神が讃えしその駿駆   作:松武栗尾

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第二話 復学初日

「……」

 

 朝、中等部のクラスにて。生徒たちの視線は一点に集まっていた。席についたままボーッとしてしているメジロマックイーン。

 

『マックイーンさんどうしたんだろう?』

『分かんない。昨日、寮に帰って来てからずっとあんな調子で……』

 

 ヒソヒソと声を潜める同級生たちの心配にマックイーンは気付くことなく、ただ一点を見つめている。

 

『何か合ったのかしら……』

『そういえば、昨日寮でフジ先輩がお菓子配ってたじゃない? 先輩からのお土産だってやつ』

『夕張メロン使ったやつでしょ? 私も貰ったけど、あれおいしかったよね~』

『もしかしてお菓子貰えなくて落ち込んでるのかも。ほら、マックイーンさん甘いもの好きじゃない?』

『……確かにそれはあるかも』

 

 大の甘党である彼女の気持ちを慮り、クラスメイトたちは遠目から同情の念がこもった視線を投げかける。

 

「……っぶねー、遅刻するとこだったぜ!」

「深夜にバイクのレースなんか見て夜更かししたのが悪いのよ!」

 

 そんな朝からのなんともいえない空気を裂くようにバタバタとクラスに二人の生徒が入ってくる。右目に前髪のかかっている方がウオッカで、ボリューミーなツインテールが特徴的なのがダイワスカーレットだ。

 

「アンタが騒いだせいで、私まで夜更かししちゃってこんなギリギリになっちゃったじゃないの!」

「だから悪いって言ってるじゃんか!」

「そもそも、レースなんて録ったやつ見ればいいじゃない!」

「はあーっ、レースってのは生で見るから燃えるんじゃねーか──ってマックイーン?」

 

 夫婦(めおと)漫才のような喧嘩を始めようとした二人だったが、視界に飛び込んだ芦毛の同級生の顔を見て互いに矛を引っ込める。

 

「どうしたんだよ、気の抜けた顔して」

「心ここに非ずって感じだけど……」

「──たたちは」

 

 心配になった二人が声をかけると、マックイーンが不意に発したか細いに声にピンと耳をそばたてる。

 

「あなたたちは、信じて下さらないと思いますけど」

「なによ?」

「私自身、自分の目を疑ったのですが」

「うん?」

「私……昨日」

 

 ちょいちょいと手招きし、口元に手を当てた彼女は声を潜め、口にするのも憚られるような調子で言葉を続ける。

 

()()シンザン先輩に、お会いしたのです」

 

 とっておきの秘密を打ち明けるように、彼女は言いきった。

 

「シンザン……」

「先輩……」

 

 

 

 

 

「「──って誰?」」

「知らないのですか!?」

 

 

 

 

 

 ……が、聞き馴染みのない名前にウオッカとスカーレットは顔を見合わせて、仲良く首を傾げることしか出来ず、返ってきた答えにマックイーンはあまりの驚きで椅子から立ち上がってしまった。

 

 

 

 

 

『ウマ娘』。

 

 時に数奇で、時に輝かしい歴史を持つ別世界の名前と共に生まれその魂を受け継いで走る、類まれな存在。

 

 彼女たちは一大エンターテイメント・スポーツ、トゥインクル・シリーズで走ることを目指し、勝利に向けてここトレセン学園で日々鍛練に励んでいる。

 

 昼時になれば、成長著しい少女たちが日々の糧を求めてカフェテリアに集い、英気を養っていた。

 

「あなたたちはトゥインクル・シリーズの歴史を勉強し直すべきですわ!」

 

 不意にカフェテリアの一角で声が上がる。

 

「もう分かったって……」

「少し落ち着きなさいよ……」

「これが落ち着いていられますか!」

 

 そこには、興奮してにんじんハンバーグをパクくつマックイーンを困った顔をして窘めるウオッカとダイワスカーレットの姿があった。

 

「あのシンザン先輩を知らないなんて、モグリもいいところなんですのよ。その自覚を持ってくださいまし」

「だからごめんて……」

「まあ、『クラシック三冠』を取った先輩を知らなかったのは本当だったわけだし……マックイーンの話は勉強になったわ」

「そうでしょうそうでしょう!」

 

 げんなりするウオッカと対照的にスカーレットは己の知識不足を認めてマックイーンの言い分に渋々と理解を示す。

 

 『クラシック三冠』とは、トゥインクル・シリーズにおいて歴史と伝統あるレース──皐月賞、日本ダービー、菊花賞の三つのレース全て勝利したウマ娘に与えられるこの上ない名誉の称号である。

 

「加えて、天皇賞、有馬記念の二つのレースを制したことによってシンザン先輩は史上初にして唯一の『五冠ウマ娘』と讃えられるようになったのです」

「改めて聞くと、本当にとんでもない実績ね……」

「すっげーよな。けどマックイーン、どうしてその先輩だけ『五冠ウマ娘』なんて称号が許されてるのさ?」

 

 今日ではその栄冠を上回る称号を戴くウマ娘が存在するし、グレード制を導入しているトゥインクル・シリーズでは最高格付けであるGⅠで五勝しているウマ娘は僅かにだか存在している。そのためどうしてシンザンの『五冠』を特別視扱いする必要があるのかが分からない。

 

「それはですね、シンザン先輩が現役を走っていた頃のトゥインクル・シリーズは今日と制度が異なっていたのが理由ですわ。当時のレース体系では──」

「マックイーン、難しい話はもう止めようよー」

 

 疑問に得意気に解説しようとしたマックイーンを、口をへの字にして同席していたトウカイテイオーが遮ってしまう。

 

「自分のことでもないのに熱くなり過ぎー」

「な、何を仰りますの! シンザン先輩にお会いして興奮しない方がおかしいんです!」

「そのシンザンって人は『五冠』なんでしょ? だったら『七冠』のカイチョーの方がすごくなーい?」

「なっ」

 

 口を尖らせて彼女の発した一言にマックイーンの眉がくいっと吊り上がる。

 

「も、勿論会長も素晴らしいお方です。ですがっ、私が言いたいことはどちらが上とかいう話ではなくて──」

「いーや、カイチョーの方が絶対に速くてカッコいいもんだ!」

「ちょっと、二人とも落ち着きなさいよ」

 

 歯を剥いて額を突き合わせる二人の間にスカーレットが慌てて入る。

 

「格好良いとか格好良くないとかの次元の話ではないのですよ!」

「じゃあさ、すごいすごいって言ってるマックイーンはシンザンが走ってるとこ見たことあるの?」

「それは……」

 

 痛いところを突っ込まれてマックイーンは言葉に詰まる。シンザンが現役を走っていたのは彼女が入学する遥か以前の話であり、入学した時は既に休学中であったので実際の走りを目にしたことはなかった。

 

「ほーらやっぱり。だったらカイチョーの方がすごいんだもんねー」

「そんなことは決して──」

 

 得意気なテイオーに返す言葉がなく、苦しそうに目を泳がせるマックイーンだったが……。

 

「シンザン先輩!?」

 

 茶褐色髪のウマ娘が視界に入った途端、咄嗟にその名前を口走っていた。

 

 

 

 

 

「うーん、美味しい」

 

 昼休みとなり、昼餉を取るためにカフェテリアへやって来たシンザンはもそもそとにんじんの煮物を頬張りながら学食の味の向上に静かに感動していた。

 

 数種類のランチセットから、しかも味ではなく量に比重を置いたものから一つ選んで食べるしかなかった時代とは大違いである。

 

「献立の種類も増えてるし、好きなものが好きな分だけ食べられる──いい時代になったもんだ。蕎麦もあれば完璧だったな……」

 

 自分の好物が献立にないことだけは残念だが、シンザンは一人昼食を楽しみつつ午前中のことを振り返った。

 

(URAファイナルズ、か)

 

『URAファイナルズ』。

 

 全てのウマ娘たちに輝ける場所と機会をとトレセン学園理事長の発案で開催されることになった、あらゆる条件で行われる新たなレースである。

 

 生徒会長のシンボリルドルフ同席の元、発案者である理事長の秋川やよい直々に説明を受けたのだが、まず驚いたのは理事長が彼女よりも年下の少女であったことだ。加えてそのことに皆当たり前のように受け入れているのだから、彼女は顔には出さなかったものの面食らってしまった。

 

 休学していた間に学園やそれを取り巻く環境の変化に、シンザンは完全に置いていかれていた。それこそ自分が在学していた頃から半世紀以上もの時が経ってしまったのか錯角したくらいである。

 

……話を戻すと、話の内容として理事長は復学したシンザンにも二年後のURAファイナルズに出走してもらいたいという、旨の話であった。

 

(けど、現役じゃないわたしが走るのもなぁ……)

 

 開催する意図とそこに込められた想いは素晴らしいものだと理解した。だが同時に、当に一線を引いていてかつ休学という大きなブランクがある自分も参加するのは別なのではないかという疑問を抱いてしまう。そして何より……。

 

(とんでもない時期に復学しちゃったもんだ)

 

 頭に浮かんだ考えを振り払い、しみじみとした感慨で彼女は味噌汁を啜った。

 

「……たまには白味噌で飲みたいな」

「シンザン先輩!?」

「んん?」

 

 久しく味わえていない味でなかったことにがっかりした彼女は不意に名を呼ばれ振り返ると、カフェテリアを慌てた様子で突っ切って駆け寄ってくる見覚えのある芦毛の少女の姿があった。

 

「あら、マックイーンちゃんこんにちは」

「突然申し訳ありません。ついお見かけしたので声を……お、お邪魔でしたでしょうか?」

「全然。わたし、地味だとか目立たないだとかよく言われてたんだけど。よく気付いたね」

「そ、そんな決してありませんっ! 先輩とあろうお方がそんな……」

 

 慌てたように手を振るマックイーンをシンザンは箸を置きながら微笑ましい気持ちで見つめていると、彼女の後から三人の少女が遅れてやって来る。

 

「マックイーン、いきなり駆け出さないでよ!」

「ビックリするじゃねーか……って、この人は?」

 

 三人の内の一人、ツインテールの少女がマックイーンを咎める隣で黒髪を後ろで結った少女がシンザンへ怪訝な視線を向けた。

 

「はっ、そうですわ……この方がシンザン先輩。先程お話しした『五冠』を達成された方ですのよ!」

「この人が……?」

「『五冠ウマ娘』……」

 

 改めてシンザンを紹介された二人は彼女を前にして息を呑む。話題にしていた先輩にお目にかかれるとは考えていなかったからだ。

 

「はじめまして」

「キミ、カイチョーと一緒にいた……」

 

 ただ一人、既にシンザンに会っているトウカイテイオーは目を丸くして異なる反応を示す。昨日出会ったウマ娘とついさっきまで友人が熱く語っていた先輩とがイコールで繋がらなかったからである。

 

「テイオーちゃんもこんにちは」

「あなた、シンザン先輩とは面識がおありでしたの?」

「う、うん……」

「昨日、生徒会長室でちょっとね。ところで三人ともマックイーンちゃんの友達?」

 

 友人が既に知り合いであったことを驚くマックイーンへそれとなく経緯(いきさつ)を述べ、シンザンは見知らぬ二人へ視線を送る。

 

「ええ、ダイワスカーレットさんとウオッカさんですわ」

「スカーレットちゃんとウオッカちゃんね。どうぞよろしく」

「は、はじめまして」

「ど、どうもっす」

 

 挨拶を交わし、シンザンがペコリと頭を下げると強張った面持ちの二人も慌ててお辞儀を返す。マックイーンの話を聞いた後では彼女たちが畏まるのも無理もなかった。

 

「そんなに固くならなくていいよ。おんなじ学園の生徒なんだから」

「いえそうは言いますけど……」

「俺ら、デビュー戦もまだですし……」

 

 後輩の緊張を解そうと軽い調子で声をかけるシンザンだったが、初めてのレースへの出走──メイクデビュー戦も果たしてない彼女たちからすれば『三冠』を達成しているシンザンは雲の上の存在だ。畏れ多くて下手なことを言えるはずもなかった。

 

「ところでテイオー。あなたさっきからどうしましたの?」

「……別にー」

 

 一歩引いた位置で傍観するテイオーに気付き、マックイーンは声をかけるが彼女は素っ気なく返事をするだけである。

 

「本当ですか?」

「だから大丈夫だってばー」

「そう、ならいいのですけれど」

「ところでウオッカちゃんたちはお昼はもう食べた?」

「いや、まだ途中っすけど」

「じゃあ、良かったら一緒に食べない?」

「え」

 

 シンザンはそう言って空いてる椅子を引き、座面をポンポンと叩いた。

 

「よろしいんですの!」

「一人で食べるより、皆で食べた方がご飯も美味しくなるからね」

 

 身を乗り出したマックイーンへ頷くシンザン。実を言えばシンザンに食事を共にする友達がいない。何故なら彼女の同級生は皆休学中に学園を卒業してしまったからだ。

 

「じゃあ……」

「お言葉に甘えて……」

 

 そんな事情を知らない四人であったがマックイーンは嬉々として、スカーレットとウオッカは顔を見合わせてから頷いた。相手が大先輩ということで少し気が引けたが、シンザンの誘いを断る理由もない。

 

「よし。じゃあわたしが自分たちの方に移るから、ちょっと待ってね……」

「で、ではシンザン先輩の現役時代のお話しをお聞かせくださいまし!」

 

 食膳を手に立ち上がったシンザンに付き添うマックイーンが背中を向けた瞬間、ウオッカとスカーレットは顔を寄せ合う。

 

「なあ、シンザン先輩って思ったより……」

「普通? よね。会長とかブライアン先輩みたいな人を想像してたわ」

「威圧感がすげーっていうわけでもないし、なんか意外だよな」

 

 『五冠』の持つイメージとは大分異なる当人の平凡な印象について聞こえないようにヒソヒソ声で二人は囁き合う。

 

「…………」

 

 一方で首を傾げる二人の傍ら。並んで楽しそうにお喋りするマックイーンとシンザンの姿をテイオーはジッと見つめていた。

 

「……ふんだ」

 

 そして席に戻る芦毛と茶褐色髪の二人の背を目で追うと、彼女は鼻を鳴らして最後尾を着いていった。

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