各々好き勝手やってオリジナルが頭痛に苦しむだけの作品
朝練のために早起きしたら会長に呼び出された。
生徒会室に入ったら物凄く真剣な表情の会長がいた。
昨日なにかすごく怒られるようなことしたっけとビクビクしながら声をかけたところ、
「テイオー、君が増えた」
「……え?」
唐突に凄まじいことを言われた。
トウカイテイオーが増える話
「えーっと会長、それって……」
完全に黙り込むわけにもいかず、適当に相槌を打ちながら会長の隣に佇む女帝にアイコンタクトを送る。瞬きで。
『また会長のジョーク?』
それを見たエアグルーヴは苦い顔をしながら首を横に振った。
その表情には深い苦悶が刻まれている。
……ドッキリとかではないみたいだ。
「すまない、ちゃんと説明しよう。
トウカイテイオー、君が五人増えた」
「……ますます意味分かんないよ」
ちゃんとした説明とやらは、ただ具体的な数字が出てきただけだった。
多分それ以上に説明しようがないほどシンプルなのだろう。
「……だろうな。実を言うと私もまだ信じられないよ」
そう言う会長は心なしか体幹が揺らいでいるように見える。
いつもの会長からはまずあり得ない、フラフラした立ち方だ。
会長でもこんな風に疲れたりするんだと思う一方で、こんな形で見たくなかったとも思う。
「……それで、増えたボクはどこにいるの?」
そう聞くや否や、ボクの耳にすぐに声が返ってきた。
ただし、会長でも他の生徒会でもない妙に聞き慣れた声で。
「……チョ-……チョ-……」
と怪しげな声が響く中、会長はどこか達観した目をしながら、
「あぁ、それはな……」
と言ってくるりと反転してボクに背を向けた。
そこには、
「カイチョー!カイチョー!カイチョーカイチョーカイチョー!」
「……えぇ」
会長の背中にセミのように貼り付くボクがいた。
会長の体幹が崩れてるのはこれか。
「私を見るたびに抱きついてきてね。どうやら君よりもずっとストレートに好き嫌いを示すようなんだ」
そう話す会長にもはやもう1人のボクを引き剥がす意図は感じられない。
恐らく何度も挑戦して諦めたのだろう。
隣のエアグルーヴの溜息が全てを物語っていた。
「ところでテイオー、そのー……思い当たる節はないか?
たとえばアグネスタキオンの薬を飲んだ、とか」
「そういえば昨日はちみー奢ってもらったかな?」
「エアグルーヴ、彼女のラボへの立ち入り調査を。令状は手配する」
「はい」
そこからは実に鮮やかな手際だった。
瞬く間に突入部隊を編成、令状を発行しすぐさま容疑者を拘束すると共に多数の薬品を押収していった。
一声で多くの人を動かして速やかに問題を収束するため指揮を取る。
やっぱりレースの外でも会長は凄かった。
背中にボクがくっついてたけど。
「……だからね、この薬はウマ娘の本能に依らない欲求を著しく活発化させ、分裂させるのさ。ウマ娘たるもの、走ることと勝つことへの欲求は当たり前のようにある。だけれどそれだけを好きではいられないのが人格、個性というものさ。……そう、例えばテイオー君に黙って投薬実験して今まさに縛られている私のようにね!」
首謀者の言い訳だか薬の説明だか分からない言葉を適当に聞き流しながら要点をまとめる。
要するに、ずっと会長にへばり付いているボクのように走ること以外への欲が全開になったボクがあと四人ほどいることになる。
頭痛くなってきた。
その後ボクは生徒会室を後にし、学園内を散策していた。
分裂したボクが切っ掛けで何かトラブルが起きているかもしれないし、そもそも元に戻すためにボク達を一ヶ所に集めないといけないのだという。
そしてトウカイテイオーの好み、行きそうなところを一番知っているのは当然ボク自身なので、文字通りの自分探しをしているという訳だ。
「ボクが普段行きそうなところと言ってもなぁ、まず朝はちみー買いに行って……ん?」
そう呟きながら普段通りの日常を再現していた時、ドスン!という重い音が響き渡った。
ボク達ウマ娘は人間より聴力に優れるから、どうしてもこういう大きい音を出されるとそっちに意識が行っちゃう。
そしてその視線の先には……。
「え、えぇっと……はちみー20ℓですね、お買い上げありがとうございました……」
そこには決して安くない代金を支払い、どう考えても人に売るものじゃなくて業務用で使うはずのはちみーサーバーを受け取って地に置いているボクがいた。
確かにはちみーは好きだし一日三食はちみーくらいまでなら少し悩むけど、流石にその量を大人買いする気はない。
あと確かにウマ娘の膂力は人間よりも上だけど、そんなものを持ち歩くために使わないで欲しい。
というかボクまだ中等部なのに大人買いってしていいのかな。
とかなんとか考えていると、
「はちみーはちみーはちみー♪はちみーをー舐めーるとー♪」
君のそれは舐めるってレベルをとうに超えている。
「足がー足がー足がー♪
早くーなるぅー!!!!!!」
そう歌いながら、目視も難しいレベルで駆けていった。20ℓサーバーを背負いながら。
……あれ、はちみーじゃなくてアグネスタキオン産ドーピング薬とかじゃないだろうか。
こうしてようやく会長達の苦悩の一端を理解したボクは、発見報告だけ連絡して普段の日常再現に向かうのだった。
とりあえずいつも通りはちみーをキメてから行こうと思ったのだが、
「申し訳ございません、只今売り切れてしまいまして……」
許さない。
日課のはちみーを摂取できなかったため若干やる気を落としながら学園へと向かう。
たづなさんに挨拶してにんじん咥えたスペちゃんに手を振ってマックイーンにも声をかけて……。
「おはよーマックイーン」
「てっ、てててててテイオーさん!?まだ約束の時間ではありませんわよね!?
第一唐突すぎます!放課後までに答えを出してほしいなんて言われてもわたくしにも心の準備というものが!」
……普通におはようしただけなのにものすごくキョドられた。
だんだんボクもパターンを理解しつつある。
ボク、マックイーンに何かしたな。
「えー……っと、マックイーン。念のため、念のためね?
ボクがさっき君に何を言ったか教えてくれるかな?」
「こ、公衆の面前で言わせるつもりですの!?」
公衆の面前で言えないようなことを言ったのかボクは。
「ご、ごめんね変なこと聞いて。それより今日のトレーニングだけど……」
「ここがボクたちだけの伝説の木だよと言いながら壁ドンならぬ樹皮ドンして君の絶対はボクだとか君の帝王になってあげるとか君が欲しいから放課後までに返事をくれだなんて……!」
全部言ってくれた。
何を言ってるんだボクは。
ウマ娘が通って同年代の男性が基本いないトレセン学園で伝説の木なんて誰が得するのだろう。
……この分だとマックイーンの髪に芋けんぴが付いてたり
というか樹皮ドンって上手いこと言ったつもりなのだろうか。
「あぁああでも貴方が嫌という訳ではないんですのよ!?ただもっと段階を踏んで少しずつ歩んで行きたいといいますかなんと言いますか……」
そしてこのお嬢様は完璧に目がグルグル回っている。
スズカの左回りよりよく回る。
「えっとねマックイーン、そのときのボクはボクじゃないというか返答は一週間くらい待って欲しいというかずっと忘れてて欲しいんだけど……」
「そっ!それでは放課後まで!」
ボクの必死の言い訳に耳を貸さず、マックイーンが学園に向かって人ごみに消えていく。
……辛い現実から目を背けられるなら、ボクもはちみーをサーバーごと買おうかなって少しだけ真剣に考えた。
その後マックイーンと気まずいこと以外はいつも通りの日常が続き、放課後を迎える。
もしかしたら勉強が大好きでボクの代わりに授業を受けてくれるボクがいたりしないかと考えたものだが、そう都合の良い展開はなかった、残念だ。
……カフェテリアにいた、はちみーサーバーを抱える潜水ダイバーみたいな格好をしたウマ娘(耳と尻尾が隠れていたので未確定)は見なかったことにしよう。
とうとうはちみー以外の外気に触れることすら拒絶し出したらしい。
「てっ、テイオー!その、午前のお話ですけれどわたくしも貴方のことが……!」
顔は真っ赤に、脳内は真っピンクになっているマックイーンからダブルジェットのような走りを見せつつトレーナー室へと駆け込む。
これはあくまでもいつもどおりの日常を沿っているだけで、少女漫画のヒロイン気分のお嬢様から逃げている訳じゃない。これだけははっきりと真実を伝えたかった。
……野球とレースとスイーツが好きなマックイーンが一日でも早く戻ってきますように。
「……あれ?開かないや」
ドアはいくら力を入れてもビクともしない。
不思議なことにドアノブは回る、多分鍵はかかっていないんだろう。
机か何かが引っかかっているのだろうか?
内側から板を打ち付けたり、バリケードを作っていたりはあえて考えないようにする。
「トレーナー!いるのー!?」
と大声で呼んでも返答はなかった。
普段広いトレーニング場で指示を出すトレーナーの声は基本的に大きい。
だから大声を出し合えばドア越しでも会話ができるはずだ。多分。
あまりにも怪しいのでドアに聞き耳を立ててみると、
「むぅ~っ!んぐぅ~っ!!」
「もう駄目じゃないトレーナートレーナーはボクだけを見てボクだけの声を聞いていればいいのに他の声なんて聞いちゃ駄目ドアの向こうにいる邪魔者を黙らせてきたいけどそしたらトレーナーもボクのこと見れなくなった寂しいよねだから我慢するよボクのトレーナーはボクだけを見るのがトレーナーの務めで幸せなことなんだからボクとトレーナーだけが世界でいいよねボクがアダムでトレーナーがイヴだよトレーナートレーナートレーナートレーナー」
ボクは逃げ出した。
「……なるほど、五人中四人までは正体が分かったんだな」
「うん……あれをボクとは思いたくないけど」
放課後、生徒会室。
未だに会長の背中にセミのごとく貼り付いているボクを比較的安心した目で見るようになってしまい、それに自己嫌悪を覚えながら今日遭遇したボクを報告する。
リットル単位ではちみー漬けのボク、マックイーンを口説いていたボク、トレーナーを監禁してたボク。
それに比べれば会長にひっつくくらいなんだか普通のことに思えてくるのが嫌なところだ。
この中で唯一マックイーンを口説くボクだけは直接遭遇していないけど、逆にそれで本当に助かった。
ボクの姿でボクの声であんな内容を口にしているところを直視したら狂死してしまうかもしれない。
「残るは一人、か」
会長はそう言って、ボクもこれ以上行きそうなところを考えるけど思いつかない。
レースへの執念が分裂することはないみたいなので、トレーニング場にいることはなさそうだ。
「テイオー、他にどこかないか?たまに遊びに行く場所とか」
そう言われてたまにオフの日によくいくゲーセンやカラオケを思いついたけど、正直そこにいるとは思えない。
これまでの前例からして分裂したボクがそんな普通の行動をしているはずがないのだ。
それこそ重力も常識も超越した髪型で魂を奪い合う闇のゲームに興じたり、変形する巨大ロボで戦場に飛び込んで「戦争なんてくだらない!ボクの歌を聞けーっ!」ぐらいやらないと他のボクと釣り合わない。
流石にないだろう。……断言できないのが悔しいけど。
ボクの日常を追う計画はここで行き詰まり、残り一人について頭を悩ませていると、
「会長!テイオー!大変だ!」
と、大慌てのエアグルーヴがタブレット片手に生徒会室に駆け込んできた。
「これを見てくれ!テイオーだ!残り一人のトウカイテイオーだ!」
エアグルーヴから渡されたタブレットを会長が受け取って確認、ボクも少し背を伸ばして見る。
写っていたのは主にSNS、そして短い動画だった。
『#拡散希望 トレセン学園付近でウマ娘爆走中!トウカイテイオーか!?』
そんなトレンドと共に写っていたのは信号も対向車も何もかもをガン無視してただ走り続ける……ボクだった。
「えぇ……ええぇ……」
とうとう学園外にまで迷惑をかけ始めた。
もし元に戻っても明日から外出歩けるだろうか?
思わず頭を抱えるボクだが、会長はそうではなかった。
どちらかというと疑問を浮かべているみたいだ。
「……タキオン、確か君の説明ではレースと勝利への欲求は分裂しないのではなかったのか?」
「さ、さぁ……そのはずだがね。
分裂したテイオー君が何故あんなところを走り回っているのか私も分からないよ」
どうやら会長はボクが走っている理由に疑問を持ったらしい。
確かに最初のタキオンの説明とは食い違うのだが……。
『なんかすごい顔してたよ、今にも殺される~って怯えた顔』
『トレーニングキツすぎて逃げたのかな?』
『まさか。この前テイオー見たけどトレーナーにべったりだったよ』
『誰か早く学園に通報しろよ、あんな走りじゃ脚ぶっ壊れるぞ』
『トレーナーはなにやってんだ!?』
SNSを見てると気になる情報があった。
すごく怯えた、殺されかけてるようなすごい顔。
もし何かから逃げてるのだとすればタキオンとの説明とは矛盾しない。
……あとトレーナーはボクが監禁してますごめんなさい。ボクはやってないけど。
「ねぇエアグルーヴ、逃走ルートとか分からない?」
「ん?……あぁ、辿ってある。
この道から始まって……最新地点はここだな」
エアグルーヴはタブレットでマップを開き、ボクの走った道を加筆していく。
……予感はぴったりだった。
「その……会長、エアグルーヴ。
すごい恥ずかしいことなんだけどこれね?……病院から逃げてるよ」
全ての道筋が病院と間逆のほうを向いていた。
「いやぁあああ!注射いや!やだやだやだ!注射イヤ注射イヤ注射イヤ注射イヤあああああああ!」
こうして先回りに成功したボクたちは逃げるボクを捕獲。
本当に捕まえたかっただけで注射なんて打つつもりはないのだが聞く耳持たないとはこのこと。
どうやらウマ娘の鋭敏な嗅覚で遠くの注射と薬品の匂いを嗅ぎ取って逃亡者になったようだった。
自分が注射されるどころか学園に存在すらしない、遠い病院の注射の匂いで、だ。
いつも定期健診を愚図るボクを見てるトレーナーもこんな気持ちだったのかな、と考えると次はもう少し大人しくしようと思う。
ちなみに捕獲役ははちみーサーバーを抱えたボクが遂行していた。
多分この騒動がバレたらはちみーは禁止薬物指定されるので、闇に葬られることを願うしかない。
あと、残るボクも捕まえることに成功した。
まず注射からの逃亡者の捕獲役として期待されたはちみーテイオーは生徒会室まではちみーを置いた道を作ったら簡単に引っかかった。
「あっ、はちみー!あっここにも!」
「はちみー!はちみー!ここにもはちみー!あっ生徒会室だ」
「確保しろ」
こんな感じで本当にあっさりだった。
多分スペちゃんとにんじんでもこんな簡単に釣れない。
少女漫画テイオーはマックイーンに芝居を打たせて生徒会室で想いを伝えるとかなんとか言わせ、捕獲成功。
愛しのマックイーンに騙されたと知ったボクは世界の終わりのような深い絶望の表情をしていたため、あまりにもやるせなかったためタキオン印の睡眠薬で眠りについている。
せめて夢の中では結ばれててもらおう。
そしてトレーナーを監禁していたボク、通称シットリテイオー捕獲戦については、凄まじい激闘だった事以外は思い出したくもない。
あのときのトレーナー室は異世界、格闘漫画の世界だった。
あの覇気に満ち満ちたボクはトウカイテイオーではなくテイエムオペラオー(の二つ名)だったんじゃないかと今でも思う。
……ちなみに会長の背中にくっついたボクはくっついたまま戦っていた。
そんな戦い方してたのにすごく強かったので、どうやら会長とメガシンカしていたらしい。
「それで、どうすれば元に戻るの?」
「君の飲んだ薬を中和するのさ、この注射でね」
そう言ってタキオンは懐から注射器を取り出す。
この場にいる全員のボクからヒッという悲鳴が上がり、逆に一人は恐怖で失神していた。
……ボク以外は。
「嫌がらないんだな。普段あんなにトレーナーを困らせていたのに」
「うん……正直今でも怖いし嫌なんだけどね」
分裂したボクたちが好き勝手するよりは。
その一言は増えたボクたちの名誉のために喉の奥に留めて置いた。
元に戻るまでの一時間、最後の晩餐ということで各々好きな時間を過ごしたのだ。
はちみーテイオーは注射イヤテイオーと二人ではちみーをキメ、口説きテイオーはマックイーンと二人きりになり、シットリテイオーはトレーナーのシャツを銀行強盗のように顔に巻きつけ、会長の背中には相変わらずボクがセミみたいにへばり付いていた。
正直なことを言うと、どれも元はボク自身だったこともあり少しだけ好感が沸いてしまったのだ。
だからいつまでも居られたら迷惑、だなんて言えなかった。
その代わりに、大きな声で。
「さあ!注射、こーい!」
そして腕に一瞬だけチクリという感触。
その次に感じたのは寮で浴びる朝日だった。
どうやら注射したあと無事元に戻ったようで、そこからはいつもの、ごくありふれた、とても懐かしい平穏な一日が始まった。
……ただ。
「あっお客様!今日はたくさん仕入れましたからね!30ℓサーバーを5本!」
「いっ、いやいやいやいつものでいいよ!いつもので!」
「マックイーンおはよー!」
「てっ、テイオー!あ、あの……お、お……お慕い申しております……」
「えっ」
「じゃあ今日のトレーニングメニュー配るぞ、確認してくれ」
「……ねえトレーナー、なんでそんな遠くから渡そうとするの?まぁいいや、ちょうだい」
「ヒッ、ヒイイイイイーッ!!!」
「あっ……ご、ごめん」
「あれ、ここの病院工事してる」
「お譲ちゃん知らないのか?昨日ここの病院の薬品臭でトレセン学園のウマ娘が体調を崩してな。大々的な消臭と再発防止を徹底してるところなんだ」
「へ、へぇ……病院も大変なんだね」
(うわああああごめんなさいごめんなさい……)
「なぁテイオー、放課後少し時間はあるかな?」
「会長?特にないけどどうしたの?」
「いや……少し私の背に乗ってみないか?午前はどうにも落ち着かなくて」
「かいちょー……」
……ボクの平穏な日常はやっぱりもう少し先かもしれない。
「それにしても会長、あの日は大変でしたね」
「まったく、ずっと離れないものだから困ったよ……そうだエアグルーヴ」
「なんですか?」
「私の背からセミのように離れないテイオーは
※シケーダ(cicada)=セミ
「……」
エアグルーヴのやる気が下がった。