意図せずウマ娘達から目の光を奪うお話   作:みっちぇる

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初ウマぴょいです

1話(サブトレ視点)は一人称視点でお送りします


第1話(サブトレ視点)

 きっかけは父に連れられて初めて見たレースだった。会場の外ではたくさんの出店が並び、自分の推しのグッズを大量に買い込み満面の笑みを浮かべている者もいた。こんなに大勢の人に囲まれるのは初めての経験で、はぐれないように父の大きい手に必死になってしがみついていたのを未だによく覚えている。

 

 でも一番の衝撃は、彼女達のレースを間近で見たことだ。”ウマ娘”と呼ばれる彼女達は文字通り人ではない。人間にはない耳と尻尾、そして人の身では追いつくことが不可能な脚が備わっており、正に走る為に生まれてきたと言っても間違いではないだろう。

 

 今自分の視線の先にはそんな彼女達が必死にゴールを目指し、全力でレース場を駆けている。先頭を駆けているウマ娘が最終コーナーを曲がり、最後の直線に入ると歓声が大歓声に変わり、普段は温厚な父が大声で応援している姿を見て、自分も負けじと喉が枯れるくらいに応援した。

 

 そして、レースの決着が着くと耳が破れるんじゃないかと思うくらいの大歓声と拍手に会場が包まれ、レースが終わったにも関わらず、応援していた人達はまだ興奮が冷めやらぬようだった。

 

 初めてのレース観戦に自分の中に言葉に出来ない気持ちが湧いて来て、気づいたらどこかのライブ会場に佇んでいた。

 

 いきなり景色が変わり困惑している最中、いつの間にかサイリウムを握りしめている父を見て更に困惑し、突然会場が真っ暗になったと思ったら、先ほどまでレースをしていたウマ娘達がステージ場に上がりライブが始まった。

 

 レース場を駆けていた彼女達はどちらかと言えばかっこいい印象を受けたが、ライブをしている彼女達はステージ場の演出も相まってキラキラ輝いていた。

 

 運動音痴を自称している父が知らないおっさん達共にキレのあるヲタ芸を踊っているのを横目に、僕は彼女達のパフォーマンスに夢中だった。おそらくこの瞬間が僕の人生を決める瞬間だったのだろうと思う。レース場を風の如く駆け巡る彼女達、たくさんの人を魅了するライブ、野太い声での合いの手うまぴょいは生涯忘れることはないだろう。

 

 

 

 この日を境に僕は彼女達、”ウマ娘”のことをもっと知りたいと思い始めた。ウマ娘のことを話す時は必ず早口になる父や、うまぴょいダンスを練習中に腰を痛めた祖父など、ウマ娘のファンは身近にいた為、色んな話を聞くことが出来た。

 

 話の中で”トレーナー”という職業があると知り、いつからか僕は学校の勉強と並行してトレーナーになる為の勉強もするようになり、将来の夢としてトレーナーになるという夢が出来た。

 

 幸いにも父と母は僕の夢を応援してくれており、母はトレーナー学校に通えるようにパートを始め、父からは会場限定ウマ娘グッズ(絶版)をプレゼントしてもらった。それを見た母は「あなた、それはいつ買ったの?」と詰め寄られて父は顔を青くしていたので、僕は逃げるように自分の部屋に駆け込んだ。

 

 そして少年期から思春期も過ぎた頃、一人称も僕から俺へと変わり、義務教育を終えた俺はトレーナー学校に入学して勉強を始めた。

 トレーナーという職業は俺が想像していた以上に大変で、また難しい。

 トレーナーになれるのは本当にひと握りの人間で、勉強はもちろんウマ娘達とのコミュニケーション能力も必須になってくる。

 彼女達は速く走れるようになる為にトレーナーを頼り、トレーナーもまた彼女達の信頼に応えられるように知識を深めていなければならない。

 だが知識だけあっても彼女達が納得するとは限らないし、彼女達だって感情がある。身体能力や見た目が人と違うだけであってそれ以外のことは人間と変わらない。お互いの信頼関係が無ければ成果は伴わないのだ。

 

 トレーナー学校での勉強を始めて数年が経ち、ここで俺にとっての転機が訪れた。

 

 ”トレセン学園”正式名称『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』

 国民的スポーツ・エンターテイメントであるトゥインクル・シリーズでの活躍を目指すウマ娘が集まる全寮制の中高一貫である日本最大の学園が新カリキュラムとしてトレーナー育成の為の研修生を募集したのだ。

 

 俺は真っ先に立候補して結果を待った。トレセン学園は日本最大のウマ娘達の育成機関でもあるが、一流のトレーナー達が集まっている場所でもある。

 トレーナーを目指す者として、一流のトレーナーの下で勉強出来る最高の環境が整っている。このチャンスは絶対に譲れない。俺は応募願書を提出した後は教師や校長に何度も頭を下げに行き必死にお願いをした。

 

 熱意が通じたのか、トレセン学園への研修生に選ばれ、これからはサブトレーナーとしてトレセン学園で指導してもらえることになった。

 正直な所、本当にやっていけるかどうか不安な気持ちもあったが、改めて父と母に背中を押してもらって新しい環境での生活がスタートした。

 

 トレーナー学校からトレセン学園に舞台が変わり、早数年が経過した。

 学園に来た当初は右も左も分からず先輩トレーナーに怒られたり、名前も知らぬウマ娘に呆れられたりもしたが、真面目に仕事を取り組んでいたお陰か、少しずつ先輩トレーナーから雑用を任せてもらったり、ウマ娘達からも相談や話し相手になってくれたりした。

 

 学園での一日を終えると、次は俺がトレーナー資格を取るための勉強が始まる。自分の仕事で疲れているのにも関わらず、先輩は俺に勉強を教えに来てくれたり、差し入れを持って来てくれるウマ娘もいる。

 まぁ中には邪魔しに来たのかと思うやつもいるが。

おう、お前のことだぞゴルシよ。

 

 そんな生活が数年続き、俺はアラサーに近づきつつある年齢になったが、未だにトレーナーの資格は取れていない。

 とっくにトレーナー学校は卒業しているのにまだサブトレーナーなのは思う所はあるが、今年こそは絶対に受かってやると意気込みはバッチリだ。

 そろそろ先輩に恩返しもしたいし、いつかトレーナーになったらチームに入ると約束した(本気かどうかはさておき)彼女達にも胸を張っていい報告をしたい。

 

 そんな決意を胸に、今俺は学園祭に向けての準備に取り掛かっている。トレセン学園では年間を通じて色んな行事があるが、今回の学園祭は外部の人も来る大きなイベントの一つだ。トレセン学園への悪い印象を与えないようにウマ娘達が企画した催し物を成功させるようにフォローしなくてはならない。

 

 だが、俺にも納得出来ないものがある。

 

 なぜ学園祭でお化け屋敷をやるのかだ。というか誰が企画したんだよ。一応念の為理事長にも確認したが「承認!後は任せる!」とありがたくないお言葉を頂いた。しかもこのお化け屋敷はウマ娘達がやるのではなく、トレーナー達だけでやるという謎の企画だ。当然他のトレーナー達はやる気がなく、俺が主導で衣装なども用意しなくてはならない。

 

 面倒くさいが任された以上はやるしかない。こうなったらトラウマが出来るくらい怖い演出にしてやる。資格勉強の時間を削り、お化け屋敷の中身や衣装を用意して何とか学園祭までに間に合うことが出来た。

 

 自作のお化け衣装の出来栄えに満足した俺だったがふとあることに気付いた。

 

 (このゾンビ用の血塗れTシャツについでに口からも血を出したらもっとホラー感出るか?)

 

 夜の謎のテンション上がりで無駄にリアルな血塗れTシャツと口から血のりが出る小道具を作ってみた。我ながら中々の仕上がりだ。折角なので実際に使ってみることにしようとTシャツと噛んだら口から血が出るように見える小道具を口に含み鏡の前に立ってみる。

 

 (うーん……後は顔に血のり塗ればそれっぽく見えるか?いや、後は這いつくばって追いかけるのもありか?)

 

 すると突然、部屋のドアが空き誰かが勢いよく入って来た。

 

「うっららー!サブトレーナー!今日のレースいつもより順位が上だっ……サブトレーナー!?」

 

 入ってきたのは”ハルウララ”だった。この子は天真爛漫という言葉が擬人化したような子で、走ることが大好きなウマ娘だ。レースの結果は中々出ないが、彼女の明るさには他のウマ娘ももちろん、俺もたくさん助けられた。

 

 突然の来訪者に驚いた俺は、口に含んでいた小道具を思いっきり噛み、口から大量の血のりが出てしまった。

 

「……っごほっごほっ……ウ……ウララ……」

 

「サブトレーナー!?しっかりして!!死んじゃやだよー!」

 

 思ったより血のりが口から出てしまい上手く喋ることが出来ない。てかウララさん??めっちゃ泣いてますやん…誰だウララのような天使を泣かせたのは!?あっ、俺ですね…ごめんなさい…

 

「……っごほっ……ウララ……俺は何ともないから!大丈夫だから!」

 

「いやだよっ!死んじゃいやだよぅ……グスッ……いやぁ……」

 

 とりあえず落ち着かせる為にウララの頭を撫でる。ウララは撫でられるのが好きらしく、よくレース後は俺の所に来てレースの結果を報告しに来てタイムが縮んだり順位が上がったら頭を撫でるように頼んでくる。なんやただの天使か。

 しかし、ここまで怖がられるのは想定外だった。ウララがここまで怖がるとは苦労して作った甲斐があったというものだ。だがウララにお化け屋敷のメインのゾンビコスプレが見られてしまったのは想定外だ。ここは口止めをするべきだろう。

 

「ウララ……今日見たことは誰にも言わないでくれるか?」

 

「えっ!?どうして!?早くみんなに言わないと大変だよ!!」

 

「頼むウララ!みんなには秘密にしときたいんだ!」

 

「でっ……でもぉ……」

 

 涙目でこちらを見上げるウララに言いようのない不思議な感情が芽生えてくる。あぁこれが母性…いや、父性か。

 

「サブトレーナー……もしかして病気なの?体のどこかが悪いの?」

 

「ん?いや、俺は超健康だぞ。まぁ頭は悪いかもしれんが」

 

「でもこんなに血を吐いて……本当に大丈夫なの?」

 

「いや、これは血じゃなくて……ってあぁ!ウララ!門限過ぎてるぞ!急いで寮に帰るんだ!また寮長に怒られるぞ」

 

「えっ?でもぉ……」

 

「また明日話すから今日はひとまず帰るんだ。」

 

「……うん、分かった……明日ちゃんとお話聞かせてね」

 

「おう、おやすみウララ」

 

「……おやすみなさい……」

 

 今までに見たことがないくらい耳がションボリしているウララを見送り俺は一息ついた。何か勘違いしてそうな気もするが俺も今日一日疲れたしな。早く風呂入って飯食って寝よう。今日の晩飯は何にしようかなーと呑気に考えながら俺は血のりたっぷりのTシャツを脱ぎいつものジャージに着替え、そそくさとトレーナー寮に戻るのであった。


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