GOLD SHIP RUN   作:パイマン

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前回の前書きで言いました、レースの知識不足へのフォローを多くいただき感謝いたします(リンゴォ式お辞儀)
やはり本作の展開では結構無理のあるスケジュールになるようなので、レースの固有名詞は明示せず、少々強引な理屈で話を回していくことにしました。
ジョジョ世界とクロスしているから、と納得いただければ幸いです。
精神力カンストがデフォで『スゴ味』で理屈を押し通す物語だからね。


#5「スタンド・バイ・ミー」

 勝利の美酒とはどんな味だ?

 栄光の輝きとは何色の光を指す?

 響き渡る喝采は何と言っている?

 

 ――そんなものはない。

 

 勝利は課せられた義務。

 栄光は踏み締める道のように不動。

 喝采は生まれた時から聞こえている。

 お前は勝つ為に生まれた。

 常勝の憂いも敗北の恐怖も感じてはならない。

 それは隙を生む。

 周囲からの期待に窒息している暇はない。

 頭を下げるな。

 脚を上げろ。

 腕を振れ。

 鍛えろ。

 走れ。

 誰にも前を塞がれるな。

 勝利を目指せ。

 1位を目指せ。

 ゴールの先にあるトロフィーはお前の為に用意されている。

 それが他の誰かに奪われることは、お前が受け継いだ誇りある血統への侮辱だ。

 与えられた『使命』を果たせ。

 敗北は『使命』を穢す。

 許されぬ大罪と知れ。

 

 勝て、当然のように。

 掴め、選ばれた者のように。

 走れ、生まれる前から約束されていたように。

 

 走れ――!

 

 

 

 

 

 

『先頭のメジロマックイーンは依然スピードを緩めない! 5バ身以上の差をつけながら、最後の直線に入りました!』

 

 突入したクライマックスに、観客から大歓声が上がった。

 それに負けじとレース場に響く実況の声にも熱が入る。

 1番人気のウマ娘が、それに応えるように先頭を走っているのだ。

 特に、今回のレースでメジロマックイーンに掛けられる期待は単なる勝利以上のものが含まれていた。

 

『後続のシルバーバレット、まったく近づけていない! 彼女の連勝記録を打ち破れるか、メジロマックイーン!?』

 

 波乱を呼んだ『十連覇宣言』から早4か月、ディエゴ・ブランドーとシルバーバレットのコンビは既に7連勝を達成していた。

 距離も馬場も選ばず、日本の強豪並み居るレースを勝ち抜いている。

 それがどれほどの偉業であるか、もはや理解していない者はいない。

 目の前で走るウマ娘は文字通り『怪物』だ。

 世界を制したがゆえに『世 界(ザ・ワールド)』と呼ばれるウマ娘だ。

 日本という島国を飲み込もうとする強大な存在であると認めざるを得ない一方で、歯痒く思う者も未だ少なからずいた。

 日本のウマ娘は、まだ負けてはいない。

 決して『世界』に劣る存在ではない。

 次こそは自分の信じるウマ娘が、シルバーバレットの覇道を阻んでくれる――そうした多くのファンの願いが次々と打ち破られ、今、メジロマックイーンに人々の縋るような期待が掛かっているのだった。

 その『期待』を負担ではなく力に変える。

 メジロマックイーンは、そういう稀有な強さを備えたウマ娘だった。

 気負う心もない。

 身体のキレは良く、調子は万全だ。

 しかし――。

 

(この状況――譲られましたわね!)

 

 レースの運びは理想的だった。

 理想的過ぎた。

 後半から溜めていた脚を開放して、集団に巻き込まれることなく最後の直線で先頭に躍り出ることが出来た。

 あとは、何も考えず全力でゴールまで走り切るだけだというのに。

 嫌な予感ではなく確信として、メジロマックイーンはこの状況を『シルバーバレットが描いた図面』だと察していた。

 わざと最終直線で先頭を譲ったのだ。

 ここで追い抜く為に。

 

(けれど、背後からプレッシャーは感じない。一体、いつ仕掛けるつもりで――)

 

 ここに至るまで気配を絶ったかのように何も感じないシルバーバレットの静けさを不気味に感じて、つい肩越しに背後を窺ってしまう。

 しかし、一瞬だけ振り返った視界にシルバーバレットの姿はなかった。

 

(いない……!?)

 

 5バ身差とはいえ、ラストスパート次第では十分に距離を詰められる位置にいたシルバーバレットが忽然と姿を消していた。

 

(何処ですの!? シルバーバレットが消えた……)

 

 失速して、更に後方で走る集団に飲み込まれた様子ではない。

 どう見ても『後ろ』にはいないのだ。

 見失いようもないこの直線で、他に視界から消える位置があるとするならば――。

 

『並んでいるぅ――ッ!』

 

 それに気付いたメジロマックイーンの戦慄と、悲鳴のような実況の驚愕が重なった。

 

『並んでいるッ! 並んでいるぞッ! すでに左後方『1バ身』の差で、メジロマックイーンと並んで走っているぞォ! シルバーバレットォォォーーーッ!!』

 

 走っているメジロマックイーン自身も、それを俯瞰している者達も理解出来ない光景が広がっていた。

 

『どういう事なのかッ!? まるで魔法だ! いつの間にかメジロマックイーンの加速に追いついている! ここからでは、まったくシルバーバレットが加速しているようには見えませんでした!』

 

 実況の言葉が、その場にいる全ての者の心境を代弁しているようだった。

 ただ1人、シルバーバレット自身だけが勝利を確信した不敵な笑みを浮かべて、メジロマックイーンへ静かに詰め寄っている。

 どんな方法なのかは分からない。

 全く計り知れないことではあるが、何らかの方法によって距離を詰めたことに間違いはなかった。

 だからこそ、メジロマックイーンは自分に訪れるだろう敗北の未来を見てしまった。

 同じ方法で追い抜かれ、そして一度抜かれればもう抜き返すことは出来ないからだ。

 ゴールはもう目の前だというのに、このまま逃げ切るには絶望的に距離がありすぎる。

 

「――やはり、世界にはとてつもない強敵がいるものですわね」

 

 混乱も焦りもあった。

 しかし、メジロマックイーンは覚悟を決めて笑った。

 ここに至って、やれることはもはや一つだけ。

 ただ残された力を全て吐き出して、走り切ることだけだ。

 

「参ります。ゴールドシップさん、お先に失礼!」

 

 後を託すように呟くと、メジロマックイーンは最後の加速を行った。

 このラストスパートで突き放すか、あるいはシルバーバレットの不可解な加速と拮抗出来なければ勝利はない。

 傍から見ても分かる、目覚ましいスパートに実況と観客が一瞬湧きかける。

 このまま逃げ切れるかもしれない――。

 しかし、その期待は無慈悲にも叩き潰された。

 まるでメジロマックイーンが加速するタイミングを分かっていたかのように、シルバーバレットも末脚を発揮したのだ。

 メジロマックイーンとて日本を代表するウマ娘だ。鍛え上げられた身体能力はシルバーバレットに劣るものではない。

 同じタイミングで加速し、互いに大きく離されることもなければ詰められることもなかった。

 そして、逃げ切る為の距離を稼げなかった時点でメジロマックイーンの敗北が決定した。

 得体の知れない技術か経験かによって、シルバーバレットはゴールの100m前でメジロマックイーンに追いつき、20m前で追い抜いた。

 

『シルバーバレットが差し切ってゴォォォール! なんということでしょう、恐るべき逆転劇! これが『世界』の力なのかッ! この世界最強のウマ娘の快進撃を阻む者はいないのか!? シルバーバレット、これで国内レース8連勝を達成しましたッ!!』

 

 観客席から凄まじい歓声が響き渡った。

 メジロマックイーンの敗北を惜しむ声も、シルバーバレットへのブーイングもあったが、それらは会場の熱狂にかき消される程度のものだった。

 勝利を掴み取ったシルバーバレットの実力を称える声の方が大きい。

 エンターテインメントとして、大いに盛り上がる接戦だったのだ。

 傍から見れば、それは手に汗握るギリギリの決着に見えた。

 しかし、抜かれたメジロマックイーン当人も含めて、分かる者には分かった。

 これは計算された勝利である、と。

 詰将棋のように確実な段階を踏んで演出された逆転劇である、と。

 

「――最後のスパートは見事だった」

 

 変えようのない勝敗の結果を明示する着順掲示板を見上げるメジロマックイーンに、シルバーバレットが歩み寄った。

 

「動揺も混乱も最小限に抑えて、決着の瞬間まで集中力を切らさなかった。だからこそ、最後の加速に一切の陰りが生まれなかった。私がゴールの100m前で勝利を確信出来なかったのは久しぶりだったぞ」

「……お褒めの言葉だと、受け取っておきますわ」

 

 シルバーバレットの称賛が単なるリップサービスなのかは分からなかったが、少なくとも余裕の表れではないと察して、不承不承受け入れた。

 目の前の彼女は、自分と同じように汗を流し、上がった息を整えている。

 そういった状態になる程度には、彼女を追い詰めたということなのだ。

 もちろん、その程度の事実で満足出来るほど謙虚な性格ではない。

 メジロマックイーンは相手から見えないように、握り締めた拳を隠した。

 

「妥協のない全力の君に勝てて光栄だ」

 

 その様子に気付いているのかいないのか、シルバーバレットは笑ってそう続けた。

 言い訳が挟まる余地のない決着を勝ち誇るように。

 嫌味と感じるほど小物な相手ではない。

 だが、大物であるがゆえに傲慢だ。

 悔しさから無意識に睨みつけるメジロマックイーンを面白そうに見つめ返しながら、シルバーバレットは自然な動作で詰め寄った。

 衆人環視の中、メジロマックイーンの腰に腕を回して強引に抱き寄せる。

 レース後に起こった1着と2着のウマ娘の思わぬ接触に、驚きの声とそれに混ざった黄色い悲鳴が響き渡った。

 

「な、何をなさいますの……!?」

 

 メジロマックイーンは突然の事態に、羞恥で頬を赤く染めながら抵抗しようとした。

 しかし、それよりも早く、シルバーバレットが頬が触れ合うほど顔を近づけて、耳元に囁いた。

 

「やはり、体幹が僅かに歪んでいる」

「……えっ?」

「無意識に左脚を庇っているようだ。自覚はないか? 早めに医者に診てもらった方がいいだろう」

 

 小声で短く告げられた内容だった。

 周囲の誰にも聞こえていないだろう。

 シルバーバレットは腰に回していた腕を解くと、静かに距離を置いた。

 

「君ほどのウマ娘の成長が阻害されるのはもったいない。次の『URAファイナルズ』では更に力をつけた君と競い合いたいものだ」

 

 呆気に取られるメジロマックイーンを置いて、背を向ける。

 

「もっとも、その時も勝つのは私だがね」

 

 肩越しに振り返り、余計とも思える一言を残して去っていく。

 その顔に浮かぶのは、学園で初めて見た時から変わらない傲慢で不敵な笑みだった。

 

 

 

 

 

 

「信じて送り出したマックイーンがシルバーバレットに敗北して寝取られるなんて……」

「誤解を招くような言い方はやめてください!」

 

 メジロマックイーンは顔を真っ赤にして叫んだ。

 しかし、対するゴールドシップの方は力なく項垂れたままだった。

 本気なのか冗談なのか分からないが、酷く落ち込んだ様子でブツブツと意味不明なことを呟いている。

 

「しかし、上手いこと美談にまとめてるよ。マスコミは、もうDioとシルバーバレットの味方だな」

 

 そのやりとりを尻目に、ジョニィが淡々と呟いた。

 3人の囲むテーブルの上には、新聞の一面が広げられていた。

 

 ――『互いの健闘を称え、抱擁を交わす2人の名優。偉業達成まで、あと2勝!』

 

 シルバーバレットとメジロマックイーンが抱き合う写真を一面にして、そんな見出しがデカデカと書かれている。

 記事の内容は、先日行われたレースについてだ。

 日本の期待を一身に背負って惜しくも敗れたメジロマックイーンと十連覇宣言を現実にし続けるシルバーバレットの確かな実力の両方を称えるものだった。

 エアグルーヴの予想した通り、当初は懐疑的であり批判的な部分も多かった世間の認識は、ほとんどが手のひらを返しつつある。

 実態はともかく、シルバーバレットにはカリスマがあり華がある。

 勝利後のウイニングライブも完璧にこなして観客を魅了した彼女は、国内で多くのファンを獲得し続けていた。

 シルバーバレットというウマ娘が単なる悪役(ヒール)ではなく、毎回劇的なレースを展開するエンターテイナーであり、日本のウマ娘や観客に友好的なアピールを欠かさないことも良い方向に影響していた。

 もちろん、ジョニィにはそれが彼女のトレーナーによって意図的に演出されているものだと分かっていた。

 

「マックイーンの脚の方は大丈夫なのかい?」

 

 世渡りに関してディエゴが何枚も上手なのはとっくに理解している。

 ジョニィは思考を切り替えて、メジロマックイーンの方を案じた。

 

「主治医の診断では、しばらくの療養が必要ですが問題はないそうです。炎症を早期に発見出来たことが幸いだったと言っておりましたわ」

 

 彼女の左脚の膝にはサポーターが巻かれている。

 傍らには杖も置かれているがこちらは念の為であり、現在の状態で歩行に支障が出るような事態にはなっていない。

 靭帯が炎症を起こしかけていた、と当時診断された。

 気付かずに放置していれば、深刻な症状にまで発展していたかもしれないとも告げられている。

 その診断を受けたメジロマックイーンは複雑そうな表情を浮かべていた。

 

「シルバーバレットさんに助けられましたわね……」

 

 危うく選手生命を絶たれるかもしれない未来を回避出来たのだ、当然感謝はある。

 しかし、相手は自分を含めて日本のウマ娘の潜在的な敵であり、実際に自分は全力を出しても敗北してしまった。

 彼女の人柄も決して好きになれるタイプではない。

 何故、自分を助けるような真似をしたのだろう?

 シルバーバレットというウマ娘が分からなくなっていた。

 

「アイツの意図は分かんねーけどよ、とりあえずマックイーンを助けてくれたことは感謝してやるぜ。でも、これが同時にマックイーンの負けた理由でもあるワケだろ?」

 

 いつの間にか正気に戻っていたゴールドシップが、真剣な表情で訊ねた。

 ジョニィがそれに対して頷く。

 

「そうだ。本人が気づかない症状まで把握されるほどに分析されたんだ」

「前にジョニィが言っていたDioの『恐ろしい能力』ってヤツか」

「初めて見るウマ娘でさえ、短時間でそのデータを盗んでしまう。『SBR』でもそうだった」

「あのレースは最初から最後までコントロールされているように感じましたわ。でも、最後の直線で追いつかれたのはどういうカラクリですの?」

 

 自身の敗因について、メジロマックイーンは訊ねた。

 

「なんであろうと、必ず『クセ』というものがある。それが機械であろうと物であろうと。特にウマ娘は生き物だし、人間以上にストレスもあれば個性もある」

 

 ウマ娘がストレスに敏感な生き物であることは、科学的にも立証されている事実だった。

 体力的には人間の比ではなく優れている彼女達が短期間での連続したレースへの出走を避ける理由もここに起因する。

 その身体能力に反して、驚くほど繊細な生き物なのだ。

 トレーナーが担当するウマ娘の肉体だけではなく、日々の調子を気遣うのもその為だった。

 

「例えば、あるウマ娘は加速をする時必ず尾を上下させてからダッシュする。また、あるウマ娘は追い込まれると集団の外側にふくれて走ろうとする。首を振るヤツ、体を沈めるヤツ、歩幅を変えるヤツ――」

 

 ジョニィ自身が思いつくまま、知っているウマ娘のクセを口にする。

 当然、ディエゴが持つデータはこれ以上に膨大なものだろう。

 

「レース中、個々のウマ娘のクセを読み取り、そこを攻撃すればどんな相手だろうと理論上抜くことは可能だ。Dioが分析し、シルバーバレットがそれを実行する。これがあのコンビの必勝パターンだ」

 

 強く断言するジョニィに、メジロマックイーンとゴールドシップは息を呑んだ。

 

「マックイーン、当然君にもクセがあり、奴らはそれを事前に見抜いていた。特に『左脚を庇う』なんていうのは絶好の弱点だ。君が左脚を踏み出すと身体が左にブレる。そして当然のこととして、その時ブレた分スピードが落ちるッ!」

「……わたくしがブレた時だけあちらが加速すれば無駄な労力を使わずに追いつくことが出来る、というわけですわね」

「そういうことだ」

「もし、それを知っていれば……いえ、恐らく結果は変わらなかったでしょう」

「知ったところで、クセは直したくとも直そうとすると別の弱点が出てくる。それは人間もウマ娘も同じサガ。クセは『宿命』のように消えることはない」

 

 そう言い切るジョニィの無慈悲な言葉を受け入れて、メジロマックイーンは大きく息を吐いた。

 あのレースを終えて以来、胸につかえていたものをようやく飲み込めた気がした。

 完敗だ――少なくとも今回のところは。

 そう考える程度には、メジロマックイーンは負けず嫌いな性格だった。

 

「……なあ、ジョニィ。アタシをレースに出さないのは、それが理由なのか?」

 

 それまで考え込んでいたゴールドシップが、不意に疑問を口に出した。

 半年以内にシルバーバレットを打倒する目標を立ててから4か月が経過し、トレーニングこそ毎日のように行っていたが、彼女が公式のレースに出たのはデビュー戦を除けばまだ1度だけだった。

 

「そういえば! ゴールドシップさん、レースではデビュー戦に続いて1着でしたわね。おめでとうございます、記事も読みましたわよ!」

「新聞には隅っこにちっこく載ってただけ、だけどな。アタシの1着よりもマックイーンのレース自体の方が注目されてるよ」

 

 一転して明るく笑うメジロマックイーンを見て、ゴールドシップは恥ずかしそうに苦笑した。

 キャリアが違うのだから、世間の扱いが違うのも当然だった。

 格付けをするならば、メジロマックイーンやシルバーバレットは格上であり、ゴールドシップは若手の格下だ。

 当初その立場に反して彼女が異常な注目を集めていたのは、ジョニィやシルバーバレットなど周囲との関係性による影響が大きい。

 そのシルバーバレット自身が次々と新たな話題を世間に提供している現状、ゴールドシップへの注目は薄れていた。

 

「でも、その『注目されない』ってのがジョニィの狙いなんだろ?」

「君をレースに出さない理由の1つではあるね」

 

 ジョニィは頷いた。

 

「レースに勝って有名になれば、それだけ多くの記録が残る。Dioに渡る情報は少しでも抑えたいんだ」

「わたくしも含めて、シルバーバレットと対決したウマ娘は情報戦の時点で大きく不利を取られていたのですね」

「Dioの分析能力が異常なのもあるけど、日本はウマ娘とそのレースに関して驚くほど詳細な情報を残しているからね。病気や故障の記録なんか弱点を剥き出しにするのと同然さ。後遺症やハンデがあるなら、奴は喜んでそこを突いてくる」

 

 そういったレースへの姿勢を非難する考えは、少なくともこの場の3人にはなかった。

 勝負である以上、その行為に不当な部分は何一つない。

 ただ個人の好みや性分があるだけだ。

 直接対面したことで、ディエゴとシルバーバレットの人柄は理解していた。

 彼らにとって、レースとは互いを高め合う崇高でフェアな精神を優先するものではない。

 それは、ここが日本というアウェーでなくとも同じだろう。

 コースに存在するのは、自分とそれ以外。

『ライバル』ではなく『敵』

 相手の弱みを突き、自身の強みを最大限に活かす。そして、勝利と栄光を他者から奪い取ることこそが重要なのだ。

 

「だから、ゴールドシップを必要以上にレースに出すつもりはない。予定としては、あと一回だけだ。もちろん、勝つことが前提だけどね」

「当たり前のように言ってくれるよなー。ま、勝たねーと実績が足りないのは分かってるけどよ」

 

 ウマ娘には、その実績に応じてランク付けがされており、公共のレースで格下のウマ娘が格上のウマ娘と競える機会はほとんどない。

 レースが私闘ではなく公共事業としての一面も持っている以上、参加者全員が一定のレベルで競い合える証明が必要なのだ。

 しかし、もちろん例外はある。

 

「『十連覇宣言』――最後の10勝目を賭けたレースは、これまでの日本にはない枠を特別に企画すると言われていますが、参加の為の実績としては足りていますか?」

 

 メジロマックイーンは、この4か月で大きく動いた日本のレース業界について思い浮かべていた。

 既存のレースがディエゴとシルバーバレットによって次々と制覇されていっている。

 世間はその様子に盛り上がっているが、国としては『国内のレースが海外の勢力に荒らされている』という捉え方も強かった。

 日本の誇る有力なウマ娘達が破れ、代表的なレースのトロフィーが海外のウマ娘に軒並み奪われたとなれば、国家事業としての威信にも関わる。

 日本の伝統とは関係のない、全く新しいレースを企画するというのは苦肉の策であった。

 

「色々決まっていないこともあるけど、調べてみる限り参加の規約は緩いみたいだね。実績が重要なのは変わらないけど、ファンの投票も結構大きく影響するみたいだ。ゴールドシップの知名度なら、ギリギリ参加出来るんじゃないかな?」

 

 おそらく今回だけの特例になるだろう新規のレースであるだけにつけ入る隙は多かった。

 一種のお祭り騒ぎでお茶を濁しつつ、一連の騒動の最後を締めようというのだ。

 

「そんな……もし、実績不十分で参加を拒否されたらどういたしますの?」 

 

 確実な手段を取ろうとしないジョニィの曖昧さに、メジロマックイーンは不安を覚えた。

 

「この機会を逃したら、2年後の『URAファイナルズ』まで関われる機会はありませんわよ?」

 

 メジロマックイーンは『半年以内にシルバーバレットに勝つ』という目標を、ゴールドシップ自身から聞いていた。

 無茶な目標だとは感じたが、それをあえて自分に話したゴールドシップの決意と覚悟を信じることに決めたのだ。

 だからこそ、その前提さえ成立しない状況は何としても避けて欲しい。

 心配そうに案じるメジロマックイーンに対して、ジョニィは事も無げに答えた。

 

「多分、上手くいくよ。いざとなったら役員を買収するから問題ないさ」

「……えっ!? ちょっと待って、今『買収』って言いました? 『買収』!?」

「いや、すまない。ちょっと誤解を与える言い方だった。つまり、参加出来るように許可を取ってこいって交渉するんだ。……ワイロが欲しいなら払うぜ」

「もっと直接的な言い方が出てきませんでした!? 言うに事を欠いて『ワイロ』ォ!?」 

 

 ジョニィに掴みかからんばかりに混乱するメジロマックイーンを見て、ゴールドシップが他人事のようにゲラゲラと笑っていた。

 

「笑っている場合ではありませんわよ、ゴールドシップさん! 幾らなんでも、わたくしの眼が黒い内は不正なんて絶対に許しませんからね!」

「だから冗談だってッ! ちゃんと上手くいくように話を持っていくよ、不正はしない!」

「具体的にはどういう方法ですの!?」

「マスコミを使うんだよ! Dioがやったように、記者会見でも何でも開いて『僕とDioとの因縁の決着を一足先につけてやる』とでも宣言して話題をくれてやるんだ。僕の発言なら、海外のマスコミだって注目するさ」

「それは……確かに、それなら上手くいくかもしれませんが」

 

 メジロマックイーンは思わず納得しそうになった。

 しかし、それが同時に危うい手段であることも理解していた。

 実績ではなく、話題性だけで参加したゴールドシップの立場が酷く厳しいものになることは容易に想像出来た。

 

「その手段では、本当にシルバーバレットさんと『同じ舞台に立つだけ』しか出来ませんわよ。レース当日に、ゴールドシップさんの味方はほとんどいなくなりますわ」

「ああ、ファンというよりは野次馬みたいな奴がメインになるだろうね。身の程知らずのウマ娘が大差で負けるのを見てもそれなりに楽しめる奴らだ」

「分かっていて、やるというのですね?」

「それが一番勝ち筋のある方法だからだ。当日までに少しでもトレーニングを重ねて力を蓄え、レースの参加を減らしてゴールドシップの成長した能力をDioから隠す。短期間でシルバーバレットに勝つ方法はこれしかない!」

 

 ジョニィは断言した。

 彼の瞳の奥では、担当するウマ娘が勝つ為に手段を選ばないトレーナーとして極まった覚悟が黒い炎となって燃えているように見える。

 本当に必要になれば、先ほど言った買収さえ彼はやるだろう。

 負ければ大言虚言を吐いたトレーナーとして再び評価が地に堕ちる未来すら覚悟をしている。

 しかし、その『覚悟』をゴールドシップにも課そうとする姿が、メジロマックイーンには恐ろしく冷酷に映った。

 仮に勝負の舞台に立てたとして、もしも負ければゴールドシップはその後どうなるのか?

 可能性としては敗北する結果の方が大きいのだ。

 ゴールドシップの将来を潰しかねない危険性を負ってまで取るべき手段なのか――。

 

「そういうワケなんだけどさ、構わないよな? ゴールドシップ」

 

 苦悩するメジロマックイーンを尻目に、ジョニィが軽い調子で訊ねた。

 

「ああ、いいぜ。だから気に入った!」

 

 それに対して、ゴールドシップもまた一切躊躇いのない返答を返していた。

 周囲の思惑や期待など知ったことではないという堂々とした態度で。

 いつも見るゴールドシップの姿だった。

 周りの心配や不安などバカバカしいものだったのだと最後は分かってしまう姿だった。

 既にお互いを理解し合っている2人の顔を見渡して、メジロマックイーンは脱力するようにため息を吐いた。

 

「……お2人が納得し合っているのなら、わたくしが口を出す必要はありませんわね。せめて、当日は声援に駆け付けさせていただきます」

「ありがとうよ、マックイーン! ゴルシちゃん感激!」

「おい、ゴールドシップ。彼女のような常識的な友人は宝石を見つけるよりも貴重なんだ、大切にしろよ」

「分かってるよ! ここはよォ~、あのイケ好かない野郎の所業に対抗して、レースに勝ったら観客の見てる前でマックイーンを抱き上げてキスしてみせるってのはどうだ!?」

「やめてください!」

 

 賑やかなやりとり。

 しかし、それが一時のものでしかないと3人は知っていた。

 メジロマックイーンは負けた。

 ゴールドシップが勝てる可能性は、現状限りなく小さい。

 ジョニィは勝負を成立させる為の段取りは考えているが、具体的に『どうやって勝つのか』を教えてはいなかった。

 シルバーバレットに迫った数少ないウマ娘であるスローダンサーが持っていた『技術』は、未だゴールドシップには明かされていないのだ。

 

「……まったく、前途多難ですわ」

 

 ディエゴとシルバーバレットの十連覇が達成されるまで、あと2戦。

 次のレースは既に決定され、最後のレースも具体的な予定が形になりつつある。

 

「最後のレースに関しての情報、ご覧になりましたか? まだネットのニュースでしか公開されていない内容ですわ」

 

 メジロマックイーンは、ジョニィとゴールドシップに訊ねた。

 

「シンボリルドルフ会長が参加を表明したそうです。世界最強のウマ娘に、日本最強のウマ娘をぶつける算段のようですわね」

 

 その情報を聞いたジョニィとゴールドシップは、僅かに眼つきを険しく変えた。

 それは奇しくも、あの日の対決と同じような状況で再びレースを行うことを意味していた。

 

 

 

 

 

 その日開かれた記者会見は、シンボリルドルフにとって少々不本意なものだった。

 シルバーバレットの十連覇の最後を飾ることになる新規のレースに関して役員が質疑応答を行うのがメインだ。

 その締めに、シルバーバレット当人と参加を表明したシンボリルドルフへのインタビューが少しばかり加わる。

 最後に握手の1つも交して、お互いの健闘を称え合う――言ってしまえば台本の存在する世間向けのアピール以上の意味は持たない、顔合わせの場だった。

 その証拠に、トレーナーであるディエゴ・ブランドーはこの場に来ていない。

 シンボリルドルフも、これが必要なパフォーマンスであることは理解している。

 しかし、未だ結果の出ていない9戦目のレースを飛ばして『シルバーバレットを最後に止めるのはシンボリルドルフだ』といった分かりやすい見出しを掲げる今回の記者会見は気に入らなかった。

 既に開催が決定されている9戦目のレースには、信頼する右腕であるエアグルーヴが参加する予定だ。

 彼女の敗北が決定されているかのように動く周囲の流れが、愉快であるはずがない。

 こうした日本国内を動かす大きな流れ――それを生み出し、支配しているのは間違いなくディエゴ・ブランドーとシルバーバレットだ。

 エアグルーヴ自身、そういった流れに呑まれまいと奮起しているが――。

 

「やあ、シンボリルドルフ。まだ残っていてくれたか」

 

 記者会見後、学園へ帰る前のちょっとした休憩のつもりで控室に残っていたシンボリルドルフの元へ、シルバーバレットが顔を出した。

 ほんの一瞬、身構えそうになる。

 学園で非公式のレースを行い、2ケ月後には公共の場でも競い合うことがほぼ決定した。

 潜在的な敵であり、個人的にも友好関係を結びたいとは思わない相手だ。

 先ほどの記者会見でも、2人が交わしたのは表向きだけの穏やかな挨拶と事務的な会話だった。

 

「……私に何か用か?」

「そう警戒しないでくれ。最初に会った時も言っただろう? 友達になりたいんだ」

 

 何処まで本気で言っているのか分からないことを口にしながら、テーブルを挟んで向かい合うように気安く腰を降ろす。

 シンボリルドルフは何も答えず、控室に用意されていたポットに手を伸ばした。

 

「コーヒーか? 紅茶か?」

「どちらでも」

「どちらかにしてくれ」

「では、紅茶で」

 

 シンボリルドルフは手早く、しかし丁寧な動作でカップに紅茶を満たすと、シルバーバレットに差し出した。

 

「ご丁寧にありがとう。……君には嫌われていると思っていたよ」

「ああ、私は君が嫌いだ。だが、君とはもう少し話さなければならないとも思っていた」

「それは嬉しいな。私に興味を抱いてくれているというわけだ」

「君もな、随分と私を評価してくれているようだ。島国のトップに立つ程度のウマ娘ならば、有象無象の如く蹴散らす対象ぐらいに捉えているのだと思っていた」

「直接会うまではそうだった。しかし、実際に顔を合わせ、レースで競い合うことで考えが変わった。あれからシンボリルドルフというウマ娘についてより詳しく調べることで、確信も持てた」

「確信……? 何についてだ?」

 

 シルバーバレットは、意味深げに笑いながら紅茶で僅かに唇を濡らした。

 

「シンボリルドルフ、君は私によく似ている」

 

 そう断言した。

 

「私達は、他のウマ娘とは何処か違うのだ」

 

 シンボリルドルフは、それについて何も応えなかった。

 

「他者よりも多くのものを持って生まれてきた。だからこそ、他者から多くのものを望まれてきた」

「ああ、そうだな。生まれと生き方は似ている」

「途中まではな」

 

 シルバーバレットは意味深げに笑った。

 

「一つ質問なんだが――『全てのウマ娘の幸福の為に生きる』というのは充実しているか?」

 

 シンボリルドルフが掲げ、公言する理想について問い掛ける声は意外にも純粋なものだった。

 その理想を見下したり、綺麗事だと嫌うような様子は見られなかった。

 自分には理解が及ばない生き方がどういったものなのか知りたい――そんな純粋な疑問が表れて出た言葉だった。

 

「頂点に立てるだけの力を持つ者が、何故自分の足元よりも下にいる者達に奉仕しなければならない? 逆じゃあないのか?」

「一つ、訂正してもらおう。私が行っていることは奉仕ではない」

「では、それを行うことで君が得るものは何だ?」

「夢を叶えることが出来る」

「夢?」

「私の夢は1人で叶えられるものではない」

 

 現在に至るまで、自らの歩んだ軌跡を思い浮かべる。

 そうすると、いつでも穏やかな気分になるのだ。

 

「レースは1人で走ってもつまらない」

 

 思い返せば、多くの出来事や人々の顔が脳裏を過って、自然と笑みが浮かぶ。

 1人で全てを行うのだと思い上がっていた時期もあった。

 実際にそれが可能に思えてしまう能力があったからこそ、周囲の人々の存在を疎かにした。

 理想への道が限りなく困難であることは最初から分かっていた。

 しかし、不可能だと思わなかったのは多くの人々に恵まれたからだ。

 自分にそれを気付かせてくれた生徒会の仲間達。

 自分が導こうとした学園の生徒達が、いつしか理想へ続く指針となってくれていた。

 そして、こんな自分に寄り添ってくれたトレーナー。

 この道を歩かなければ出会えなかった者達。

 夢のような日々。

 そして、夢はまだ終わらない――。

 

「競い合えるライバルが欲しい。認め合える仲間が欲しい。私の勝利を祝福し、敗北の涙を受け止めてくれる人々に傍にいて欲しい」

 

 自分の歩みは間違っていない。

 道は未だ半ばだが、望んだものを全て手にすることが出来たのだ。

 

「私が求めるものは、多くのウマ娘達が同じように望むものであるはずだ」

「……それを、君が他者にも与えるというのか?」

「与えるのではない。求める者に等しく得られる機会を用意したいんだ。優れた才能を持ちながらそれを活かす機会に恵まれぬ者や、才能に恵まれないからこそ己の意思一つでしがみ付く者達に、少しでもチャンスが与えられる世界を作りたい」

「それが君にとって何の得になる?」

「君は、先ほどから自分の損か得でしか物事を判断しないな」

 

 シンボリルドルフの皮肉に、シルバーバレットは苦笑しながら肩を竦めた。

 

「単なる損得勘定では、本当の意味で自分に寄り添ってくれる存在など現れはしない」

 

 シンボリルドルフは言った。

 

「君の言う通り、私達は他者よりも少しばかり多くのものに恵まれて生まれてきたんだ。そこに意味が見出せなければ、感じるのは孤独と虚しさだけだ。君は私と似ていると言ったが……共感は出来ないか? 他者よりも優れた力を思うさま振るうだけで何か満たされたか?」

「……いや」

「ならば、それが答えだ。誰もを導く頂点となれるだけの力があるのなら、皆を導くウマ娘でありたい。私の夢は皆の幸福であり、皆の幸福の中にこそ私の幸福がある」

「……」

「だからこそ、ハッキリと答えよう――私は今の生き方で充実している。君とは違う」

「……そうか」

 

 小さく呟いて、シルバーバレットはもう一度紅茶を口に運んだ。

 シンボリルドルフの語った内容に反発しているような様子ではなかった。

 かといって、共感をしているワケでもない。

 ただ、小さな納得だけを見せているようだった。

 

「そういう生き方もあったのかもしれないな」

 

 ポツリと呟くシルバーバレットの顔には僅かな笑みが浮かんでいた。

 それはシンボリルドルフがこれまでで初めて見る類のものだった。

 出会い方が違えば友人になれたのかもしれないと、少しだけ思える表情だった。

 

「私からも訊いてもいいか?」

「ああ、構わない」

 

 今度はシンボリルドルフが訊ねる番だった。

 

「――君はディエゴ・ブランドーの為に走っているのか?」

 

 それは、ずっと抱いていた疑問だった。

 お互いが似た者同士であるという考えはあった。

 少なくとも、生まれが同じであることは先程の話でも確信出来た。

 自らに与えられた力を振るって傲慢に生きるだけで満たされる程度の器ならば、こうして言葉を交わすことはなかっただろう。

 単なる敵として、レースで相まみえるだけだったはずだ。

 しかし、自分達の根幹の部分は同じだった。

 意味もなく強くあることに、何の意義も見出していなかった。

 自分が理想に生きがいを見出したのと同じく、目の前のウマ娘もまた見出したのだ――たった1人の男の中に。

 

「……勝利の味を知っているか?」

 

 シルバーバレットは微笑を浮かべながら言った。

 

「栄光の光が何色をしているか知っているか?」

 

 返答を待つまでもなく、言葉を続ける。

 

「自分を称える喝采が何と言っているのか分かるか?」

 

 ――そんなものに意味はない。

 

 勝利は義務でしかない。

 与えられたものを血肉に変え、受け継いだ使命を果たす。

 ただそれだけの為に生きていた。

 ただそれだけの為に走っていた。

 当然のように勝利は手の中にあった。

 何かを感じたことはない。

 少なくとも、彼に会うまでは。

 

「私は、全部ディエゴに教わったよ。本当に、色々なことを『彼を通して』知ったんだ」

 

 シルバーバレットは、何処か誇らしげに語っていた。

 シンボリルドルフは、その表情に既視感を覚え、そして気付いた。

 多分、今の彼女の表情は自分が心を許せる仲間達と言葉を交わす時に浮かべるものと同じ顔なのだ。

 

「彼は飢えている。そういう『身の上』なんだ。私達が恵まれた生まれだというなら、彼は恵まれない生まれだった。だからこそ、全てを奪い取って上り詰めてきた。私達には想像も出来ない生き方をしてきたんだ」

 

 そう語りながらも、シルバーバレットの瞳にはディエゴを蔑む色など欠片も存在しなかった。

 

「彼は今でも、哀れなほどに飢えている。だがね、本当に哀れなのは……本当に哀しい存在なのは、飢えることすら知らずに『与えられるものだけで生きてる』ことじゃあないのか?」

 

 その言葉が暗に『誰のこと』を指しているのか、シンボリルドルフには理解することが出来た。

 

「初めてディエゴと出会った時、彼は私のことを成り上る為の単なる道具だと思っていたよ。いや、今でもそうなのかもしれない。言葉で確かめたことはないからな」

「……何だと?」

「いや、いいんだ。『そんな些細なこと』はどうでもいいんだ。彼は、私が勝ち続ける限り私を必要としてくれている。それだけは確かだ」

「……」

「重要なのは、彼と一緒にいると私にも『飢える』ということが理解出来るんだ。実感出来るんだ。味も、色も、音さえ、彼を通して感じることが出来る」

 

 ――初めて彼を見た時、得体の知れない生き物を見たような気分になった。

 

 何故、そんなにも周りから奪いたがるのだろう?

 何故、そんなにも周りを憎むのだろう?

 何故、周りから与えられることを甘受しないのだろう?

 貧欲に勝利を欲し、1つの勝利を得ればそれを足蹴にして更なる富と権力を目指す。

 そんな姿に卑しさを感じたことすらあった。

 初めはそんな風に思っていた。

 だが、やがて気付いた。

 周りから何も求めない。

 周りに何の感情も向けない。

 周りから生きる意味さえ与えられている。

 そんな『生き物』にどんな存在意義がある。

 気付いて、そして理解した。

 自分が彼を卑しく思っているのと同じように、ディエゴ・ブランドーはシルバーバレットという虚しい存在を軽蔑していたことに。

 

「……そうか」

 

 そういうことなのか――。

 シンボリルドルフは、唐突にシルバーバレットというウマ娘の行動原理を理解した。

 勝利という義務の為に走り続けていた彼女に現実を見せたのは、1人の男だった。

 自分が掲げた理想を通して認識した『世界』を、彼女はディエゴ・ブランドーという男が抱く社会への憎悪と渇望を通して初めて認識したのだ。

 

「シンボリルドルフ。君の『全てのウマ娘の幸福の為に生きる』という価値観は理解出来ないが、そういった生き方を選んだ経緯は理解出来る。結局のところ、私達は1人では生きられない存在なのだと思うよ」

「その『私達』というのは『ウマ娘』という存在を指して言っているのか?」

「そうだ。『理想』にせよ、『夢』にせよ、『人』にせよ、私達は何かに寄り添っていなければ生きる意味を見出せない。私達は誰かの『傍に立つもの』なんだ」

 

 その言葉は、大げさではない一つの真理であるように聞こえた。

 ウマ娘が備える強靭な身体能力と、それを活かす『走る』という行為への渇望と本能。

 それでいて、酷く繊細な一面がこの生物には存在する。

 ただ1人でずっと走り続けることは出来ない弱さがある。

 自己満足以外の『走る』という行為に意味や価値を与えてくれる何かを誰もが無意識に求めている気がしてならない。

 競い合うライバル達。

 走り抜いた先にある勝利と栄光。

 共に夢を目指すトレーナー。

 レースに夢と希望を託す観客達。

 ウマ娘の走りには寄り添うものが必要だった。

 

 ――『レースは1人で走ってもつまらない』

 

 そう言ったのは、つい先ほどのシンボリルドルフ自身だ。

 

「そして、君は選んだというわけか……ディエゴ・ブランドーの『傍に立つもの』として走る(生きる)ことを」

 

 シルバーバレットは答えず、カップに残った紅茶を飲み干した。

 

「話が出来てよかった。有意義な時間だったと思う」

 

 立ち上がり、控室の扉へと向かう。

 それを止めようとは思わなかった。

 話したいことはまだ幾つかあったが、お互いに相手を理解しようという気は既に失せていた。

 自分達は似ていた。

 そして、現在歩む道は決定的に違ってしまっていた。

 2度と交わることはない。

 あとはただ、コース上で雌雄を決するだけだ。

 そう理解し合えたのだ。

 

「……シンボリルドルフ」

「何だ?」

 

 お互いに視線を交すことなく、最後の会話を交わす。

 

「君は『全てのウマ娘が幸福になれる世界を作り、それを支える存在』となることを目指しているのだな?」

「その通りだ」

「理解した。ゆえに、私は答えよう」

 

 シルバーバレットは肩越しに視線だけを向けて言った。

 

「私は我がトレーナーと共に世界の頂点を目指す。頂点に立つのは私達だけだ。『それ以外の全てを足元に積み重ねる支え』とさせてもらう」

 

 ――シンボリルドルフ、君と君の理想も含めて。

 

 そう告げて、シルバーバレットは控室から出ていった。

 それは明確な宣戦布告だった。

 全てのウマ娘の幸福を目指すシンボリルドルフに対して、全てのウマ娘を糧にして頂点を掴むと宣言したのだ。

 

 

 

 1か月後、開催されたレースにてシルバーバレットはエアグルーヴ含む多くの強敵を降して通算9連勝を達成した――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To be continued……

 

 




ジョジョクロスなんでシリアスな場面も当然書くんですが、書きながら「ウインニングライブがあるんだから、こいつも『うまぴょい伝説』踊ってんのかな……」とか冷静な部分で考えちゃいますね。



・おまけ

SBR版ウマ娘『ナットロッカー』
原作ではチョイ役。
しかし、そんな短いシーンにアグネスデジタルも死ぬ要素が詰まっている。
では、まずはコミック23巻の90話のページを開いてください。
もう原作の時点でエモいシーンなんだけど、これをウマ娘に変換すると更に尊くなる。
ロシア国籍でシベリアのように冷徹な印象を与えるウマ娘『ナットロッカー』(軍人然とした無表情クール系)がトレーナーのバーバ・ヤーガと支え合いながら長い旅路を乗り越えてようやく第8ステージのゴール目前まで辿り着いたのに脚を負傷して走行出来ない状態になっておりそれでも無理して最終ステージに挑もうとするんだけど全てを察したバーバ・ヤーガが悪態一つ吐かずむしろ慈しむように彼女を抱きしめながらリタイア宣言をしてその腕の中で静かに悔し涙を流す場面は最高だと思うんだけどお前らどう?(ワンブレス)
多分、こいつら祖国に帰ってからうまぴょいしたんだ。
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