次話でシリアス終わります。
若が少女のいる母屋に入ると、すぐに女傑が出迎えてくれた。久しぶりに見る彼女の顔は以前と比べやつれて見えたが、瞳の色は失っておらず、笑顔を顔を出していた。
「ちょっと、アイツに用があって」と声を掛けて入室の許可を求めると、ただニッコリと笑っただけで明確には応えてくれなかったが、何も言わすに家の奥の方に行ったので若も追従することにする。
彼女の腹は普段とは異なり、少し大きく感じられた。そういえば師匠が子供を孕んだっつってたな、と思い出し納得した。
少女がいる二階まで階段を上っている途中に、女傑から色々な話を聞いた。この数週間、まるで食事を摂らず顔も見せてくれない。師匠や親父、青髪のアイツも心配して訪ねてくれたが扉の前に門前払いされてしまった、などなど。
なんだよ、アイツあれだけ人のコト煽っといて自分も行ってるじゃねぇか!と若干腹を立てた若だったが階段を上り終わり、自然と心の中は湖のように静かになった。
「そんじゃ……、私はここいらで」
「はい。ありがとうございます」
ゆったりとした足取りで階段を下りていく女傑に感謝を口にし、扉へと向き直る。
正確には、“扉”はそこに存在しなかった。
無造作に開けられた戸があり、部屋に入らずとも中を窺うことが出来る。ただし、光が部屋の中にないのか扉の向こう側は真っ暗だった。
聞こえるのは、自分の呼吸音のみ。
「おいテメェ。そこにいるのか」
若は少女を呼ぶ。
返事はない。だが、少しだけ中から物音がした気がした。この部屋の中に少女がいるのは間違いないはずだ。それならばと、先ほどよりも大きな声で少女を呼ぶ。
「いるんだったら、返事しやがれバカ」
若の声が闇の空間の中でやけに響く。
返事は返ってこなかったが、若はそんなこと全く期待していなかった。
呼びかけたのも単なる気まぐれであり、正直なところどうやってこの中にいる白髪の少女を連れ出そうか見当もつかなかったのだ。なら、当然その後は自分自身が彼女に近寄るしかいない。
若はやけに重く感じる足を持ち上げ、一歩ずつ、静かに部屋の中に入る。
外からでは暗闇のせいで分からなかったが、目が慣れてくると部屋の惨上がよく見えてくる。
砕かれた花瓶の破片、折り投げられた机。
なにより若の目を一段と惹いたのは――――――――壁一面に広がる見たこともない文字の羅列だった。それぞれ何行ずつかが纏まって書かれており、部屋の至る所に刻まれている。
筆を使用した形跡はないため恐らく爪を使って刻んだのだろう。そして、その文字を書いた張本人であろう白髪の少女は
「そんなとこにいたのかよ」
散らばった家具が広がる部屋の隅に、身体を抱えるようにして蹲っていた。若に背を向けるようにしているので顔は見えないが、その背中からはかつてのような覇気は感じ取れなかった。
床の遮蔽物に気をつけつつ、ゆっくりと少女へと近づく。
「なあ、どうしちまったんだ。ここ何週間も鍛錬に来てない。アイツらもお前のこと心配してたぞ?」
よっこらしょ、と倒れた棚をどかし少女の後ろに立つ。至近距離でなくては分からなかったが、彼女の髪にはいつものような輝きがなく、枯れた百合の花のように感じられた。
その頭をポンと叩いて、わしゃわしゃと掻き乱す。
「けっ、シカトかよ。つまんねぇな、この前までのお前だったら『私は心配されるほど弱くありません』とか言って反論してたくせによ」
少女は、ただ、少し顔を背けただけで、それ以降動く気配はなかった。
肌の色も元々白かったが、今では病人の肌のように真っ白になってしまっている。僅かに見えた瞳には何も映っていなかった。
若はそんな些細なこと気にならないように無造作にどすんと床に座る。
それから頬を指で掻きながら
「なあ、俺達が最初に出会ったこと覚えてるか?……実はよ、出会い始め当初はお前のことがスゲェ気にくわなかったんだ。お前の目は俺達じゃなくて、もっと違う別の何かを眺めてた」
ふっ、と若は自虐するように笑う。
「そんとき、幼かった俺はお前のコトを変なヤツだと思ったが、それ以上に強く思ったことがあったんだ。ああ、お前の目を俺に向けさせたいってな」
少女は動かないし、答えない。それでも若は喋り続ける。
「子供特有のバカみてぇな発想だった。けどよ、今となっては……バカみたいには思えなくなっちまってる」
そう言って若は大きく両腕を広げる。まるで生涯最高傑作を作り上げた芸術家のように。
「なあ、知ってるか?俺達が住むオーガの里は、この世界の何千分の一、もしかしたら何万分の一ぐらいの広さしかねぇんだ。北には絶対零度の氷河大陸があって、南にはクソデケェ湖がある。東には帝国っつー超強ェ奴らがいて、西にはクソ高い塔が山ほどあるらしい」
少女の耳が、ぴくっと動く。
「俺は、まだこの世界を見てない。まだほんのしか見れてねぇんだ。いつかはさ、俺はこの世界を旅しようかなって思ってたんだ。実際に自分の足でその地に訪れて、見て、触って。そしたら、なんつーか、満たされると思うんだよ。この心が」
ニカっと歯を見せて、若は言う。
「俺は思うんだ。この世界を自力で生き抜いて、見て回りたいって。でもさ、俺こうも思うんだよ」
そこで言葉を途切れさせ、穏やかな目で少女を見る。
「一人じゃ、無理だ……って。絶対どこかしらで躓いて、挫けそうになる。もう諦めよう、辞めようって。だからさ、そんなときに「もう少し頑張ろう?」って言いてくれる仲間がいたら、少しはマシになれる気がするんだよ」
それから若は「あー……」と手を交差させたり、何かを表そうとしたが思うように出来なくて頭をくしゃくしゃと掻く。
「……つまりだ、俺が何を言いたいかっつーと、少しは友達に頼ってくれてもいんじゃねぇかってことだ」
何言ってんだ俺、みたいな顔をして若は苦笑いする。自分でさえも意味の分からない話をコイツが理解してくれるわけがない、と。あーやっぱこの話ナシで―――――と言おうとした瞬間、
「貴方は、誰ですか?」
若の鼓膜に小さな音が響く。それは彼が記憶するものよりも掠れた声で、弱々しいものであったが、それは確かに彼女の声だった。
見ると、目の前には深海のように深い青色の目がこちらを覗き込んでいた。
「あー……確かに、俺は誰なんだろうな」
少女の唐突な問いに一瞬呆けてしまうが、すぐに言葉を絞り出す。質問の答えにはなっていなかったが、少女は続きを促すように若の顔を見つめている。
それじゃ、と言わんばかりに若はニヤリと笑う。
「強いて言うならば、俺は俺だ。周りの奴らは揃って俺のコトを若って呼ぶけど、俺が俺であることに変わりはないしな」
「……じゃあ、俺さんですか」
いやそれは違うだろ、と少女の頭にチョップを叩きこむ。なかなかに強烈な一撃だった。
痛い、そう言って叩かれたところを擦る少女を横目に若は
「若とでも呼べこのバカ、俺さんとか一生言うんじゃねぇぞ。虫唾が走る」
少しだけ嫌そうな顔をするだけだった。けっ、とした様子の若と頭をなおも擦っている少女の間で会話が止まる。
……話は変わるが、とある少年の現在の心の内を表すとこんな感じだ↓↓
(やっば可愛すぎるだろコイツマジ俺を殺しにかかってるってでもこれで死ねるなら本望ですありがとうございましたぁ!来世はオーガ族随一のイケメンになれますようにぃぃ!)
「それなら、若さん」
「………んあ?」
いつの間にか垂れていた涎をふき取って少女の方を改めて向く。前髪が伸びてしまって顔の全貌は見えないが、口元を見る限りまだ生気はあるように見える。そんな些細な部分にも安堵しつつ、少女の言葉を待つ体勢になる。
「私を、殺してくれませんか?」