翌日ーー
昨日見たばかりなのにやっぱりその大きさに驚かされてしまう広い教室に足を踏み入れると、もう既に何人か生徒が登校していた。
すぐに目に入ったのは他の男子を話しているムカつくあいつの姿。
そしてあたしが来たのに気がついたのかこちらを向いて、
「よ、木下。おはよ」
と平然と挨拶をしてきた。
営業スマイルでニコニコとしているが、目では『挨拶仕返せよ』と言っているのが分かる。
「おはよう水谷君」
仕方ないのでこちらも営業スマイルで挨拶を返すと、これ以上話しかけられない内に自分の席に行き鞄から学習用具を取り出して広げた。
「全く……急に挨拶なんてしたら怪しいじゃない……」
そう呟きながら浮かんできたのは、思い出すだけでもムカつく、あのやり取りだった。
☆★☆★☆★
「ちょっ……! それどういう意味よ!」
「そのままの意味だが?」
「なんであたしがあんたの仮彼女なんかに……っ!!」
「それはお前の秘密を俺が握ってるからな」
「く………っ!!」
確かな事実にぐうの音も出ないあたし。
待って……水谷君があたしにそんなことを言うメリットって……?
「なんで……なんでそんなことを条件にするのよ。水谷君ほどの容姿ならあたしじゃなくても沢山女の子が寄ってくるでしょ?」
「ん〜、まあ確かにな。だが俺はお前がいい」
「ど、どうしてよ……」
「お前は俺と同じ匂いがする」
「お、同じ匂い……?」
どういう意味だろ……
「そ。お前も俺も、仮面を被ってる。それもめちゃくちゃ分厚い仮面をな」
「あ、あたしは別に……!」
「BL本持ってたやつが言える言葉じゃねえだろ」
「う………っ」
「だからよ、少しくらいは本性出していこっかなぁなんて思ってるから、その練習に」
「同じ仮面を被ってるあたしを練習台にしようってこと……?」
「そういうこと。理解が早くて助かる」
「………………仮彼女ってどのくらいなればいいのよ……」
「まあ2〜3ヶ月くらい?」
「…….本当に黙ってて貰えるんでしょうね…」
「もちろん。約束は守るぜ」
「だったら……その条件受ける…」
「よっしゃ。交渉成立な」
「で、でも皆には付き合ってるって言わないでよ!」
「まあ別にそれでもいいぞ」
こんなやつと付き合ってるとか広められるなんてたまったもんじゃない!
絶対にばれないようにしてやる!
「さて、それじゃ帰るとするかな。木下、一緒に帰るか?」
「……遠慮しておくわ」
「だろうな」
当たり前でしょうが。
いきなり人の弱味を握って仮彼女になれなんて言うやつなんかと誰が一緒に帰るかっつぅの!
「まあどうでもいいけど木下。俺と二人きりのときだけは仮面被るの、禁止な」
「………なんでよ」
「なんででも、だ。どうせ今更隠したってしょうがないだろうが」
「………そうね、分かったわ」
「それじゃあな木下」
☆★☆★☆★
ああ〜っ!
イライラしてきたっ!!
なんであたしがあいつの実験台にならなきゃいけないのよ!
ムカムカする気持ちのせいで勉強にも手がつかない。
そんなことを思っていると、水谷君達の会話が聞こえてきた。
『おい陸、お前木下と仲いいのか?』
『何だよ急に』
『いや、今挨拶交わしただろうが』
『クラスメイトなんだから別に変じゃないだろ』
『それはそうだが、あの
・・
木下に挨拶なんて出来ないぞ』
『あのってなんだよ……』
『頭が良くて、運動神経もいい、リーダー性もあるし、何でも出来る、しかも綺麗。この学校の優等生と言えば木下優子とまで言われるほどだぜ?』
『へぇ。そうだったのか。ま、どうでもいいけどな』
へ、へぇ……
あたしの印象ってそんなにいいんだ……
最後の『どうでもいい』発言はムカつくけど、ちょっと嬉しいかも……
これも今まで優等生を演じてきたおかげね!
………今は水谷君にその努力を盾に脅されてるけど……
その後はHRが始まり、高橋先生がFクラスとDクラスの試召戦争のせいで午前の授業が自習になるという事を伝えて、そのまま午前の時間は過ぎていった。
Fクラスが勝ったみたいだけど、秀吉のやつ、新学期早々何してるのかしら……