NARUTO知識ほぼ0の忍による勘違い忍法帖   作:ふくふくまる

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小説内では三代目→ヒルゼンにしております。


第二十二話 亡父の想い(一部三代目時点)

 

 

 ───甘かった。

 

 今生の両親の死やアカデミーの教育から、ここがどういう世界か理解していたつもりだった。けれど私はまだ前世の常識に引っ張られて考えていたのだ。

 

 やらなきゃやられる。人の命が比較的軽いこの世界では忍は死ぬまで里の財産として考えられて管理される。

 

 そんなこと少し考えれば分かることなのに………。

 

「タイミング、完全に間違えたよなあ………」

 

 雲一つない晴天の空の下。

 両親の名前の彫られた慰霊碑を掃除しながら思わず呟いてしまう。

 

 退職届を出すタイミングを完全に間違えた。私はアカデミー在学時点で忍になることを(そもそもなろうとしていなかったが)辞めるべきだったんだ。

 

 でもさあ、やっぱり正気じゃないでしょ!ここ!

 よく考えてみたらアカデミーの教育なんて洗脳だし(実際洗脳されかけた)忍なんて奴隷契約も良いとこじゃん!

 

 あー…、アカデミーの時点で辞めるんだった。今生の両親に良い顔したくて優等生振ってたけど、なりふり構わず辞めるべきだった。普通に就職できると思ってたけど、そんなんじゃなかった。

 

 ふと、このまま忍を続けたらどうなるのだろうという不安が過ぎる。

 

 痛いこと辛いことの連続。死ぬ危険性のある任務に充てがわれて仲間や自分の命が危機に晒される。

 そして良心の呵責も感じることなく同種殺しへの抵抗感が無くなった時、私はどうなるのだろう。

 

 そう思うと心の底からぞっとした。考えたくもない。

 

 こうなったら一生下忍のままでいたい。

 今回の波の国の任務は例外的なものだ。実際の下忍の任務で前線に出されることはまずないだろう。給料は低いけれど幸い副業可だし。

 

 

 

 ───それにしたって、どうして勘違いしてしまったんだろう。

 

 カカシ先生はああ言ったけど忍を辞めて民間人に戻ったという人は少なくない。兼業の人もいると思うが、実際に辞めたと言う人達も確かに存在するのだ。

 そう言った人達全員に、事情はあれど心身を害するような何かがあったのかと思うとこの業界の薄暗さを感じてしまう。

 

 その時ふと、ナルト君の顔が頭に浮かんだ。

 

 小さい頃、物心がつく前だと思われていた私は近所の人達の噂話を聞いていた。

 

 九尾の襲撃事件

 たくさんの死者

 人柱力となった赤ん坊

 大人達にのみ下された箝口令

 

 大人達の噂と前世のわずかな情報ででしか推測できない。

 けれど、もしかしたらその九尾の事件によって、数多くの忍が辞めていったんじゃないだろうか。心は壊れて、表立って理由を話すこともできず……───。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 里内を一通り見通せる遠見の水晶にて。

 不知火ホタルが慰霊碑の前で立っているのを三代目火影──猿飛ヒルゼンが確認する。

 暗部の報告によると彼女は日課である里の店々の手伝いをせず、最近は一人でぼんやりと考え込んでいることが多いらしい。

 

 ヒルゼンは控えていた暗部の者に声かけ、火影室から風のように消えた。

 

 

 

 

「久しぶりじゃのう。不知火ホウカの娘──ホタルよ」

 

 慰霊碑の前でぼんやりと立ち尽くすホタルにヒルゼンが後ろから声をかける。

 すると彼女は肩をびくりとさせて勢いよく振り返った。

 

「火影様!?」

「よいよい、楽にしておれ」

 

 呆然とするホタルにヒルゼンは苦笑する。彼女はそれにゆるゆると頷きながら「お久しぶりです」と会釈した。

 

「カカシからすでに話は聞いておるか?」

「はい。火影様から話があると………」

「なあに、ただの世間話じゃ。ホウカの娘が下忍になって幾月。お主の近況が気になってのう」

 

 そう言えば肩の力が抜けたのか、ホタルは少しだけ微笑む。

 

 こうしてヒルゼンとホタルが直接的に会話するのは二度目だ。

 

 一度目は不知火夫婦の葬儀の日。

 【人たらし】である不知火ホウカと彼の右腕だった妻のミツは、雲隠れの忍によって殺された。

 

 ───彼らが殺害される数年前。

 雲隠れによって画策された日向一族長子の誘拐事件とその際に日向家当主が雲隠れの忍頭を始末した件で、木の葉隠れと雲隠れは緊張状態に陥っていた。

 しかしそれを諌めたのが単身雲隠れに向かった不知火ホウカであり、雷の国と火の国の大名との間に新たに結ばれた経済条約と自身の命を盾に交渉してみせたのだ。

 

 供もつけず単身でやって来たホウカを当時の雷影はえらく気に入り、それから数年かけて対話を続けていたのだが……───。

 雲隠れの里での会談帰りに、不知火夫婦は強硬派である雲隠れの忍によって殺害された。

 

 遺体は谷の奥底に捨てたらしく見つかることはなかった。再度木の葉隠れと雲隠れが緊張状態に陥ったが、何年もかけてホウカが繋いだ講和への道を叩き潰すわけにはいかず、また彼の意思に反するとして戦争は回避されたのである。

 

 あれからもう幾年。

 葬儀の際、身内であるゲンマに連れられ、茫然と立ち尽くしていた幼い子供の姿はどこにもない。

 

 娘のホタルは下忍となり、第七班のメンバーに囲まれながら伸び伸びと(少々自由過ぎるが……)任務を全うするようになった。

 

「カカシから話は聞いたぞ。波の国の一件は天晴れであった。木の葉の面子を潰さず他国との強いパイプが出来た」

「いえ、私は提案しただけで実行したのは波の国の人達ですよ。あの人達が頑張ってくれたからこそです」

「謙虚じゃのう」

「本当のことです。………あの一件は、依頼人の方の人柄や波の国の大名様の温情があって上手くいったことですから」

 

 ヒルゼンの言葉にホタルが困ったように苦笑する。

 

 ホタルをホウカの後継として育成する。しかし先の一件で強烈な才能を見せつけたものの、今後【里の顔】として正しく育つかは分からない。

 

 ヒルゼンは、ここでホタルを見極めようと思っていた。

 

「最近はどうだ?何か悩みや困ったことはないか?」

 

 そう尋ねれば彼女はしばらく考え込んだ後「いえ。大変なこともありますが、皆に支えてもらいながら何とかやっています」と首を振る。

 表情は穏やかであるが、こちらを探っているような瞳でヒルゼンを見つめていた。

 

「班の者達はどうだ」

「カカシ先生のことはとても頼りにしております。チームメイトの子達もしっかりしていますし、班員に恵まれていると思いますね」

「あの悪戯小僧のナルトもか?」

「はい、あのナルト君もです」

 

 ホタルの言葉にヒルゼンは口元を綻ばす。

 

 しかし、ここからが本題だ。

 

「少々お主に聞きたいことがあってな。波の国についてだ。何故お主は依頼人に波の国と交渉をするよう仕向けた」

「……………それは」

「木の葉が任務ランクを虚偽申告した依頼人に制裁を与えるかと思ったか?………今回もし波の国からの賠償はなくとも、里側の忍が重症および死亡しなかったため咎めはしないつもりであった。あくまで、表向きはな」

 

 裏で波の国を揺するくらいのことはしただろう。さすれば依頼人は波の国からの何らかの制裁を受け、木の葉隠れは波の国周辺から警戒されていたはずだ。

 そして事情を知らぬ他国他里からは小馬鹿にされていたかもしれない。ホタルがもし動かなければ、そういった筋書きを辿っていた。

 

「何故あのようなことをした。責めているわけではないが、見て見ぬ振りもできたはずだ」

 

 波の国とのパイプを繋ぐことによって上層部への評価を欲したのではないか。自分の利益に繋がるよう動いたのではないか。

 

 一下忍に対し、過剰なまでの警戒かもしれない。しかしヒルゼンの脳裏にこれまで木の葉の里を裏切った忍達の顔が思い浮かんだ。

 昔は彼らもアカデミーを卒業し一人の下忍として過ごしていたのだ。まだ何ものにも染まっていないこの時期に、何かしてやれていたらと後悔せずにはいられなかった。

 

 ヒルゼンの言葉にホタルはしばらく考え込む。

 すると彼女は困ったように苦笑した後、ぽつりとつぶやいた。

 

「依頼人のタズナさんからもそう聞かれました。『嬢ちゃんは何でそこまで考えるのか』って。………私はただ、放っておけなかっただけなんです」

 

 ホタルが続ける。

 

「火影様が何を思っていらっしゃるかは分かりかねますが、血の流れない手段があるならばと【提案】をしただけです。本当にそれだけで、私個人の力は何もありません。仕向けたとか、そんな大層なものではありませんよ」

「本当にそれだけか?」

「それだけ………?」

 

 ヒルゼンの言葉にホタルはきょとんと首を傾げる。

 どこからどう見ても波の国の橋職人に同情した心優しき少女にしか見えない。これが演技であれば相当な狸だ。

 

 するとその時、ホタルは口を開いた。

 

「………もしかしたら火影様、すでに気付いてらっしゃるのではないでしょうか?…………私が忍に対して甘いことを考えていたことを」

「甘い、とは?」

「今回私が行った行動は明らかに任務から逸脱したものです。それを私はただ『放っておけない』という理由だけで動いてしまいました。………この甘さが忍としては致命的なんですよね」

 

 想定とは違う方向から飛んできたホタルの言葉に、ヒルゼンは一瞬呆けてしまった。

 

 何故かホタルは気まずそうな顔をし、焦った様子で言い繕っている。

 

 わざと話を逸らしたか。

 しかしやはり、どう見ても彼女が本音で話しているようにしか見えない(ホタルとしてはヒルゼンに忍としての甘さを指摘されるかもしれないと思い、叱られる前に先に話しただけであった)

 

 そして目の前の少女は不安そうな瞳で、無言のヒルゼンに首を傾げている。

 

「火影様?」

 

 当初、ヒルゼンはホタルに何かしらの裏があると思っていた。

 ホウカの娘だからと言って彼のような高潔な心意気を持っているかは分からない。カカシの目が節穴だと言わないが、話を聞く限り彼女は権謀術数に長けている。

 

 けれど目の前の少女が嘘偽りもなくそう話しているのを、数多の忍を見てきたヒルゼンは理解できてしまった。

 

 ───不知火ホタルは本気で不安を抱え、吐露している。

 

 ふとヒルゼンは彼女の身内であるゲンマとの会話を思い出した。ホタルと面談をする前に、彼からも話を聞いていたのだ。

 

『ホタルは一見腹黒そうにも見えますが、気を使い過ぎているだけの普通の子供ですよ。勘違いされやすいですが根本的にあいつは善意のみで動きます』

 

 それは身内であるゲンマにしか見せない一面なのかもしれない。しかし彼女の本質でもあるのだろう。

 

 計算高さを感じるものの、根本には人としてあるべき優しさをしっかりと持ち合わせている。周囲を自分の意のままに操ろうとする意思は決してなさそうだ。

 

 しばらく考え込み、ふうと大きく息を吐く。

 そしてヒルゼンはじっと見つめるホタルに口を開いた。

 

「…………お主のことを少々誤解しておったようじゃな。お主の行った行為は、何というか、少々腹が黒くてのう………」

「腹が、黒く………?」

「しかしお主がそうでないと理解した。どこまでもホウカに似ておるな」

 

 やはりダンゾウの下に置くのは気質的に向いていないかもしれない。根の諜報部ならやれないこともないが、情報と仲間の命を天秤にかけた時、任務を放棄するような甘さも見受けられる。

 

 それならば不知火ホウカのような道を歩ませた方がまだ、忍として使えるだろう。

 それにまだアカデミーを出たばかりの下忍だ。後々忍としての心構えを教え込むとしよう。

 

「疑われて幻滅でもしたか。どうせホウカからワシのことは好好爺とでも聞いておったんじゃろう」

 

 ヒルゼンが小さく笑う。

 新米下忍に対してあらぬ疑いをかけていたのだ。本人は理解しきれていないようだが、ヒルゼンの醸し出す物々しい空気はさぞ恐ろしかっただろう。

 

 ちなみに当のホタルはというと力が抜けたように脱力していた。

 彼女からして見れば叱られると身構えていたものの何故か見逃してもらえたのだ。そしてそれを、ヒルゼンはもちろん知る由もない。

 

 腹が黒いと色々言われたものの、三代目火影のその柔らかい表情を見てホタルは嵐が去ったことを理解する。

 双方のすれ違いはあれど、互いに良い形で話が終着しようとしていることに違いなかった。

 

 そしてホタルはヒルゼンの言葉に笑みを浮かべた。

 

「父は火影様のことをとても気の良いお人だと話されていました。優しくて太陽のようなお方だと」

 

 それをヒルゼンは眩しく思いながら聞く。

 

「火影という立場にいるならば、もちろんお優しいだけではないということも理解しております。けれど父がああも頑なにそう話すということは、私達子供にはそんな風に火影様を見てほしいという願いもあったのではと思うんです」

 

 ホタルはくすりと笑って続けた。

 

「火影様が私に対して色々と思うことがあるかもしれません。しかし父の話をしてくれた火影様の姿も本当の姿だと思うので、疑われたり腹が黒いと言われただけで幻滅なんてしたりしません」

 

 そう言い終えたホタルにヒルゼンはふと懐かしい気持ちになる。

 

 この二世の実力はどうか、ホウカ並の働きができるかはまだ不明である。心のどこかで彼女に期待し過ぎているというのも否めなかった。

 しかしホタルの行くその先に、かつての部下であった不知火ホウカがいる気がしてならない。

 

 亡き父の血が色濃く残る娘のホタルがこの先どのような忍になるのか、ヒルゼンは年甲斐もなく興味が湧いた。

 

 

 

 




ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
思い付きではじめた話ですので正直今後は特に考えておらず……。モチベーションがありましたらぽつぽつと番外編や続きを書く予定です。

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