神が讃えしその駿駆   作:松武栗尾

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 およそ、シンザンほど戦うたびに次々と感動的なシーンを創り、名勝負を演じたウマ娘はほかにあるまい。(中略)彼女の競走歴はまさしく類い稀れなドラマであった。





 ──月刊トゥインクルに掲載されたコラム冒頭より抜粋※







第三十一話 先輩が一番強かったのは…… 中編

 トゥインクル・シリーズの歴史に不滅の金字塔を打ち立てたシンザン。

 

 この不世出のウマ娘の栄光の影の中──そこにはかつて、後に『五冠バ』と謡われる少女と熾烈なレースを繰り広げた多くの優駿たちが存在した。

 

 

 

 新バ戦(メイクデビュー)を八バ身差で大勝。強烈な末脚から繰り出されるド派手な追い込みを武器とし、洗練されたルックスに負けぬ大きな才能を持ち合わせていた『アスカ』。

 

 

 

 三冠レース最終戦で破滅的大逃げであっと言わせ、あわやシンザンの三冠ならずと肝を冷やさせた同世代の女王、ダブルティアラウマ娘『カネケヤキ』。

 

 

 

 シンザンに土が付いた四つのレース。その中で唯一彼女の鼻面に重賞敗けを叩きつけた“シンザンに勝ったウマ娘”『バリモスニセイ』。

 

 

 

 名門の出にして家名に負けぬ才覚を併せ持ち、シンザン打倒を託された大トレーナーの秘蔵っ子。遅れてきた傑物『ハクズイコウ』。

 

 

 

 シンザンを負かすことに燃え、負かすことのみに全身全霊を傾けた、シンザン伝説の有マ記念の仕掛け人。闘魂溢れるウマ娘『ミハルカス』。

 

 

 

 そして──

 

 

 

「──クラシック三冠レース、その三戦で激闘を繰り広げたシンザン最大のライバル『ウメノチカラ』」

 

 かつてシンザンと競い、敗れ去り、歴史の中に埋もれていった数々のウマ娘たち。

 

 今はもう、成績表上の文字列、あるいはレースの実況の中で呼ばれる名前だけの存在であるシンザンの敗者たちを拳を振り上げて語るのは、ちゃっかり同席するニセシンザン──ミナガワマンナである。

 

「今、名前を挙げたウマ娘以外にもに負けず劣らすの強豪たちが先輩に泥を着けようと果敢に挑んでたんだ。多くのライバルを先輩はたった一人で相手に回しながら一歩も引かず……どころか!」

 

 くわっと目を見開き、テーブルをバシバシ叩いて言葉を続ける。

 

「奇策には打って出ず! 真正面から四つに組み合って! バッタバッタと撫で切り続けた! つまり! 先輩のライバルたちとのレースを語るということは! 先輩の栄光の勝利の数々を語るということは! トゥインクル・シリーズの輝かしい歴史の一幕を語るに等しいんだよ!!」

 

 「分かる!?」と握る拳を震わせ自分のことのようにシンザンの功績を語る彼女の熱に気圧され、『スピカ』の面々は言葉を挟むことができなかった。

 

「ふっふっ。先輩の偉大さに圧倒されて声も出ないか……うんうん。その気持ち、よぉーく理解できるよ!」

「た、確かに圧倒はされてますけど……」

「こんな風に捲し立てられちゃあ誰だって、なあ?」

 

 謎に勝ち誇った笑みを作ったポニーテールのウマ娘の勢いに、若干引き気味になるウオッカとダイワスカーレット。

 

「……で、結局キミは誰なのさ?」

 

 一方でテイオーは誇らしげに鼻を擦り腕を組んだミナガワマンナマンナへ、戸惑いつつも胡乱げな眼差しを向けた。

 

「シンザンの一番弟子とか言ってたけど、訳が分かんないし」

「言葉の通りだよおチビさん。私はミナガワマンナ、シンザンの一番弟子さ」

「そういうことじゃなくて──って! だからボクはチビじゃないってば!」

「あの、この先輩とは知り合いなんですよね?」

 

 怒るテイオーへ首をかしげるミナガワマンナ。埒が明かないとスカーレットがこの同席するもう一人の先輩へと助け船を求めるのだが……。

 

「…………」

「あれ?」

 

 ミホシンザンの様子がおかしい。

 

 ミナガワマンナが話し始めてから口を利いていない彼女を見れば、目を細めて顔をうっとりさせている。

 

「…………」

「せ、先輩?」

 

 てっきり、彼女に辟易して閉口しているものと思っていたのだが……その姿はどう見ても話に聞き入っているようにしか見えなかった。

 

「だ、大丈夫っすか?」

「……はっ! そ、そうですよっ。シンザン先輩について語らいたい気持ちは理解できますけど抑えてください、皆さん困ってるじゃないですか。それに自己紹介だって一方的過ぎますから……」

 

 ウオッカの呼ばう声に正気を取り戻したミホシンザンが遅ればせながら声を上げる。

「なんだよー、いつもならノリノリで話に乗っかってくるのに。おチビさんたちがいるからって取り繕ってるんじゃないやい」

「いやそれは……ミナさん、今そういうことを言うのは止めてくだ──」

「分かった! ファン感謝祭のことまーだ根に持ってるんだろう?」

「そんなことはありませんっ!!」

「ひゃあ!?」

 

 白々しい、と言いたげな眼差しをしたミナガワマンナの発言にミホシンザンが椅子から立ち上がる勢いで否定する。

 

「あっ。ご、ごめんなさい……驚かせちゃいましたね」

「ビックリしたあ~……」

「ファ、ファン感謝祭で」

「一体何が……?」

 

 なんだなんだとこちらを見やってくる周囲と肩を跳ね上げたテイオーへミホシンザンは恥じるように謝りながら腰を下ろした。

 

 『物腰穏やかな先輩』という認識を抱いていた彼女の荒ぶる様子に、二人の先輩の間にはどんな因縁があったのだろうか?

 

「この間のファン感謝祭のレースで先輩が走っただろう?」

 

 勘ぐっていたウオッカとスカーレットの疑念に答えるように、当事者の片割れであるミナガワマンナが悪戯っぽい笑みを向けた。

 

「そうでしたけど……」

「で先輩がレースに臨むにあたって追い切りもするっていうんで、実は……ふふんっ。わ・た・しがその相手に選ばれたんだ! この! 一・番・弟・子! たるミナガワマンナが!!」

「は、はあ……」

「ただしっ、ファン感謝祭のレースに出走することは当日まで秘密! 追い切りの件も誰にも言わないように言われてたんだ」

「そ、そうなんですね~」

「特に『ミホには絶対漏らすな』って先輩に念入りに釘を刺されて、レース本番まで全く知らなかったミホへのサプライズになったって訳さ!」

 

 「後でめっちゃ怒られたけどね!」と、得意気に胸に手を添え声を張るミナガワマンナ。ウオッカとスカーレットは愛想笑いを浮かべながら曖昧に相槌を打つ。

 

「そういう時だけ口が固いんですから……」

「先輩の言い付けを破ったら後が怖いからね~」

「っ、本当にこの人は昔から……っ」

「せ、先輩方は仲がよろしいのでしてね」

「マックイーンさん……」

 

 荒い息をつくミホシンザンを、それまで口を開いていなかったメジロマックイーンが苦笑混じりに声を掛けた。

 

「……ええ、まあ。それこそ他人には思えないくらいには。ただ、ミナさんもこういう人ですから……」

 

 大きな溜め息をついて気を落ち着けて、ミホシンザは渋々といった風に頷いた。

 

「念のため、私からも紹介させてもらいますね。この人はミナさん──ミナガワマンナさんです。私と同じくシンザン先輩を慕っているウマ娘でして……こんな人ですけど菊花賞ウマ娘なんですよ」

「なっはっは。こんな人とはなんだこんな人とは」

「えっ? キミ、菊花賞勝ってるの?」

 

 彼女の紹介にテイオーは目を丸くする。目の前で呑気にニンジンハンバーグを頬張っているウマ娘がまさかクラシックウィナー、それも『最も強いウマ娘が勝つ』とされている菊花賞を優勝しているとは思いもしなかったからだ。

 

 ただのやかましいウマ娘じゃないんだ、とテイオーが失礼なことを考えているなどとは露とも思わずミナガワマンナは親指を立てる。

 

「敬ってくれてもいいんだよ~? 先輩の一番弟子は伊達じゃないのさ!」

「まあ自称ですけれどね」

「あはは……ですが、話してくださったシンザン先輩のライバルの方々のお話、とても興味深いですわ」

 

 嘯く彼女へ冷めた視線を向けるミホシンザンにマックイーンは苦笑いしていたが、ずい、と身を乗り出した。

 

「も、もし。よろしければお話の続きを伺っても構いませんこと?」

「マックイーンって、シンザンのことになると妙にウキウキするよね」

「あら、先人の蹄跡を辿ることは大事なことでしてよ。テイオー」

 

 瞳をキラキラさせるチームメイトへぼそりと呟くテイオー。だがマックイーンはその突っ込みを涼しげにいなす。

 

「おっ、話が分かるね芦毛の子! 君、名前は?」

「はい、(わたくし)メジロマックイーンと申しますわ。以後お見知りおきを」

「メジロマックイーン? ……あーっ、君が!」

 

 話に乗り気な後輩がいたことに気を良くするミナガワマンナだったが、マックイーンの自己紹介を受けると突然目を丸くして彼女を指差した。

 

(わたくし)をご存じなのですか?」

「いやさ、私にもメジロ家(君のところ)の子の同期がいるんだよ!」

「まあ、そうでしたのね」

「そうそう! でその子が君のこと褒めてたんだよ。君がメジロ家最高の競走ウマ娘になるかもしれないって」

(わたくし)がメジロ家最高のウマ娘、とですか? 」

「メジロの天皇賞ウマ娘が言うもんだからさ、妙に君の名前が記憶に残ってたんだよね~」

 

 何やら共通の知人の話題で盛り上がる二人。

 

 一方で彼女たちに置いてけぼりにされ、その他『スピカ』メンバーは互いに顔を見合わせていた。

 

「……この先輩、結構おもしれーウマ娘かもな」

「かもしれないけど、ミホ先輩の様子を見てそんな呑気なこと言えないわよ……」

「ふんっ、ボクの知らない話で盛り上がっちゃってさっ」

 

 ひそひそとウオッカとスカーレットが言葉を交わす傍らで、頬杖を突くテイオーはそっぽを向いて拗ねていた。

 

「この間、その子も含めた同期でスイーツの食べ放題にいったんだけど、その子相変わらずスイーツにパクついててさー」

「んまっ、スイーツ食べ放題ですの!」

「はっはーん、その様子だと君も甘いもの好きだ?」

「え、ええまあっ。無論、人並みではありますけれど」

「じゃあ今度三人スイーツ食べに行こうか! 古き良き長距離走者(ステイヤー)たちの集いということで──」

 

 周りをそっちのけで出掛ける約束を取り付けようとするミナガワマンナの声を遮るように、ミホシンザンは大袈裟に咳払いをした。

 

「……ミナさん。マックイーンさんと仲を深めてもらうのは大変良いんですが。テイオーさんたちもいることを忘れないでくださいね?」

「おおっ、そうだったそうだった。この話はまた今度にしようか、メジロのマックイーンちゃん」

「そ、そうですわね。またの機会にお願いいたしますわ」

 

 険しい顔をするミホシンザンと、彼女に睨まれてなお調子を変えず拝むように詫びるミナガワマンナの図太さに顔を引き攣らせてながら恐縮するマックイーン。

 

「では、話を戻しましょう──んんっ」

 

 ミホシンザンは『スピカ』の後輩たちの視線を浴びながら眉間と両頬を手で揉み解し、仕切り直すように喉の調子を整えた。

 

 

 

「……シンザン先輩が」

「で先輩が途轍もない強さを発揮したレースなんだけど!」

「いやちょっと待ってください」

 

 

 

 出だしから躓いた。

 

「今の流れは私が話すところじゃないですか。そもそも、私がシンザン先輩のことを話していたんですから、ここはミナさんも話を聞く側に回って──」

「いーや皆まで言わなくてもいいって! 先輩の無類の強さを誇ったレースといえば、あのレースしかないだろう!」

「そういうことじゃなくてっ。どうして話に割って入ってまで話をかっさらおうとするんですかっ。私だってシンザン先輩のことを語りたい──」

「なんでって、そりゃあ決まってるじゃないか!」

 

 憤りを抑えきれないミホシンザンの眼差しをミナガワマンナは正面から受け止めて、にっとした。

 

「私が、未来ある有望な後輩たちにこんなすごい先輩がいたってことを知って欲しいからだよ!」

「……っ」

「温故知新って言葉もあるしね!」

 

 へへへっ、と笑うミナガワマンナと無言で睨むミホシンザン。

 

「ミ、ミホ……?」

「……大丈夫っすか?」

 

 テイオーとウオッカが恐る恐ると鬼のような形相で押し黙る長い鹿毛の先輩へ声をかける。

 

「……本当に、この人ときたら……まったくっ!」

 

 後輩たちに戦々恐々と見守られる中、根負けしたミホシンザンが荒い息とともに罵ってそっぽを向いた。

 

「さっすがミホだ! 分かってる~!」

 

 その反応を見て取ったミナガワマンナが快哉を叫んだ。

 

(いいんですのね……)

(許しちゃうのね……)

 

 交わされたやり取りから二人の関係性を薄々察し、気の毒な視線をマックイーンとスカーレットはミホシンザンへ送ってしまう。その傍らで彼女の心労の元であるミナガワマンナは嬉々として再び語り始めた。

 

「菊花賞や有マ記念を見てくれれば分かるんだけど、先輩ってレースに出ると強いレースばっかりしてるんだ。そんな中でも先輩の底知れない強さを様々と見せつけたレースと言えば──そう!」

 

 本来なら抑え役であろうミホシンザンも匙を投げたことで、独壇場とばかりにミナガワマンナは芝居掛かった身振りを着けながら語る熱量をヒートアップさせていく。

 

「応援支持率七十八パーセント! 強豪大物歯牙にも掛けず!」

 

 その迫力に場の全員──ミホシンザンを除いて──が思わず体を反らす。

 

「大逃げ・徹底マークも何のその! シンザン・アンチも兜を脱いだ! O川K次郎も舌を巻く! 東京三二〇〇メートル左回り! シニア級ウマ娘最高の栄誉────ッッ!!」

 

 溜めに溜め、引きに引いたミナガワマンナは勢い良く立ち上がって──

 

 

 

 

 

「第ご」

「余計なことしてるんじゃないよ」

 

 

 

 

 

 ごいんっ、と頭上に翳されていたお盆の底へ盛大に突っ込んだ。

 

「いたいっ!?」

 

 激突した反動でそのまま椅子に落下し、ミナガワマンナはぶつけた頭を抱えてテーブルに伏せる。

 

 何が起こったのが理解が追い付かずテイオーたち『スピカ』だけでなくミホシンザンまでも目を白黒させていると……。

 

「……えらくやかましいのがいると思ったら」

 

 悶えるミナガワマンナの背後。呆れ果てた様子で空の食器をお盆に乗せ直すウマ娘が言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

「まーた自分かい、ミナ」

 

 

 

 

 

「シ、シンザン!?」

「「「先輩!?」」」




※前書きに記載された一文はJRAの機関紙である『優駿』に実際に掲載されたコラム冒頭をウマ娘世界に合致するよう一部変更してあります。
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