あかんこれ~ブラック鎮守府に艦娘として着任したので、艦娘たちを守ろうと思う~ 作:白紅葉 九
――吹雪side――
いつから私はこんなに弱くなってしまったのだろう。いや、きっと、ずっと弱いことを自覚していなかっただけなんだろうな。
「未来……?」
「……」
光を失った目で部屋の隅に座り、虚空を見ていた未来から返ってきたのは、無反応という絶望だった。
私はそこで初めて、唯一の親友を守れなかったという無力感を抱いた。
何とかそんな未来を支え、未来の生きる道を尊重し、ついに横須賀第十三鎮守府の提督となることができた。
未来の“艦娘を輝かせる”という夢を守るために、私は未来を支え続けることを胸に誓った。
でも。
――大淀さんに撃ち殺されそうになった現場に、私はいなかった。
――ワタシハ、タスケニイケナカッタ。
――天龍さんの謎解きは、未来と妖精さんだけで解けた。
――ワタシハ、イナクテモヨカッタ。
――川内さんと赤城さんの繋がりなんて、一切知らなかった。
――ワタシハ、キヅケナカッタ。
――加古さんのことは、気づいたら未来が一人で解決していた。
――ワタシハ、ナニモシナカッタ。
――金剛さんとのことは、終わった後に未来から聞いた。
――ワタシハ、ドコニモイナイ。
私の中の不明瞭な何かが、明確に崩れていくのを感じた。
私の中のワタシの感じた、ナニカフメイリョウな何かが。
あなたとワタシの夢だった、ナニカフメイリョウ崩れて。
ワタシのあなただったと夢、クラクテフカクテサビシイ。
「吹雪さん」
――暗クテ。
「その先に、光はありませんよ」
――深クテ。
「その道は、正解じゃありませんよ」
――寂シイノニ。
「そこに、仲間はいませんよ」
――沈メ。
「吹雪さん」
――沈ンデ。
「必ず助けますよ」
――沈ンデヨ!!!
「あなたの提督が」
――……。
「吹雪さん」
――彼女が私の名前を呼ぶ。
「ごめんなさい」
――その声が、刃物となって体を突き刺した。
「さようなら」
――彼女の目は、黄色く光っていた。
――その顔は、悲しそうに見えた。
見慣れないベッド。
しかし、何度も見たことがあるような、既視感さえ感じる。
突然、病院のベッドで目覚めるとこういう気分なのだと、私は身を持って知った。
といっても、私は艦娘だから、ここは病院ではなく鎮守府に設けられた医務室なのだろうが。
入渠で傷を治す艦娘にとっては、いくら戦時中であってもあまり馴染みのない部屋である。
ベッドの端を見ると、そこには提督が自身の腕を枕にするように寝ていた。
その目元が赤くなっていることで、自身が作戦中に何か大きな怪我を負ったのかもしれないと思った。
確か私は、大規模侵攻を阻止する作戦に参加していて……ええと、それでどうしたんだっけ。
どうしてか、あまりよく思い出せない。
作戦に参加していたことは確かなのだが、そこから帰った記憶がない。
「ん……ふ、ぶき……?」
横から声がし、そちらを見ると、先程まで寝ていた提督がゆっくりと顔を上げこちらを見ていた。
その後、私の顔を見て数秒間固まった後、思いっきり抱きしめられた。
「わぁっ!? て、提督!?
どうしたんですか……!?」
「ふぶきぃ、ふぶき! よかった、よかったよぉお!!」
そう言って泣く提督を宥めること十数分。
やっと落ち着いてきた提督は、ぽつりぽつりと状況を教えてくれた。
どうやら私は、大規模作戦で深海化していたらしい。
深海化とは、その名の通り、艦娘が深海棲艦になってしまうもので、基本的に深海棲艦になったら艦娘に戻ることはない。
しかし、過去に一度だけ、台湾で深海化した艦娘が艦娘に戻った前例がある。
そのため、深海化というのはあまり情報がないため、まだ深海化が完全に治ったのかはわからず、再発する恐れもあるとして、深海化の情報は箝口令が出されている。
実際私も、深海化した時の記憶がないので、何とも言えない状態だ。
「“あかぎ”さんがいなかったら、どうなっていたことやら……。
本当に、“あかぎ”さんには感謝しかないよ」
「“あかぎ”さん……?」
「ああ、えっとね、深海化した吹雪のことを止めてくれたのは“あかぎ”さん何だよ!」
提督は嬉しそうに笑う。そんな提督に、私は一つの疑問を投げかける。
「えっと……――“あかぎ”さん、ってどなたですか?」
別の鎮守府の艦娘なのだろうか、と問いかけると、提督はその目を大きく見開き、信じられないものでも見たかのような表情をする。
もしかして、有名な人だったのだろうか。
しかし、最近“あかぎ”という名前の艦娘が戦果を出したなんて話は聞かないし……。
「ふぶ、き?
嘘だよね。冗談……だよね?」
「えっ、どうしたんですか、提督。
私、なにかおかしなこと言いましたか?
えっと、思い出しますから、その“あかぎ”さんって、どこの鎮守府の方か教えていただけますか?」
「……」
絶句。
まさにそんな言葉が似合う表情であった。
状況が全く呑み込めず混乱する。
いったい提督はどうしたのだろうか。
どうやら、提督は私が“あかぎ”さんを知らない事がおかしいことのように思っているようだけど……。
こちらとしては、突然聞いたことのない名前を出されているのに、まるでみんな知っている人物であるかのように話している提督に疑問を抱く。
私がおかしいのか。提督がおかしいのか。
よくわからなくなってくる。
「ッ、大淀は!?
それに、長門さん、陸奥さん、翔鶴さん、北上さん、響さんは!?」
「大淀さんは書類整理が得意な艦娘で、最近提督とよく一緒に居ますよね。
後の五人は私の同じ第一艦隊です」
「……」
「あの、提督、大丈夫ですか?
水でも入れましょうか……?」
「い、や、だいじょうぶ……」
その声はか細く、とても大丈夫そうには見えなかった。その後、鎮守府にいる艦娘の名前を言われる。
当然、全員知っている。
いったい、提督は何を確かめているのだろうか。
「失礼します……あっ、吹雪さん、目が覚めたんですね!
ところで、提督は何を……?」
「あ、明石さん!
えっと……“あかぎ”さんのこと、覚えてるよね……?」
明石さんは不思議そうな顔をした後、何かわかったのかハッとした顔をした。
そして、提督を病室から出したと思ったら、すぐに戻ってきた。
「あの、明石さん……提督はどうしたんですか?」
「あー、えっと、私にもわかりません!
けど、私にはわからなくても、“あの人”にはわかっていると思うので、“あの人”に聞くように促しておきました」
「“あの人”って誰ですか……?」
「そ、それは……機密事項です!」
明石さんはそれ以上何も教えてはくれず、作戦中に大破をしたという私の身体検査を始めた。
私の頭から疑問は消えなかったが、それを解消するための材料もなかったので、ひとまずその疑問は置いておくことにした。
諸々の検査も終わり、やることもなく病室のベッドで横になっていたら、扉がノックされ開いた。
そこから提督と、見慣れない女性が現れる。
提督は何故かわずかに緊張したような顔をしている。
対して見慣れない女性は、私を見ると笑顔で微笑みかけてくる。
優しそうな女性だなぁと私が思っていると、提督が口を開いた。
「吹雪、さっきはごめん。ちょっと気が動転してたよ。
改めて紹介するね」
提督がそういうと、隣の女性が一歩前に出た。そして、あの優しい笑みをもう一度私にする。
「はじめまして、吹雪さん。
新しくこの鎮守府に着任した、航空母艦の“あかぎ”です」
「あっ、はじめまして、“あかぎ”さん!
駆逐艦吹雪です! よろしくお願いします!」
私が“あかぎ”さんにそう言うと、“あかぎ”さんは笑い返してくれた。
なんだが、大人の女性っていう感じがする。
そんな私たちのやり取りに、提督は複雑そうにしている。
さっきから提督はどうしたのだろうか。
「……“あかぎ”は、私たちのサポート役として新しく大本営から派遣された艦娘なんだ。
吹雪が眠っていた間、吹雪の代わりに秘書艦をやってもらっていた」
「あ、そうでしたか。
すみません、ご迷惑をおかけしました」
「いえ、提督をサポートするのが艦娘の役目ですから。
これまで一人で提督を支えていらっしゃった吹雪さんの大変さが身に沁みました」
「えっ、いや、そんなことないですよ! えへへっ」
「……話を戻すけど、吹雪、一つ大事な話があるの」
提督がいつにもまして真剣そうな顔をする。
その表情は、天龍さんや川内さんの抱えていた闇を解決する時にもしていた、艦娘について真剣に考えている時の顔だ。
私も覚悟を決めて、聞く姿勢に入る。
「今回は何とかなったけど、もしまた吹雪が意識不明になるようなことがあれば、秘書艦業務は停滞してしまう。
それを回避するために、秘書艦は曜日ごとに分けようと思うの」
「ッ……わかりました」
鎮守府によって、一人が秘書艦を務めるか、複数人が秘書艦を務めるかは変わってくる。
いままでは私が一人で秘書艦を務めていたが、ついにこの日が来たか、という感覚だ。
ただ、いずれ来るかもしれないと思っていても、いざ来たとなると、ちょっと残念な感じはある。
提督といる時間が短くなるのは、やっぱり寂しい。
まぁ、仕方ないと割り切るしかないんだけど。
あれから一週間の時が経った。やっと、出撃ができる。
どうやら提督は艦隊編成を変えることを考えているようで、現在は色々な艦隊編成を試しているようである。
今回は、旗艦川内さん、随伴金剛さん、“あかぎ”さん、夕立さん、島風さん、そして私の六名だ。
「艤装展開! 吹雪、抜錨します!」
そう言って艤装を展開する。
建造艦は艤装を展開する時に“艤装展開”と言ってから艤装を展開する方法を習っているため、そうやって展開する人が多い。
逆に、ドロップ艦はさまざまである。
「川内、出ます!」
「鎮守府に平和を持って帰るネー!」
「……艤装展開! 一航戦“あかぎ”、出撃します!」
「さぁ、ステキなパーティしましょ!」
「私には誰も追いつけないよ!」
“艤装展開”と言っている人は一人しかいない。
“あかぎ”さんが艤装を展開してから“艤装展開”と言ったように見えたけど、たぶん見間違いだろう。
海域を進み、深海棲艦と遭遇する。
「攻撃開始!」
川内さんの合図で攻撃が始まる。
私も攻撃を開始する。
カンムスノテキハ、ナカマダ。
仲間は攻撃しちゃいけない。でも、深海棲艦は敵だから攻撃していい……って、なんでそんなこと考えたんだろう?
ワスレロ。
まぁ、今は戦闘に集中しようかな。
デモ、ドウゾクゴロシハ、ヒメサマニオコラレル。
あれ、姫様って誰だっけ?
ヒメサマハ、ヒメサマダ。ワレラノウエニタツオカタ。
提督って、姫様って呼ばれていたっけ。
テイトクデハナイ。ナゼワカラナイ。
あれ、えっと、あれ……?
私、さっきからなんかおかしいような……。
ヤバイ。ワスレロ。
あれ、もう敵が全員沈んでる……。いつの間に……。
「吹雪、攻撃が当たってないけど、どうかした?」
「ドウモシテイナイ。
ごめんなさい、次はちゃんと当てます!」
「戦場にいることを忘れないようにね。
仮第五艦隊、進軍します!」
ああ、怒られちゃった。
ナンダ、アノケイジュンヨウカンハ。
そういえば、川内さんって、神通さんの姉妹艦だったっけ。そりゃ怖いよ。
……そうなると、もしかして、那珂ちゃんも意外と怖かったりするのかな。
って、戦場にいることを忘れないように、ってさっき怒られたばかりだった。
艦娘風情ガ、ワレニ指図スルナ。
ワレヲ動カスノハ、ワレノ敬愛スル姫様ダケダ。
貴様ラミタイナゴミニ、媚ビヘツラウナド、恥以外ノ何物デモナイ。
ワレガシヨウト思エバ、コイツラナンテ簡単ニ殺セル。
暗い。この先に光はない。
「南西ニ行コウ。
敵艦ガレーダーニ反応シタ」
「うーん、提督は自由に進軍していいって言っていたから、南西に行こうか。
仮第五艦隊、進軍します!」
馬鹿メ。
ソコニハ、ワレラノ拠点ガアルノダ。
ソコデ貴様ラヲ挟ミ撃チニシテヤル。
シカシ、コノ鎮守府ノ提督トイウ女ハ、馬鹿ナノダロウカ。
航空母艦ヲ、日ガ落チル時間帯ニ出撃サセルナンテ。
格好ノ的デハナイカ。
深い。この道は正解じゃない。
「あれは……深海棲艦っぽい?」
「進軍するのー?」
「しかし、もう艦載機が出せる時間帯ではありませんよ」
「けど、深海棲艦の拠点をひとつ潰す絶好のチャンスデース!」
「……まだ弾薬も燃料もあるので、進軍します。
もし敵が強いようなら撤退の指示を出します」
……シカシ、残念ナノハ、コノ航空母艦ガ、アノ航空母艦デハナイ事カ。
ヤツハ許セン。ヤツノコトヲ思イ出スダケデ、心ノ底カラ沸キ立ツ殺意ヲ抑エラレナイ。
アア、武者震イガシテキタ。何ダカ寒イ気モスルナ。
ヤツノ目ヲ見テカラ、タマニコウナルガ、ヤツハ呪イデモ使エルノダロウカ。
ソレナラ納得ダ。
ソウデナケレバ、ワレガヤツニ怯エル道理ナドナイ。
イ、イヤ、姫様ノ次ニ最強ナコノワレガ、怯エヲ感ジルワケガナイナ。
コレハ、弱者ニ馬鹿ニサレタ怒リダ。間違イナイ。
寂しい。ここに仲間はいない。
「敵影発見! 攻撃開始!」
「ッく、思ったより数が多いデース!」
「ど、どうするっぽーい!?」
「……仮第五艦隊、撤退します!」
「ソウハイカナイナ」
「ふ、吹雪!? どうして邪魔をするの!?」
「我ハ吹雪デハナイ!
我ニハ軽巡ヘ級eliteトイウ、姫様カラ授カッタ名前ガアル!」
「ひ、姫級!? そんなっ……!」
「姫級と戦えるほど、弾薬に余裕はないデースッ……!」
「フハハハハハ! 貴様ラハココデ海ノ藻屑トナルノダ!」
ワレガソウヤッテ敵ノ気ヲ引イテイルウチニ、アノ方ハ帰ッテキタ。
「カンムスガ、ゴセキ……」
「姫様!」
「ヘキュウカ…ヨクヤッタナ」
「ア、有難イオ言葉……!」
「サァ……ワタシ、センカンセイキガ、アイテヲシヨウ」