今回は一人称でお送りします。
トレーナーの朝は早い。チームによっては全体で早朝練習を開始する所もあれば、自主練に精が出るウマ娘もいる。もう少し布団の感触を味わっていたい気持ちを振り払うようにベッドから起き上がった。
昨日はすぐに寝付くことが出来なかった。体は休息を求めているのに、目を瞑れば彼女の泣き顔が鮮明に思い浮かんでくる。
ウララが実はホラーが苦手なんて知らなかったのもあるが、冷静に考えればもし自分が逆の立場だったら同じように恐怖を感じていたかもしれない。俺はどこぞの吸血鬼のように恐怖を克服しようとは思わないしな。
とりあえずどこかでウララに会ったら謝ろう。そんなことを考えながら俺は学園まで歩き慣れた道のりをゆっくりと進んで行く。
トレーナー寮からトレセン学園へと続く道の中で、ここらへんでは有名な桜並木を通って行く。春になれば満開の桜が来訪者を歓迎するが、残念ながら今は季節はずれだ。
次にお目にかかれるのは半年後くらいかな。あまり睡眠が取れず家を出るときは重い足取りだったが、先の楽しみを想像したら少しだけ体が軽くなったような気がした。
いつの間にか歩くスピードが速くなっていたのか、いつもより早い時間に目的地であるトレセン学園が見えてきた。
総生徒数約2000人程が在席しているこの学園は、日本最大の名前に相応しくまず建物の広さに驚愕する。
学園内の中にはウマ娘達が最高の環境でトレーニング出来るようにレーストラックはもちろん、スポーツジム、室内プール、図書館など、様々な施設が存在している。
一部の施設は理事長が私財を投じて支援しているらしく、理事長のウマ娘愛が本物だと実感する。たまにやり過ぎて秘書のたづなさんに怒られたりしているが、そこはご愛嬌だ。
噂をすれば、学園の校門前で遠くからでも目立つ緑色の服を着た女性、”駿川たづな”さんが門の前を掃き掃除していた。とある人達は緑色の服を着た3人の女性に恐怖を抱いているとの噂を聞いたことがあるが、まさかたづなさんがその3人に含まれていることはないよな?ないよね?
「あら、サブトレーナーさん。おはようございます」
「おはようございますたづなさん。すぐに着替えてお手伝いしますね」
「ふふっ、まだ時間はありますからゆっくりでいいですよ」
口に手を当ててくすっと笑うたづなさんの言葉を受け、足早に更衣室へと向かう。
たづなさんは俺がトレセン学園に来てから一番お世話になっている人だ。まだ学園に来たばかりの頃、慣れない環境で戸惑っている俺を嫌な顔一つせずにいつも助けてくれた。
きっと彼女からすれば俺は出来の悪い弟のお世話をしているようなものなんだろう。あまり手を煩わせるのは悪いと思いつつもついつい頼ってしまう、この学園で頭が上がらない人の一人だ。
それはそうと、たづなさんについていつも疑問に思っていることがある。初めて顔を合わせた時は何の疑いも持たなかったが、この人は一体何歳なのか、いや、それよりも実は人ではなくウマ娘ではないのかと。
以前それとなく聞いてみようとしたが、話を流されてしまった。しつこく聞いて怒らせるのもあれだと思いその場では深く追求しなかったが、門限を過ぎて逃走を試みる生徒を華麗なスタートダッシュを決めて捕まえるたづなさんを見て開いた口が塞がらなかった。
というか、理事長とたづなさんについて知らない事が多すぎる。トレセン学園の不思議100選の中に二人のことも当たり前のように入っているので、いつか秘密を知れたらと思う。
たづなさんと他愛ない雑談をしながら掃除を行っていると、そろそろ生徒達の登校時間が近付いて来た。
掃除道具を片付けると俺はたづなさんの横に並び、彼女達が登校してくるのを待っていた。
本来は校門前に立って彼女達の出迎えるのは俺の仕事というわけではない。まだ研修生だった頃、一人でも多くのウマ娘達の名前と顔を覚えようとたづなさんにお願いをして始めたことだ。今では彼女達と朝顔を合わせることが日課となっている。
実はこの朝の挨拶は顔と名前を覚えること以外でも彼女達の体調確認が出来るといったメリットがある。特にレースが決まっているウマ娘は体調が優れなくても無理をしてしまう子が多い。
精神的にも追い詰められ、余裕がなくなってくると当然練習でも結果が出せなくなり、また無理をするといった負のスパイラルに陥ってしまう。
最悪の場合は無茶をし過ぎて怪我を負ってしまうこともあるのだ。明らかに疲労が溜まり顔に余裕がない子を見つけたら、即座に担当トレーナーに報告してフォローをお願いする。
俺が出来るのはここまでで、後は愚痴を聞いてやることくらいしか出来ないことに歯痒い気持ちが湧いてくる。早く正式なトレーナーになってもっと彼女達の力になってあげたいと強く思った。
「サブトレさん!おはよー」「サブトレーナーさん、おはようございます」「はーっはっはっは!おはようサブトレーナーくん!今日はこのボクの輝きが一層輝くほどのいい天気だ。存分にボクに見惚れていってくれたまえ!!」
「おぅ!みんなおはよう。オペラオーもおはよう。今日も何かよく分からんが絶好調だな」
生徒達が続々と学園に登校してくる。しかし改めて思うが先輩トレーナーもウマ娘もそうだが、個性が強すぎる人が多いなこの学園。
キラキラと謎のエフェクトを出しながら登校して来たウマ娘”テイエムオペラオー”だけでももうお腹いっぱいだというのに…っておいスペ!人参咥えながら走るのはやめなさい!……おいゴルシ、お前はなんで俺の頭を割り箸で刺そうとしてんだ?……なに?ゴルゴル星で古来より伝わる神聖な生贄の儀式の準備?俺を生贄にすんなバカヤロウ!!
朝から個性派達の相手にヘトヘトになりながらも、何とか朝の日課が終わりそうな時間が近付いてきた。するとそこへいつもの天真爛漫の笑顔はどこへやら、ウララの姿を確認すると、俺は昨日怖がらせてしまった件について謝りに行こうと彼女の元へ駆け寄った。
「おーい!ウララおはよう。昨日はごめんな!」
「!!っ……うんおはよサブトレーナー。…ウララ用事があるから先に行くね」
そう言い残し俺から逃げるように走り去るウララ。声を掛ける暇もなく駆け出した姿に動くことが出来なかった。その様子を見ていたたづなさんが心配そうに声を掛けてくる。
「あの、サブトレーナーさん。ウララさんと何かあったんですか?」
「いやーちょっと昨日ウララを怖がらせてしまいまして…」
「あら、そうなんですか?ちゃんと謝らないと駄目ですよ」
たづなさんに苦笑いをされながら注意をされてしまった。ウララだったらきっと「もーサブトレーナー!!昨日はすっごく怖かったんだからね!」とプリプリ可愛らしく怒ってくると思っていたが、どうやら予想以上に怖がらせてしまっていたらしい。
学園祭が始まるまでは自作した血塗れTシャツは誰にも見せないようにしなくては。またウララや怖がりなライスにでも見られたら大変なことになりそうだしな。
朝の登校も見終わり、たづなさんと一緒に学園の中に戻る途中、たづなさんがふと思い出したように話し掛けてきた。
「あっ、そういえばサブトレーナーさん。まだ健康診断受けられていませんでしたよね?」
「えっ?あぁ!そういやずっと行ってなかったですね。中々行く時間が作れなくて…すいません」
「いえいえ〜、サブトレーナーさんに無理を言ってスケジュールを埋めてしまったのは私達のせいですから。謝るのは私達の方ですよ。ただ一応規則ですので、病院に行って健康診断を受けてもらう必要があります。どこかで一日時間を調整する必要がありますので、後でサブトレーナーさんの予定をお伺いしに行きますね」
「はい、分かりました。よろしくお願いします」
たづなさんに言われるまで完全に忘れていた。前から行くように言われていたことだったが、最近の忙しさも相まって自分の時間を作ることも難しかった。
一般健康診断ならそんなに時間を取ることもなくすぐに終わるが、トレセン学園ではウマ娘だけでなくトレーナーやスタッフにも福利厚生が充実している。
その内の一つとして健康診断を行う者は一日掛けてしっかりと検査をしてくれるのだ。まぁ俺は昔から大きな病気もしたことがないので特に不安なことは何もないが、トレーナーを目指す者として自分の健康管理は大事だ。
日頃から生徒達に体調に関して口酸っぱく言っている本人が不健康では説得力がない。そうだ、折角ならついでに父さんや爺ちゃん達にも一緒に受けてもらおう。そんなことを考えながら自分の仕事場に戻るのであった。
午前中は先輩トレーナーに頼まれていた資料作成に時間を費やし、気づけば時間はとっくにお昼の時間を過ぎていた。
そろそろ飯にしよう、そう思い立ち上がろうとした瞬間、思いっきり机に膝をぶつけてしまった。
(いってぇぇぇー!!あかん死ぬぅぅぅ!!)
打ち所が悪かったのか、冷や汗が止まらない。こんなドジっ子キャラは美少女だけの特権で、俺がやっても誰得なんだよ!と痛みで思考が定まらない。少しでも痛みが和らぐように必死になるが中々痛みが収まってくれない。
いや、そういえば痛みを紛らわす方法をどこかの漫画でみたな。確か全身の運動の苦痛がどうとか言ってた気がする。背に腹は代えらん。試しに地面を転がりこんだら治るかもしれん。藁にも縋る気持ちで実践をしてみることにする。
(……全然治んねえじゃねぇかバカヤロウ!!)
期待した俺がバカだった。むしろ疲れが増しただけだ。でもこのまま立ち上がるのも負けた気がするので痛みが収まるまでこのままでいよう。そう決心するが、どこからか視線を感じることに気付いた。
「サっ……サブトレーナー!!」
「おっ……お兄さま!!」
そこにいたのはなぜか絶望したかのような顔をしたウララと、涙目でこちらを見つめる”ライスシャワー”ことライスが佇んでいた。
あれ、二人ともいつからそこにいたの?もしかして今までの俺の行動見られてた?…クッソ恥ずかしいんですが…
「どっ、どうした二人とも?何かあったか?」
「「……」」
何も言わずこちらをじっと見つめる二人にどう返事をすればいいか分からない。ウララとライスのような小柄な女の子に涙目で見つめられると変な気分になる。やめてくれ二人とも。その攻撃は俺に効く(特攻)
「ねぇお兄さま?……ライス達に何か隠し事してない?」
突然のライスの質問に俺は困惑した。ライス達に隠し事?心当たりが多すぎる。一体何のことを言ってるんだ?ライスに絶対消してねと言われた、たい焼きを美味しそうに食べるライスの写真か?それとも同士デジタルに依頼したウラライス同人本のことか…?
「サブトレーナー……何でそんなにボロボロになってもウララ達のことを助けてくれるの?そんなにウララ達のことが信用出来ないの?」
ライスからの言葉に戸惑っていると、我慢の限界がきたのか大粒の涙を流しながらウララが俺に問いかけてくる。
確かに俺はまだサブトレーナーで他の先輩に比べれば仕事の出来も知識もボロボロだろう。でも、ウマ娘達の力になりたいと思う気持ちは学園一だと自称している。
「ウララ……俺がみんなの手助けをしているのは信用していないからじゃない。寧ろ逆だ。信用しているからこそ力になりたいんだ。
俺はみんなが頑張っている姿を誰よりも近くで見てきた。必死になって努力して、夢を叶えた子もいれば悔し涙を流した子もたくさん見てきた。
だから一人でも多くの子達の夢を叶えたいから俺が勝手にみんなの手伝いをしてるだけさ」
俺の言葉にウララとライスは何かが響いたのだろう。静かに涙を流し続けていた。いつの間にか膝の痛みがなくなっていることに気付いた俺は部屋に用意していたタオルを二枚手に取り彼女達の涙を拭き取った。
何があったか分からないが、見るまでもなく二人共精神的に疲労している。こんなコンディションでは練習にも身が入らないだろう。後で二人の担当トレーナーに連絡しておくか。
「お兄さま……一つだけ約束して?辛かったり苦しくなった時は絶対に内緒にしないでライス達に言って!!いつの間にかいなくなるなんてライス嫌だよ!!」
「えっ?わっ、分かりました!ちゃんと言いますから!はい!」
前にマックイーンが言っていたのはこのことかと納得出来るほどに鬼が宿ったかと錯覚するような鬼気迫る勢いのライスに思わず敬語が出てしまった。いつもの天使なライスさんはどこ?ここ?
「ライス、心配しなくても俺は勝手にいなくなんてならないよ。ここに来て自分の夢が一つ増えたんだから」
「お兄さまの夢?」
「おう!俺の夢はトレーナーになるってことだけだったんだけどな。今は夢が一つ増えたんだ。
それはな……いつかウララとライスがダブルセンターで歌っているのを特等席で一緒に盛り上がることだ!
それまでは死んでも死にきれん!!」
俺の新しい夢を聞いた二人は一瞬ポカンとした表情を浮かべるも何かを決意したような、瞳に力が籠もっていた。これがあの伝説の断固たる決意ってやつか?
「サブトレーナー……ウララ頑張るよ!絶対勝ってウイニングライブでセンターに立ってみせるからね!!」
「お兄さま……ライスもがんばるよ!今度はライスがお兄様のヒーローになるから!!」
「おぉ!二人とも気合い入ったな!でも絶対に無理はしないようにな。ケガしたらライブどころじゃなくなるから」
俺の言葉に力強く返事をして部屋から出ていく二人を見送る。その背中は小柄な二人には似つかわしくなくとても大きく見えた。
二人が元気を取り戻したことに満足すると、早く何か食わせろと急かしてくる胃を落ち着かせる為に食堂に向かうのであった。
偉い人が書いたら出るって言ったから書きました。
ライスちゃんもう100回は育成したんやからそろそろ☆3青因子出てくりー