国立防衛中学「NERV」の男子寮と女子寮が突然閉鎖になってしまい(原因は校長である父さんたちの使い込み。早く逮捕されればいいのに)、僕とアスカはミサトさんの家に一緒に厄介になることになってしまった。
「絶対にいやよ!こんな人の歯ブラシを寝ぼけて間違えたとか言い張ってしれっと咥えそうな顔をしたヤツと同居するなんて!」
「それは一体どんな顔なんだよ!てか、それは次回のネタだからまだ早いよ!大体健康な男子中学生の同級生女子の歯ブラシに対する淡い好奇心ぐらい寛容になってよ!」
「なれるわけないでしょ!」
「シンジ君は本当にエグいわね。とりあえずバーリア♪」
とミサトさん。
僕は同居する前から、そもそも、アスカの歯ブラシを咥える前からミサトさんとアスカの信頼を喪いつつある。咥える前から信頼を喪うぐらいなら、ちゃんとアスカの歯ブラシを咥えてから信頼を喪いたかったんだが、そう言うと、二人とも一切口を聞いてくれなくなった(まあギャグ漫画だから別にいいんだけど)。この辺がミサトさんの言う、シンジ君のエグさ、なんだろうか。
それでも、ミサトさんは車で僕らを、ちゃんとした3DKのマンションに案内してくれたから、とりあえず一安心だと思っていたら、
「ミサト、もちろん私たちの部屋は個室よね」
「もちろんよ、上がアスカで、下がシンジ君よ」
と押し入れのふすまを引いて、二つの「個室」を開陳する。一応、押し入れの上と下に、それぞれ布団が敷かれている。
「あの、ミサトさん。僕たちはドラ○もんじゃないですよ」
ちなみに四畳半や六畳間には、ペンペンの部屋とか、ミニ四駆のレーシングコース部屋とかがある。
「ごめんね、シンジ君、アスカ。今晩はとりあえず押し入れで勘弁して」
だからそのミニ四駆のコースをどけろよ。
◆
「はぁ、もうこの閉塞感と圧迫感はたまらないわね」
暗闇の中、押し入れの上の段からアスカの声がする。
アスカが寝苦しそうに身体をよじり、足を折り曲げたりして布団の布と擦れる音。パンツを丸出しにした下半身は僕へのサービスなのだろうか。
「なんか上の方からアスカの声が漂ってきて、不思議な感じだ」
「シンジ、あんたそこで絶対オナニーとかしないでよ。密閉空間だから、喘ぎ声も匂いも逃げ場がない」
「僕がせっかく詩的でロマンチックな事を言ってるんだから、サイテー女子っぽい言動で男の子の夢をぶち壊さないでよ」
「ああやだやだ。バカな男子と空気を共有するのもやだ」
「それはそうと、このままミサトさんのなすがままにさせておいていいの?僕らはこのままじゃ、一生押し入れ住まいかもよ」
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「ん、シンジ。お帰り」
僕が押し入れの下の段に潜り込むと、いつものように押し入れの上の段から声が聞こえる。
「あ、アスカ、ただいま」
「もう二十年になるわねえ。あんたの声しか聞こえないから、どんな顔になったのかも分からないけど」
「アスカもどんな顔になったんだろうね」
僕は暗闇の中でアスカの白い顔を少しだけ想像する。
二十年後のアスカ、やっぱり、とびきりの美人になったのかな。
「しかし、どうして上の段と下の段で顔を合わせられなくなったんだろう。それぞれが別の宇宙に繋がってしまったとか?」
「ジェリコの壁、ならぬ、ジェリコの床ね」
謎の現象の理由は分からない。しかし、二人の世界はなぜか遠く隔たってしまい、こうして押し入れで休むときに、声だけ交わすことが出来るのだ。押し入れの外はそれぞれ、別の世界に繋がっていて、アスカとシンジは顔を会わせる事が出来なくなっていた。この押し入れだけが二つの世界の接点なのだ。
「僕から見ると、ジェリコの天井だ……あのさ、最初に同じ段で寝ておけば、今頃寂しくなかったかな」
「こうやって毎晩、声が聞けるから、別に寂しくはないわよ」
しかし、その声に籠もる寂寥感は隠しようがない。
「ねぇ、アスカは好きな男の人とかできた?」
「……ずっと前から居るけど、そいつとはなぜかもう会えないんだ。だからもうそういうの、諦めた。一生、独りでいいんだ」
「……そうなんだ、残念だね……」
「あんたはどうなのよ、かわいい彼女でも出来た?」
「出来ないよ。作れないんだ」
「どうして?中身はともかく、見た目は中身ほど残念でもないでしょ」
「酷いなぁ……。でもね、理由はアスカだよ」
「あたし?」
「彼女が出来たら、こういう風にアスカに聞かれたとき、本当の事を言わなくちゃいけないから。アスカに嘘は付きたくないんだ。そして、アスカにそんな話を聞かせたくないから」
「……それじゃ、あたしたち、一生処女と童貞じゃない」
なぜか上の段から女の人のすすり泣きみたいな声が聞こえる。幽霊が出るとか?
─やだなあ、怪奇現象はこの押し入れ、もう十分、間に合ってるのに。
「エッチな事より、アスカと毎晩お話出来た方が嬉しいよ」
「シンジ……あのね……あたし、あんたのこと……」
「アスカ、それは言わなくてもいいんじゃないかな。僕ら、それを言い合ったら、もう我慢できないよ。押し入れの中で涙に溺れてしまうよ」
「……じゃあ、この想いは、一生持ち越し?」
「たぶん、次の回でまた会える。今度こそ、一緒に……」
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「……みたいな話を考えたよ、アスカ。すこし切ないでしょ?」
「キモッ、なんであたしがあんたと生き別れの恋人みたいになってるのよ!」
「いやぁ、だって自分の周りにいる可愛い女子を当てはめると、ラブコメっぽい妄想が捗るから」
「……可愛いとか何よいきなり……別にあんたとあたしは生き別れじゃないじゃん。悲観的過ぎる……妄想の前にするべきことがあるじゃん。告白とか……」
「へ、なにか言った、アスカ?」
「……つ、都合のいい難聴ね!……もう、そういうラブコメ小話みたいなのはいいから、明日、ぜっーたい、間違えた振りして、アタシの歯ブラシを咥え込まないでよね!」
「ハイハイ。でも僕は寝起きは結構寝ぼけてるからな」
「サイテー」