特に問題なさそうでしたら今後は先にウマ娘視点から投稿したいと思います
最近学園の雰囲気が変わった気がする。URAファイナルズまで時間が迫って来たからみんな少し神経質になっているだけだと思うが。
ただちょっとピリピリし過ぎなんじゃないかなとは思う。
久しぶりにライスのトレーニングに付き合った日は、担当トレーナーと俺が止めるまでずっと練習を繰り返していた。
ライスにあまり無茶をしないように注意すると、どこか色気を感じる雰囲気で「大丈夫だよ、お兄さま」と儚い笑みを浮かべて話すライスに思わず反応しそうになったのは不覚だった。
チームスピカの練習に行ったときも、みんなの気迫は凄かった。スカーレットとウオッカは相変わらずだったが、何よりスズカとスペのヤル気が凄い。
スズカは以前と比べて格段に調子を取り戻したし、スペもスズカに釣られるように実力を伸ばしていた。
テイオーとマックイーンは調子を落としているように見えたが、あの二人は好不調の波が激しいのでこの日はたまたま悪い日だったのだろう。
それとゴルシ!今お前が当たり前のように食ってる弁当は俺のだからな。後でちゃんと飯おごれよ!
一部を除いてレースに向けて皆頑張っている。レース前は本人が分かっているつもりでも、無意識に無理をしてしまう場合が多い。今が一番大事な時期だからこそ、トレーナーもよく彼女たちを観察しておかなければならない。
各チームの先輩トレーナーに俺が感じたことを伝えて、少々危うい子がいたらよく注意して見てもらう。所属メンバーが多くなる程見逃してしまう確率も高くなる。
折角新レースが開催されるのだ。どうせならみんな笑顔で今年を締め括りたい。徐々に緊張感が増していくのを感じながら、無事にURAファイナルズが成功を収めるように、久しぶりに三女神像に祈るのであった。
生徒たちが授業を受けている間に溜まっている仕事に手を付ける。感謝祭で使った小道具が部屋に散乱してしまっているので、もう使わないものと今後使うかもしれないものに分別していく。
とはいっても、不評だったお化け屋敷を次回もやるとは思えない。調子に乗って用意した無駄にクオリティの高い怖がらせ道具を処分するのは勿体ないが、取っておいても仕方ない。
血塗れTシャツくらいなら寝巻として使えなくもないが、それ以外はほとんど燃えるゴミだな。
結局実用性のあるものだけ部屋に残し、それ以外は可燃袋に詰め込み、散らかっていた部屋がある程度元通りになった。
一通り部屋の片付けも終わり、少し一服しようと部屋を出て中庭に向かう。普段ならもう少し騒がしい中庭も、今は小鳥たちのさえずりが時折聴こえてくるだけで、いつもと違う情景に不思議な感覚に陥る。
あと少しすればお腹を空かせた生徒たちが、栄養補給の為に食堂や中庭を利用していつもの賑やかな景色に戻るだろう。
しばらくベンチで缶コーヒーを飲みながら一人ボーッと空を見上げていると、ふと隣に誰か居る気配を感じる。
「こんにちは、サブトレーナーさん」
「あぁ、たづなさん。お疲れ様です」
いつの間に隣に座っていたのだろうか。クスッと笑うような表情でこちらを見つめていたたづなさんの顔を見ると、思わず照れてしまったことを誤魔化すようにコーヒーを一気に飲み干した。
「サブトレーナーさんがこの時間にここにいるなんて珍しいですね?」
「いやあ、ずっと部屋で掃除をしていたのでちょっと外の空気を吹いたくなりまして」
「あら、そうだったんですか。言ってくださればお手伝いに行きましたのに」
「いやいや!普段から忙しいたづなさんに掃除なんかで手を借りる訳にはいきませんよ!」
「ふふっ。サブトレーナーさんの為なら私は何でもしますよ?」
態とらしく少しだけこちらに近づき、どこか甘えるような、艶っぽい声音で俺の耳元でささやく彼女は、正に大人の色気が濃縮されたかのような色っぽい表情をしていた。
並の男なら彼女のセリフにこう答えるだろう。
『結婚しよ』
俺も彼女のことを知らなければ、今すぐにでもお持ち帰りをしているところだ。
だがもう俺はたづなさんの仕掛けた罠に引っ掛かることは無い。彼女は親しい人をよくからかってくる。
現に俺以外の人、理事長にもからかっている姿を見かけたことがあるし、それ以外の人も……あれ?他に誰かをからかっていたか?
……もしかするとたづなさんは俺の事が好きなのかもしれない(確信)
よく好きな子ほどからかいたくなるって言うしな。多分間違いないだろう。
「なーんちゃって。ふふっ、ビックリしました?」
「え?」
「最近サブトレーナーさんお疲れの様でしたので、元気づけようと思いまして。少しは元気になりましたか?」
「あっ、はい。めっちゃ元気びんびんです!」
「まぁ!それならよかったです。
正直に言うと、結構恥ずかしかったんですよ?」
いや、モチロン知っていたとも。たづなさんが俺を元気にしようとしただけだって。ホントダヨ?
ほんのり顔が赤くなった彼女はゆっくりと立ち上がり、その場から立ち去ろうとする。一歩、二歩と進んで行く途中、何かを思い出したのか、またこちらに向かって振り向き言葉を発した。
「あっ!本題を忘れていました!サブトレーナーさん、今日の午後三時頃に理事長室まで来てください。理事長がお話したいことがあるそうです」
「理事長がですか?……あーもしかして……分かりました。ありがとうございます」
「いえいえ〜。それではよろしくお願いしますね」
今度はもうこちらを振り向くことなく学園の中に戻っていくたづなさん。するとタイミングよく午前の授業の終わりを告げるチャイムが学園内に鳴り響く。もうすぐしたら生徒たちがたくさんここにやって来るだろう。
たづなさんの言葉で元気になった息子をどうにか鎮めようと、母親に耳と尻尾が生えた姿を想像して、何とか事なきを得ることができた。
約束の時間まであと少しに迫り、一旦仕事を中断して理事長室に向かう。呼び出された原因は恐らくあれのことだろう。確かにありがたい話ではあるのだが、本音を言えば行きたくない。
「失礼します」
「歓迎ッ!入りたまえ!」
今度は何と言って断ろうか、頭の中で色々と言葉を模索している間にいつの間にか理事長室まで着いてしまっていた。
なるようになれとヤケクソになりながら理事長室に入り、独特の話し方で俺を歓迎したトレセン学園理事長”秋川やよい”の前に立つ。
実年齢は知らないが、見た目だけなら中等部の生徒と変わらないほど小柄な理事長は、トレードマークといえる帽子の上で寛いでいる猫を一度撫でると、改めて俺の顔をじっと見つめてくる。
「謝罪ッ!忙しい所すまない!この後すぐ生徒会長もこちらに来るため、そこまで時間は取らせないつもりだ。
単刀直入に聞く!また今年実施されるフランスでの研修はどうするつもりかね?」
「あー……申し訳ありませんが今年も辞退するつもりです。すみません……」
「驚愕ッ!確かに強制ではないし君がここを居なくなった時の損失は大きい。それでも今後のトレーナー人生の中で向こうでの経験は必ず君の役に立つはずだ」
「大変ありがたい話なんですが……」
俺がまたいい返事をしなかったせいで、理事長は驚きの顔をした後、俺を説得しようと熱く言葉を掛ける。
ありがたいことに理事長はまだトレーナーではない俺に対して、色々な経験をさせてくれる。理事長にとっても俺は出来の悪い弟みたいに思ってくれている。
だから折角のチャンスを捨てるのは勿体ないと、俺に話を持ってきてくれるのだ。
フランス版トレセン学園と言ってもいいウマ娘養成所から、なぜか俺に研修の話が三年前からきている。
てっきりトレセン学園のトレーナー全てに話が言っていると思ったら、理事長から極秘の話ということで誰にも言わないように口止めされていた。
何年も断り続けている俺を見兼ねたのか、たづなさんにも話を通して、今年はルドルフたちにも協力を仰ごうとしているらしい。
俺が研修を断っている理由は別段重い理由があるわけではない。ただ単に向こうでやっていける自信がないだけだ。
そりゃあトレーナーとしてはこんなチャンス滅多に無いだろう。もし一人ではなかったらすぐ行っていたと思う。
でも日本語しか話せない俺がいきなりフランスに向こうのウマ娘たちとコミュニケーションがとれるとは思えないし、食事だって日本とは違う。
一人でも知り合いが居れば話は別だが……いや、知り合いというか顔見知りはいるが……
まぁとにかく向こうに行くとしてもある程度フランス語を話せるようになるまでは行く気にはなれない。
本音を言えば折角もらっているチャンスを活かしたいが、ウマ娘たちを支えようとしている人間が、逆に支えられなければ生活できないなど向こうに行く意味がない。
色々考え込んでしまったが、改めて理事長に頭を下げようと思ったところに、いつの間に来ていたのかルドルフが俺の隣に立っていた。
「謝罪ッ!忙しい中呼び出してしまい申し訳ない」
「いえ、問題ありません。それで何のご要件でしょうか?」
「提案ッ!URAファイナルズの参加条件についての見直しを行う。それに伴って生徒会にも協力を願いたい」
「距離適性に関係なく走りたい距離を申告して出走すると、以前話が挙がった内容ですね?
もちろん我々生徒会は協力を惜しむつもりはありません」
「感謝ッ!詳細は後ほどたづなから説明してもらう。今は所用でいないが、帰って来たら私からたづなに連絡しておく」
「分かりました。それでは失礼します……」
俺を置いてどんどん話が進んで行く二人を、やっぱり頭の出来が違うなあと感心しながら聞いていると、こちらをチラチラ見てくるルドルフの視線に気付く。
連動してゆらゆら揺れている尻尾に、ついモフりたくなる衝動を抑えつつ、途中からジッとこちらを睨み付ける視線に耐えられなくなりルドルフに声を掛ける。
「ど、どうしたルドルフ?理事長に言い忘れた事でもあったか?」
「いえ、何でもありません。ただ、その、サブトレーナーと理事長が何を話していたか気になりまして……」
てっきり尻尾を凝視していたことに呆れていたかと思いきや、俺と理事長の話が気になっただけらしい。
「いや、別に大したことじゃ……」
「憤怒ッ!君の将来に関わる大切なことではないか!それなのにずっと断り続けて……!」
おぉう……理事長が本気で怒ってる。けど、見た目のせいか理事長が怒ってもほっぺたが膨れて可愛らしいだけだ。これがたづなさんやルドルフであれば血の気が引いていたと思うが。
「疑問ッ!私もたづなも君のことを高く評価している。正式なトレーナーになって、さらなる飛躍を期待しているんだ。なのになぜ……」
「理事長……?サブトレーナーくん、何の話だ?」
「……」
いっその事ルドルフに事情話して一緒に来てもらうか?彼女ならフランス語も話せるし、もしかしたら仕方ないと呆れながらも俺に付いて来てくれるかもしれないし。
「怪訝ッ!我々は君の助けになりたくてずっと提案してきた。君が断る理由を知りたい。なぜ行かないんだ?
三年前から話をしてきた……フランスに行って君を見てもらうことを!」
「……え?」
俺が言う前に理事長に言われてしまった。ルドルフもまじで?って顔してるし。そりゃそうだよなあ。俺だって未だに信じられないしさ……ってルドルフ?
「わ、私のせいか……?私のせいでサブトレーナーくんは……」
「ルドルフ!?少し落ち着け!」
突然涙を流し身体中が震えだしたルドルフに無理矢理ソファに座らせて彼女を落ち着かせようと試みる。理事長も突然の事態にまだ脳が追いついていないようだ。
いつもなら大きく感じる彼女の背中は、とても同一人物とは思えないほど小さかった。涙を拭く物が見当たらず、しょうが無く彼女を傷つけないように優しく涙を掬う。
静かに涙を流す彼女を見るのは何年ぶりか。生徒会長として、みんなから尊敬される皇帝として振る舞うようになっても、根はあの頃のままだった。
「……サブトレーナーくん。もう大丈夫だ。私に全て任せてくれ。私が全部背負うから、君も諦めないでくれ!お願いだ!」
「えっ?あ、あぁ。俺は一度も諦めたことはないぞ。今までも、これからもな!」
「驚愕ッ!と、とりあえず今日の所はここらへんでおしまいにしよう!うん、それがいい!」
「あっはい。分かりました。それじゃあ俺は仕事に戻りますんで失礼します」
「理事長、失礼します」
後は頼むぞと理事長からのアイコンタクトに力強く頷き、彼女を連れて部屋から出る。
何が彼女の涙線を刺激したのか分からないが、シンボリルドルフの未来のトレーナーとして、彼女を支えるのは俺の役目だ。
それでも彼女に何て声を掛ければいいか思い浮かばず、自分の無能さに段々腹が立ってくる。
そんな俺に気を使って、彼女は先ほどの事など無かったかのように話掛けてきた。
「サブトレーナーくん?もしも君がフランスに行くとしたら、いつからになるんだい?」
「えーと……たしかURAファイナルズの前後くらいだった気がするけど……どうだったかな?」
「そうか……それまで身体の方は大丈夫かい?」
「ん?まぁ多少ダルいけど何とかやるさ」
「辛くなったら私の所に来てくれ。絶対に!ずっと君がトレーナーになるのを待っているんだからこれくらいは約束を守ってくれ!」
「それを言われると痛いなぁ。分かった。キツかったらルドルフに甘えに行くよ」
「ふふっ、いつでも来てくれて構わないよ」
いつものルドルフに戻ってとりあえず一安心した。
どれだけ時間が経ってもまだまだ子供だなと思ったが、まだ俺にそんなことを言う資格はないと、自分に苦笑いしながら仕事に戻る。
途中ふと目に入った三女神像になんとなくこれからもよろしくお願いしますと祈ると、一陣の風が吹き、どこか俺に怒っているような気がした。
簡単な下書きをしてあと何話くらいか調べた結果
60話以上書いても終わらないことが判明
……ちょっとくらい削ってもバレへんか(ボソッ