神が讃えしその駿駆   作:松武栗尾

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第三十話 先輩が一番強かったのは…… 前編

『一バ身半リードゴールイン! シンザン一着、シンザン一着──!』

 

 お昼時。カフェテラスの卓上に置いたスマートフォン覗き込む少女たちはおおー、と一斉に声を上げた。

 

「うひゃー、すっげー」

「こんな差し返しを見せられたら言葉もなくなっちゃうわ」

 

 動画投稿サイトにアップされた、ファン感謝祭での模擬レースにおけるシンザンの直線での走りに感心し、ウオッカとダイワスカーレットは同じような面持ちで顔を上げた。

 

 一方の物知り顔のメジロマックイーンは「(わたくし)は知っていましたわ」と腕を組んで頷いている。

 

「位置取り、末脚、勝負根性……どれを取っても超一流。これがクラシック三冠、そして『五冠』を抱くことになったシンザン先輩のレースセンスということですわね」

「もうっ、マックイーンてばまた知ったかぶりなんてしちゃって!」

「し、知ったかぶりとはなんですか!? 第一、(わたくし)は──!」

「先輩! 生意気言ってるマックイーンに一言言ってやってくださいよ!」

「あはは……」

 

 後方腕組みファンじみたマックイーンをダイワスカーレットがなじる傍ら、ウォッカは同席するウマ娘へ水を向ける。

 

 先輩と呼ばれたウマ娘──長い鹿毛を揺らしながらミホシンザンは困ったように微笑んだ。

 

「『スピカ』の皆さんがシンザン先輩を知ろうとしてくれてること自体嬉しいことだから、私がマックイーンさんにものを言うなんてとてもとても……」

「ほ、ほ~ら見なさい。ミホ先輩もこうおっしゃっているのですから、あなたたちも(わたくし)のようにシンザン先輩への理解を深めるべきでしてよ」

「よく言うぜ! ったくよ~」

「ていうかテイオー、ずっと黙り込んでるけどどうしちゃったのよ」

 

 ミホシンザンのフォローにより気勢を取り戻したマックイーンへウオッカは肩を竦める傍ら、ダイワスカーレットはスマートフォンを手に取った切り黙りっぱなしのトウカイテイオーに気が付いた。

 

「テイオーさん?」

「…………」

 

 「お昼一緒に食べない?」と、通りがかりのミホシンザンを誘った張本人のテイオーは、隣に座る先輩の顔色も一顧だにせずレース動画に集中している。

 

 ……因みにテイオーが彼女に同席を促した理由は“妙なシンパシーを感じる”からだそう。

 

 自分から誘っておきながら隣に座るミホシンザンを相手にせず、赤い羽織姿が緑の振袖姿を抜き返す瞬間を無言のまま延々とリピートするテイオー。

 

「…………」

「あ、あの──」

「ちょっとテイオー! ミホ先輩無視してるんじゃないわよっ」

「そもそも、本人の前で敗北する瞬間を繰り返すのはどうかと思いましてよ!」

 

 引き攣った笑みを浮かべるミホシンザンの胸中を慮り、ダイワスカーレットとマックイーンは動画の再生を控えるように言うがテイオーは気付かない。

 

「一回見るのは終わりしろ──っての!」

「あっ!?」

 

 聞く耳を持たないテイオーに痺れを切らしたウオッカが腕を伸ばし、スマートフォンを彼女の手から取り上げて強制的に視聴を終了させる。

 

「もー! 何するのさ! まだ見てる途中なのにー!」

「後で自分のスマホで見ろよ? 俺のスマホなんだぜ、これ」

「申し訳ありません、テイオーがとんだ粗相を……」

 

 プンスカするテイオーの顔を手で突っ張り、呆れ顔でスマートフォンを遠ざけるウオッカの横でマックイーンがチームメイトの粗相について頭を下げた。

 

「……ウメ先輩も、こんな気持ちになってたのかしら」

「へ?」

「あ、なんでもないわ──何か気になることでもあったの?」

 

 怪訝な顔をするマックイーンへ曖昧な返事をして、ミホシンザンは不満げな顔をして額を抑えるテイオーを覗き込んだ。

 

「んー、ちょっとね~」

 

 口をへの字に曲げ生返事をしながらテイオーは『両親の笑顔のため』に走っていたと語るシンザンとの夏合宿での一幕を思い返した。

 

 大きな夢でも野望でもなく、抱いたそれは細やかなものと呼べるかもしれない。

 

 しかしその結果はどうだ? クラシック三冠にして史上初の『五冠』……加えて競走成績十九戦十五勝二着四回という完全連対記録は未だ更新されていない。

 

(少しは、理解できたと思ったんだけどな)

 

 朝日を浴びて語り合い、砂浜を駆け抜けたことでテイオーはシンザンというウマ娘の人となりを少しは知ったつもりだった。

 

 だが()()()()()()()()()()()()()については未だ理解していなかったらしい。知れば知る程、シンザンの底知れなさをテイオーはこれでもかと思い知らされていた。

 

「テイオーさん?」

「……強いね。シンザンってさ」

 

 ファン感謝祭での走りとモノクロの不鮮明な映像の中の走りを重ねて、テイオーはしみじみと呟いた。

 

「……ええ。本当ですね」

「憧れの人と走るって、どういう感じなの?」

「どう、って。それは……」

 

 唐突な神妙な表情で首肯するミホシンザンへ、テイオーは続けて言葉を投げ掛ける。

 

「……やっぱり、戸惑いが強かったかしら」

「「「「戸惑い?」」」」

 

 目を伏せ暫しの黙考を挟み、静かに切り出したミホシンザンの答えにテイオーだけでなくその場の全員が首を傾げる。

 

「私、シンザン先輩に憧れてトレセン学園に入学したんです。シンザン先輩のような──いいえ、()()()()()()()()強いウマ娘になりたい。そんな夢を抱いて」

「先輩を……」

「超える……」

「いつか同じレースを走れる日が来たらいいな、そのレースでシンザン先輩に勝って、あなたを超えました、って伝える日が来たらいいなって夢に描いていたんですけど……そう上手くはいかないわよね」

 

 恥ずかしそうに頬を掻くミホシンザンの姿に、『スピカ』の少女たちはこの高等部の先輩の壁の高さと厚さを知らぬ純粋な憧れを滾らせた幼き姿を脳裏に浮かべた。

 

「もし、シンザン先輩と一緒にレースを走れる日が来たとしたらもっと相応しい場所──もっと素晴らしい舞台で。なんて勝手に考えちゃって」

「ミホ……」

「本当、傲ってたわ。それにね、シンザン先輩と走ったからかな──遠かった背中がもっと遠くに感じるようになっちゃって……」

 

 尻すぼみになる言葉。敬愛の念と寂しさをない交ぜにした複雑な顔ミホシンザンの姿にテイオーは口を閉ざす。

 

「…………そっか」

 

 彼女の姿に自身を重ねている己を自覚しながら。

 

「……け、けど! ミホ先輩だってめっちゃカッコよかったですよ! 特に最後の直線の迫力、半端なかったですって!」

「そ、そうですよ! あのメンバーでシンザン先輩に食い下がれたのは先輩だけだったんですから、次はきっと勝てますから!」

 

 しんみりとした雰囲気を前にウオッカとダイワスカーレットが場の空気を変えようとミホシンザンのレースぶりについての言葉を投げ掛けた。

 

「……ふふ、優しいんですね二人とも」

「ア、アタシたちは本当にそう思って……」

「そうっ! 本心っ、本心から俺は言ってますから!」

「ちょ、そんな言い方しないでよっ。それじゃアタシが本心から言ってないみたいになるじゃないっ」

「バっ、ちがっ、俺だってそんなつもりで言ってねーって──」

 

 二人の配慮に微笑みを返すミホシンザン。

 

 一方で悪気はまったくないのだが言葉選びが不味かったことで慌てふためく二人。その夫婦漫才ぶりを見かねてマックイーンが仲裁に入った。

 

「まったく! 二人とも一旦落ち着いてくださいまし、ミホ先輩はちょっとした言葉で目くじらを立てられるような方では──」

「でも」

「でも……ってなにさ?」

 

 

 

「私のコンディションが絶好調だったとしても、同じ結果になってたと思いますよ」

 

 

 

 ミホシンザンの発言にテイオーの顎がかくんと落ちた。

 

「……今なんとおっしゃいました?」

「あ、語弊のある言い方をしちゃったわ……正確には私が絶好調で走っていたとしても勝てるかは分からないって意味ですよ」

「それはつまり……シンザン先輩は本気ではなかったということでして?」

 

 互いを突っつく体勢のまま固まるウオッカとスカーレット。二人を引き剥がしていたマックイーンが信じられないといった顔で先輩を凝視する。

 

「まさか、シンザン先輩はいつだって本気で()()に臨んでますよ。ただ()()()()()ことがなかったの」

 

 微妙なニュアンスの異なる言葉を使ったミホシンザンの話に少女たちは首を傾げつつ、腰を落ち着けた。

 

「どういう意味? それ」

「皆さんはシンザン先輩の日本ダービーは見たことはある?」

 

 テイオーのもっともな疑問に対し質問で返すミホシンザン。

 

 『スピカ』の面々は顔を見合わせ、次いで視線を上げながらシンザンの日本ダービーを脳内で再生する。ちなみにだがそのレース映像はカラー映像だったこともあり、展開等が把握しやすかったのはちょっとした救いだった。

 

「トレーナーが見せてくれたレース映像でなら、だけど」

「ゴール前の直線で先頭に立った後に()()()()()でしょう?」

()()?」

 

 目を瞬かせるマックイーン。最内から勝負を仕掛けてきた黒鹿毛のウマ娘に一度交わされたものの、直線の坂上で差し返すとその後は競り合うことなく一バ身以上の差をつけての勝利。

 

「んー……そういえばそんな感じだったかも」

()()()()()()()()()()()()()()。勝負所がくるまでは流れに任せて、勝てるところまで出たらそこでおしまい。あの人はその走り方でレースに臨んで勝ってきた……実際に目の前でその走りをされるのはかなり堪えたましたけど」

「てつまり……必要なところでだけ走って無駄な体力は使わないようにしてる、ってことですか?」

「そういうことですね」

 

 おずおずと手を挙げ、半信半疑といった風のスカーレットへミホシンザンは苦笑交じりに首肯する。

 

「レースのペースや展開、他の出走者の位置取り、力量を把握したうえで勝てる分だけの走り方をしていたの。だから私が絶好調で臨んで百パーセント実力を発揮したとしても、あの人は私が走る分だけ合わせて走っていただろうから勝てるかどうかは分からない」

 

 卓上に両肘を突いた腕に顎を乗せて目を細めるミホシンザン。遠くを見つめるその眼差しはかつての光景を想起しているような輝きを帯びている。

 

「あの……今の話だと、シンザン先輩がレース中の物事が全部見えてるみたいに聞こえるんですけど」

「ま、まっさかー。シンザンだって流石にそれは……」

「『体はコースに頭はスタンドに置いて走れるウマ娘』」

 

 半信半疑のスカーレットへ力なく笑うテイオーの声をミホシンザンの言葉が掻き消した。

 

「タケダ先生──シンザン先輩のチーフトレーナーがシンザン先輩に下した評価です」

「それってどういう……」

「要するに観客席(スタンド)からレース全体を俯瞰するように展開を()()()()()()()()ってことですよ。レース中に周りが見えなくなるなんてことはないから勝てる以上に走ることもしないし、レースが終わった後も息を大きく乱さないのよね。他にも色々あるんだけど……話が長くなっちゃうから」

 

 小さく吐息をついて言葉を切った先輩の様子に、テイオーをはじめ『スピカ』の面々は改めて顔を見合わせる。

 

「……先輩って、マジでとんでもねーウマ娘なんだな」

「シンザン先輩の逸話はかねがね耳にしていましたが、それすらも一部の話に過ぎなかったでしたのね……」

「それも驚きだけど、全力を出し切ってないのにあの成績って……そんなのあり?」

「ボク、シンザンのことが分からなくなってきちゃった……」

 

 戦々恐々とする後輩たちの姿に目元を緩ませるミホシンザン。

 

「けど、例外は誰にだってあるものね。シンザン先輩も全力で走らざるを得なかったレースがあるんですよ」

「「「「へっ?」」」」

 

 突然そんなことを切り出したので、チーム『スピカ』は一斉に目線を彼女へ向けた。

 

 話を聞いた限りでは底を見せることなく偉業を達成する程の威力をシンザン。そんなウマ娘が全力を出す事態になるなど興味を引かれない訳がなかった。

 

「先輩がマジになるって……実はとんでもねーウマ娘がいたとか!?」

 

 思わず腰を浮かせるウオッカ。彼女だけでなくスカーレットやマックイーンも目を輝かせて身を乗り出し、テイオーに至ってはミホシンザンの腕を鷲掴んで頬と頬がくっつけんばかりに顔を寄せている。

 

「ふふ、それはね──」

 

 憧れの先輩の現役時代を知らぬ中等部の少女たち食い付きの良さにミホシンザンは顔を綻ばせ──

 

 

 

 

 

「随分面白い話で盛り上がってるね!」

 

 

 

 

 

 口を開こうとした瞬間、被せるようにして声が響いた。

 

「私も交ぜてくれないかい? おチビさんたち」

 

 良いところを邪魔されたうえにおチビ呼ばわりされ、テイオーとウオッカが顔をムッとさせる。

 

「だ、誰がおチビさんだってのさ!」

「そうだ! そりゃあ聞き捨てならねーよ、って──」

 

 失礼な声の主へメンチを切ろうと方へ振り向いたテイオーとウオッカだったが……。

 

「「えっ?」」

 

 二人して、いや。その場にいた全員が呆気に取られてしまった。

 

 

 

「シ、シンザン?」

「先輩?」

 

 

 

 噂をすればなんとやら。話題にしていた張本人が目の前に現れて面を食らう少女たちだったが、はたと気が付く。

 

「じゃ、ない……?」

「なっはっはっ! 細かいことでカリカリしてるようじゃ大きくなれないよ! 実際、おチビさんなんだし良いじゃない。特に君は」

 

 似ているが、違う。

 

 テイオーへ顔を寄せて笑うシンザン(?)をまじまじと見つめてみる。

 

 顔立ちや目付きが非常に似ているがまず髪型が違う。シンザンは髪を後頭部で結い上げて(かんざし)で留めているが、こちらは癖のある鹿毛をポニーテールにして纏めている。

 

 前髪に走る白い流星も五角形ではなくY字のように枝分かれしており、別人であることを物語っていた。

 

「やあミホ! 私を差し置いて先輩の武勇伝を語るなんて水くさいじゃないか! 私も交ぜてくれ!」

「……どうも、お昼はこれからなんですね」

「なっはっは、先生と進路指導の相談をしてて遅くなったのさ」

 

 第一、シンザンはこんな風に快活に笑わないし……どこか間の抜けた雰囲気は纏っていない。

 

 このにんじんハンバーグ定食を手にするシンザンのそっくりさんは? とおいてけぼりを食らい困惑するチーム『スピカ』の面々。

 

「あの……こちらの方は一体?」

 

 シンザンモドキに絡まれ顔をスンとさせているミホシンザンの様子に気後れしつつ、マックイーンがチームを代表しおずおずと手を上げる。

 

「ええと、その、この人はですね──」

「おお! 紹介が遅れたね!」

 

 さっきまでの楽しそうな表情を霧散させたミホシンザンが妙に口ごもらせていると、その原因であるニセシンザンが答えを引き取るように胸を張り──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はミナガワマンナ、シンザン先輩の一番弟子さ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、得意気に名乗り上げたのだった。




ミナガワマンナ

トレセン学園の高等部所属。
身長はシンボリルドルフと同じくらい。
美穂寮の所属で現役時代は名ステイヤーとしてその名を知られていた。

ゴリゴリのシンザンファンで彼女の一番弟子を自称しており、かの『五冠バ』を特別視するウマ娘たちの中で初めてクラシックレース、それも菊花賞に勝てたことを終生の誇りとしている。
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