈な向かい風……とまでは言わないが、畏怖は変わらずブリッジ内の面々に突きつけられる。
「……再確認する。今回の調査はあくまで我々星杯騎士が行うものだ。そなたら二人に許可するのは同席──オブザーバーとしての役目。それを理解してもらうぞ」
艦長席に構えるのは、赤い外套に身を包んだ筋骨隆々の大男。星杯騎士団の守護騎士第八位、《吼天獅子》バルクホルン。
「もちろんだ。重々承知している」
比較的声を出さず、寡黙控えているのはバルクホルンに負けず劣らず屈強な男。公国軍左官を示す外套を纏った、バレスタイン大佐だ。
そして、ノーザンブリア国民として意地のためこの場にきた、遊撃士スレイン・アルビドゥス。この四人が、メルカバを駆って災禍の元凶を確かめに行く者たちだった。
「重ねて言うが、女神の御技をも凌駕する常識外の力だ。命の保証などどこにもない。それも覚悟してもらわなければならない」
バルクホルンの言葉を、スレインがややぶっきらぼうに答えた。
「そんなことは百も承知だが……そんな危険な代物を前にして、貴方達教会の人間はどうするつもりなんですか」
救出してくれたこと、冷静な判断力。バルクホルンの実力が遊撃士のトップレベルに匹敵するのは判るが、先の喧嘩腰もあって中々態度を崩せなかった。そもそもこれから向かうのは死地なわけだから、お気楽な調子になれるはずもないが。
バルクホルン答えた。
「……あれほどの力。一見して塩化は止まっているが、その力が復活ないし継続していない保証はない」
「なら……」
「その実態を知らなければなるまい。狙うは『非接触での回収』だ」
「そんなことが可能なのか? ……なんで黙る?」
「教会の密約でもあるのだろう」
スレイン疑問に答えたのはバレスタイン大佐だった。
「高位の遊撃士なら教会の密約もある程度は把握しているのではないのか?」
「……俺はC級遊撃士です。大公国地域の代表でも、あくまでそれだけですよ」
「まあ、帝国や共和国、クロスベルに比べれば遊撃士の需要も高くはないしな。それぐらいが妥当か」
バレスタイン大佐は続ける。
「教会の暗部である星杯騎士の役目は古代遺物の回収だが、回収したそれらの使い道は予想がつくだろう」
「つまり、回収した、あるいは個人から押収した古代遺物の力で、危ういことをしてきたってことですか?」
古代遺物を回収する教会の立場は、『危険なそれらを悪事に使われない』ことである。研究者からすれば喉から手が出るほど欲しいものだ。
だが現実として、古代遺物の使用・権利を規制でもしなければ、悪事に使うことは容易い。また古代遺物を手中に収めようとする者もいるだろう。そういった人間たちに対処するための星杯騎士団といえばそれまでだが、少し納得いかないものも感じてしまうのだ。
バルクホルンが厳かに告げた。
「黒いと思うか? これが現実だ。軍も、遊撃士協会も同じであろう。理想だけでは語れないのは」
バルクホルンの言うとおりだった。ノーザンブリア大公国が今まで比較的平和だから、官民や軍人、その他の人たちとよくやれていただけ。実際にはそんな理想だけでない、例えば軍と遊撃士のような、相いれない対立も存在する。
言葉には出さないけれど感じていることがある。この調査が終われば、もうこの三人は協力することなど到底できないだろう。特に大公が権威をなくしたことで権力を握りやすくなった軍人と、どんな状況でも自己の正義を押し通す遊撃士など、対立する運命が決まっているようなものだ。
そしてスレインは聞いた情報でしか判断できないが、信仰心の拠り所だけでない教会の立場。もはや、綺麗ごとで協力がしあえるとは思えない。
スレインはもどかしく思う。
「ああ、もう、この話は止めだ」
頭を振って、そう告げた。
「主義主張も異なるけれど……この異変を止めて、これ以上この国を死なせないこと。その目的は同じでしょう?」
「もちろん」
「無論だ」
「だったら協力し合えるはずです。納得いかないことはあっても」
バルクホルンに噛みついていたのは殆ど自分だが。
「《塩の杭》を調査する。それはこれ以上、この国に死者を増やさないためにだ。よろしく……お願いします」
そのスレインの言葉に、意を挟む者はいなかった。
バレスタイン大佐にしても、無為に遊撃士と対立しようとは思わなかった。人々を守りたい、その気持ちはスレインが言った通り変わらない。ただ、守るべきもののために切り捨てるべき矜持を切り捨てられるだけで。
バルクホルンにしてもそれは同じだった。ただ、見ているものが違うだだけ。後の安寧のために線引きは必要だ。それでも、人々を守り導くことが使命であるのは確かなのだ。
決して弁別ができない三人ではない。それでも、《塩の杭》の脅威を前に、重苦しい空気をなくせはしなかった。
そうして、メルカバは公都ハリアスク跡地の上空を跳ぶ。人の気配が消え失せた廃墟は、初夏のはずなのに冬場のように寒々しい。塩が雪のように沈殿している。まるで、何十年も打ち棄てられた廃墟のようだった。
そうした場所を通り、都市の北へ。右手にはかつて針葉樹林隊だった場所が、崩壊して銀粉を飛ばす塩の山となっていた。
公都北の近郊。そこに、三日ほど前に現れた《塩の杭》。最初、天を見上げんほどの巨柱だったそれは、少し小振りになっており、さらには色合いまで変わっていた。
「やはりな……あれだけ超常的な代物だ。代償が必要だとは考えたが、あれは何かを塩に変えるたびに小さくなっていったのか」
メルカバの操縦を従騎士に任せ、三人は後方ブリッジに上がっていた。そのブリッジは今、塩の杭に限界まで近づいたうえで地上付近に降りていた。
中心地は塩の嵐でも起こるのではないかと危惧したが、以外にもそうはならなかった。風が吹けば塩が顔に当たって鬱陶しいことこの上ないが、その程度だ。
「これほどの威容とはな」
バレスタイン大佐はため息を吐いた。
「かつて空の女神が人々に与えたという、
「……あれは女神の至宝とは違う。人智を越えた存在であるのは確かだろうが」
「どっちにしても、まずは調べないことには始まらない。“確認”してから降りるんだろう?」
スレインは言った。
調査とは言っても、そのまま地面に降りるのは躊躇われた。どうしたって、先の惨劇が脳裏を霞めるのだ。まずは降り立っても塩にならないことを確かめなければならなかった。
出発前に、ある程度の事態を想定して物資を積み込んである。その中には多量の爆薬もあった。使うことがないことを祈るばかりだが。
教会から引き取った、無用の材木などもあって、まずはそれを投げ捨てた。
「よっと」
木材は一秒も経たずに塩の雪原に接触。墓標のように突き刺さり……しかしなんの変化も起こらない。
「おっと、本当に塩化も止まっているのか」
「とは言え、塩化現象が起こらないとも限らない。いざというときに、塩を盾にすることを忘れるな」
塩化現象というのなら、つまり塩そのものは変化しない可能性が高いということ。いざとなれば、塩の大地に隠れるということだ。それも恐怖を克服するための虚勢に過ぎないが。
眼下に広がるのは雪さながらの塩の大地。ここは冬になれば大雪が当たり前のゼムリア大陸北部。スレインたちは、冬用のスノーシューを履いて灰白の大地に降り立った。
塩の杭、そう思っていたものは、想像以上にその姿を変容させていた。今もなお大地に聳え立つその灰白は、風の影響を受けないほどに押し固められた、文字通りの塩の塊となっていたのだ。
そして、スレインたちが最も近づいた柱の根元部分は、えぐり取られたくぼみのような痕がある。その部分からのみ、塩の塊ではない、暗混色の
「これが……《塩の杭》」
色素の違いで塩との境界線が判る。全長2.5アージュほどだろうか。長細く、歪ながらも円柱状のそれは、まさしく杭だった。
バレスタイン大佐が、先ほどのスレインと同じように木材を投げた。今度は塩の大地ではなく杭そのものに接触し……そして塩となり果てる。まだ、その異形の力は健在だった。
「……どうするんですか? 守護騎士さん」
この場ではスレインは殆ど見ていることしかできない。最初の約束にしたって、主体的に動くことはできなかった。それをもどかしく思う。
バルクホルンは、腰に携えた鎖付きの柄を取り出した。
「決まっている。《塩の杭》を回収する」
目的は非接触での回収。当然、通常の方法では達しえない。メルカバブリッジで話し合った教会の裏の顔が答えだった。
「聖具《グレイプニル》。本山より届けられたものだ」
声には出さなかったが、スレインはこれも古代遺物なのだろうと結論する。
モーニングスターにも似たそれは、バルクホルンの得物かと思ったが違うようだ。
柄を持ち、そして鎖を振る。鞭のように波を打った先端から、空気を震わす波紋が現れ……
「……起動」
バルクホルンの声掛けと同時、塩の杭の境界線が震え、そして塩の塊が音を立てて崩れる。金色の光の線が塩の杭を回り、絡めとった。塩の柱となった塊は相当な太さだから、とくに柱が崩壊することもなさそうだった。
遠隔操作により物体を移動させる道具、というわけだ。
バレスタイン大佐が神妙な面持ちで呟いた。
「なるほど、これなら回収も叶うというわけか」
物が物である以上慎重さは求められるが、問題はなさそうだ。ただバルクホルンは集中している。闘いの達人たちは、技術以上に覇気のような力を扱っている節がある。その力が求められているようだ。
メルカバの内部には持ち運べないから、後方ブリッジに運ぶしかなさそうだ。しかも塩化を防ぐための処置をしなければならない。
いずれにせよ目的は達せられる……とその場の全員が考えたその時。
大地が震えた。この塩の大地に立つこの状況、それなりの揺れでも転倒しないような注意が必要になる。
感じる殺気と振動。これは、魔獣、それも手配魔獣並みの大型だ。
いや、それよりも……どうして、この状況で魔獣が生きていられる?
「まずいぞ、これは……」
スレインが呟いた。予感、いや経験だった。これは。
危機を感じていたのは残る二人も同じだ。バルクホルンは知識による警戒を、そしてバレスタイン大佐は数々の戦闘経験による直感を基に理解した。
そして、二人より経験のないスレインが、どうしてこの危機を理解できたのか。それは類似ではなく、この気配を知っていたからだ。つい数日前に、まさに今のように対峙していたからだ。
塩の杭とメルカバの側方、その塩の山が崩れ落ち、魔獣が現れる。
それは一体の超大型魔獣。カバのような腹を塩の大地に擦り付け、鈍重そうな鱗を持つ四つ脚はしかしその一歩の度に地を揺らして塩の粉塵を撒き散らした。蛇のような首の先、ワニのような口腔に鋭利な牙をちらつかせ、どこかこの世の者ならざる空気を醸し出している。
虚ろな幻から這い出たような、そんな獣。バルクホルンが、塩の杭への操作を止めて発した。
「幻獣……《杭》の力に引き寄せられたか……!」
スレインたちが仮称として用いたその名は、どうやらあの存在を知っている者たちが用いる名称と同じらしい。
「こいつ……建国祭の一日目に出現したやつだ!」
幻獣。そういえば、この辺りは、アリエルと共に幻獣と戦った場所……。
「あの時から……予兆はあったってことかよ!?」
幻獣がその巨大な前足を振り下ろし、塩が衝撃に呑まれて大吹雪を生み出す。その不快感に思わず眼をつぶった。
三人は塩の杭の場所から散開を余儀なくされる。転び、脚がもつれる。辛うじて平然としていたのはバルクホルンだけだ。
「遊撃士。この幻獣が数日前にも出現していたというのは本当か?」
「本当だ! それに……確かに幻獣が現れたのはこのあたりだった!」
人間たちが離れたとみるや、幻獣は沈黙し、そして緩やかに脚を動かし始める。その向かう先にあるのは言わずもがな。
「どうする、神父殿?」
バレスタインは、その背から大剣を取り出した。腰には大柄な導力銃が携えられていた。超常的な物質に、超常的な生物。その両者が引き合わさることは、素人目に見ても安穏と見てはいられない状況だ。
スレインも、棍を取り出した。
「下がれ! これは教会の役目だ!」
バルクホルンは、聖具《グレイプニル》を、今度は幻獣に向けて放った。鞭のようにしなる鎖がまとわりつき、その動きを止める。
だが相手は生物だ。幻獣は暴れだし、バルクホルンの手に余るのは明らかだった。
塩の雪原という環境だけではない。幻獣は数日前より明らかに凶暴化している。スレインとアリエルだけで抵抗できたあの時とは比較にならない。それは今、バルクホルンが一人で幻獣を止めることができていないことではっきりと判った。
厳格でいて思慮深く、結局はスレインたちをこの場へ連れてくることを許した。それでもなお、自分の口から手助けを頼らないのは彼の性格の故なのか。
それでも、スレインは叫んだ。
「こんな状況で貴方に死なれたら、俺や大佐も無事じゃない! 塩の杭だってそのままだ!」
覚束ない大地をなんとか駆けて跳躍、スレインは隙だらけの幻獣の背面に渾身の一打を叩きこむ。苦悶とまでは行かないが、正遊撃士の確かな一撃は幻獣の殺気を分断させる。
「遊撃士……!」
「『遊撃士』じゃない。俺はスレイン・アルビドゥスだ」
鎖の拘束が解かれ、幻獣はスレインへ向く。そうはさせじと、今度は側面から大剣の一撃がやってきた。
「私もいるぞ。神父殿、ここは手を取り合うのが、遊撃士でも軍人でも教会でもない、人としての責務だと思うが?」
オブザーバー。その立場に徹すると言ったのは確かだ。だが黙って死ねるほど大人しくも従順でもない。
バルクホルンがが自分とリーナを助けたのと同じ。役割だとか、それぞれの領域だとか、そんなものは関係ない。
「もう一度言う。この場は死地だ。死ねば煉獄へ突き落とされる」
観念したように、バルクホルンは言った。そうして鎖を納めると、その手にガントレットを装着した。
「標的は幻獣……行くぞ!」
暴れだす幻獣を前に、スレインは特攻する。実力は三人の中で最も下、だがそれでもこの幻獣のことはこの場で一番知っている。
「再戦だ、この野郎……!」
再び大上段からの一撃。だが大した痛手にはならず、多少幻獣の挙動を鈍らせるのみ。
間髪入れず、今度はバレスタイン大佐が動いた。その大柄な体躯からは似合わない素早さで、大剣を斬り上げる。公国軍屈指の実力者、それでも致命傷には至らない。相変わらずどんな生命体かも判らない青色の血が前足から飛沫をあげた。
片や、幻獣もこのままではいられなかった。その身に金色の輝きを纏うと、殆ど間髪入れずに魔法を叩きこんでくる。黄金の球体が実体を持ってスレインとバレスタイン大佐に襲い掛かった。
それらを避け、あるいはいなし、教会関係者でない二人は必至で幻獣の気を引いた。
その間、バルクホルンは力を蓄え、呟く。
「地の琥耀、風の翠耀」
二人が気を引く間にバルクホルンが再び塩の杭を回収する、という選択肢は浮かばなかった。幻獣はまるで杭を守るかのように出現し、異様な執着を見せている。まずは敵を葬り去らねばならなかった。
「その調和を持って暴虐なる風を生み出せ……!」
瞬間、吹雪が止まる。バルクホルンは跳躍し、獅子のごとき咆哮と共に両の掌を突き出した。
「破ぁぁあ!!」
スレインを助けた時とは異なる。教会に伝わるであろう秘術を破壊に昇華させたもの。純粋な力が幻獣に向かい、爆砕する。
苦悶の咆哮をあげる幻獣は、地団太を踏みつつバルクホルンに狙いを定めた。その
「フン……!」
その巨大な首筋を冷静にかわし、バルクホルンはむしろ捕まえて見せた。
「うそだろ……!」
「さすがは星杯の騎士。どんなことでも規格外か!」
驚く二人をよそに、吼天獅子はその渾名を高らかに証明する。
「今だ! 叩きのめせ!」
『応!』
スレインは幻獣の首筋に最大限の力を。バレスタイン大佐は心の臓を狙って、稲妻のごとき雷速の突きを。
幻獣は動きそのものは制しやすい。それによって叶った一撃、だが絶命には至らない。
──グオオオォォォアア!!
耳をつんざく叫びと共に、最後にバルクホルン首筋を締め上げた。
それでも、幻獣は命を散らさない。
幻獣はその巨大な体躯に見合った生命力を秘めていた。たとえ最大限の一撃でも、ただの棍と剣では話にならなかった。
ならば、それが危険であってもとるべき行動は一つだ。
「俺と大佐が幻獣を引き付ける! アンタなら幻獣を倒す手立てもあるだろう!?」
鍵はやはりバルクホルンだ。それまで、命を削るとしてもスレインは立ち向かうしかない。
「……任せた!」
暴れる幻獣を前に、スレインは仁王立つ。防御も何も考えず、スレインは何度も幻獣に食らいつく。
その間、バレスタイン大佐は幻獣の四肢を切り刻む。スレインが気を引く一方、確実に失血させていく。
そして少し離れた場所から、バルクホルンが三度詠唱を唱える。
「我が深淵にて煌めく金色の刻印よ……!」
バルクホルンの詠唱は終わらない。導力器の発達によって機械体系化された魔法を放つ道具もあるが、それでも大魔法を放つには発動に時間がかかる。
バルクホルンのその一撃までは、時間を稼ぐ。
「けど……少し肝が冷えるな……!」
踏みつける後ろ脚を躱し、スレインは腹部に潜り込んで数日前と同じく打撃を繰り出す。暴れる魔獣は押しつぶそうとし、それはバレスタイン大佐の背面への剣戟によって止まった。
バレスタイン大佐に入れ替わるように、即座にスレインは背面へ。巨大な背を駆け巡り、そして頭部へ棍を振り回す。
自分に力はない。それでも、できる限りの抵抗を。命がなくなるかもしれない。それでも守り抜くために、全てを賭して足掻きを。
「おおおっ!」
心に浮かぶのは、出会った数々の人。行きつけの店の人。同僚。アリエル。リーナ。
何故、今乗脳裏によぎる?
それは今、死をまざまざと感じているから。
「それでも……!」
負けるわけにはいかない。大切な人を──
「守るために!」
「その通りだ……!」
言葉を継ぐ、バレスタイン大佐。言葉を躱しているわけではない。だがその毅然とした目を見れば、遊撃士が何を考えているかなど、簡単にわかる。
バレスタイン大佐は常にスレインと対になりつつ、死角から幻獣を狙う。二人とも無傷ではない。塩が肺に入っては咳き込み、幻獣の体にぶち当たっては裂傷を作り、大きな傷でなくても全身はボロボロだ。
だがそれでも、スレインと同じように戦い続けなければならない。
この場にいるのは、メルカバを操る従騎士と、塩の杭を管理できる星杯騎士と、そして自分たちだけ。自分たちが事を成せなければどうなる? この国は、国が国足り得る民を失い、国土を失い続ける。本当の意味でこの国は終わりだ。
スレインと同じだ。自分たちの命を駆けてでも、戦わなくてはならない。この国が失ったのなら、その国があってこそ生きられる自分たちは、いなくなってしまうのだから。
それに、ノーザンブリア大公国を思うなら、誰も死なせてはいけない。死に体のこの国は生きるための選択を迫られる。自分たち軍人は、非情な選択をせざるを得ない。
だからスレインは生かさなければならない。この状況下で、ここまで国と人々を憂うことができる遊撃士。国を再興したいのであれば、絶対に欠かしてはならない存在だ。
だから。
「行くぞ!」
バレスタイン大佐は力を込めた。脳裏に浮かぶのは、スレインに託された女性だった。
身籠っていた。あの命もまた、これからの大公国を創り上げるのだ。
絶対に、国と人を絶やせはしない。
バレスタインは大剣を片手に、そして拳銃を片手に備える。
それは一瞬だった。紫電のごとき覇気を纏い、幻獣の後ろ脚を破壊したのだ。紛れもない達人の一撃だった。
「今だ! スレイン!」
「応……!」
力は仲間たちに遠く及ばない。それでも、同郷の志が繋いでくれた瞬間を、無駄にはしない。
(支える籠手も関係ない! この状況を切り開く力が、俺にあるのなら──)
誰かが言った。棍の本質を。教えてくれたのは飄々とした中年の男だった。
持たば太刀、突けば槍、払えば薙刀。
必要なのは、無にして螺旋の一撃だと。
(偶然でもいい! 俺に、あいつを倒せる一撃を──!)
視覚と聴覚の領域から雑念が消える。世界が止まったかのように穏やかに感じた。
その手に握る棍に力が込められる。だが、それは自分のものではない。何時かの、どこかの、誰かの力がここにある。世界を救おうとする、太陽の少女の。壁を超える男の。Ⅶを導く重心の。沢山の人々の意志が。
どうしてかは判らない。けど、確かに流れ込んだ。他ならぬ、諸悪の根源たる塩の杭から。
突けば槍。スレインはただ、無心で棍を突き出した。それは全てを貫く一撃と化した。
沈黙。静寂が辺りを包む。
「今だ!」
名を呼ばなくても、誰に向けたのかが判る。
「獅子の咆哮を世界に轟かせ──襲い掛かる魔を無に帰せ!!」
獅子の咆哮。力をため込んだバルクホルンが、聖職者に似合わない覇気を持って、その全身を持って突進した。
「吼天烈撃衝!!」
全てを呑み込むエネルギーが幻獣へ向かい──塩の杭を覆っていた塩もろとも全てを吹き飛ばした。