この作品を書き始めた当初は『チーズの歌』と『黄金長方形』のくだりをウマ娘世界でやりたいだけだったのに、何故ここまで前置きや伏線が長くなってしまうのか…コレガワカラナイ
――普通のウマ娘はレースの前に『イメージ』がある。
かつて、ジョニィは言っていた。
――これから走るコースを、どういう配分で進むか。
あの時はデビュー戦だった。
初めて公式のレースで走ったのだ。
経験も何もない素人だった。
――何処で休んで、何処で勝負を仕掛けるか。
だが、今は違う。
レースこそこれでまだ3回目だが、その程度の知識は当たり前だと思えるくらい学んだのだ。
ゲートに入るまでに、今回のレースへのイメージや作戦はしっかり頭の中で確立させてきた。
行き当たりばったりの走りなんてしない。
このレースは絶対に勝たねばならないのだから。
勝たなければ『アイツ』に挑戦すら出来ない。
――そういうイメージがあるのが前提なんだよ、このマヌケッ!
しかし、ゲートが開いた瞬間それまで頭の中にあった考えは全て吹き飛んで消えてしまっていた。
ジョニィの罵声が聞こえたような気がした。
それも同じように消え失せる。
何故ならゲートが開いた瞬間、『アイツ』が1番に飛び出していったからだ。
もう2度と見たくないと思った背中が、自分の前を走りやがったのだ。
それを見た途端、もうソイツを追い抜くことしか頭の中になくなってしまった。
今日のレースの参加者は自分も含めて12人いるが、その中にコイツはいなかったはずだ。
一体、どうやってすり替わったのか。
それとも、13人目としていつの間にか加わっていたのか。
自分でも頭のおかしいことを考えていると分かっている。
そんなことが在り得るはずがないのだ。
しかし、現実に目の前をアイツが走っている。
……現実か?
いや、どうでもいい。
いるのだ、目の前に。
自分は、またアイツの後ろを走らされているのだ。
その事実だけに囚われてしまっていた。
視界にあるのはその後ろ姿だけだ。
本来いるはずの11人の走者達の方こそ、視界から消えてしまっている。
ただ目の前の背中を追い抜く為に、必死で走った。
自分が何処を走っているかも分からなくなっていた。
確か、コースは長距離だ。
具体的には何mだっただろう?
今、どの地点を走っているのだろう?
イメージもペース配分も、もう頭の中にはない。
ただ1つのことでいっぱいだ。
追いつけない。
クソ。
クソッタレ。
あの日と同じだ。
ずっとアイツの背中を睨みながら走っている。
1度もアイツの面を拝めないまま、ゴールしてしまう。
またか?
また負けるのか?
勝つと宣言したじゃねえか。
アタシの勝利を信じろとジョニィに言ったじゃねえか。
なのに、追いつけない。
クソ。
何が長距離だ。
全然距離が足りねえんだよ。
レースが終わってしまう。
アイツに前を走られたままレースが終わってしまう。
もっと距離を伸ばしてくれ。
あと少し走れば追いつけるんだ。
スタミナなんて配慮しなくていい。
走り終えた後に酸欠でぶっ倒れても構わないから。
もっと距離を。
ゴールを過ぎてしまう。
このまま。
アイツの背中を睨んだまま。
アイツの後ろを走ったまま。
ゴールへ――。
『ゴールドシップ! 大差で今、ゴールイン!』
……え?
『圧倒的な実力差を見せつけ、レースを制した! 1位、ゴールドシップ!!』
我に返ると、実況が自分の勝利を騒ぎ立てていた。
観客席からは称賛と喝采。
それを呆然と受け止める。
周りが何を言っているのか理解出来なかった。
1位だと……?
それは自分が1番先にゴールをしたということなのか?
そんなはずはない。
だって、自分はずっとアイツの背中を見ることしか出来なかったんだ。
勝てなかったんだ。
ずっと前を走られた。
追いつけなかった。
ゴールを抜けた先、アイツが立っている。
あの時と同じ、いけ好かない余裕の笑みでこちらを見ている。
負け犬を見る眼で見下ろしている。
アイツが。
シルバーバレットが――。
◆
その日のトレーニングに来たゴールドシップを見た時、ジョニィは『とりあえず走らせた方がいい』と思った。
疲れ果てるまでグラウンドを走らせた方がいい、と。
ゴールドシップは何も言わずに従った。
何週走れとか、どういったペースで走れとかも言われていない。
ただガムシャラに走った。
本来ならば、スタミナが尽きて自然と脚を止めるものだが、天性の肉体とそれを凌駕する精神力を持つ彼女はどれだけ疲れても止まらなかった。
体力以上に、肉体の内に抱え込んだ堅い意志のようなものが彼女に脚を止めることを許さなかった。
走り続けるゴールドシップを、ジョニィは何も言わずにずっと見つめていた。
放課後、残ってトレーニングをしていた生徒達のほとんどが帰宅するだけの時間が経っても、そうしていた。
やがて、精神力だけではどうにもならないほど体力を消耗して、ほとんど歩くように目の前を通り過ぎようとしたところへ、初めてジョニィは声を掛けた。
「そこまでだ、ゴールドシップ。疲れでフォームが崩れている」
立ち止まったゴールドシップは、汗だくの顔をジョニィに向けた。
「スタミナを消耗したからフォームを崩すんじゃない。逆だ。フォームを崩さなければ、スタミナの消耗は最小限に収まる」
「……ああ、そうだな。気を付けるよ……」
息も絶え絶えに、ゴールドシップは頷いた。
普段の彼女を顧みれば、殊勝を通り越して違和感すら覚える態度だった。
普段ならば、軽口の1つも飛んでくるはずだ。
どんなに理屈の通ったトレーニングでも、気が乗らない日はとりあえず愚痴や文句の1つも言ってみる。
そういう性格だったはずだ。
どんなに過酷なトレーニングで疲れても底を見せない余裕を持っているのが、ジョニィの知るゴールドシップだった。
「重症だな」
「……へっ、そう見えるか?」
ジョニィの呟きに、ゴールドシップは苦笑を浮かべた。
そこにいつも見せる力強さや快活さはない。
虚勢すら張れない笑みだった。
「ああ。少しずつ弱ってる感じはあったけど、先日のレースに出てから一層酷くなったよ」
一週間ほど前に出走したレースの内容と結果を指して、ジョニィは言った。
シルバーバレットやシンボリルドルフが出走するレースへの参加資格を得る為に出た、ゴールドシップにとってメイクデビューを除く2度目の公式レースだ。
ゴールドシップは、そのレースで勝利した。
単なる勝利ではない、後続との大きな差をつけての1着だ。
圧倒的な結果だった。
スタートからゴールまで、彼女は誰にも影すら踏ませることなく『逃げ』切った。
より格式高いレースに比べれば規模や人気は劣るが、その場にいた観客達は思い知っただろう。
ゴールドシップというウマ娘は、既にこの程度のレベルに収まる実力ではない。
実績が足りないだけで、その力は格上相手にも届き得る、と。
その評価は彼女がシルバーバレット達と対決する舞台に登る為の後押しの1つとして、世間に少なくない説得力を与えた。
ジョニィの目論見通りだった。
ゴールドシップがシルバーバレットと同じ舞台に立つ為の下準備は順調に進んでいる。
しかし、彼女に勝てる可能性は日に日に遠のいている気がした。
「あの日のレースで君は『追い込み』の作戦を取っていたハズだ。事前にもそう話し合った。だが、君は結果的に『逃げ』を選んで勝った」
「……選んだんじゃねーよ」
「そうだろうさ。君は追い掛けたんだろう――シルバーバレットの幻影を」
ジョニィの指摘を受けても、ゴールドシップは肩で息をしながら佇むだけだった。
それは無言の肯定だった。
圧倒的な大差でゴールをした後、歓声を上げる観客や着順掲示板にさえ視線を向けずに呆然と佇むゴールドシップが、今の姿と重なった。
自分が勝利したことを信じられず、戸惑うように辺りを見回していた。
何かを探しているようだった。
いるはずのない『本当の勝者』の姿を。
勝利を祝福する喝采を浴びながら、彼女は敗北感に包まれていたのだ。
「……幻影。そうだな、アタシが見たのは幻だ。アタシはいるはずのないシルバーバレットの姿を追いかけて走ってたんだ」
そう呟くゴールドシップの声は弱り切ったものだった。
「ジョニィの言う通り、マジで重症だなこりゃ。レース中にあんな奴の幻を見るなんて、フツーじゃねーよ。アイツ、呪いでも掛けてんじゃねーか? いや、マジであり得るかも……」
ゴールドシップは何とか軽口の形にしようとしていたが、ジョニィにはそれが彼女の抱える不安の一部なのだと分かっていた。
恐れていた事態になりつつある。
――シルバーバレットに一度負けたら、もう『勝てない』と思い込まされる。
そう言ったのはゴールドシップ自身だったが、奇しくもそれが事実であったことを彼女自身が証明しつつあった。
シルバーバレットとの勝負の日が近づく程に、彼女の精神が刻み込まれた敗北の記憶に蝕まれていくのだ。
呪い、という表現は決して大袈裟なものではないと思った。
これはシルバーバレットがゴールドシップに残した『呪い』そのものだ。
その『呪い』が、レースに出る度に幻となって彼女の目の前に現れる。
ゴールドシップが勝負を急ぎ、ジョニィが彼女をレースに極力出さない判断を下した理由がそこにあった。
日々のトレーニングによってゴールドシップの能力は確実に向上している。
しかし、先日のレースではジョニィがメイクデビューで見た彼女の本来の走りは失われていた。
他の選手との駆け引きだとか、ましてやそれを楽しむ余裕だとかは一切見られない。
ただ必死に、いるはずのない敵の背中を追い抜こうとする悲壮な姿だけが、ジョニィの眼には映っていた。
あのレースに勝てたのは、ゴールドシップの才能と実力による単純な力押しの結果に過ぎない。
もしも、あれがシルバーバレットとの本当の勝負だったのなら――。
勝ち目はない。
力ではなく意思が負ける。
シルバーバレットだけではなく、同じく出走するシンボリルドルフやあるいは他の選手にまで。
ゴールドシップ自身も、それを薄々気付いているのだ。
気付いていて、どうしようもない所まで追い詰められつつあるのだ。
「まあ、言ってもしょーがねーよ! アイツとの勝負までもう半月を切ってんだし、呪いを解く為の神父さん探してる暇もねーし! 本番に向けて日々鍛錬あるのみってな!」
ゴールドシップは気分を切り替えるように大声で笑った。
しかし、本当に切り替えられるわけがなかった。
全身を汗で濡らしたまま拭うこともせず、疲労で震える脚を無理矢理動かして、再びグラウンドを走ろうとする。
「ゴールドシップ」
「分かってるよ。フォームに気を付けろ、だろ」
「ゴールドシップ、そこに座るんだ」
「何だよ? お喋りしてるヒマはねーぞ」
ゴールドシップは苛立ったように、ジョニィを睨みつけた。
「こうなることは分かってたんだ。分かってて負けそうになってるアタシの弱さだ。くだらねー慰めなんて……」
「慰めも説教も口にするつもりはない」
ジョニィは強い口調で切り捨てた。
その瞳には厳しさと決意が宿っていた。
「僕は君のトレーナーだ、ゴールドシップ。君を勝たせる為にいる。君が1人で越えられない壁にぶつかったのなら、僕が導く。今、決心した」
ジョニィの覚悟を宿した言葉が、ゴールドシップの焦りを吹き飛ばすように響いた。
走ることも忘れて呆然と佇む彼女は、やがて大きく息を吐いて、無意識に強張っていた身体の力を抜いた。
「……分かったよ、座ればいいんだろ」
観念したかのように、その場に座り込んだ。
地面に腰がついた瞬間、それまでの疲労が一気に襲ってきたかのように身体が重くなった。
だから、座りたくなかった。
次に立ち上がることが出来るのか分からなくなってしまった。
しかし、ゴールドシップはもう腹を据えたかのように胡坐をかいて、ジョニィを見つめた。
「それで、どうするんだ?」
ゴールドシップの問いに、ジョニィは答えた。
「――『
◆
夕暮れ時を過ぎたグラウンド。
自動点灯する大型照明によって明るさは保たれているが、特別に申請でもしない限り、この灯りも一定の時間帯を過ぎると消灯される。
既に、ゴールドシップとジョニィ以外周囲にはいない。
皆、トレーニングを切り上げて寮へと帰ったのだ。
2人だけが残った空間で、ジョニィの言う『LESSON』が始まろうとしていた。
「……その『技術』っつーのは、スローダンサーが使ってたあの『技術』のことでいいのか?」
さすがのゴールドシップも無意識に息を呑むほどの緊張があった。
テレビ越しにも見た不可解な『技術』
才能の限界を迎えたウマ娘を、更なる領域へ押し上げた『技術』だ。
しかも、その『技術』を身に着けたスローダンサーは、恐らく世界中でほとんどいないだろう『シルバーバレットを追い詰めたウマ娘』なのだ。
結果的に勝つことは出来なかったが、今の自分などよりもずっとシルバーバレットに迫ったウマ娘だった。
何故、今更それを教える気になったのかは分からないが、自分に最も必要なトレーニングであるような気がした。
「ああ。だが、まずはLESSON1――『妙な期待はするな』」
無意識に表情を明るくするゴールドシップへ、ジョニィは厳しく告げた。
「これから教える『技術』は君がレースに勝つ為に必要なものだ。だけど、この技ひとつで勝てるほど甘い相手じゃない。まず、それを確認する」
普段のゴールドシップならば、こんな縋るような期待を抱いたりしない。
彼女には自分の走り方がある。
この『技術』に関しても、普段の彼女ならば『面白そうなトレーニング』程度の感想しか抱かなかっただろう。
そういう余裕を持っていた方が『技術』を教えるよりもずっと彼女の力になっただろうし、ジョニィも彼女自身の走り方を信じていた。
しかし、シルバーバレットに敗北した記憶は予想以上に彼女の精神にダメージを与えていた。
彼女が本来の走り方を取り戻すには、やはりシルバーバレットに打ち勝つしかない。
「シルバーバレットの強さには2種類ある。1つは『経験』だ」
「まあ、そりゃ分かり切ったことだな」
「ああ、どうしようもない差だ。君を積極的にレースに出して経験を積ませることも考えたけど、たった半年でこの差を埋めることは出来ないだろうし、それよりも君の成長率を逐一分析される方が不利になると判断した」
それに、今のゴールドシップにとってレースは勝とうが負けようが苦痛でしかないだろう。
ジョニィは言葉の後半をあえて口にしなかった。
ゴールドシップ自身もそれは理解しているだろうからだ。
「君に経験させたい日本の有力なウマ娘が、ほとんどシルバーバレットとのレースに行ってしまったというのもあるね」
結果的に、シルバーバレットは日本のあらゆる種類のレースを経験したことになる。
様々なバ場で代表的な選手を相手にした経験値は、海外のウマ娘が得るアドバンテージとしては相当に大きい。
十連覇最後のレースは体力や体調から見てもシルバーバレットにとって不利ではないかと世間では言われているが、2人は共通してその考えを否定した。
ディエゴとシルバーバレットは盤石の体勢で、シンボリルドルフを代表とする日本のウマ娘達との最後のレースに臨むだろう。
「ゴールドシップ、実際に共に走った君なら分かっていると思うがシルバーバレットの持つ『経験』というのは、ペース配分や駆け引きといった程度のものだけじゃない」
「分かってるよ。アイツには多分、より速く、有利に走れるコースの『ライン』みたいなものが見えてる」
「そうだ。日本と海外のコースの違い、芝や土の硬さを克服出来た能力がそれだ。『SBR』を経験したことで、奴のその能力は世界でもトップクラスに極められたと言ってもいい。あのシンボリルドルフさえ及ばないかもしれない」
「……つまり何か? シルバーバレットの見極めた『ライン』が一番いい『ライン』だって言うのか? アイツの走る『ライン』が一番速くて有利だっつーなら、どうやって追い抜くんだよ? ベストを取られてるなら、アタシの『抜き所』は何処だ?」
その問い掛けにジョニィはすぐには答えなかった。
「……シルバーバレットの『ライン取り』の『ミス待ち』だな。それしかない」
「『ミス待ち』だぁ……? アイツがミスる『かも』だと? それを悠長に待ちながらアイツの背中を追っかけてろってのかよ、ジョニィ!」
ゴールドシップは怒りを滲ませて叫んだ。
立ち上がれるだけの体力が残っていれば、そのままジョニィに掴みかかっていただろう。
「そんなのはダメだ! そういうのはよぉ……何か違う! 違うぜ、ジョニィ! アタシがアイツに勝つっていうのはそういうことじゃねぇッ! アイツをぶち抜いてゴールすることがアタシの勝ち方だッ!」
ゴールドシップは叫びは、ジョニィの作戦に対して殴りかかるようだった。
他に何かいい考えがあるわけではない。
自分が相手よりも経験で遥かに劣っていることは自覚している。
自覚していて、なお叫ばずにはいられなかった。
彼女の中で燃えている何かが、その作戦を許さなかった。
「……なんだ、言えるじゃないか。『そういうこと』が」
理屈のない反論に対して、むしろジョニィは安心したように笑って返した。
ゴールドシップは一瞬呆けた後、僅かに羞恥で顔を赤くした。
「ジョニィ、アタシを試したな!?」
「どれだけガッツが残ってるのか知りたかっただけさ。今後のトレーニングにも影響するしね」
「うっせー、バーカ! バーカ!」
「まあ、実際に試す意味もあったけどさ、言ったことは本音だよ。シルバーバレットが見極める『ライン』以上のコースを、今の君が見つけられるとは思えない」
ようやく普段通りの軽口が交せたことに安堵する気持ちを隠して、ジョニィは厳しく告げた。
「最初のレースでシルバーバレットの背後についたのはいい作戦だったと思う。本番でもマークしてゴール直前で差す作戦で行ってみるかい?」
「……いや、ダメだ。多分、あんな手は2度と通じねぇ。なんとなくだけど、そう思う」
「そうか。じゃあ、やめとこう」
「いいのか? アタシの単なる勘だぜ」
「『経験』じゃあ勝ち目がない。となると、それを補えるのは君の持つ『センス』だ」
ジョニィの持つ経験や常道で作戦を考えれば、敗北の可能性をどうしても払拭出来ない。
トレーニングでは鍛えようもない部分である以上、ゴールドシップが本番で発揮する『センス』が勝負の要になると考えていた。
「僕から見ても君の持つ『センス』は計り知れない。僕のちっぽけな視野には収まり切らない、その可能性に賭けたいと思う」
そう言ってゴールドシップを見据えるジョニィの瞳には、疑念や不安といったものは全く映っていなかった。
自分が担当するウマ娘の力を信じる、理想的なトレーナーの眼をしていた。
「……まあ、ジョニィの考えは分かったよ。本番でどうするかは、アタシが決める」
ゴールドシップは僅かに視線を外して答えた。
信頼される恥ずかしさもあるだろう。
しかし、本当は『任せとけ』とでも力強く答えたかったはずだ。
それが出来なかった。
やはり、今の彼女に必要なのは勝利の可能性を見出せるだけの力と根拠だ。
「話を続ける。シルバーバレットのもう1つの強さは『能力』だ。優れた才能を鍛え上げた奴は、純粋に強い」
言いながら、ジョニィは車椅子のポーチに手を伸ばした。
「これに関しては、正直不利と感じるほど差はないと思っている。君の身体能力は決して奴にも劣らない。優れている部分さえあると僕は判断する」
「レース出る代わりにひたすら鍛えてたからなー」
「だけど、ここにも『経験』が関わってくるんだが……ゴールドシップ、おそらく君は当日、本来の実力の8割も発揮出来ない状態になるだろう」
ジョニィの推測に対して、ゴールドシップは反論しなかった。
「そういう『思い込み』になってしまうかもしれないから、本当は言うつもりはなかったんだが……君自身も、もう理解してしまっているんだろう?」
「ああ、本人がいないレースで幻覚まで見ちまうほどだからな」
「君はシルバーバレットという存在に強く囚われてしまっている。本番のレースでは、その影響がより顕著に出るハズだ。高い確率で君は『掛かった』状態になると思う」
それは予想というよりも、ほとんど確定した未来だと2人は冷静に捉えていた。
「シルバーバレットとの対決は国内最大規模のレース場で行われる。出走者は18名。距離は3200m。長距離に分類されるレースの中でも特に長いコースだ」
「さすがにその距離はゴルシちゃんも初めての長さだな」
「それでも君のスタミナなら十分に走り切れる距離だ」
「1位だって狙えるぜ。……普段通りの調子で、並の相手だったらな」
「残酷に響くかもしれないけど、言わせてもらう。現在の君ではシルバーバレット本人を前にすれば間違いなく動揺する。レースに臨む精神状態としては、むしろ何も知らなかった最初のレースの時の方が万全だった」
「……」
「手足は思うように動かず、疲れは普段より何倍も早く、重く感じるようになる。他の選手の集団にブロックされる状況ならまだマシな方だ。シルバーバレット以外の背中を見ることは、君にとって限りない焦燥と苦痛を与えるだろう。そうして何も考えられなくなった時、君は敗北する」
ジョニィはまるで当日の光景を見てきたかのように語った。
それは単なる妄想やイメージではない。
ゴールドシップ以前に、多くのウマ娘の育成に関わり、レースに送り出したベテラントレーナーとしての経験から来る確かな説得力があった。
「――だから、君に『技術』を教える。最初に言った通り『妙な期待はするな』 これから教えるのは一発逆転の奥の手なんかじゃない、本番で抑え込まれる君の力を引き出す為の『技術』だ」
そう言って、ジョニィはポーチに差し込んでいた手を抜き出した。
その手には『鉄球』が握られていた。
ゴールドシップも、これまでに何度か彼が手で玩んでいたのを見たことがある。
1度訊ねたこともあるが、親友の形見のような物らしい。
用途は分からない。何かのトレーニング用の道具かとも思った。
しかし、それを聞いてから、何となくその鉄球に関する質問は控えるようになった。
その鉄球が今、話の本題に関わるようにジョニィの手の中で『回転している』――。
「……おい、それどうやって回ってるんだ?」
ゴールドシップは不可解なものを見ているかのように訊ねた。
ジョニィの手のひらの上で、鉄球は鋭く回転を続けている。
もう片方の手を使って回した様子はなかったし、手で回したにしては回転が速すぎる。
何よりも『止まらない』のだ。
その凄まじいスピードを維持したまま、鉄球は回転し続けていた。
「僕とスローダンサーがこの『技術』を学んだのは、『SBR』レースで出会った『ジャイロ・ツェペリ』というトレーナーと『ヴァルキリー』というウマ娘からだ」
ゴールドシップの質問には答えず、ジョニィは話を続けた。
「結論から言うと、スローダンサーが身に着けた『技術』とはこの鉄球のような『回転の技術』に秘密がある。ジャイロの一族であるツェペリ家が『無限』への追及の果てにこの技術へ昇華したと言っていた」
「か、『回転』……? それに『無限』だって? オイオイ、アタシ達は今レースの話をしてるんだよな?」
「いいから聞け! これは僕も受け売りだし、現実に眼にするまで信じられない気持ちなのも分かる。だけど、確かにあるんだ。『回転』には計り知れないパワーと秘密があるッ!」
そう言って、ジョニィは鉄球を持った手をゴールドシップの前に差し出した。
依然として鉄球は高速で回転を続けている。
手のひらの摩擦などで勢いが落ちる様子はない。
放っておけば、それこそ『無限』に回転し続けているかのように。
ちっぽけな鉄の球がただ回っているだけの光景に、ジョニィの言うような計り知れない何かを感じて、ゴールドシップは小さく息を呑んだ。
「ゴールドシップ、座っていろよ。今から君を『立たせる』」
それはどういう意味だ――?
そう訊ねるより早く、ジョニィの手のひらから意思を持ったかのように鉄球が飛び出していた。
回転をしたまま鉄球は高速で飛来し、座り込んだゴールドシップの太ももに触れた。
鉄の塊がぶつかる衝撃はなかった。
代わりに、鉄球の回転に服と皮膚が巻き込まれたと思った次の瞬間、ゴールドシップは『立ち上がって』いた。
「な……何ィ!?」
立とうという意思はなかった。
そもそも立ち上がる為の気力も体力も尽きていたはずだった。
しかし、何かを考えたり感じたりする間もなく、自分は立ち上がってしまっている。
疲労や倦怠感が行動を阻害する間もなく、肉体が勝手に動いていた。
その現象を起こした鉄球は、これもまた不可思議なことに回転を維持したまま、飛んできた軌道を巻き戻るようにジョニィの手の中へと収まった。
「これがLESSON2だ。『筋肉に悟られるな』 鉄球の回転は君の皮膚にだけ作用した。皮膚までなら筋肉は気付かない。回転を使えば、意識に関係なく筋肉を理想的に動かすことも出来る。精神に左右されることなく、潜在する身体能力を引き出すんだ」
ゴールドシップは呆然と佇んだまま、ジョニィの話を聞いていた。
初めて会った時から、2人の関係はどちらかといえばゴールドシップがジョニィを振り回す側だった。
彼は自分に『何を考えているんだ』とか『頭がオカシイのか』とか得体の知れないものに対するように色々と言ってきたが、たった今それを返上したくなった。
目の前の男も相当得体が知れない。
「……世界は広いぜ。ゴルシちゃんの想像もつかないモンが、世の中にはあるんだな」
「本当は『鉄球の技術』にはもっと深遠な奥義が存在するらしい。それを極めたジャイロ達とは違って、僕が出来るのはこの程度だ」
「『達』って……クソッ、眩暈がするぜ。こんなワケのわからねー技術を極めた奴が、人間とウマ娘の両方にいるってのか。現実感があるのかないのかもう分かんねーな」
「とにかく、『回転の技術』にパワーと秘密があることは見ての通りだ。なんとか受け入れてくれ。これはまだ『初歩』に過ぎないんだ」
「『初歩』かよ……これ以上何が飛び出してくるってーんだ?」
「他人事のように言うけどね、ゴールドシップ。君は既にその『初歩』を身に着けてるんだぜ」
「……え?」
ジョニィの思わぬ言葉に、ゴールドシップは一瞬呆気に取られた。
彼の見せた『手品』や『魔法』と言った方がまだしっくりくる『技術』を、自分が既に一部身に着けていると言ったのか?
最初は何を言っているのか理解出来なかった。
しかし、これまでのジョニィと過ごした日々を思い返して、気付いた。
彼の持つ『回転の技術』を身に着ける機会があったとすれば、それは彼の課すトレーニング以外に在り得ない。
そして、彼の考えたトレーニングメニューの中で唯一『特別』だと感じるものがあった。
「――『フォーム』か!? アタシに教えた『フォーム』の中に『回転の技術』が仕込まれていたのか!」
その叫びを肯定するように、ジョニィは鉄球を握り込んで回転を止めた。
「正解だッ! 僕が回していた鉄球は手首だけで回転させたものじゃない。『腰』『肩』『肘』『手首』『指』と関節のわずかな捻りを繋いで螺旋状に円を描くことでエネルギーを生み出し、鉄球に伝えていた。身体全体で回すから強力な回転のパワーを得られる」
「身体全体……!」
「脚の動かない僕と違って、君には下半身からも回転のパワーを生み出すことが出来る。走りながら全身の動きで『回転の円』を描くんだッ! そこに『無限のパワー』が生まれるッ!」
「……マジで言ってる、それ?」
「LESSON3『回転を信じろ』――回転は無限の力だ。それを信じろ」
ジョニィの真剣な表情と瞳に気圧されるように、ゴールドシップは戸惑いながらも何とか話の内容を呑み込もうとした。
単なる与太話ではないことはハッキリしている。
現実に、その力の一端を眼で見たのだ。
フォームに関しても、確かにジョニィの指導を受けることで速く走れるようになった実感はある。
それが単なる身体能力の向上ではなく秘められた技術による成果だと、明確な意図をもってトレーニングを課したジョニィ自身が言うのなら信じるしかないだろう。
しかし、全てを信じ切るには足りなかった。
スケールが大きすぎるのだ。
「し……信じろって言われてもよぉ、ジョニィ。確かにアンタの言う『回転の技術』に不思議なパワーはあるのかもしれない。けどよ、なんつーか……話のレベルが急に飛びすぎじゃねーか? いきなり『無限』なんて単位だされてもゴルシちゃん混乱しちゃうんですけど。宇宙の話をしてんじゃねーんだぞ」
「君は自分のフォームが生み出す力を実感したことはないか?」
「いや、そりゃあ多少は効果が出てるのかもしれねーけどよ。だけど……やっぱり、そういう『手応え』を感じたことはねーよ。そんなモンを感じてたら、アタシだってこんなに不安になったりしねーって」
無意識にシルバーバレットの姿を思い浮かべて、ゴールドシップは眉を顰めた。
やはりダメだった。
ジョニィに自分が身に着けたフォームの秘密を聞かされても、勝てるイメージが浮かばない。
彼の語った真剣な話の内容は信じるに値する。
回転の中で生まれる『無限のパワー』というものは本当に存在するのかもしれない。
しかし、自分のフォームが生み出す回転にそういった力が宿るとはとても思えなかった。
「それは君の描く『回転』がまだ不完全だからだ」
俯きそうになるゴールドシップに、ジョニィは言った。
「だからこそ――『敬意を払え』だ。敬意を払って回転の更なる段階へ進め……LESSON4だ」
鉄球を車椅子のポーチに戻す。
ここまでの話は『ここから先の段階』へ進む為の準備に過ぎなかった。
ジョニィは、かつて『SBR』レース中の極限状態でジャイロから教わったことを思い出していた。
彼がやったように、上手くゴールドシップを導けるかは分からない。
ここから先はツェペリ一族の『奥義』とも言える領域だ。
自分やスローダンサーが、それを身に着けることが出来たのは偶然の部分も大きい。とても才能だったなどと自惚れることは出来ない。
しかも、身に着けた『回転の技術』は2人とも不完全なものだった。
ジャイロやヴァルキリーが極めていた領域へは到底届かない。
スローダンサーは勝てず、自分の脚は動かなかった。
それが自分の限界であり現実だ。
同じウマ娘であるスローダンサーが教えた方が、まだゴールドシップにとって力になるかもしれない。
しかし、それでも――。
「まず最初に言っておく、ゴールドシップ」
導かなくてはならない。
彼女の勝利を信じるトレーナーとして。
「君はこれから『できるわけがない』というセリフを、4回だけ言っていい――」
◆
――その日、国内最大規模のレース場は観客席を埋め尽くすほどに盛況を極めていた。
数多くの格式あるレースの舞台となったこの場所で、今最も新しく、最も型破りなレースが行われようとしている。
後年開催される予定である『URAファイナルズ』を一足先に持ち込んだような、日本を越えて世界の注目も集める国際的レースだ。
十連覇宣言の達成まであと1勝を残す『
国内での偉業達成後しばしの沈黙を経て再び舞い戻ってきた『
そして、彼女達にも負けない実力と知名度を誇るウマ娘達。
ファン投票で選ばれ、その未知数の実力で大番狂わせを起こすかもしれないと密かな期待を寄せられる数名の若手も添えて、ここに18名のウマ娘による長距離レースが開催されたのだ。
話題性においては過去類を見ないレースだろう。
世界中に放映された『SBR』の優勝者であるディエゴ・ブランドーとシルバーバレットのコンビに対して、準優勝者であるジョニィ・ジョースターが新たに日本で育成したウマ娘が挑むというだけでも世界的に注目の的だ。
そこに日本国内で伝説を刻んだシンボリルドルフが加わる。
国内海外に老若男女問わず、生粋のウマ娘ファンから話題に釣られて運良くチケットを手にした者まで、多くの人々がこのレース場に集まっていた。
「レースが始まるどころか、ウマ娘の誰も入場さえしていないのにすごい賑わいですわね」
選手控室にまで届く声や音には、場慣れしたメジロマックイーンでも驚きを禁じ得なかった。
観客やスタッフなど何十万もの人々が限られた敷地内に集まり、そこで蠢き、放つ熱がレース場を包み込んで独特の空間を形成しているようだった。
文字通り、この場所は『熱狂の中心』だった。
「……緊張していますか、ゴールドシップさん?」
メジロマックイーンは、すぐ傍にいるゴールドシップに努めて優しく問い掛けた。
既にレースの為の『勝負服』に着替えたゴールドシップは、控室に入って以来ずっと椅子などに腰を休めることなく、立ったままだ。
手足の調子を確認し、時折深呼吸を繰り返している。
「緊張? フフッ、違うぜ……これは集中というのだよ」
ゴールドシップは芝居の掛かった口調で答えた。
普段通りの軽口のようにも聞こえる。
しかし、メジロマックイーンは全てを見抜いているかのように、その顔をじっと見つめた。
「本当に?」
「なんだよ、マックちゃん。アタシが本番を前にしてビビってるとでも言いてーのか?」
「……」
「……実は怖いの! お願い、抱いて!!」
「おやめなさい!」
縋りつくゴールドシップをメジロマックイーンは慌てて引き剥がした。
「へへっ、ワリ―な。さすがのアタシも、普段通りの調子とはいかねーわ」
メジロマックイーンとのやりとりで少しばかり余裕を取り戻したゴールドシップは、苦笑しながら素直な気持ちを口にした。
メイクデビューを含めれば、公式のレース経験はたったの3回。
4回目にして、この大舞台だ。
事前に分かっていたこととはいえ、レースの実績という経験と自信を持たずにルーキーが挑むには荷が重すぎる舞台だった。
何もかもが未体験の出来事ばかりだ。
こうして袖を通した勝負服さえ、今日着るのが初めてである。
「勝負服、似合っていますわよ」
「マジ? 馬子にも衣裳ってヤツ?」
「本当に綺麗です。かっこいいですわ」
「……マックちゃん、やめてよ。弱ってる所に優しくされたらゴルシちゃん、コロっといっちゃう」
ゴールドシップは、メジロマックイーンにそっと抱き着いた。
ゴールドシップの方が身長が高い為、メジロマックイーンの頭を抱え込むような形になる。
今度は拒まれなかった。
ゴールドシップの広い背中に、優しく両手が回される。
「怖えよ、マックイーン。今日、あのシルバーバレットとの決着がつくんだ」
「1人にだけ囚われないで下さい。他の選手に足元を掬われますわよ」
「分かってるよ……いや、分かってねーのかも。なんかもう、既に頭の中がグチャグチャだ」
「しっかりしなさい、アナタは『ゴールドシップ』なのですよ」
ゴールドシップの背中を数回強く叩くと、メジロマックイーンはそっと身体を離した。
「誰が相手だろうと関係ありませんわ。納得がいくまで走ることだけを考えていなさい」
「……分かった」
ゴールドシップはようやく、それまでの虚勢とは違う本当の笑みを、少しだけ浮かべることが出来た。
レースの時間が近づき、メジロマックイーンと連れ立ってパドックへと向かう。
パドックとは、出走するウマ娘達の姿を観客に披露する場である。
選手の状態を観察してその日のレースの予測を行う意味もあるが、勝負服の着用が許される格式高いレースでは着飾った彼女達の華やかな姿を純粋に楽しむ場でもあった。
「よお、ジョニィ。待たせたな」
パドックへ入場する前に、ゴールドシップは付近で待っていたジョニィに声を掛けた。
彼は直前まで記者の相手をしていたはずだった。
今回のゴールドシップの参加には、色々と話題が尽きない。
実力不足ではないか? 話題作りの為に強引に参加を捻じ込んだのでは? 実際のところシルバーバレットに勝ち目はあるのか?
記者を相手にすることに慣れたジョニィならば、こういった無遠慮な質問にも問題なく対応出来ただろう。
実際に、彼は普段通りの様子でゴールドシップを迎えた。
「もうすぐ選手がパドックの周回を始める。君も早く向かってくれ」
「オイオイ、ゴルシちゃんの晴れ姿を見て何か言うことはねーのかトレーナーさんよぉ?」
「ああ、日本じゃ『馬子にも衣裳』って言うんだっけ」
「このヤロウ……」
顔を引き攣らせるゴールドシップの傍らで、メジロマックイーンはこっそり笑いを堪えていた。
ジョニィは軽口のつもりだったのだろうが、それは外国人特有の日本のことわざの誤用だった。
ウマ娘に対して『馬子にも衣裳』とは『美しいウマ娘に綺麗な衣装を着せれば完璧である』と意味する。
ジョニィが視線を外した一方で、ゴールドシップは密かに頬を赤らめていた。
それに気付いたのはメジロマックイーンだけである。
「そんなことより、事前の人気投票の結果を見たかい? やっぱり1番人気はシンボリルドルフだそうだ。優勝候補だってさ」
「あぁん? アタシじゃねーのか?」
「残念ながらね。ちなみにシルバーバレットは2番人気。君は9番に入ってる。実績よりも話題性で参加したにしちゃ、いい人気だと思うぜ」
「見る目ないね、世間の一般ピーポーはよォ」
軽口を叩きながらも、ゴールドシップはシルバーバレットの名を聞いて無意識に周囲を見回していた。
今回のような大規模なレースの場合、観客の人数が多すぎる為パドックは施設内に設けられている。
関係者のみが現場に立ち合い、観客に対してはカメラで映したものを外部の大型モニターに投影して、解説を添える形式を採用していた。
それでもスタッフやトレーナーを含めて何十人もの関係者が集まる中、ゴールドシップはその姿を見つけた。
まずはシンボリルドルフ。
威厳ある勝負服に身を包んだその美麗な姿は、この場で1番の注目を集めている。
そして、シルバーバレット。
白と銀を基調として青のアクセント加えた勝負服は、赤を基調としたゴールドシップの勝負服とは奇しくも対照的な印象を与える。
彼女もまた、ただそこにいるだけで自然と視線を集める存在感があった。
少し離れた位置にはディエゴの姿もある。
ジョニィもディエゴも、お互いの存在にはとっくに気付いていたが、言葉はもちろん視線すら交すことはなかった。
ここに至って、語り合うことなど何もないのだ。
しかし、彼らの担当するウマ娘達は違った。
じっと睨みつけるゴールドシップの視線に気付いたかのように、シルバーバレットがこちらを見て微笑を浮かべた。
あの時と何も変わらない。
向ける視線は格下を見る瞳だった。
自分の勝利を最初から確信している顔だった。
ゴールドシップは舌を出して、首を掻き切る仕草をしてみせた。
シルバーバレットはそれを一笑に伏した後、興味を失ったかのように背を向けた。
その背中を、ゴールドシップはずっと睨み続けていた。
「――どう思う? 我がトレーナー」
ゴールドシップの貫くような敵意を背中で感じながら、シルバーバレットは何食わぬ顔でディエゴに問い掛けた。
「どうもこうもないな。やはり、ヤツは雑魚だ」
「君も同じ見解か?」
「ああ。あのウマ娘は警戒するに値しない。予定通り、今回のレースではシンボリルドルフだけをマークしろ」
ディエゴは嘲笑すら浮かべて断言した。
「この期に及んで、ジョニィ・ジョースターは育成を誤った。ゴールドシップは、あの『技術』を身に着けてはいない――」
◆
――君はこれから『できるわけがない』というセリフを、4回だけ言っていい。
最初、ゴールドシップはジョニィの言ったことの意味が理解出来なかった。
ここまで『回転の技術』について常識を超えた話を立て続けにされてきたが、それを踏まえても突飛な話の切り出し方だった。
しかし、半ば呆気に取られるゴールドシップを尻目にジョニィは話を続けていく。
「いいな……『4回』だ。僕もジャイロからそう言われた」
ジョニィは車椅子に備え付けてあった杖を取り出した。
「先ほど説明した通り、ジャイロの一族は『無限』という概念を技術に昇華したんだ。逆に言えば『回転の技術』の真髄は、この『無限』という概念にある」
杖を使って、グランドの土に図面を描いていく。
それは長方形の図だった。
ゴールドシップは混乱しながらも、とにかくその図を見ながら話に耳を傾けた。
「『黄金長方形』という形がある。聞いたことがあるかい?」
「……黄金比のことか? 近似値にして1:1.618で表されるっていう。今描いた長方形は縦『9』横『16』の比率になってるってことだろ」
「ゴールドシップ、君はたまにアホかと思う時があるけど意外に博識だよな」
「うっせーよ! いいから話を続けろ! この『長方形』が一体何だっつーんだ!?」
ゴールドシップが話を急かすと、ジョニィは続けた。
「この『長方形』は古代から、この世で最も美しい形の基本の『比率』とされているらしい。『ギザのピラミッド』『ネフェルティティ胸像』『パルテノン神殿』『ミロのビーナス』『モナリザ』――この世の建築や美術の傑作群には、計算なのか? あるいは偶然なのか? この『黄金の長方形』の比率が形の中に隠されているのだとジャイロは言っていた」
「……オイ、待ってくれ。何の話だ?」
「それは完璧な比率……これらの作品を作った芸術家達はその『長方形』を本能で知っている。だから『美の遺産』となって万人の記憶に刻み込まれるのだ、と」
「待てって、ジョニィ! オメーがこんな時に一体何を言い出してんのか、アタシにはさっぱり理解できねーんだが!?」
ゴールドシップの戸惑いを無視して、ジョニィは再び地面に図を描き始めた。
「『黄金長方形』には次の特徴がある。正方形をひとつ、この中に作ってみる」
最初に描いた長方形の中に、更に線を追加していく。
縦に1本引かれた線が1つの長方形を『正方形』と『小さな長方形』の2つに分けた。
「残ったこの『小さい長方形』もまたおよそ9対16の比率の黄金長方形となる。これにまた正方形を作ってみる。この残りもまた黄金長方形だ。さらにまた作る。さらにまた……」
ジョニィは図面に次々と線を引き、幾つもの正方形を作っていった。
やがて描ききれないほどになると、最初に作った正方形の中心に杖を突き立てた。
「そして、この正方形の中心点同士を連続で結んでいくと――」
ここまでの話を聞き、図面が示すものを察したゴールドシップは顔を青ざめさせた。
「無限に続く『うず巻き』が描かれる。これが『黄金の回転』と呼ばれる回転だ」
「ま……まさか!」
「君は『フォーム』が描く回転の円をこの通りに回していない……だから限界を感じている」
ジョニィは動揺に揺れるゴールドシップの瞳を射抜くように見据えて告げた。
「『黄金長方形の軌跡』で回転せよ! ――そこには『無限に続く力』があるはずだ。君の走りの中にその力を宿すんだ」
「
ゴールドシップは思わず叫んでいた。
ジョニィが最初に言った通りの言葉を。
「……今、言ったか? 『できるわけがない』……と?」
ジョニィに指摘されて、ゴールドシップは我に返った。
心の底からの動揺が、無意識に形になって口から飛び出していた。
最初は意味の分からなかったジョニィの話が、少しずつ意味のあるものに変わっていく気がした。
しかし、もしもそこに含まれた意味が真実ならば、これは計り知れない話だ。
「か……! いや、仮に……その黄金長方形の回転の力なんてのがあるとして、そんなこと、このアタシに……!」
ゴールドシップは言葉を詰まらせた。
頭の中が酷く混乱していた。
いっそのこと、ジョニィの話が支離滅裂で妄想染みた与太話のようなものだったのならば、どれだけ呑み込むのが楽になっただろう。
しかし、彼の話はここまでの実演も含めて現実的で、また同時に信じ難いものだった。
理解は出来る。
だが、実現出来るとは到底思えない。
何と答えればいいのか分からず、歯を食いしばるゴールドシップをしばらく見つめていたジョニィは、やがて車椅子のポーチから1枚の小さな金属板を取り出した。
「ゴールドシップ、あと3回だけ『できない』と言っていいぜ。君が3回目に言った時……『これ』を君にやる」
よく見れば、それは単なる金属板ではなかった。
長方形の形にデザインされたベルトのバックルだった。
表面の塗装が剥げ、薄汚れたバックルだった。
「ジャイロが使っていたベルトのバックルだ。これも『黄金長方形』の比率で正確にデザインされている。このバックルの形の軌跡上で正確に回転させれば、それは『無限の回転』をなぞることと同じだ」
ジョニィはバックルの上で手のひらを回転させて見せた。
「この回転のイメージをフォームに反映させれば、それもまた無限の回転となる」
「そ、そんなのがあるのか!? 何言ってんだ、黄金長方形の『スケール』なんて……そんな便利なモンがあるなら最初から出せよ! やってみるから、ソイツを見せてくれ!」
「ダメだ」
「はあ!?」
「『できない』と3回目に言った時と言っただろう」
「バ……バカか、テメーッ! アタシをおちょくってんのかァー!?」
ゴールドシップはジョニィに掴みかかった。
身動きの取れない車椅子の相手にここまで遠慮していたが、もう我慢の限界だった。
焦りと混乱で追い詰められていた。
「できるわけがない! そんなのすぐにできるわけがない! アタシがマジで悩んでるっつーのに何なんだよ!? フツーに考えてこんなこと、できるわけがない! オラッ! 3回言ったぞ、ジョニィ! さっさとその『スケール』を見せやがれ!!」
捲し立てながら伸ばしたゴールドシップの腕から、ジョニィはバックルを遠ざけた。
「今のは、1回にしかカウントしないからな。あと2回だ。あと2回言った時やる」
そう言って睨みつけるように向けるジョニィの視線には、有無を言わせぬ迫力があった。
身体の不自由な相手に対して、人間よりも身体能力に優れたウマ娘だ。
ゴールドシップが本気で奪おうと思えば、バックルを奪うことは出来ただろう。
しかし、彼女自身薄々と感じていた。
ジョニィの言動全てに意味があり、『黄金の回転』を得る為に必要なトレーニングのプロセスなのだと。
それでも、彼の意図が分かったところで具体的な意味を理解出来なければ、自分は何も身に着けることは出来ない。
「クソォ……何なんだよ? それは何かの『試練』なのか? ゲームなんかしてる場合じゃねーんだぞ! 半月後にはあのシルバーバレットと戦わなきゃいけねーんだ!」
ジョニィの考えていることが分からなかった。
ただ弱気だけが、どんどん心の奥から湧いてくる。
そんな自分への情けなさも。
「このままだとアタシは負ける。少しずつ少しずつ、その日が近づいてくるんだ……!」
「落ち着け、ゴールドシップ。あと2回だ……『できない』と言え」
その場に崩れ落ちるゴールドシップの肩に手を置いて、ジョニィは繰り返した。
「いいか、『できない』と4回言うんだ。これから半月後のレースまで、トレーニングは普段通り続ける。それまでに言うんだ。君には、もう全て説明した」
彼が何かを伝えようとしている意思は強く感じる。
しかし、それが何なのかどうしても分からなかった。
少なくとも言葉や文字で表現出来るものではない。
それを理解しなければ『黄金の回転』は得られない。
「LESSON4だ、ゴールドシップ。『敬意を払え』――」
意味の分からないジョニィの言葉だけが、ゴールドシップの頭の中で虚しく繰り返されていた。
結局、その日のトレーニングはそこで終了した。
そして、ジョニィの言う通り日々のトレーニングを繰り返した。
彼に説明された通り、フォームに意識を向けながら走った。
しかし、どうしても自分の走りに彼の言うような劇的な力が宿っているとは思えなかった。
何度も『できない』と諦めかけながら、何処かでこの『できない』はジョニィの意図するものではないと理解していた。
これは単なる自分の弱さからくる逃避の為の諦めなのだと。
ゴールドシップは必死でトレーニングを続けた。
そして――何一つ分からないまま、レース当日を迎えてしまった。
◆
いよいよレースが始まる。
観客席は満員だった。
椅子が備えられた指定席はもちろん、レース場を隔てる柵の前まで立ち見する客が詰めかけている。
その文字通りの最前列に、ジョニィはやって来ていた。
車椅子用の席もあったが数が少なく、何よりレース場から遠い。
一望するには良い位置かもしれないが、少しでもレースの近くにいたかった。
ゴールドシップが走る場所の近くに。
「辛くはありませんか、ジョースターさん?」
「大丈夫だ。僕のことは気にせず、なるべく君の楽な体勢でいてくれ」
人の詰めかけた最前列に車椅子を持ち込むスペースなどない。
ジョニィはメジロマックイーンに支えられる形で、そこに立っていた。
「助かったよ、マックイーン。ゴールドシップへのフォローといい、君には世話になりっぱなしだ」
「お気になさらず。ゴールドシップさんへのお節介はわたくしが好きでやってことですし、今回のレースを少しでも近くで見たいのは同じですわ」
レース場に出走者であるウマ娘達が姿を現し、周囲が大きな歓声に包まれた。
この歴史的大舞台を前にして、粛々とゲートへと向かう者、観客にアピールをする者、様々な様相を見せてウマ娘達は進んでいく。
シンボリルドルフは前者、シルバーバレットは後者だった。
そして、ゴールドシップは両手にピースサインを見せながら一際目立つパフォーマンスで観客席にアピールを繰り返していた。
実況がその様子に軽く触れ、場を盛り上げる。
一見すると、ゴールドシップは若手にあるまじき余裕と度胸を見せつけているように思える。
しかし、ジョニィとメジロマックイーンにはそれが自分を奮い立たせる為の虚勢であることが分かっていた。
『このレース、最も人気を集めているのはシンボリルドルフ、1番人気です』
全てのウマ娘達がゲートに入り、出走の準備が整いつつある。
『この評価は少し不満か? 2番人気は今や日本に旋風を巻き起こしているウマ娘、シルバーバレット』
実況と解説が、準備完了までの前置きとして3番人気までのウマ娘達に軽く触れていく。
当然、人気の劣るゴールドシップに触れる機会はない。
しかし、彼女の存在が今回のレースで密かに注目を集めているのは間違いなかった。
シルバーバレットを相手に奇跡の勝利を掴むのか、それとも無惨に敗北するのか。
そういった複雑に入り混じる前評判を承知の上で参加を捻じ込んだのだ。
普通のウマ娘ならば、そういった観客の期待がプレッシャーとなって余計な負担を掛けるだろう。
しかし、今のゴールドシップにはそれさえ届かない。
ジョニィは険しい表情で、そう考えていた。
「……ゴールドシップさんは、大丈夫ですか?」
メジロマックイーンは、拭いきれない不安から曖昧に訊ねることしか出来なかった。
ゴールドシップは、どう見ても本調子ではない。
普段の彼女からは想像も出来ない姿だった。
シルバーバレットに勝つとか、あるいは健闘するとか、そういったレベルですらない。
ちゃんと走れるのか――そう不安になってしまうほど追い詰められているように思えた。
「パドックを回った後、レースまでに話す時間はあったと思いますが」
「ああ、話をしたよ。今日までのトレーニングも含めて、彼女には伝えられるだけのことを伝えたと……そう思う」
答えながら、ジョニィは無意識に拳を握り締めていた。
やれるだけのことはやった。
だが、全てを完璧にこなせたとは到底思えなかった。
もっと何か、上手いやり方があったのではないか、気の利いた言葉があったのではないかと後悔が何度も頭を巡っている。
ゴールドシップに必要だと思った『黄金長方形の回転』についても、結局彼女を混乱させただけなのではないかと思う。
身に着くかどうかも分からない技術を教えるよりも、彼女の追い詰められた精神を守ることがトレーナーとして正しい判断だったのではないか?
彼女の走りに魅せられたと言いながら、その走りを彼女から奪ったのは自分なのではないか?
そして、永遠に取り戻せなくなってしまうのでは――。
「あとは、彼女がレースの中で気付くのを祈るだけだ」
ジョニィは内心の動揺を表に出さず、それだけ呟いた。
レースが始まる。
始まってしまう。
距離3200mのレースだ。
長いように見えて、ウマ娘の走力をもってすれば数分で結果が出るレースだ。
全てがこのわずかな時間で決まる。
先頭のウマ娘がゴールを過ぎた時、自分が見る光景はあの『SBR』の最終ステージで見たものと同じものになるのではないか。
自分はまた、自分の信じたウマ娘が打ちのめされる姿を見ることになるのではないか。
敗北の記憶に蝕まれているのはジョニィも同じだった。
あの時と同じ、身を捩るような不安と前のめりの焦燥感が彼の全身を支配していた。
『SBR』レースの時と――。
学園での非公式レースの時と――。
『ゲートイン、完了。出走の準備が整いました』
レースが、始まる。
『――スタートです!』
ゲートが解放され、総勢18人のウマ娘達が一斉にコースへと飛び出していく。
『各ウマ娘、揃ってキレイなスタートを……ああっ!?』
実況が思わず声を上げるほどの出来事だった。
ジョニィの隣で、メジロマックイーンが小さく『あっ』と声を漏らしたのが聞こえた。
『ゴールドシップ、大きく立ち遅れました!』
タイミングがズレたとか一歩分遅れたといったレベルではなかった。
ゲートが開いたことに気付かなかったのではないかと思う程、何バ身もの差を空けてゴールドシップは走り出していた。
致命的なまでのゲート遅れを起こして、レースは始まってしまった。
◆
レースが始まる。
始まってしまう。
ゴールドシップは堅い表情で、目の前にある閉ざされたゲートを睨みつけていた。
早く開け、と念じ続けていた。
しかし、それは勝負を急ぐ気持ちから来る焦燥ではない。
一刻も早く、このゲートから出ていきたかった。
ここは息苦しすぎる。
もちろん、ゲートは完全密閉された場所ではない。
すぐ隣を見れば、同じくゲートの中でスタートを待つ他のウマ娘達の顔が眼に入るだろう。
そうだ、隣だ。
すぐ右隣にシルバーバレットがいる。
奇しくも隣のゲートになってしまった。
学園でのレースと同じだ。
あの時は何も感じなかった。
だが、今は違う。
何なんだ、この感覚は。
隣のゲートに間違えて得体の知れない怪物でも入れたのではないか。
右から来る強大なプレッシャーに圧し潰されそうだった。
ゲートに入る前から、シルバーバレットとは眼を合わせていない。
向こうは、こちらを歯牙にも掛けていないだろう。
ゴールドシップは逆の理由で視線を向けることが出来なかった。
今、この段階で奴を見れば、その瞬間囚われてしまうだろう。
パドックの時のような余裕は、もうない。
いや、最初から余裕なんてなかった。
何もかも虚勢だった。
レースが始まる。
始まってしまう。
まだ走り出してもいないのに、ゴールドシップの息は粗くなっていた。
呼吸が上手く出来ない。
走れるのか、こんな状態で?
今日までにやれるだけのことはやってきたつもりだった。
覚悟もしてきたつもりだった。
こういった状態になってしまうことも事前に分かっていたつもりだった。
全部『つもり』だった。
この期に及んで、頭の中を『何かやり残したのではないか』という後悔が意味もなく巡り続けている。
やり残したこと――。
そうだ。
ジョニィからの『LESSON』がまだ終わっていない。
結局、『黄金の回転』を身に着けた手応えはなかった。
フォームは意識している。
しかし、おそらくこれは違う。何も変わっていない。
ジョニィにあと2回『できない』と言うのを忘れてしまった。
だが、おそらく言葉では意味がないのだろう。
彼の持つ長方形の『スケール』も、結局渡されることはなかった。
「……あ?」
そこで、不意にゴールドシップは気付いた。
自分の勝負服。
そのベルトに、あのバックルが装着されている。
ジョニィの言っていた、『黄金長方形』をコピーしたバックルが。
何故、それがここに?
ジョニィがそう仕組んだのか?
何故、今更それに気付いたんだ?
混乱の最中、ジョニィと最後に会話をした時のことをかろうじて思い出した。
パドックから出た後、レース場に着くまでに彼と言葉を交わした。
ゲートが閉じた時から、そこに至るまでの記憶さえ閉ざされてしまったかのように今まで忘れていた。
彼は何かを言っていたはずだ。
レースが始まる前。
確か、最後のレッスン。
LESSON5を――。
レースが――。
『――スタートです!』
最初、響き渡るその言葉が何を意味するのか理解出来なかった。
気が付くと目の前が大きく開けていた。
その開けた視界に、次々と駆け出すウマ娘達の背中が見えた。
シルバーバレットも、シンボリルドルフも。
『各ウマ娘、揃ってキレイなスタートを……ああっ!?』
心臓が止まるほどの焦燥感に襲われて、ゴールドシップは無意識に駆け出していた。
それは肉体に染み付いた反応に過ぎなかった。
混乱する意識の中、彼女はかろうじて理解した。
レースが――始まっている!
『ゴールドシップ、大きく立ち遅れました!』
実況の声が分かり切ったことを告げる。
ゴールドシップは自分自身に向けて悪態と罵声を吐きまくった。
出遅れた。
ただでさえ勝ち目のない勝負なのに、スタートでいきなり躓いた。
先行するシンボリルドルフを追うように、シルバーバレットは遥か前方。
自分は最後尾だ。
元々、作戦は『追い込み』で行くつもりだったから位置は問題ない。
それでも最後尾は遠すぎだ。
この作戦すら、つい先ほどまで頭から吹っ飛んでいた。
こんな状態で。
シルバーバレットに勝つなんて。
ジョニィの言う『黄金の回転』だなんて。
――できるわけがないッ!
心の中で絶望を叫びながら、ゴールドシップは走った。
To be continued……
『黄金の回転』に関しては、原作への独自解釈を加えた上でウマ娘の世界観に落としこんでますんで、他の方の解釈と違う部分もあるかもしれません。
原作はコミック読んだだけなので、設定集とかあったとしても眼を通していないので。
とりあえず、この世界では
『黄金の回転』=無限のパワーを生み出す。
『鉄球の技術』=無限のパワーを様々な効果として現実に発揮する。
といった区別化をしています。
『黄金の回転』自体は、ただパワーを生み出すだけ。それを活かすのは別の技術って解釈ですね。これ1つで何もかも解決って超便利技術ではないです。
・おまけ
SBR版ウマ娘『ヴァルキリー』
ジャイロのパートナーとして『SBR』に参加したウマ娘。
若く才能に溢れているが、それまでは無名だった。イタリア出身。脚質は『逃げ』
ジャイロと共にツェペリ家で育った。
彼とは兄妹のような関係であり、口調や服装なども彼を真似ている。
気が強くて口が悪い。スローダンサーのことを当初は『オバハン』や『ざぁこ♡』と罵ったりジャイロと一緒にジョニィをからかったりするメスガキ要素を全面に出しつつジャイロにだけは心を許しているとかだったら個人的に萌えるんだけどお前は?
『馬』が存在しないウマ娘世界においては『馬』が生み出す回転のパワーを『鐙』を伝って鉄球に加える原作の技術が生み出されていない。
ウマ娘でありながら『鉄球の技術』を身に着けた彼女だけが、その領域へ至り『ボールブレイカー』さえ発動させる可能性を持った唯一の存在である。
『SBR』においても、リタイアしなければ優勝する可能性すら十分にあった。
しかし、ジャイロの死亡により彼女がレースを走ることは以後2度となかった。