神が讃えしその駿駆   作:松武栗尾

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追記:レイの意匠についての注釈を追加しました。


第十一話 送られてきた荷の中身は 前編

「うーん……」

 

 トレセン学園は全寮制を採っており、ごく一部の例外を除き、在籍する全ての生徒が学園の真向かいに位置する寮棟で暮らしている。

 

 存在する二つの寮の内の一つ、栗東(りっとう)寮に属する寮棟の玄関先で、寮長を務めるフジキセキは見るものを男女問わず魅了させるその中性的な面立ちを、悩ましげにしかめさせて佇んでいた。

 

「おやフジ先輩」

「ん? やあ二人とも」

 

 自分を呼んだ声に振り返れば二人組のウマ娘の姿が目に入り、フジキセキは顔を微笑えませ彼女たちへひらひらと優雅に手を振る。

 

 外から帰ってきた二人の内、声をかけてきた栗毛の少女──ウマ娘の身体能力の根源を解明する、という目的でトレセン学園に入学した変わり者のアグネスタキオンが、興味深そうに彼女のことを観察している。

 

「こんなところで突っ立って何をしているんだい?」

「何やら、困った様子ですが……」

「うん、実はね。ついさっき宅配で荷物が届いたんだけど……」

 

 タキオンの隣に立つ物静かな黒鹿毛のウマ娘、マンハッタンカフェ──彼女はもう一つの美浦(みほ)寮の所属であるがどうしてか栗東寮に足を運んでいた──にも尋ねられ、フジキセキは困ったように笑うと視線を落とした。

 

「「荷物?」」

 

 声を揃えて言葉を繰り返す二人。確かに寮長の足元には、送り状の貼られている宅急便と思しきダンボールが置かれてはいるが……。

 

「受け取り人の名前が書かれていなくてね。どうしたものか悩んでいたんだよ」

「受け取り人欄が空っぽ? イタズラじゃあないのかい?」

 

 閉鎖空間である寮内の実情や生徒たちの秘められたプライベートを探ろうとする、犯罪まがいの行いを働く不届き者が生徒たちの近親者を騙って妙な物を送り付けてくる事態も極まれに発生する。

 

 しかし今回に限っては送り主の情報はしっかりと送り状に書かれており、おまけに電話番号まで記載されているのでそういったいかがわしい行為とは無縁のものだろうと、フジキセキは判断を下したのだ。

 

「いや、住所は栗東寮で合ってるし、届け人の名前と住所もしっかり記載されてるんだ……まさかとは思うけど、タキオン。君また妙な物を取り寄せたりはしていないだろうね?」

「いやいや。私がこんな悪目立ちするやり方で研究材料を仕入れるわけがないだろう──おっと」

 

 ウマ娘の身体の神秘を暴くため、ひいては己の可能性をするために研究とあらゆる人体実験を行っているタキオン。しばしば外国からのよく分からない小包みが届くこともある彼女の開き直りっぷりに、フジキセキは呆れてしまう。

 

「他のポニーちゃんたちに迷惑をかけないのであれば、私としても止める気はないんだけど……そもそも、君は言われて止まるようなウマ娘じゃないし」

「あっはっはっ、分かっているじゃないかフジ先輩」

 

 悪びれる様子もなく笑いながらしゃがむと、先輩の足元にあったダンボール箱を引き寄せるタキオン。

 

「発送元は北海道。送り主は……『サイトウ』という方、ですか」

「通りがかりのポニーちゃんやスマホで確認を取ってはいるんだけど、皆心当たりがないみたいで……正直弱ってるんだ」

「ふぅン……」

 

 タキオンの横から送り状の情報を金色の瞳を通して読み上げるカフェに対し、お手上げと言いたげに肩を竦ませるフジキセキ。

 

「荷物が届いているのに本人の手に届かないなんてことは、避けたいからね。もしかしたら──」

「ていっ」

「──美浦(みほ)寮と栗東寮(こっち)を間違ってる可能性も……って、あ!?」

 

 望洋と荷物を眺めていたタキオンがボールペンを取り出したかと思えば、突然ダンボールに突き立てたので彼女は驚きで目を見開いた。

 

「タキオン! 君、一体何を……!?」

「受け取り人も不明、送り主にも思い当たる節がない。ならば荷を解いて中身を人目につくところに置いておけば、受け取り人が気付いて引き取りにきてくれると思うのだけどね」

「いや、どんな理論だよっ。誰のか分かってない荷物を開けるのは普通に駄目に決まってるじゃないか!」

「寮長を務めているフジ先輩の貴重な時間をこれ以上浪費している姿をみるのは、私としても忍びないのでねぇ」

 

 突然の凶行に慌てるフジキセキ。一方悪びれる様子もなく朗々と恩着せがましい物言いで語るタキオンを彼女は慌てて制止する。

 

「なぁに、中身は衣類だそうだし、見られて恥ずかしいものでもないだろうよ。当人の趣味によっては多少奇抜な可能性もなくはないが……最悪、梱包し直して誤魔化せばいいのさ。それに好きだろう? サプライズ」

「いやそういう問題じゃなくて──カフェ、君からも言ってくれないか」

 

 とんでもないことを口走るタキオンにやっぱりどこかずれている子だなと面食らいつつも、フジキセキは彼女を制止できる数少ない友人であるカフェへ助けを求めた。

 

「……タキオンさん、止めておいた方がいいですよ」

「えー、いいじゃないか。減るものでもないんだし」

「“彼女”も、放っておいた方がいいと言っていますし……」

「ほぉう?」

 

 それまで虚空を見つめていたカフェの発言に、タキオンは興味深そうな表情を浮かべて顔を上げる。

 

「君の“お友だち”が警告を?」

「はい……何でも、私たちが気軽に触れていい物ではないそうです……」

 

 カフェの言う“彼女”とは一体誰を指しているのかはカフェ以外には未だ判明していない。

 

 だがタキオンは当然のことのようにそれを受け止めていたし、何よりも黒鹿毛の友人から発せられた警句に好奇心が刺激されたのか、独特の光彩を持った瞳をなおさら関心に輝かせた。

 

「なるほどねぇ……大事なものであれば、荷の持ち主の特定も容易になる。加えて君の発言で個人的な興味が湧いてしまったから、なおさら開封したくなってしまったよ」

「……はぁ。どうなっても知りませんからね……お茶はまた今度お願いします」

 

 カフェはため息をつくと、手を伸ばすフジキセキの呼び止めにも反応を示さずに踵を返し、スタスタと立ち去ってしまう。

 

「カフェ! ちょっと待……行っちゃったよ」

「まあいいじゃないか。さっさと確認して、持ち主を特定してしまおう」

「こら、開けちゃ駄目だって──!」

 

 置いてけぼりを食らったような思いに駆られるフジキセキを尻目に、ジジーと突き刺したボールペンをカッター代わりにして楽しそうにガムテープの封を断っていくタキオン。

 

 ああ、この荷物を受け取るはずだったポニーちゃん。後輩の暴走を止めることができなかった哀れな私を許したまえ、と諦観の念に苛まれながら彼女はタキオンをなすがままにすることしかできなかった。

 

「ではでは、中身の方をご拝見~」

 

 そしてダンボールを開き、敷き詰められていた梱包材を脇へ押しやった後タキオンは中身を確認し──

 

「──五?」

「え?」

 

 妙なことを口走った彼女の声に、フジキセキも咄嗟に反応してしまう。

 

「なんだって? 君、今『碁』って言ったかい?」

「五だよ、数字の五が入ってる」

「……ははは、面白い冗談だねタキオン。けど、冗談は人を笑顔にさせるようなことを言えないと──」

 

 他人の荷物を開けた挙げ句下手な冗談をついたタキオンに対し、何をバカげたことをとフジは苦笑しながら自分も横から覗き込んで──

 

「……五だ」

「だろう?」

 

 目に入ってきたのは漢数字の『五』。言葉通り、五の文字がダンボールの中に収まっていることをフジキセキは認めざるを得なかったが、隣で得意気にしているマッドサイエンティストにデコピンを食らわせたい気持ちが仄かに湧いた。

 

「しかし──これは一体何なのだろうねぇ」

 

 ガサゴソと緩衝材が敷き詰められていたダンボールから中身を取り出すタキオンが首を捻る。

 

 透明のビニール袋に包まれたそれは一反の布で、質の良さそうな紫の布地に五の字がデカデカと白い文字で書かれている。

 

「……なんだろう、どこかで見たことあるような。というか知っているような……」

「よっと」

 

 衣服の括りで配送してくる代物には思えないが、妙な既視感に襲われるフジキセキ。そんな寮長の前でもタキオンは平然とビニールの口まで開けてしまった。

 

「タキオン! だから勝手に開封するんじゃ──」

「おっと」

 

 ビニール袋から取り出す際に手を滑らせて落としてしまう。

 

 バサリ、と音を立て畳まれていた紫地の布が玄関先の廊下に広がり──

 

「「あ」」

 

 全体像を捉えた瞬間、二人して間の抜けた声を発した。

 

 高級感の漂う紫地の布の両端に施されたフレンジとモール──それはトゥインクル・シリーズにおいて重賞レースを優勝したウマ娘に送られる優勝レイだった。

 

 どうしてこんなものが? 普通であれば抱くであろう疑問を、しかし二人はそんな疑念の余地も挟むことなく足元のレイを凝視する。

 

 散りばめられた五つの宝冠。その背を彩る菊、薔薇、梅*1、桜の花の意匠に菊の御紋。それら雅な飾りを両脇に従え、レイの中央を()()()の功績を讃えて贈られた三文字の称号が雄々しく踊っていた。

 

 

 

 

 

 『五冠

 

 

 

 

 

「「…………」」

 

 この特別なレイの持ち主に心当たりのある、いや心当たりしかない二人は無言で顔を見合わせる。

 

「…………」

「…………」

 

 さっと素早く拾い、そっとそれをフジキセキの手に乗せるタキオン。

 

「……ではフジ先輩、後は任せたよ」

 

 そして彼女は何事もなかったかのように装い、回れ右してそそくさと寮から出ていってしまった。

 

「────こらぁ、逃げるんじゃない!」

 

 しばし呆然としていたフジキセキだったが、ハッと我を取り戻すと、手中にあるレイを凄まじい手際で丁寧に畳み、我が子のように胸へ抱いてタキオンを追った。

 

 大先輩が自身の大事な私物に手をつけられたと知った日にはどんな反応を示すか……考えるだけで怖くなってしまう。

 

 顔を青褪めさせるフジキセキ。大目玉を食らうことだけはなんとしても避けるため、彼女は某学級委員長もビックリなバクシン具合で、実行犯アグネスタキオンを追跡する。

 

 目撃した後輩が驚くほどの慌て振りを見せる寮長の腕の間から、特別なレイ──『五冠制勝記念レイ』に白字で刺繍された所有者と贈呈主の名が覗いていた。

 

『シンザン嬢 N.C.K*2

 

 

 

 

 

「──それで、わたし宛の荷を開けたと」

「はい……」

 

 すまなそうに耳を垂らして事の顛末と釈明を述べる青鹿毛の後輩の話に、シンザンは寮のラウンジに置かれたソファに腰かけながら耳を傾けていた。

 

 寮の所属を問わず騒ぎを聞きつけ集合した生徒たち──しれっと面倒ごとを回避してみせたマンハッタンカフェも戻ってきている──でごった返す栗東寮のラウンジに、シンザンがやってきたのはつい先程だった。

 

 今日は一緒に練習する後輩もいなかったので自身の練習を程々に済ませ、残りの時間を学園のグラウンド横に併設されたスタンドからトレーニングに励む後輩たちの姿をまったりと眺めていたのだが、額に汗を滲ませ必死に自分を探していた美浦寮寮長(ヒシアマゾン)に呼び出され、首を傾げて後をついて行ってみれば……。

 

 ちらり、と壁際に目線を向ける。

 

 視線の先には幾度となく纏った自身の名と称号の刻まれた優勝レイ──引退の際URAから贈呈され、今は故郷浦河の町役場に町興しの一貫として預けていた『五冠制勝記念レイ』が、ハンガーにかけられた状態でその存在をアピールしていた。

 

「後輩の暴走を止められず申し訳ありませんでした、シンザン先輩──ほら、君も謝って」

「すまなかったねぇ。まさか、先輩の荷物とは思いもしなかったものだから」

 

 頭を下げて謝罪するフジキセキと彼女に促され詫びを入れるアグネスタキオンへ視線を戻しながら、シンザンは手を振って気にしていないことを態度で示した。

 

「まあまあ、そんな謝らなくても大丈夫よ」

「ですけど……」

「受け取り人の名前が書いてないんじゃ、中身を確認するのが手っ取り早いものね。それに、これはわたしの手落ちだから」

 

 今回の件についてシンザンは後輩たちを責める気は微塵もない。

 

 何故なら『五冠レイ』をこっちに送ってほしい、と懇意にしている役場の職員さんに電話で連絡を取ったのはシンザン自身であり、下宿先が寮ではなくなったことをうっかり伝え忘れていたのも自分だったからである。

 

 ……まあ栗東寮に在籍していた頃からの名残とは言え、受け取り人の名義を書かないサイトウさん(向こう)サイドもどうかとは思ったが。

 

「なあフジ先輩。偉大な先輩もこう言ってくれているのだから、この件はもう水に流そうじゃあないか」

「うーん、納得いかないけどシンザン先輩がそう言ってくださるなら、まぁ……」

 

 相変わらず飄々としたタキオンと釈然としていないフジキセキだったが、シンザンからのお咎めがなかったことに安堵したのか、二人ともどこかほっとした様子である。

 

「しかし先輩。事故とはいえあの『五冠レイ』を目撃してしまった手前、何故突然取り寄せたのか気になるのだが、教えてもらっても構わないだろうか?」

「それがねぇ……この間、取材依頼がきてるから受けてほしいって学園の広報から相談があってさ」

 

 シンザンはソファからのっそりと立ち上がり、好奇心と畏敬の念のこもった後輩たちの視線を向けられている記念レイへ歩み寄りながらタキオンの疑問に答えた。

 

 府中に足を運んだ際、目ざとい記者が変装していた自分の存在に気が付いたのだろう。そこから復学していたことも嗅ぎ付け、こうして接触を図ろうとしているのだ。

 

「どうせならバシッと決めてやろうかなって思ってね」

 

 かつての地方の怪物や芦毛の怪物といった後輩たちが受けた仕打ちを思えば、正直メディアというやつとは距離を取っていたかったが『記者連中を手玉に取れるようになることも名バの条件』という親分の教えを思い出し、取材記者をちょっとばかし驚かしてやろうとイタズラ心を働かせ、学園側に取材の旨を了承したのである。

 

「とにかく、騒がしくしちゃってごめんなさいね。それに、フジもタキオンちゃんもありがとうねぇ」

「そんな、お礼を言われるようなことは……」

「礼には及ばないよ。強いて言うなら、今度ぜひ私の研究を手伝ってもらえるとありがたい──冗談、冗談だよフジ先輩」

「それじゃ、わたしはさっさと撤収しますから、皆も今日はもう休んでちょうだいな」

 

 トレーニング終わりで疲れている後輩もいるだろうと思い、そう言って彼女は足元に置かれているダンボール箱にしまおうとして『五冠レイ』に手をかけたのだが──

 

「ヘイ、先輩!」

 

 突然上がった呼び止める声にシンザンは手を止め怪訝に声のした方へ振り向いた。

 

「自分は……確かフジと同じところの」

「エルコンドルパサーデース! エルと呼んでください!」

 

 周囲で事の成り行きを見守っていた大勢の生徒たちの中から、プロレスラーの着けるようなマスクで目元を覆った一人の少女が手を挙げている。

 

「そうだエルちゃんだ。エルコンドルパサーちゃん」

「そうデス! 以後お見知りおきを、先輩!」

「こちらこそよろしくねぇ。それで、どうしたのかなエルちゃん?」

 

 外国出身であり怪鳥の異名を持つ優秀なウマ娘、と以前スペちゃんから教えてもらったなぁとその後輩へ目を向けつつ、記念レイを畳もうといそいそ手を動かすシンザン。

 

「そのー……実は、お願いがあるんデスけど……」

「お願い?」

 

 自己紹介の時の明るさとは打って変わり、おずおずと遠慮がちに口を開くエルコンドルパサーに、彼女は再び手の動きを止め、首を傾げて少女の言葉を待った。

 

 

 

 

 

「アタシたちの前で、『五冠レイ(それ)』を羽織ってもらえませんか?」

*1
正しくは梅の花ではなく百合の花。

*2
日本中央競会(Nippon Chuo Keiba-kai)の略称であり、略称が現在のURAに変更される以前しばしば使用されていた。現実では1987年に略称をNCKからJRAに変更。






このフォントを作成してくださった方に惜しみない賛辞を送り、神と呼び称えているパソコンよわよわ作者は私です。

あとアプリのやり込みやアニメの方の視聴が足りないせいで原作キャラの把握がすごく難しいです……。




追記:五冠馬レイに刺繍された五つの意匠について訂正です。菊、薔薇、梅、桜、菊の御紋と小説内で記載していましたが正確には上から順に

菊花紋章、菊、薔薇、百合、桜

であり百合の花を梅の花と誤認していました。誤った情報を記載してしまい大変失礼いたしました。
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