今回は先にウマ娘視点からお送りします
あなたを初めて見たときの印象は、おっちょこちょいで落ち着かない人。真面目で不器用なあなたはどんなことでも全力で取り組んでいました。その後にトレーナーさんから怒られて、先輩たちにからかわれて。
そんなあなただからこそ、あなたの周りにはいつも笑顔が咲き誇っていました。
いつしか私も自然とあなたの姿を捜すようになって、あなたを見つけたら無意識に頬を緩めてあなたの所に駆け寄って行く。
ぴょこんと可愛らしい寝癖が跳ねている様は、ちょっとだけウマ娘の耳のようで。お揃いですねと少し意地悪を言うと、照れながら寝癖を直す姿は何とも愛おしかった。
ようやく掴み取った初めての大舞台でのレース。私に平常心を保てと手を握ってくれたあなたの手は私以上に震えていました。
私があなたを落ち着かせようとしている所を、トレーナーさんに見られて怒られた時のあなたを見て、昂っていたはずの気持ちがいつの間にか落ち着いていました。
私の勝負服を綺麗だと言ってくれたから。この衣装を身に纏ったときは、あなたに無様な姿を晒したくない。
まだ一人で行くのは少々敷居が高いと言って、あなたに連れて行ってもらうゲームセンターはとても楽しかった。
あなたに貰ったたくさんの思い出
あなたに貰ったたくさんの初めて
どれも美しくかけがえのないもので……
だから……あなたの秘めた想いを聞いた時は本当に嬉しかった。
でも、優しいあなたのことだから、もう二度と直接言ってくれることはないでしょう。
それでももう一度、あなたの口から言って欲しい。
覚悟はもう決まりました。どのような困難な道のりでも、目指す先は唯一つ。
あなたもよく知っていますよね?私……諦めは、かなり悪いほうなので。
感謝祭も無事に終了し、次のレースに向けてさらなる練習に励むウマ娘たち。もう外では蝉の鳴き声が聴こえることもなく、とっくに夏の終わりを迎えていた。
太陽が出ていない朝と夜は肌寒さを感じるが、日中は比較的過ごしやすい季節となり、絶好の練習日和と言えるだろう。
特にURAファイナルズまでもう三ヶ月を切っている。各チームは最後の追い上げとばかりにウマ娘たちの指導にも熱が入る。
その中でもトレセン学園において最強チームと謳われる程の実力者が集う”チームリギル”の担当トレーナー”東条ハナ”は鋭い目付きでターフ上を見つめていた。
彼女の視線の先は、チームリギルに引けを取らない程の曲者が集まっている”チームスピカ”に所属するウマ娘たち。
彼女たちは今から模擬レースを行うらしく、ライバルチームの仕上がりを見届ける為にリギルのメンバーは観客席で見守っていた。
参加メンバーは”ダイワスカーレット” ”ウオッカ” ”サイレンススズカ” ”スペシャルウィーク”の四人。いずれもGⅠレースで勝利経験のある実力者たちだ。
残りのメンバーである”トウカイテイオー”と”メジロマックイーン”も参加予定と聞いていたが二人の姿はない。何かあったのかとリギルのメンバーが思う間もなく審判役である”ゴールドシップ”の合図の元、四人が一斉にスタートした。
まず先に先頭を奪ったのはサイレンススズカ。
今回彼女たちが走るコースは芝、距離は1600。
一般的にマイルと呼ばれる距離であり、今ターフを駆けている四人のうち三人が得意としている距離だ。
現に第一コーナーを差し掛かった時の順位は、サイレンススズカ、ダイワスカーレット、ウオッカ、スペシャルウィークとなっている。
スペシャルウィークもマイル適正が無いわけではないが、彼女は中、長距離を得意としているウマ娘だ。
レースを観戦している者たちは大方、一着はサイレンススズカだと予想している。復帰レース後から調子を落としていたらしいが、最近になって本来の、いや、以前より遥かに力強い走りをするようになった。
ダイワスカーレットもウオッカも成長著しいが、サイレンススズカには一歩及ばない。リギルのメンバーの共通認識であった。
だからこそ、彼女たちは今目の前で繰り広げられている激しい一着争いに、脳が理解するまで時間が掛かったのだ。
一体誰が予想出来ようか。序盤からロングスパートを掛け、あっという間に先頭との距離を縮めるスペシャルウィークと、序盤からハイペースで飛ばしていた筈なのに、どんどん加速するサイレンススズカ。二人の鬼気迫る走りを。
観戦者が驚くのも無理はない。当事者の二人でさえ、距離がどんどん離されていく現実を信じられないような目で見ているのだから。
結局レースは予定よりも早く決着が着いた。一着はどちらなのか、観客席からでは判断できなかった。審判であるゴールドシップなら見ていたと思うが、結果などこの際どちらでもよい。
二人の走りを見ていたリギルのメンバーは、彼女たちに負けないようにさらなる努力を決意する一方、その走りにどこか恐怖を感じたことを必死に忘れるように練習に励むのであった。
それでも二人の変貌に疑問を持ち、中々練習に身が入らずにいた”グラスワンダー”は聞きたいことがあるとスペシャルウィークに声を掛ける。
しばらく悩んだ後に「練習が終わってからならいいですよ」と一言告げたスペシャルウィークはそのまま自身の練習に戻って行った。その背を黙って見送るグラスワンダーの瞳に何が見えるのか、それは彼女だけにしか分からない。
本日の練習が終了し、まだ火照った身体に冷たい秋風が心地いいと感じながら、スペシャルウィークとグラスワンダーは二人で寮に向かっていた。
グラスワンダーが聞きたいこと。それは勿論先ほどのレースのことだ。スペシャルウィークも質問の予想は大凡出来ており、恐らく無茶な走りをした自分のことを心配してくれたんだろうと、目の前にいる友人の優しさに心の中で感謝を告げた。
「スペちゃん?今日は誰の為に走ったんですか?」
「……えっ?」
だが、グラスワンダーからの問いは全く予想していないものであり、スペシャルウィークはまるで心の中を覗かれたような錯覚に陥っていた。
「今日走っていたスペちゃんは、前に私と走った宝塚記念の時と一緒でした。スカーレットさんもウオッカさんも、ましてやスズカさんのことも相手として見ていませんでしたよね?」
「……」
「スペちゃんはまた、『今』よりも『未来』のことだけ見ています。もしも先ほどのレース、私が出ていたらスペちゃんは私に全力で来てくれましたか?」
「……」
グラスワンダーの問いに何も答えることができないスペシャルウィーク。だがこの沈黙こそがもう答えを出しているようなものだった。
スペシャルウィークにとって今日の模擬レースは順位などどうでもよかった。本命のレースで彼に勝利を届ければそれでいい。だからそれ以外はただの調整に過ぎない。
その思いはきっとスズカも一緒なんだろうと一緒に走って実感した。スズカも今日は全力ではなかった。敢えてギリギリ追いつける程度まで速度を調整していた。
それを理解している人はいないはずだ。そうスペシャルウィークは思っていたが、スズカのことはさておき、自身のことについて見破る人がいるなど思ってもみなかった。
「スペちゃん……何を思い悩んでいるのか分かりませんが、あまり根を詰め過ぎちゃダメですよ?一人で背負い込もうとせずに、トレーナーさんやチームの皆さんに助けてもらうのは恥ではありませんよ?私だってスペちゃんの力になりますから。ね?」
「……っ」
優しく包み込むような暖かい言葉が凍りかけた心を溶かしていく。
今日の模擬レースで確信した。スズカさんはこのままだとまた壊れてしまう。ならば絶対に止めなければ。スズカさんを圧倒できるくらいに速くなればきっと止められる。
だから一人でやると決めたのに、私が全部やると決めたのに。
だが彼女の決意は親友からの言葉で揺らいでいる。
もし、届かなかったらどうしよう。一人じゃ何も出来ないかもしれない。
なら誰かと一緒ならきっと大丈夫?頼ってもいいのかな?
そんな思いがスペシャルウィークの中を駆け巡る。目の前にいる親友でありライバルでもある彼女はきっと力を貸してくれる。
けれど、それは彼が隠し通したかったことを言わなければならない。彼女にも辛い現実を突きつけてしまっていいのだろうか。
スペシャルウィークの葛藤は、グラスワンダーに全てを話す勇気を与えなかった。彼の寿命のことは伏せ、たくさんの薬を飲まなければいけない身体だと伝えるだけに収まった。協力者を募っても、彼に夢を届けるのは自分の役目だと、それだけは譲れなかった。
スペシャルウィークの悩みの原因を聞いたグラスワンダーは、彼女がまだ何か隠している事に気付いていた。しかしそれを問い詰める程、グラスワンダーに余裕がある訳ではなかった。
その後フラフラと寮に帰ったスペシャルウィークは既に帰宅していたスズカの寝顔をしばらく眺めていた後に、自身も気づかぬうちにベッドに潜り込んでいた。
忘れ物があると言って学園に向かった親友が、まだ寮に帰っていないことに気付かずに……
スペシャルウィークから事情を聞いたグラスワンダーは、サブトレーナーが居るであろう部屋に向かっていた。彼女は誰にぶつければいいか分からない怒りに溢れている。
病を隠して私たちに尽くしてくれる彼の優しさか。それに気付くことなく当たり前のように過ごしていた自分自身の鈍感さか、それは彼女にしか分からない。
『はあ!?』
部屋の前まで辿り着き、ノックをしようとしたら突然彼の大きな声が聞こえてきた。咄嗟の出来事に耳と尻尾が思わずピーンと立ってしまう程に大きな声だった。
誰かと話し中なのだろう、部屋に入るタイミングを逃した彼女はつい、ドア越しに耳をピトっと付けて会話の内容を聞こうとした。
〈────〉
『……分かった……俺も……く……』
どうやら誰かと電話中のようだ。
いかにウマ娘の聴覚が優れていようと、さすがにドア越しでは相手の会話は全く聞こえず、彼の声も集中してようやく断片的に聞き取れる。
〈────〉
『……グラスか?』
(えっ!?)
突然自分の名前が呼ばれ思わず声を上げそうになるが、口元を押さえ必死に我慢する。自分がドアの前にいることがバレているかと思いきや、たまたま会話の内容が自分に関することだったらしい。
〈────〉
『……好きだ……俺は……愛してる』
(!?)
本当はここにいることを知っていて、実はからかっているのではないかと疑うような言葉に脳の処理が追いつかない。
自分の名前を言った後に聞こえてきた愛を嘆くセリフに頬の熱が上がっていくのを止められない。異性からの生まれて初めての告白に、まるで長距離を走った後みたいに高速でなり続ける心臓の音がうるさく鳴り響く。
〈────〉
『いや……時間がない……言えない……』
(時間がない?)
彼の言葉に違和感が残る。時間がなくて言えない……
先ほどスペシャルウィークが言った言葉が脳裏によぎる。彼は大量の薬を飲んで生活している。つまりは薬を飲まなければ動かせる身体ではないということだ。そしてさっき呟いた言葉……
……なぜ彼女が、彼女たちがあんなに必死になっているかようやく理解出来た。そうだ……もう彼には時間がないのだ。
ほんの数分前まで顔中が赤く火照っていたのに、今はどんどん熱が下がっていくのが分かる。手は震え、足に力が入らず、きっと目は真っ赤になっているだろう。
〈────〉
『あぁ……また連絡……じゃあな……』
会話が止まり、ドアに付けていた耳を外す。
彼の顔が見たい。そう思うが足が動いてくれない。あと一歩踏み出せば彼に会えるのに、その勇気が出なかった。
「……うぉ!?びっくりした!!ってグラス!?どうした一体?」
「サブトレーナーさん……」
向こうから会いに来てくれた。ただの偶然だと分かっていても嬉しくてしょうがない。
「申し訳ありませんサブトレーナーさん。会話を盗み聞くなんてはしたない真似をしてしまいました。」
「えっ?さっきの電話か?……あぁ、聞かれちゃってたかぁ」
「申し訳ありません。……それで先ほどのお話は……本当の事なのですか?」
「あぁ。全部本当のことだ」
こちらが勝手に盗み聞きしたというのに、一切怒ることなく会話の内容を認めた彼の顔は、どこかスッキリとした表情に見える。
「それで……先ほどおっしゃっていた言葉は……私に直接言ってくれないんですか?」
「えっ?……あぁ……ごめんな、グラス」
「……女性をずっと待たせるつもりなんて悪い殿方ですね、サブトレーナーさんは」
「はっはっは!女の子と付き合った事が無い奴が女性の気持ちが分かるわけないだろ!」
「あら、まあ……」
彼のヤケクソ気味に言い放った言葉に思わず苦笑いが溢れる。
彼と話が出来て胸にモヤモヤしていたものが取れたような気がする。二人に遅れをとったがこのまま指を咥えて見るような性格ではない。
「サブトレーナーさん?次のレースに勝ったら、前に約束した”ご褒美”使わせていただきますね。だからそれまでは、どうかご自愛ください」
「うぇ!?お、お手柔らかに頼むぞ……」
「ふふっ、さて、どうしましょう」
いつも冷静にと心がけていますが抑えきれぬ猛りもあります。本来は本番までは隠しておきますが、どうやら未熟故に隠しきれそうにありません。
もう一度あなたが私の目を見て言ってくれるその日を、私は楽しみに待っています。
たまには逆視点から書くのも面白いと思いました(小並感
いつもたくさんの感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます。とても嬉しい反面少しビビッていますが、どうぞこれからもよろしくおねがいします!