なので、SBRレースは原作とは違い『遺体の存在しない世界』で行われています。
この設定を前提でお読みください。
この『物語』はアタシが歩き出す物語だ。
肉体が……という意味ではなく、青春から大人という意味で……。
アタシの名前は『ゴールドシップ』
最初から最後まで、本当に謎が多いトレーナー『ジョニィ・ジョースター』と出会ったことで……。
◆
「また、ですの? 飽きませんわね、ゴールドシップさん」
朝の学園食堂で、ここ2か月の間ですっかり日常化した姿を、メジロマックイーンは眺めた。
朝食の代わりに新聞を広げたゴールドシップの肩越しに、記事を一瞥する。
「『スティール・ボール・ラン』――レース終了から2か月も経つのに、まだ記事が一面を飾っていますのね」
――レースがあった。
人類史上、そしてウマ娘にとっても史上初の競技大会が、アメリカで開催された。
太平洋『サンディエゴ』のビーチをスタートし、ゴールを『ニューヨーク』と定めたウマ娘による北米大陸横断レース。
優勝者に支払われる賞金は5000万ドル。2位以下にも各賞金が設定されている。
参加者は16歳以上、国籍、人種、プロ、アマチュアは問わない。トレーナーの同伴も可。
ただし、参加するウマ娘は個人であること。チームによる参加や交代は失格の対象となる。
たった一人で、毎日休まず、1日70kmから100kmの道を他人と競い合って走り抜かなければならない。
総距離は約6000kmだ。しかも、未だ開拓のされていない危険な場所も通過する。
ゴールまでの予測日数は、開催前でも60日から80日とされていた。
その内容から、企画段階で多くの反響と批判を呼びつつも当初の想定よりはるかに規模は膨れ上がり、3000人以上の参加者と全世界の注目を集めて、ついには9月25日午前10時にレースはスタートした。
どんなトラブルが起こるのか誰にも予想出来ない、歴史上初の試みだった。
まずゴールまで走り抜くことすら困難。その上で優勝を掴んだ者には、賞金以上の栄誉が約束されていることは間違いなかった。
そのレースの名が『
誰もが毎日固唾を飲んで見守りながら、同時に失敗するだろうと思われていたレースだ。
長すぎる距離と過酷なコースは、どんなウマ娘もゴールまで辿り着けないだろう、と。
しかし、レースは成功した。
史上初の挑戦は、史上初の栄光として世界中に示されたのだ。
それが2か月前の話である。
「実際には100日以上かかった長期間のレースですから、幾らでも特集は組めるでしょうけど……」
以前読んだものとさして代わり映えのない記事を流し読みながら、メジロマックイーンは表情を曇らせた。
『SBR』が終了してから、海外はもちろん日本でも多くの報道や番組が放送された。
過酷なレースを走り抜いた優勝者やその他の参加者達を華々しく飾り立てる一方で、多数の重軽傷者と十数名の死者を出したという結果は激しい賛否両論を呼んでいる。
メジロマックイーンもまた、レースの影に隠された凄惨な現実に眉をしかめる側だった。
芝とダートの上にある正統なる栄誉を求めて走る名家のウマ娘である彼女には、命を蔑ろにしてまで競い合うレースと、その危険を見世物のように扱うレース主催者は理解の及ばない存在だったのだ。
「いつまでもお祭り騒ぎ……本当、世間もアナタも飽きませんわね」
目を背け、思わず棘を含んだ言葉が口から漏れ出る。
そこでようやく、新聞に視線を落としていたゴールドシップが顔を上げた。
「3000人が走った6000kmのレースだぜ? 2000mのレースを18人で走ったって何が起こるかわかんねーのに、6000kmなんて想像もつかねぇよ! なんかワクワクしてこねぇ!?」
瞳を輝かせながら、ゴールドシップは笑っていた。
メジロマックイーンとは違い、彼女は『SBR』が開催される前から企画に強い興味を抱いていた。
当時の生中継ではテレビの前に齧りつき、海外放送が終了した今もこうして関連するニュースに細かく目を通している。
ゴールドシップというウマ娘の性格をよく知る者からすれば、驚くべきことだった。
常日頃から自由奔放で、面白いことを探して学園を走り回り、奇行を繰り返し、そして何より気分屋で飽きやすい。
興味を失った時や調子の乗らない時は、すぐに目の前の物事を投げ出す。
トレーニングやレースにおいてもムラの多い彼女が、ここまで一つの出来事に執着し続けるのは、少なくともメジロマックイーンにとって初めて見る姿だった。
「テレビの放送は色々カットされてたしさ、特集はレースの目立つ部分だけ何回も繰り返すし、全然情報が足りねーっつーの! アタシはもっと色んな場面を見たいのによ」
「100日を超えるレースですのよ。映すカメラが何台あっても足りませんし、膨大な記録を編集する人間が何人いても足りませんわ」
「だよなー! やっぱり現地に直接行くべきだったんだよ!」
口惜しそうにぼやくゴールドシップを見て、メジロマックイーンの額に青筋が浮かんだ。
レース開催期間中、突然『アメリカへ行く』と言って走り出したのを、必死で取り押さえた時の騒動を鮮明に思い出したのだ。
「……あの時は深夜でしたわね。同じ寮の皆が総出で貴方を追いかけて、結局朝まで走り回って」
「いやー、メンゴメンゴ。レースの放送見てたら、ゴルシちゃんの内から湧き上がる衝動を抑えきれなくなってよ」
「出来るかどうかは別として、いきなり海外に行ってレースを見ようだなんて、非常識ですわよ」
「いや、むしろ一緒に走るつもりだったな」
「もっと非常識ですわ!」
「まあ、無理なのは分かってたよ。途中参加は認められてねーし」
「そういう問題ではなくてですね……」
「ホント、惜しいことしたよ。なんで、企画聞いた段階でアメリカ行かなかったんだろ」
わずかに俯いて、ゴールドシップは呟いた。
「……本気で言ってますの?」
メジロマックイーンには、それが普段彼女の口にしている冗談や悪ふざけと同じだとは思えなかった。
静かな声色の中に、芯の通った堅さがあった。
情熱があった。
自分の見たことのない、ゴールドシップというウマ娘の抱くレースへの情熱が。
自分の知らない彼女の姿を見るのが、酷く悔しかった。
「アナタは、まだデビュー前ですのよ」
「うん」
「普段どれだけふざけていても、わたくしはアナタの実力を認めています。デビューすれば、きっと一角の選手になると」
「うん、ありがと」
「同じ馬場で競い合うのを楽しみにしていましたわ。それなのに、アナタはこんな奇をてらったレースに惹かれるというんですのね」
「相変わらず、マックイーンはこのレース嫌ってんなぁ。『わたくしはこんな下々の者が参加する野蛮なレース認めませんわ!』ってお嬢様的なヤツぅ~?」
「危険を承知で参加した者達の決意や覚悟には敬意を払いますわ。けれど、事故はもちろん暴力さえ介入する危険性のある環境に、あえて身を置いて競い合う必要性や意義がどこにありますの? このレースに競技としての正当さがあり、後ろめたさがないとは思えませんわ」
「うん。アタシもさ、ただの『愉快で楽しそうな見世物』って考えてるわけじゃねーんだ」
「だったら、冗談でも――」
「冗談じゃねぇんだ」
ゴールドシップは、真っすぐに見据えて答えた。
「知りたいんだよ、アタシは」
その口元は、いつものように楽し気に笑ってた。
「何を、ですの?」
探していたものを見つけた、焦がれるような瞳だった。
「アタシ達が普段走っているコースからは想像も出来ないような道に、どんなものが転がってるのか。そこを全力で走ったら、どんな気分になるのか。そんな奴が3000人も集まったら、どんなレースになるのか」
いつも楽しいことを、面白いものを探していた。
レースの中にある駆け引きや競い合いの中に、それらを見出していた。
「大陸の端から端まで走るんだぜ。宇宙に行くよりも遠い距離さ。スタートで見た光景とゴールで見る光景。一体、どれだけ違ったものが見えるんだ?」
何の障害もないコースの上で、純粋な実力を比べ合う。
普段は大人しいウマ娘が、レースでは闘争心をむき出しにして走る。
そこには『熱』があった。
ゴールドシップ自身を熱くさせる『情熱』があった。
そして、あの『SBR』というレースには、これまで経験したことのない狂気的な熱を感じたのだ。
「熱かったんだよ、あのレースは。見てるだけなのに、アタシは熱くなったんだ。走りたくてたまらなくなったんだ」
あの熱狂の中に飛び込みたくなった。
楽しいことを探す必要なんてない。
あのレースの中には、楽しいことも面白いことも、幾らでも転がっている。
何も考えず、走り続けるだけでそれを味わうことが出来る。
周りの奴らを追い抜いて、ゴールまで出来たら、もう言うことはない満足感を得られるに違いない。
そう、思った。
この学園を、日本を越えて、海の向こうの遠い世界を夢想した――。
しばらくの沈黙の後、ゴールドシップはチラリと視線をメジロマックイーンへと向けた。
伺った彼女の様子は、どこか寂し気で、小さく唇を噛みしめていた。
「……っつってもー、もう終わった話なんですけどー!」
一転して、ゴールドシップは茶化すように笑い声をあげた。
「まあ、冷静に考えりゃあさ、100日はねーよ100日は! レースにしては長すぎるっつーの、もはや旅だよ旅! 温室育ちのアタクシには、日に三回のお風呂とシルクのベッドのない生活なんて到底考えられませんわー!」
メジロマックイーンは、オホホホと笑うゴールドシップを見つめ、やがて諦めたように彼女の気遣いを受け入れた。
「……そうですわね。お風呂とベッドはもちろん、水と食料さえ満足に手に入るか分からない、過酷なレースですわ」
「さすがのゴルシちゃんでもヤベーって感じちゃうんだよな。テレビとかではコース上にある渓谷の落盤とか、派手な事故ばっかりピックアップされてっけどさ、栄養失調や脱水症状でリタイアした奴も相当いるよな」
「人の手の入っていない荒野も通りますのよ。危険な野生生物や何よりも病気を運ぶ虫は、日本で暮らしていると忘れがちな脅威ですわ」
「虫かー、蜂とか蚊を想像してる時点で考えが甘いんだろーなー。コエーコエー」
「あら、怖いもの知らずなゴールドシップさんからそんな感想が聞けるとは思いませんでしたわ」
「いや、いくら頑丈なゴルシちゃんでも限界があるからね。アタシだってさ、怪我とか病気はゴメンだから」
「そういう意味でも、やはりアナタが『SBR』に参加しなかったのは正解ですわ」
「分かってるって。フォローしてくれるトレーナーもいねぇしなー」
『SBR』を走り抜いた上位参加者の中で、称えられる者はそれぞれの順位に2人ずつ存在する。
一人は実際に走ったウマ娘で、もう一人はそれを支えたトレーナーである。
優勝者を含む上位のウマ娘達には、必ずトレーナーが同伴していた。
同伴といっても、ウマ娘の走行距離に人間が生身で随伴するのは不可能である。
かといって、さすがに車両による併走は許可されていない。不正の原因になるからだ。
このレースでは、ウマ娘の走行距離は一日数十kmに及ぶ。日々、積み重なる疲労やトラブルのリスクを最小にする限界の距離だ。
だが、その限界を究めて走り続けるのは容易ではない。
一日を過ごす為の食料と水、野営の為の装備、それらを持って走れる距離、速度、その負担、それを繰り返して体力と精神をすり減らす日々――。
到底、ウマ娘が一人で背負いきれるものではない。
『SBR』では大きく分けて9つのチェックポイントが設けられており、それぞれの地点で補給や休息を得られるようになっているが、ポイント同士も1000km以上離れていることが多い。あるいはコース上に過酷な環境があることが。
足りない補給と休息を補い、適したルートや進み方を模索して導く為に、トレーナー達は独自にポイントを設け、そこに先回りをして辿り着いた各々のウマ娘を支援した。
コース上にあるのは砂漠、山岳地帯、危険な生物の棲む幾つもの森林や河。長引くレースの中で季節は変わり、雪さえ降っていた。
走り続けるウマ娘よりいくらかマシとはいえ、人間にとって厳しい環境であることは間違いない。
実際に、このレースで発生した死傷者にはトレーナーも含まれている。賛否両論を受ける、問題の一つでもあった。
しかし、レースの完遂は悲劇を美談に変える。
何より『ドラマ』があった。
過酷なレースを、お互いに支え合って走り抜くウマ娘とトレーナーの姿には圧倒的なドラマ性があった。
多くの人々はそれに感動した。
今や『SBR』に参加し、上位でゴールしたウマ娘はもちろん、あるいはそれ以上にトレーナーは世界的スターの扱いであった。
「トレーナーかぁ……そういや、デビュー戦にはトレーナーが要るんだよなぁ」
ゴールドシップには、担当してくれるトレーナーがまだいない。
実力不足というよりも、彼女自身の気まぐれさとムラッ気の多さが原因だった。
「アナタがその気になれば、トレーナーの方からすぐにスカウトに来ると思いますわよ」
「その気になれってさ、つまりアタシに真面目にやれってーことだよな?」
「そうですわ。つまり、望み薄ですわね」
「それ、本人以外が言っちゃうー!?」
「だったら、アナタの方から声を掛けてはいかがですか?」
「それもいいけどさ、どのトレーナーも忙しそうなんだよな」
「仕事をしているのですから、誰だって忙しいですわよ」
「暇そうな奴なら拉致っても問題ねーと思ったんだけどな」
「問題ありますわ」
グダグダと実りのない会話を続けながら、ゴールドシップは手元の新聞に視線を落とした。
既に一通り目を通した『SBR』の記事が載っている。
レースを制したウマ娘当人達の情報は、この2か月間で既に特集し尽されている。
優勝者を含む上位10人のウマ娘を担当したトレーナー達の情報が掲載されていた。
目新しいものはない。これまでの総集編のように、写真付きで簡素なプロフィールと近況が書かれている程度だ。
「贅沢は言わねーからさー、この内の誰か一人アタシのトレーナーになってくんねーかなー。レースの話とか聞けてさ、きっとオモシれーと思うんだ」
いつも通りの冗談や軽口のつもりだったのだろう。
もはや彼女の頭の中でトレーナーに関する悩みは消えかけ、打てば響くメジロマックイーンとの会話を小気味よく続けるつもりで口にしたのだ。
――既に下手な映画俳優よりも有名になってしまった彼らを、トレーナーとして雇うなど贅沢を通り越して無謀だ。
――そもそも、あの例外的なレースで示した実績が、日本のレースに活かされるとは限らない。
幾つもの常識的な反論は、しかし返ってこなかった。
メジロマックイーンは、ゴールドシップの言葉に酷く悩まし気な表情を浮かべていた。
しばし迷った後、彼女は意を決して口を開いた。
「……ゴールドシップさん」
「あん、何だよ?」
「アナタ、知りませんの?」
「へっ、何を?」
新聞に映る一人のトレーナーの写真を指差して、メジロマックイーンは答えた。
「この方、1週間ほど前からこの学園に来てますわ」
担当したウマ娘の名は『スローダンサー』
大陸横断レース『SBR』における実績は2位。
そのトレーナーの名は『ジョナサン・ジョースター』とあった。
◆
――どうして、こんな所まで来たのだろう?
砂浜に腰を下ろし、寄せては返す波を眺めながら、静かに考えていた。
学園の裏山にあった洞窟を抜けた先に、こんな場所があるとは思ってもみなかった。
背後には森林と岸壁があるのに、目の前には海が広がっている。まるでアドリア海の秘境のようだ。
海に囲まれた島国とはいえ、日本というのは不思議な国だなと思った。
妖精か何かに導かれたと思うには少しばかり後ろ向きな理由で、無意識にこんな所までやって来てしまった。
学園にいるウマ娘や職員達は、無遠慮な注目や口出しをしてこない良識的な者達が大半だったが、それでも人目は避けたかったからだ。
思えば、アメリカから密かに出た時もそうだった。
あのレース以来、国内では自分の行動すべてが報道される。
だから、日本に入国する際には、マスコミには極力気づかれないよう移動した。
スターの来日だとか、朝のニュースで流れたり新聞に載るのは御免だった。
自分という異分子が目立つことなく落ち着ける場所を探して、結果トレセン学園に渡りをつけられたのは幸運だった。
ここの理事長は、立場に対していささか若すぎる少女だったが、理解があり、力があった。自分を臨時のトレーナーとして学園に招き入れてくれた。
彼女達には感謝しかない。
だが、もう自分はトレーナーとして働くつもりはなかった。
元々、誰かの期待に応える為にあのレースに出たわけじゃない。自分はもっと利己的な人間だ。
学園にいる間、事情は知らずとも自分の顔と功績だけは知っている多く期待の視線から、逃げ場を探して1週間を過ごした。
アメリカで、自分の周囲を取り巻く喧騒に嫌気がさしたはずだった。
人によっては、居心地のいい環境だと感じるのかもしれない。かつての自分もそうだった。
だからこそ、知っている。
民衆がもてはやすのは、上辺だけのスターだ。
欲しいものは何でも手に入るのだと、一時だけ錯覚させる。
たくさんのテレビ局のカメラを向けられたり、金持ちや芸能人のパーティーの誘いを受ける度に、惨めな気持ちになって何かを行動しようと思う気が失せていった。
過酷なレースを最後まで走り抜いたパートナーであるウマ娘とも別れ、もう2度とこの界隈とは関わるまいと毎日を逃げるように過ごしていたというに――。
なのに、結局こうして彼女達のいる世界へと寄り添っている。
トレーナーとして彼女達の夢に寄り添うわけでもなく、ただ海を見ている。
何の理由もなく、浜辺に座り続けている。
――どうして、こんな所にいるのだろう?
ただ、何の慰めにもならない、懐かしさだけがあった。
あのレースも、
「……おっ、こんな所にボロいカヌー発見!」
感傷に浸って、何時間経っただろうか。
「うっひょお~! すっげえ穴だらけ、100人乗ったら即沈没! 浸水間違いなしのコンディションだぜ!」
誰もいないはずの浜辺が唐突に騒がしくなった。
「んで、こっちは――出たな! お宝探しの定番、謎の長靴!」
しかも、騒いでいるのはたった一人のウマ娘だった。
浜辺を走り回り、打ち上げられた汚い長靴の匂いをクンクンと嗅いでいる。
「ああ~、漁業のフレーバー……遠き日のマグロ漁船……遠洋漁業の想い出が蘇るぜ……」
自分も含めて二人しかいない空間で、彼女の声は嫌でも耳に入る。
言動は支離滅裂で、内容の理解も出来なかった。
意味が分からない。イカれているのか? この状況で……。
冷めた視線に気づくことなく、そのウマ娘は自己完結した行動を続ける。
「――って、何やってんだアタシ! 思い出に浸ってる場合じゃねえ! 探すんだよ、お宝を!」
一体、何を探しているのだろう?
そんな疑問を抱きながら、いつの間にか海ではなく彼女の方を眺めていると、ようやくこちらに気付いたかのように目が合った。
「……ん? 何こっち見てんだオマエ」
着ている制服から、トレセン学園に在籍するウマ娘であることは分かった。
「あっ、分かっちゃった☆ ゴルシちゃんの可愛さに見惚れてたんでしょ~。気持ちは分かるけどぉ、勝手に見るのは…ダ・メ・だ・ぞ☆」
しかし、それ以外は何も分からなかった。
ここまで強烈な個性を持つウマ娘には、これまで出会ったことがない。
関わり合いになりたいとは思えないが、無視することも出来ない。
「その……無視してくれてもいい質問なんだけど、結局君は何を探しているんだ……?」
渋々、とりあえずの疑問を口にしてみた。
「そりゃオメー、お宝っぽいナニカだろ。人の形をしてたら言うことはねーな」
「つまり、誰かを探してるってことじゃあないのか?」
「ああ、そうだぜ! だが、マヌケは見つかったよーだなッ!」
ビシリッ、と自分を指差してくる。
「……僕を探していたのか?」
「1週間前にアメリカからこっそりやって来たっつー、有名なトレーナーを探してたんだよ。オメー、日本に来てたんなら教えろよなー!」
「僕と君は初対面のハズだ。君は一体誰なんだ?」
「アタシの名前は『ゴールドシップ』!」
「『ゴールドシップ』……」
「そういうオマエは『ジョナサン・ジョースター』!」
ゴールドシップは、最初から既に確信していたようだった。
「……そっちは本名だ。親くらいしか呼ばない。愛称の『ジョニィ』で通してくれないか」
ようやく状況を察し、ジョニィは疲れたようにため息を吐いた。
つまり、彼女もまた世界的に有名なレースを2着でゴールしたウマ娘のトレーナーの、栄光と実力を求めて探していたというわけだ。
アメリカでも日本でも、自分の周囲に湧いて出る大多数の人と同じように。
ジョニィは拒絶するように視線を海に戻すと、ゴールドシップが何かを言う前に断言しようとした。
「悪いけど、僕は君のトレーナーとして働くつもりは――」
「なあ、アンタ外国人だろ?」
「……なんだって?」
思わず戻すつもりのなかった視線を戻していた。
いつの間にか、すぐ隣にまで近づいたゴールドシップは、ニヤニヤと楽しそうに笑いながらジョニィを見ていた。
「外国から来たんだから外人に決まってるよなぁ。何人だ? イタリア人だったら嬉しいなぁ」
「国籍はアメリカだけど、一族はイギリスの貴族だった。でも、何でイタリアなんだ?」
「アタシよぉ、歌思いついたんだよ」
「歌?」
ジョニィは呆然とした。
目の前のウマ娘の言動は、本当に脈絡がなくて唐突だ。
「歌だよ。日本人には通じねーんだ、イタリア語の歌だから」
「……」
「大分前から、ずっと考えてたんだよ。作詞作曲ゴールドシップだぜ。聴きたいか? 歌ってやってもいいけどよ」
「……ずいぶん……君、暇そうじゃあないか……」
「聴きたいのかよ? 聴きたくねーのか? どうなんだ? アタシは二度と歌わねーからな」
トレセン学園で日常的に見てきた、将来のデビューを目指して日が暮れるまでトレーニングを続けるウマ娘達。
そんな彼女達を指して至極真っ当な指摘をしたつもりだったが、ゴールドシップからは拗ねたような反応しか引き出せなかった。
色々と言いたいことが湧き上がってきたが結局、
「…………じゃあ、聴きたい」
酷く面倒になって、それだけ答えた。
「そうか、いいだろう。タイトルは『チーズの歌』だ」
ゴールドシップは満足そうに笑うと、咳払いをして歌い始めた。
「――ピザ・モッツァレラ♪ ピザ・モッツァレラ♪」
「……」
「レラレラ、レラレラ♪ レラレラ、レラレラ♪」
「……」
「レラレラ、レラレラ♪ ピザ・モッツァレラ♪」
「……」
「――っつー歌よ。どおよ? 歌詞の2番は『ゴルゴン・ゾーラ』で繰り返しだぜ。ゾラゾラ、ゾラゾラ……♪」
「……」
ジョニィからの反応はなく、表情も変わらない。
「……どよ? どうなのよ?」
焦れるようにゴールドシップは詰め寄った。
耳から入ってきた得体の知れない歌詞とリズムを吟味するように、ジョニィは顎に手を当てて、更にしばらく沈黙し、
「――いいよ、ゴールドシップ! 気に入った!」
「マジすかッ!?」
ゴールドシップの表情が明るく輝いた。
「あっ……ヤバい! スゴクいいッ! 激ヤバかもしれないッ! 傑作っていうのかな……クセになるよ! ヨーロッパなら大ヒット間違いないかも!」
「マジすか!! マジそう思う?」
「耳にこびりつくんだよ! レラレラのとこが」
「実はひそかにアタシもそう思うのよ! だろォ~~!! 譜面にできる?」
それから、ゴールドシップが何処からか見つけてきたヤシの実を素手でカチ割り、その汁で水分を補給しながらあの意味不明な歌を二人で口遊んだ。
この場所も大概日本のイメージとはかけ離れていたが、彼女がいると更に不思議な空間へ迷い込んだように感じる。
「レラレラ、レラレラ」
「ゾラゾラ、ゾラゾラ……バンド組む?」
「いいねぇ、ウイニングライブで一曲かますか!」
しかし、ゴールドシップとの会話は心地よかった。
ついさっき出会ったばかりの、名前以外何も知らない謎だらけの相手なのに無理なく軽口を交せる。
何処か、あの『親友』を思い出させるようだった。
ジョニィは久しぶりに穏やかな時間を過ごしていた。
何の理由もなく、無気力に座り込んでいた時とは違う。
不思議とこのままで良いと思えるようになっていた。
「……へっ、オマエもなかなかいい顔になってきたじゃねーか」
ゴールドシップが言った。
彼女の言葉は、ジョニィの心の奥に抱えるものを見抜いているようにも、ただ適当に口にしているだけのようにも聞こえる。
「僕の顔色が悪いように見えたかい?」
「ヒマ持て余してんだなーって顔してた。楽しいことなんて何一つねーって顔」
「酷いな。でも、そうかもしれない」
「あのさぁ、どうしても聞きてーんだけど」
「なんだい?」
「あのレースを最後まで走り抜いたってのに、何でそんなに空っぽの顔してんだ? ゴールしたら燃え尽きちゃったってヤツ?」
あのレース――『SBR』のことで間違いなかった。
ジョニィは一瞬、口を閉ざした。
誰もが彼にあのレースの話を聞きたがる。
その度にうんざりしてきた。
何も語りたくはなかった。
どうせ話しても理解できないだろうし、理解してもらいたくもない。
だがゴールドシップは、テレビ映えのするコメントを求める記者や番組の司会者のような人間とは違う。武勇伝を聞いて盛り上がりたいだけの酒の入った女達とも違った。
あの長い旅路を経験した者にしか共感し得ない本音を、特に抵抗なく話せそうな気がした。
「アタシは、あのレースを見ているだけでスゲー熱くなったんだ。アタシもあそこで走りたいって思ったぜ。ゴールしたら、きっと最高に楽しいんだろうなって」
「……僕はトレーナーだ。実際に走ったのは僕の『スローダンサー』の方さ」
「ああ、そっちの方にも出来れば話を聞いてみてぇなーって思うよ。でも、あのレースで上位に入った奴らって、全員ウマ娘を一人で走らせなかったじゃねぇか」
優勝者も、そしてジョニィも含め、『SBR』をゴールした上位10着のウマ娘達には例外なくトレーナーが付いていた。
そして、過酷さを増すレースの終盤では、ほとんど寄り添うようにコースを共に走っていた。
機械など使わない。生身の人間が、傷つき、疲れ果てたウマ娘と支え合いながら道を進んだ。
あのレースが、単なる珍しい見世物ではなく、正統なウマ娘のレースとして世界的に認知された一因がそこにある。
人間とウマ娘が共に歩む歴史の一つとして刻まれたのだ。
ジョニィが『2着』でありながら、世間に大きく注目される理由もそこにあった。
「特に、アンタは『そんなハンデ』を背負ってるのにやり遂げた。相当な根性がねーと出来ないぜ」
ゴールドシップは、ジョニィが座る傍に横たえられた『2本の杖』を見ながら言った。
ジョニィの足は動かない。『下半身不随』なのだ。
レースに参加する前からそうだった。
街中や学園内のような整備された場所では、車椅子を使っている。
裏山を通ってこの浜辺までやって来れたのは、レースを通してわずかに動くようになった足と身についた技術を使ったからだ。
何の道具もなければ、這うように動くことしか出来ない。
そんな不自由な体を持つトレーナーが、時に自分のウマ娘に抱えられ、時に自ら足掻き、這いつくばって、それでも進み続ける姿は多くの観衆を感動させた。
ジョニィの存在は『SBR』のドラマの一つを演出したのだ。
「あのレースを本当にただのドラマだなんて思っちゃいねーけどさ、やり遂げたからには譲れない理由があったと思うんだ」
テレビで見たジョニィの必死な姿は、今の無気力な様子とは似ても似つかない。
「ゴールした時に何も感じなかったのか? ゴールには何の意味もなかったのか? ……って、今のアンタを見てると思っちまうんだよなぁ」
そう残念そうに呟いて、ゴールドシップは海を眺めていた。
言葉や声色に、民衆がスターに抱くような勝手な期待や失望といった嫌味は感じなかった。
あのレースの危険性を少なからず理解していながら、そこを走ってみたいという純粋な熱意を抱いていた彼女の本心なのだろう。
テレビでは語られない。語るつもりのない、ジョニィの本心を彼女は聞きたがっている。
「……意味はあったさ」
100日以上に及ぶレースの記憶を思い起こしながら、ジョニィは話し始めた。
「あのレースを経て、何か得るものがあったかと聞かれれば確かにあった。金や名誉なんかじゃない。もっと『かけがえのないもの』を、あのレースで見つけた」
元から賞金や名声目当てで参加したわけではない。
誰もが『ゴールした時のこと』を称えるので、誰も『スタートした時のこと』を知らない。
「だけど『失ったもの』もあった。何より『本当に手に入れたかったもの』は手に出来なかった」
世間は動かない両脚を、困難を乗り越えた勲章のように称えるが、ジョニィにとっては忌まわしい負の財産でしかなかった。
この身体をどうにかしたかったから、レースに参加した。
あのスタート地点で、希望を見つけたから。
それに追いすがる為に必死だった。
共に走った『スローダンサー』も同じだ。
彼女とは、スタート地点で偶然出会ったにすぎない。
「僕たちは、最初からレースで勝つことが目的じゃなかったんだ」
最後まで一緒に走ってくれた彼女には感謝しかない。
彼女の方が、自分の都合に付き合ってくれたのだ。
支えられていたのは、トレーナーである自分の方だった。
レース後に得られた賞金や栄誉は、彼女にこそ相応しい正当な報酬だ。
だからこそ、自分は何も得ていない――そう、ジョニィは思っていた。
「ニュースや新聞でも結構取り上げられたから知ってるだろ、レースに出る前の僕の評判。
落ちこぼれた、元天才トレーナーだ。なんのドラマ性もない、女と遊んでる時に撃たれて下半身麻痺になったマヌケさ。失望と侮蔑の経歴が、今じゃあ、過酷なレースをパートナーとの絆で乗り越えカムバックしたガッツストーリーとしてもてはやされてる」
当時、ジョニィの抱えていた絶望の大きさを誰も知らない。
――自分の足で歩き出せない。
その事実が全てだった。
その事実が、ジョニィの人生から何もかもを奪っていった。
それをどうにかする為に、レースに参加したのだ。
「ドン底だった『マイナス』の自分を『ゼロ』に戻す為に走った。僕にとってのゴールは『ゼロ』に戻ることだったんだ」
再び歩けるようになりたい。
『生きる』とか『死ぬ』とか、誰が『正義』で誰が『悪』だなんてどうでもいい。
ただ『ゼロ』に戻りたい――!
「……実際、あのレースの後から上手くいったことは多いよ。冷え込んでいた父親との関係も改善した。こんな身体だけど、安寧のある暮らしが出来る環境にもなった。他人に蔑まれることもない」
人生の多くを取り戻した。
それでも――本当に手に入れたかったものは、ここにはない。
「僕はあのレースで出会った『親友』を失った。そして、あのレースで『一番負けたくない敵』に勝てなかった」
ジョニィは、動かない足を握り締めた。
結局、これが答えだ。
心の底から望んだものを得られなかったから、ゼロから新しい人生を始めることも出来ない。
今の自分に納得出来ない。
利己的な自分が、今こうして座り込んでいる原因なのだ。
「僕はゴールなんてしていない。レースを走る前と同じ、僕はまだ『マイナス』のままなんだ……」
ジョニィは吐き出すように話を終えた。
隣のゴールドシップは、何の反応も返さない。
話の内容に具体的なものはほとんどなく、ただ心情を吐露するだけのものになってしまった。
あの長い長いレースでの出来事を、事細かに全て話して聞かせることなど出来るはずもない。知らずにいた方がいいことも、後悔も多い内容だ。
下手な同情や共感も欲しくない。
夕暮れが始まる時刻。赤くなり始めた浜辺で、しばらくの間波の音だけが二人の間に響いていた。
「……ホント、落ち着くな。ここ」
話を終えてから随分経って、ゴールドシップが口にしたのはそんな当たり障りのない言葉だった。
穏やかな声色だった。
ジョニィの語った苦悩など、聞いていなかったかのような反応だ。
本当に聞いていなかったのかもしれない。
そういうことをしそうな性格に思える。
それならそれでもいい。気が楽だ。
ジョニィは気が抜けたかのように、小さく息を吐いた。
「寄せては返す波の音……っつーの? ワビサビってヤツだよな……」
「ワビサビって何だ?」
「知らねーよ、アタシもフィーリングだ。考えるな、感じろ」
言われるまま、ジョニィは波の音に耳を傾けることにした。
「あ~、癒される~。一生ここで過ごすのもありかもな~」
どうせ適当に口にしているのだろう、ゴールドシップの言葉は聞き流す。
「はあ~~~……」
波の音が響く。
「あぁ~……」
波の音が、
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーッッッ!?」
ゴールドシップの絶叫にかき消された。
「な、なんだ! 一体どうした!?」
「やっべぇえええ! 溜まってきたぜ、フラストレーション!!」
勢いよく立ち上がったゴールドシップは、驚愕するジョニィを尻目に激しく足踏みを始める。
「あえてレースの緊張から遠ざかり、癒しの中に身を置くことで生じる、勝負への渇望!」
「勝負? 何の話をしているんだ!」
「そして突き動かされる衝動ッ! ファイアー! バーニング! エクスプロージョン!!」
「一人で興奮しているんじゃあないッ! 何がしたいのか説明しろ、ゴールドシップ!」
「オイ、立てよジョニィ! 今すぐ帰んぞ!」
「ちょっと待て……!」
ゴールドシップは片腕でジョニィの身体を軽々と抱え上げると、もう片方の手に杖を持ち、学園に戻る道を走り出した。
「ここでやることは終わったから、帰るっつってんだよ! 勝負の前にフラストレーションを溜めることで、アタシは熱くなれんの! んで、実際もう走りたくてしょーがなくなってんだよ!」
「だったら、僕を抱える必要はないだろう! 好きなだけ浜辺を走ればいいじゃないか!」
「バッカ、オメー走るっつったらレースに決まってんだろうが! そもそも明日はデビュー戦だしな!」
「……え! 今なんて言った? ちょっと待って、今『明日』って言わなかった? 明日ッ!?」
「心配すんなって! レースの申し込みまでは、アタシ一人でもなんとか騙せたんだ! あとはトレーナーの同伴があれば参加出来んだよ!」
「なにそれ!? 僕がお前のトレーナーァ!?」
「いいから、行くぞ! GOッ! ジョニィGOッ!!」
「うォおおおおおおおーーーッ!!?」
◆
「えー、こちらレースコース。中継はお馴染み、ゴルシちゃんでお送りいたします。
まずは、臨時トレーナーのジョニィ・ジョースターさんに突撃インタビュー☆ 今日のレースに向けて、意気込みをお聞かせください!」
「……本当に、今日がレースだったのか」
「オイオイ、設定ぶち壊しマンかオメーは。『そうだ』って何回も言ってんじゃねーか」
ジョニィは半ば強引にゴールドシップに連れられて、舞台となるレース場を一望出来るスタンドの一角に来ていた。
『メイクデビュー』――その名の通り、デビュー前のウマ娘達が初めて公的な観客の前で走るレースだ。
ほとんどが無名のウマ娘達のレースであるにも関わらず、広大な観客席はそこそこの規模で埋まっていた。
数台だがカメラも並び、実況も付くらしい。
海外のウマ娘しか知らないジョニィにとっては、ちょっとした驚きだった。
「スゴいじゃないか。これなら何着になろうが、レースに出るだけで顔が売れる。デビュー戦だけで一定の人気が保証されてるワケだ」
「アメリカじゃ違うのか?」
「地方によるなぁ。僕が子供の頃に見た地元のデビュー戦は、木の柵で囲んだコースの外で何十人かが立ち見してたくらいだよ。都会は桁違いに規模がデカいけどね」
「アメリカンドリームってヤツか。都会と田舎で差があるのは日本も同じだけどな。その点、うちの学園は国内でも有数のエリートウマ娘育成機関らしいぜ」
エリート――目の前のウマ娘にこれほど似つかわしくない言葉もないだろう。
どうやって入学出来たのか想像もつかない。
ジョニィからの疑惑の視線を意に介することもなく、レース用の運動着とゼッケンを付けたゴールドシップは簡単な柔軟をしていた。
今のジョニィは車椅子に乗っている為、長身の彼女を軽く見上げる形になる。
日本の建物はバリアフリーが充実しているからありがたい。
しかし、レース場に車椅子の外国人がやって来ているというのはちょっとした注目を集めるらしい。
そして、向けた視線の先にあった『テレビや新聞で見たことのある顔』に気付いて、湧き上がったどよめきが更に周囲の気を惹くのだ。
自分に集まる好奇の視線を、ジョニィは慣れたものであるかのように受け流していた。
その周囲の反応を視界にも入れない態度と、傍らにいるゴールドシップの存在、外国人という壁からか、声を掛けられるまでには至っていない。
「――っと、そろそろ時間だな。んじゃ、フラストレーションを豪快にぶちまけてくるわ!」
ゴールドシップもまた周りのことなど気にも留めない自然体だった。
あのジョニィ・ジョースターを連れてやって来たデビュー前のウマ娘。
レースの受付で起こった一騒動も、もはや彼女の記憶には残っていないだろう。
だから、ジョニィはトレーナーとして書類にサインをしたし、レースを見る為にスタンドまでやって来た。
そうしようと思う程度には、彼女と彼女の走りに興味を惹かれていた。
「アタシの走りをしっかりと眼に焼き付けておけよな!」
「ああ、見ていくよ。ただ、その後のことなんだけど……」
「細けーこたぁいいんだよッ!」
ゴールドシップが詰め寄る。
「いいか、アタシを見とけよ? 月までブッ飛ぶスゲーもん見せてやっから」
不敵な笑みを残し、レース場へ向けて足早に駆けていった。
残されたジョニィは、意味深げなゴールドシップの言葉をしばらく反芻した後、スタンドの最前列へと移動した。
手すりに腕を掛けて、上半身を持ち上げる。
足が動かなくても、この程度のことは苦も無く出来た。
これでレースが一望出来る。
ゴールドシップがデビュー戦で走るコースは『芝』『2000m』 ウマ娘にとって短くはないが、長くもない距離だ。
スタミナに関しては問題ない。彼女には長距離にも適性がある。
つい昨日会ったばかりのウマ娘だ。レースはもちろん、トレーニングをする姿も見たことはない。
それでも、ジョニィにはゴールドシップの身体能力や脚質など、あらかたの情報が把握出来ていた。
彼がかつて『天才トレーナー』と評された事実は、決して過ぎ去った栄光ではない。
ゲートにゴールドシップを始めとした、デビュー戦に参加するウマ娘達が入場すると、ジョニィは無意識にそれぞれの能力比を計算していた。
自分は『トレーナー』という立場を彼女に貸しただけであって、今後指導を受け持つつもりはない。先ほどははぐらかされたが、そのことはレースの後にキッチリと断りを入れるつもりだ。
このデビュー戦の結果がどうであれ、ジョニィの今後を左右するものではない。
ゴールドシップの走りに興味はあっても、彼女の勝敗に興味はなかった。
「……勝てるな、これ」
しかし、それを抜きにしても自分の見立てに間違いはないと冷静に思えた。
デビュー戦を走るウマ娘は9人。
その中でもゴールドシップの能力は抜きん出ている。
ジョニィの優れたトレーナーとしての才能と経験が、一目でこのレースの結果を見抜いていた。
ゴールドシップは、レースの前半では後方に待機して他のウマ娘達が集まって『団子』となる状況を避け、スタミナを温存して後半で勝負にかける『追い込み型』だ。
信じられないほどの爆発力とタフネスを身体に秘めているのが分かる。
しかし、おそらく『どんな走り方』をしても、このレースでは勝てるだろう。
それほど他との隔絶とした差があった。
経験という点で差はないのかもしれないが、緊張で強張るウマ娘が大半の中、彼女の顔つきだけが違う。
あれは何か一つのことを決めた顔だ。
覚悟の顔だ。
メンタル面でも、他のウマ娘達に勝ち目はない。
わずかに追従できそうなのが1、2人。それ以外は団子になって後方から抜き去られるか、前方で引き離されて、レースを終えるだろう。
『――各ウマ娘、ゲートに入って体勢が整いました』
実況の声がスタンドに響き渡る。
当然ながら、前評判のないゴールドシップを贔屓するような様子は、実況にも観客の声援にもない。
この段階では、どんなレースが展開されるのか想像出来ないのだ。
盛り上がる観衆の中、ジョニィは一人静かな気持ちでレース場を眺めていた。
気になるのは、ゴールドシップの走りだけだ。
『スタート!』
ゲートが一斉に開放され、レースが始まった。
『各ウマ娘、綺麗なスタートを切り……あぁっと!?』
次の瞬間、実況よりも早くゲートから飛び出すものがあった。
『ゴールドシップだ!!』
ジョニィの見抜いたパワーを爆発させて、スタートと同時にゴールドシップが加速していた。
『ゼッケン番号6番、ゴールドシップがスタートダッシュを仕掛けた! これは逃げの作戦でしょうか!?』
スタートと同時に先頭に立ち、その位置をキープし続ける走り方も存在する。
他のウマ娘との小競り合いを避けて体力とスピードを保ちやすく、先頭を行かれる焦りというプレッシャーも与えられる作戦だ。
しかし、違う。
実況と解説の二人も、ゴールドシップの走りに対する違和感はすぐに察することが出来た。
彼女は猛烈な勢いで加速し続けている。
『それにしてはスピードが乗りすぎています。ちょっと掛かり気味かもしれません』
『後方の集団をどんどん引き離していく! 最初から全力疾走です! まるでゴール前のラストスパートだ!』
「オマエ何をやっているんだ、ゴールドシップ!
スピードはともかく
ジョニィは人目も憚らず絶叫していた。
叫ばずにはいられない。信じ難いことが目の前で起こっている。
あれは『作戦』だとか『掛かり気味』だとか、そんな心理的な問題じゃない。
ゴールドシップは冷静だ。
分かっていて『あんな走り方』をしている。
自分がやっていることの自覚がなければ出来ない走り方だ。
「あれはウマ娘の走り方じゃあない! 人間の走り方だッ!」
ウマ娘と人間の決定的な差は、その運動能力を持続出来る時間だと言われている。
彼女達のスタミナは人間の比ではない。
時速60kmから70kmほどの速度で走りながら、緩急をつけることで走行中にスタミナを回復させることさえ出来る。
しかし、最高速度を長く維持できる一方で、ゼロから一気に限界まで加速する瞬発力においては人間よりも僅かに劣るとされていた。
ウマ娘の筋肉に適さない極端な『力み』は、脚に強い負荷をかけ、無駄に体力を削り取る。
ゴールドシップの走る姿は、まさにそれだった。
あれは、スプリンターが賞金やトロフィーを賭けて競技をする時の走りの姿だ。100m程度の短い距離だけ走る時の――!
『ゴールドシップのスピードは衰えません! あっという間にコーナーに差し掛かった!』
優れた身体能力に裏打ちされた走力は、既に他のウマ娘達をはるか後方へ置き去りにしていた。
スタート直後に取ったリードは凄まじく、更に加速を続けて距離を離していく。
傍目には圧倒的なレース展開に見えるだろう。
しかし、今はその上がり続けるスピードがマズかった。
当然ながら、コーナーを曲がり切るには減速しなければならない。
急な減速は加速以上に脚に負担をかけ、姿勢を崩し、体力も無駄に消耗する。
――どの地点でスピードを緩めるか。
――スピードが落ちるということは、後方の者には追い付くチャンスでもあるということ。
――最も速度を維持できるタイミングは何処か。
レースには様々な場面で駆け引きが存在する。
しかし、今のゴールドシップにはそんなものはなかった。
案の定、コーナーを曲がる際には勢いを殺し切れずに、大きく外側に膨らんだ軌道を走る形になった。
単純に他のウマ娘達よりも長い距離を走るハメになっただけではない。
上がりすぎたスピードの勢いを殺す為、余計な負担を身体に掛けたはずだ。
あのままコースを外れたり、転倒しなかったのは、彼女の身体能力が並外れていたからだった。
だが、そんな力任せの強引な走り方をいつまでも続けられるわけがない。
直線に戻ったゴールドシップは再びスピードに乗り始めたが、明らかに調子を落としていた。
ジョニィの見立てでは余裕を持って駆け抜けるだろうと思っていた2000mの距離のまだ半分も達していないのに息が上がっている。
当然だ。本来ならば脚を休めるはずのコーナーで却って体力を激しく消耗した。
加速をする為に体力を消耗して、その加速を殺す為にも体力を使った。
結果、序盤で取ったリードのアドバンテージを失って、疲れ果てている。
何故、こんな走り方をしたんだ?
まともな走り方なら、どんな作戦だろうが安定して勝てた。
では、彼女は最初から勝つことを放棄していたのか、というとそれも違う気がした。
最も愚かな走り方をして自分で自分を追い詰めたゴールドシップは、今もなお懸命に走り続けている。ゴールと勝利を目指して。
「く、くそ……ッ! 一体どういうつもりなんだ! 僕に何を見ろっていうんだ!?」
歯ぎしりをしながら、ゴールドシップの姿を睨みつける。
――このまま、負けるのか?
ジョニィは知らず、汗の滲んだ拳を握り締めていた。
レースは終盤。最後のコーナーを回り、ゴールドシップを先頭にしてウマ娘達が戻ってくる。
そう、変わらずゴールドシップが先頭だ。
しかし、同じ視界の範囲に他のウマ娘達もいる。
スタートであれだけ引き離した勢いは、もはやない。
リードは取れているが、距離的に圧倒的なものではなかった。
レースの定石として、最後の直線から溜めていた脚を開放し、加速するウマ娘達。
それに反して、完全に失速し始めているゴールドシップ。
その表情からは、初めて会った時の掴みどころのない余裕は全く見て取れない。
滝のような汗を流して歯を食い縛る、青ざめた顔があるだけだった。
ジョニィには、その表情の意味が分かった。
あの長大な距離を走る、常に極限の疲労と隣り合わせだった『SBR』レースを経験したからこそ分かる。
あれはギリギリになった時の者の顔だ。
過酷な環境を乗り越え、時に耐え忍び、どんどん載せられる積み荷のように疲労が全身に蓄積していく。
スタミナという概念が全ての細胞から汗と共に絞り出され、身体の中から力という力がなくなって、全ての何もかもが限界に達した時。
ようやく見えた『ゴール』の前で膝をつき、魂さえも座り込んで、動けなくなってしまう寸前の顔だ。
――このまま、負けるのか?
ゴールドシップの背後から、2人のウマ娘が迫ってくる。
最初に『追従できるかもしれない』と思った2人だ。
見立て通りだった。
だが、こんな結果になるとは全く予想出来なかった。
――このまま、本当に負けるのか?
ジョニィは叫ぼうとした。
自分が何を言おうとしているのか全く分からなかったが、力の限り叫ぼうとした。
目の前で起こる出来事を、叫ぶことで覆そうとした。
「――ここからだ!」
しかし、それを遮ったのは他でもないゴールドシップだった。
「見とけよォ、ジョニィィィィーーーッ!!!」
実況の声や観客の声援を貫く、雷鳴のような叫びだった。
誰にも聞こえた。
だが、その意味が分かったのは一人しかいない。
『ゴールドシップ、再び加速しました!』
限界に達していた腕が振り上がり、疲労で引きずっていた脚が地を蹴り抜き、倒れ込むしかなかった身体が前へと進んだ。
スタミナの底がついた肉体の内側で、一体何を燃料をしているのか分からない爆発が生まれた。
『完全に生き返った、ゴールドシップ! そのスタミナは無尽蔵なのか!? 猛烈な勢いでゴールへ向かう!』
ゴールドシップが走る。
追い抜こうとした背後のウマ娘達を再び置き去りにして、ゴールに向けて突進する。
『後方をどんどん引き離していく! スタート時の勢いさえも超えたスピードだ!』
見開いた眼は血走り、舌を垂らしながら、凄まじい形相で走っている。
ジョニィは見た。
燃えるような瞳の奥にあるのは、レースに勝つ為に全てを捧げた『漆黒の意思』ではなく。
もっと、眩しく。
脈動する彼女の肉体が、光り輝くような――。
『ゴォォォーーール! ゴールドシップ、見事デビュー戦を勝利で飾りましたァァーーッ!』
◆
「……っべー、ヨユーだったわ……全っ然、余裕だったわ。余裕すぎて……宇宙まで行くトコだったわ……」
腰に手を当て、俯いた状態でゴールドシップはブツブツと呟いてた。
息も絶え絶えなせいか、何を言っているのか全く聞き取れない。
レースを終え、退場用の通路の途中で動かなくなった彼女を、ジョニィは迎えに行った。
「あんな無茶苦茶な走り方をするからだ」
近づいてくるジョニィにゴールドシップも気付くが、軽口も反論も返せない。
やっとのことで顔を上げて、引き攣った笑顔を見せるだけである。
「普通のウマ娘はレースの前に『イメージ』がある。これから走るコースを、どういう配分で進むか。何処で休んで、何処で勝負を仕掛けるか」
途中でスタッフから貰ってきた、ミネラルウォーターのペットボトルを放り渡す。
「そういうイメージがさァ~、あるのが前提なんだよ! このマヌケッ! 頭がオカシイのか、オマエはッ!」
ゴールドシップはもどかし気にキャップを捻ると、中身を一気に飲み干した。
「君が考えなしのアホだったら呆れるだけで済んだ! だが、事前に考えてなきゃあんな無謀な真似は出来ない! 一体どういうつもりだったんだ!?」
ペットボトルを空にして、ようやく一息つく。
「目立って勝ちたかったのか!? 自分の力が『SBR』レースでも通用したって僕に認めさせたかったのか!? 僕に見せるエンターテインメントでも演出したつもりか、アレで!」
同じレースを走った他のウマ娘達はすでに去っている。
二人だけしかいない通路で、ジョニィの捲し立てるような叱責だけが響いていた。
それに対して、ゴールドシップは何も答えなかった。
右耳から左耳へと抜けていくだけのように聞き流し、身体に染み渡る水分を実感しながら、目を瞑って深呼吸を繰り返している。
何を言っても無駄だと悟ると、ジョニィも黙り込んだ。
しばらくして、ようやくゴールドシップが視線をジョニィに向けた。
そして、一言だけ口にした。
「――どうだった、アタシの走り?」
その問いかけに、ジョニィの胸中で様々な思いが錯綜した。
全く予想していなかった、レースの最中に抱いた緊張感。
前のめりになるほどの焦燥。
彼女が1着でゴールした瞬間に走り抜けた衝撃。あるいは感動。
ゴールドシップの走りは、ジョニィの心を動かした。
色々と言いたいことはある。
称賛したい気持ちは強いが、文句も言いたい。
だが――とりあえず、それら多くの感情は仕舞っておくことにした。
言いたいことがあるなら『後で』言えばいいことだ。
だから、ジョニィはどういった一言でまとめればいいのか、しばらく考えた後、
「『黄金』のようだったよ」
そう言って、小さく笑った。
あの『SBR』レースを終えて以来、初めて心から笑ったような気がした。
一方のゴールドシップは、ジョニィの言葉を聞いて不思議そうな表情を浮かべた。
この比喩表現がどういった意味を持つのか、彼女には分かるはずもないだろう。
ゼロから湧き出した無限のパワー。
ただ一人の人間に見せる為に走り抜いた覚悟。
あの走りの中に、ジョニィが見たものが何なのか、共感できる者はいない。
しかし、少なくともその言葉が紛れもない称賛であることは、彼女にも理解出来た。
「ああ! なんたって、アタシは『ゴールドシップ』だからな!」
ゴールドシップもまた、満足したように笑顔を浮かべた。
それ以上、交す言葉は必要なかった。
お互いの瞳を覗き込む。
その奥にある意思は同じだった。
ジョニィは車椅子を操作して、来た道を戻る方向へ向けた。
ゴールドシップは、それを手伝うことはしなかった。
必要ないと思った。
今、この時だけは。
二人は肩を並べて、同じ方向へ進み出した。
「なあ、一つだけ聞いてもいいかい?」
「何だよ? アタシのスリーサイズならヒ・ミ・ツ☆」
「何で、僕だったんだ?」
「はあ!? オマエ鈍いなぁ、言っただろ!」
「言ったか?」
「あの『SBR』レースを走り切ったオマエが、何の感動もなくじっと海を眺めている姿を見てさ、アタシは感じたんだ」
「……」
「ああ、こいつヒマなんだな……ってさ」
「……そういえば言ってたね。アレ、本音だったの?」
「だからさ――『トレーナー』」
ゴールドシップが右手を差し出した。
「これからアタシが、アンタの人生を面白くしてやるよ!」
「……ああ。これからよろしく頼むよ」
ジョニィは、その手をしっかりと握り返した。
◆
思い返してみるに……僕がこの学園に来たのは一体何故なのだろう?
手にした金や名誉に群がる周囲の喧騒から逃れる為に、海で隔てられたこの島国へやって来たのか?
あるいは幼い頃から、いつも傍にいたウマ娘たちに対する郷愁。
何かにひきつけられて、この学園に来た。
人は美しいものが好きだ。
ピカピカに新しければ、さらによく――そして、それが走っているものなら、この世で最も美しい。
初めてウマ娘のレースを見たのは5歳の時。
躍動する脚の筋肉の動きや蹄鉄シューズが土を蹴る音を美しいと思ったし、走る動作を通して彼女達が何を感じ、何を思っているのか分かる気がした。
ただ一つ言えることは――。
この学園には『美しいもの』が確かに存在していた。
あの時、大陸横断レースという熱狂に満ちていたあのビーチで見たもののように。
僕は何かにひきつけられるように、この学園に来た。
僕の名前は『ジョニィ・ジョースター』
この『物語』は、僕が『再び』歩き出す物語だ。
最初から最後まで、本当に謎が多いウマ娘『ゴールドシップ』と出会ったことで……。
◆
『――失敗というのは……いいか、よく聞けッ! 真の『失敗』とはッ! 開拓の心を忘れ、困難に挑戦することに無縁のところにいる者たちの事をいうのだッ!』
『このレースに失敗なんて存在しないッ! 存在するのは冒険者だけだッ! この『SBR』レースは世界中の誰もが体験したことのない競技大会になるだろうッ!!』
「――感動ッ! いつ聞いても、スティール氏の演説は素晴らしい!」
今や伝説となった『SBR』レース開催前の記者会見の映像を見ながら、秋川やよいは感極まっていた。
世界中が注目したウマ娘のレースには、当然のようにトレセン学園理事長である彼女も強い関心を寄せていた。
「大会の実態そのものには些か思うところはありますが、尊敬する点も多い方ですからね」
『SBR』レースの主催者であるスティーブン・スティールに対する評価は、日本国内ではやや批判寄りである。
レースで多くの犠牲者を出している以上、やはり倫理や人道面から否定的な意見が多い。日本のウマ娘業界では特にそうだった。
ウマ娘を餌にして富と名声を得た金の亡者などと評されることもある。
しかし、秋川やよいはスティールの行動力とその実績に大きな敬意を抱いていた。
秘書のたづなも、やよいと同じ見解だった。
「同感ッ! 危険の多いレースだったが、その中にこそ多くのチャンスがあった! 参加者を年齢や国籍などで差別しなかったのは本当に素晴らしい! 夢破れたウマ娘達に新たな栄光を示してみせたのだ!」
平等なチャンスという点で、『SBR』は世界中の現役を退いたウマ娘達に大きな希望を与えていた。
安全性の考慮されたレースだろうと、勝者と敗者は必ず存在する。
そして、敗者の方が圧倒的に多い。
才能や機会に恵まれず、年老いて表舞台を去ったウマ娘は数えきれないほどだ。
そんな彼女達に与えられた世界中の注目を浴びる新たな舞台。
本来なら存在しない、二度目のチャンス。
そのチャンスを掴めた者は、やはり少なかった。
再び夢破れ、中には本来の生活で負う必要のない傷を負ったり、命を落とした者さえいた。
しかし、最後まで夢を目指して走りながら前のめりで倒れた者と、夢を見ることすら出来ずに無為な余生を過ごす者――どちらが幸福なのか?
少なくともスティール氏の決断と行動力は世界を動かし、自分達が苦悩し続けるしかなかった問題に一つの答えを示したのだ、と。やよいは思っていた。
「伝統ッ! 実績のあるレースを続けることは歴史的に見ても意義のあることだ。しかし、ただ続けるだけではいずれ低迷する。現代のウマ娘達が生きる世界に、新しい風と可能性を吹き込まねばならない!」
「では、理事長。いよいよ、決心されたのですね?」
「肯定ッ! スティール氏の言葉と行動は私の不安と迷いを払拭してくれた。彼は偉大な先駆者だ! 彼の言葉を思い出すと、勇気が湧いてくるッ!」
やよいは決意の漲った瞳をたづなに向けて頷いた。
今のところは、目の前の一人しか聞き届ける者はいない。
しかし、すぐにでも日本中の、いや世界中の人間に宣言することになるだろう。
既にその決断と覚悟は済ませてある。
「『URAファイナルズ』――全てのウマ娘達が頂点を競い合う、新世代のレース! それをここに開催するッ!」
◆
――日本にて新たなウマ娘の世界的レース開催宣言! 『SBR』の後追いかッ!?
――『SBR』レースで準優勝の『ジョニィ・ジョースター』がトレセン学園で新たな才能を発掘!
――『URAファイナルズ』で真の決着か!? 『SBR』レース優勝者争いの疑惑!
「……気に入らん」
アメリカのニュースや新聞は、新しい話題に早速飛びついていた。
『SBR』の成功により、現在ウマ娘のレース業界は大きな盛り上がりを見せている。
当時のレースの記録を掘り起こし、検証という名の勝手な憶測や煽り文句で注目を集めようとしていた。
その内の一つが、ゴール間際で起こった優勝者争いの接戦である。
激しい競り合いで、大レースのクライマックスに相応しい盛り上がりを見せたが、『URAファイナルズ』という新たな話題の発生に関連して一つの疑問が生まれた。
――ジョニィ・ジョースターとそのウマ娘は、本当に実力差で負けたのか?
元々、不確定要素が多く介入する異例のレースだった。
真っ当なレース場で競った場合、彼と優勝者のどちらが優れているのか?
新たなレースの中心となるトレセン学園にいつの間にか在籍していたジョニィの存在が発覚すると、世間はこぞってこの話題を持ち上げた。
彼が新たなウマ娘のトレーナーに就いたという情報も、勢いを後押ししていた。
かつてパートナーだった『スローダンサー』は既に現役を退いたウマ娘だった。
若くて伸びしろのあるウマ娘という、より良い条件ならば、彼のトレーナーとしての能力は優勝者のそれより上なのではないか? そして、彼に鍛えられたウマ娘自身は?
接戦だった『1位』と『2位』を再び競わせて雌雄を決したいというファンの心理は、どのような競技でも同じだ。
「勝ったのは『オレ』だ、ジョニィ・ジョースター。栄光を手にしたのは、間違いなく『オレ』なのだ」
しかし、優勝した者にとっては不快極まりない話だった。
特に『彼』は生来そういう性格だった。
自分の邪魔をする敵には、常に相手の『誇り』を引き裂いて勝利してきた男だった。
「所詮、貴様はオレがゴール前に置き去りにしてきた敗者だ。オレがこれまで追い抜いてきた者達と同じ、路傍の石になったハズだ」
優勝者である『彼』は、あのレース以来富と権力に満ちた生活を送っていた。
そして、それに満足もしていなかった。
更なる富を、更なる権力を。
並外れた野心と向上心で、社会の頂点を目指し続ける。
「その石ころが再び足元に転がるのは、道を塞がれるほどではないにしろ、気分のいいものじゃあないな……」
故にこそ、『彼』はこれを世間からの挑発と受け取った。
「『URAファイナルズ』――全てのウマ娘の頂点を決めるレースだと?
いいだろう。今度こそジョニィ・ジョースターに完全なる勝利を収め、完膚なきまでに心をへし折って、この世界から放逐してやる。そして、この大会を更なる飛翔への踏み台にしてやるッ!」
飢えた獣のようにギラついた瞳で佇む『彼』の傍には、白銀のウマ娘が静かに寄り添っていた。
「真の勝者は、この『ディエゴ・ブランドー』だッ! どんなウマ娘が相手だろうと、我が愛馬『シルバーバレット』の敵ではない――!」
To be continued……
pixivで見たゴールドシップとジョニィの掛け合い漫画が面白すぎて勢いで書き上げてしまいました。
(どんなムチャ設定の小説でも)あの漫画を見ると投稿する勇気が湧いてくる……。
書いてる最中に『SBRは遺体から星3因子を回収するレース』とかいうアホワードが思い浮かんだけど、メインの舞台はトレセン学園で確定です。
別に精巧な世界観を作りたいわけじゃないんだ。そうしないと気になって書けないだけなんだ。
『ジョジョキャラとウマ娘の掛け合いが見たい』というだけなんです。
誰か『「ライス、ライス、ライスよォ~」ってライスシャワーのほっぺプニプニするプロシュートお兄様』の話書いて下さい。漫画でもいいです! 何でもしますから!