神が讃えしその駿駆 作:松武栗尾
ざざあ、と海の鳴く音が大きく聞こえる。高くなった陽に照らされた海面の煌めきの眩しさに目を細め、シンザンは過去から現在へと意識を引き戻した。
「あの……大丈夫、ですか?」
「おーい。シンザーン」
「ああ、ごめんごめん。ちょっと浸り過ぎちゃったね。けどお陰で色々思い出したよ」
心配そうに覗き込むスズカと顔の前で手を振っていたテイオーへ問題ないよと振り返る。
「わたしがトレセンに入学した経緯はね。ざっくりに言えば親分──つまりわたしのチーフトレーナーに誘われたからなんだ」
「つまり……シンザンは特待生だったってこと?」
「いやいやそんな大層なもんじゃくてね。入学試験を一部免除とか、選抜レースを受けずにチームに加入できたってだけで、何から何まで優遇してもらってたわけじゃないよ」
意外そうに目を開いたテイオーに手を振ってそれを否定する。
どこぞのレースクラブに所属し優秀な成績を残しそれが中央トレセン学園の耳に入った、なんてことはなく、切っ掛けは向こうからこちらに訪れたという──本当にただそれだけの偶然だった。
あの時二つ返事で承諾しなければ、今の自分は存在していなかっただろう。
逆に言うと入学後に優秀な成績を残せなければ後ろ指を指され、針の筵の状態で学園生活を過ごすことになっただろうし、最悪学園を去っていた可能性だってあったかもしれない。
「ただ、わたしが親分に勧誘されたとき父さんは喜んでくれたけど、母さんには反対されたんだ」
「お母さんにですか?」
「わたしも後で知ったんだけど、母さんも学生時代はトレセンに在籍してたらしくてね。立派な成績は残せなかったみたいだけど……だから、わたしに辛い思いをしてほしくなかったんだとさ」
親分の話を聞いた後、トレセン学園へ入学したいとの意志を示した際に見た、いつも優しかった母が初めて父と口論する姿が今も脳裏に焼き付いている。
母にとっての学園での思い出はそれほどまでに苦いものだったのかと、あの時は朧気ながらも感じたものだった。
だか今なら──夢破れ、涙を流して学園を去っていった同期や数多の後輩たちの背中を何度も見送るという経験をした今なら、あの時の母の気持ちも理解するのは難しくなかった。
「……傷心して
「でも、先輩はトレセン学園に入学することを選んだ──どうしてですか?」
ふう、とため息と共に呟くと、さざ波に混じってスズカがそっと問いかけてくる。
振り向けば、二人が秘密の暴露を期待するような好奇心に煌めく目を向けられていた。
覗くことを躊躇われる、けどあの『五冠バ』の原点に触れることができるのかという思いがひしひしと伝わってくる、何度も見てきた二組の輝きがそこにはあった。
「わたしが入学した理由はね」
スズカとテイオー、二人と交互に目を合わせてからシンザンは言葉を切り──
「走るのが好きだったから」
「「…………」」
「「えっ?」」
固唾を飲んで見つめていた二人の顎がカクンと落ちた。
高い志を抱いてその偉業へ邁進していたと想像していたのだろう。二人が想像通りの反応を示したのでシンザンは吹き出すのを我慢できなかった。
「せ、先輩……?」
「っ……いやぁごめんごめん。あまりに予想通りだったもんで」
「だ、だってさ。もっとこう……あるじゃん? 人気のウマ娘になるとか、三冠ウマ娘になるんだとか、日本一のウマ娘になるんだとか……」
「まあうん、もっともなご意見だね」
あまりの肩透かしぶりにしどろもどろになるスズカとテイオーへ
「けどね、わたしにとっちゃあ大事な理由だったんだよ?」
「そ、そうかもしれないけど……」
「小さい頃から毎日家の周りを近所の子なんかと駆けずり回ってさ。休みの日は両親と一日中鬼ごっこをしたり、競争したりしてずっと走ってたくらいは大好きだったんだ」
自分と母、ウマ娘二人を汗だくになって相手取り、休日をまるごと返上して駆けっこに付き合ってくれた父の姿は今でも昨日のように思い出せる。
「わたしが走ることを好きになった理由も両親の影響でね……二人とも、わたしが走ってるだけで喜んでくれるような人たちだったんだぁ。笑って褒めてくれたのが嬉しくてさ。わたしが沢山走れば、両親の笑顔をもっと見れる──そう思って走ってたら、走ることそのものも好きになってたわけでね」
ちらと後輩たちへ視線を送る。先程よりも戸惑いは薄れており、二人は口を挟まず黙って耳を傾けている。
「トゥインクル・シリーズのとの字もよく分かってなかったけど、わたしがトレセン学園に入学して、レースに出て、レースに勝てば、両親はもっと喜んでくれるかもって、あの時考えたんだ……本当、今思えば世間知らずの箱入り娘ったらありゃしないよ」
自由気まま、己の本能のままに駆け回る走りとレースに勝つための走りは違う。
当たり前のことに気付かされたのは実際に入学してからという、今でも笑い話にするには憚られるもので、そんなこともあって学友や先輩たちから散々からかわれたものだった。
「スズカちゃんの言う通り、わたしは別にトゥインクル・シリーズででっかくなろうなんてこれっぽちも考えてなくってさ。走りで人を魅了する、『三冠』を獲る、日本一のウマ娘になる……そういう崇高な目標なんて持たずに走ってたよ。ただ、とにかく目の前のレースに勝って、わたしの走ってる姿で両親を──母さんを笑顔にできればそれで良かったんだ」
入学を決心し、トレセン学園の所在地である東京へ向かう日。駅で手を振り見送ってくれた母の姿……涙していた姿を目の当たりにしたあの日。
レースに勝利して──それも一度や二度じゃない。出るレースは必ず勝ち、母を安心させてやるんだ、笑顔でいてもらうんだと心に誓った日も、ずっと昔のことに感じられた。
「……ごめんね、正直拍子抜けだったでしょう?」
少ししんみりしてしまったが話を締め括り、顔を見合わせる二人へ苦笑を投げかける。
神妙な面持ちでいる後輩たちを見て、幻滅させただろうなと自嘲の言葉を胸中で呟き、砂を払って立ち上がる。
「さて……昔話はこの辺にしましょうか。そろそろ皆も起きる時間だし、わたしは一度宿に戻ってから──」
「私は素敵だと思います」
誤魔化すように退散をしようとしたその時、鼓膜を打った言葉に思わず足を止めた。
「え?」
「先輩は、自分の走る意味を見失わず走り続けていた……ですけど、それはとても難しいことです」
振り返れば胸の前で拳を握る、スズカの真剣な眼差しと視線がぶつかる。
「叶えたい願い、背負った想い、見たい景色……自分の夢と現実との距離に堪え切れず、苦しんだり悩んだりした子を何人も見てきました」
「スズカちゃん……」
「だから、自分の最初の気持ちを最後まで忘れず、曲がることなく駆け抜けた先輩の想いは決しておかしくない──だから、私は素敵だと思うんです」
表情を和らげたスズカに眩しそうに見つめられ、言葉を詰まらせてしまう。
「……ボク、本当は不思議に思ってたんだ」
「テイオーちゃん?」
胸に満ちる言い様のない感情にシンザンが戸惑っていると、黙っていたテイオーも静かな表情で語り始める。
「シンザンは、レースですごい結果を残して他のウマ娘の目標にもなったウマ娘なのに、どうして今までそう感じなかったんだろうって」
「テイオーちゃん……」
「話を聞いて納得しちゃった。シンザンは、パパとママを笑顔にしてあげたかっただけなんだもん」
言葉を切り、顔を上げたテイオーの顔は一転して腑に落ちたような、爽やかな笑顔であった。
「けど、その想いはシンザンにとって大切な──本当に大切な強い願いだったんだよね」
曇り一つない笑顔のテイオーに覗き込まれ、シンザンは言葉に詰まってしまう。
「……話を聞いてたら走りたくなってきたんだ。さっきの笑顔──あんな風に笑ってるシンザンと一緒に走れたら、見えるものがあるんじゃないかって。それに!」
白い三日月をふわりと舞わせ、その場でくるりと回る。
「皆の憧れとしてのシンザンじゃなくて、ありのままのシンザンと、友達として走れたらすっごい楽しいと思うんだ!」
にっこりと笑い、両手を背中で組んでテイオーは覗き込む。
「だから、ね? 走ろうよ、シンザン」
その屈託のない誘いを前に、シンザンは身動ぐこともしなかった。
代わりに、胸中には戸惑いと、じんわりとした暖かい感情が込み上げる。
「私も賛成だわ。今、先輩と走れたら素敵な先頭の景色を見られると思うわ」
スズカも優しげに微笑んでテイオーの提案に乗っかってくる。
「──分かったよ」
そしてシンザンも。
「皆がくるまで、走ろうじゃあないの」
二人の目を交互に見つめ、大きく頷いてみせた。
砂が舞い、水しぶきが飛ぶ。
風と一体化したような速度で先頭を走るスズカ。
軽快な脚捌きでもって後に続くテイオー。
そして、二人の背中を追っていくシンザン。
(──気持ちいいねぇ)
先行する二人の後輩の背を見つめながら、心からの呟きを溢す。
距離なんて決めてない。ゴールなんて定めていない。目的なんて存在しない。
己を高めるために走るのではなく、好きなように、走りたいからただ走る。
シンザンが好きな、勝ち負けのない純粋に走ることを楽しむ時間だった。
懐かしさに顔を綻ばせていると、不意に前の二人が振り返った。
「あっ────」
今の光景と過去の記憶が重なる。
──北海道の大地をただひたすらに走る幼い頃の自分。
──程々に加減している母と、必死に走る汗だくの父が微笑みかける。
──目を輝かせ、二人を追い抜かそうと必死に脚を回転させて……。
「きゃっ!」
「うわっ!?」
脚に力を込め、一気に踏み込んでテイオーとスズカの間を抜けて先頭に立つ。
次いで驚きの声を上げた二人へとシンザンは振り返る。
「お先ねぇ、お二人さん」
目を見張っていたスズカとテイオーの顔が即座に強い笑みへと変え、負けじと速度を上げて並びかけてくる。
二人の負けん気にこれ以上ないほどの笑顔で応えるシンザン。
(ありがとうね、二人とも)
長いこと戻ることのなかった童心に帰してくれた、左右の二人へ心から感謝した。
「じゃあな。気を付けて帰れよ」
チーム『スピカ』。夏合宿六日目の夕方。
「しかし見送りはいいなんて、変なところで遠慮するんだな」
「うん。仰々しいのは性に合わないんだ。皆と楽しい合宿を過ごさせてもらっただけで御の字だよ」
「アイツらも、特にマックイーンなんかは寂しがってたが……本人が嫌うんじゃ仕方がない」
民宿の正面玄関でシンザンは『スピカ』のトレーナーに見送りの言葉をかけてもらっているところだった。
「ここから府中までは結構時間が掛かるだろうし、気をつけて帰れよ」
「いやいや。わたしの心配よりも、自分とこの子たちに怪我がないよう最後までしっなり面倒見てあげてちょうだいよね」
「んな言われなくたって分かってるって。まあけど、お前が合宿にきたお陰でウチのチームにとっちゃ最高の刺激になったよ。ありがとうなシンザン」
「いやいや、それはこっちの台詞だよ」
感謝を述べたトレーナーへ手を振り、よっこらしょと靴を履き終えて立ち上がると彼へと向き直る。
「わたし、海で合宿するのが夢だったんだぁ……親分が淀に所縁のある人だったから合宿先は必ず京都でさ。確かにレース場を使わせてもらえたから良い経験にはなったよ。? だからってなにもバカ暑い盆地の京都で一ヶ月も合宿しなくたって──」
そこまで言ってシンザンはトレーナーの顔を見て言葉を切る。口元に微笑を浮かべ生暖かい眼差しを向けられていれば、余計なことを口走ってしまったことを嫌でも気付かされる。
「そうだな。どうせなら、海に行きたいよな」
「ま、まあそんな昔のことよりもねっ、わたしトレーナーさんに渡したいものがあるんだ」
親分への細やかな愚痴を誤魔化すため慌てて話を逸らし、シンザンは足元に置いていた
「渡したいもの……ってなんだこりゃ、封筒?」
「中身はねぇ、パフェの無料券」
「無料券、ってことは相撲の懸賞で用意してたやつか? これ」
「いやねぇ。それ、最初からお礼としてあげる予定だったんだぁ」
茶化すように笑っていたトレーナーが自分が押し付けた封筒を見下ろすのを眺め、シンザンは面映ゆさで頭に手を当てた。
「マックイーンちゃんのことがあったでしょう? あれであげる機会を逃しちゃって……」
「やっぱり、最初からその気で用意してくれてたんだな。何から何まで悪いけどご厚意に甘えさせてもらうよ……しかし一体どうやって拵えたんだか」
「スペちゃんたちの頑張ったご褒美にでも使ってあげてね。それと、トレーナーさんにもあげたいものがあるんだ」
「俺に?」
そう小さく溢したトレーナーのぼやきに苦笑しつつ、シンザンは再び
「トレーナーさんへのお礼をどうしようか中々悩んだんだけど……」
「ははっ、お礼を品がなんにしろ、突き返す真似はしねぇって……」
そう言って笑うトレーナーだったが、受け取った品を見た途端に声が尻すぼみになった。
シンザンは『スピカ』の合宿に参加させてもらったお礼に合宿の費用を全額負担しようかとも考えたが、その旨を伝えればトレーナーに断固拒否されるのは目に見えている。
なので、シンザンはいわゆる『ファンサービス』的な行為で謝意を示すことにしたのだ。
「お、おい……こ、これって」
「わたしのサイン色紙。四隅の『
「マ、マジで貰って良いのか? こんな貴重なもの……?」
顔を強張らせ声を震わせるトレーナーの姿を見て、気を揉んでいたシンザンはほっと胸を撫で下ろす。
「トレーナーさん個人にだってお礼はあっても良いじゃない? ねぇ……って」
ふと気配を感じ目線をずらすと、壁際からこちらを窺う七組の瞳が視界に飛び込んできた。
「もう、見送りはいらないって言ったでしょう?」
「えへへ……バレちゃいました」
「もうっ、だからスペちゃん顔出しすぎだって言ったのにー」
観念したように笑い、ぞろぞろと出てきた『スピカ』の少女たちの姿を見てシンザンも思わず相好を崩してしまう。
自分から見送りはいらないと伝えておいてなんだが、こうして後輩たちに見送ってもらえることがとても嬉しかったのだ。
「皆見送りにきてくれたのね」
「はい、やっぱり挨拶もないのは寂しいですから」
「そうっすよ! 寝る前に聞かせてくれた話もめっちゃ面白くて、思い出になりましたし!」
「アンタってば、もっと言うことがあんでしょう。レースについてのお話もすっごくためになりました、今後に活かせそうです!」
「んふふ……そう」
喜ぶ楽少女たちを前にシンザンは鼻を擦る。昔の自分では考えられないような光景にちょびっとだけ涙腺にきてしまったのだ。
「へっ、アンタがいなくなると思うと、寂しくなるぜ」
「なにを言ってるのこの子は。自分らの合宿も明日で終わりなんだから感傷に浸るものでもないでしょうに」
「そんなことはありません。短い時間とはいえ、シンザン先輩と時間を共に過ごせましたこと、決して忘れませんわ」
「そうです! また『スピカ』のトレーニングに参加してください、私たち歓迎しますから!」
「ふふ、ありがとう。気が向いたら、また皆でかき氷食べきてよ。夏休みの間はやってるからさ」
暖かい言葉に何度も頷き、「じゃあまたね」と名残惜しさを覚えながら
「シンザン!」
呼び止めた声に振り返ると、三日月の映える少女と目が合った。
「また走ろう!」
ニシシと笑ったテイオーへ微笑み返し、無言で手を振ってシンザンは民宿を後にした。
「ねえトレーナー、さっきから固まりっぱなしだけど、どうしちゃったわけ?」
「封筒と、色紙? どうしたんだ、それ?」
「…………秘密だ」
「「はぁ?」」
「……おハナさんに自慢してやろ」
『スピカ』の夏合宿からお暇後、夕焼けに燃える海岸沿いをバス停へ向けとことこと歩くシンザンは満足げに頷いていた。
「いや~楽しかった楽しかった。トレーナーさんもチームの子たちも、皆気持ちの良い子たちだったなぁ……とはいえ、わたしの合宿巡りは始まったばかりだし、気を引き締めていかないと」
蝉時雨に打たれるシンザンはチーム『スピカ』へ感謝しつつ、調子を弾ませて指を折って数えていく。
「次はケンさんのところでしょう。でその次はルドルフのところ──」
実は夏合宿への参加を頼み込んでいたのは『スピカ』だけではなく、学園のトレーナーがかき氷屋に寄ってくれる度に同じことを聞いて回り、さまざまなチームの夏合宿を梯子する気でいたのだ。
それぐらい、海での夏合宿に憧れを抱いていたのである。
……まあ多くは丁重にお断りされてしまったわけだがが。
「でミホのところにいって、最後に──わわっ」
夏合宿巡りの最後を飾るチームのことを思い浮かべむふふと笑ったシンザンだったが、パーパラパパパと突如鳴り響いたラッパの音と自分を襲った小刻みな振動に小さく飛び上がった。
「そ、そうだ。ミホに着信音設定してもらったんだった……便利だけど心臓に悪いなぁ、もう」
周囲を見渡して醜態を晒していないことを確認し、四月二十九日は天皇賞〜、と呟きなおも振動するスマートフォンを取り出して画面へ目をやる。
「…………」
背を反らし、極限まで腕を伸ばして目を細めても画面の発信者名がぼやけて読み取れない。
「これじゃあ本当に老眼になったみたいだ──はい。シンザンですけれど、どちら様ですか……なーんだショウジさんじゃない」
眼鏡を取り出すのも億劫だったので素直に電話に出たが、相手は誰であろう。
合宿巡りのトリを飾るチームにして自分の中での注目株。マイシンザンが所属するチームのトレーナーであった。
彼は若かりし頃、親分のチームでサブトレーナーの一人として務めていた時期があったらしく、それらの縁もあり今ではトレセン学園における現役時代からの数少ない知り合いでもあったのだ。
「どうしたのよ急に。ショウジさんところはまだ夏合宿入ってないでしょう」
しかしあのショウジさんがマイちゃんのトレーナーになるとはつくづく人の縁とは分からないものだ、と感慨に浸りつつ軽い調子でシンザンは電話口へと語りかける。
「あ、分かった。マイちゃんに早く合宿したいってせっつかれてるんでしょう? イレッポ*1な子だからねぇ、マイちゃん。楽しみにしてくれてるのは嬉しいけど、こればっかりは日程の都合があるから仕方がないよねぇ~、って」
「なに?」
調子の良いことを吹いたシンザンだったが、返ってきた言葉にピタリと立ち止まった。
「……病院? なんだって病院になんか」
何事もなければ用事などない施設の単語が耳に入り、一段階声が低くなる。
──嫌な予感がする。
スマートフォン越しの硬い声音へ耳を傾けているにつれ、予感は確信に変わり、つられて肩に掛けて持った
「…………怪我をした、マイちゃんが」
黄昏時。響き渡る
だが、抑揚のない平坦なその音が自分の口から出た声だと、最後までシンザンは気付けなかった。