ちょっと短めになってしまいました
「はっ、はっ、はっ……!!」
久しぶりの全力疾走に身体が付いてこない。息が苦しい、足が重い。それでも男は目的地へとただただひた走る。
急激に早くなる心臓はいきなり走り出した影響か、それともこれから起こりうる未来を想像した結果か、男にはもうそれを判別できる冷静さはなかった。
バタン!!と勢い良くドアを開け、急いで机の上を整理する。彼女たちがこの部屋に来るまでそれほど時間がある訳ではない。それまでに何とか片付けなければ。男は焦燥感から知らず知らずのうち額に汗が吹き出ている。
彼の目の前には大量のウマ娘たちが写っている写真がズラリと並んでいた。彼の名誉の為に言っておくが、決して盗撮した訳でも、彼の趣味で撮ったものでもない。
いや、よく考えれば彼に名誉などあるわけでもないし、写真に関しては趣味と言っても間違いではなかった。
今年も残り数ヶ月ということで、理事長から今年一年の思い出をアルバムに残したいと提案があり、彼はアルバム制作の手伝いをしていたのだ。
もちろん一人では到底作業時間が足りないので、たづなさんを含めトレセン学園所属の事務員総出で制作に携わっている。
本来は彼の仕事ではなかったのだが、アルバムを作ると聞いたとあるウマ娘が是非協力させて欲しいと土下座をして頼み込んできたので、彼も手伝うことを条件に理事長が許可を出してしまった。
最初は渋々引き受けた彼だったが、思いの外制作作業が楽しくなり、しまいにはとある雑誌記者からいくつか写真提供までしてもらい、二人でよく写真を眺めては昇天している。
傍から見ればただの変質者なのだが、一応学園関係者としての仕事に含まれるので、彼がウマ娘たちの写真を大量に持っていたとしてもきちんと説明すれば彼女たちは納得してくれるだろう。
だが仮に納得したとしても感情は別だ。特に今日はなぜだかグラスワンダーの機嫌が悪い。
普段は温厚な彼女だが、怒らせてしまうと親友のエルコンドルパサーやスペシャルウィークも震える程の威圧感を放つ。
そんな彼女が、今日は彼に向けて殺気を放っている。理由は分からないが、多分知らない内に彼女の逆鱗に触れてしまったのだろう。一度だけ目が合ったが、こちらに薙刀を突きつけているような錯覚に陥った。それからは恐怖で彼女の顔を見ていない。
そんな状態の彼女がこの部屋に来たらどうなるか。答えは言うまでもない。マルゼンスキーなら笑いながらからかってくるだろう。シンボリルドルフは顔を赤くしながら注意してくるに違いない。ルドルフはああ見えてシャイなのだ。
エルコンドルパサーは照れ隠しでプロレス技を掛けてくるかもしれない。むしろ掛けて欲しい。
意外と余裕のあるサブトレーナーは、彼女たちの反応を予想しながら片付けを進めていく。
「失礼するよ、サブトレーナー君」
彼が丁度机の上を片付け終わったと同時に、四人が昼食を持参して彼の部屋までやって来た。
つい開けっ放しにしていた部屋の前でルドルフが一声かけて、後ろの三人も続いて入室していく。
ギリギリ間に合ったと内心ヒヤヒヤしながら四人を迎え入れた彼は、奥からテーブルとイスを引っ張り出し、五人で食事が出来るように準備を始める。
四人が持っている食事から食欲をそそられるいい匂いが部屋に充満していき、どこからかグ~っと早く食べたいと急かすような音が聞こえて来た。
全員で顔を見合わせると、マスク越しでも顔が赤くなるのが分かるくらいに照れているエルコンドルパサーの姿があった。
「ふふっ、エルったらスペちゃんみたいね」
「ガーッデム!サブトレーナーさんの前で恥ずかしいデース!」
エルの叫び声が部屋の中を木霊する。
やはりエルに付いて来てもらってよかった。サブトレーナーは念を押してエルに頼み込んだことが間違っていなかったことを実感していた。
もしもルドルフ、マルゼン、グラスの三人だけだったならばこんな和やかな雰囲気は作れなかっただろう。きっと緊張感溢れる素敵な食事会になっていたに違いない。下手をすれば人生最後の食事だったかもしれない。
サブトレーナーは改めてエルに感謝を送る。
食事会は終始和やかに行われた。最近あまり食事を摂ってないと口を滑らせたサブトレーナーに、ルドルフが自分の分を分け与えて食べるまでじっと見つめていたり、マルゼンに無理矢理アーンをされて口の中に入れ込まれたりしたが、そんなことは些細なことだ。
彼が犯した一番のミスは、彼女たちを自分の部屋に招き入れてしまったことだろう。
アグネスデジタルのように頻繁に彼の部屋を訪れていたならば部屋の中を探ることはない。
だが、必要な用事がなければ訪問する機会などなかった彼女たちからすれば、つい部屋の中を見渡してしまうのは仕方がないことだった。
だからこれは必然だったのだ。全て捨てたと思っていた血のりべったりのティッシュが床に落ちていたのを見つけてしまったのは。
「サブトレーナーさん……?あれは……なんですか?」
目の前の現実を受け止めたくないといった表情で、震えながらサブトレーナーに尋ねるグラスは、いつもの優しい笑みは消えていた。
グラスの視線を辿るように三人も目を向けると、エル以外は事情を察し、ルドルフとマルゼンからも笑顔が消える。
三人の雰囲気が突然変わり困惑するエルを尻目に、サブトレーナーは視線の先に落ちている物を素早く拾い集めていた。
(うわぁ……四人に見られた……。全部捨てたと思ったのに!!デジタルめ!コピーし過ぎだっつーの!)
サブトレーナーは血のり付きティッシュとウマ娘化した自分と沖野トレーナーの絵の残骸を隠すようにポケットに入れ、気まずそうに元の位置に戻った。
何て言い訳をしよう?デジタルが勝手に書いた?いや、確かに許されざる事をしたのは事実だが彼女にはお世話になっている。全ての責任を押し付けるのは良心が痛む。
ウマ娘たちに内緒でカップリングの絵を依頼している時点で良心もクソもないが、もし四人から先程の物を問い詰められたら素直に謝ろう。サブトレーナーはそう決心するが、もちろん彼女たちはそんな汚い絵のことなど視界に入っている訳がない。
グラスワンダーはスペシャルウィークからサブトレーナーの身体について聞いている。しかし、今まで直接彼の容態を確認したことがなかった。
もしかしたらそこまで重症ではないかもしれない。心の何処かでそう思っていた。
だが初めて彼が病に冒されている証拠を見つけてしまった。自分たちにこれ以上見られたくないと、必死に周囲のゴミも一緒に片付けている彼の姿は、あまりに見ていられない。
本当は隠し通すつもりが不運にも四人に見つかってしまって、彼は申し訳なさそうに俯いている。
申し訳ないのはこちらの方だ。グラスワンダーは己の態度を恥じる。ずっと苦しいのを我慢して自分たちの為に支えてくれているのに、それを仇で返すような自分は何様だ。
実際はただ鼻の下を伸ばしていただけなのだが、自分を責め続けているグラスワンダーは気付けない。
同様にシンボリルドルフとマルゼンスキーも彼の態度に酷く落ち込んでいた。
辛いときは自分を頼って欲しい。そう伝えたのに結局彼は一人で全部抱え込もうとしている。その事実がショックだった。
そんなにも私達が頼りないか?信用出来ないか?本当は口に出して彼を罵倒したい。
でもそんなことを言って彼を追い詰めるなど、優しい性格の持ち主である二人には到底言える訳がない。
そして三人の態度と彼の行動を見て、また新たな犠牲者が増えてしまった。
もしもこの時、四人のうちの誰かがきちんと話をしていれば、全ての誤解は解けていたかもしれない。ただ話を聞かないただのスケベ野郎だと勘違いは解けていただろう。
だがもう手遅れだった。優しい彼女たちの想いを踏みにじるように事態はゆっくりと確実に加速している。
結局午後からも気まずい雰囲気は続いたままトレーニングは続き、おハナさんが不審に思いつつもサブトレーナーからの無駄な言い訳を信じてしまい、また彼女たちを追い詰める結果となってしまったのである。
新イベント1話だけ見ました
異世界……美女……オーク……
ふむ、そういうことでいいんですね!?