神が讃えしその駿駆   作:松武栗尾

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第十七話 『スピカ』夏合宿場所

 立合い前、土俵入りしたウオッカはシンザンを前に四股を踏み意気込みを見せていた。

 

「ウオッカちゃん頑張ってー!」

「思いっきり投げ飛ばしちゃえー!」

「おうっ! スペ先輩もテイオーも俺の取組み、しっかり見ててくださいよ!」

「先輩! ウオッカならケチョンケチョンにしても平気なので、遠慮しなくて大丈夫ですからね!」

「ちょっ!? スカーレット余計なこと言うなよな!?」

 

 応援と野次が交わされる中、腕を組むトレーナーは自分のコントロール下から離れて行われるトレーニングメニューを前に複雑な心境と面持ちで見守っていた。

 

「やっぱ、トレーニング内容確認しとけば良かったぜ……」

「あはは……誰にでも、こういうことはありますから、自分を責めないでください」

「スズカ……」

 

 当然シンザンには何かしらの意図もあるはずだし、何よりここで拒否するのは彼女に失礼だから、と自分を納得させようとしている今の彼には、サイレンススズカの優しさがただただ胸に染みる。

 

「しかしなんだ。思ったよりもあれだな」

 

 

 

「ところでお前ら、四股名はどうすんだ?」

「ん? そうだな~、俺はウオカの海にでもしとこうかなっ」

「おーし分かった。でシンザンは?」

「松風……いや、(のび)の山なんてのも捨てがたいなぁ」

「神の山なんてカッコよくないっすか!」

「うーん……ちょおっと、それはねぇ」

「バカっ、世の中には言っていいことと悪いことがあんだぞ! 謝れ謝れ!」

「お、おう……? す、すんません先輩」

 

 

 

 思わず目頭を抑えていた彼は眼前で呑気に四股名について話し合っている三人──興が乗ったようでゴールドシップは行司を買って出ていた──へ視線を戻し、気が抜けたように吐息をついた。

 

「結構、緩い感じでやるみたいだが……」

「いいじゃん、ボクは厳しすぎるよりかはこっちの方が良いとは思うけど」

「ですけれど、シンザン先輩が考えてくださったトレーニングなのですから、みなさんもう少し真剣に取り組むべきだと思いますわ」

 

 不服そうな声のした方へトレーナーたちが振り向けば、メジロマックイーンが背を向けてストレッチに精を出している。良く見れば、彼女の頬には赤みが差している。

 

「これでは、(わたくし)が……その、スイーツに釣られた卑しんぼさんみたいではではありませんか」

「まあマックイーンは甘いものに目がないし、あながち間違いでも──アダダダダダっ!?」

 

 図星を突かれたマックイーンは照れ隠しで咄嗟にトレーナーへ卍固めを決めて黙らせにかかる。

 

「けど、シンザン先輩本当にいいのかしら? 一人でアタシたちと相撲をするって」

「そうね。先輩、無茶をしていなければいいけれど……」

「ボクたち全員を相手にしてたら疲れるに決まってるのにねー。まっ、パフェの無料券がゲットできるから良いんだけどねっ」

 

 突飛もない条件でトレーニングに臨むシンザンの心配をするスカーレットとスズカに対し、気を良くしたテイオーは調子良く腰に手を当てる。

 

「……っつぅ~。まあ、アイツもそれを見越して相撲と懸賞なんて面白いこと考えたんだろうが」

「トレーナー?」

 

 苦々しい声の方へ首を巡らせれば、マックイーンによる固め技から解放されたトレーナーが節々を揉んでいるところだった。

 

「もう少し加減しろってのに……要するにだ。アイツの太っ腹な性格からして、最初からスイーツの無料券をウチらに渡すつもりではあるんだが、タダでやるのも味気ないからトレーニングのご褒美に使ったんだろう」

「つまり……勝敗は建前、ってことですか?」

「あくまで俺の推測だけどな」

「なるほど。そういう考え方もあるわけね」

 

 彼の言に腑に落ちたような気になり、スズカたちは頷きながら視線を土俵へと戻す。 

 

「よーし時間一杯! 待ったなし!」

「真面目だねゴールドシップ。てっきり面白半分でやってるものかと。ちょっと自分のこと見直したよ」

「私語は慎むっ。それとギョルシちゃんと呼ぶようにっ。ほれ、見合え見合え!」

 

 どうやら準備が整ったようだ。ゴールドシップ──始める前、自分の名前と行司とをかけてギョルシちゃんなどと宣っていた──の掛け声に合わせ、シンザンとウオッカは同時に腰を落した。

 

「手を付いて! はっけよーい……」

 

 軍配代わりに手を翳すゴールドシップ。仕切り線を挟んで睨み合う両者。両の拳を仕切り線手前に置き、溌剌とした闘志を燃やすウオッカ。

 

 対するシンザンはというと、左右の腕を両腿に乗せたまま、いつもと変わらぬ穏やかさで正面の少女をその黒い瞳で見つめている。

 

「……ごくり」

 

 相撲独特の立合い直前の張り詰めた静寂──それはレースに臨むウマ娘なら誰もが知っている、スターティングゲートに収まり、開くまでの数瞬に全身を駆け巡る緊張と高揚に似通っていた──に、誰とも知らず固唾を飲む。

 

 一拍間を置いてシンザンがゆっくりと両手を下ろし──

 

「残った!」

「しゃあっ!」

 

 始めの掛け声と同時に動いたのはウオッカであった。

 

「おおっ!」

「やるー!」

 

 シンザンが反応する間もなく彼女の腰へ抱き着くように両腕を回し、土俵際まで一気に押し込んだことでチームメイトから驚きの声があがる。

 

(よしっ!)

 

 それは速攻を仕掛けたウオッカも同じで、相手が反応する間もなく勝負を決める作戦が功を奏したことに胸中で快哉をあげる。

 

 抵抗がないことを好機と捉え勢いのまま土俵際へと追い詰める。

 

(このまま外に押し出し──)

 

 勝ちを確信し、ウオッカの脳裏にスイーツの無料券の存在が過って口元を緩めた、その直後だった。

 

「──て!?」

 

 素っ頓狂な声をあげてしまう。

 

 何故なら突然シンザンが土俵際で踏み留まったからだ。

 

 しかも先程まで押していたのが嘘のようにびくともしなくなり、弾みでシンザンの体に乗っかるようにつんのめったウオッカは面食らってしまう。

 

 そしてその動揺を見逃すシンザンではなかった。

 

「あらよっと」

 

 クッと両足で踏ん張ってウオッカの攻めを受け止め、彼女の細い腰に添えていた手に軽く力を加えながら、ひょいと体を反らした。

 

「ひゃっ!?」

 

 微かに体が浮き上がっていたこともあり、変化に反応できずそのままコテンと土俵の外へとあっさりウオッカは転がされてしまう。

 

 決まり手で言えば見事なまでのうっちゃりであった。

 

(のび)の山~」

「……」

「残念だったねぇウオッカちゃん。立合いの勢いは良かったけど、ちょーと考えが見え見えだったから」

「……あっちゃあ~」

 

 うっちゃられ、ぽかんとした表情でシンザンを見上げて固まるウオッカだったが、すぐに理解が追い付き、砂浜の上に胡座をかいて顔を覆う。

 

 ……指の間から覗く彼女の顔は仄かに赤みがかっていた。

 

「うー、惜しかったよウオッカちゃん!」

「あーん! いけると思ったんだけどなー!」

「あははっ! ウオッカったら砂まみれじゃない! しかも、アンタ気付いてないかもしれないけど、投げられた時可愛い声まで出してたわよ!」

 

 チームメイトの結果に残念がるテイオーやスペシャルウィークだったが、スカーレットはというとお腹に手を当てて愉快そうに笑っていた。

 

「う、うっせー! 相撲だし、砂浜でやってんだから当たり前だろ!?」

 

 シンザンに引き起こされ、砂を払いながらよたよたと立ちあがるつつ、恥ずかしさを誤魔化すようにウオッカは吠える。

 

「だったら次はお前が先輩と相撲やってみろよ! 思ったよりムズかったんだかんな!」

「ふんっ、少なくとも今のアンタの相撲よりは上手くできるに決まってるわ!」

「なっ!? だとこらー!」

「ぬあんだってのよー!」

 

 挑発に挑発を重ね、互いに顔を真っ赤にし額を付き合わせるウオッカとスカーレット。

 

「ちょ、ちょっと二人とも……」

「落ち着いてくださいまし!」

「いつも通りとはいえ、今お前らが喧嘩したってしょうがないだろう……」

「「だってコイツが!」」

 

 慌てて間に入ったスズカとマックイーンに引き剥がされ、トレーナーに呆れ顔を浮かべられてもなお言い合いを続けようとする二人だったが。

 

「あはははは、良いじゃないの、その調子だ」

 

 いきなりシンザンがころころと笑い声を上げたことに驚き、そちらを向いてしまった。

 

「せ、先輩?」

「人よりも上手く相撲を取る、そのくらいの自信がなきゃあ勝てる取組みも勝てないもんだ。これはレースの時も対して変わるもんじゃないしね。けど、そう簡単に星を取らせてあげる気はわたしも更々ないよ」

 

 ポカンとする少女たちを微笑ましく見つめる彼女は余裕たっぷりに語る。

 

 土俵の中心で仁王立ち、腕を組むシンザン。

 

 その言い様のない迫力を前に息を呑む『スピカ』の面々。シンザンはそんな少女たちを前にし、鷹揚に頷くと、自信ありげな面持ちで宣言した。

 

「トレセンの北葉山と言われた、わたしの土俵捌き。とくと魅せたげるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあトレーナーにしか呼ばれたことないんだけどさ」

「北葉山……」

「って、だあれ?」

「トレーナーさん?」

「え? いや、俺が物心着いた時の人気力士っつったら若貴だったからなぁ。古くてもウルフくらいまでだから……ちょっと分からんわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなもありながらもウオッカとの取組みを皮切りにして、本格的にシンザンとの相撲トレーニングが開始された。

 

 

 

「に~し~、ダスカ藤~」

「ちょっと、もう少し可愛い名前にしてくれてもいいじゃない」

「しょうがねえだろ相撲なんだから」

「よーし、次はスカーレットちゃんか」

「お願いしますね、シンザン先輩──絶対に勝ってやるんだから!」

「じゃいくぞ。はっけよーい、残った!」

「ほいっと」

「きゃっ!?」

 

 ダイワスカーレット。決まり手、(はた)き込み。

 

(のび)の山~」

「ぺっ、ぺっぺっ……な、何もできなかった」

「はい、次どうぞ~」

「ウオッカの時とは別種の速攻でしたわね」

「うへへへへ、いやー見事なダイビングだったなー。ってあれれー? スカーレットお前、砂パックでも始めたのかよー?」

「──っ!? うっっっっさいわね! 先輩にコテリンチョされて全身砂まみれになったアンタよりはマシだってのよ!」

「なっ……、んだとコンヤロー!!」

「上等だわこのおタコ表出なさいよ!!」

「わああっ!? 二人とも落ち着いてぇ!?」

 

 

 

「トウ海~」

「テイオー、四股名はそれで良いんだな」

「へへんだっ、ボクがバッタバッタと倒しまくってスイーツ無料券は総取りしちゃうもんね!」

「よーしいくぞー、残った!」

「たあーっ!」

「む、低い」

「よーしこのまま一気に押し出し──」

「けど腰がお留守だぁよ」

「わっ!? ちょ、ちょっとシンザン! 降ろしてよっ、降ろしてってばー!?」

 

 トウカイテイオー。決まり手、吊り出し。

 

「……なんかゲーセンのクレーンゲームみたいだな」

「それ、私もちょっと思いました」

「うーん、どこから吊り出すか悩んじゃうねぇ」

「そんなことで悩まないで早く降ろしてよ!! 今のボクめちゃくちゃカッコ悪いじゃんかあ!!」

 

 

 

「スペの里~」

「てりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」

「……」

「てりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」

「……スペちゃん」

「てりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」

「スペちゃんちょっと」

「てりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」

「スペちゃんちょっとっ」

「てりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」

「スペちゃんちょっと落ち着いてっ」

「てりゃりゃりゃりゃりゃりゃあ!?」

 

 スペシャルウィーク。決まり手、肩透かし。

 

「……スペちゃん? 真剣なのは嬉しいんだけどね。張り手は危ないから禁止って言ったでしょう?」

「うぅ……そう言えばそうでしたぁ……」

「次からは気を付けようね」

「ルールを忘れてしまうほどの真剣さ──それでこそスペ先輩ですわっ」

「そうね、スイーツを前にど忘れしちゃううっかりさんなスペちゃんも素敵だわ」

「……スズカ。お前は本当にスペに甘いな」

「え? 私、変なこと言いましたか?」

 

 

 

 

「スズカ山~」

「さ、次。スズカちゃんいこうか」

「えー、っと……わ、私は遠慮しておこうかしら」

「そんなこと言わずに、さあさあ」

「でも……」

「ええー、そんなぁー。一回、一回だけで良いからさ、ね?」

「おい、なんかナンパみたいな感じになってねーか」

「アタシに聞かれてもしょうがないじゃない」

 

 サイレンススズカ。決まり手、寄り切り。

 

「よーし寄り切った寄り切った」

「す……すごい」

「土俵に摺り足の跡が残ってるぜ……」

「ごっつあんだねスズカちゃん。いやはや、わたしの見立て通り、良い取組みするじゃないの」

「──先輩。もう一回、お願いできますか」

「スズカちゃん?」

「お願いです。もう一度、お願いしますっ」

「おお……スズカさんが、珍しく燃えてます……っ」

 

 

 

「どうして俺までやる羽目に……」

「トレーナーなら、スズカの無念を晴らしてやるのが道理ってもんだろーがよ!」

「いや、これはお前たちのためのトレーニングであって俺がやる必要は──」

「泣き言言ってねーで手え着け! はい残った!」

「うおっ!?」

 

 トレーナー。決まり手──

 

「ほれほれ~。早く踏ん張らないと寄り切っちゃうよ~」

「こ、んのくそ──っ!」

「む、足取りとは妙手を……って」

「…………」

「トレーナーさん?」

「あーっ! トレーナー、シンザンの脚触って堪能してるー!?」

「んなっ!? ななな何してるんですかトレーナーさん!?」

「…………おい。マジかよ、こんな(トモ)、今まで──」

「んなことより早く離れなさいよ、この変態!」

「よりにもよって先輩にすんじゃねーよ! バカトレーナー!」

「うげっ!?」

「早急にシンザン先輩に謝罪なさってくださいまし!」

「イダっ、アダダっ!? 分かった、分かったから蹴るのを止めろ!?」

 

 ……反則? 負け。

 

「…………」

「ご、ごめんなさい。トレーナーさん、下心はないんです……」

「……ふふっ、トレーナーって人種は、どうしてこう変わらないのかね」

「え?」

「げ、シンザン。まさかお前、ソッチの趣味が──あ、ごめんなさい。アタシが悪かったから尻尾で叩かないで」

 

 

 

 一悶着あったりなかったりでワーワーギャーギャーと騒ぎながらも、チーム『スピカ』は明るい雰囲気の中でシンザンへ挑み、足腰を鍛え、有名スイーツ店のパフェ無料券を目指して邁進していった。

 

 

 

 

 

「────だあーっ、勝てねーっ!!」

 

 そう、最初の数分間は。

 

「もう、十回以上は挑んでるのに……っ!」

 

 赤く焼けた海辺に力ない絶叫が虚しく木霊する。

 

「な、なんて強さなの……」

「もう……もう一回、やるっ! 敗け、っぱなしなんて絶対に嫌だもん……!」

 

 特別トレーニングが始まってから二時間弱。今し方悔しさを爆発させたウオッカを始め、『スピカ』の少女たちは全身砂まみれになって砂浜に膝を着き、崩折れていた。

 

 汗で髪と砂がへばり着いた顔には疲労と焦燥がありありと浮かび、相撲というトレーニングが想像以上に過酷だったこともあり体力も消耗しきっている。

 

「うう……無念です」

「はぁ、はぁ……先輩、今何連勝だったかしら」

「六十八だよ、スズカちゃん。六十八」

 

 今し方上手投げでひっくり返されスペシャルウィークの隣で荒い息を吐くスズカの呟きに、手ぬぐいで汗を拭きながら土俵線を引き直していたシンザンが顔を上げる。

 

「ふぅ……いやぁ、次の取組みで勝てれば六十九連勝だよ、六十九連勝」

 

 デコボコになった土俵を均すゴールドシップへ手拭いを渡すシンザンも流石に疲れを覗かせるが、変わらぬ飄々さの中にどこか嬉しさのようなものを滲ませている。彼女はここまで一度も敗れることなく連勝街道まっしぐらであった。

 

 そしてそんな大先輩を『スピカ』のメンバーは言い返す体力もなく、ただ苦虫を嚙み潰した顔で見上げるしかない。敗北という辛酸をなめ続けている今の彼女たちの頭には、スイーツの無料券という甘美な存在のことなど完全にすっぽ抜けていた。

 

「なんっつー体力してんだ、シンザンのヤツ」

 

 見守っていたトレーナーも咥えていたドロップを手に持ち、信じられないものを見る目でシンザンを見つめる。

 

 彼はこのトレーニングが開始される直前に自分の発した言葉を思い出し、その推測が的外れであったことを嫌というほど思い知らされた。

 

 休憩を挟みつつとはいえ、シンザンが一度も土を着けられることなく土俵に君臨し続けているのははっきり言って異常だ。周囲でへばっている担当たちの姿を見れば、その思いも強くなる。

 

「それに、あの(トモ)……」

 

 トレーナーは己の掌を見下ろし、シンザンの脚に触れた際の感触を思い出す。

 

 ジャージ越しに伝わる彼女の体温、ハリのある詰まりに詰まった筋肉、そしてその筋肉たちを支える丈夫で太い骨……常に戦い続けられる尋常でないスタミナ量もさることながら、彼女が勝ち星を重ねている最大の理由は足腰の強さにつきるだろう。

 

(……あんなふざけた蹄鉄着けて平気な顔してるだけのことはある)

 

 今まで見てきた──正確には触れてきたであったが──ウマ娘の中の誰よりも強靭な(トモ)持つシンザンへ畏怖の念のこもった眼差しを送った。

 

「よいしょっと……さて、次は誰かな? 大一番だからね。気合入れて取組んじゃうよぉ」

「と……当然、ボクに決まってるじゃ……ないかっ」

「テ、テイオー、もう限界きてるんだから、無理するんじゃ、ねーよ」

「ふん……ウオッカこそ、バテバテじゃない……次はアタシがやるんだから」

 

 トレーナーの視線に気付かぬまま、線を引き直し終えたシンザンは肩を回しながら次の取組みを促す。

 

 負けん気の強いテイオー、ウオッカ、スカーレットが自分こそと応えるものの、相当に疲弊しきっているのは明白で一戦を戦い切れるとは思えない。

 

「……ここいらが潮だな」

 

 相撲とはいえ、己の担当するウマ娘たちが連敗する姿を見るのはトレーナーとしてもあまり気分の良いものではない。

 

 だが担当たちの体力面を考慮し、怪我に繋がる前にトレーナーがシンザンへトレーニングを終了するよう告げようとした、その時だった。

 

 

 

(わたくし)がいきます」

 

 

 

 凛とした声が全員の鼓膜を揺する。

 

「マ、マックイーンさん?」

 

 声のした方へ首を巡らせれば、静かな面持ちでじっと胡座をかいていたメジロマックイーンが目に入る。

 

「やれるのか?」

「ええ、皆さんの取組み間にしっかりと休憩させていただきましたので」

 

 やおらに立ち上がり、トレーナーの問いに眈々と答えるマックイーン。確かに彼女は途中からチームメイトたちがぶつかり稽古紛いのトレーニングに参加せず、じっと一つ一つの取組みを静観していたから嘘ではないだろう。

 

 息遣いや体運びからも嘘ではないと判断し、トレーナーはマックイーンの耳元へ顔を寄せた。

 

「……勝利の鍵でも見つけたか?」

「そんなものはありませんわ」

「何?」

 

 彼女が纏う空気からてっきり勝機でもあるものかと考えていたトレーナーは真逆の返答に呆気に取られる。

 

「……ないのか?」

「ええ、残念ながら」

「そ、そんなんじゃ、シンザンに勝てないよ……」

「かもしれませんわね。ですがお生憎様、始めから負けるつもりで勝負に望むような教育は(わたくし)受けてきてはいませんので」

 

 静かに闘志を滾らせてマックイーンの語る姿にトレーナー、テイオー、ウオッカ、スカーレット。スズカにスペシャルウィークの視線が自然に集中する。

 

「そうと分かれば(わたくし)のやるべきことはただ一つ────はっ」

 

 手に握り込んでいた砂を勢い良く撒いた。

 

 

 

「真正面から、全身全霊でシンザン先輩のお胸を借りるだけのことですわ」

 

 

 

 撒き砂が赤焼ける夏空に弧線を描く中、息を呑むチームメイトたちに見守られながら、最後の刺客メジロマックイーンが堂々の土俵入りをする。

 

「…………」

 

 その貫禄ある後輩の姿を前にシンザンはというと──

 

「…………へへ」

 

 相変わらずののどかな表情の中でただ一点、黒い瞳だけが、鈍く深い煌めきを湛え、その色を変えていた。




チヨちゃん「ひくちゅんっ」



チヨちゃん「――すんっ。風邪、引いちゃったかなぁ?」



捕捉

Q,どうしてシンザンはいきなり相撲なんて始めたの?

A,シンザンの関係者がシンザンについて語る際、力士に例えているインタビューが幾つか見受けられたので『じゃあちょっとネタに使うか』、という作者の安易な考えからシンザンたちに相撲に取り組んでもらいました。

夏合宿のお話が終わり次第シンザンには走ってもらう予定なので、そちらを期待している方がいましたら申し訳ありませんがもう少々お待ちください。
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