ヘトヘトになった身体を引きずりながら、いつもより時間を掛けて家に向かう。ファン感謝祭という大きなイベントも無事に終わって、ようやく肩の荷が一つ下りた。本音を言えばゆっくり休みを取ってから気持ちを新たに仕事に励みたい。
だが、今年初めて開催されるURAファイナルズに向けて各チームが最後の追い上げをするこの大事な時期に、一人だけ休みを取るわけにはいかない。
疲れて頭が働かない中、冷たい秋風を受けながらもう今日はカップ麺でいいかなと、適当に晩飯のことを考えながら家まで帰るのだった。
感謝祭から数日が経ち、練習場からはトレーナーからの叱咤激励の声が響き渡り、ウマ娘たちもそれに応えようと全力で努力している姿を見ると、こちらも負けてられないと気合いが入る。
だというのに、目の前にいる二人のせいで折角上がったやる気がみるみる下がっていく。
「それで?俺の仕事を邪魔するだけでなく、隠していた秘蔵のお菓子まで勝手に食ったことについて何か弁明は?」
「マックイーンが先に食べたからボクも食べただけだもん。ボクは悪くないよ」
「なっ!?なに人のせいにしてるんですの!?テイオーさんがこのお菓子を見つけなければ食べることなんてしませんでしたわ!」
「いや、二人とも私は悪くないみたいな雰囲気で言ってるけど同罪だからな?それといい加減食べるのをやめたまえ!少しは俺の分を残そうとする優しさが君らには無いのか!?」
どうやら俺の言葉は彼女たちに通じていないらしい。そのでかい耳は飾りか?
最後の一つを無駄に洗練された無駄な動きで互いに牽制し合いながら手に入れようとする二人を見て、思わず大きくため息をついてしまった。
帝王“トウカイテイオー”
名優“メジロマックイーン”
ウマ娘ファンならば一度はその走りを見たことがある程に有名で人気のある二人。ターフ上を駆けている彼女たちとは打って変わり、学園にいる時は年相応の女の子らしく過ごしている。お菓子を巡って言い争いをしている姿が女の子らしいと言えるならば。
「というか二人ともいきなりどうしたんだ?今日はスピカのメンバーと模擬レースの予定じゃなかったか?」
「えぇ、その予定でしたがトレーナーさんの指示で急遽お休みになりまして」
「え?沖野トレーナーから?そりゃまた急な話だなぁ」
「なんかスペちゃんとスズカさんの様子が気になるんだって。
うまく言えないけど、最近のスペちゃんたちってちょっと雰囲気が変わった感じがするし」
「それは私も感じておりました。何だか焦っているような、必死になり過ぎているような……」
二人の言葉を聞いて額から嫌な汗が一滴、二滴と流れ出る。もしかしてそれ、俺の所為……?
いや、確かにスペとスズカの二人にはイヤらしいタイトルの雑誌を舐め回すかのように見ていた所を見られたが……それしか考えられないですね、はい。
恐らく感謝祭の日にスペが俺に活を入れたことをスズカにも報告したんだろう。真面目な二人は弛んでた俺に言葉だけでなく真剣にレースに臨む姿を見せて俺にも頑張れとエールを送ってくれているのだ。
それに二人には次のレースまでちゃんと見届けると約束した。彼女たちもその姿を見て欲しいと頑張っている。ならば俺がやる事は約束通り二人を支えて見届けるだけだ。
「……レーナー!サブトレーナーってば!!」
「んぁ!?な、なんだテイオー?」
「もー何回も呼んでるのにボッーとしちゃって!
……もしかしてスペちゃんたちのこと何か知ってるの?」
「いや、まぁ……うん。多分俺の所為だと思う。
俺が二人に情けない姿を見せたから」
「ふーん……情けない姿って?」
「それは……まぁ色々あってな……」
「「……」」
二人からの冷たい眼差しが心にくる。だいたい言える訳ないだろ。あの雑誌の中には勿論二人の記事も入っていた。
テイオーのあの短いスカートから見える魅惑の太ももだったり、今までの勝負服ではギリギリ見えなかったのに、新衣装でへそ出しするマックイーンを見たら男なら誰だって凝視する。
俺だって気付かれないようにガン見してるし。
いつも俺をからかったりちょっかい掛けてくる二人にそんなことがバレたらこのネタで一生引きずられるに違いない。ガキンチョに興味はないと言ったのに、こちらを見下した顔で問い詰めてくる光景が目に浮かぶ。そんなのはゴメンだ!
「ねぇサブトレーナー……?
ボクがずっと迷惑かけたから……」
「っ!テイオーさん!」
マックイーンが突然大声を出したせいで身体が思わずビクッと硬直してしまった。
テイオーもビックリしすぎてちょっと涙目になってるし。なぜかマックイーンも瞳に涙が溜まっているような気がする。
「二人ともどうした!?」
「なっ、何でもありませんわ!申し訳ありませんがサブトレーナーさん!私たちはこれで失礼致しますね。ほら、テイオーさん!行きますわよ」
「……」
「お、おぉ……二人ともまたな!」
テイオーの手を掴み無理矢理引きずるような状態で部屋から出ていったマックイーン。一体何が……?
先ほどの二人の態度に困惑しながらも、再び仕事を始める為に準備をするのであった。
急に静かになった部屋で黙々と作業を進めていく。今やっているのは、ウマ娘たちがURAファイナルズで走る距離を決める為に、過去のレース出場記録をまとめている。
基本的に今まで出場したレースの中で一番多かった距離をURAファイナルズで走ることになる。今回はダートに関してはマイルで固定となるが、ターフの場合、短距離、マイル、中距離、長距離の四つに分けて、過去一番走った距離が多かった距離でそれぞれ出走となる。
だが、まだレース経験が少ないウマ娘たちのことも考慮し、希望性で自分が走りたい距離を申告して走ることもできる。
トレセン学園に所属する生徒の数は二千人近くいる為、一人一人過去の出走記録を調べるのは相当時間が掛かる。
今はたづなさんも、更には理事長まで一緒に調べているが、予定よりも進捗は悪い。
だがURAファイナルズは理事長の悲願の一つでもある。彼女は幼いながらウマ娘たちのことを誰よりも想い、心配し、そして応援している。たまにその場のノリで思いついたことをそのままやろうとして、たづなさんに怒られたりもするが、ウマ娘たちへの想いは本物だ。
だからこそ、理事長が思いを馳せているURAファイナルズは何としてでも成功させたい。トレセン学園にいる職員は皆同じ気持ちで協力している。
作業に集中し過ぎて気が付けば外はもうとっくに太陽が沈み、暗闇に包まれていた。窓から見える星空が今日はよく輝いて見える。
しばらく美しい夜景を楽しんでいると、誰もいない静かな部屋に突然大きな着信音が鳴り響き、まるで早く出ろと言わんばかりに携帯がバイブによって震えている。
携帯に表示されている発信者の名前を見て、また随分と珍しいやつから連絡が来たなと思いながら、ゆっくりと電話を取った。
「もしもし?」
『おう!久しぶり!俺だよ俺!!元気だったか?いや〜最後に会ったのいつ以来だ?成人式とかそれくらいになるよな?』
まだこちらが一言しか喋ってないのにどんどん話を進めて一人で勝手に納得している。こいつ実はオレオレ詐欺じゃね?と一瞬思ってしまうが、残念ながら聞き覚えのある声が電話の相手が知り合いだと嫌でも分かってしまう。
「んー多分最後は成人式やったと思うけど……
それより突然どうしたんだ?」
『おぉ、実は久々に同窓会をやろうと計画しててさぁ、お前の予定どうかなって思って』
「あぁなるほどね。確かにもう何年もあいつらと会ってなかったなぁ。ただ俺は年末まで忙しいから行くのはちょっと難しいかもしれん」
『やっぱりトレーナーって忙しいんだな。折角トレーナーのお前からウマ娘たちのことを色々聞けるチャンスだったのにな……
結婚した嫁さんもレース場に行くくらい熱心なファンだから残念だ』
「はあ!?」
今こいつは何て言った?結婚した嫁さん?学生時代に何人もの女の子に振られ続けたこの男が結婚?
「お、おい!いつ結婚したんだよ!?何にも聞いてないぞ!」
『結婚したのは去年やけど、仕事が忙しくてまだ式も挙げてないし、同級生の中で報告したのはお前が初めてだぞ』
ある意味今年一番ビックリしたかもしれない。長年の付き合いがある友人が結婚とは……
学生の時に一緒にバカやったのがついこの間のように思うが、実際は何年も経っているのを実感すると自分が年を取ったとしみじみ思う。
「まぁお前が幸せそうなのが分かっただけでもよかったわ。俺も近いうちまた地元に帰ったらクラスのみんなと盛大に祝ってやるよ」
『おう!期待してるぜ。帰ってきたら嫁さんにも話してやってくれ。ちょっと名前ド忘れしたけど、嫁さんほんわかとした雰囲気の帰国子女のウマ娘の大ファンなんだ』
「ほんわかとした雰囲気の帰国子女……?
もしかしてグラスか?」
『あぁそうそう!グラスワンダーって子だ』
グラスみたいなお淑やかでザ・大和撫子みたいな女の子なら女性ファンがいても当然だな。実は相当な負けず嫌いでもあるし、自分を曲げない芯の通った生き方は年下ながら尊敬する。
それに個人的にグラスは計算してるように見せかけて実は天然なんじゃないかと最近思い始めた。
だってあんな男心をくすぐるようなポーズで写真を撮られているが、あれが計算でやっているようならかなりの腹黒になる。
若干中腰気味に人差し指を顎に軽く当てて少し恥ずかしそうにウインク。これは天然のあざとさで無ければ出来ないはずだ!このポーズで俺を含む何人の男たちを虜にしたことか。
「それにしてもお前も嫁さんも好みのタイプが似てるんだな」
『あん?どう意味だ?』
「お前も昔からグラスみたいなお淑やかな女の子によく告白してたじゃないか。
【君のことが好きだ。俺は誰よりも君のことを愛してる】って屋上で叫んで撃沈したろ?」
『おいやめろばか!人の黒歴史イジるんじゃねえよ!!』
確か何かの番組の企画でその告白は全国で流された気がする。それでもめげずに別の女の子に告白する度胸は誰よりも強靭なメンタルを持っていた。
『ったく、お前は人の心がないのか!
あぁ、最後に一つ聞きたいんやが、今年から始まるレースの前売りチケットってもう販売終了した?あとできたらどの子が出走するのか聞いていいなら教えて欲しいんだが?』
「いや、まだ販売してたと思うけど、もう時間がないから買うなら早めの方がいいぞ。あと誰が出走するかはまだ言えない。すまんな」
『やっぱりまだ発表できないか。それならしょうが無いな。一応同窓会の日程決まったら連絡するからよろしくな!』
「あぁ分かった。また連絡してくれ。
嫁さんと仲良くやれよ?それじゃあな!」
久々に懐かしい友人と話をして昔の思い出が蘇る。あの頃はみんなで楽しくバカなこともたくさんやったなぁ。
それが今では家庭を持つまでに成長するとは……何とも言えない気持ちが駆け巡る。
昔を懐かしみながら、一度気分転換に外の空気を吸おうとドアノブに手を掛け部屋から出ようとした瞬間、思いもよらね人物が目の前に立っていた。
「……うぉ!?びっくりした!!ってグラス!?どうした一体?」
「サブトレーナーさん……」
目の前にいたのはさっき話題に出たウマ娘”グラスワンダー”がどこか申し訳なさそうに佇んでいた。いつもより尻尾も垂れているし、耳も……なぜか片耳だけピーンと立っている。
「申し訳ありませんサブトレーナーさん。会話を盗み聞くなんてはしたない真似をしてしまいました。」
「えっ?さっきの電話か?……あぁ、聞かれちゃってたかぁ」
「申し訳ありません。……それで先ほどのお話は……本当の事なのですか?」
「あぁ。全部本当のことだ」
別にさっきの電話の内容なんて大したことは言ってないはずだ。同窓会の事と友人の黒歴史の話くらいで聞かれてまずいことは口に出していない。
さすがにスズカやスペに見られた雑誌が見つかったらあれだが……今日は持ってきていない。つまり俺の勝利だ。
「それで……先ほどおっしゃっていた言葉は……私に直接言ってくれないんですか?」
「えっ?……あぁ……ごめんな、グラス」
「……女性をずっと待たせるつもりなんて悪い殿方ですね、サブトレーナーさんは」
「はっはっは!女の子と付き合った事が無い奴が女性の気持ちが分かるわけないだろ!」
「あら、まあ……」
さっき言ってた言葉なんて何か言ったか?だがグラスの顔を見ると、私全部分かってますよ。みたいな表情で俺の目をジッと見つめてくる。グラスについて話した内容って……
まさか……グラスはあざといとか天然だとか思っていたことが口に出ていた!?いや、さすがに俺はまだそこまでボケてないはずだ。しかしグラスの自信に満ち溢れたような、何かを決意した表情は一体……?
「サブトレーナーさん?次のレースに勝ったら、前に約束した”ご褒美”使わせていただきますね。だからそれまでは、どうかご自愛ください」
「うぇ!?お、お手柔らかに頼むぞ……」
「ふふっ、さて、どうしましょう」
もういつ約束したかさえうろ覚えになっていた”ご褒美”を持ち出して俺に詰め寄るグラス。
確か何かのレースで一着を取ったらご褒美をあげると約束したが、今度に取っておくと言ってずっと決めていなかったものだ。
グラスならそこまで大変な事は言い出さないだろうと思いつつも、どこか寒気がする程に嫌な予感がするのを、俺は気付かないフリをしていた。
ようやく最終回までの構想が練り終わりましたが、まだ半分にすら到着していないのに気付きました。もう色々省略するか悩みましたが、ようやくスイープトウショウ完凸できたのでがんばります!