時系列は話数通りではないのでご了承ください
初めて会った時からアンタは変なやつだった。忘れようったって忘れられない。
ウオッカと一緒にスピカに加入して、しばらく経った日にトレーナーから紹介された時は、何だか頼りないやつだと思った。
一応初対面だし、アタシの第一印象が変に思われないように猫を被って……こほん、いつもの優等生なアタシがする挨拶をしたのに、アンタは怪訝な顔をしてアタシを見ていた。
「えーと、ダイワスカーレットだっけ?俺に気を使わなくてもいいぞ」
アタシの態度が全部見透かされてるようで、つい怒りで顔が赤くなった。隣でウオッカが爆笑してるのが更にアタシを苛立たせる。
何なのよアイツは!!寮に帰って我慢していた怒りを爆発させた。ウオッカはアイツの事を気に入ったのか、庇うような言葉を言ってきて余計に腹が立ってくる。
じゃあアイツが言った通り気を使わないで接してあげるわ。アタシはあいつの前では取り繕うことをしないと誓った。
だけどアタシ以上に、アンタはアタシに失礼なことばかり言ってくる。
「おやぁ〜?スカーレットちゃんはもうこの程度で疲れちゃったのかな〜?」
「あぁ悪い悪い!スカーレットにはまだこのトレーニング早かったよな!」
「おっ!気合入ってるなぁウオッカ!スカーレットより調子いいんじゃないか?」
……ああ〜っ、もう!!むかつく!!
上等じゃない!やってやるわ!見てなさい!!
アイツのバカにしたような顔に蹴りを入れたくなるのを必死に我慢してトレーニングに励んだ。いつかみんなの前でアタシに頭を下げさせて、一番はアタシだって認めさせてやる。
だから、デビュー戦で一着を取った時に初めてアンタに褒められたことはずっと記憶に残っている。
本当に年上かと疑うくらいはしゃぎながら喜んでいる姿を見ると、ようやくアタシの実力を認めてくれたような気がして、心がスーッと爽快感に満ちたのをよく覚えている。
それからもレースで勝った時は、アタシ以上に喜んでいるアンタを見つけては、少し呆れながら勝利報告をしに行った。
ちょっとは落ち着きなさいよと、大きい子供を宥める自分を見つめ返すと思わず笑ってしまった。
でも、この気持ちは悪くなかった。頂点を目指して走っているアタシを、近くで応援してくれる人がいるだけでこんなに嬉しいだなんて。絶対アイツには言わないけど。
いつか絶対にアタシは一番のウマ娘になる。だからアンタも早くトレーナーになって、しっかりアタシについてきなさい!
これでもアンタのこと、少しは頼りにしてるのよ……?
それなのにアンタはアタシが一番になる姿を見る前に居なくなろうとしている。
まだアタシは頂点に立っていないのに。もっとアンタに喜んで欲しかったのに。もっと……もっと……。
だらしないアンタの面倒を見てあげる物好きなんてアタシくらいなものよ?だから、最後までアタシだけを見てなさい!!
アタシも最後までアンタのこと……ちゃんと見ててあげるから。
その日、ダイワスカーレットは朝から気分が落ち込んでいた。普段から口喧嘩ばかりしている同室のウオッカでさえ、ダイワスカーレットの様子を心配する程、彼女の顔は元気がなかった。
彼女の調子が悪い理由は様々な要因が重なったことにある。
同年代と比べてもスタイルの良い彼女は、絶賛成長期の最中である。少し前に衣装を新調しても、着心地が悪く調整に出す事が多い。
調整が間に合わなかった場合は、サイズが合っていない服装でトレーニングを行い、僅かに感覚がブレて思うように身体が動かないこともあった。
また、同じチームメイトのスペシャルウィークとサイレンスズカがレースに向けて、鬼気迫る勢いで調子を上げてきており、その気迫に圧倒され自身の調子が出ないことを気にしていた。
そのような要因が重なり、段々と苛立ちが隠せなくなってきた。トレーナーやサブトレーナーからも心配の声を掛けられたが、ついムキになって冷たい言葉を投げ掛けてしまった。
時間が経つに連れ冷静になってくると、自分の為に言ってくれたのにと自己嫌悪に陥り、余計に彼女の調子を下げることとなってしまったのである。
ちゃんと謝ろう。珍しく自分を気遣うウオッカと一緒に通学している際にそう決意するダイワスカーレット。
肌寒い風が絶え間なく吹き続けている様は、まるで自分の心を象徴しているように感じた彼女は、明日には少しでも晴れてくれることを祈るばかりであった。
普段よりも長く感じた授業がようやく終わり、他の生徒たちがトレーニングに向かう中、ウオッカはダイワスカーレットに話掛けた。
「よぉ!ちょっとは調子取り戻したか?」
「まぁね……あぁそうそう。アタシ今から用事があるから先にトレーニング行ってていいわよ」
「ん?何かあんのか?」
「別に大したことじゃないわ。ちょっとサブトレーナーに話があるだけよ」
「あぁ……スカーレットに冷たくされてショック受けてたからなあ。今も泣いて落ち込んでるかもしれないぜ?」
「泣くほど落ち込む訳ないでしょ!
……まぁちょっと言い過ぎたとは思ってるけど」
「ったく、お前が落ち込んでんじゃねえか。
早いとこ謝ってスッキリしてこいよ」
「分かってるわよ!」
やれやれと呆れたようにウオッカは言葉を嘆いた後、一人でトレーニングに向かう。彼女なりに励ましてくれていると分かっていても、ついムキになってしまう。
決して口には出さないが心の中でお礼を言い、ダイワスカーレットはサブトレーナーがいる部屋へと足を運ぶのであった。
サブトレーナーの部屋に向かう途中で何て謝ろうか考えていたが、中々言葉が思い浮かんでこない。ごめんなさいと一言口にするだけでいいはずなのに、なぜか喉元で止まってしまう。
声に出すよりも先に、いつもこちらを煽ってくるムカつく顔が頭の中に浮かび上がってくる。
結局、シミュレーション内でもサブトレーナーを罵倒してしまい、そのまま彼がいる部屋まで辿り着いてしまった。
悩んでいても仕方ないと、ノックをした後に勢いよく部屋を開けた。きっとビックリしたに違いない。彼の驚く顔を想像し、思わず笑みが浮かぶ。
だが予想に反して、部屋の中に人の気配はなかった。部屋の中を見渡しても、いつもより物が散乱しているだけで彼がいる様子はない。
普段ならもう少し片付いている部屋の中を恐る恐る入っていく。
何かの小道具だろうか。見慣れない物が床下に散らばっており、中には形容しがたい不気味な物まで置いてあった。
サブトレーナーがいないならこんな部屋に用はない。ダイワスカーレットは、無意識に尻尾が上がっていることに気づかないほど気味が悪い部屋を早く出ようと出口まで向かおうと後ろを振り返った。
一瞬何かが視界に入る。ただのゴミのような物しかないはずなのに、なぜかそれだけは気になった。
板のような、看板のような物の下敷きになっていたそれを、ゆっくりと引っ張り出しいく。
手に取ったのは、血だらけになったシャツであった。それを認識した瞬間、彼女は一言小さい悲鳴を上げると、手にしたシャツを地面に投げ捨てた。
「なによ……これ……」
うまく思考が定まらない。頭が理解することを拒絶している。徐々に速くなっていく心臓の鼓動を抑えるように、彼女は自分の胸に手を当てて落ち着こうと目を瞑った。
少しずつクリアになっていく頭を感じ取りながら、もう一度目の前の現実に立ち向かう。
先ほど投げ捨てたシャツを改めて拾い上げ、今度はしっかりと観察していった。
時間が経つにつれ冷静になっていく思考が、手に取っている物に違和感を覚え始めていた。
(これ、本物の血じゃない?ただの作り物かしら?
……でもこことかちょっと本物っぽいし……)
ハッキリ偽物だと断言したいが、所々に付着している血液が本物のように見えて、彼女は困惑していた。
彼がいれば直接確認したが、もし仮にこれが本物であれ偽物であれ、どちらにしてもこれは血ではないと否定するだろう。
唯の思い過ごしであればいいが、もしこれが本物だったら只事ではない。彼女はシャツを隠すように持ち、部屋から飛び出した。
誰にも見られないように急いで目的地へと向かう。彼女が向かった先は、自身が尊敬できるウマ娘の一人、”アグネスタキオン”の研究部屋だった。
「はぁ、はぁ……し、失礼します!タキオンさん!いらっしゃいますか!?」
「おや?そんなに慌ててどうしたんだいスカーレット君?この前渡したサプリの新たな変化でも起きたのかい?」
「い、いえ!特に何もなかったですけど……そ、それよりタキオンさんにお願いがあって!これが本物か見て欲しいんです!!」
「うん?何だいこれは?……ふぅン、よく出来ているが、唯のニセモノだね」
「ほんとですか!?はぁ〜よかったぁ。ったく、紛らわしいのよアイツったら!」
「ふむ、よく分からないが君の問題は解決したようだね。じゃあこれは返す……ん?」
「え?あの〜、タキオンさん?」
「スカーレット君?これはどこから持ってきたんだい?」
「えっ!?えっと、サブトレーナーの部屋に置いてあって、もしかしてアイツの血だったらどうしようと思って……」
「……少しこれを借りるよ。しばらくそこで待っていたまえ」
シャツを返そうとした瞬間、何かに気付いたのか神妙な顔付きで部屋の奥に行ったアグネスタキオンの背中を見て不安に駆られるダイワスカーレット。
大丈夫、大丈夫と心の中で何度も呟きながら、薬品の匂いが漂う部屋の中で一人立ち呆けていた。
タキオンが姿を消してどれ位の時間が経ったのだろう、早く帰ってきて欲しいような、まだもう少し心の準備が欲しいような複雑な心境の中、とうとうタキオンが帰って来てしまった。
「あの、タキオンさん!ど、どうでしたか!?」
「……僅かだが服に付着していた血液と、以前彼から採取した血液が一致した。
恐らくシャツに付着してしまった血を隠そうと、その上から血のりを付けて誤魔化そうとしたのだろう」
「……えっ?」
「スカーレット君。私はこれから大事な実験を行うんだ。悪いが退出をお願いできるかな?」
「あ、あの、タキオンさん!?」
有無を言わさずタキオンから追い出されるように部屋を出たスカーレットは、しばらくその場で呆然としていた。
本当に一番最悪な想像が現実になるとは思ってもみなかった。もしかしたらと覚悟していたはずなのに、いざ言われてみると頭が理解するのを拒否している。
しばらく立ち止まっていた後、スカーレットはサブトレーナーを捜しに駆け出した。多分タキオンにこれ以上聞いても何も答えてくれない。彼女の表情からそう感じ取ったスカーレットは、もう直接彼に問い詰めることにした。
彼が居そうな場所を訪ねてみるがどこにもいない。どこにいるのよと、強気なセリフとは裏腹に彼女は今にも泣きそうだった。
途中、クラスメイトとすれ違い彼の居場所を聞き出したが有力な情報は得られなかった。
もう部屋に戻っているかもしれない、いま一度彼の部屋に行こうとするが、先ほど見た不気味な光景が彼女の足取りを重くする。
もしかして、他にも彼の異変を知らせる物があるかもしれない。嫌な予感が脳裏を横切り、ようやく辿り着いた部屋のドアがまるで別の世界への入口のように思える。
今度はゆっくりとドアを開け、覗き込むように部屋の中を確認した。
「ごほっ、ごほっ!!ビ、ビックリした〜!!気配消しながらこっち見るなよ!いきなり目が合って焦るわ!!」
「ご、ごめんなさい!!」
何かの薬を口の中に入れ、水と一緒に流し込もうとした所で丁度目が合ってしまい、思いっきり咳き込むサブトレーナー。
慌てて彼に近寄ろうとするが、地面に散らばったままの小道具が行く手を阻む。
「いや、まぁ大丈夫だけど……それより何でそんな入り方したんだ?今まで通り普通に入ればいいだろ?」
「え?う、うん、そうね……」
本当は聞きたい事がいくつもあるのに、いざ彼の前になると言葉が出てこない。いつもと変わらない彼の態度が、タキオンから聞いた事実が嘘のように思えてくる。
「何か今日のスカーレット変だぞ?
……もしかしてこの間のこと気にしてるのか?
今更そんなこと気にする仲でもないし、あんまり悩み過ぎるなよ?スカーレットは笑ってる顔が一番なんだからさ!」
「わ、分かってるわよ!!なに当たり前の事言ってるのよ!!」
「おっ!ちょっとはいつもの調子出てきたな!もうすぐ最後のレースが始まるんだしさ、俺に最高の走りを見せてくれよな!」
「ちょ、ちょっと!!最後ってなによ!?
まだアンタにはやる事がたくさん残ってるでしょ!!」
「あぁ……そうだな。ちゃんと終わらせないとなぁ……」
「なに弱気になってんのよ!!
アタシとの約束破ったら許さないんだからね!!一番速くて一番強い完璧なウマ娘……理想のアタシになれる様に手伝うって言ったじゃない!!」
いつもからかってくる彼が初めて真剣に聞いてくれた自分の夢。唯一した約束事を守ろうとしない彼に裏切られた気持ちになり、つい言葉が熱くなっていた。
男なら約束を守ってほしい。アタシのサブトレーナーなら最後まで責任を取ってほしい。スカーレットの言葉を聞いても何も喋らない彼に腹が立ち、そのまま部屋を勢いよく出てしまった。
きっと今自分の顔は酷いことになってるだろう。スカーレットは誰にも会わないことを祈りながらひた走る。
自分の前では決して言わなかった弱音を吐いた彼の顔は、今まで見たことがない程に力無く弱々しかった。
もう彼に残された時間が少ないのかもしれない。それでも最後まで足掻いて欲しい。
アタシの笑顔が一番とか言ってたけど、アンタもバカみたいに笑ってる顔が一番お似合いなのよ。
だからアタシがアンタを笑顔にしてあげる。アンタのアホ面はアタシだけのものなんだから。
初投稿から1ヶ月以上経ち、話数も20に到達しました。
これもウマ娘という素晴らしいコンテンツと、たくさんの方に読んでいただけてここまで来れました。
これからもほのぼのとした日常ものを書いていきますので、どうぞよろしくお願いします!