神が讃えしその駿駆   作:松武栗尾

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 勝手ながら今話から掲載形式を『短編』から『連載』へと変更させて頂きました。ご了承ください。


第十二話 送られてきた荷の中身は 後編

「はい、チーズ」

 

 パシャッ、と気怠げな合図に続けて小気味良いシャッター音が鳴る。

 

「──ありがとうございます、シンザン先輩!」

「はいはいー」

「す、すみませんっ、次は私のスマホで──!」

「どうぞどうぞ」

 

 緊張で強張りながらも嬉しそうにはしゃぐ後輩から続けざまにかけられる声に、毎度毎度相槌を打ちながらシンザンは彼女たちとの写真撮影に興じていた。

 

「いやぁ、すごいことになっちゃったね」

「はぁ……全くだよ」

 

 繰り広げられる光景に苦笑するフジキセキと、彼女とは対照的な面持ちで不服そうに唸るアグネスタキオン。

 

 

 

 

 

 事の成り行きはこうだ。

 

 エルコンドルパサーの発した一言──『五冠レイ』を纏ったシンザンの姿をこの目でみたいという、その場に居合わせた全ての少女たちの思いを代弁した彼女の願いに対しシンザンはというと……。

 

「よっと」

「「「おおっ」」」

 

 手元の記念レイと遠慮がちだが期待するような目で己を見つめるエルと周囲の後輩たちへ交互に目を向けた後、バサリ、と『五冠レイ』靡かせて両肩へと羽織ってみせたのだ。

 

「「「おおー……!」」」

 

 着飾る素振りなど微塵もなく、上っ張りを羽織るような自然な動きで『五冠レイ』を纏ったシンザンへ少女たちは感嘆の声を上げた。同時に、大先輩のその姿に言葉にならない迫力を感じ取る。

 

 記念レイをショールのように首から掛けただけ──気張った様子もなく態度も何も変わっていない。それでも今の彼女からは、かつて数多の大レースを制したのだと見るものを納得させる王者の風格が静かに滲み出ていた。

 

「どう? 悪かぁないでしょ」

 

 金モールを揺らし、手で紫地の布を持ち上げながら面映ゆそうに尋ねるシンザン。誰もが息を呑み、言葉を忘れて目を奪われている中、エルとは別の少女が声を張り上げた。

 

「せ、先輩っ!」

「んん? どうしたのウオッカちゃん」

「写真! 写真撮ってもいいっスか!」

 

 目をキラキラと輝かせ、スマートフォン──電話や写真が撮れる便利な機械と以前ダイワスカーレットから教えてもらった──を振る顔馴染みの子が視界に入る。

 

 見ればウオッカだけでなく、他の後輩たちもうずうずした様子で自分のスマートフォンを取り出し、そわそわした様子で眼差しをこちらに向けていた。

 

「あたり前田のクラッカー」

「へ……?」

「あ、いや。遠慮せず撮ってちょうだいよ」

 

 周囲の様子を察し、シンザンは冗談を交えて快諾してみせたが、一堂に揃って首を傾げられる。意味を理解してもらえなかったようなので、改めてオッケーであることを伝え直した。

 

 やっぱり今の子には伝わらないのか。マルちゃんには分かってもらえるんだけどなぁ、とのんびりそんな感想を彼女は抱きつつ、食い入るように向けられるスマートフォンの群れへ視線を向けると、くるりと一回転してみせた。

 

「「「おお~……」」」

 

 金のフレンジとモールを揺らし、羽衣のようにふわりと舞う記念レイに刻まれた『五冠』の放つオーラに方々から声が漏れる。暫しの間を置き、カシャカシャとシャッターの切られる音がそこかしこから響いてきた。

 

「へへ……なんだか懐かしいなぁ」

 

 休学以来写真を撮られることなど久しくなかったが、打てば響く後輩たちの可愛い反応にシンザンは頬を掻きながらもまんざらでもない気分になり、ついつい調子に乗ってしまう。

 

「勝利のブイサイン」

「「「おお~!」」」

 

「お控えなすって」

「「「おおお~!」」」

 

「シェー」

「「「おお、お……?」」」

 

 おふざけで自身の現役時代に流行ったギャグをかましてみたが、良い反応が返ってこない。

 

「んー。じゃあ、これはどうだ──一着のポー、ズっ」

「「「おおおおお~~~~!!」」」

 

 ならば、とシンザンはお得意のポーズを取ると大きなどよめきが起こり、してやったと胸の内で得意気になる。

 

「──って待てーい! それはアタシの専売特」

「今は!! あなたの出番ではありませんの!!」

「ひょわっ!? マ、マックイーン……?」

「場を弁えて!!!! 引っ込んでいてくださいますこと!!!!」

「な、何だよぉ……そ、そんな怒らなくてもいいじゃんか……」

 

 まあ一瞬抗議の声が飛んできた気もしなくはなかったが、とあるメジロマックイーンのお嬢様らしからぬ怒号によってことなきを得たので由とする。

 

 その後も様々なポーズを決める意外とサービス精神旺盛な大先輩の雄姿を、後輩たちは夢中になって写真を撮り続けた。

 

 

 

 

 

「……全く、どうして私がカメラマンの真似事なんてしなきゃあいけないんだか」

「まあいいじゃないか。たまにはこういう役回りも」

 

 最初の内は、記念レイを纏ったシンザンを撮影する趣向だったはずが、気付けば今の栗東寮はシンザンとの写真を求める撮影会の様相を帯びていた。

 

 単独で、あるいは複数人でせがんでくる後輩たちとの写真撮影に勤しむ彼女を前に、めぐるましくスマートフォンをとっかえひっかえしながら独りごちるタキオンの肩をフジキセキはポンと叩き、諭すような言葉をかける。

 

「それに、シンザン先輩をカメラに収められる機会なんてそうそうないんだ。むしろ光栄なことだと思わないと」

「簡単に言ってくれるねぇ、フジ先輩。君は私と違って手を動かすわけじゃないから気楽でいいかもしれないが──」

 

 「先輩! 次はアタシと!」と待ち切れない様子の健康的な小麦色の肌をしたウマ娘。美浦(みほ)寮の寮長(トップ)を張る女傑ヒシアマゾンからスマートフォンを押し付けられ、ため息をついてからタキオンはフジキセキへ目をくれる。

 

「──意外と疲れるんだよ、この作業」

「あはは……まあ、荷物を開けた罰の代わりだと考えれば良いんじゃないかな」

「……言ってくれるねぇ」

「フジー、自分も入りなさいよ」

「おっと、シンザン先輩がお呼びだ。悪いけど、私は一回離れるからよろしく──あ、あと私のスマホでも撮って欲しいんだけど、頼んだよ」

 

 半目で何か言いたそうにするタキオンへ自らのスマホを渡し、フジキセキはひらひらと手を振り逃げるようにシンザンとヒシアマゾンの元へ向かう。

 

「んー、両手に花とはこのことだ」

「は、花だなんてそんな……」

「何を謙遜してるの。アマちゃんとフジみたいな美人画さん二人と写真撮れるわたしは幸せ者だよ」

「お褒めに預かり光栄です、先輩」

「あ、写真現像したら焼き増しして、ちゃんとわたしにもちょうだいね」

「あはは……現像って」

 

 スタイル抜群な二人の寮長に挟まれ、シンザンはオッサンのようなとぼけた感想を口にする。

 

 彼女の言葉にドキマギしながら照れるヒシアマゾンと、デジタル化の進んだ今日耳にすることが少なくなった言葉を耳にしてに苦笑を隠せないフジキセキ。

 

 だが後輩たちの面倒を見る寮長という立場にある二人にしても、雲の上の存在であったシンザンと同じ写真に収まることができるとは想像もしていなかったので、なんだかんだ彼女たちも浮かれており、内心ガッツポーズをしていた。

 

「……絶対、モルモットになってもらうもんだ」

 

 一方、自分に非があるのは百どころか千も承知だったが、こうして良い様に使われていては面白くないタキオン。スマートフォンを二台持たされた彼女は、かの大先輩を自らの実験に強制参加させることを決心する。

 

 ……一応、友人であるマンハッタンカフェやロジカルウマ娘(エアシャカール)、何故か自分に懐いてくれているダイワスカーレットを交えて、シンザンとの写真に収まることも彼女は忘れなかった。

 

 

 

 

 

「いきますよー! せーのっ」

 

 『我ら黄金世だーい!』とエルコンドルパサーの音頭に続けて掛け声を発した仲良し五人組との写真を最後に、急遽始まった撮影会も終わりを迎えることとなった。

 

「ありがとうございました、先輩!」

「まさか、あのシンザン先輩と写真に収まることができるなんて、夢にも思ってませんでした……ナイスでしたよ、エル」

「いやいや。わたしも楽しかったよ」

 

 エルコンドルパサーと、大和撫子然とした栗毛のグラスワンダーにお礼を述べられ、シンザンは照れ臭そうにする。

 

 正直な話、ヒシアマゾンに呼ばれて寮に顔を出した時は皆して深刻な顔をして集っていたので、一昔前の大学闘争の真似事でもおっぱじめるのかと一人身構えていたのは……ここだけの秘密だ。

 

「後輩とこんなに沢山写真が撮れるなんて、考えもしなかったなぁ……どうせなら、勝負服も着れば良かったかも」

「え!? 勝負服があるんですか!?」

「おっと」

 

 冗談交じりでそんなことを口にするシンザン。彼女との写真に収まるために前でしゃがみんでいたため、頭を撫でられ続けていたスペシャルウィークが弾かれたように振り返った。

 

「ああいや、手元にはないのよ。ただ、こんな楽しいことになるなら、実家から取り寄せても良かったかなぁ、って思っただけで」

 

 同郷の後輩の食い付き振りにシンザンは思わず面食らってしまう。気分が乗ってしまい思わず口を滑らせてしまったことに言い訳を述べると、スペシャルウィークは残念そうに耳を垂らしてしまう。

 

 まあシンザンからしてみれば勝負服と『五冠レイ』を纏っていると誰も彼もが後退る始末だったので、個人的にはあまり合わせて着たくはなかったが。

 

「なんだぁ……残念です」

「ごめんねぇ、スペちゃん。期待させちゃって」

 

 レース映像で目にした深紅の勝負服。それ生で見ることができたのかと期待してしまった分、スペシャルウィークは余計にしょんぼりしてしまう。

 

 分かりやすく表情をコロコロと変えるそんな姿を愛おしく思い、シンザンはまた彼女の頭をなでなでしてしまう。

 

「けど、エルの一言からこんなどんちゃん騒ぎになるなんて、セイちゃんは思いもしなかったよ~」

 

 じゃれ合う道産子ウマ娘たちを尻目に、どこか掴みどころのない少女──セイウンスカイは疲れ果てた様子のタキオンからスマートフォンを受け取りながら、からかうような視線を騒ぎの発端となったエルコンドルパサーへ向けた。

 

「エルが目指すのは世界最強! であるならばっ、まずは日本最強である先輩の勇姿を目に焼き付け、最強に至るまでのイメージを明確にするべきと考えたまでデス!」

「はぁー、なるほど。その様子だとお役には立てたのかな?」

「ハイ! おかげで素晴らしい刺激になりました! まあ、ここまで大事になるとは想像してなかったデスが……」

「じゃあ見るだけっていうのもあれだしなんなら──」

 

 

 

 

 

「『五冠レイ(これ)』、羽織ってみる?」

 

 

 

 

 

 彼女の台詞を前に、シンザンは肩に掛けた記念レイを手に添えて何となくそんなことを口走り──

 

「……あれ?」

 

 笑顔で固まったエルコンドルパサーに彼女は目をぱちくりさせた。

 

「エルちゃん? 大丈夫?」

 

 何もエルコンドルパサーだけではない。彼女の隣にいたグラスワンダーは微笑を浮かべた表情のまま冷や汗をかいているし、セイウンスカイは手から溢れたスマートフォンを落とすまいとお手玉をしている。

 

 スペシャルウィークに至っては驚きで真ん丸な瞳と口をかっ開き、何人にも譲る気のなさそうな顔をして、シンザンのことを見上げていた。

 

 少女たちの様子に、シンザンは白い菱形の流星(メッシュ)の入った前髪を撫でながら周囲を見渡してみる。

 

「エルちゃん以外で、羽織りたい子はいる?」

 

 空気の一変したそんな凍り付いた栗東寮のラウンジで、身動ぎ一つしない回りの後輩たちへ一応確認を取るが……返事はない。

 

「ほれ、自分とかどうよ?」

 

 写真係を務めてくれたタキオンへお礼がてらに勧めてみるも、疲れた表情は変えずに無言のまま両掌をこちらへ向けて距離を取られる。

 

 周囲の反応に戸惑いを隠せず、一人キョロキョロとするシンザン。彼女を中心に円を作るウマ込みの中で……。

 

(……ちょっと、どうすんのさこの空気)

(いや、私に言われてもこればかりは……)

(いっそ、ハヤヒデが着てあげればいいんじゃない? この間、先輩と仲良くやってたんだし、許されるって。大好きなバナナも食べさせてもらったお礼にさ)

(無茶を言うな、こんな状況で名乗りを上げるのは無謀が過ぎるぞ。それに私程度が羽織るなど、あまりに畏れ多すぎる。というかバナナは関係ないだろうバナナは)

 

 気の強そうな小柄なウマ娘と頭が大き……いのではなく、ボリューミーな芦毛の髪のウマ娘。以前彼女からフルーツをご馳走になったナリタタイシンとビワハヤヒデが、どのようにしてこの状況を打破すべきか頭を悩まし──

 

(ど、どうしましょう?)

(ううむ、これは参ったね)

(わ、私、オペラオーさんなら、きっと似合うと思いますけど……?)

(いやはは、ドトウのその評価を聞けて嬉しい限りだ。ボク自身、かの『五冠レイ』を纏ったとて、ボクの輝きが鈍ることはない自負はある)

(じゃあ……)

(けど、今のボクではあのレイを纏うにはあまりに役者不足。先輩のご厚意を無下にするのは心苦しいけどね)

(うう……オペラオーさんがそう言うなら……変な提案をしてしまってすみません……)

 

 頭に王冠を乗せた自信満々なテイエムオペラオーと、彼女とは対極的に気弱な面持ちのメイショウドトウがぽつんと取り残されたような大先輩の姿に顔を曇らせ──

 

(うわー……うわー)

(ちょっと、うわうわうるさいわよ……アンタ、まさか──)

(い、いやさ。別に羽織ってみたいとかじゃないんだぜ。ただ、あれがどんな肌触りなのかなー、って思っただけでさ……)

(このおバカ! あれはアタシたちみたいなぺーぺーのペーが、身に付けていいような代物じゃないのよ!)

(んなこた分かってるけどよぉ……)

 

 紫色の優勝レイに引かれるように前へ前へと揺れているウオッカをスカーレットが慌てて止めにかかっていた。

 

 結論から言って、この場に居合わせる全ての少女たちは『五冠レイ』をその身に纏ってみたかったのが本音だった。

 

 だがこの世に一つしか存在しない『五冠制勝記念レイ』とはつまり、シンザンがトゥインクル・シリーズに深く刻み付けた偉大な蹄跡そのもの──彼女の血と汗、努力の結晶である。

 

 それがいかに厳しく、過酷な道程であったかなど、同じくトゥインクル・シリーズにおいて現役でターフを駆ける少女たちには想像に難しくはない。

 

 だからこそ誰もが『五冠』という重みを双肩に負うに値する実力、立場にあるだろうか? と自問自答してしまい、大先輩のとんでもない厚意に対しても尻込みし、遠慮してしまっていた。

 

「……少し、はしゃぎ過ぎたかな」

 

 少しの間を置き、後輩たちの考えを察したシンザンが小さな声で呟いた。

 

「門限も近いわけだし、ここいらでお開きにしようじゃないの」

「シンザンさん……」

 

 肩から『五冠レイ』を下ろし、いそいそと畳み始めた彼女の呟きを側で聞いていたスペシャルウィークは、その声にどこか悲しさを感じてしまい思わず彼女の名を口にする。

 

「皆とこうしてわちゃわちゃできて、よっぽど楽しかったみたいだよ、わたしは」

 

 かくいうシンザン自身も、思っていた以上に自分はこの状況に舞い上がっていたようだ、と己を恥じて自嘲の言葉を吐く。

 

 己が『五冠ウマ娘』と呼ばれるようになり、休学するまでの在籍期間中、こんな風に沢山の後輩たちに囲まれ、気兼ねなく触れ合える機会などほとんどなかったことが尾を引いていたのだろう。

 

 かつて全てのウマ娘たちの目標として──何人も踏み入ることのできない『絶対』として半ば神聖視され、畏れと興味の混ざり合った眼差しで遠目から眺められていたあの頃とは大違いである。

 

 そして、経緯はどうあれ先程までの楽しい一時を自らの余計な発言でぶち壊し、自分と彼女たちの間にある見えない壁の存在を再認識したことで、微かな寂しさをシンザンは思い出してしまった。

 

 胸中でそんな思いを抱きつつ表面上はいつも通りの呑気さのまま、すごすごと撤収作業に移っている彼女の姿に、時代の寵児となった王者の孤独を感じるなというのが無理で──ことさら制止することなどできなかった。

 

「……さてと、身支度も済んだし帰るとしますかね」

 

 先程までの賑わいから一転し寂寥感の漂う中、記念レイをダンボールへ仕舞い、それを抱えて後輩たちへ別れを告げるシンザン。

 

「フジ、今日は迷惑かけて悪かったね」

「いえ、そもそもの発端は私たち側にあったわけですから……」

 

 寮長のフジキセキへ目をくれながら謝罪の言葉を述べると、対する彼女も深々と頭を下げる。疲労に参りながらもタキオンもフジキセキに倣って(こうべ)を垂れていた。

 

「うん……皆も明日早いだろうから、夜更かししちゃあ駄目だよ。それじゃあ、お休みな──」

「あー!」

 

 名残惜しくなりながらも塞がった手の代わりに尻尾を振って退散しようと踵を返そうとしたその時、重苦しい雰囲気をぶち壊すような明るい声が寮の玄関から響いてきた。

 

「なになにー、皆で集まって何やってたのー?」

「あら、自分は……」

 

 突如現れた桜色の髪をポニーテールに纏めた少女をシンザンは目を瞬かせて見つめる。

 

「あっ! シンザン()()()だ!」

 

 今の今までトレーニングをしていたのだろう。泥んこになったトレセン学園のジャージを着た、綺麗な桜花を瞳に咲かせたウマ娘は怪訝にするシンザンに気付くと興味津々といった風にとてとてと駆け寄った。

 

()()()?」

「はじめまして! わたし、ハルウララ! よろしくね! シンザンちゃんって、すっごい速くて、強くて色んなレースで一番になったんでしょう? 皆がお話してたよ!」

「ちょ、ちょっとウララさんっ!?」

 

 ハルウララと名乗った少女からまさかのちゃん付けされるとは考えてもみなかったため、流石のシンザンも目を丸くしていると、泡食ったような必死の声と共に緑のメンコを着けた一人のウマ娘がすっ飛んでくる。

 

「なんてこと言ってるの! この先輩はものすっごいお方で、私たちがちゃん呼びするなんて、とっても失礼なことなのよ!」

 

 スペシャルウィークたちと一緒に写真を収まる際、一人だけ緊張で声も発せずガチガチに固まっていたキングヘイローが慌ててウララを抱き寄せ、怖いもの知らずな彼女へ耳打ちをした。

 

「キングちゃんくすぐったいよ~」

「いくらあなたでも、言っても良いことと悪いことがあるんだから!」

「そうなんだぁ~。けど、そうしたらシンザンちゃんのことなんて呼べば良いのかな? むむむ……」

「……ああ、別に、ちゃん呼びしてもらってもわたしは構わないよ」

「ホントにー! ありがとうシンザンちゃん!」

「だ、駄目よ! 先輩はご厚意で言ってくださってるだけで──!」

「えー駄目なのー? じゃあどうすればいいのかな~……って、わわっ!」

 

 余裕のない同室の少女とじゃれ合っていたウララだったが、シンザンの抱えるダンボールの中を覗き込んだ途端に目を輝かせて食い付いた。

 

「すっごい綺麗な布ー……これって何に使うの?」

「これはね、『五冠レイ』。わたしが引退した時にもらったんだ」

「『ごかんれい』……って、何それ?」

「ああもうっ、どうしてこの子ったら……!」

 

 首を傾げるウララの無知っ振りに、頭を抱えたキングが耳元でゴニョゴニョと説明してやる。

 

「──すごいすごーい! シンザンちゃんって、ホントにすごいウマ娘なんだね! わたし、全然知らなかった!」

 

 「すごいなぁー」と桜の咲いた瞳をキラキラと輝かせ、紫地の記念レイを興味深そうに覗き込むウララを黒い瞳で静かに見つめていたシンザンは、少しの間を置いて。

 

「……ねえウララちゃん。自分、『五冠レイ(これ)』羽織りたい?」

「えっ! いいの!」

「ウララちゃんが羽織りたいならね」

「げっ……は、羽織るの……?」

 

 大先輩の言葉に、ウララはパアッと表情を喜び一杯に満たす。

 

 一方、先程のやり取りを知っているキングやスペシャルウィーク、そわそわと沈黙を守っている周囲の生徒たちは、今回ばかりはウララの純粋無垢さが怖くなってしまった。

 

「やったー!」

「じゃあ、取り出すからちょっと待ってねぇ──」

「あっ、でも」

 

 思い出したように己の姿を見下ろして、そんな言葉を口にし始める。

 

「わたし、トレーニング終わりで汚れちゃってるし……『ごかんれい』を汚しちゃうからやっぱりいいや」

「ウララちゃん?」

 

 

 

「それに、シンザンちゃんの大切な()()()をウララが着ちゃうのは違うもんね」

 

 

 

 頬を掻いて残念そうに笑ったウララ。

 

 そんな彼女を、シンザンは目を見開いて凝視した。

 

「…………」

「せ、先輩?」

「シンザンちゃん? どうしたの?」

 

 動きを止め、言葉を失っているシンザンを不思議そうに覗き込むウララとキング。

 

 わけが分からず顔を見合わせる二人を彼女は無視してダンボールを足元へ置くと、先程ビニールへ入れ直した紫地の記念レイを取り出し──

 

「えっ……はわわっ」

 

 バサ、と己の名が刻まれた『五冠レイ』をウララの肩に掛けてやった。

 

「駄目だよシンザンちゃん。汚れちゃう……」

「大丈夫よ。汚れたら洗えばいいんだし」

 

 突然の行動に戸惑いを隠せない後輩の声を遮って、シンザンははっきりとした声で言い切る。

 

 シンザンは自身の記念レイを掛けてみないかと後輩を誘った経験は以前も何度かあった。

 

 その際返ってくる答えはどれも同じようなもので、私には畏れ多いだとか自分にそんな資格はないだとかと言って丁重に固辞されてきた。

 

 要するに『五冠レイ』とはシンザンの偉業を具現化にした物、という認識を取るウマ娘が全てであった。

 

 だから今ハルウララが口にした()()()()()()()()は纏えないという言葉に、彼女は深い衝撃を受けてしまったのだ。

 

(……今は、こんな子がいてくれるんだね)

 

 こんな純粋で真っ直ぐな断られ方をされたのは初めてで……。

 

「わたしは、ウララちゃんみたいな子に、羽織ってもらえるのが一番嬉しいんだ」

 

 この桜色の少女は、自分を『五冠ウマ娘』としてでなく、シンザンとして見てくれているように思えて、ただだた嬉しくなってしまい、優しく微笑みかけていた。

 

 最初の内はただ肩に乗る『五冠レイ』の重みに戸惑い、恐る恐る表面を撫でていたハルウララ。

 

「────すごいすごいすごーい!」

 

 満開の桜のような笑顔と共に、喜びを爆発させた。

 

「見て見てキングちゃん! スペちゃん! わたし今、すっごくカッコいいー!」

「……ウララさん……あなた、なんて子なの」

 

 友人たちの名前を叫びながらぴょんぴょんと跳ねるウララ。

 

 傍らで恐ろしいものを見た表情を浮かべて立ち竦んでいたキングヘイローも、『五冠レイ』を纏ってはしゃぐ同室の少女の姿を心に刻み付けるように、スマートフォンでえげつない量のシャッターを切っていた。

 

「なまら……なまらカッコいいよ、ウララちゃん!」

 

 スペシャルウィークも感極まった表情で駆け回る彼女を見つめ、拍手までする始末だった。

 

 誰にもできなかったことをやってのけた少女に対し、ウララ……お前がナンバーワンだ、とラウンジに居合わせる全員が満場一致の感想を抱く。

 

 同時に、目の前の暖かな光景を前にして穏やかな雰囲気で『撮影会』を締められたことに、生徒たちの表情は和らいだのだった。

 

 

 

 

 

「…………」

「……ちょっと、何泣いてるのよ」

「……俺も、羽織ってみたかったなって……すんっ」

「……バカねウオッカ……どうせなら、先輩も超えちゃうくらいすごい成績残して、自分だけのレイを作ってもらえばいいだけじゃない」

 

 

 

 

 

「何やら、先日は栗東寮で和気藹々とされていたそうですね」

 

 後日、生徒会長室で業務にあたっていたシンボリルドルフは執務机に向かったまま、同席しているウマ娘へ話を切り出した。

 

「写真会のこと? そりゃあもう楽しませてもらったよ」

「かつての先輩を知る私には想像もできない光景だったことでしょう」

 

 生徒会長室にふらっと姿を現し、のんびりと長ソファで寛ぎながらお茶を啜る茶褐色髪の先輩を一瞥し、己の中に存在する彼女の堂々たる深紅の姿を想起しながらルドルフは率直な感想を述べる。

 

「ルドルフもきたらよかったのにねぇ」

「残念至極ではありましたが、サマードリームトロフィーに備えたトレーニングと生徒会の業務で帰寮が遅くなったので……そういえば、先輩へ取材の依頼があったはずですが、結局のところどうされたのです?」

「んー?」

 

 『五冠レイ』を伴っての撮影会。その場にいられなかったことを心から惜しんでいたルドルフだったが、そもそも彼女があれを突然取り寄せたというのにも、想像に難しくはなかった。

 

 大方雑誌か新聞の取材でも受けたのだろうと予想していたのだが、学園広報部の窓口の前を通った際、理事長秘書(たづなさん)と広報部の職員が皆一様に頭を抱え、「マジですかシンザンさーん……」と呻いているのを目撃しており、ルドルフは嫌な予感がしてしまい……

 

「いやさ、皆と写真撮ってたら、なんだか満足しちゃって。土壇場で断ったんだ」

 

 

 

 ……絶対わざとですよね?

 

 

 

 実際の事情はどうであれ、彼女のマスコミに対する心象を知っているルドルフは思わず突っ込みそうになったが、すんでのところで喉から出かかったその声を飲み込む。

 

「……先輩らしいと言えば先輩らしい」

「よしてよ。褒めたって使い古した蹄鉄しか出せないよ、わたしは」

「それはまた──太っ腹なことで」

 

 ルドルフは遠回しにやっぱりメディアのことが嫌いなんですね、と伝えるが照れ臭そうに嘯いたシンザンの冗談──全然冗談になっていないし、むしろ頂戴したい──に彼女は閉口してしまい、曖昧な相槌を打つことしかできなかった。




こうして、ハルウララはシンザンの想いを継承し、有マ記念へと挑むのだった(大嘘)。





『五冠馬レイ』について

 1965年の有馬記念の優勝を最後に現役を引退したシンザンは翌年の一月九日に東京競馬場で、同月十六日にかつて過ごした地元京都競馬場で二回の引退式を行いました。

 京都競馬場での引退式の際、日本中央競馬会からその戦績と史上初めて『五冠』という言葉を残した功績を称えられ贈呈されたのが『五冠制勝記念レイ』になります。

 その『五冠馬レイ』は競走馬引退後にシンザンが馬生の殆どを過ごした谷川牧場に保管され、1968年に京都競馬場にて行われたシンザン像除幕式の際には、シンザンは『五冠馬レイ』を引っ提げての登場となりました。

 またかつてシンザンの主戦を務めたジョッキーも除幕式に同席しており、シンザンに騎乗、かつて戦後初の三冠を達成した淀のターフを共に駆け、人々は再びその雄姿を目撃したのです。

 因みに、府中での引退式でも朱色に染められた『勇退記念レイ』が東京競馬場からシンザンへ贈呈されていたりもします。
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