神が讃えしその駿駆 作:松武栗尾
「いいペース配分だよー、速度そのままで維持してー」
「は、はいっ!」
生来からの強靭的な心肺機能を備えていようが目を見張る末脚を持っていようが、トレセン学園に在籍する以上、その身を常に磨き上げ、より高次元へと引き上げることを怠ってはならない。
これからトゥインクル・シリーズに挑むウマ娘も、既に引退したウマ娘も変わらない。つまりはシンザンも練習に身を入れるのは当然のことであった。
とはいえシンザンには既に引退の身である。目標とするようなレースとなると、トゥインクル・シリーズで好成績を残したウマ娘だけが参戦できるドリームトロフィー・リーグ──かのシンボリルドルフといった傑物たちが所属している──しかない。
シンザンは引退後もすぐに移籍することなく結局紆余曲折あって休学に入ったため、これから移籍するにしてもと手続きの都合でこれからすぐ参戦……というわけにもいかない。
目標を定めずに行う練習はあまりしたくない。かといって何もせずだらだらと無為な時間を過ごすのは、それこそ後輩たちに示しがつかない。シンザンとしてもそれだけは許せなかったため、今後の活動内容は復学前から当に決めていた。
「腕の振り大丈夫ー? 小さくなってないー?」
「すみませんっ!」
「良い返事だねー、けど呼吸乱さないよう気をつけてー」
トレセン学園のグラウンド。至極単純。この場所で、後輩たちに交じって青いターフを駆け回ることだった。
「会長、シンザン先輩は一体何を……?」
生徒会副会長も務めるエアグルーヴが意図を掴みかねたような眼差しで、少女たちの殿で走るシンザンの姿を見つめていた。
「そうか。君は直接、彼女と面識があるわけではなかったな」
「はい……私が入学した時は既に休学に入られていましたので。この間の会長室でお会いしたのが初対面でした」
傍らで腕を組み、同じように先達が走っている様を目で追うシンボリルドルフへエアグルーヴは頷いてみせる。
彼女たちチーム『リギル』も、グラウンドでトレーニングを行っている最中であった。
「シンザン先輩は休学以前もああして後輩を誘い、共にトレーニングに励んでいたものだよ」
「あの方に声をかけてもらえるなんて、彼女たちの将来はきっと有望なものになりますね」
「ペースが落ちてる!」とキャリアウーマン然とした『リギル』のトレーナー、東条ハナことおハナさんが飛ばす激を耳にしつつ、エアグルーヴは思わず呟く。
「有望か……判断の難しいところだ」
「会長?」
「よく見てくれ。彼女とトレーニングに臨んでいる後輩たちを」
そう言われてエアグルーヴは面子を観察する。全員の顔を知っているわけではなかったが、少なくとも知っている面々はメイクデビュー前──担当トレーナーが着任していない、あるいはレースチームに所属しておらず、未だ実戦を経験していないウマ娘ばかりである。
「先輩は模擬レースで結果を出せず試行錯誤し、担当が着かず燻っている生徒たちに率先して声をかけ、合同練習という建前で彼女たちが良い走りをできるよう指導しているんだ」
「そんなことを……」
ルドルフの言葉にエアグルーヴは驚きも露にして、指示に従って必死に駆けるウマ娘たちを涼しい顔で追走するシンザンの姿をまじまじと見つめた。
限られた時間の中、自らを鍛え上げる機会を割いて実力の伸び悩んでいる後輩たちへの指導をしていたとは……唯々感服してしまう。
「本当に素晴らしい方なのですね、シンザン先輩は」
「彼女の元でトレーニングを積み、模擬レースで結果を残せたことで担当トレーナーやチームに引き抜かれたウマ娘も少なくない。生徒一人一人のレベルの底上げをしようという思いが、先輩を動かしている……寛仁大度とは、彼女のことをいうのだろうな」
「──一旦休憩ー。各自ゆっくりしてちょうだいな」
「は、はいぃ……」
「つ……疲れた」
一息入れるようでシンザンがその一言を発した途端、彼女とトレーニングをするウマ娘たちがヘロヘロになる。腰が抜けたようにしゃがみ込んだ者もいれば、あからさまにバテてしまい芝の上に身を投げ出して寝転がったりする者もいる。
「どうもぉ、お二人さん」
視線に気付いていたのか。シンザンはこちらに向き直ると、ガシンガシンとウマ娘が出してはいけないような重々しい音を立てながら歩み寄って声をかけてきた。
「──っ、お疲れ様です」
「自分らの練習は順調なのかな?」
「はい、お陰様で。先輩もご指導の方も進展の程はいかがでしょうか」
直ぐ様姿勢を正すエアグルーヴ。ルドルフも彼女へ大袈裟にならない程度に恭しく会釈する。
「指導じゃないよ指導じゃ。それに、そんな畏まらなくていいよって言ってるんだけどなぁ」
「ご謙遜を。それに、他の生徒の模範たる我々生徒会役員が礼を失するような真似など言語道断──それを言うのでしたら、先輩も私を名前では呼んでくださらないではないですか」
「それは勿論、現生徒会長への敬意を示すために──まぁ、二人の前でならいいか」
先程まで後輩との併走をこなしつつ、助言をしていたにも関わらず然程荒れてない彼女の息遣いから尋常でないスタミナ量に驚きつつも、エアグルーヴはそれを顔に出さないよう務めて話に聞き入る。
「しかし相変わらずルドルフは固いねぇ……走りの土台がまだ出来上がってないから、それをしっかり固めてもらうことが大事かなぁ。あとは自分の得意不得意を完全に把握してもらえれば、取りあえずは良いかなって」
「失礼を承知でお尋ねしますが、彼女たち相当疲労しているように見受けられます。オーバーワークになっているのでは……?」
「いやぁ、気を付けてるんだけど、久しぶりでつい気合いが……」
照れ臭そうに頭に手を添えるシンザン。その反応にエアグルーヴはああ、この人三冠ウマ娘だもんな、と察してしまう。実際彼女が言うように後輩たちとの練習ではセーブしているのだろうが、地力の差が出てしまったのと、自分で言うように練習に身を入れすぎているようだ。
「今の後輩はわたしのことをよく知らないからか、誘っても物怖じしないで参加してくれる子が多いからつい嬉しくて。引退してすぐの頃は声かけても中々──相変わらずかっ飛ばしてるねぇ──人が集まらなくて寂しい思いをしたのが嘘みたいだよ」
「チャオー☆」と側を駆け抜けていった『リギル』随一のマブいチームメイトから投げ掛けられた挨拶に手を振るシンザン。直後「集中しろマルゼンスキー!」とトレーナーの声が飛び、遅れて栗毛の少女たちが通過していく。
「心中お察しします。ところで、
彼女たちの走り去って行った背中を暫し追った後、エアグルーヴは視線を下げてずっと気になっていた点を切り出した。
「これ? 蹄鉄」
「てい、てつ?」
先程から聞こえてくる、ロボットかと思わせる重厚な音の正体。それは彼女のトレーニングシューズから発せられるものであった。ガッチリとした作りの見るからに頑丈そうな鉛色のトレーニングシューズ……正確にはそれに取り付けられた蹄鉄が原因であった。
「重くは、ないのですか?」
「そりゃあ重いよ。けど慣れって怖いよねぇ、ずっと履いて練習してたら自分の体の一部になっちゃうんだから」
ほれ、とシンザンはガチャンと鈍い音を鳴らしながら右足を上げてシューズに取り付けられた妙な蹄鉄を見せてくる。
幾つかの穴の空いた覆いがシューズの爪先に被るよう蹄鉄の縁に取り付けられていて、見ようによっては穴の空いたスリッパのように見える。それだけでなく裏側にも逆T字型のブリッジの細工が施されており、見れば見る程に武骨な蹄鉄であった。
「な、なるほど……しかしこんな代物一体どこで?」
「特注よ特注。普通の蹄鉄の倍は重さがあるかなぁ」
「倍もですか」
「横からですまないが、倍は倍でも四倍の重量だそうだ」
「四倍もですか……!」
「シンザン先輩だけが、この蹄鉄を使われていたことから、先輩の名を取って『シンザン鉄』と名付けられたはずだったとも記憶しています」
「これを着けてじゃないとどうも練習の時は身が入らないんだよねぇ」
意味が分からない。
「まあ、お陰で足引っ掻けても転ばなくなったし、足腰が鍛えられたから結果オーライってやつだね」
「そうですか……」
「これを考えてくれた親分に感謝しないと。けど真似しちゃ駄目だよ、怪我しちゃうから」
誰がするか、というよりできるか、と冗談交じりで釘を刺したシンザンへ絶句していたエアグルーヴは内心で突っ込みを入れる。
「ふふ……では、我々もトレーニングの方に入りますので、立ち話もこの辺りで切り上げましょうか」
「ん? おお、そうだね。そうするよ。邪魔してごめんね二人とも……ではでは」
ガチョーン、と去り際に右腕を突き出して謎の言葉を残し、ガシンガシンとフェードアウトするシンザンをポカンとした顔で見送った。
「それで、どうだった? 伝説の一端に触れた感想は?」
「唯々圧倒されました……」
「そうだろう。彼女と知り合った者は皆同じ反応をする。我々常人には、あの人を推し測ろうとすることすらままならない」
「しかし……シンザン先輩はご自身のトレーニングはどうされているのでしょうか。あの方の担当と思しきトレーナーの姿も見当たりませんし」
後輩の能力向上に対する真摯な姿勢は素晴らしい遺骸のものではないのだが、ふと気になって疑問を尋ねてみたが、それまで穏やかな微笑みを浮かべていたルドルフが押し黙る。
「…………」
「会長?」
「……いや、彼女のトレーナーのことについてだが──君が知らないのも無理はないな」
「? それはどういう意味──」
「いずれは君も知るところになるだろうから話すが、ここで気楽に話せるような内容ではないとだけ伝えておこう」
「……」
「時間があれば是非ウチの子たちとも合同トレーニングを」とおハナさんの会釈を受け「ご丁寧にどうも、練習中にお邪魔しました」と会釈を返すシンザンを、二人は無言のまま並んで眺める。
ルドルフの口振りから彼女と彼女のトレーナーの間に、何やら重い事情があることだけはエアグルーヴにも理解できた。
『────シンザンが大外、大外を通りました!』
一方その頃。『スピカ』のメンバーはあるレースの映像が流れるテレビ画面に釘付けになっていた。
『────シンザン並んだか!? シンザン並んだシンザン出たシンザン出た、シンザンが出たゴぉールイン!!』
実況が勝者の名前を叫んだ瞬間どよめくような歓声が上がる。
『シンザン五冠バ達成! 日本一はシンザンです! 今年の有マ記念競走はシンザンが優勝いたしました……!』
不意に実況の声が途絶え、画面に映るウマ娘たちもピタリと停止する。
「……とまぁ、こんな感じだ」
チーム『スピカ』に充てられた部室。トレーナーは手にしたリモコンでレース映像の再生を止めて少女たちを見渡した。
彼女たちはトレーナーが学園の資料室から借りてきた、シンザンの走った主なレースを視聴していた。そして最後に見ていたのは、中山レース場で行われた右回りのレース。
中山最後の直線。内側が荒れに荒れていたバ場の関係上、そして先行するライバルが外側へと大きく膨らんだことにより、シンザンは外ラチギリギリのコースを駆け抜けた。それによって、テレビカメラとスタンドからシンザンの姿が一瞬見失ってしまう。
そして姿が見えた瞬間、既にシンザンは先頭に立っていたのだった。
これが『シンザンが消えた』と後世に語られる有マ記念、伝説のラストランである。
「「「…………」」」
この間トレーニングに参加したウマ娘の劇的な勝利を目撃し、興奮するメジロマックイーンを除く『スピカ』メンバーは言葉を失っていた。
「マックイーンから多少の話は聞いてると思うが、シンザンの現役時代のレース形態はグレード制じゃなくて『八大競走』──特に格式ある八つのレースを頂点に組まれてた」
『八大競走』とはクラシックレースの皐月賞、日本ダービー、菊花賞、ティアラ路線と呼ばれる桜花賞、オークス*1。シニア級ウマ娘たちの最大の目標とされていた春秋天皇賞と年末の大舞台、有馬記念の八つのレースのレースの総称である。
「そしてシンザンは史上二人目の三冠制覇を成し遂げた後、シニア級で秋の天皇賞を勝利。当時の天皇賞は勝ち抜け制度が取られてて、優勝したウマ娘は天皇賞への出走権を失うから──」
リモコンを画面へ振って指し示す。
「──この有馬記念を最後に出走可能なビックレース全てに勝ち、ターフを去った。だからこそシンザンは『五冠ウマ娘』と呼び称えられている。ついでに言うと、引退した年の宝塚記念にも出走して勝ってるから、今の基準で言えば実はGⅠ六勝ウマ娘だな」
リモコンをテーブルの上へ起き、腕を組んで噛みしめるように言葉を締める。
「残した成績は十九戦十五勝。二着四回着外なしで連対率百%──この連対記録は未だ破られていない。しかも落としたレースはオープン戦のみで、本命の大レースではきっちり白星を挙げてる……正しくレジェンドの名に相応しいウマ娘だよ」
「「「…………」」」
トレーナーの声が聞こえていないのか。不鮮明な映像の向こう。先行していたライバルたちを刹那にぶっちぎり、ゴールラインを突っ切った深紅の後ろ姿に、少女たちの視線が注がれている。
「……すげぇ」
うわ言のようにウオッカが声を漏らす。
「すげぇ、すげぇよシンザン先輩! あんな外走って勝てんのかよ! 普通ならビビって走れねぇだろ!」
「でもアタシがシンザンだったら、最後のカーブはイン突いてごぼう抜きすっけどなー」
「無茶言うぜ! あんだけ荒れたバ場で内に入ったらろくに踏み込めないに決まってんじゃねーか! もう一回、もう一回見ようぜ、なあ!」
不敵な笑みを浮かべて嘯いたゴールドシップへ、シンザンの走りに当てられ興奮したウオッカがリモコンを手に取って捲し立てる。
「私、本当に凄い人と一緒に走ってたんですね……なんだか怖くなってきました」
スペシャルウィークはため息混じりに目の前に積まれた古い冊子を手元に引き寄せて目を落とす。これも資料室から借りたもので、シンザンが三冠ウマ娘になった直後に出版された『月刊トゥインクル』だ。
『シンザン遂に三冠達成』の文字と共に関係者に囲まれる中、三本指を立てて腕を掲げる彼女の写真が二頁見開きで掲載されている。
「このVサイン、会長さんが始めたと思ってたんですけど、シンザンさんが最初にしたウマ娘だったんですね」
「本当に? けどちょっと意外よね。先輩、そういうことはしなさそうな印象だったんだけど……」
スペシャルウィークの隣に座るサイレンススズカもキラキラと輝かせた目をして覗き込み、二人して写真の中のシンザンをまじまじと見つめた。
「けど、どうして写真が白黒なのかしら?」
「言われてみれば、確かに。レースの映像もちょいちょい白黒ですし……どうしてか分かりますか、トレーナーさん?」
「さあな、文句があるなら貸し出さないって資料室の担当に脅されたんで、俺も深く突っ込めなかった」
「嘘でしょ……」
「まあ、細かいことはあんまり気にすんな。使えることは使えるんだからよ」
肩を竦めたトレーナーへ言葉を失うスズカ。一方でダイワスカーレットも別の『月刊トゥインクル』へ手を伸ばし、シンザンの特集が組まれているページを開いていた。
「あ、この写真カッコいいー」
「目黒記念*2で撮られたものですわねっ」
指を組み、グッと腕を前へと伸ばして脚を交差させたシンザンを正面から撮影した写真*3──これも白黒であった──を見て声を溢すスカーレットへハスハスしているマックイーンが詳細を解説していた。
「自然体でありながら洗練された佇まい……気迫を感じますわっ。こちらの菊花賞のゴールの瞬間を捉えた写真も素晴らしいですわよっ」
「どれ……? わ、本当だ」
「鬼気迫るとは、正にこのことを言うのですわっ」
「白黒なのに凄い臨場感……映像で見るのと写真で見るのとじゃ、印象が全然違う」
盛り上がる部室の中でトウカイテイオーだけは沈黙を貫いていた。マックイーンの言っていたことは事実だった。有マ記念もそうであったが、菊花賞でも尋常でない末脚を放って、先頭集団が並ぶ間もなく見事な完勝からの三冠達成。
シンボリルドルフがダービー制覇を成したものとは別種の感動を、テイオーは静かに噛み締めていた。
(カイチョーも、菊花賞をレース場で見たのかな……?)
先程スペシャルウィークたちが話題にしてた菊花賞の写真の話を思い出し、無敗で日本ダービー優勝後、ターフに佇んだ彼女が掲げた二本指──二冠制覇を表すVサインを目の前で拝むことのできたテイオー、はふとそんな思いが胸を過る。
「どうだテイオー、少しはシンザンのことを見直したか?」
「トレーナー……」
一瞬言葉に迷ったが、テイオーは顔を上げ彼の目を真っ直ぐに見つめて口を開いた。
「うん。ボク勘違いしてた。こんな風に走れるウマ娘が、弱いわけないよ……」
「ああ、俺もそう思う……前の併走の時だけはちょっとあれだったけどな」
「そうだよね……ねえ、トレーナー。シンザンを担当してたトレーナーは今はどうしてるの?」
資料映像に度々姿を見せた、シンザンを育てた男たちのことも、テイオーは気になったのだ。
「シンザンの担当に着かれてたトレーナーはもう退職されてる。定年でな。それでも、時たま学園やレース場に顔を出されることもあるがな」
「それって、シンザンさんが親分って、呼んでたトレーナーさんですか?」
「お、よく知ってるなスペ。そうだ、シンザンのトレーナーは一本気のある芯の通った……まあ悪く言えば頑固なんだが、ウマ娘たちのことを第一に考えて指導に当たられていた、素晴らしい方だったよ」
「そうなんですかぁ。じゃあ、もう一人のトレーナーさんも退職を?」
「そりゃあ……そうだな」
何が言い辛いのか、彼は詰まる様子を見せた。
「トレーナーさん?」
「……とにかくだ。その話はまた今度だ。とにかく、今日はシンザンに関する情報・データをノートに纏めておけよ。この知識を役立てる日が来るかもしれないからな」
口早にはぐらしたトレーナーの態度に、スペシャルウィークだけでなく他のメンバーも怪訝そうに首を傾げた。
日も落ち、校舎や体育館、グラウンドが赤く染まる時間。
「皆お疲れ様。今日はここまでにしよう」
夕方となり、練習を切り上げることにしたシンザンは後輩たちに声をかけるが、彼女たちは精魂尽き果てた姿で辛うじて返事をするので精一杯だった。
「「「お疲れ様でした……」」」
「勿論、明日も参加してもらっても構わないから、体力的に大丈夫そうだったら是非よろしくねぇ。待ってるよ」
連日は勘弁してください、とシンザンの意外とハードな指導を受けたウマ娘たちは心の中で口を揃え、遠慮させてもらいたかった。
「じゃあ、わたしは先に上がるけど……はい、これ」
シンザンから一人一人に手渡される小さなノート冊子に、ヘロヘロになりながらも力を振り絞って受け取ったはいいが、このノートは一体……。
「これ、今日の練習で気付いた皆の良い点と悪い点を纏めたものね。抜けてるところもあると思うけど……それはご愛敬で」
「これがですか……!?」
1ハロンごとのペース平均値、走行中に気を付けるべき点や、フォームの形に関するあれこれなどが、ノートに数頁に渡って書かれていたのだ。
いつの間に全員分を、と後輩たちが一瞬驚いていたものの、大した成績も残せていない自分たちにこうまで親身になってくれたことに、彼女たちは感動してしまった。
「あ、ありがとうございますっ、シンザン先輩!」
「トレーニングに誘ってくれただけじゃなくて、こんなことまで……うぅ」
「ふふ、喜んでくれて良かったよ。けど、注意するところはまだまだ沢山あるから、それだけは忘れちゃ駄目だよ」
じゃ、と手を翳してシンザンは踵を返し、例の蹄鉄から鈍い音を鳴らしながら去っていく。
「チョイト一杯のつもりで飲んでぇー、いつの間にやらはしご酒ー、気がつきゃホームのベンチでゴロ寝ー、これじゃ身体に良いわきゃないよ──あ」
練習に参加してくれた後輩たちの反応に気を良くしたのか、出前サービスのコマーシャルの歌をよく分からない変え歌にしてを口ずさんで去っていくシンザン。
「……お酒は二十歳になってから、だよー」
と思ったらピタと足を止め、思い出したかのように振り返って叫ぶ。
「わかっちゃいるけど止められねー、ア、ホレ、スイースイースーダララッタ、スラスラスイスイスイー……」
言って満足したのか再び歌い出し、歩き出したが、先輩の意図が理解できず、グラウンドに残されたままの彼女たちは首を捻った。
夕日に照らされ赤く焼けた後ろ姿。小さくなる彼女の背中を見送る後輩たちの目には、調子の良い歌と対照的にどうしてか物悲しく写るのだった。
ヒーロー列伝の22番、誰になんと言われようと作者は格好良いと思っていて、大好きなポスターの一つです。